〜謝罪涼権〜
                              Pエディ


ブリック・ヴィンケルは姿を消した。正確にはココとホクトがそう言った。
それを聞いた皆は再び散り散りとなる。
つぐみは船室に戻ってしまい、武はそれを追いかけていった。
ホクトと沙羅は二人の入っていった船室の中の様子をうかがっている。
秋香菜と空はピピをいじりながら談笑している。
優―――優美清春香菜はどこへ行ったのか…。今は姿が見えない。

皆が俺のことを許してくれたのは理解できたが、納得し切れない自分が居る。
6日間もの間、倉成武を騙りだまし続けてきたんだ。
だから俺は自分から皆に一度謝罪をしなければならない。
皆が俺を許してくれても、俺が俺を許していない。
俺は自分自身を許すため、そのことに納得するためにも皆に謝りに行くことにする。

そう考えると俺はまずココの所へ行った。
『感謝する人はいても、少ちゃんのことを責める人なんてだ〜れもいないんだ』
彼女はそう言ってくれた。
俺はその言葉のおかげで幾分か心が楽になった。感謝しなければいけない。
あとはまあ、報告ってやつだな。
しかし俺が「皆に謝りにいく」なんて言ったらまた怒るんだろうな…。
どうやって俺の思っていることを伝えるべきか。
「お〜い、少ちゃん少ちゃ〜ん!」
などと考えていると、俺の耳にココの声が届いた。まいったな…まだまとめきれていないのに。

・・・・・・・・・・・・・

「ダメだよぉ〜!みんな少ちゃんのこと悪いだなんて思ってないよー!」
うーむ、やっぱりこうなるのか。
しかしなんとかココにも納得してもらいたい。俺もできるだけ粘ってみよう。
「それは分かってる。でも今はまだ俺自身が…」
「わかってないよぉ!少ちゃんは皆に謝りに行くんでしょ?そんな必要ないってばぁ!」
「いや、だから俺自身…」
「ダメったらダメったらダメー!」
く…手強い。そして疲れる。17年前ココと遊びまわっていた時はそんなこと考えもしなかったのに。
武がココと遊んだ後によく疲れた顔をしていたのはこういうことだったのだろうか?
それにしても困った、いきなり足止めじゃないか…。
俺だけの問題だとしても、ここまで真っ向から否定されるとさすがに気が引ける。
しかも相手はココだ、強引に話を進めるのも無理っぽい。やはり報告するべきでは…。
「いいじゃない、行かせてあげれば」
ふと、俺達に向かって声がかけられた。その方向を見ると…

「あ、なっきゅ〜♪」
ココはその声の主、優のもとに駆け寄っていく。
そんなココに対して諭すように、それでいて優しく話し掛ける。
「ねえココ、桑古木はね…皆が自分を許してくれていることは理解しているのよ。
 周りが納得しても、本人が納得できていないっていうのはやっぱり辛いと思う。
 だから行かせてあげてくれない?」
「でも…」
それでも少し言葉を濁すココ。そのココの様子を見て、再び優が言う。
「ココは桑古木のことが信じられない?」
「そんなことないよぉ!だって少ちゃんのこと好きだもん」
好きだもん…その言葉を聞いたときの俺の顔は驚愕と歓喜の入り混じった微妙な表情だったと思う。
「だったら、行かせてあげて。桑古木はこんなんでもちゃんと考えてるから」
「こんなんで悪かったな」
「ふふっ、事実を口にしただけよ?」
いつもの調子でやり取りをする俺と優。よかった、あの微妙な表情には気付かれてないようだ。
「う〜ん、分かった…。じゃあね、いっこだけ約束」
ココも一応理解してくれたようだ。そして言葉を続ける。
「絶対にココのところに笑顔で戻ってくること。分かった?」
ココが笑顔で自分の小指を俺に向かってつき出してくる。
俺は自分の小指を差し出すと、ココのそれとゆっくり絡めてこう告げた。
「了解しました」

