〜その後〜
                              TARO


「もしもし。俺。そう、本当だって。何?だからクローンでも幽霊でも詐欺師でもないって。だいたい詐欺に遭うような家でもないだろ。…多額の慰謝料が出た?それは良かった。…いやいや冗談、うん、全然良くない。それで近いうちに顔見せに帰る…墓に遺品を埋めた?墓誌に名前を刻んだ?縁起が悪いから戻しておいてくれ…17回忌を済ませたばかり?…そんなことはどうでもいい…ああ、それから……」

 日本ではすっかり珍しくなった田舎の未舗装の道路を、一台の年代物の自動車が控えめな排気音を響かせながら走っていた。道路交通法の改正と技術革新により、競技用と一部の愛好家向きの生産を除き、自動車産業の傍流へと追いやられた旧世代のガソリンエンジン車の走行音である。しかし運転手には、維持にかなりの費用がかかると聞かされた車にこだわる趣味はなかった。レンタカー屋のカタログの中から彼がこの車を選んだのは、単に自分の運転技術による所であった。免許を取得してから17年、これほど車社会が様変わりしていたとは想像しておらず、初めて見るモーター式駆動車の運転に不安を覚えたからである。
 田植えの時期を過ぎたばかりの水田の隣りを走りながら、倉成武は助手席で風景を眺めている連れに話し掛けた。
「暇だ」
「それは交代して欲しいという意味かしら?だとしたら無意味ね。助手席に座っていても、退屈に変わりは無いわ」
「…眠い」
「あと少しなんでしょう?頑張って。それに、私じゃこの辺りの道は分からないわよ」
 理路整然とした返答に抗議を諦め、武は改めてステアリングを握りなおした。同乗者…小町つぐみは運転免許こそ持っていないが、自動車を動かせないわけではない。しかし、目的地の住所は彼自身しか知らない。その条件の上で車を借りたのが失敗であった。運転が自分の役割にならざるを得ないことを失念していたのである。
 さらに付け加えれば、その場に居合わせたつぐみもそのことには気付いていなかったのだと、精神衛生上のために、思いこむようにしている武であった。
「休憩にしないか?もうすぐコンビニエンスストアがあるはずなんだ」
「そうね、私もそろそろ喉が渇いたと思っていたところ」
「その格好なら当然だな」
 長かったあぜ道を走破し、記憶通りの場所にあった、記憶よりも古びた店舗の駐車場に車を止める。知り合いに会わないように祈りながら、適当なジュースを2本買って急いで戻った。そのうち1本を渡し、自分の分の蓋を開ける。
「ところで、聞きたいんだけど」
「突然だな。何だ?」
「どうしていきなり武の実家に連れてきてくれる気になったの?」
 武は一口目を危うく吹き出しかけて、激しく咳き込んだ。
「…別に変じゃないだろう。LeMUから戻ってきて、その後は事後処理に精密検査、事情聴収で大忙しだったからな」
「それで?」
「優の奴が…いや田中先生か?まぁいいや…一段落ついたから、そろそろ両親に会いに行ってきたらどうだ、だってさ。これまではライブリヒの監視があったから、俺が生きていたことを伝えられなかったらしい。電話で報告したら泣かれるやら疑われるやらで、そりゃあもう大変な騒ぎだった」
「そうでしょうね」
「本当に生きているなら顔を見せに来いってことになって、こうやって17年ぶりの帰郷になったんだが、これがまた…」
 受け取ってから蓋すら開けていないジュースを握る手に力が込められ、密封されているはずのペットボトルが変形し、不吉な音を立てる。
「これ以上言わせる気?」
「…で、どうせ帰るなら、いつか連れて行く奴も一緒の方が、手間が省ける」
「よろしい」
 つぐみは不機嫌な顔から一転して笑顔を浮かべ、ようやくジュースに口をつけた。
「女は謎だ」
「何か言ったかしら?」
「別に。いつもそんな顔してれば…」
「それは武の努力次第ね」
 武は負けを悟って、窓の外に顔を向けた。
 優から聞かされていたのは、自分の実家のことだけではなかった。今回の事件は、関わった者達から多くのものを奪っている。つぐみには20年以上前から帰るべき場所が無かった。事の発端、キュレイウイルス検出のきっかけとなった交通事故の日が、『小町つぐみ』の命日であるという。それからのつぐみの運命を記録した資料がライブリヒのデータベースから見つかり、その内容を優から教えられた時、武は己の無力感にさいなまれずにはいられなかった。
 今、つぐみは武の隣で微笑んでいる。辛い過去に潰されること無く、わずか数日という時間を共有しただけの自分の言葉を信じ続け、そして再会し、こうしていられることが幸せだと言うのなら、それはつぐみ自身の強さによるものに他ならない。
「ここから先は、俺の努力次第、か」
「何か言った?」
「いや」
 ジュースを飲み終えてイグニッションキーを回す。古いが手入れされているらしいエンジンが始動し、力強い音を立てる。
「行くか。あまり待たせるわけにはいかないからな」
「武のご両親って、忙しいの?」
「さぁ?」
 つぐみと出会ってから17年が経過している。その間冬眠していた武には大きなハンディキャップがある。ならば急いで追いつかなければならない。
「ところで、その格好でうちに来るのか?」
「ちゃんとした服も用意してあるから、ご心配なく」
「それは残念」
「どういう意味かしら?」
 炎天下の下、店外の備え付けのごみ箱にジュースのペットボトルを捨てに行っていたレミュールが、車内に戻ってきて頭部を外した。その下から現れた素顔が鋭い視線を向けてくる。
「お気に入りの一着じゃなかったのか?」
「気に入っているのは武だけでしょう!」
 武は狭い車内で顔面めがけて飛んできた着ぐるみの頭部を、あっさりと後部座席に弾き飛ばした。
「俺達の出会いの記念だからな。胸を張っていいと思うぞ。それに、つぐみならどんな服でも似合う。道行く人々の視線を集め過ぎて、一緒に居る俺としては不安を感じるぐらいだ」
 着ぐるみの両手を取ってそっと包み込み、歯の浮くようなセリフとともに誠実そのものの表情で瞳を覗き込んでくる武に、青筋を浮かべたつぐみが応じる。
「…実はこれ、もう一着あるの。なんなら武も着てみる?」
「そうだな。二人して着ぐるみで式を挙げるのも、うけるかもしれない」
「…式?」
 数秒の後、ようやく意味を理解したつぐみが真っ赤な顔で抗議する。
「どうせなら、もっとまっとうな方法でうけを取るわよ!」
「落ち着け、そもそもそんな場面でうけを狙ってどうするんだ」
「そっちが振ったんでしょう!」
 激昂したつぐみが、それでも律儀にシートベルトを装着するのを待って、武は車を発進させた。
「冗談はさておき、親不孝したからな。こんなに立派な相手を見つけたから大丈夫でございます、というのを盛大にアピールしておきたい」
「アピールの方法はともかく、その言葉、額面通りに受け取っていいのかしら?」
「それは俺の努力次第だな」
 どうにか平静を取り戻したつぐみが探るような視線を向けてくるのを平然と受け流す。
「それは頼もしい限りね」
「その後は、そうだな、旅行にでも行くか。世界は広いし、俺達の時間は永い」
「それなら」
 つぐみが悪戯っぽく微笑む。
「待たされた分、飽きるまで付き合ってもらうわ」
「へいへい、お手柔らかに」




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ここまで読んで下さった方、ありがとうございます。
話が深刻にも冗談にも徹しきれないのは性格です。
読みにくければ済みません。

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2002


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