暗い時の狭間で 作 大根メロン |
――2034年4月13日 21時34分―― 世界が黒く染まる。 太陽が支配する時間は終わり、これからは月が踊る時間だ。 動物達は闇を恐れ、町から一匹残らず姿を消す。 だが、小町つぐみにとって、闇は恐怖の対象ではなかった。 つぐみは町の中を進んで行く。数十年前の大不況の影響でゴーストタウンと化した、小さな町だ。 こういうゴーストタウンは普通、犯罪者達の巣窟となっていたりするのだが、どうやらこの町は犯罪者達にさえ見捨てられているらしい。 好都合だ。つぐみはそう思った。久し振りにまともな場所で眠れるかもしれない。 適当な建物を探す。だがどれも老朽化が激しく、とても快適な眠りを提供してくれるとは思えなかった。 「ふう……」 溜息をついた。目標を切り換える。眠れれば、何処でもいい。 歩き回るうちに小さな公園へと辿り着いた。ボロボロになった滑り台やブランコが立っている。昔はここで子供達が遊んでいたのだろうか。 子供達。その単語は、つぐみに鈍い痛みを思い起こさせた。 涙をこらえる。泣いても何かが変わる訳ではない。 小さなベンチに寝転ぶ。幸いにも今日は雨も風も無い。 たまには、星や月を眺めながら眠るのもいいかも知れない。少なくとも、老朽化し埃だらけの建物よりは快適だろう。 夜空は大きかった。当たり前の事かもしれないが、寝転ぶとそれがよく解かる。 そう、それはまるで、海のように大きい。 「海…」 つぐみは後悔した。余計な事を考えてしまった。何もこんな時に。 子供達の事、そして倉成武の事が頭から離れない。もう我慢出来なかった。 「………っ」 声を殺して泣いた。 その様子を何者が見ている事に、つぐみは気付かなかった。 再び町の探索を始める。少しでもあの公園から離れたかった。 しかし、公園のベンチ以上に快適な寝床がこの町にあるとは思えない。 「もう諦めようかしら…」 いや、ダメだ。つぐみはすぐに考えを改めた。よい寝床で眠れば、それだけ体力の回復もいい。 しかし別の考えもあった。よい寝床を探す為に体力を消耗したら元も子もないのではないか。 「…………」 あと5分だけ探してみよう。そういう結論に達した。 町の中を見回す。そして、ある物を見つけた。 「……?」 それは大きなトラック。そのトラックはほとんど新品同然で、このゴーストタウンにはあまりにも不釣り合いだった。 (…誰かがこのトラックでここに来た?) いや、『来た』ではない。このトラックがここにあるという事は、その訪問者はまだ帰っていない、という事だ。 つまり、『来ている』。つぐみ以外にも、この町には人間がいるのだ。 中を覗き込む。運転席にも助手席にも人の姿は無い。 コンテナを見た。扉が開けっ放しになっている。何か大きな荷物でも運び出したのだろうか。 ふと、そのコンテナに書かれていた文字が目に留まった。 ――Leiblich Medizin―― その時、それは起こった。 赤い閃光。つぐみにはそう見えた。 あれは危険だ。本能的にそれを察知し、回避した。 ズバァァアアア!! 目の前にあったトラックが、一瞬で両断される。 「おお、避けた避けた! 俺っちの斬撃を避けるとは… さすがだなぁ」 トラックの前に、黒いコートを着た一人の男が立っていた。年齢はおそらく17〜19歳くらいだろう。 その男の手には刀身が赤く輝く日本刀が握られている。まさか、あれでトラックを真っ二つにしたのだろうか。 「まずは自己紹介。俺っちの名前はカリヤ・霧神・アーヴィング。簡単にいえば、ライプリヒ製薬のエージェントってヤツだな」 「ライプリヒ…!? という事は、私を捕まえに来たのね……!!」 「……まあ、普通はそうなんだろうが…」 カリヤの姿が消えた。 「…俺っちは殺しが専門だからな!」 「――!?」 背後から声が聞こえた。つぐみは上に跳ぶ。 足元を驚異的なスピードで日本刀が通り抜けた。 (クッ…! 速い…!!) 着地と同時に前に跳び、カリヤから距離を取る。 「遅いぞ!」 「――!!?」 上から声がした。落下してきたカリヤの斬撃がアスファルトの地面を砕く。信じられない破壊力だった。 「な、なんなの!? その刀!?」 