・・・・・・・・・・・・

まずは一番近くにいた秋香菜と空の元へ行くことにした。
二人が話しているところに歩み寄っていき、正面に立つ。
「…ん?どうかされましたか?桑古木さん」
近付いてきた俺に気付いて空が声をかけてくる。さて…切り出すなら今だな。
「改めて、謝ろうと思ってな」
「はい?」
「へっ?」
即答だった。いや、返事なのか?とにかく、二人は即座にそんな声をあげて俺のことを見ていた。
「ああ…。6日間ずっと皆を騙しつづけてきてすまなかった、てさ」
すると、再び空が即座に返してくる。
「今更何をおっしゃっているんですか?桑古木さんが居て下さったからこそ、
 こうして皆さんが集まることができたんですよ?
 そう、感謝はしても責める人なんて誰も居ないんです…」
空はそこまで一気に口にした。しかし口調はとても優しく、穏やかだ。
そして、その言葉はほんの少し前にココが俺にくれた言葉と同じ暖かいものだった。
「そう、かな…」
「そうですよ」
笑顔で向き合う俺と空。俺の笑顔は半分照れ笑いみたいなものも含まれていたが…。
すると突然、空の隣りにいた秋香菜が突然口を開く。
「う〜ん、何か違うなぁ」
「…はい?」
「へっ?」
今度は俺と空が返事と言えるかどうか分からないような返事をしてしまう。
「何て言うかね、しっくり来ないのよ…。ちょっと待って、考えるから」
と、一人で勝手に何かを考え始める秋香菜。
訳が分からず、そのまま立ち尽くしている俺と空。
少しして、秋香菜の表情がぱっと明るくなる。そして次に出た言葉は、
「じゃあ桑古木、倉成のマネして謝ってよ!」

…唐突かつ意図が掴めない。まさに字に書いた通り呆然とするしかなかった。
自信たっぷり、といった感じで立っている秋香菜。どういう意味だ?今のは…。
頭を必死でフル回転させているそんな俺の様子を察して、空が小声で耳打ちしてくる。
「恐らく秋香菜さんは桑古木さんにではなく、倉成さんを演じる桑古木さんに謝罪してもらいたいんですよ」
「それは分かる。でもその理由がわからないんだよ。唐突だし、秋香菜は自信満々だし」
「つまりはですね…彼女の知っている貴方はあくまで桑古木さん本人ではないということです」
「ふむふむ」
「倉成さんを演じていたことに悪気を感じているのなら、その演じていた桑古木さんに謝って欲しい。
 と、そういうようなことを考えているのではないのでしょうか」
ああ、なるほど…。一応は理解できた。
要するに俺自身ではなく、武を演じていた俺に謝る理由があると言っている訳か?
深い理由までは分からんが、あの母親の性格から察するに必死でいろいろ考えての結論なんだろう。
仕方ない、もう二度とやらないもんだと思っていたが。
思考を切り替え、息を吸い込む。…俺は再び倉成武になった。
「いやぁ、ホントにすまんかった。優も空もずいぶんと混乱させちまったな。
 悪かったと思ってる、マジで。…で、許してくれないか?」
我ながら雰囲気はかなり再現できていると思う。
「ええ、気にしていませんから。もう顔を上げて下さい」
「しょうがないやっちゃなぁ〜。次からは気を付けなよ?」
二人は笑顔で応える。秋香菜もこれで満足してくれたようだ。
「あ、そろそろ俺行くよ。二人ともありがとうな、本土でもよろしく」
そう言うと、俺はその場を離れた。
皆は許してくれている…。それは理解できていたことだが、実際に直面するとやっぱ嬉しい。

次に目に入ったのはホクトと沙羅。二人は船室の中の様子ををうかがっている。
ホクトは心配そうに、対して沙羅はにやけながら楽しそうに。
近付くと、どちらともなく気付いて俺の方に寄って来る。先に声をかけてきたのは沙羅だった。
「あれ、涼じゃん。何やってんの?」
涼―――何故か沙羅は俺のことをそう呼ぶ。
本人曰く、親しい相手は下の名前かあだ名で呼ぶのがポリシーらしい。
俺は武に似ていることもあってか、沙羅のお気に入りになっているようだ。
全く、とんだファザコ…いや、そんなことは非常にどうでもいい。
「何をしているのか気になってな、ちょっと来てみた」
さっきまでの思考を吹き飛ばして何気なく返事を返してやる。
「あれあれ。見てわかんない?」
船室の方を指差す沙羅。言われた通りにドアに付いている小窓から中を覗いてみた。
見ると、武とつぐみが口論…もとい、痴話ゲンカを繰り広げていた。
声は聞こえてこないが、なんか武が恥ずかしい台詞を言ってつぐみが照れ隠しで突っ返して…
と、そんな感じになっているに違いないだろう。
なるほど、これを見て沙羅はにやけていたわけだな。
対してホクトは…
「ねぇ、お父さんとお母さん大丈夫かなぁ。二人がケンカしてるところなんて見たくないよ」
本気で心配しているようだ。
やれやれ、あれを見てハラハラできる奴の気がしれん。まぁ、ホクトなら納得かな…。
「ああ、ところで二人とも」
このまま野次馬に付き合っていてもしょうがないので、俺は早速話を切り出すことにした。
「悪かった、あんなことをして。理由はどうあれ、俺はお前等の父親である武の偽者だったわけだからな」
言おうと思っていた言葉を全て口に出す。すると、またすぐに返事が返ってくる。
「ううん、逆に感謝しているよ。桑古木がお父さんを演じてくれたからこそ
 この世界にBWが姿を現してくれたんだから。だから、ありがとう」
「そうそう、それにホントにパパそっくりだからね〜。ま、本物には負けるけど」
全く意に介さぬ、といった感じだ。
どうやらこの二人にとっては俺の謝罪より両親の痴話ゲンカの方が気にかかるらしい。

