〜終わりへの帰着と始まりへの回帰〜
                              雪風


何かに追われる夢を見る。
つないでいたはずのお兄ちゃんの手はここにはなく、
私ひとりがここに存在する。
「お兄、ちゃん?」
・・・・・・返事はない。
「私はひとりなの?」
思わず口に出してみる。
だけど、そんなはずはない。
私はお兄ちゃんと再開して、
パパもママもいる。
そう、これは夢なのだ。
私はひとりなんかじゃない。
「私はひとりなの?」
・・・・・・夢は終わらない。
ここにいる私は私?
夢が終わったらこの私は消えてなくなるの?
私は逃げつづける。
本当はこの行為に意味なんてない。
わかってる。
だって、追ってくる者など存在しないのだから。
私は走りつづける。
立ち止まってなんかいられない。
立ち止まったら足下が崩れてしまう。
と、不意に光が差した。
暖かい光。
「夢が・・・・・・終わるんだ」
そして、ふと気付く。
私は不安なのだ、と。
手に入れたそれは暖かで優しすぎるから。
涙が流れた。
とめどなく溢れるそれを私はどうする事もできなくて、
ただ、泣いた。
もしかしたら、私は何かを忘れてしまったのかもしれない。
・・・・・・わからない。
夢はいつか終わる。
そんな単純な事に私は気付く事ができないでいた・・・・・・。



