〜約束〜
                           朝霧有

後編

 ボクは大地を蹴った。
グングンと、前へ前へと進む。
数人が立ちふさがる。すんなり止められる気は毛頭無い。
ボクは先頭の敵に体当たりをして、三人を巻き込みながら転がった。
 「ボクと武でコイツらを食い止める!」
 「勝手に決めるなぁーっ!」
言いながらも、武が倒れている男の顔面を蹴り飛ばした。
つぐみが優の手を引き、全速力でココの元へ走る。
それを遮るように裕一が動いた。
 「そう簡単に通すか!馬鹿めが!」
 「通させてもらうぜ!」
いつの間にか移動していた桑古木が体当たりをかます。
裕一と桑古木は二人のコースから外れた。一直線だ。
と、思いきや残りの二人の敵が立ちふさがる。
 「仕方ないわね……優!」
 「え?……きゃっ!」
つぐみは優を横に突き飛ばした。
 「二人くらい、なんとかしてみせるわ!」
優は資材の裏側に回り、迂回してココへ向かった。
かくして、倉庫の大乱闘が始まった。



 俺は勇人少年と一緒に三人の男と乱闘していた。
しかし、勇人少年はさすがに強い。ずいぶん手馴れている。
 「武!囲まれるなよ!」
 「分かってる!」
お互いの背中を預け、殴りあう。
一人が痺れを切らしたのかナイフを取り出した。
俺に向かって突進してくる。
 「げ!?」
俺は慌てて避けた。服の一部を切り裂かれる。
そのまま走り抜けようとした男の腕を?む。
 「倉成流忍術……!」
勢い良く投げた。
 「ともえ投げ!」
 「忍術でも何でも無いじゃないか……それ」
さすが俺である。こんな状況でも余裕がある。
 「さあ、いくらでも来いよ!」



 「邪魔!」
私は走りながら飛ぶと、両足で見事なドロップキックを繰り出した。
見事に命中し、きりもみ回転しながら吹っ飛ぶ。
昔の特撮ヒーローの技だ。なんとかキックと言っていた。
私はどうでもいい事を頭の中から追い出すと、再び向き直った。
すでに起き上がり、こちらに向かってきている。
 (さすがに同時にやり合うのはキツイわね……)
振り返り、資材の山から鉄の棒を引っこ抜く。
二人の表情が変わった。
 「さあ、来なさい!」
私はカンフー映画のように鉄棒を振り回し、威嚇した。



 「……最初は勇人に任せようと思ったんだがな」
俺は一人の男と向かい合っていた。
その男の名前は八神裕一。ココの実の兄。
そして、悪魔。
 「……馬鹿が」
裕一はぺっ、と唾を吐くと拳を構えた。
恐れていた飛び道具は無いらしい。これなら俺でも戦える。
 「お兄さん、悪いが―――」
俺は走り出した。
 「ココは俺がいただく!」
見事なカウンターをいただいた。
 「―――うげっ!?」
一回転して背中からコンクリートに落ちた。激しい痛みが襲う。
 「お前ヘタレだなぁ」
裕一が呟く。そして、体重を乗せて俺の腹を踏みつけた。
息が止まる。肋骨が軋む。痛みが濁流となって襲い来る。
血を吐いた。
 「かはっ……」
 「馬鹿めが!馬鹿めが!」
何度も何度も踏みつけられる。実力の差は圧倒的だった。
だけど、それでも―――!!
ガシッ。
俺は裕一の蹴り足を受け止めていた。
にやりと笑ってやる。
 「たとえ死んでも……っ!」
全力で腕を回す。足をとられた裕一は無様にすっ転んだ。
 「お前だけは……お前だけは、絶対に許さないぞ!!」
俺は立ち上がった。



 「つぐみったら、いきなり急に人を突き飛ばして……」
私は痛む腰をさすりながら走っていた。
倉庫は意外に広く、資材の影に隠れながら走っているため時間がかかっている。
もし見つかれば命は無いだろう。
 「ああ、でも人質くらいに利用してもらえるかも」
不謹慎なことを呟きながら、ふと足を止めた。
 「ピピ?」
振り返ると、ピピが資材の山に昇っていた。
今にも落ちそうだ。
 「ピピ!」
私はピピに駆け寄り、資材の山から引き剥がした。
同時にピピが噛んでいたロープが食いちぎられる。
 「……あら?」
資材の山が崩れた。