が、少しすると二人は船室のドアから離れた。
沙羅はつまらなそうに、対してホクトの表情には安堵という形容が似合う。
痴話ゲンカは終わり、武とつぐみは落ち着いたようだ。これなら中にも入れそうな雰囲気だな。
「なあ、二人とも。ちょっと外してくれないか?」
また同じ話を聞かせることもないだろうと思い、俺は二人をここから遠ざけることにした。
「え〜?私達だってパパやママと話したいのに〜」
「それで、桑古木は二人と何か話をするつもりなの?」
二人の頭を左右の手で『がっ』と掴み、強く撫で回しながら俺は言葉を続ける。
「大人の話だよ、子供は口を挟まない。なに、すぐ終わるからその辺で時間潰しててくれ」
ホクトはもともと了承しているらしく、笑顔を向けてくれた。
沙羅もしぶしぶながら合意してくれる。
「ちぇー、分かったでござるよぉ。…ただし!」
ビシッ!と俺に人差し指を突き出してくる沙羅。
「ママに手を出したら許さないからね?」
「出すかっ!」
俺の即ツッコミを聞く前に、沙羅とホクトは離れていった。

―――さ、いよいよだな。
船室の扉をノックする。
ほどなくその扉が開き、武が出迎えてくれる。
「おお、桑古木か?何の用かは知らんけどとりあえず入れよ」
武にとって俺は予想外の客人だったらしく、少し驚いたような声を出していた。
普通ならホクトと沙羅が駆け込んでくるもんだと思うよな…。

「で、どうした?何か話すことがあるんだろ?」
「ああ…」
武とつぐみ、並んで座る二人に向き合うような形で俺は椅子に座っている。
まずは言うことをちゃんと言わないとな。考えるのはそこからだ。
「二人ともすまなかった。武を演じて皆を騙し、特につぐみにはすごく申し訳のないことをした。
 だから…ごめん」
俺は深く頭を下げた。
恐らく武は他の皆のように軽く笑い飛ばすような感じで許してくれるだろう。
しかし、つぐみだけは不安だった。
あの6日間つぐみは俺に対して言いようのない憎悪の念を抱いていた。
いや、殺意と言ってもいい。
そりゃそうだ、仮にも俺はつぐみの最愛の人を本人の眼前で何も告げることなく演じていたのだから。
殴られるくらいのことは覚悟している。それくらいじゃあ足りないのかもしれない。
それでもつぐみには許してもらわないといけない。
俺の存在、行為によって一番傷ついたのは他でもない、つぐみなのだから。
つぐみは俯いたままで表情がわからない。だから俺はつぐみの言葉を待った。
すると、武がこちらに向かって口を開いた。
「…俺は当事者ではないし、そもそも俺にとってお前は命の恩人以外の何者でもないからな。
 だから俺がお前に謝られるような筋合いはないってわけだ」
軽く一息つき、武は続ける。
「そのくらいは頭のいいお前なら分かってたはずだろ?つまり、お前は正直なところ
 俺はおいといてつぐみに謝りに来た…。そんなところか?」
完全に俺の的を射た言葉だった。俺が武の言動を予測できるのは今までの訓練の成果というやつだろうが、
武が俺の考えていることをこうも的確に予測するとは…。
いや、考えてみれば武にとっては『桑古木涼権』という男と別れたのは前日のことだ。
だから予測も何も関係なく、武からすれば付き合いの深さから分かる何かがあるんだろう。
つまりは俺も昔から変わってないってことか…。まだ武には敵わないな。