「んーと」
私は倉成沙羅。
「あーでもないし、こーでもないし」
私はある1つの事をを考えている。
「やっぱり、私1人じゃ無理なのかなぁ」
それは・・・・・・。
「沙羅、ちょっといいか?」
おっ♪この声はパパ。ナイスタイミング♪
「うん。入ってきていいよ」
私は少しの期待を胸に秘めてパパを待った。
「じゃあ入るな」
で、程なくしてパパが私の部屋へと入ってきた。
「どうしたの?」
取り合えずパパの訪問の理由を聞いてみる。
焦って行動するのは良くないしね。
「ああ、ちょっとな・・・・・・」
それだけ言うとパパは苦笑を浮かべた。
はて?何だろう?
「つぐみはまだ寝てるし、ホクトは、まぁ、あれだからな」
ドクッ
パパの言葉の後半に私の胸は少しの痛みを覚えた。
「確か、なっきゅ先輩とデートだよ、ね?」
「まぁ、そういうわけだ」
私の気持ち、か。
何気なく言えたつもりだったけど、パパには気付かれてないよね。
「で、どうしたの?」
うん、きっと大丈夫。
「いや、その、暇だから話相手にでもなってくんねーかなぁ、って」
「えっ?」
「はははっ。いやー、暇だなぁ、って」
笑うパパ。
ちょっと呆然とする私。
でも、
「・・・・・・パパって何かいい感じだよね」
「はっ?」
何だか和んじゃったな。
パパは何が何だかわかってないみたいだけど。
「何じゃそりゃ」
「にんにん、やっぱりパパでござるな」
だから私は笑った。そしてある事に気付く。
「あっ!そうだパパ。ちょっと話があるんだけど」
「おっ!何だ何だ!」
疑問は吹き飛び、突然乗り気になるパパ。
・・・・・・そういえば暇でここに来たんだっけ。
「ちょっとパパに手伝ってほしい事があるんだけど」
「おお。言ってみろ」
私は小さく呼吸してから言い放った。
「お兄ちゃんのなっきゅ先輩への愛を調べるの!
名づけて『お兄ちゃんなっきゅ先輩ラブラブ調査!』でござるよ」
「・・・・・・」
パパはいまいち状況を飲み込めていないような気がする。
「面白そうだな、それ」
そう思ったのも束の間の事だったけれど・・・・・・。
パパは顔に笑みを浮かべ、更に乗り気なご様子。
「でしょ〜。でね、私ひとりじゃちょっと無理そうなんだ」
「で、俺の手伝いが必要というわけだ」
「話がわかるでござるな。沙羅も嬉しいでござるよ。
作戦が成功したら、そんなパパには沙羅の愛を込めた熱〜い」
しなをつくってパパに寄り添って、ちょっとからかってみたりする。
「ば、莫迦、沙羅、何やってるんだよ」
おっ、焦ってる♪焦ってる♪
だけど、そんなからかいも長くは続かなかった・・・・・・。
「熱い・・・・・・何?」
パパと私は凍りついた。
私たちの背後約2メートルからかけられた声によって。
そういえば、パパ、ドア閉めてなかったような。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無言のまま振り返る事ができないままの2人。
「熱い・・・・・・何?」
ママが同じ事を繰り返す。
(ちょ、ちょっとパパ!どうにかしてよ!)
(どうにかって、どうするんだよ!だいたい沙羅が!)
「熱い・・・・・・何?」
ロボットと化したママ。
こ、怖すぎる。
(パパの愛でどうにかしてよ!)
(愛か!愛でどうにかなるのか!?)
「ママ、実はね、ほら、パパ!」
ごめんパパ!この状況をどうにかして!
「って、俺かよ!」
・・・・・・だ、大丈夫かな?
(と、とりあえず何か言わないと!)
(あ、ああ。そうだな)
「実はなつぐみ。その、あれだ。熱い・・・・・・」
「熱い?」
言葉に詰まったパパをせき立てるママ。
「うむ。俺は、『熱いホットドッグ』が食べたいんだ!!!」
「そうなのでござるよ、にんにん♪」
(パパのバカぁ!!!)
(仕方ないだろうがぁ!!!)
そんな話誰も信じないよ〜。
「そうな、の?」
「ああ、そうだぞ、つぐみ」
「そうでござるよ♪」
(えええっ!!!)
(マジかよつぐみ!!!)
嘘でしょママ!
というかしっかり対応している私たちもどうなの!?
「何だ、そうだったの・・・・・・」
ママ、納得しちゃったし・・・・・・。
「もしかして、つぐみまだ寝てる?」
あっ、私もそれ思った。
「失礼ね。私は起きてるわよ武」
私としては、寝ぼけていた方がママの心配をしないで済んだ気がする。
「で、ふたりで何をやっているの?」
あっ、そうだ。ママの出現で本題を忘れてたよ。
「そうだ!ママにも手伝ってもらおうかな?」
名案とばかりに私は声を出した。
「ああ、いいんじゃないか」
そんな私の言葉をパパが肯定してくれる。
「手伝う?私が?」
「うん。お願いできる、かな」
パパとママが手伝ってくれれば、
どうにかなるはず。
・・・・・・多分。
「まぁ、いいけどね。で、何なのそれって?」
「うむ。お兄ちゃんのなっきゅ先輩への愛を調べるの!
名づけて『お兄ちゃんなっきゅ先輩ラブラブ調査!』だそうだ」
「わっ。パパすごーい。よく1回で全部覚えたね」
得意げなパパとそれを賞賛する私を見て、
何故かこめかみに手を当てるママ。
「はぁー、あなたたち、毎日が楽しくて楽しくてしょうがないでしょう?」
ムッ。
何だか莫迦にされた感じ。
「ええ〜!ママは楽しくないの?だってママの愛するパパがいて、
パパと毎日ラブラブしてるじゃない〜!」
だから言ってあげることにした。
こう言えばきっとママは、
「え、えええっ!そ、そそそんな、わ、わわわたしは!」
・・・・・・予想通り。
ママは顔を真っ赤にして、あたふたし始めた。
「お、おいつぐみ!落ち着け!」
「た、たたたけし!わ、わわわたしは!」
必死にママをなだめようとするパパ。
その努力の甲斐もあって、ママは落ち着きを取り戻す事に成功した。



「沙羅が変な事言うから言いそびれてしまったけど、私は嫌だな」
落ち着きを取り戻したママの最初の言葉は私にとって意外なものだった。
「えっ、嫌って?」
もしかしたら声が裏返ってしまっていたかもしれない。
「だって、それは私たちがどうこうするというよりも、
ホクトと優がお互いに想いあうっていう事でしょ。
だったら私たちには出番はないんじゃないかしら?」
・・・・・・そうなのかもしれない。
お兄ちゃんとなっきゅ先輩が仲が良いのは私たちから見てもすぐわかる。
それに、私は2人の事を良く知っているから尚更そういう事はわかるし。
だけど、それでも何かをしていないと怖くて・・・・・・。
「ねぇ沙羅。あなた大丈夫?」
「えっ?」
「今日、ホクトがデートに行くって事がわかってから、
ずっと元気がないように見えたから」
そっ、か。
私、隠しきれてないんだ。
そして自分自身にも。
でも、
私はお兄ちゃんとなっきゅ先輩がデートする事が嫌なのかな?
2人が仲良くするのが嫌なのかな?
・・・・・・多分、違う。
きっと、そういう事じゃなくて。
あれっ?
不意に私は何かを見落としている気がした。
ちょっと考えてみる。
そしてパパの事を視界に捉えたときに気がついた。
「もしかしてパパ。私を心配して来てくれたの?」
パパは何も言わずに苦笑を浮かべた。
それは、最初に浮かべた苦笑とは全然違って、
優しいものであるような気がした。
「そうだったんだ。ありがとうパパ」
自然とお礼の言葉が出た。
だって嬉しかったから。
さすが、ママが惚れた男だね。
「なぁ沙羅。何かあるなら言っちまっていいんだぞ?
ホクトに言ってまずいようなら黙っててやるし」
「そうよ沙羅。私たちにできる事なら何でも言って」
パパ達の気持ちは嬉しいけど、まだ、言えない。
自分でも自分の気持ちをまだ良くわかってないから。
『本当に?』
・・・・・・ごめん、私、嘘ついた。
言葉にしてしまったら、それが現実になってしまいそうで怖くて。