 迫り来る敵を鉄棒で押しのけながら、私はひたすら考えていた。
家に子どもたちを残してきたが、大人しく待っているハズが無い。
おそらく後を追いかけてくるだろう。
 「さっさと倒さないと……!?」
資材の山がぐらりと揺れた。
 (え!?倒れ……)
資材の山は崩れ、二人の敵を目の前で押しつぶした。
崩れた資材の向こう側から顔を覗かせたのは………。
 「わんわん!」
 「優?やるわね」
 「え?いや、その……まあ、いいか」
私と優とピピはココの元へ走った。



 倉庫に響き渡った大きな音に気を取られ、一瞬だけ油断した。
ボクはそれを見逃さない。
 「今だ!」
超スピードで接近すると、アッパーをねじ込ませた。
これでノックダウンだろう。残りは二人。
 「倉成流忍術……」
相方は未だに遊んでいる。
 「ナイフ投げ!」
手から放たれたナイフはボクの頭上を飛んでいった。
 「ぼ、ボクを殺す気!?」
 「わ、悪い!」
ボクは向かってきた敵の金的を全力で蹴り上げると、顔面を殴った。
あと一人。
 「―――最後だ!」
見ると、武が見事な一撃を決めて倒したところだった。
やる時はやるらしい。



 「はあ……はあ……」
 「ひい……ふう……」
俺と裕一は対峙していた。すでにお互い体力を使いきっていた。
それでも相手を睨むことだけは止めない。
 「こ、ココのため……負けられないっ……!」
視界が歪む。どうやら疲労と痛みで意識が遠のいているようだ。
非常にマズイ。
 「くそっ……たれぇ……」
俺は前のめりに倒れた。
瞬間。
どこからとも無く飛来したナイフが頭をかすめた。
そのままナイフは飛んで―――。
 「な―――」
裕一に突き刺さった。



 「うぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
激痛が走る。
顔を下げると、ナイフがオレの左腕に突き刺さっているのが見えた。
鮮血が吹き出している。
 「ちくしょう!ちくしょうがぁっ!」
オレは痛む左腕を引きずりながら走った。
こうなればココなどもう必要無い。
あらかじめ仕掛けておいた爆薬で、倉庫ごと殺してやる。
 「やってやる……やってやるぅ!!」
オレは倉庫から飛び出した。



 私は倉庫の近くで車を止めました。
こっそりと近づいていきます。後から三人も続いてきます。
私、ホクト君、沙羅さん、秋香菜さんの三人は息を潜めて壁伝いに進んでいました。
 「ちょ、ちょっとみんな!」
ホクト君が何かを見つけたようです。すぐに集まります。
 「どうしました?」
 「見てよ、これ」
 「うわぁ、何かものすごく“爆弾”って感じだね、お兄ちゃん」
 「爆弾でしょうか?」
 「とりあえず、外しておいたほうがいいんじゃない?」
 「そうですね」
私は爆弾を壁から取り外しました。



 「待て!」
ボクは逃げ出した裕一の後を追い、倉庫から飛び出した。
 「勇人!?」
聞き慣れた声。
横を見ると、なんとホクトたちがいた。
 「なんでいるんだ!?」
 「す、すみません!倉成さんの危機だと思いまして……」
ふと空の持っていた物に視線が動いた。
爆弾。
ボクは空から爆弾を奪うと、再び裕一の後を追った。



 ―――。
…コっ!……っ!
ココっ!しっかりしろ!ココっ!
ココっ!!
 「う………」
俺はココを抱き起こした。
 「ココっ!大丈夫か!?奴らに変なことされなかったか!?」
 「少ちゃん……?ううん、平気……」
5人の敵はつぐみと武により、ロープでぐるぐる巻きにされていた。
優が何やら毒舌口調でけなしている。
 「少ちゃん、お兄ちゃんは……?」
 「ああ、あいつは―――」
俺はすべてを話した。
 「……そう、だったんだ」
ココはショックを受けているようだった。
俺はぎゅっと抱きしめる。
 「ココ。俺はいつでもお前を裏切らない」
 「少ちゃん……」
いい雰囲気だ。もしかしたらこのまま………。
 「お兄ちゃんはどこ?」
行くわけが無い。まあ、いい。
 「勇人なら……」
首を巡らせ、姿を探す。
どこにもいない。
 「あれ?」
 「パパ!ママ!」
 「沙羅!?それに、ホクトも!?」
 「ゆ、ユウまで!?」
背後で留守番組の声がした。どうやら追ってきていたようだ。
 「お兄ちゃんは?お兄ちゃんはどこ!?」
ふと俺の目に血の跡が映った。