と、俺が思索していると突如つぐみが笑い出した。
「ふふふ…ほんと、バカな子ね」
「…えぇっ?」
意表を突いて笑われた上に意表を突いた発言。思わずおかしな声が漏れる。
「桑古木、あなたが謝る必要なんかないのよ。あなたは悪くないんだから」
「でも…」
「全ては起こるべくして起こったの。…ねぇ桑古木、あの6日間のこと思い出してみて」
「あの6日間、を…」
俺はつぐみの言われるままにしていた。
こんな包み込むような優しさを肌に感じるのは初めてかもしれない。
「あなたは誰を助けるために誰の真似をしてた?」
「…それは…」
「武、でしょ?当然ココもだけど…。つまり、あなたが私達を騙したのは武とココを助けるため。
 私にあなたを責める理由なんかないの」
俺は声を出すこともなく、つぐみの説教(?)に聞き入っていた。
途中で武の方にも目を向けてみたが、何やらにやけ顔をしながらうんうん、と頷いている。
今つぐみのしている話と何か関係があるのか?…まぁいいや。
「物事を悪い方に考えていっても無限に広がるだけよ。そんなこと考えるのは不毛じゃない?
 だから私は言ったの。『全ては起こるべくして起こった』って」
「うん…」
「二人は助かったし、皆こうして生きている。それでいいじゃない。…ほらっ、そんな辛気臭い顔しないの」

「うん、分かったよ…」
これぞ正に肩の荷が下りるってやつだな。安堵でぐったりする。
「…ふふっ…」
「?」
「まるであの日の少年に戻ったみたいよ、桑古木」
と、つぐみが突っ込んでくる。武もそれに合わせて攻撃の矛先を俺に向けた。
「ああ、ホントそうだな。あの時つぐみに説教されて頭垂れてた時のまんまだ」
なんかすっごく恥ずかしいトコを突かれているような…。
自分でも顔が赤くなっているのが分かるが、必死で応戦を試みる。
「なっ…、二人とも、そりゃないだろ〜?」
「ふふ…あははっ」
「ははははっ!」
笑うのをやめない二人。
「ちぇっ…俺だって見た目よりは長生きしてんのになぁ」
でも…
「ぷっ……あははははっ!」
何でかは分からないけど今はとにかく腹の底から笑いたい、そんな気分だった。

「それじゃ、俺はもう行くよ」
ひとしきり笑い合った後、俺は船室を出ていくことにした。
「なんだよ、もう行っちまうのか?LeMUの思い出話とかしたいんだけどなぁ」
武がつまらなそうに答える。
「ああ、それはまた今度にしよう。俺ばっかり話してても沙羅とホクトに悪いしな。それに何より…」
俺は武とつぐみを交互に見ながら言う。
「痴話ゲンカ終わったばっかだろ?これ以上お熱いタイムに割り込むのも無粋でしょうしねぇ」
その言葉に即座に反応し、二人は瞬く間に顔を赤くする。
「え…えぇっ!?」
「んな、なっなんでお前がそのことを?」
「さあね。まぁこれが俺の第3視点ってやつ?」
さっきからかわれたお返しにと、俺は更におちゃらけた感じで言ってやった。
実際は第三視点なんかじゃなく覗き見と言った方がいいのかもしれないが、特に気にしない。
「もぉっ…桑古木のバカ」
「ちぇっ、してやられたか…。ほら、早くいっちまえ。しっしっ」
つぐみは俯いたままで、武は手をぱたぱたさせて俺を追っ払おうとしている。
「へいへーい。二人とも、本土に戻ってもよろしくな」
そんなこんなで、晴れやかに船室を出た。

「さて…最後に一仕事残ってたな」
そう、最後にやるべきこと…。そのために俺は元居た甲板に向けて歩いていった。
そこには一人の少女が居た。
少女は俺の姿を確認すると、こちらにとたとたと駆け寄ってくる。
「少ちゃん、おかえりっ♪」
少女は輝かんばかりの笑顔を俺に向けてくる。
俺もそれに負けないくらいの笑顔で応えられたはずだ。

「ああ。ただいま、ココ」



〜あとがき〜
やっぱり題名は例のシーンタイトルのパクり、謝罪涼権。楽しんでもらえたでしょうか。
自分の考える桑古木の本質っていうのはこういう弱気な面が若干多いモノだと思っています。
桑古木そのものの感情や描写が見られるのはゲーム中でもラスト周辺くらいしかなく、
どういったキャラでいけばいいのか?という根本から迷ったりもしました。
でもそういうキャラだからこそ、いろんな桑古木の形があって面白いんだと思います。
僕の書く『強気と弱気の入り混じった爺臭さのある少年』の桑古木もそのひとつということで…。

次の作品あたりでココと二人で…なんてシナリオを書けたらいいなぁw







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