〜約束〜 朝霧有 |
「……死んでいる?八神裕一が?」 「はい……確かに死亡を確認しています」 「でも、現実に彼は生きているのよ?まさか幽霊だとか言わないわよね」 「田中先生。単純な答えがあるじゃないですか」 「単純な答え?」 「彼は『八神裕一』では無い、ということです」 時とは実に陳腐なものだ。 過大評価される事が多々あるが、実際には小さなものでしかない。 ただ流れることしか出来ないもの。ただそこにあるもの。 たった“それっぽっち”の代物なのだ。 「なぁ〜に暗い顔してんのよぉ、ゆ〜いちぃ?」 田中優美清秋香奈と名乗る少女が近寄ってくる。明らかに酔っていた。 「まったく……酒は飲んでも飲まれるな、だよ」 「あら、よく知ってるわね」 ボクは声のした方向に振り向いた。 顔の側面を強打される。 「―――がっ!?」 ボクはテーブルを巻き込みながら、激しい音を立てて倒れた。 「ココ!彼から離れなさい」 僕は田中先生の行動に動揺していた。 戻ってきたかと思うと、前触れも無いまま裕一を殴り飛ばしたのだ。 さらに、ココを裕一の側から引き剥がしている。 「お、落ち着いてください!どうしたんですか!?」 「ああ……たぶん酔ってるんだよ」 頬をさすりながら裕一が起き上がった。その表情は普段通りだ。 とりあえず怒っていないらしい。 「私は酔ってなんかいないわ」 田中先生が言う。その目と口調はひどく攻撃的だった。 「なっきゅ……?どうしたの?」 「ココ……いえ、みんな。よく聞いて」 一同の視線が集まる。寝ているお父さんを除いて。 田中先生は深呼吸をすると、静かに言った。 「彼は『八神裕一』では無いわ」 瞬間、彼の表情が固まるのが分かった。 「『八神裕一』は何年も前に死んでいるのよ。空が調べて突き止めたわ」 何だって!? 彼は“八神裕一”では無い!? “八神裕一”はすでに死んでいる!? 「ど、どういうことですか!?田中先生!」 僕は焦る気持ちを抑えながら言った。 「………」 裕一が無言で立ち上がる。 その目は恐ろしいほどに凍り付いていた。 「もう少し持つと思ったんだけどな」 ウソだろう?本当なのか? 僕たちを騙していたのか!? だとしたら、彼は何者なんだ!? 「さあ、貴方は何者なの?」 彼はゆっくりと深呼吸をした。 そして………。 「ボクは―――」 数人の男が窓ガラスを突き破り、室内に飛び込んできた。 昼間の奴らだ。 「!?」 一人が近くにいたホクトを殴り飛ばす。 「うぐっ!?」 彼は壁に背中をしたたかに打ち、気絶した。 「ホクト!」「お兄ちゃん!?」 つぐみが駆け寄ろうとするが男が遮る。 「……どきなさい!」 そう叫ぶつぐみを、もう一人の男が突き飛ばす。 倒れたつぐみをナイフを持った男が襲う。 「―――おらっ!」 桑古木がそのナイフを蹴り飛ばすと、男の顔面を殴りつけた。 それを見て桑古木に襲い掛かろうとした男をボクが蹴り飛ばす。 ボクは倒れた男に追い討ちをかけると、ココの姿を探した。 いない。 (しまった!見失った……!?) 「―――がっ!?」 ボクは背後から男に吹っ飛ばされた。 床に激突する。全身を激しい痛みが襲う。 立ち上がると、つぐみがその男と格闘しているのが見えた。 沙羅は必死に武を起こそうとしているが、反応は無い。 「パパぁ!起きてよ!みんなが!」 「うう……危ないぞぉ、沙羅ぁ……」 沙羅を後ろから、ナイフを持った男が襲い掛かる。 ボクは体当たりで男を弾き飛ばすと、そのまま廊下に転がり出た。 「シャアッ!」 突き出されたナイフが頬をかすめる。 「調子に乗るなっ!」 ボクは突き出された腕をひねり上げると、腹部に蹴りを入れた。 無論、それで倒れてくれる相手では無い。 男はナイフを捨てると、ボクシングの構えを取った。 「……十秒だ!」 ボクが正拳突きを繰り出す。 横から吹っ飛んできた桑古木がボクに激突し、無様に転んだ。 「桑古木ぃぃぃ!」 