バレンタインデー 朝霧有 |
鉛色の空から舞い降りる妖精を見つめながら、私はため息をついた。 もらした吐息がガラスをわずかに暖め、曇らせる。 まるで今の私の気持ちのようで、妙な脱力を感じた。 明日は2月14日。そう、“バレンタインデー”なのだ。 私、倉成沙羅は雪の降る道を歩いていた。 厚いコートにマフラーを着込み、滑らないよう慎重に足を進める。 「きゃっ!」 氷に足をすくわれ、転びそうになる。その度に必死で体勢を整えた。 「受験生じゃ無いけど・・・転べないの。明日のためにもね」 私は地面に微笑を浮かべながら呟いた。 「ち、チョコの作り方ですか?」 目の前にいる沙羅さんの発言の内容に、私は目を丸くしました。 「空、明日は乙女の戦争なのよ。私にチョコの作り方を教えてくれない?」 「そう言われましても・・・私だってチョコなんか・・・はっ!」 私もバレンタインデーくらい知っています。 女性の方が好きな男性にチョコを上げる儀式の日。つまり、愛を確かめ合う日。 すぐに頭の中に倉成さんが浮かび上がりました。 「空殿は戦に負けても良いのでごさるか!?」 「く、倉成さんのためなら・・・!!」 負けるわけにはいきません。小町さんを抑え、勝利するのです!! 「分かりました!沙羅さん、共に頑張りましょう!」 そう言いながら、私はキッチンへ向かいました。 「単純ねぇ・・・空って。ニンニン♪」 私がキッチンでチョコを作っていると、突然背後のドアが開いた。 反射的にボールを振り上げて振り返る。 「な、なっきゅ先輩!?」 「マヨ!?・・・と、空?」 見ると、2人がドアを開けた体勢で固まっていた。 「何をしていらしたのですか?優さん」 その質問に、私はふふん、と鼻を鳴らして答えた。 「決まってるでしょ、空。見て分からない?」 「チョコ作り・・・?」 マヨの返答に、私は親指を立てて言った。 「イエ〜ス!ホクトのためにチョコを作ってたのよ」 持っていたボールを二人に見えるように傾ける。何故かマヨが少し顔をしかめた。 「なっきゅ先輩はチョコの作り方、分かるんですか?」 「もちろんよ!」 言いながら私は胸を叩く。空が顔を輝かせた。 「じゃあ、私たちに教えてくれませんか?」 「ええ、いいわよ♪」 私は快く返事をした。 (むむ・・・なっきゅ先輩を忘れていたでござる) 私は心の中で舌打ちした。それは今まで忘れていた自分に対してのものだ。 とにかく、お兄ちゃんを盗られるわけにはいかない。 私は目をギラギラと輝かせ、まずはそのテクニックを盗むのだった。 2月14日。今日は土曜日だ。 僕はお父さんと桑古木と一緒にTVゲームをしていた。 画面で3Dキャラが激しく戦っている。 「甘いぜ武!うりゃあああ!!」 「な、なにっ!?」 「お父さん、34年のゲーム初めてだっけ?」 「まさか17年でここまで進化しているとはなぁ・・・」 「言い訳のつもりか?武、見苦しいぞ!」 「負けるか!もう一度だ!」 「お父さん、桑古木、ハマりすぎ・・・」 一向に回ってこないコントローラーに、僕はため息をついた。 『バキィッ!!』 それはゲームの効果音では無かった。音は僕たちの背後からしていた。 恐る恐る振り返ると、 「く、くくく倉成さん!」 慌てた様子の空が飛び込んできた。よく見ると、ドアが壊されている。 (ドアぐらい静かに開けて入ろうよ・・・空・・・?) 壊れたドアを見つめていると、続いて沙羅と優も入ってきた。 2人とも、何かを大切そうに抱えている。大事なものだろうか。 「倉成さん!こ、これを!」 空がハート型のチョコをお父さんに差し出した。ハート型・・・? 「ああ、そっか。バレンタインデーかぁ」 僕は呟いた。お父さんがゆっくりとチョコを受け取る。 お父さんが完全に手に取ったのを確認すると、今度は首を振り始めた。 どうやら辺りを警戒しているようだ。 僕にはすぐにその“行為”が何を意味しているか分かった。 「おお!チョコか!サンキュー、空♪」 お父さんが嬉しそうに返事をすると、空が天高く吼えた。 「勝った・・・勝ちました!やりました!」 両腕を上げてガッツポーズをする。 すると、TVから『You Win!』と勝利宣言が入った。 どうやら桑古木がこっそりお父さんのキャラを攻撃していたらしい。 私は『You Win!』に少し動揺した。 それだけは防がなくてはならない。いくら先輩でも、勝たせるわけにはいかない! 「お兄ちゃ―――」 「ホクト〜♪は〜い♪」 なっきゅ先輩が最高の笑顔でお兄ちゃんにチョコを渡す。先手をとられたでござる。 すぐに後に続く。 「お兄ちゃん、私からも♪どうぞ♪」 負けじと天使の笑顔で対抗する。お兄ちゃんは戸惑っているようだった。 まあ、私には“秘密のメッセージカード”がある。良しとしておこう。 それからパパにもチョコを渡した。空の視線が少し怖かったけど。 「あのう・・・俺は?」 桑古木の声に、私たち女子3人は首を振った。 もちろん、横に。 「・・・・」 桑古木が沈黙していると、部屋の外から声がした。 「うわぁ〜!ドアが壊れてるぅ〜♪」 「ココぉーーーっ!!」 入ってきたココに、桑古木が飛びつく。ココは慌てて引き剥がした。 