「あっ、みんな、ここにいたんだ」
「えっと〜、お邪魔してます」
「お兄ちゃん・・・・・・なっきゅ先輩」
一瞬私は自分の目を疑った。
だって、デートに行ったはずのお兄ちゃんとなっきゅ先輩が
突然現れるから・・・・・・。
「おかえりホクト、いらっしゃい優」
本当なら、ママのお兄ちゃんとなっきゅ先輩への何気ない対応を嬉しく感じるはずなのに、
私はただ呆然としていた。
「どうしたんだホクト。お前デートじゃなかったのか?
それに優娘まで」
パパが2人に何か言ったみたいだけど、良く聞き取れない。
「あの〜、優娘って私の事ですか?」
「ああ、そうだぞ。優の娘だから優娘」
「武、あなたってやっぱり莫迦ね」
呼吸の度に胸の奥が痛む。
「何が莫迦なんだよ、つぐみ!」
「だって、武は莫迦じゃない」
耳鳴りがする。
「ねぇ、ホクト。いいの、この2人?」
「うーん、いいんじゃないかな?」
目の奥が熱い。
「あのなぁ、つぐみ。って、ちょっと待て。沙羅?」
こんなはずじゃない。
お兄ちゃんとなっきゅ先輩が付き合う事は嫌なんかじゃない。
「沙羅?どうしたの?」
それなのに苦しいの。
・・・・・・ううん、違う。
本当はわかってる。
「ねぇ、お父さん。沙羅どうしたの?」
「ああー・・・・・・悪い。ホクト、優娘、つぐみと一緒に下に行って、
何か温かいものでも淹れといてくれ。
沙羅のやつ、さっきまで俺たちとはしゃぎまくってたもんだから、
ちょっと疲れちまったみたいだ」
「大丈夫、沙羅?」
「拙者は大丈夫でござるよ、なっきゅ先輩。ただ、パパの言った通りちょっと疲れちゃって」
きっと、私は不安なんだ・・・・・・。
「じゃあ、私たちは先に下に行きましょう。ほら、ホクト、優」
私はひとりなんかじゃない。
そんな事わかってる。
「でも、沙羅が・・・・・・」
「本当に大丈夫?」
「お兄ちゃんもなっきゅ先輩も心配性でござるな」
私、笑えてるよね?
「ほら、沙羅を困らせないの。行きましょうホクト、優」
「う、うん」
「無理はしちゃ駄目よ」
私は、ちゃんとここにいるよね?
「武、頼んだわよ」
「あぁ、わかった」

