目を覚ますと、すぐ目の前に見覚えのある端末があった。 この場所は……IBF。 そう、IBFのはず。 分からない。 どうして私はここにいるの? それに、体がまるで自分の物ではないかのように動かない。 息が苦しい。めまいがする。まともに立ってあるくのでさえ困難みたい。 ――これではまるで、あの悪夢そのもの―― そんなこと、あるはずない。 私の気持ちとは裏腹に、目は部屋の様子を必死に探っている。 あの頃のままの格好をした桑古木がポッドにすがりついたまま眠っていた。 そんな! 嘘でしょ? 桑古木が私をからかっているのよね? 眠ったふりをしながら私が驚くのを見て楽しんでいるんでしょ? そうに決まっている。 桑古木にゆっくりと歩み寄りながら、なんて言おうか考える。 『馬鹿なことやってる暇があったら、少しでも武の真似を上手く出来るように練習なさい』 『ひどい! こんなことをして何になるの?』 『その程度でこの私を騙そうなんて百年早いわ』 そうしてポッドのすぐそばまで来た時、のどまで出掛かっていた言葉を全て飲み込んでしまった。 「ココ……」 見間違うはずもない、間違いなくココ本人だった。 自分が置かれている状況を知らないかのように、とても穏やかな顔をして眠っている。 そんな……まさか…… なんだか怖くなって、一歩、また一歩と後ずさる。 そうしているうちに、何かにつまづいてそのまま倒れるように寄りかかってしまった。 咄嗟にぶつかったモノを見る。 「嫌ぁっ!!」 今一番見たくないものを見てしまった。 必死に否定したかったけど、目の前のそれは圧倒的なまでの存在感を持っていた。 皮肉なことに、あまりにも不自然な環境の中でそれだけが非常な現実を突きつけている。 お父さんが息を引き取った、もう一つの「ポッド」。 それはまるで近代的な棺桶のように見えた。 もう二度と、お父さんが目を覚ますことは無いのだから。 本当に還ってきたんだ。 5月6日に。 |
Once more 月守蒼輝 |
ここがもし本当に5月6日のIBFなら、やるべきことがたくさんある。 まず、幸いにも救助隊との連絡は武が取った後らしい。 次に、ココにオレンジアンプルを投与するのも忘れてはならない。 これはポッドに入っている間は無理だから、救助隊が来る少し前までに実行すればいい。 今一番の問題なのは倉成とつぐみだった。 このままだと、二人は救助されることなく取り残されてしまう。 救助隊に詳しい事情を説明できれば…… 私は重い体を引きずるようにして、再び端末に向かった。 ………………………………。 ……………………。 …………。 「どうして繋がらないのよ!」 頭にきた私はカカトを天に向かって高々と伸ばし、そのままコンソールめがけて振り下ろす。 「あれ?」 カカトが端末に直撃する寸前の、ほんの一瞬の出来事だった。 体が浮き上がるような感覚。 そしてすぐに、視界の中の地面がものすごい勢いで迫ってきた。 「えっ?」 刹那、ものすごい衝撃が頭を襲う。 「★$♂?▽&◆〆♀凵v 何が起こったのかわからず、両手で頭を抱えながら転げまわった。 「痛ったーーーーーい!!」 かなり痛かったけど、そのおかげで意識と感覚がはっきりしてきた。 どうやら体を支えているのが片足だけになったためにふらついてバランスを崩してしまったみたい。 そういえば、コンソールにカカトを入れる場合じゃなかった。 無駄な時間を食ってしまったことに少し後悔する。 「よぉーーーし!」 両手で頬を軽く叩いて気合を入れなおし、もう一度考えてみる。 救助隊とはしばらく連絡が取れない。 今はココにオレンジアンプルを投与することが出来ない。 空は? 空の記憶が詰まったテラバイトディスクを回収しなければならない。 ディスクがあるのはヒンメルだから、すぐに取りにいかないと。 そしてそれから倉成とつぐみを見つけて、急いでここに戻ろう。 ひょっとしたら、これは私に与えられたチャンスかもしれない。 今度こそ、一人たりとも欠けることなく全員無事に帰りたい。 この悪夢にピリオドを打ってみせる。 絶対に! 絶対に生きて帰るはずだったのに。 ヒンメルへ到着したとき、既に限界を超えていた私の心臓は急激な気圧変化に耐えられずに…… 「どうして……?」 その言葉を発するのがやっとだった。 ぼやけた視界に映っているのは、泣き顔で必死に何かを訴えている空の顔。 やっぱりRSDで涙を流したように見せることも出来るんだ…… でも、たとえそのような機能があっても、そんなに泣いたらせっかくの美貌が台無しよ。 空は笑顔が一番なんだから。 「…………………………!」 え? 聞こえないよ…… もっと大きな声で言って。 「…っかり…………さい!」 聞こえないってば…… よく分からないけど、体を揺さぶられているような気がする。 そんなわけ無いよね。 なんだか、とっても眠くなってきた…… ごめんなさい。私、もう寝るね。 お休みなさい…… 「田中先生、しっかりしてください!」 