「ん? これか? この『飛炎(ひえん)』はな、1700年前くらいに霊峰『八氏九頭山』に落下した超高密度鉄隕石から打ち上げた日本刀なんだ」 「超高密度鉄隕石…?」 「そう、だからこの刀の総重量は510kgもあるんだよ」 「510kgですって!!?」 「さらに、ヌープ硬度も17000だ」 「17000!!?」 それは、ダイヤモンドを遥かに上回る硬さだ。 それだけの重量と硬度があるのなら、あの破壊力も納得出来る。 そして、そんな刀を軽々と扱っているカリヤがただの人間である筈はない。 「あなた… キュレイ種なのね…!」 「その通り!」 鋭い突きがつぐみを襲った。 「クッ…!!」 「避けてるばっかじゃ、俺っちは斃せないぞ?」 「言われなくても… 解かってるわよ!!」 つぐみの蹴りがカリヤに叩き込まれた。 「おおぉ!?」 「もう一発!!」 倒れ込んだカリヤに拳を向ける。 しかし。 「――!!?」 また、カリヤの姿が消えた。 「隙ありぃ!!」 赤い閃光が迫る。とっさに身体を捻った。 「――ッ!!!!」 左腕に強烈な痛みが走り、血が噴き出す。 「…惜しいなぁ。もうちょっと速けりゃその身体を真っ二つに出来たのになぁ」 つぐみは右手で左腕を押さえた。傷はかなり深そうだ。 「…消えたかと錯覚する程のスピードで動いたり、いきなり上から降ってきたり…… あなた、どうしてそんな重い刀を持ったままあれほど身軽な動きが出来るのよ?」 「へへっ、それが俺っちのウリなんでね」 再びカリヤの姿が消える。 そして、斬撃の雨がつぐみに降り注いだ。 「はははッ! ズタズタになれぇ!!」 「…………」 だが、つぐみの表情には余裕があった。 「…なるほどね。カリヤ…だったかしら? 確かにあなたは強いわ。でも……」 つぐみの拳がカリヤの顔を殴り飛ばした。 「ぐッ…!!?」 「1対1で闘うなんて、素人のする事よ?」 さらに蹴りを叩き込む。カリヤの身体が吹き飛び、ボロボロの建物に突っ込んだ。 「ついでに言っておくけど、あなたの太刀筋は直線的すぎるわ。動きに慣れれば簡単に避けられるわよ」 つぐみはそう言い残し、その場を去った。ライプリヒのエージェントが来ている以上、さっさとこの町から逃げた方がいい。 「…ホントは1対1じゃないんだけどな……」 カリヤの呟きと嗤い声は、つぐみの耳に届かなかった。 「まったく、どうしてこうなるのよ…!!」 つぐみは町の中を疾走していた。 そしてそれを追跡する1つの影。 「…ツグミ・コマチを発見した。カリヤ、本当に殺してもいいのか?」 『おお、まったく構わないぞ。思う存分ぶっ殺せ』 「…了解した」 その追跡者は、機械の身体を持つ3m程の巨人。 一瞬、巨大なロボットか何かに見えた。だが、その巨人の頭は間違いなく人間の頭だったのだ。 「冗談じゃないわ…! あんなバケモノを相手にするなんて御免よ……!!」 だが、その巨人とつぐみの距離は確実に縮まってゆく。巨人の鋼鉄の足には電動のキャタピラが仕込まれており、地面を滑るように移動している。 そして、巨人の金属の腕に取り付けられている銃身が、つぐみに向けられた。 「…死ね」 ズドドドドッ!! 「――ッ!!」 紙一重で銃撃を回避する。地面が粉々に吹き飛んだ。 つぐみは戦慄した。あれはブローニングM2重機関銃だ。あんなものをまともに喰らったら、いくらキュレイ種でも即死だろう。 「あのトラックのコンテナに積まれてたのはこいつね…!」 そう呟いた瞬間。 つぐみの頭より一回り大きい、鋼鉄の拳が身体に打ち込まれる。 身体が浮き上がり、猛スピードで建物の壁に叩き付けられた。 「くうッ…!?」 今の一撃は効いた。肋骨が何本かやられたかもしれない。 ズドドドドッ!! 再び銃撃が襲う。つぐみは痛みに耐えながら、なんとかそれを回避した。 そのまま路地裏に跳び込む。あの大きな身体では、この狭い路地裏に入る事は不可能だろう。 だがその時、鋭く冷えきった殺気を感じた。 「油断してると死んじまうぞ!!」 さっきと同じ、落下しながらの斬撃。おそらくそれがあの刀の重さを最大限に生かした攻撃法なのだろう。 「カリヤ…!!」 斬撃をギリギリで避け、カウンターブローを放つ。 たが、カリヤはつぐみの打撃を腕で受け止め、防御した。 「クッ…!!」 「甘い!!」 斬撃がつぐみを襲う。しかし、つぐみはそれを無駄のない動きでかわす。 