〜Be your true mind〜
                              雪風


俺は船の上で揺られていた。
久しぶりに目の当たりにした景色と言ってもいいのかもしれない。
こんなにも空は青くて、吹き抜ける風は優しかった。
「平和だよなぁ」
ふと、1週間前に発した言葉を俺は自然と繰り返していた。
そう、俺にとっては1週間前の事なのだ。
「のどかだよなぁ」
って、さっきも同じ事言ってなかったか?
うーん、やはりそういう雰囲気なのだろうか。
「それでも何度でも言いたくなる気分だよな」
・・・だけど、
「17年、か」
目覚めた俺はこうして17年後の世界に立っていた。
「夢じゃないんだよな」
そう言って、俺は不意に眩暈を覚えた。
「お、おい。よく考えたら滅茶苦茶だぞ」
ひとりでブツブツと呟いている俺は、周りから見たら怪しさ爆発だ。
だが、そんな事に構っている暇など無い!
俺にとっては切実な問題なのだ!
・・・んっ?
「ちょっと待て。確かに滅茶苦茶だが・・・もう、起こっちまってるじゃないか!」
ゼーハーゼーハー。
無意味なまでに肩で息をしている俺。
「はぁー、俺は何をやってるんだが」
我ながら虚しくなってくるぞ。
いや、マジで。
「はぁー」
そしてため息をもうひとつ。
「何やってるの武?」
声がした方に振り向くと、みゅみゅーんがいた。
もとい、つぐみがいた。
頭の部分を右手で抱え込んでいて、実に微笑ましい光景だ。
「ねぇ、何やってるの武?」
『確か前は・・・』
繰り返すつぐみの言葉に俺は思わず過去に想いを馳せてしまった。


『意味の無い質問には答えないことにしているの』


つぐみが何度も口にした言葉。
心を無理矢理に閉ざして、ひとりになろうとして、
人との馴れ合いを極端に嫌っていたつぐみ。
『最初は俺、本当につぐみに目の敵にされてるようなもんだったからなぁ』
自然と苦笑が浮かんできてしまう。
『素直じゃなかったからな、つぐみのやつ。
まぁ、今でも素直というには十分怪しいが』
そんな俺を見て、疑問の色を顔に浮かべるつぐみ。
「ああ。ちょっとな、不毛な思考に陥っちまったよ」
だが、俺もつぐみも笑っている。
それは、きっと大切な事に違いなかった。
「ふーん。ま、あんなにひとりでブツブツ言ってたんだから、
当然といえば当然よね」
ぐはっ!
ま、まさかつぐみのやつずっと見てたのか?
というか、今の発言から推測するに決定事項じゃないか!
「つぐみも人が悪いな。声かけてくれればいいのに」
俺は努めて冷静を装った。
何故ならここで怯んだら俺の負けだからだ。
何としてもここは乗り切らなければ。
いや、特に理由は無いんだが・・・。
「だって、武ってただでさえ怪しいのに、あんな事してる時に話し掛けたら、
私にまでバカがうつっちゃうじゃない」
ドーン!
つ、つぐみ。いくら何でもそれは痛すぎるぞ。
目に見えて落ち込んだ俺を見ても、やっぱりつぐみの表情は柔らかかった。
「冗談よ、冗談。確かに武はバカだけど、
もう私はそのバカさをうつされちゃったから」
つーかフォローになってねーよ、つぐみ。
しかも何か日本語おかしかったし。
だが、そうそう落ち込んでいるわけにもいかないので、
俺は気を取り直してつぐみに言ってやった。
「うむ。まぁ、確かにつぐみもやや俺に染まってきた部分があるな。
そう、俺のこの溢れ出る人格に」
「そうね」
おやっ?
やけに今回は素直だな。
「武の溢れ出てとどまる事を知らない『バカ』に、ね」
・・・前言撤回。
全然素直じゃない。
「ふぅー、まったく。お前も変わらねーな、つぐみ」
違う。
本当は全然違う。
あの頃のつぐみの言葉には明らかに敵意が含まれていた。
たとえ、それが望む望まないに関わらず、だ。
「そうね。武と一緒だとこんなのばっかりね」
今は、そうだな、『あたたかい』って事にしとくか。
わざわざ言葉にする必要も無いしな。
って、俺も十分素直じゃないか。
俺は照れ隠しのつもりでつぐみの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「ちょ、ちょっと武!」
「つぐみは嫌か?」
「えっ、えええっ、べ、別に嫌って事は無いけど」
まったくもって嬉しい反応をしてくれる。
俺はそのままつぐみの頭を撫でつづけていた。
つぐみは俯いてしまっていたので表情はわからなかったが、
きっと照れているのだろう。
うむ。可愛いぞつぐみ。実にチャーミングだ。
「チャーミングだからチャミ」
何気なく俺がそう言った瞬間につぐみから表情が消えた。
そして、みるみるうちに怒りメーターが上昇していく。
「・・・っ!もう!武のバ」
つぐみがそれを言い切る前に、俺は目の前の人物を発作的に抱きしめた。
「好きだ、つぐみ」
俺の言葉につぐみの表情は一転して、困惑へと切り替わった。
そして、俺に抱きしめられた弾みでみゅみゅーんの頭部は船上を転がる。
「ずっと待たせてごめん」
ビクッとつぐみの体が震えた。
つぐみは17年間、ずっと耐えてきたのだ。
ホクトと沙羅を危険から守る為に、ずっとひとりで。