 「ふぅぅぅぅっ……」
オレは桟橋に止めてあった船に乗り込んだ。
 「出せ!」
船はゆっくりと動き出す。
勇人の姿は見えない。わざと迂回したから、途中で見失ったのだろう。
オレは痛む左腕に包帯を巻くと、その場に座り込んだ。
 「くそっ!ココまで殺さなくてはならないとは……!」
岸からだいぶ離れたところで、オレは立ち上がり操舵室のドアノブを握った。
開ける。
突き飛ばされる。
 「―――バカな」
 「ボクはバカじゃない」
勇人がそこにいた。
せせら笑っている。嬉しそうに、楽しそうに笑っている。
勇人の背後に倒れている操縦員が見えた。
どうやらオレより先に乗り込み、操縦員を気絶させたらしい。
 「お前がバカなんだ」
 「何故、船に乗って逃げると分かった?」
 「……ホントにバカだな」
 「………………」
 「この船しか桟橋に無かったんだぞ?」
勇人は笑うのを止めた。
船は止まる。
岸はもう小さくなり、瞳にわずかに映るか映らないかの位置だった。
波が荒く、船が大きく揺れる。
静寂が辺りを包み込む。
 「決着を着けよう」
それは何かの因縁か。
船の真下には圧壊したLeMUがあった。



 ボクは蹴りを放つ。
裕一は避け、ナイフを腕から引き抜く。
ボクは積んであった角材を拾い、ナイフを辛うじて止めた。
そのままナイフを角材ごと海に捨て、膝蹴りを入れる。
裕一は壁に背中から激突した。
しかし、壁を蹴ってボクに体当たりをかました。
後ろに倒れて後頭部を打ってしまった。視界が揺れる。
裕一はボクの上に乗りかかり、何度も殴ってきた。
感覚を取り戻したところでボクは反撃を開始する。
顎に一撃。ひるんだところで跳ね飛ばす。
追いかけてカカト落としを当てる。
倒れこむ裕一。ボクは追い討ちをしかける。
彼は転がって逃げると、間合いを詰めてハイキックを繰り出した。
ボクは見事に直撃してしまい、数歩下がる。
そのまま彼は追撃する。ボクは防御に徹し、なんとか間合いをとる。
瞬間。
隠し持っていた角材の切っ先が、ボクの両目を裂いた。



 「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
両目をやられた。
激痛が宿り、足はガクガクと揺れ、焼けるように熱い。吐き気がする。
視界はゼロ。
何も見えない。
 「うぐ……あああっ……」
 「無様だなぁ……勇人」
波の音にかき消され、声がどこから聞こえてくるのか分からない。
暗闇に囲まれていた。
 「どうした?見えないのか?」
ボクはふらふらと裕一を追う。もしかしたら方向が合っていないのかもしれない。
 「―――ぐっ!?」
背後から後頭部を叩かれた。
切れかける意識を全力で繋ぎ止める。
 「終わりだ」
耳元でささやかれた。
ボクは振り返る。
船に装備されていたフックがボクの体を貫いた。



 「がっ……ぐっ……がが……」
やがて勇人は動かなくなった。
オレはフックから手を離すと、ゆっくりと船室に入った。



 「死ぬな!」
……誰?
 「キミが死んだら、ココは誰が守るんだよ!?」
……ボクは死ぬのか?
 「キミは死なない!すぐに武みたいにまた動き出すんだ!」
無理だよ……盲目のヒーローはもう流行らないさ……。
 「どうでもいいから早くフックを抜いて!また戦うんだ!」
フック?ああ、腹に突き刺さってるこれか。内臓が全部やられてる。
 「聞いてるだけで貧血になりそうだよ!ほら、頑張って!」
そんなに言うなら君がやれよ……。ボクはもうダメだ……。
 「ボクには出来ないんだよ!干渉出来ないんだ!」
今、してるじゃないか……。
 「直接、手をかせないってこと!バッドエンドでいいのかよ!?」
………。
 「聞いてるのか!?勇人!?勇人!!」
………。
 「答えろ!!死ぬなよ……ココだっているんだぞ?」
………。
 「約束したじゃないか!!」
………。
 「止めろよ!!親友を……止めるんだろ!?」
………。
 「お願いだ………」
………。