「さっき言ったでしょう!? あなたの剣技は簡単に避け……」 つぐみの肩が切り裂かれた。 「――ッ!!?」 「あんまり俺っちをなめんなよ!!」 つぐみの身体に次々と切り傷が刻まれてゆく。 (避けられない!!?) カリヤの太刀筋は、あの直線的な動きではなかった。波のように緩やかな動きに変化している。 「くっ…何故…!?」 「魂は輪廻転生より、次々とその姿を変える。俺っちの『輪廻之太刀』もそれと同じく、次々と太刀筋を変える変幻自在の剣技!」 「な…!?」 「回避は不可能だ!!」 また1つ切り傷が増え、血が流れた。 (まずい……!!) この狭い路地裏で闘っていては、いずれ真っ二つにされてしまうだろう。 つぐみは路地裏から跳び出した。 ズドドドドッ!! 「――!!? クッ…!!」 無数の銃弾が降り注ぎ、地面を砕く。吹き飛んだアスファルトの破片が足に食い込んだ。 だが足を止めなかった。もし止めれば、間違いなく銃弾の餌食になるだろう。 つぐみは目の前に立ち塞かる、あの鋼鉄の巨人に向けて走った。 「はぁ!!!」 一気に間合いを詰め、渾身の力を込めた蹴りを打ち込む。 だが。 「…無駄だ」 「なッ…!!?」 巨人は蹴りを受けても顔色一つ変えなかった。 「…喰らえ」 鋼鉄の拳がつぐみを殴り飛ばす。つぐみの身体が数回地面を跳ねた。 「くあぁッ…!!?」 左腕に激しい痛みが走った。どうやら骨が折れたらしい。 「はははははッ♪」 カリヤの愉快そうな笑い声が響く。 「いくらあんたの怪力でも、そいつの装甲は破れないぞ? 衝撃吸収板も仕込まれてるしな」 「…そのサイボーグみたいな奴、一体何なのよ……?」 「そいつか? そいつの名前はアルバート・ビッグズ。俺っちと同じ、ライプリヒ製薬のエージェントだよ」 つぐみは痛みに耐え、何とか立ち上がった。 「そいつは肉体改造狂でね。ガルヴォルン合金装甲で身体を覆ったり、手足を機械のものに取り替えたり、重火器を装備したり…」 「…………」 「神経系を秒速680mもの伝達速度を持つワイヤーで強化したり、内臓を人工の物に取り替えたり…」 「…信じられないわ……。狂ってるわよ……」 つぐみは凄まじい嫌悪を感じた。 「さらには、ヒト・キュレイウイルスで転化したり…」 「――!!? じ、じゃあ、そいつもキュレイ種…?」 「ん? ああ、その通りだぞ」 つぐみは自身の危機を感じた。敵は2人ともキュレイ種。1人は剣鬼、もう1人は人間兵器。 (まともに闘っても勝ち目は無さそうね…) なら、やるべき事は1つだ。 つぐみは夜空を見た。 (…これならいけるかも知れない) どうやら運が向いてきたらしい。 つぐみは2人とは反対方向に跳んだ。 「!? 逃げる気か!!」 カリヤが叫ぶ。 「…愚かだな」 アルバートがつぐみに銃を向けた。 だがその瞬間。 「――!?」 世界が、闇に包まれた。 月が雲に隠れ、月光が遮断されたのだ。 つぐみは自身の気配を完全に絶ち、町を疾走する。 この闇の中では、いくらあの2人でも追跡は不可能だろう。そして、つぐみにはインフラヴィジョンがある。闇の中でも問題ない。 (このまま町を出れば…!) 「…その程度か? ツグミ・コマチ」 寒気がした。 「――!!!? な、何故!?」 つぐみのインフラヴィジョンは2人の姿を捉える。彼らはこの闇の中、確実につぐみを追跡していた。 「アルバートの人工眼球は赤外線視力機能付きだからな。こんな暗闇でも、ばっちりあんたの姿が見えるのさ」 「人工眼球!?」 「頭のいいあんたが、それくらいの事予測出来なかったのか?」 つぐみは自分の甘さを悔いた。あれだけ身体を改造しているアルバートが、インフラヴィジョンくらい持っていない筈がない。 「ちなみに、その人工眼球は俺っちにも仕込まれてるんだよな」 「なっ…!!?」 カリヤがつぐみに向け、跳んだ。 「これで終わりだ、小町つぐみ!」 閃光が走った。 「あ〜ぁ、これは酷い〜」 1人の少女が、真っ二つになったトラックを眺めていた。 「間違いなくカリヤさんの仕業ですね〜。大事な車を壊すなんて、あの人は一体何を考えてるんでしょうか〜?」 少女は溜息を付いた。 「…どうせ何も考えてないんでしょうね〜」 辺りを見回した。カリヤとアルバートは何処にいるのだろう。 「……!」 