雨上がりに 作 天の川 |
外は雨が降っている。 今は梅雨時。いつになっても梅雨は相変わらずやってくる。二十年近く昔も、同じような光景を目にしていた気がする。 ここは優=田中 優美清秋香菜の部屋兼研究室で、部屋の湿度は高く、不快指数もこの上なく高い。 「あ〜暇ねぇ・・・暇なことこの上ないわぁ・・・・」 机に突っ伏し、だるそうにこちらを見ているのは優だ。一体何回このセリフをはいているのだろうか? 「優秋は?」 おれも優と同じような体勢で聞いた。おれは優の娘、田中 優美清秋香菜のことは優秋と呼んでいる。 「ホクトとデート・・・・映画じゃないかしらぁ・・・?」 「そうか・・・・おれ達も行くかぁ?映画見に・・・・」 おれも、優も、声はとてもやる気が無い。 おれは視線を傘箱に移動させる。中にはちょうどよく傘が二本入っていた。 優は立ち上がり、おれの視線の先にあった傘を手に取る。 「んで?お金はどっちが出す?」 優がまっすぐおれのほうをむいて聞いた。 「・・・」 「・・・」 どちらも無言で、しばしその場に立ち尽くす。 「・・・・・わかったよ、おれが出してやるよ。」 「やりー!ありがと、桑古木!」 ダメだ、優の懇願するような表情に負けた・・・・。おれは前々から、こき使われるような人間関係にあるような気がする。 おれも立ち上がり、優の手から傘を取る。傘を広げてみると、何の支障も無く傘は開いた。壊れてはいないらしい。穴も空いていないようだ。 「それじゃ、いきますか。」 おれは部屋のドアを開けた。 外は相も変わらず大雨だ。 優がおれの後を付いてくる。 「桑古木は、彼女とかいないの?そういえば、ココは?」 優は、突拍子もない質問をしてきた。 「あぁ・・・・彼女ねぇ・・・・BW発動のために捧げてきた十七年間のおかげで、考えたことも無かったね。ココとは・・・・相変わらずさ、お兄ちゃんでもあり彼氏でもあるお方がいらっしゃいますからね。」 おれは自分でも無意識に、最後のセリフだけ皮肉っぽく言ってしまった。 おれと優の足元では、雨による水溜りが幾つも出来ていた。 「お前は、どうなんだ?武と、さ。」 おれは質問を仕返す。 「はぁ〜、そんなの出来るわけ無いじゃない、つぐみがいる限り、あの家庭に介入できません。武奪取作戦、何度か試みたけど、全部失敗に終わるし・・・」 優は最後のほうを小さく、ぼそぼそといった。 研究室をでてから、かれこれ十分ほど歩いていた。しかし雨は一向に止みそうに無い。 駅に着いた。ここから二駅のところに映画館がある。 「切符代くらいは、自分で出せよ」 切符の販売機とおれの顔を交互に見ていた優に対し、おれは冷たく言い放った。冗談じゃない、これ以上甘くしたら、この後いろんなものをおごらされる羽目になる。少なくとも、ポップコーンとジュースはおごらされるだろう。 優はぶつぶつ文句を言いながら、財布から小銭を取り出した。 そのとき後ろから、聞き覚えのある声がした。 「あ〜!お母さん!どうしたの?こんなとこで、しかも桑古木と一緒に。」 「あっ、田中先生、それに桑古木さんも。どうしたんですか?」 優秋とホクトが、おれたち二人の前に現れた。ホクトは紙の袋を二つ抱えている。恐らく洋服の類だろう。 おれはホクトに、同類を哀れむ視線を送った。 いや、まてよ?おれとホクトが利用されやすいんじゃなくて、田中親子が人を使いすぎなだけな気もする・・・・。 おれの論は、次に優が発したセリフによって、絶対的に確実となった。 「いやね、桑古木がね、『暇だし、おごってやるから映画見に行かないか?』って誘うもんだから」 ピシッ。 これはおれの周りの空気が、一瞬にして固まるときの擬音だ。 ガラガラガラ。 そしてこれは、固まった空気が一瞬にして崩壊するときの擬音。 「ちょ、ちょっとまてぇ!だれがそんなこと言った!?」 「誘ったのは桑古木じゃない?」 「まぁ間違いではないがな。だがしかーし!おれがいつ『おごってやるから』なんて単語を発した!?」 おれは優に詰め寄った。 緊迫した空気が辺りを包む。 優秋とホクトはどこかへいってしまった。駅を歩く人がおれと優のほうを見るが、気にしないことにした。 「まぁまぁ。」 優はおれから視線をそらすと、いつの間にか買っていた切符を改札にいれた。 「ったく。」 おれは悪態をつきながら優の後を追った。 「はぁ〜面白かったぁ。」 ポップコーンを食べながら、優が言った。もちろん、金を払ったのはおれだ。 おれと優は、映画も見終わり、帰路についている。 行きに通った道を、また通る。 優は右手に傘、左手にポップコーンを持っている。 ポップコーンを美味しそうに食べる優。 ったく、一体何歳だよ。 「きゃっ!」 優は水に足を滑らせたのか、転びそうになる。おれは反射的に優の体を支えた。 ポップコーンが水溜りに落ち、水溜りには油が浮かぶ。 優が今まで持っていた傘は、ゆっくりと地面に落ちた。 「天下のキュレイ種も、転ぶくらいことはするんだな、やっぱし。」 「・・・あ。雨、上がってる。」 「・・・・・ホントだ。」 空は、隅々まで晴れ渡っていた。 虹がうっすらと見える。 優は地面に落ちた傘を拾い、閉じる。 おれも傘を閉じた。そしてそのまま、同じように帰路に着いた。 変わったことは、空がきれいな水色をしていたことと、傘を閉じた分だけおれと優の間が狭まったということだけだった。 |
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