 「―――――………っ」
勇人が目を覚ました。いや、意識を取り戻した。
彼はゆっくりと腕を動かすと、腹部に突き刺さっているフックに触れた。
そのまま力を込めて引き抜く。
恐ろしいほどの痛みがあるはずだろう。
それでも力は緩めなかった。
すべて抜き終え、ふらふらとおぼつかない足取りで立った。
 「ああ、君……」
え?
 「ボクを見ている君……そう、君だ」
ボクが見えるの?
 「君の視点を……借りるよ」



 「………何の冗談だ?」
オレは操舵室に入ってきた勇人を見て、ぽつりと呟いた。
両目はズタズタに裂かれ、腹部は見るもおぞましい。
なのに、何故こいつは生きている?
 「約束……」
勇人は呟いた。
 「約束……守らないとな」
 「そうか」
オレはペン状のスイッチを取り出し、勇人に向けた。
 「倉庫ごと、お仲間には消えてもらう」
スイッチを入れた。
それは爆発した。



 船の上で爆発した爆弾は、船体を大きく2つに裂いた。
船室だけ隔離され、海底に沈んでいく。
窓ガラスが悲鳴を上げている。
 「ば、バカな……!?ウソだろう!?」
 「ウソじゃあ………無いさ」
勇人はにやりと笑う。
 「バカだな、お前……。ボクが船体に仕掛けただけなのに」
船室はどんどんと沈む。
窓ガラス越しに圧壊したLeMUが見える。
ひどく神秘的だった。
 「ダメだな……この船、天国には行くけど定員は一人だけらしい」
 「お前……死ぬつもりか?」
 「バカ言うな大バカ野郎……」
 「なに?」
 「ボクに死ぬ気は無い!!!」
生きる。
最後の決闘が始まった。



 いいかい?よく聞いてくれ。
 「OK……」
君の1時の方向、1メートル先に裕一がいる。
どうやら君に恐怖感を抱いていて、間合いを詰められないでいる。
 「ああ……」
そこで、少しだけよろめいて欲しい。
そうしたら、体を少しだけ左に動かして。
 「それだけ?」
いや、最後に全力で右腕を振って欲しい。
君はすでに瀕死だ。もしかしたら、もう死んでいるかも。
そんなに何度も攻撃できない。
たった一撃にすべてを込めてくれ。
 「OK……牧場……」
大丈夫?
 「どんな時でも、余裕はあるのさ……武……」
船体が揺れるよ。掴まって。
 「どこに?」
右手を伸ばして。
 「ん……ああ」
よろめいて、左に動いて、右手を振る。
さあ、やるんだ!
勇人がよろめいた。
裕一は床を蹴る。
拳を突き出す。
勇人が避ける。
右腕を振る。
見事なボディーブローが命中した。
 「―――ぐああっ!?」
裕一は吹き飛ぶ。
 「そんな……お前、見えているのか……?」
 「え?」
 「見えて…いるのか…」
 「さあね」
窓ガラスが割れた。
水圧では無い。何かが侵入してきたのだ。
 「―――トドメ喰らえ」
あの冷凍マグロが高速で裕一に激突した。
それが悪魔の最後だった。
呆気無かった。



 「なんだ……乗車拒否か」
船室には勇人だけが残った。座り込んでいる。
裕一と操縦員はマグロと共に海底に沈んでいった。
割れた窓ガラスから海水が大量に浸入している。
海水で満たされるのも時間の問題だった。
 「なぁ………君。天国に行けると思う?」
無理だよ。
 「そっか………ごめん」
え?
 「ボク、小銭持ってないんだ」
勇人は窓ガラスから海底に飛び出した。



 海面に届く前に、勇人は力尽きた。
当たり前だ。リターン・キュレイウイルスでも限界がある。
勇人は水面を第三の眼で睨んだまま、沈んでいく。
……………第三の眼?
―――――そうか!!
ボクは消えた勇人の意識に侵入した。
ホクトの意識に侵入したように。
ボクの意識が勇人に入った。
ボクは勇人の肉体を駆り、水面を目指した。



 (生きろ)
 (生きている間だけ、生きろ)
 (天国に行くのは少し早いから)
 (天国よりも、ここは綺麗だから)
 (……いつか双子として力を分け合う日が来るだろう)
 (忘れるなよ……裕一、勇人……)
 「―――双子?」



