〜約束〜
                          朝霧有

前編

 世界は赤く明滅していた。
耳障りなサイレンが鳴り響いている。
ボクは前に立つ男を見据えた。彼は動じずに立っている。
やがて、彼が先に口を開いた。
 「邪魔するというのなら………お前でも容赦しない」
冷ややかな口調に恐れを抱かず、ボクは答えた。
 「ボクがいつ手加減してくれって言った?」
そう言い終わる前に、彼はボクに向かって飛び出していた。
ボクも大地を蹴った。
加速をつけたお互いの拳が交差する。
世界は赤く明滅していた。
耳障りなサイレンが鳴り響いている。



 「お兄ちゃん、早くぅ〜♪」
果てしない蒼空の下を、僕と沙羅は歩いていた。
今日は朝から沙羅の買い物につき合わされた。もちろん、荷物持ちだけど。
 「待ってよ……沙羅……」
尋常では無い重さに、僕は苦悶の表情を浮かべながら訊いた。
 「ねえ、一体何を買ったの?」
 「PCの部品だよ」
 「PC……」
袋の中身を見てみる。確かにそれらしき物が入っていた。
僕はため息交じりに呟いた。
 「沙羅も女の子なんだから……少しは―――」
 「え?お兄ちゃん、何か言った?」
 「いいえ、何も」
慌てて返事をして、ゆっくりと足を踏み出す。
路上に残る微かな雪を踏みしめながら歩いた。
 「あ………」
 「ん?」
沙羅の声に、僕は顔を上げて前を見た。
屈強な男が沙羅の前に立ちふさがっている。そこら辺にいるような奴じゃない。
 「あの……」
沙羅が恐る恐る言う。しかし、突然男は沙羅の手を捻り上げた。
 「痛いっ!」
 (まさか………ライプリヒの残党!?)
僕はその場に荷物を置いて、沙羅の元へ向かおうとした。
それを遮るように数人の男が立ちふさがる。
だが、僕の頭の中は沙羅を助けることで一杯だった。
 「邪魔だ!どけよ!」
僕は走りながら叫んだ。先頭の男に殴りかかる。
しかし、男は僕の拳を軽々と半身で避けた。
そして―――。
 「―――うぐっ!?」
突進の勢いを利用され、僕は地面に叩きつけられてしまった。
全身に激痛が走る。
僕は痛感した。相手はただのチンピラでは無い。
全員が腕に覚えのある、一流の刺客なのだ。
いくらキュレイウイルスに感染していると言っても、勝てるワケがない。
 「お兄ちゃん!」
沙羅が僕を呼んでいる。今すぐにでも敵を吹っ飛ばして行きたい。
だが、理想とは裏腹に僕は成すすべも無く叩き伏せ、抑え付けられていた。
身動きがまったく取れない。
自分の無力が悔しかった。自分の無力が憎かった。
 「くそっ!!沙羅!!」
僕には叫ぶことしか出来なかった。
瞬間。
 「うげっ!?」
敵の一人が崩れ落ちた。全員の視線が集まる。
そこに一人の少年が立っていた。少年と言っても、僕と同い年くらいだ。
肩に届くか届かないかの長さの白髪に、黒い目をしている。
その目はギラギラと輝いていた。
 「ライプリヒか……」
何だって?今、この少年は何て言った?
 (ライプリヒの残党を……コイツらを知っているのか?)
崩れた男の近くにいた奴が、乱入した少年に殴りかかる。
しかし、いとも簡単にカウンターを受け、同じように倒れた。
一撃だった。
 「こ、この野郎!」
僕を抑えつけていた奴が少年に向かっていく。それを合図に、一斉に襲いかかる。
 「危ない!」
僕はそう叫んでいた。
だが―――
敵の体を縫うように空いていた隙間から、少年は僕に微笑んだ。
―――ような気がした。



 ボクは倒れている少年に微笑んだ。
すぐに顔を前に戻す。三人が中央と左右から来る。
中央の男が正拳突きを繰り出してきた。
ボクは半身で避け、腹部にカウンターを入れる。
男の腕を?みながら右の男に蹴りを打ち込む。
?んでいた男を投げ、左の男に二発の蹴りを放つ。
右にいた男の上段蹴りを避け、ハイキックから回し蹴りを側頭部に命中させる。
投げた男の攻撃を受け流し、後方に叩きこむ。
左にいた男の背後からの攻撃を、馬が後ろ足で蹴るようにして弾き飛ばす。
右にいた男に足払いをしかけ、倒してからカカト落としを決める。
叩き込んだ男からの飛び蹴りの足を?み、振り回して壁に激突させる。
最後に左にいた男の正拳突きを避け、ミドルキックで吹き飛ばした。
―――10秒もかかっていない。
ボクは女の子を捕まえている男に言った。
 「その女の子を離せ」
それは警告では無く命令だった。
男はにやりと笑いながら女の子を離すと、走り去っていった。
 「お兄ちゃん!」
 「沙羅!」
沙羅というらしい女の子が兄に走り寄る。ボクはそれを横目で見ながら考えていた。
 (まさか………)
ボクは頭を振り、その疑問を追い出した。そんなハズは無いのだ。
 (彼は……ボクが殺したんだから)