「わ、悪い……」 立ち上がり室内の様子を見ると、つぐみが二人を相手にしていた。 「どけっ!」 置物を男に投げつけ、その横を走りぬける。 そのまま室内に飛び込み一人を蹴り飛ばす。 そして、ボクが構えると………。 男たちは何の未練も残さないまま、割れた窓ガラスから逃げていった。 つぐみが倒れているホクトに駆け寄る。 ボクは連中を追いかけようと外に出た。 「待ちなさい」 田中先生に腕を?まれる。 「離せ!ココが連れ去られたんだよ!」 「落ち着きなさい!」 酔った秋香奈のカカト落としがボクの頭に命中する。 魅惑のチラリズムも、今のボクには関係無い。 「追いかけても無駄。今は夜よ?見失うわ」 「でも!」 「落ち着きなさい!」 今度は田中先生の平手打ちが飛んだ。ボクの頬が軋む。 「とりあえず、戻りましょう。真実を聞かせてもらわないとね」 ボクは二人に連行され、室内に連れ戻された。 僕が意識を取り戻すと、お母さんが僕の顔を覗きこんでいた。 「ホクト!?大丈夫!?」 「う、うん……平気」 ゆっくりと体を起こす。ココを除くみんなが裕一を睨みつけている。 大体の事情は理解できた。ココは連れ去られたのだろう。 「さあ、話しなさい。すべてを」 田中先生が言った。 裕一が静かに語りだす。 「ボクの名前は『八神裕一』じゃ無い……別人だ」 彼の頬を鮮血が伝った。ナイフで裂かれたのか、ぱっくりと傷が開いていた。 「ボクは『楠木勇人』。クスキ・ハヤト」 彼は……楠木勇人。 「ココの兄である八神裕一の親友だ。同じ研究所の同僚でもある」 同僚? 「ボクはライプリヒに勤めていたんだ。ウイルス研究部だけどね」 楠木勇人は八神裕一の親友で、ライプリヒのウイルス研究部に勤めていた? 「ある日、裕一がボクに言った。新型のウイルスが完成したって」 「キュレイね?」 つぐみが割り込んで言った。勇人は頷く。 「ああ。だけど実験はまだで、確かな効果は確認できていなかった」 ボクは真実を一気に話した。 ボクの名前は楠木勇人。昔、ライプリヒのウイルス研究部に所属していた。 そして、ココの実の兄である八神裕一の親友でもあり、同僚でもある。 ある日、裕一がキュレイウイルスを完成させた。 無論ボクたちは歓喜した。それは素直に喜べることだった。 しかし、実験はまだで確かな効果は得られていなかった。 人というのは恐ろしいものだ。 あろうことか、裕一は実の妹を実験に使用すると言い出したのだ。 ボクは悪魔と化していた裕一を止めた。親友として止めなければならなかった。 ………いや、ボクもすでに悪魔と化していたのかもしれない。 ボクは研究所で事故を起こし、キュレイウイルスを抹消しようと企んだ。 反抗すればライプリヒに消されることは分かっていた。だから秘密裏に事を運んだ。 そして、事故を起こした。それ事態は成功した。 しかし、ウイルスを始末する瞬間。 裕一に見つかってしまったのだ。 世界は赤く明滅していた。 耳障りなサイレンが鳴り響いている。 ボクは前に立つ男を見据えた。彼は動じずに立っている。 やがて、彼が先に口を開いた。 「邪魔するというのなら………お前でも容赦しない」 冷ややかな口調に恐れを抱かず、ボクは答えた。 「ボクがいつ手加減してくれって言った?」 そう言い終わる前に、彼はボクに向かって飛び出していた。 ボクも大地を蹴った。 加速をつけたお互いの拳が交差する。 世界は赤く明滅していた。 耳障りなサイレンが鳴り響いている。 ボクは裕一の拳を半身で避けると、自らの拳を打ち込んだ。 裕一はわずかによろめいた。ボクはウイルスの入っているアタッシュケースを拾う。 「させるか!」 裕一は辺りにあったフラスコを投げた。中身は塩酸だ。 「ぐうううっ!」 ボクは頭からかぶったが濃度が薄くて助かった。髪の毛が白髪になる程度で済んだ。 裕一はボクに突進してきた。 体当たりを喰らい、二人は誰もいない研究所を転がった。 