 「たけぴょん……お兄ちゃんは……」
俺たちはようやく船を見つけ、周囲を探しているところだった。
桑古木が見つけた血の跡は桟橋で途切れていた。
おそらく裕一と勇人は船に乗ったのだろう。
桟橋に他の船は無く、ようやく見つけて捜索を開始したのだ。
俺は隣で震えているココを慰め、再び海に目を凝らした。
 「この船にレーダーでもついていれば……!!」
 「レーダーならあるじゃない」
つぐみはペン状の物を取り出した。
 「爆弾のスイッチ!?」
ホクトが意味不明なことを言ったが、俺たちは無視した。
 「あ……レーダー」
 「そう、レーダー」
つぐみは海底に向けてカチカチとスイッチを押した。
 「沙羅。どう?」
 「う〜ん……いないみたい」
 「そう……」
 「あ」
ホクトが声を上げた。
 「LeMUだ……」
一同が真下を見る。
確かに金属のような物が沈んでいた。
 「本当だ……」
海面に人が漂っている。
 「あ」
それは紛れも無く………。
 「お兄ちゃん!!」
ココの叫びを合図に、俺とつぐみとホクトは飛び込んだ。
倉成家は一人を除いて水泳のプロなのだ。
船の上に引き上げられた勇人は、痛々しい姿だった。
沙羅が思わず口を抑える。
 「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
ココが近寄る。勇人はぴくりとも動かない。
いや、動いた。
微かに口が動いた。
 「コ………コ……」
ココはその口を塞いだ。
 「!?」





 エピローグ。



 ココは浮島から花束を投げた。
それは海面に少しの間だけ浮いて、やがて沈んでいった。
 「平和だな……」
俺はココに話しかけた。
 「たけぴょん……」
 「傷は大丈夫なのか?」
 「傷?」
 「心の、さ」
ココはうつむいた後、ゆっくりと顔を上げた。
 「もう一ヶ月だよ?全然平気♪」
俺はその笑顔が偽りでは無いことを祈った。
 「そうだな……あいつの傷もそろそろ治るだろうし」
 「……うん」
 「行こう、ココ」
 「うん♪」
俺とココはみんなのいる方へ向かった。
すると―――。
 「おかえり、ココ、武」
つぐみが出迎えてくれた。
 「ごめんなさい、ココ」
 「ほえ?何が?」
 「包帯……ホクトたちが取っちゃって」
 「えええっ!?」



 「おお………」
 「綺麗……」
 「すごいでござる……」
ボクはみんなに眼を覗き込まれていた。
潰れた目に海水が混じったからなのか、理由は分からない。
ボクの完治した目は、黒色から蒼色に変化していた。
ついでに腹部の傷も完治している。
 「あ〜!?こんにゃろ〜!」
ココがホクトの頭をポカリと叩いた。
 「お兄ちゃんの包帯はココが外すって言ってたのに〜!!」
 「ご、ごめん」
 「おおっ!綺麗だな、勇人少年」
 「だからそう見つめないでくれよぅ……惚れるなよ?」
 「アンタ、間違い無くココの兄ね」
田中先生が笑って言った。
そう………。
ボクと裕一は双子だったのだ。
裕一とココは兄妹。
ボクと裕一は双子。
つまり。
 「しかし、ファーストキスが実の兄に人工呼吸だとは……」
武がココを見ながら言った。桑古木の目が光る。
 「ココぉ、息が苦しいよう……」
 「見苦しいよ、桑古木」
ホクトと乱闘を始めた桑古木を置いといて。
ボクはココを見つめた。
ココもボクを見つめている。
 「お兄ちゃん」
 「なに?ココ」
それで充分だった。
 「しかし、勇人少年。これから大変だぞ」
 「ほえ?何が?」
「見てみろ」
ぐい、と武に首を回される。
桑古木を止めていた沙羅が、チラチラとこちらを見ていた。
 「父に惚れる娘?」
武に頭を叩かれた。
 「馬鹿。テスターを認めるから、頼んだぞ」
 「またその話かい……やれやれ」
 「お兄ちゃんはココの物だよ!?たけぴょん!!」
 「それは勇人少年が決めることだからなぁ。ふふふ」
 「なにぃ〜!?お兄ちゃんはココにベタ惚れだよね!?」
 「なんでそうなるんだよぅ……」
 「ね、ねぇ!勇人も桑古木を止めるの手伝ってよ!」
 「おお。頑張れ我が娘」
 「あ、あああっ!?お兄ちゃんを離せ!」
こうして、約束は果たされた。
 「君はどうするんだい?」
勇人はボクの方を向いて言った。
別に……これからも見守るだけさ。
 「そっか」
 「どうしたの?勇人」
 「何でもないよ、沙羅」
それじゃ、また今度。
 「うん。ありがとう……ブリックヴィンケル」

ボクは今、見つめられている。
それがボクの存在する、唯一の証だった。





〜約束〜
 完。



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