「コラッ!ダメでしょ、急に飛びついちゃ♪」 言いながら小さな包みを取り出す。それは誰がどう見てもチョコだった。 「こ・・・ココっ・・・俺は信じてたよ・・・!」 桑古木が泣きながら両手を伸ばす。 それをスルーするココ。 「ぶりっくう゛ぃんけるのお兄ちゃ〜ん♪」 一同が呆然とする中、桑古木が床に倒れた。さすがに可愛そうだ。 「あのねぇ、ココね、お兄ちゃんのためにねぇ・・・」 ココが誰もいない空間に話していると、ふとドアからまた一人入ってきた。 その人物を見て、私は驚きの声を上げた。 「ママ?」 ママはパパの前まで歩み出ると、深呼吸をしてから言った。空が睨みつける。 「た、武・・・」 「チョコだろ?」 先読みをされ、顔を赤くするママ。 「え?ち、違うわよ・・・」 「じゃあ、その持ってる包みは何だ?」 パパが立ち上がる。ママは緊張し、顔は真っ赤になっていた。 「つぐみ。俺たち夫婦だぜ?考えてることなんて、手に取るように分かる」 そっと、チョコを持っているママの両手を包み込む。 「武・・・」 突然、視界が真っ暗になった。誰かに手で塞がれたらしい。 「お、お兄ちゃん?」 手の隙間から見ると、お兄ちゃんが私の目と空さんの口を塞いでいた。 そして、その視線はパパとママに注がれている。 なっきゅ先輩もただただ呆然と見ている。 まさか。 「お、お兄ちゃん!私にも見せて!」 「だ、ダメだよ!」 「うぐぐっ!く、倉成さんっ!」 「こ、これが大人の・・・」 「だからね、ココねぇ、一生懸命ねぇ―――」 『バキィッ!』 突然、大きな音が部屋中に響いた。 一同が驚いて音のした方向を見ると、桑古木が立っていた。 その足元に、壊れたTVゲーム機がある。彼が壊したらしい。 「嫌なんだよ・・・」 壊れたゲーム機を足で蹴る。何度も蹴り続ける。 「こんなオチは、嫌なんだよぉぉぉ!!」 足元のゲーム機を拾い、おもむろに床に投げつけた。 転がったゲーム機がピピにぶつかりそうになる。 「ピピッ!」 ココが慌ててピピを抱きかかえる。一瞬抱えるのが早く、当たらなかった。 「桑古木!」 パパが桑古木に近寄り、胸倉を?んだ。 まさか。 「口・・・開けてろっ!」 口の中にチョコを投げ込んだ。 ぽかん、とする一同。 「武・・・?」 「いいか!?男はな、たとえ貰えなくても我慢する生き物なんだよ!!」 「あ・・・」 「よく味わえ!それがチョコを超えた“愛の味”だ!」 「あああ・・・」 「みんな、これにすべてを賭けてるんだ!それを邪魔する権利は誰にも無いんだよ!」 「う、うわぁぁぁぁぁ!!」 桑古木が泣きながら崩れる。ココが崩れ落ちた桑古木に駆け寄る。 「ご、ごめんね、少ちゃん・・・ちゃんと、ココは用意してたの・・・」 ココがチョコをもう一つ取り出す。桑古木の分らしい。 「こ、ココ・・・」 「ごめんね・・・ココが渡すの、遅かったから・・・!」 ココの目に涙が浮かぶ。 「ココ・・・俺はなんてバカなことを・・・ココっ!」 「少ちゃん!」 2人が抱き合う。パパがうんうんと頷く。ママの鉄拳がその頬に飛ぶ。 「―――うぐっ!?」 突然の正拳突きに、パパはよろめいた。 「今、桑古木の口に投げ込んだの・・・何だか分かる?」 「え・・・?あ・・・」 「・・・武の・・・!!」 今度はアッパーが顎にめり込む。 「バカァァーーー!!」 パパは見事な円を描いて吹っ飛んだ。それからママは桑古木へ顔を向ける。 びくっ!と桑古木は体を震わせた。 「よくも・・・よくもぉぉぉ!!」 「ぼ、暴力反対!」 「ゲーム機投げといてそりゃないよ・・・」 家から飛び出していった桑古木とママを見て、お兄ちゃんが呟いた。 「ねえ、お兄ちゃん・・・」 僕が壊れたゲーム機とドアを交互に見ていると、沙羅が話しかけてきた。 「何?沙羅」 「カード・・・見てくれる?」 「カード?・・・あ」 よく見ると、チョコの包装紙に一枚のカードも一緒に包まれていた。 手に取って見てみる。 「・・・・」 「変、かなぁ?」 沙羅が少しだけ震えた声で言う。僕はそっと沙羅の頭を撫でた。 「そんなこと無いよ。・・・もちろんさ」 「お兄ちゃん・・・!」 「沙羅・・・」 僕は優しく沙羅を抱きしめた。周りの目など気にもせずに。 いつか空がこんなことを考えていた。 『バレンタインデーは、男性と女性が愛を確かめ合う日』だと。 今日、沙羅は妹から一人の女性へと成長したのだ。 ボクはココから貰ったチョコを片手に、カードの文面を見た。 そこにはシンプルに、こう記されていた。 「私を見つめてくれますか?」 私は買い物袋を片手に帰宅を急いでいた。 今日はバレンタインデー。前もって招待しておいたので倉成は家にいるはずだ。 「ああ・・・倉成、待っててね。今、愛の詰まったチョコを―――」 『バキィッ!』 目の前に桑古木が飛んできた。顔に殴られたようなアザがある。 「ちょっと、桑古木!?大丈夫!?」 「優・・・?」 つぐみの声がした。顔を上げる。 鬼が立っていた。 「その袋の中身・・・見せてもらえないかしら?」 私は絶叫した。 |
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