 「お兄ちゃん!」
私はお兄ちゃんに抱きついた。お兄ちゃんは優しく抱きとめてくれた。
 「ごめん、沙羅……僕が弱いばかりに……」
 「いいの」
私はお兄ちゃんの言葉を遮って言った。そのまま続ける。
 「気にしてないから、別にいいよ」
言いながら、いつもの笑顔をみせる。お兄ちゃんはようやく顔を緩めてくれた。
それから、ぎゅっと私を抱きしめてくれた。
 (お兄ちゃん……)
二人は見つめ合い、そして―――。
 「ええと……その……」
少年の声で我に帰った。
急いで離れる二人。
 「た、助けてくれて本当にありがとう♪」
私は心からお礼を言って、深く頭を下げた。お兄ちゃんも頭を下げる。
少年は慌てて顔を上げるように言った。
 「お、お礼なんていいよ。ボクが勝手にやったことだし………」
 「え?ど、どういうこと?」
お兄ちゃんが訊く。少年は困ったように苦笑して答えた。
 「いや、ボクが勝手に二人を助けたからさ。お礼なんていらないよ」
 「そ、そうかなぁ?」
 「そうそう」
 「じゃあ………」
私はにこりと微笑んで言った。
 「私たちは『たまたま道で会った人を勝手に家に招待』しちゃいます♪」
 「………はい?」「沙羅?」
私は少年とお兄ちゃんの手を?むと、我が家に向かって歩き始めた。
 「ちょ、ちょっと!お兄さんから何か言って…ああっ!手助けするなっ!」
わめく正義の少年を引きずりながら、私たちは家路を急いだ。



 「そう言えば、自己紹介がまだだったよね?」
 「え?……ああ、うん。そうだね」
 「では拙者から。拙者は、倉成流忍術使いの沙羅と申すでござる♪」
 「く、クラナリリュー忍術使い?」
 「そうでござるよ♪ニンニン♪」
 「あ、僕はホクト。……君は?」
 「僕は『裕一』って言うんだ。よろしく、ホクト、沙羅」
 「うん」「了解したでござる♪」



 数分後、ボクは倉成と記された表札の下げられた家の前に立っていた。
どこか暖かさを感じる、比較的小さな家だった。
 「ただいま〜」
ホクトが玄関を開けた。続いて沙羅とボクが入る。
すぐに一人の女性が現れた。エプロン姿だ。
 「おかえりなさい、ホクト、沙羅……って、お友達?」
 「お母さん、彼は………」
ホクトが事情を説明すると、『お母さん』はとても驚いた顔をした。
まあ、無理は無いだろう。それよりも彼女が『母』だということにボクが驚いた。
 「私はつぐみ。ホクトと沙羅の母親よ。助けてくれてありがとう」
 「いえ……ず、ずいぶんお若いですね……」
 「よく言われるわ」
そう言うと、つぐみは苦笑した。
それから居間に入ると、一人の男性がテレビを見ていた。
ホクトの兄だろうか。
 「ただいま、パパ♪彼はねぇ………」
『パパ』だって?今、沙羅は『パパ』って言ったのか?
ボクが悩んでいると、事情を聞き終えた『パパ』が言った。
 「いや、どうもありがとな。俺は二人の父親の武だ。よろしくな」
 「これまた……ずいぶんとお若くて……」
 「よく言われるよ」
そう言うと、武は苦笑した。
ボクはいつの間にか、心から苦笑していた。



 俺は裕一少年を座らせて、冷蔵庫に入っていたコーラを出した。
彼は丁寧に礼を言うと、それを飲み始めた。
俺は沙羅がこの場にいないことを確認して話を切り出した。
 「なあ、裕一君」
 「はい?」
 「娘は可愛いか?」
ゴフッ!
彼は見事にコーラを吹き出し、数秒間むせてから俺に問い返してきた。
 「い、いきなり何を言うんですか!?」
 「しっ!しぃーっ!」
首を回し、まだ台所で沙羅とつぐみが話しているのを確認する。
 「沙羅は可愛いと思うんだが、どうもホクトにしか興味が無いみたいでな」
そのホクトはのん気にテレビを見ている。
 「は、はぁ……」
 「そこでどうだ?今ならテスターとして応募を認めてもいいぞ?」
 「帰ります」
 「ああっ!冗談、冗談♪待ってくれよ裕一く〜ん!」
部屋から出ようとした彼の両足首を?む。彼はそのまま前に倒れた。
扉が無くて良かった。
 「それが父親の言うことですかぁ!?」
 「だから冗談だって言ってるだろ?」
 「冗談だとしても言いすぎですよ!」
 「ああ、もう、悪かったよ」
 「こーんにーっちゃーーー!!」
玄関が開いた。



