〜葛藤涼権〜
                              Pエディ


俺はただココを救いたかっただけなんだ。
ココを助ける為なら何だってしようと思った。
憎まれても、怨まれても、貶されても、蔑まれてもかまわない。
ただ、もう一度だけ…ココの笑顔が見たかった…。

「なぜなら俺は、彼女のことが好きだったから」



2033年 5月1日  計画遂行まであと一年…

「あと一年も…」
俺はついそんな言葉を漏らす。
その声から優美清春香菜…優は俺の様子がいつもと違うことに気付いたようだ。
しかし彼女はあえてその点に触れず話を別の方向へ向けようとする。
「そうね…。そういえばうちのユウが部員勧誘に成功したとか言って喜んでたなぁ。名前は確か…」
「そんなことはどうでもいいんだよッ!」
苛立ちをそのままに、俺は優に向かって声を張り上げた。
「俺はあと一年も待てない!あの二人の身の保証はどこにもないのに、ただ残りの一年を過ごすなんて…俺には出来ない!」
「落ち着いて」
優は極めて感情を押し殺した声で俺を制する。
「どんなに焦っても私達だけではどうしようもない。彼の…ブリック・ヴィンケルの力を借りなければ何もすることはできない。それはあなたも十分に分かっていることでしょ?」
それはこれまでの十数年の間に何度も聞かされてきた、そして俺自身も理解していることだった。
しかし感情の昂ぶりを抑えられない今の俺には逆効果にしかならない。
「そんなこと、分かっている!理解している!でも…だからといって俺は落ち着いてなんかいられないんだよっ!」
俺は苛立ちを隠そうともせず、優の言葉を遮る。

しばらくの沈黙――――そして俺はゆっくりと研究室の出口に足を進める。
「頭を、冷やしてくる」
一言言い残し、優の研究室を出た。


5月と言えど夜風は肌寒い。少し身震いをしながら近くの広場にあるベンチに腰掛けた。一息つくと、俺は自然と昔を…16年前のことを回想し始めた。

「少ちゃん、そんなんじゃピピににらめっこ勝てないよ〜、ぷっぷくぷー」」
「少ちゃん待たんかーい、このーっ」
「少ちゃん、少年レインの歌アンコール〜!」
「少ちゃん少ちゃん……」

思えば、俺は彼女に助けられてばかりだった気がする。
もしあの時に彼女がいなかったら、俺は恐怖と緊張に押し潰されて崩壊していたかもしれない。
…そうだ、俺は彼女を助けるために今生きているんじゃないか。
さっき俺のした行動はそれを放棄しているも同然だ。
それを否定するということは、俺の生そのものを否定することにもなる。
そんなことはできない。俺がいなければ計画は成功し得ない、あの二人も助からない。
「そうだ、落ち着け…。落ち着け、俺」
自然とそんな言葉が口から出る。
その言葉は俺のよく知る『彼』の口癖でもあった。しかし、意識して声に出したわけではない。
ただ、自然と…まるで俺の中のもう一人の俺が俺に対して告げたかのような言葉だった。
「やっぱり…似てるわね、彼に」
不意にそんな言葉をかけられる。俺は俯いたままでその声の主に皮肉っぽく返事をしてやる。
「誰が似せたんだよ」
「ふふっ、そう言われると困っちゃうな。でも、まんざらでもないって顔してるわよ」
今度は俺が言い返されてしまった。まぁ実際に否定できないことなんだが…。
俺は顔を上げ、目の前にいる優に目を合わせて話す。
「まあ、な。優も知ってるように俺は武を尊敬している。俺はあの頃から武みたいな男になりたいと夢見ていた。
 作為的なものであっても彼に似ていると言われることに悪い気はしないさ」
一息置いて、俺は改めて次の言葉を出す。
「それにこれで武と……ココが助かるなら」

そう、武だけではない。彼女、八神ココを救うためにも
俺はこんなところで無意味にいきり立っているヒマなんてない。
しかし、時間は―――俺達3次元人にとって時間はあまりにも残酷だ。
武が、ココが、今でもIBFで眠りについている。しかし、それが分かっているのに助け出すことは許されない。
あそこの技術は今の時代から考えてもかなり発展したものであるのは事実だ。
だとしても、ハイバネーション機能がいつまで持続するかという確証はないし、
もし内部で何か事故があったりしたら…。
そう考えると、やはりあと一年を冷静に待てというのは難しい。
俺は今までの十数年間でも何度かこういうことがあった。で、その度にこうして優になだめられている。

そんな俺の考え込むような表情を見て、優は唐突に俺に向かって話を切り出した。
「私もね…そんなにずっと冷静でいられたわけじゃないのよ」
「え…?」
それは俺にとって、もう何年も聞いていない優の弱音だった。少なくとも俺には弱音に聞こえた。
「BWから全ての話を聞いて、あなたを協力させて…それから少ししてからかな。
 タイムパラドックスを引き起こさないように、なおかつ二人を助け出せたりしないかって考えたの。
 まあ、当然のように無理な話だったんだけどね…。でも、一生懸命考えたのよ?」
優はゆっくりと、自分で確認するかのように俺に話を続けた。
「だから私はまず自分達のしていることを理解、把握するために第3視点における仮説をまとめたりしたの。
 何度も我慢したことがあった。でも、それは全てココと…倉成を助けるため。
 そして私の父と母を殺したライプリヒへの復讐…よいしょっと」
話しながら、優は俺の座っているベンチの隣に腰掛ける。

「それにね、あなたがココのことを想っていたように私だって…」
そこまで言うと、優ははっとして息を呑む。
俺もそのことに関しては触れないつもりだ。お互いに考えるところは様々なんだから。

「それにしても、お前がそういうことを漏らすなんて珍しいな」
素直に思ったことを優に告げた。
「年を取ると、いろいろ考え込んでしまうものでしょう?私はそれを溜めてただけ」
「ははっ、それには同意だ。年は取りたくないもんだよな」
「うん、それにね…」
そう言うと、優は俺の方を見ながら言葉を続ける。
「パートナーなんだし…全部分かりあった方がいいんじゃないかなって」
笑顔で告げる優。それは久しぶりに見た、優の素直な笑顔だった。
(数年ぶりくらいか?こんな優の笑顔を見るのは…)
それにつられて、俺まで微笑んでしまう。
「ああ…それも同意だ」
顔を向けるのがなんだか照れくさかったので、俺は夜空を見ながら優にそう言った。
そうして、しばらくの間無言のまま腰掛けながら二人とも夜空を見上げていた。

「うぅ〜〜ん…」
その沈黙を破ったのは俺の大きな伸びだった。
そのまま立ち上がり、元来た道をゆっくり歩いて引き返す。
優も俺を追って立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。
二人がちょうど並んだ時、俺は優に向かって口を開いた。
「…明日の予定は?」
いつものように事務的な口調で優が返す。
「午後6時までに私の研究室に。それから…」




〜あとがき〜
桑古木シリーズ第一弾、葛藤涼権。短い話ですがお楽しみ頂けたでしょうか?
題名はゲーム本編のシーンタイトル『融解涼権』から見事なまでにパクりましたw
桑古木よりも春香菜の方が目立ってしまったみたいで、書き物の難しさを痛感します。
あと3話くらい書く予定なので暖かい目で見守ってやってください。





2002



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