・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・

「なぁ、沙羅」
部屋にはパパと私だけだった。
ママとお兄ちゃんとなっきゅ先輩は1階に下りていってしまったから。
「ごめんねパパ」
私のためを思ってパパはこうしてくれたってわかってるから。
「いや、まぁ、それはいいんだが」
だから、しっかりしないと駄目だよね。
ううん、そんなの言い訳かもしれない。
誰にも言えないなんて、ひとりきりで抱え込むなんて苦しいから・・・・・・。
「私、お兄ちゃんの事好きだと思ってた。
だから、お兄ちゃんがなっきゅ先輩と一緒にいるのを見ると、
何だか胸の奥が痛いような気がして」
「うん」
「でも、そうじゃなかったんだ。
確かに私はお兄ちゃんが好きだけど、なっきゅ先輩も好きだから。
2人が付き合う事になって良かったと思ってる。
それなのに何だか2人を見ると胸の奥が痛くて」
「うん」
「パパ。私ね、きっと、不安なんだ私。
お兄ちゃんと別れて、ずっと1人で、でもこうして再開できて、
パパとママとも暮らせるようになって。それなのに私・・・・・・」
それまで黙って私の話を聞いてくれていたパパがゆっくりと言葉を口にした。
「沙羅が苦しいなら話さなくてもいいからな。だけど、俺はちゃんと聞いてやるから。
なんたって俺は沙羅のパパだからな」
嬉しかった。
私はひとりなんかじゃないって言ってくれてる気がしたから。
そう想ってくれるのは嬉しい。
それで泣きそうになってしまったけど我慢した。
まだ泣いちゃいけない。何故かそんな気がしたから。
「ありがとうパパ。
・・・・・・私ね、思うんだ。
お兄ちゃんとなっきゅ先輩が仲良くなればなるほどに、
ふたりの中から私は消えていってしまうんじゃないかって。
お互いの想いが強くなればなるほどふたりの中に私の居場所はなくなってしまうんじゃないかって」
私の言葉が途切れたのを見計らって、
パパが何か言葉を紡ぎだそうとするのがわかった。
「本当に沙羅はそう思ってるのか?
あいつらがお前の事を忘れると思ってるのか?
沙羅だったら忘れてしまうのか?」
「!」


・・・・・・あぁ、私は、


「沙羅の中からホクトと優娘は消えるのか?」
「そんな事ない!私はどんな事があってもお兄ちゃんを忘れないし、
なっきゅ先輩の事も忘れない!」


私は、忘れてしまっていたんだ。


「そっか。沙羅がそう思ってるなら大丈夫だろ。
あいつらもきっと同じ事を思ってるよ」
「えっ?」


どうして忘れてしまっていたのだろう。


「それに、あいつらにしてみれば、沙羅の方が自分達から離れていってしまうんじゃないかって
思ってるんじゃないか?」
「私は離れたりなんかしないよ!私は一緒にいたい!」


いつのまにか、
私は、望まれる事ばかりを望むようになって、
望む事を望まなくなってしまっていた。


「だったら、尚更大丈夫だろうよ。沙羅、もっと自分に自信を持て。
倉成沙羅は、倉成ホクトと田中優美清秋香菜を大切に思ってる。そうだろ?」


夢はいつか終わるのに。
悪夢は終わる。
そして私の望んだ夢も終わる。
だけど、それは哀しい事なんかじゃなくて、


「そうだ・・・・・・ね」
「沙羅?」


夢はまた作ればいい。
自分自身で夢を望めばいい。
始まりはいつだってすぐそこにあるのだから。


「沙羅」
パパはゆっくりと私を抱きしめて、頭を撫でてくれた。
「・・・・・・うぐっ、うぐっ、私、私!」
それまで我慢していた涙が私の瞳からとめどなく流れ出して、
だけど、それは哀しい涙なんかじゃなくて、
「私、私!」
大丈夫。
きっと前に進めるから。
立ち止まる事もできるから。
私を待ってくれるみんながいるから。


望まれる事を望もう。
そして、それ以上に望む事を望もう。


「パパ、私ね」
「うん」
「私、きっと弱くなっちゃった」
「そうなのか?」
「うん。きっとそう」
私の頭を撫でるパパの手は優しくて、
「まぁ、でも、いいんじゃないか?」
また涙が溢れ出す。
「うん。そうだ、ね」
それを聞いたパパは何だか安心したような顔つきで、
そして、抱きしめる時と同じ速度でゆっくりと私を離してくれた。
「それとな、沙羅。俺たちも沙羅とホクトと離れるつもりなんて毛頭ないからな。
お前らが出ていこうとしたら、閉じ込めてでもつなぎとめてやる。覚悟しとけよ?」
「・・・・・・それは厳しい話でござるな♪」
私は笑った。
パパも笑っている。
ママの前でも、これからはお兄ちゃんの前でもなっきゅ先輩の前でも素直に笑える。
私の瞳から一滴の涙が頬をつたった。
涙はこれで最後だから・・・・・・。
「じゃあパパ。みんなの所に行くでござるよ」
「ああ、そうだな」
私は今ここにいる。
私が、倉成沙羅が倉成沙羅である限り。




今回は少し長めとなってしまったのですが、
ここまで読んでいただきましてありがとうございました!
今回のSSは前の2つのSSとは違った感じになったのですが、どうでしたでしょうか?
私としては少しでも、読んでいただけた方が何かを感じていただけたならすごく嬉しいです。
ここまで、お付き合いのほどありがとうございました。

雪風




2002



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