婚姻における一般的な試練 作 大根メロン |
「も、もう勘弁してくれぇ……」 遥か後ろから武の声が聞こえた。彼は階段の真ん中に倒れこみ、ブツブツ文句を言っている。 私は溜息をつき、仕方なく階段を降りた。 「17回目ね」 「…何が」 「武が『も、もう勘弁してくれぇ……』て言って倒れた回数よ。ここまでくると賞賛に値するわね」 「…うるせぇ。何でお前はこの階段をそんなに楽々と登れるんだ? つぐみ」 「武とは鍛え方が違うのよ」 もう解かっていると思うが、私達は今階段を登っている。それも、天まで届くような長い長い階段だ。 「大体なんでこんなバベルの塔みたいな階段をいちいち登らねばならんのだぁ!!」 「…それを言うのも17回目ね。武の実家に続く道がこの山道の階段しか無いから、でしょ?」 「…うぐぅ」 私達が登っているこの標高2006mの山『八氏九頭山(はっしくずざん)』。武の実家はその頂上にある大きくて立派な屋敷らしい。 大きくて立派な屋敷、というくらいだから、武の実家は結構お金持ちなのだろう。武本人からは想像も出来ないが。 そしてその実家へ行くためには、この山頂へと続く心臓破りの階段を登りきらなくてはならないのだ。 「ほら立って。早くしないと日が暮れるわよ?」 私は武を引っ張った。 「ううぇ……」 …このまま、引き摺って行った方が早いかも知れない。 ところで、何故私達は武の実家へと向かっているのか。別に珍しい理由ではない。 武と結婚する私が武の御両親に御挨拶をする。至極当然の事だ。 それなのに、どっかのマッドサイエンティストや天然アンドロイドはそれが気に入らなかったらしい。 今朝も、 「挨拶には行かせないわよ!! 『一子相伝暗殺拳』!!」 「家で大人しくしててください!! 『出力レヴェルMAX・半導体レーザー乱射』!!」 といった感じで妨害してきた。無論、170秒でボロ雑巾にしてやったが。 「うぁああぅああぁ……」 武が奇妙な呻き声を出した。体力の限界が近いらしい。 「まだ、まぁだなのかぁ……」 「もうちょっとみたいよ?」 「…ふぇ?」 あと34mほど階段を登れば山頂だ。武は下ばかり向いて歩いたから気付かなかったのだ。 「おおおぉぉぉおおおぉぉ!! 登り始めて既に数時間、ようやく目的地に着いたんだな!!!」 そう言って武はもの凄い勢いで走りだした。意外とまだ元気そうだ。 「いぇ〜い、一番乗りぃ〜!」 ……もの凄く元気そうだ。 一発ボディブローを入れてやろうかとも思ったが、突然、 「……ジ、ジーザス!!?」 と悲鳴じみた声を上げたので思い留まった。 「ど、どうしたのよ、そんな大声出して…?」 「あ、あれ……」 武が指をさした方向を見る。そこに有ったものは。 「ロ、ロープウェイ乗り場!?」 間違いない。間違いようが無い。あれはロープウェイ乗り場だ。 ロープウェイに乗れば、苦しい思いをしてここまで登ってくる必要も無かっただろう。もっとも、苦しい思いをしたのは武だけだが。 「そ、そうか! 山のふもとにあったビニールシートで包まれてて、『ここはロープウェイ乗り場ではありません』て書いた紙が貼ってあったあの建物!! あれが、あれこそが……」 「うむ、ロープウェイ乗り場だったのだよ」 突然声がした。振り返ると、一人の老人が立っている。老人、と表現したが背筋は伸び、その表情には力が満ち溢れている。 「…久しぶりだな、親父」 「あぁ、そうだな」 「一つ訊きたい事がある」 「何だ?」 「ロープウェイ隠しはテメェの仕業だなぁぁああああ!!!」 「フン、20年ぶりに会った父親へ向かってその態度か。相変わらず礼儀を知らないようだな、バカ息子」 どうやらこの方が武の御父様らしい。 「うるせぇ!! 大体、ロープウェイなんていつ設置したんだよ!?」 「いまから7年程前だ。お前が海の底でグースカ寝てた頃だな」 「じゃあ何でそれを隠した!?」 「決まっている。お前の苦しみは私の喜びだからだ」 「喰らえッ!! クソ親父ッ!!」 武が殴りかかったが、それを止め背負い投げを決める。凄い。私の目にもほとんど動きが見えなかった。 