銃声が聞こえた。ブローニングM2の音だ。 間違いない。アルバートは近くにいる。おそらくカリヤも一緒だろう。 「あっちですか〜」 少女は2人がいるであろう場所に向け、歩き出した。 つぐみは公園にある小屋の中に身を潜めていた。 「これがなかったら、間違いなく斬り殺されてたわ…」 赤外線レーザーの照射装置。これで赤外線をカリヤの眼に照射し、眩しさに怯んだ隙に逃げてきたのだ。 「…それにしても、またこの公園に来てしまったのね……」 気分が暗くなる。絶望が心を侵蝕しているようだった。 「…………」 あの2人から逃げ切り、この町から生きて出る事が出来るだろうか。 ――無理だ。 心の中から、そんな声が聞こえる。 つぐみは首を振り、その声を頭から締め出そうした。 ――死ぬ。 だがその声は消えず、頭の中に響く。 死ぬ。それもいいかもしれない。彼がいない世界で生きていても、ただつらいだけだ。 だったら生きる必要なんて、無い。 そう、死ねば楽になれるのだ。 『つぐみん』 「――!!!?」 その時、懐かしい声が聞こえた。 『つぐみん』 「コ、ココ…?」 つぐみの目の前に、あの八神ココがいた。 彼女は淡い光を放ちながら、まるで幽霊のように佇んでいる。 『つぐみん、ひさしぶりぃ♪』 「え、ええ… 久し振りね……」 あの時とまったく同じ笑顔で、ココはつぐみに笑いかけた。 「どうして、あなたが…?」 『…ココはね、つぐみんがたけぴょんとの約束を破ろうとしてたから、叱りに来たんだ』 「……!」 ココが悲しそうな顔をした。 『最低だよ、つぐみん』 「――!!? あ、あなたに何が解かるのよ!!!」 『解かるもん! ココ、ずっと視てたんだから!!』 ココは眼に涙をためながら叫んだ。 『なっきゅも、空さんも、少ちゃんも頑張ってるんだよ!? なのに、なのにつぐみんが諦めちゃったら、みんなの頑張りが無駄になっちゃうよ!!』 「ココ…」 『マヨちゃんやホクたんだって、つぐみんのこと待ってるのに!!』 「…………」 『だから、だから…! たけぴょんとの大切な約束破っちゃうつぐみんなんて、大っ嫌いだよぉ!!』 ココの眼から、大粒の涙がいくつもこぼれる。 『でも、つぐみんが死んじゃったら、ココは悲しくて、それで、それで…!』 その涙は、彼が海に消えた時のつぐみ自身の涙に似ていた。 忘れていたものを、思い出した。 「…もう泣かないで。ココ」 つぐみはココに優しく微笑む。 「ごめんね。私の命は、私だけのものじゃないのよね。勝手に捨てちゃ、いけないのよね…」 つぐみの眼から、涙が溢れた。 「ごめんなさい、ココ… ごめんなさい、武……!」 『つぐみん…』 「……ありがとう、ココ」 『…もう、大丈夫みたいだね』 「ええ、おかげさまでね」 『それはよかったよかった♪ じゃあ、ココはそろそろ帰るよ』 「え……?」 『ばいばい♪』 ココの姿が小屋の中から消えた。 『頑張れ、つぐみん』 少しだけ、そんな声が聞こえた。 小屋の中は静まり返っていた。 結局、さっき現れたココは何だったのだろう。いくら考えても解からなかった。 だが、つぐみにとってはさっきのココが何であろうがどうでもよかった。 ココはココなのだ。それ以上でも、それ以下でもない。 「…そろそろかしらね」 つぐみは小屋の窓を破り、外に飛び出した。 その瞬間。 ドゴォォオオオ!! 斬撃の雨と無数の銃弾が降り注ぎ、小屋が粉々に吹き飛ばされる。 そして土煙の向こうに見える、2つの影。 「来たわね……」 つぐみは誓った。もう迷わない。あの2人を倒し、私は生きてこの町を出る。 「……あいつ、な〜んかさっきまでと雰囲気違うなぁ。そう思わないか? アルバート」 「…注意した方がいいかもしれないな」 「もう遅いわよ!!」 「――!!?」 つぐみは小屋にあった鉄パイプを握り、アルバートに向けて跳ぶ。自分でも信じられないスピードだった。 「はぁあ!!」 そのままその鉄パイプで、アルバートの身体で唯一装甲でガードされていない頭を殴りつける。 「…ぐああぁぁあああ!!?」 アルバートが頭を殴られた衝撃で一瞬、バランスを崩す。そしてその一瞬をつぐみは狙っていた。 「終わりよ!!」 つぐみは全体重を乗せ、アルバートにタックルを打ち込む。鋼鉄の身体に凄まじい衝撃が走った。 