 俺はその異様な光景をココの背中越しに見て硬直した。
謎の少年がうつ伏せに倒れていて、その両足を武が?んでいる。
二人は口をぽかんと開けたまま動こうとしない。
時が止まった。
 「たけぴょんとそこの君ぃ!イモムゥーやるならココも誘ってよぉ!」
どうやらココの目にはイムモシごっことして映ったらしい。
俺は我に帰り、ようやく口を開いた。
 「よ、よう……武」
 「ああ……桑古木とココ……いらっしゃい……」
 「ではでは、上がらせてもらいますよ♪」
ココが靴を脱いで上がった。
瞬間。
 「ココぉ!?」



 「……へ?どうした、裕一少年」
俺は突然叫び声を上げた裕一少年に戸惑いながら訊いた。
彼の両目は見開かれ、ココに向けられている。
 「ココ!?ココなのかっ!?」
 「……ほえ?」
 「ボクだよ!裕一だよ!」
 「もう、ヤダなぁ〜♪いきなり告られてもぉ〜♪」
桑古木の目が光ったことに恐れず、裕一少年は言った。
 「ボクだよ!お兄ちゃんだよ!」
………………。
………。
…。
はい?
 「………裕一、お兄…ちゃん?」
俺はゆっくりとココの顔を見た。
くしゃくしゃに崩れていた。
 (―――いや、マジですか?)
 「裕一お兄ちゃん!!」
ココは裕一少年に飛びついた。その時にちらりと、不可抗力と言うか何と言うか。
伏せていたこともあってか、見えてしまった。魅惑のチラリズム。
 「今日は白か」
土足のまま向かってきた桑古木に顎を蹴られた。



 「……あれ?」
僕は周囲を見回し、誰もいないことに気づいた。
ついついテレビに夢中になってしまった。
 「みんな?」
僕は廊下に出た。そして、その光景を見て硬直した。
ココと裕一が抱き合っている。
お父さんが気絶している。
お母さんが桑古木をひたすら殴り続けている。
そして、沙羅がひたすらそれらをデジカメで撮っている。
 「………なにしてるのさ?」



 「それにしても、ココに兄がいたとはね……」
私はつぐみと夕飯を作りながら言った。
仕事も終わり、家族と和んでいるところに一本の電話が入った。
それはホクトからだった。
私はすぐに秋香菜のことだと思い、変わろうとすると、
 『違うんです!と、とにかく聞いてください、田中先生!』
 『ちょっとホクト、落ち着いて。どうしたの?』
 『こ、ココに……ココに実の兄がいたんです!』
 『はあ?』
 『本当なんです!今、ウチにいるんですよ!』
 『あのねぇ、BW。こんな話を書いて全国のココファンを敵に回すつもり?』
 『誰と話してるんですか!?とにかく来てください!』
そこで電話は切られ、私と秋香菜で様子を見に行くと………。
 「あの少年がねえ……」
私は振り向いて、居間にいる少年を見た。裕一と言うらしい。
隣で得体の知れない物を調理していたつぐみが、少しだけ微笑んで言った。
 「信じられない?でも、ココも兄だって認めてるのよ」
 「そうなの?生き別れかしら……」
 「それにしても、武ったら……突然みんなを呼んで『宴会だ!』なんて……」
 「まあ、いいじゃない。兄妹の感動の再会だし」
 「そうね」
しかし、私は違和感を感じていた。
胸の奥がチリチリする、奇妙な感覚。
何か良くないこと起きる前触れ。
 「違う!」
 「……え?」
私はつぐみに聞き返した。
 「何が違うの?」
 「優、私は何も言ってないわよ」
 「ちょっと、ウソつかないでよ。今、『違う!』って……」
辺りを見回す。台所には私とつぐみしかいない。
 「まさか………彼?」



 「空」
 「ああ、田中先生。どうなされたんですか?」
 「突然で悪いけど、調べて欲しいことがあるの」
 「いいですよ。何ですか?」
 「八神裕一って人物を調べてくれない?」
 「八神裕一……?ココちゃんの身内の方ですか?」
 「分からないわ。……空、この件は内密に」
 「わ、分かりました!さっそく調査を開始します」
 「ええ、頼んだわよ」



 「ほれ、もっと飲めぇ!」
 「武!裕一は未成年だろ!」
 「ああ、いえ……」
 「待ってて。今、ジュースを持ってくるから」
 「裕一お兄ちゃん♪あ〜ん♪」
 「ココもやるわねぇ……はい、お兄ちゃんもあ〜ん♪」
 「さ、沙羅……」
私は一同を眺めながら考え事をしていた。
 (ココには裕一と暮らしていた記憶があるのよね……間違い無さそうだわ)
近くにあったジュースを飲む。酒は思考が鈍くなるので今は飲めない。
 (とりあえず、二人は本当の兄妹ね。何故、生き別れになったのかしら?)
その時、ポケットの中のPDAが振動した。
私は立ち上がり、居間を出た。



 「早かったわね、空」
 「ええ……」
 「それで、何か分かったの?」
 「はい……八神裕一は……ココちゃんのお兄さんです」
 「それは分かってるわ。他には?」
 「驚かないで下さいね……?」
 「なに?」
 「八神裕一は……ココちゃんのお兄さんは……」
 「どうしたの?」
 「亡くなっているんです……何年も前に……」





 〜中編へ続く〜



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