「オレの実験を邪魔するな!勇人!」 「絶対に間違っている!お前を止めてやるよ、裕一!」 「黙れ!」 ボクは殴りつけられ、アタッシュケースを手放してしまった。 裕一がそれを奪い逃げようとする。 その足を一発の銃弾が貫いた。 「うぐああぁぁぁあぁぁぁあっ!?」 見ると、拳銃を握った教授が立っていた。 「まさか……教授っ……貴方までも……!?」 「裕一君。人は神の領域を犯してはならんのだ」 ボクは立ち上がる。あらかじめモリノ教授にも話しておいたのだ。 逃げ場を失い、仲間も失った裕一は笑い出した。 「くくく………はっははははははははは!!」 教授が一瞬だけひるんだ。 瞬間。 「―――ざけんじゃねえっ!!」 裕一は撃たれた足を気にせず、教授を殴り飛ばした。 床を拳銃が転がる。 「殺してやる……殺してやるよ!」 「違う」 ボクは転がってきた拳銃を拾い、構えた。 「止めてやるよ」 悪魔の眉間を撃ち抜いた。 「………」 私は何も言えなかった。 すべてを話し終えた勇人はうつむいている。 「それからボクは仕事を止めた。そして、ココを探した」 彼は誰よりも重い過去を背負っていたのだ。 「せめてもの償いに……ココを幸せにすることを約束したんだ」 ライプリヒが見過ごすワケは無いだろう。 おそらく追手が大量に仕向けられたに違いない。それでも、彼は―――。 傷ついて、傷ついて、それでも殺した親友のために。 残された親友の妹のために。 「今まで騙してて悪かったよ」 「いえ……私も急に怒鳴り散らして悪かったわ」 私は静かに息を吐くと、静かに言った。 「さて、妹を救いに行きますか。勇人君」 「……へ?」 一同の視線が集まる。 「空、位置は?めているわよね?」 PDAから返事が返ってきた。 「もちろんですよ!衛星から常時追跡しています!」 「それじゃあ、私も仲間に連絡を―――」 「ああっ!なっきゅ先輩の仲間はいいです!」 「ホクト、動ける?」 「うん、大丈夫だよ。お母さん」 彼は焦ったように言った。 「ま、待ってくれよ!追いかけるのはボク一人で充分だ!」 「固いこと言うなよ」 それは誰の声でも無い、武の声だった。 「やっと起きたの?武」 「ああ……やっとな」 武は勇人の目を見据えると、ゆっくりと、しかし確かな口調で言った。 「“仲間”を助けちゃ悪いのか?勇人少年」 「………………」 勇人は黙った。 そして、口を開いた。 海岸線を一台の車が走っていた。 そろそろ夜が明ける。辺りはうっすらと明るくなり始めていた。 「海のすぐ近くの倉庫か……まあ、逃げるのに向いてるね」 ボクは外の景色を眺めながら言った。 運転席の武が答える。 「で、正面から行っていいのか?」 「ダメに決まってるだろう!?」 ボクは呆れて頭を振った。武が苦笑する。 「作戦でも考えるか」 「そうね」 田中先生がぽつりと呟いた。 「相手は6人。こっちは……」 ボク、武、桑古木、つぐみ、田中先生。 子どもたちはお留守番だ。 「一人足りないなぁ」 「一匹でいいか?」 桑古木が言って、カバンを開けた。 「わん!」 「犬ぅ?」 「あら、ピピも連れて来たの?」 「ご主人様を助けたいもんな、ピピ」 「わんわん!」 一台の車が海岸線を走っている。 それを尾行する一台の車があった。 「空もたまにはやるわね」 「うふふ、倉成さんのためですから」 「いや、今回はココのためなんだけど……」 「どうでもいいじゃない、お兄ちゃん♪」 「良くないっ!」 「ところで、空って運転できたんだね」 「はい。免許は無いですが」 「空?今なんて?」 「あ、急カーブですので掴まってくださいね」 「空あぁぁぁぁぁぁっ!?」 「う……」 ココが呻いている。もうすぐ目を覚ますだろう。 それにしても……。 「結局、真正面から来ちゃったじゃないかぁ!」 「仕方ないだろ!俺たち一般人なんだぜ?作戦なんて遂行できねえよ!」 「武、一般人じゃ無いわよ」 「お。