あの頃は、ただ愛しくて、恋しくて、哀しくて……。

 毎晩毎晩、夢を見ていた気がする。

 実際は、毎晩ではなかったかもしれない。

 でも、目を閉じる度、あなたの顔が、浮かんでいた。


「ある一家の日常」外伝
『Eternal Snow-彼女の幸せ-』

                              白銀扉



第一章「目覚めは恐怖?」


 ―――ピピピピピピピ。

 ありきたりな電子音で、人生で一番幸せな――『かつて』そう思っていた――時間を無理矢理壊された。

 否、すべてを忘れられて、確かに幸せだったかもしれないが、一番怖い――こちらも『かつて』そう思っていた――時間でもあったな。

 今日の夢は、『かつて』の恐怖の繰り返しだった。

 久しぶりに、幸せでない夢を見た。

 起きたら、すべてがぶち壊しになっていたら……。

 目覚めたら、この世のすべてが消え去っているとしたら……。

 そう、こういった恐怖で眠れない日もあったな……。

 でも、一度はすべてが終わると思えた時もあった。

 それは、本当に一瞬で。

 それは、夢幻のようで。

 再び、すべてが始まった。

 でも、今度は少し違ってた。

 朝目覚めたら、『あそこ』に戻ってるかもしれない恐怖もあったけど、『あの人』が抱きしめて添い寝してくれてるかもしれない。

 そんな、ありえないような期待を胸の奥深くに抱きながら、複雑な心境の毎日だった。

 そういう日々を、今日また夢見た。

「おいつぐみ、今日は出かけるんだからさっさと起きろよ」

 ……。

「何の為に、目覚ましをこんな早朝にセットしたか、忘れてないよな?」

 …………。

「……はぁ。起きないならどうしよっかなあ」

 ………………思い出に浸っている最中に、現実に引き戻すこの男。

 そう、これが『あの人』であり、私の大事な人。

「……う……ら?」

「お、なんだ?やっと目が覚めたか?」

「……きな……うに……した……ら?」

「はあ?なんだって?」

「好きなように……したら?」

「ぶっ」

 ふ……所詮は武……ウブだから、これで黙るわね……。

 ゆっくり……眠れる……。

 そう思えたのは、ほんの一時。

 身体が、ほんの少しベッドに沈む感覚と、少々の重みを感じた。

 ゆっくりと、重たい瞼を開けると……。

「起きないなら、どうしていいんだっけ?」

 不適な笑みを浮かべた、武の顔があった。

 …………(考え中)。

 この状況は……?

「な、な……朝っぱらから何してんのよーーーーーーーーーーーー!!」

「うわっと」

 武は、鋭く放ったジョイントをひらりとかわし、ベット横に降り立った。

「危ないな、自分で言ったくせに」

 今の私の一日は、こんな馬鹿なやりとりから始まる。

 馬鹿らしくて、変だけど、幸せ。

 そう、幸せを感じられる朝だ。

 幸せ……か。

 先ほどまで観覧していた、過去の自分を思い出す。

 『あの頃』の恐怖。

 『あの頃』の夜。

 『あの頃』の目覚め。

 『あの頃』のすべて……。

 『二度目のあの頃』の恐怖と期待。

 『二度目のあの頃』の夜。

 『二度目のあの頃』の目覚め。

 『二度目のあの頃』のすべて……。

 しかし、今は違う。

 今は、すべてが違う。

 恐怖なんか、微塵もない。

 だって、『あの人』が添い寝していてくれてるから。

 『あの頃』の一番の願いだった、自由と幸せ。

 『二度目のあの頃』、否、人生最大の願いだった、『あの人』の添い寝。

 あ、それと。

 『二度目のあの頃』には、他にも願いがあった。

 『あの子達』の幸せと、『みんな』での幸せな日々。

 私達一家だけでなく、『みんな』の幸せ。

 今は、全部叶っている。

 怖いくらい、すべてがそろった。

 これがもし、一つでも欠けてしまったら……私は、発狂するかもしれない。

 夜も眠れなくなるかもしれない。

 朝、目覚められなくなるかもしれない。

 生きて、いられなくなるかもしれない……。

 こんなこと考えていたら、『あの人』に、また言われそうだ。

『生きている限り、生きろ』

 って。

「着替え終わったか?」

 まだ寝ぼけ眼だった私の代わりに朝食の準備をしにいった武が、ドアから顔だけを覗かせて言った。

「見てわからない?まだに決まってるじゃない」

 黒のキャミソールとショーツ一枚の格好で、腰に手を当ててみせる。

「自慢気に言うな……。ていうか寒くないのかよ。まあいい、ほら、さっさと着替えて顔を洗って朝メシ食って出発だ」

 早口にまくしたてて、武は再びキッチンへ戻っていった。

 トレーナーを羽織ながら、再び思い出に浸ろうかと思う。

 ……いや、やめよう。

 『今』を生きよう。

 『生きている限り』生きよう。

 『過去』に戻れない、『今』を変えられない無力な私達人間……うん、人間にとって、『過去』に囚われていては、『今』が見えないし、幸せな『未来』も築けない。

 そう、私達は『今』を見て、『未来』を幸せな方へと歩ませるのだ。

 そういうふうに、生きるよう。

 そうすれば、おのずと幸せは寄ってくるのだ。

「見てたのか!!……バカやろ……いくらなんでも、本気で乗りかかったわけでは……」

「パパ、『する気がなかった』んじゃなくて、『したくてもできなかった』でしょ?」

「はあ?」

「昨夜、あんなに激しくてはねえ……。ねえ、お兄ちゃん♪」

「え?え、え、え!?」

「だあああああああああああああああああああああああああ!!」

 武ったら、また我が子にからかわれてる……。

「何の話してるの?あんまり父親をからかっちゃだめよ」

 たまには、助け舟を出してあげよう。

「昨夜のお二人の夜伽の話♪」

「な……な……沙羅、ホクト、あなた達もいい加減そういうのやめなさい!!!」

「キャハハハハハハハ♪ごめんなさい〜」

「なんで僕まで……ていうか顔赤くしてにやけながら怒っても説得力ないよ、お母さん?」

「な……」

「何?……本当だ。熱でもあるのか?」

 武は、自分の額を私の額にくっつける。

 ―――息がかかる距離。

 なんともない筈なのに、今日に限って、かなり恥ずかしかった。

「ママ、余計に顔赤くなってるよ〜」

「おい、ホントに大丈夫か?」

「お母さん、今日は休んでいたほうがいいんじゃ……?」

「はぁ……この二人、本当に親子だわ……私に遺伝しなくてよかった」

 馬鹿なやりとりは、まだまだ続く。

 これが、倉成家の朝であり、私の幸せ。

 笑顔が絶えない日々って、こんなにもいいものだったんだ。

 今、再び、そう思った。




=======アトガキ==========
とにかく、つぐみの幸せを満載にしたいとw
そう思って書きました。
変なトコ満載ですが、あえて直さないでおきます。
ていうか、自分ではわかりませんがw
徐々にうまくなってきている、と、いつか思いたいです……。
本編はあれで終了ナノデスw
外伝はどんどん続きます。


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