「あらあら、あの二人ったら」 突然私の背後から声がした。とっさに相手との距離を取る。 (背後に立たれた?) 信じられない。まったく気配を感じなかった。 目の前には微笑を浮かべた女性。彼女も高齢のようだ。和服が良く似合っている。 「…すみません、驚かせてしまいましたね」 「あなたは…?」 「私は倉成都(くらなりみやこ)といいます。あの子の母親ですわ」 都さんはそのまま礼儀良く頭を下げた。 この方も言動に年齢を感じさせない。エネルギィが満ちている、とでも言えばいいのだろうか。 「…初めまして。私が小町つぐみです」 私も頭を下げた。だが、都さんの完璧な会釈と比べたら月とスッポンだ。 「ふふ、そんなに緊張しなくてもいいんですよ? あなた、本当は私達と20歳くらいしか違わないのでしょう?」 「は、はあ…」 20歳の歳の差は都さんにとっては大した事では無いらしい。 「ほら、あなたも挨拶くらいしなさいな。せっかくこんな可愛らしい御嬢さんが来て下さってるのに」 「む? おお、そうだな。これは失礼した。私は倉成玄翁(くらなりげんのう)と言う。君が小町つぐみさん…か。いや、バカ息子が迷惑をかけているようだ。すまない」 「い、いえ、迷惑だなんて……」 ちなみにその『バカ息子』は玄翁さんにボコボコにされ、後ろに転がっている。微笑ましい父子のコミュニケーションの結果だ。 「それにしても…」 都さんが私を見つめる。 「とても可愛いらしい方ねぇ。玄翁、あなたもそう思うでしょう?」 一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。 「うむ、少々太り気味のような気もするが、それはそれで愛敬があるな」 「大きな目やこの耳。とってもラヴリィだわ」 「この尻尾などはもはや芸術の域だ。素晴らしい」 ……どうやら御両親はとても大きな勘違いをしているようだ。 私はどうすればいいのだろうか。間違いを正したほうが良いのだろうか。 「お、おい… 親父、お袋…」 さすが武。復活が早い。その勢いでこの状況をなんとかして欲しい。 「なんだ、武。まだ動けたのか」 「どうしたの、武?」 「そいつは着ぐるみだぞ……」 本当にさすがだ。私が言い難かった事をはっきり言ってくれた。 そう、私は今みゅみゅーんの着ぐるみを着ている。無論、紫外線遮断の為だ。 「何だと……!?」 「な、なんですって!?」 ……御両親はこのキツネザルを本気で『小町つぐみ』だと思っていたらしい。大丈夫なんだろうか。 「んで、その中身こそが俺の嫁さんのつぐみだ」 「…そうか、つぐみさんはヒト・キュレイウイルスのキャリアだったんだな。すっかり失念していた。紫外線から身を護る必要が有るのか」 「そうですわ、いくら独自の免疫メカニズムを持っていても、『P53』が不能化しているキュレイ種にとってやはり紫外線は天敵。そう田中さんから丁寧に教えて頂きましたのに…」 「いやいや、これは重ね重ね失礼」 「御免なさいね」 改めて思う。とても60歳を超えているとは思えない。はっきり言って40代でも十分通用するだろう。 「いえ、どうかお気になさらずに」 「うむ… そうか。ありがたい」 「ふふふ…」 どうやら都さんの微笑には、見る者の心をリラックスさせる効果があるようだ。少しずつ私の緊張も解けてきている。 「つぐみさんは心の広い方ですね」 「それはそうだろう。あの武の妻になってくれる人だからな。海のように広いに違いない」 「なるほど、そうですわね。ふふっ♪」 「どういう意味だよ」 確かに武の妻となるには海のように広い心が絶対条件となるだろう。私の心が広いかどうかは解からないが。 「ふぅ… ったく、何時までもこんな所で喋ってないで、さっさと屋敷に行こうぜ」 「そうですわね、そろそろ行きましょうか。さぁ、つぐみさん、こちらですわ」 「凄い……」 大きくて立派な屋敷、とは聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。平安貴族が住む家のようだ。 「ふふ、無駄に広くて古いだけですわ」 「まったくだ。