ナイス突っ込みだ、つぐみ」 「殴っていいかい?武」 「ああっ!落ち着けよぅ勇人しょうね〜ん♪」 「どっちも落ち着けっ!」 俺と勇人少年は優に殴られた。 「さて……貴方が黒幕ね」 俺たち5人と1匹は、ライプリヒの残党6人と対峙していた。 残党の後ろにイスに縛られているココの姿が見える。 結局、車で倉庫に突っ込んだ。作戦なんてあったもんじゃない。 優に黒幕と言われた覆面の男は、ゆっくりと答えた。 「黒幕……では無いが、まあオレがリーダーだな」 覆面の男は気絶しているココの頭を撫でる。 桑古木の目が光った。 「お前!ココから手を離せ!」 「何故?」 覆面の男が桑古木に向き直って言った。 「再会した兄が、妹の頭を撫でてはいけないのかな?」 兄。 兄? ……兄だって!? 「………ウソだろ?」 勇人が震えた声で言う。その両目はしっかりと見開かれている。 男が覆面を外した。 「久しぶりだな、勇人。オレだよ。裕一だよ」 「裕一ッ!!」 ボクは叫んでいた。 なんということだ。裕一は生きていた。 どうしてだ!?ボクが確かに眉間を撃ち抜いたハズだ!! 「お、おい……どういうことだよ、勇人少年……」 「わ、分からない……どうして……!?」 「キュレイね」 つぐみが言った。裕一が頷く。 「ご名答。オレが妹に“真っ先に”実験する悪魔だと思うか?」 「思ってたよ」 「失礼だな、勇人。オレはまず自分に試したさ」 「じゃあ、どうして効果が無いなんてウソを言ったの?」 つぐみが強い口調で聞き返す。裕一は答えた。 「最初にオレとココを不老不死にして、金をくれたらキュレイを打たせる」 やはり裕一は悪魔だった。 「そうすれば金も手に入り、永遠に兄妹仲良く暮らせるだろ?」 「この大馬鹿野郎!」 田中先生が声を上げた。 「アンタは……アンタは、史上最低の大馬鹿よ!!」 「何でも結構。それで、オレは撃ち抜かれても死ななかった」 裕一は続ける。 「そして気づかないのか?」 「何を?」 武が聞き返す。裕一は答える。 おそらく来る。 「何故、“楠木勇人は老化していない”のか?」 やっぱり。 「あ……」 全員の視線を感じた。 「オレに試した後、さらに親友にも試した。ま、飲料水に混入させただけだがな」 ボクはためらいも無く答えた。 「そう。ボクは感染している。実年齢は34歳だ」 「34っ!?」 「でも、ボクの今の肉体年齢は17歳。感染したのは19歳」 「え……」 「そう」 若返っている。 これが裕一の作り出した、キュレイウイルス試作型。 裕一とボクにしかない、若返るキュレイウイルス。 『リターン・キュレイ』 「元々、今のキュレイウイルスはその効果を弱めたものなんだ」 「強力な状態のまま人体に使用すれば……」 「ボクらのように若返り、最終的には……」 「消えて」 「無くなる」 「さて、そろそろやろうか」 裕一が腕を組み、にやりと笑う。男たちが構える。 「次は拳で語ってもらおう」 俺は優に耳打ちした。 「や、やるのか?アレ」 「やるわよ、もちろん」 「ちょ、ちょっと……優……」 「つぐみ!仕方ないでしょう?」 「相談は終わったかい?」 裕一の声に、俺たちは距離を置いた。 指定の位置に着く。 やるしかない。 「地球の平和を守るため!」 「愛と正義の名の下に!」 「ピピレッド、桑古木!」 「ぴ、ピピブルー……つぐみ……」 「ピピイエロー、優!」 「ピピブラック、勇人!」 「ピピゴールド、武!」 「5人揃って!」 ドカーン。 「エヴァセブ戦隊!ピピレンジャー!」 誤解が無いように言っておくけど、全員普通の服だ。 優の案によりブラックは勇人。武は「ゴールドじゃなきゃヤダ!」でゴールド。 ホクトの代役は優で決まった。 これが車内でした唯一の作戦だった。 〜後編へ続く〜 |
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