「…うおぉぉおお!?」 ドォォオ…ン……! アルバートの身体が、仰向けに倒れた。 3mの巨体なのだ。倒れたら、もう起き上がる事は出来ないだろう。 「まずは1人!!」 「チィ…!? 調子に乗るなぁ!!」 輪廻之太刀がつぐみを襲う。だがつぐみは変幻自在の太刀筋から生み出される斬撃を全て回避した。 「な、何ッ…!!?」 「あなたの眼を見れば、どこに攻撃が来るのか簡単に解かるのよ!」 「――!? 俺っちの視線で攻撃を読んでるのか!!?」 「そういう事!」 攻撃と回避を繰り返しながら、2人は公園の中を凄まじいスピードで走り抜ける。 「はぁぁ!!」 カリヤの水面蹴りが、つぐみの足に命中した。 「クッ…!?」 つぐみは体勢を崩す。それは、致命的な隙だった。 「その首、もらったぁ!!」 首を狙った必殺の斬撃が迫る。 だが、つぐみは笑った。 「甘いわよ!!」 カリヤの斬撃が、宙を斬る。 (――!? 今の斬撃を避けた!?) そして、つぐみのボディブローがカリヤの胸に打ち込まれた。 「ぐぁッ……!!?」 カリヤの身体が数m吹き飛ぶ。 「…今のは効いたみたいね? 肋骨が砕けた感触がしたわ」 「かはッ…! クソ、あんな無理な体勢で俺っちの斬撃を回避するなんて……」 「残念だったわね。私はどんな体勢でも完璧に身体のバランスを保つ事が出来るの。無理な体勢なんて、存在しないのよ」 「…なるほど」 カリヤの顔に嗤いが浮かぶ。 「だがな、あんた左腕がいかれてるだろ? ホントに俺っちに勝てると思ってるのか?」 カリヤの言う通り、つぐみの左腕はカリヤの斬撃で斬り裂かれている上に、骨まで折られている。とても使い物にはならないだろう。 だがつぐみは、カリヤに微笑を向けた。 「あなたの相手くらいなら、右腕1本でも十分よ」 「…上等だ……! 本気でいくぞ!!」 カリヤの気配が変わった。 「――!? な、何なの……?」 殺気が爆発的に膨れ上がり、公園を包む。 「『地獄』『餓鬼』『畜生』『修羅』『人間』『天上』……!」 「――!!?」 つぐみは自分の眼を疑った。カリヤの姿が、6人に分裂したのだ。 (残像!? それとも、幻術…!?) 6人のカリヤは全員が異なる太刀筋を操っている。攻撃の回避は不可能だった。 「『信濃霧神流』秘伝 第十七番……」 赤い光がきらめく。 「『六道流転万華鏡』――!!」 6本の日本刀が、つぐみの身体を貫いた。 「アルバートさん、何してるんですか〜?」 「…見ての通りだ」 少女が、アルバートの前に立っていた。 「起き上がれなくなっちゃったんですね〜。それは大変です〜」 「…本当に大変だと思っているのか?」 沈黙が2人包む。 「……そんな事より、カリヤさんは何処行っちゃったんですか〜?」 「…話をそらすな」 「もう、しつこいですね〜。聖母のように『慈愛』に満ち溢れたこの私が、アルバートさんの事を心配してないはずがないでしょう〜?」 「…なるほど。『自愛』に満ち溢れているのか。まあ、お前なら当然だな」 「……なんだか不愉快ですね〜」 少女はそう呟きながら、巨大なアルバートの身体を軽々と持ち上げ、起き上がらせた。 「…すまん」 「困った時はお互い様ですよ〜」 少女がそう言った瞬間。 「――!?」 凄まじい殺気がその場を襲った。 「……どうやらカリヤさんは、小町つぐみさんと本気で闘ってるようですね〜」 「…六道流転万華鏡、か」 少女の顔に不気味な笑いが浮かぶ。 「カリヤさんの信濃霧神流は魂の輪廻を司り、転生のための絶対的な『死』を与える剣術。その秘伝を受ければ、いくら不死の小町つぐみさんでも確実にあの世逝きです〜」 「…それはどうかな」 アルバートには、それほど簡単にあの小町つぐみが死ぬとは思えなかった。 「どういう事ですか〜?」 「…この目で確かめるまでは解からない、という事だ」 「ああ、それもそうですね〜」 少女は遠くを眺めた。 「私も小町つぐみさんに用事がありますし〜」 「…この殺気のおかげで、簡単にカリヤとツグミ・コマチが何処で闘っているか解かるしな」 「そうですね〜。それじゃ、行きましょうか〜」 つぐみの身体から次々と血が流れ、地面が赤く染まる。 「…超スピードを利用しての分身攻撃。人間業じゃないわね……」 だが、つぐみは2本の足で、しっかりとそこに立っていた。 