それに、あのロープウェイが出来るまでは町に降りるのも一苦労だったからな」 玄関に向かって進んで行く。遠くで鹿おどしの音が聞こえた。 「武は17歳までこの家で育ったんですよね?」 「はい、そうです。小さい頃はよく山の中で一日中遊んでいましたわ」 「生意気なのは変わらないが、あの頃はまだ可愛げがあったな」 右側に池が見えた。きっと鯉が泳いでいるのだろう。見なくても解かる。 「さあ、着きましたわ」 話し込んでるうちに玄関まで来ていたらしい。 「どうぞ、つぐみさん」 「では… お邪魔します」 玄関を潜る。中もなかなか凝った造りだ。 都さんの案内で、屋敷の中を進んで行く。 「昔はよく武もこの家の中で迷子になっていたな」 「ふふ、捜すのに何時間もかかりましたよね。懐かしいですわ」 「コラッ!! いらん事暴露するな!!」 まぁ、武の気持ちも解かる。この広さなら普通は絶対迷うだろう。 「ところで、学校とかは如何していたんですか? ここからでは登下校も大変なんじゃ……?」 「ええ、さすがにこの家から学校に通う事は無理なので、武には学校の寮に住んでもらっていました」 「帰って来るのは半年に1回くらいだったな。まったく、親不孝バカ息子め」 玄翁さんが武を睨んだ。 「黙れクソ親父。毎回毎回家に帰る度にあの階段登ってくる俺の苦労を考えて言え」 「つぐみさんは軽々と登って来たではないか。しかも着ぐるみを着たままで」 「つぐみは俺とは鍛え方が違うんだよ!!」 「武… 何であなたが威張ってるのよ…」 開き直り。良い意味でも悪い意味でも武の得意技だ。 「でも武。私達は町へ買い物に行く度、あの階段を往復していたのですよ?」 「しかも帰りは食糧品等、大量の荷物があったしな」 「……」 さすがの武もこれには反論出来ないらしい。 「ふふ、武もまだまだね」 「うむ、まだまだだな」 「ええ、まだまだですね」 都さん、玄翁さん、私の意見が見事に一致した。 「…………」 武は反論しない。どうやら事実を認めたようだ。 「……俺が悪いのか?」 武の呟きは、風にさらわれて消えた。 「さて… 本題に入るとしましょうか」 強烈な緊張が襲う。こんなのは初めてだ。 私達と御両親は今、和室でテーブルを挟み向かい合っている。 「私は貴方達の結婚に対してあれこれ言うつもりはありません。ですが、一つ訊きたい事があります」 都さんの眼が私の方に向いた。 「つぐみさん、そして武。貴方達はキュレイ種という、人を超える者です。その力を振るえば、多くの人を支配する事も可能な筈です」 部屋の空気が静まり返る。まるで世界に私達しか居ないようだ。 「ですが、それではあのライプリヒ製薬と同じ事です。そして未来も同じく、暗く冷たいものとなるでしょう」 強い眼差しが私達に向けられた。 「――貴方達は、自らを律する事が出来ますか?」 私は迷わず答えた。 「ええ、勿論です」 「考えるまでもないな」 都さんが一瞬、驚いたような表情を見せた。 「それにだ、もし仮にそうなったとしても、きっと誰かが俺達をブン殴って目を覚まさせてくれるさ」 きっと優や空は全力で私を殴るだろう。 「……まさかここまではっきり言われてしまうとは。ふふ、愚問だったようですね」 都さんがいつもの微笑を見せた。緊張が解けてゆく。 「これは一本取られましたわ」 私の緊張はすでに氷解した。やはり、都さんにはこの表情が似合っている。 「では次は私の番だな」 玄翁さんの眼が武を捉えた。武も珍しく引き締まった表情に変わる。 「もちろん私もこの結婚に反対する気は一切無い。むしろつぐみさんには感謝している。このバカ息子の人生の伴侶になってくれる、というのだからな」 「あのなぁ…」 「だが武。お前には訊きたい事がある」 「…何だ?」 武の眼も玄翁さんを捉えている。まるで睨んでいるようだ。 「お前達はヒト・キュレイウイルスのキャリアだ。そしてそれを研究し、富と権力を得るためにライプリヒ製薬はつぐみさんを捕らえた」 「ライプリヒはもう無いけどな。