『生きている限り生きろ』


死にたい、と言っていたつぐみ。
生きる事を生きる気になったつぐみ。

「武のバカ」
つぐみの口調は平坦だった。
だが、つぐみの震えはおさまらない。
「あぁ、確かに俺はバカだ」
だけどな、


『俺は、死なない!』


あの時、俺は確かにそう言った。
嘘でも何でもなくて俺は本気だったんだ。
つぐみを置いて、俺ひとりが死ぬ事なんてできるはずがなくて、
それなのに現実はどうしようもなくて、
つぐみの別れ際の涙の意味を頭の片隅で理解している自分がいて、

「俺はこうやって、今、つぐみを抱きしめてる」
「うん」
「俺は、もうつぐみを離したりはしない。
お前が嫌がってもずっと抱きしめてやる」
「うん」

だけど、それでも俺はお前にもう1度逢いたかったんだ。
いや、そうじゃなくて・・・俺は何度でもお前に逢いたかったんだ。
その『想い』がなかったら、俺はホクトの呼びかけにも気付かなかったと思う。
もしかしたら、本当に助けられたのは俺の方だったのかもしれないな。

「愛してる、つぐみ」

つぐみとの約束を守って、
つぐみに笑いかけて、
つぐみを抱きしめて、
・・・お前は、ひとりなんかじゃないから。

「愛してる、つぐみ」
もう、つぐみは震えていなかった。
そして、俺はこの愛する女性の頤に手をかけ、
一瞬見つめあった後、つぐみの唇に俺のそれを重ねた。
しばらくお互いの温もりを感じあった後、俺たちはどちらからともなく唇を離した。
つぐみの顔は真っ赤で、
そんなつぐみを見ていると俺まで照れてしまう。

そうした余韻に浸かっていたら、
「パパ〜っ!」
・・・後ろからタックルを喰らった。
俺はその勢いに耐え切れずに、目の前に立っている人物、
つまりつぐみにヘッドバッドをかましてしまった。
ここにきて、見つめ合っていたのが仇になるとは・・・。
無言で崩れ去る俺とつぐみ。
「お父さん、お父さん。僕も僕も」
何が僕もなのだろうか?
俺にはホクトの言う事が理解できない。
「パパ〜っ、ママ〜っ、ごめんなさぁい!」
この惨劇を生み出した張本人の沙羅は言葉でこそ謝ってはいたが、
口調は随分と楽しそうだった。
『大丈夫かつぐみ』
俺は隣で一緒に倒れているつぐみにアイコンタクトを送った。
『大丈夫・・・じゃないかも』
俺に視線を送り返すつぐみ、引きつった笑いと共に。
「パパ〜っ」
「お母さんーっ」
「ぐはっ!」
「キャっ!」
沙羅は倒れている俺の上に、
ホクトは倒れているつぐみの上に乗っかりながら、俺たちを抱きしめてきた。
「ったく。俺たちは何をやっているんだか」
そう言いながら俺はつぐみにつぐみに向かって手を伸ばした。
「そうね。でも、まぁ、いいんじゃないかしら」
つぐみも俺の言葉に反応しながら、こちらへと手を伸ばす。
そして、俺とつぐみの手は結ばれて、
「パパもママもラブラブでござるな、にんにん」
つぐみの顔は真っ赤になっていた。
『本当に純情だな、つぐみは』
俺は心の中で笑いつつも、つぐみの手をしっかりと握っていた。
つぐみも沙羅やホクトに見られて恥ずかしいようだが、
しっかりと俺の手を握りしめつづけてくれていた。
「これからは4人ずっと一緒だな」
「うん、そうだね」
「そうだよ、お父さん」
「ええ。だけど・・・」
「だけど、何だよ。つぐみ」
つぐみが言葉を濁すものだから、俺は思わず聞いてしまった。
だが、その答えは俺にとっては予想外のものだった。
「だけど・・・武は私のものかな、って」
つぐみの顔は更に真っ赤に染まった。
沙羅もホクトも楽しそうだ。
沙羅はニヤニヤと。
ホクトはニコニコと。
ふたりの性格が良く現れていて、俺としては何ともいえない。
つぐみは相変わらず真っ赤なままだし。
『言った本人がいちばん照れててどうすんだよ』
俺は握り締めていた手ごと、つぐみをこちらへと引き寄せた。
ホクトが乗っているもんだから相当の力を要した、というのは秘密だ。
真っ赤な顔のままで俺を見つめるつぐみ。
だからかもしれなかった。
俺の口から自然とその言葉は紡ぎ出された。

「愛してる、つぐみ」

そして再び俺たちはお互いの唇を重ねあった。










あとがき

ここまで読んでいただきまして、本当にありがとうございました。
稚拙ながらもEver17の小説を書かせていただいたわけですが、
ここまで読んでいただける方がいるということで、私としてはそれだけで、もう十分嬉しいです。
お付き合いのほどありがとうございました。
                                          雪風




2002



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