「…人間業じゃないのはあんたのほうだ。あの一瞬で6発の突き全てを急所から外し……」 カリヤの口から、血が流れた。 「その上、俺っちに3発もブチ込むなんてな… ホント、人間業じゃないぞ……」 カリヤがその場に崩れ落ちる。そしてそれは、つぐみの勝利を意味していた。 「…負け、か」 カリヤの声が掠れている。おそらく、折れた肋骨が肺に引っ掛かっているのだろう。 「覚悟は… いいわね」 「…ああ」 つぐみがカリヤの首に触れた。このまま力を込めれば、首を引き千切る事が出来る。 「トドメよ…」 その時だった。 「小町つぐみさん、ちょっとストップです〜」 凄まじい、殺気と死臭がした。 「な、何よ、これ…!?」 「いい!? こ、この気配はまさか……」 カリヤの顔が青くなった。 闇の中から2人の人間が現れる。1人はアルバート。 もう1人は、髪を肩のあたりまで伸ばしている15歳くらいの少女。 その少女が、この異様な気配を漂わせている張本人だった。 「はじめまして、小町つぐみさん。私は柊文華、という者です〜」 「……柊文華、ね。それで、何なの? あなた」 「このアルバートさんや、そこに転がってるカリヤさんの仲間ですよ〜。一応」 「仲間ですって…? という事は、あなたもキュレイ種なの?」 「そうです〜」 キュレイ種を相手に3対1では、どう考えても勝ち目はなかった。何より今のつぐみは瀕死の重傷なのだ。闘いにすらならないだろう。 「そんなに心配しなくても、もうあなたに危害は加えませんよ〜。『小町つぐみを殺すな』っていう指令を受けましたので〜」 「な!? お、おい文華、それはどういう事だよ!! ここまで来て退くのか!?」 「カリヤさん、負け犬に発言権はありませんよ〜?」 つぐみは困惑していた。もう危害を加えない。それは本当だろうか。 「…仕方ないだろう、カリヤ。これは田中研究所からの指令らしい」 「なッ…!?」 「田中研究所の指令に逆らう、という事は『あの人』に逆らう、という事ですけど〜?」 「…………」 カリヤが沈黙した。 「どうするんですか〜? カリヤさん」 「……解かったよ。俺っちだって、『あの人』には逆らいたくないからな」 「では、決まりですね〜」 文華がつぐみの方に向き直った。 「という訳で、小町つぐみさん。私達が今後あなたを捕獲しようとしたり、殺そうとしたりする事はありません〜」 「…それはなかなか魅力的な話ね」 「条件がありますけどね〜」 「…条件?」 「『カリヤさんを殺さない』。それだけです〜」 「…………」 この手に力を込めれば、カリヤは死ぬ。だがそれは、つぐみ自身の死を招く事にもなるだろう。 手を放せば安全が保障される。しかし、それは本当だろうか。嘘だとしたら間違いなくこの場で殺される。 「どっちにしろ危険ね…」 だったら、少しでも生き残れる確率が高い方がいい。 つぐみはゆっくりと、カリヤの首から手を放した。 「これでいいの?」 「はい、OKです〜。私の気が変わらないうちに、逃げちゃってください〜」 つぐみは油断せず、少しずつ3人から離れて行く。 「…用心深い人ですね〜。約束くらいちゃんと護りますよ。……って、ああ!!」 文華が突然叫び声を上げた。 つぐみだけでなく、カリヤも、アルバートも目を丸くしている。 「うっかり忘れるところでしたよ〜。あなたに伝言があるんです〜」 「伝言?」 「ええ、それはですね〜」 そして、その言葉は紡がれた。 「『5月1日、LeMUに来れば子供達に会わせてやる』、だそうです〜」 つぐみはその瞬間、世界が凍ったように感じられた。 動いているのは、文華が発した言葉だけ。 「……それは」 つぐみは声を絞り出すように言った。 「どういう、意味よ……」 「どうもこうも、そのままの意味だと思いますけど〜?」 身体が震えるのを無理矢理押さえ込む。 「…どうしてライプリヒが……」 文華はそれに答えず、不気味な笑みを浮かべながら言い放った。 「…さっき言いましたよね? 『私の気が変わらないうちに、逃げちゃってください〜』って……」 その瞳の奥に見えるのは、狂気と殺意。 「…早く逃げないと、私があなたをブチ殺しますよ……?」 「――ッ!!」 今のつぐみの状態では、キュレイ種である文華を相手にするのは無理だった。