あんな連中、滅んで当然だ」 「だが田中さんの話ではライプリヒ製薬無き今でも、キュレイウイルスの研究で富と権力を得ようとする地下組織はいくらでも存在するらしい」 それは私も武も聞いている。田中研究所による保護のおかげで今まで何も無かったが、これからもそうだとは限らない。 「――お前はつぐみさんを護れるのか?」 玄翁さんの瞳に強い光が宿ったように見えた。あの時の武と同じ、凄まじい意志の炎だ。 武は頭を掻き、溜息をつく。そして口を開いた。 「護るってのは… さすがに無理だな。情けない話だが、逆に俺の方が護られる立場になるだろう。なんせ、こいつは俺より20年も長く生きてて、その分いろんな事を見たり、聞いたり、体験したりしてるんだ。つぐみは俺よりあらゆる面で20年分強いんだよ」 武は玄翁さん見つめた。今の武の瞳に宿るものは何だろう。 「でもな、護る事は出来なくても、他に出来る事は山ほどあるんだぞ。背中を押してやる事も出来るし、支えてやる事も出来る。悲しい時は慰めてやれるし、嬉しい時は一緒に喜べる」 その瞳に宿るものはあの時と似ていて、でもあの時より強く優しいもの。 「何より二人なら寂しくないからな。こいつには俺のせいで長い間寂しい思いをさせちまった。だから俺が責任を取る。もう絶対何があってもそんな思いはさせない。そしていつか、俺がつぐみを護れるようになってやる」 「武……」 そして私の心にも宿るものがある。17年前海の中で見つけ、17年間大切にしていたもの。そして今さらに輝きを増したものだ。 「…フン」 玄翁さんが鼻を鳴らした。 「しばらく見ない間に、少しはマシになったようだな」 「何だ、悔しいのか? 親父」 「………」 玄翁さんがそっぽを向いてしまった。 「ふふ、玄翁ったら」 都さんが玄翁さんを見る。まるで子供を見守る母親のような、優しい眼差しだ。 「つぐみさん」 都さんの優しい眼差しが、私にも向けられた。 「これから貴方達が歩む道は、決して平坦ではないでしょう。まるでこの八氏九頭山の階段のような、険しいものかも知れません。あなたはともかく、武には厳しいかも知れませんね」 「それなら私が武を引っ張って行きますよ。そうやって、あの階段を登り切ったんですから」 私達は一人じゃない。一人では出来ない事でも、二人なら出来る筈だ。 「ふふ、いろいろ迷惑をかけると思いますが、どうか武をよろしくお願いしますね」 大丈夫。私達だったらやっていける。永遠がどんなに長くても、そこに悲しい別れがあっても。 何故なら、私と武はあの海よりも深い絆で結ばれているのだから。 「はい……!」 私は力強く答える。そう、私達はまだ始まったばかりなのだ。 |
あとがきらしきもの こんにちは、夜だったらこんばんわ。大根メロンです。 『婚姻における一般的な試練』ようやく完成しました。 このSS、実はずっと前から形にはなっていたんですが、気に入らない部分が多く、修正にかなり時間がかかりました。 気に入らない部分をカットし、繋げる。だけど今度はその繋ぎ目が不自然になり、また気に入らない。ああ、悪循環。 ツギハギだらけのストーリィ。こう言うと何かかっこいい感じがするんですが。 まあそんな訳で、かなりバランスの悪い話となりました。どうか御許しを。 さて、そろそろ私もたけぴょんのように開き直りますか。テンション上げて次回予告。 なっきゅとつぐみんのSSは書いたので、次の主人公は空さん。 私のSSでは海に落とされたり、ボロ雑巾にされたりとロクな目にあってない彼女ですが、ついにスポットライトの光を浴びる時がきました!! 内容は、 『なっきゅとつぐみんをうまく封じ、たけぴょんと遊園地へとやって来た空さん。しかし、二人で乗り込んだ観覧車には爆弾が!? どうなるたけぴょん、どうする空さん!!?』 といった感じです。やはりロクな目にあいません。 20%くらいは書いてますが、まだまだ先は長いです。 では次回『回転遊戯(仮)』。楽しみにしてくれる方はいるんだろうか。 まあ、いてもいなくても、お楽しみに。 |
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