突然目の前の景色ががらりと変わり、無理やり意識を覚醒させられた。 何がなんだかわからないけど、体はなんともないようだ。 夢……だったの? 「空?」 空は私を起こそうと必死になっていたらしく、話しかけた途端に安堵の色を浮かべた。 「良かった。もしこのまま目を覚まさなかったらどうしようかと思いました」 このまま目を覚まさなかったら…… 「そうね。心配をかけてごめんなさい」 「いえ、いいんです。こうして先生は無事だったのですから」 そういえば…… 「どうしてこんなところで寝ていたんだっけ?」 床、壁、天井など全て木造で、しかもところどころに穴が開いていた。 それに、とても陰気でカビ臭い感じがする。 「先生、忘れたのですか? キュレイの根源を探るためにここまで来たのですよ」 キュレイ? ……そうか! 「ここは、司紀杜神社だったわね」 思い出した。 私は、守野茂蔵博士の娘が体験したという現象について調べるために、空と一緒にこの神社まで来たのだった。 この神社には古くから変わった言い伝えがあり、博士の娘まで不思議な体験をしたという。 長女のいづみさんから聞いた話では、過去にこの神社で二度もキュレイシンドロームが起こっていると言っていた。 キュレイシンドロームとは、現実を妄想に、妄想を現実に変える精神病だと聞いている。 そして、キュレイウイルスに感染したジュリアの兄トムもキュレイシンドロームの患者であった。 そしてたどり着いた結論は、『ひょっとしたら二つのキュレイにはとても強い関連性があるのかもしれない』ということだった。 調査をはじめようとしたとき、どこからか鈴の音が聞こえて…… 「どうやら一杯食わされたみたいね」 「いったい、どこの誰にでしょうか?」 「さあ? この神社の神様に、じゃないかな?」 「それでは答えになってません」 からかわれたと思ったらしく、ムッとして聞き返してくる。 「いいのよ、それで」 私はきっと試されたんだ。 この力を自由自在にコントロールできたなら、倉成とココを救うのは簡単かもしれない。 でも、私には決して不可能だと身をもって証明してしまったのではないかと思う。 これ以上は、何をしても無駄だろう。 このような考え方が学者にとってご法度なのは十分に分かっている。 でも、人が知っていることには限界がある。 人智を超える物の力を借りるためには、それを認めるところからはじめなければならない。 「ここにはもう用は無いわ。行きましょう」 いまだに納得のいかない顔をしている空を促して、自分も神社を後にした。 だけど、もしもあの時、みんなを救うことが出来たなら…… 結末は変わっていたのかな? その疑問に答えてくれるものは、誰もいなかった。 |
あとがき 今回は実に半年振りのSSとなりました。 ネタはたくさんあるのですが、自らの実力不足からどれも未完成のまま放置されております(汗 このSS自身が他のSSと平行して書かれた物で、本当はEver17SSで4番目の作品になる予定でした。 3番目の予定だった作品は、もう一押しで完成すると思います。 いつも待たせてばかりなのでとても申し訳ないのですが…… 長い充電期間は無駄ではなかったと、そう思ってもらえるような作品を書いていきたいと思います。 ではそろそろ作品についてです。 タイトルを見ての通り、思いっきり某作品を流用してます。 分かる人ならニヤリとするようなキーワードも複数入れてあります。 展開も流用ではないかと突っ込まれたら言い返すことが出来ません(苦笑) テーマは二つのキュレイについて自分の考えを述べることでした。 その割にはキュレイシンドロームのほうが目立ってますが、これで十分に仕事はしたと思っております。 Q'tronさんのシナリオに影響されて「作者の意図を明確に書かず、読み手に感じ取ってもらう作品」を一度書いてみたかったので、キュレイという題材ほどそれに適したものはないと思いまして。 そのため、答えがいくつか出るように作ったつもりです。 どうか一度、あなた自身で答えを探ってみてください。 意味が分からないですか? 何も想像できないですか? もしそうだとしたら、私の力量不足です。 苦情のメールなり何なりご自由に送りつけても結構です。 今後の参考にさせていただきます。 もちろん、作品の感想そのものやどのような答えになったかを送っていただいたらとても喜びます。 また、今回の反省すべき点はキャラの口調や性格についてです。 ほぼ優一人しかでてきてませんが、Ever17をやってから大分経っているせいか、どこか不自然さを感じます。 ひょっとしたら、解釈のほうもズレが出てくるかもしれません。 こちらも何か気づいた点があればどんどんおっしゃってくださいね〜。 それでは、また次の作品でお会いしましょう。 月守 蒼輝 moonguard@parallel-moon.com |
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