一瞬で命を奪われてしまうだろう。 「…仕方ないわね……」 つぐみは3人とは逆の方向を向き、駆け出した。 「…本当に逃がしていいのか? フミカ」 「仕方ありませんよ〜。そういう指令だったんですから〜」 小さくなってゆくつぐみの背中を眺めながら、文華は言った。 「それに即死は免れたようですが、あれはどう考えても致命傷です〜。そのうち、死んじゃいますよ〜」 「…しかしそれでは、俺達がツグミ・コマチを殺した事になる。指令に逆らったも同然じゃないのか?」 「そうかもしれませんが、結局は致命傷を与えたカリヤさんが悪いんですし〜」 「俺っちが悪いのか!!?」 文華はカリヤに歩み寄る。そして、その身体に鋭い蹴りを打ち込んだ。 「ひぎゃああぁぁあああ!? な、何しやがる、文華ぁあ!!?」 「霧神流宗家の『元』次期当主サマが、たった1人相手になんてザマですか〜?」 「『元』を強調するな!!」 「…たしか稽古中に相手を殺し、破門されたんだったな」 「言うなぁ!!」 「黙れこのヘタレ野郎〜」 「…………」 文華は真っ白になったカリヤを視界から外した。はっきり言って見苦しい。 「よいしょっと〜」 そのままアルバートの肩に飛び乗る。 「じゃ、そろそろ帰りますか〜。アルバートさん、GOです〜」 「お、おい、俺っちは!?」 「…復活早いですね〜」 文華はカリヤを一瞥し、言った。 「車を壊した人は、自分の足で走ってください〜」 「走れって、おい!! 俺っちは小町つぐみとの闘いで重傷なんだぞ!?」 「ちなみに、この町の至る所に爆弾を仕掛けておきました〜。17分以内に脱出しないと、この町と心中ですよ〜」 「な、何ぃい!!?」 「ではアルバートさん、今度こそGOです〜」 「…了解した」 モーターが回転する音と共に、文華を乗せたアルバートが走り出した。 「ちょっと待て!! 文華はともかく、アルバートまで俺っちを見捨てるのか!?」 「…自業自得だろう」 カリヤの姿が、どんどん離れてゆく。 「ふ、ふざけるなぁぁああああ!!!」 そして、カリヤの姿が文華の視界から完全に消えた。 「…いいのか? 本当に」 「大丈夫ですよ〜。ああ見えてやれば出来る人ですし、ちゃんと17分以内に町から脱出するでしょう〜。多分」 「…そうか。ならいいんだが」 2人は人の気配がまったくない、暗い夜道を進んで行く。 「…あの指令は結局何だったんだろうな?」 「う〜ん、私にもよく解かりません〜。『あの人』は小町つぐみさんに死なれると困る事でもあるんでしょうか〜?」 「…5月1日にLeMUに来い、だったか? あれはどうだ?」 「もしかしたらその日に、何かしらの理由で小町つぐみさんが必要なのかもしれませんね〜」 文華は夜空を見上げた。つぐみとその子供達がどうなろうと知った事ではなかったが、やはり1つだけどうしても気になる事があった。 『あの人』に向け、心の中だけで呟く。 (5月1日、LeMUで一体何が起こるんです? 春香菜さん) ドォォオオ…ン!!!! 町が光に包まれ、凄まじい衝撃と轟音がつぐみを襲った。 「クッ…!?」 おそらく爆弾だろう。それも、軍用爆薬を使った強力なものだ。 脱出が遅れれば、つぐみも爆発に巻き込まれていたかもしれない。 「…闘いの痕跡を、町ごと吹き飛ばしたって訳ね……」 つぐみはその場に倒れ込む。もう立っている事も困難だった。 呼吸をしようとしても、空気が肺に開いた穴から抜けてゆく。 失血も酷い。目が霞み、頭がぼんやりしてくる。 少し動くだけで、身体に激痛が走った。 もう、限界だった。 「痛いよ…」 涙が溢れる。 「助けて、武…」 その時。 「――ッ!!」 つぐみは人の気配を感じた。 あの3人とは違うようだが、何人かの人間が近づいて来ている。 (あの連中以外にも、敵が……!?) だが、もう動く事も頭を働かせる事も出来ない。 そして、闇の中から数人の人影が現れた。 「つぐみ…」 誰かの声が聞こえる。それは、どこかで聞いた事のある声だった。 しかし、その声の主を確認する前に、つぐみは意識を手放した。 田中研究所の医療チームが気を失ったつぐみの治療をしている様子を、田中優美清春香菜はぼんやりと眺めていた。 手術、傷の縫合、骨折の治療、輸血などをてきぱきと行っている。 つぐみは瀕死の重傷だったが、適切な治療を施せば、あとはつぐみ自身の回復・再生能力でどうにかなるらしい。とりあえずは一安心、といったところか。 「しかし、大したものよね……」 『ライプリヒ製薬過激派』のオーヴァーキラー(過剰殺戮者)である、カリヤとアルバートを相手に自身の命を護り切ったのだ。これは賞賛に値する偉業だろう。 そしてそれを可能にしたのは、つぐみの倉成武を想う心。 「ふう……」 優春は思考を断ち切った。 手の中で銀メッキの施されたメスを転がす。この<銀ナイフ>は、数日前の誕生日に文華からプレゼントされた物だ。 文華。彼女はつぐみに伝言を伝えただろうか。 もし後で『うっかり忘れてました〜』とか言い出したら、その時は田中研究所の拷問室行きだ。 「春香菜。治療、大体終了したよ」 医療チームのリーダーである、黒沢逝狩(くろさわゆかり)が優春に声をかけた。24時間365日浮かべている薄笑いと、怪しく光る眼鏡がかなり危険な雰囲気を漂わせているが、一応女性である。 「そう。つぐみの具合は?」 「良好だよ。さっきまで死にかけていたのが嘘のようだね。これだからキュレイ種は興味深い。ふふふふふふ…♪」 「…あなた、つぐみに何か変な事しなかったでしょうね?」 「ふふふふふふ…♪」 「…………」 優春は逝狩との会話を諦めた。 つぐみに歩み寄る。そして、一言だけ告げた。 「あんまり無理しちゃダメよ? あなたはあのバカを助けるのに絶対必要なんだからね」 そして、着ていた白衣をそっと、つぐみに掛けた。 「へぇ… なかなか優しいね」 「うるさい。さっさと撤収するわよ」 「了解。ふふふふふふ…♪」 荷物をまとめ、歩き出す。 チリン…… 「……?」 一瞬、鈴の音が聞こえたような気がした。思わず足を止める。 「……? どうかしたかい?」 「…今、鈴の音が聞こえなかった?」 「いや、私には聞こえなかったよ?」 「…そう」 夜空を見上げる。 「…そうね。気のせいよね」 優春は再び、歩き出した。 『ありがとう、なっきゅ♪』 懐かしい声が、聞こえた気がした。 |
あとがき的なもの 皆さんこんにちは。メェロン・S・ダイコーンです。て言うか、大根メロンです。 …初っ端から意味不明でごめんなさい。 しかし、このSSようやく書き終わりました。 本当はこれの2/3くらいの長さになる予定だったんですけどね(汗)。まぁ、いつもの事です。 『時代はバトルだ!!』という、ブリックヴィンケルの声に導かれて書き始めたこのSS。 日本刀とサイボーグは永遠のマイブームなので、敵もそんな感じのキャラになった訳ですが、1つ言いたい事が。 カリヤ(以下かりやん)&アルバート(以下あるばん)…… あんた達、強すぎ(汗)。 攻撃1発1発の威力が即死レヴェルなんですよね。だから、つぐみん攻撃回避しまくってます。 なのに、 『回避は不可能だ!!』 (゚ロ゚)←私 …何処の誰だ、『輪廻之太刀』なんて考えたのは。 ………私か。私が悪いのか。 そういう事で、つぐみんが『避けなきゃ死ぬ、だけど避けられない』という状態に陥り、かなり困りました。大変でしたよ、ホント。 そして、『廻転遊戯』で名前だけ出て来た柊文華(以下ふみかん)登場。そろそろ忘れられてる頃だと思ったので(笑)。 ふみかん・かりやん・あるばん… 彼らライプリヒ製薬過激派に未来はあるのか!? …ないだろうなぁ。国際手配とかされるし。カリヤはヘタレだし(笑)。 さらに、最初はまったく出る予定のなかった黒沢逝狩(以下ゆかりん)なんてキャラも登場。 でも、結構ゆかりん気に入ってます。あの謎オーラがいい感じ。 …オリキャラ多いなぁ、このSS。 じゃあ、そろそろ次回予告。 次の主人公はホクト。 ある時ホクトが出逢った、四次元存在の『彼女』。 『彼女』は何時、誰によって召還されたのか。 その謎にホクトが挑む!! といった感じです。タイトルは『ミッシング・リンク(仮)』。 それと、『Ever17』+『女神転生』な長編SSものんびりと構想中。一生完成しないかもしれませんが(汗)。 では今回はこれくらいで。 ではまた。 …このあとがき、長すぎ(汗)。 |
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