※このSSは、私が今までに書いたSSを読んでいないと解からない部分が多々あります。










ミッシング・リンク
                              作 大根メロン

その日、ぼくが『彼女』と出逢ったのは、まったくの偶然だった。






星丘高校、休み時間。
「ホクトさん! 妹である沙羅さんを押し倒した事があるというのは本当なのですか!?」
この星丘高校の中でも、トップクラスの変人である川瀬さんが突然そんな事を言い出した。
「……沙羅に訊いたら?」
「無論訊きましたよ。そしたら『私の口からは言えないよ… きゃっ♪』という答えが返って来たのです」
…川瀬さん、沙羅の真似似てないね。
「さぁ、どうなのですか!?」
「…………」
とりあえず黙秘する。
「お母さんのスカートを捲った事もある、という情報も入って来てるのです!」
…どこから入って来たんだろう。やっぱり、ぼくの身内かなあ。
「何とか言ってくださいなのです!!」
「…………」
ぼくは無言で、教室の窓から飛び降りた。



川瀬さんの追跡、と言うより猛攻からなんとか逃げ切り、ぼくは市内を歩いていた。
「学校サボっちゃったなぁ… まぁ、いいか」
せっかくだし、今日は市内をぶらぶらする事にする。全て川瀬さんが悪いのだ。決してこうなったのはぼくの意思ではない。
そうやって自分を正当化しながら、道を進んで行く。
しばらく歩いていると、この星丘市で最大の公園である星丘公園に辿り着いた。
ここに引っ越して来てからいろいろな場所に行ってみたが、この公園に来たのは初めてだ。
ぼくは公園の中をうろうろし始める。

その時、ぼくは『彼女』と出逢った。

海のように青い長髪を持った少女が、ベンチに座っていた。
歳はぼくと同じくらいだろう。少なくとも、外見上は。
そしてすぐに気付いた。『彼女』は、ぼくにしか視えていない。
そう、あのブリックヴィンケルと同じように。
ぼくは『彼女』に少しずつ近づいて行く。
そして『彼女』が、ぼくの存在に気付いた。
――あなた……。
『彼女』が眼を視張った。
――私の姿が、視えているの……?
「う、うん…」
――…そう。第三の眼ってやつを持ってるのね。
『彼女』はさほど興味なさそうにぼくを視た。
「…君は一体……?」
――ナンセンスね。解かってるんでしょう? それくらいの事。
「四次元存在…」
――その通り。解かってるなら私に用はないはずよ。さっさと消えて。目障りだから。
…なかなか手厳しい。
たが、まだ消える訳にはいかない。どうしても、訊かなくてはならない事がある。
「ねえ」
――…何よ。まだ何かあるの?
『彼女』がぼくを睨み付けた。
「君は、どうしてこの世界にいるの?」
――………!!!
『彼女』の表情が変わった。
――そんな事を聞いて、どうするのよ…?
「どうするつもりもないよ。ただ、気になるだけ」
――他人の事情に興味本位で首を突っ込まない事ね。ナンセンスよ。
「へぇ、言えないんだ?」
ちょっとだけ、挑発してみる。
――…………。
『彼女』の顔が一瞬、泣きそうな顔に変化した。
「え!? いや、え〜と、ご、ごめん。解からないんだよね。自分が何故、この世界にいるのか」
――…? ええ、そうだけど……。
その時、『彼女』は初めてぼくに興味を持ったようだった。



ぼくは簡単に『召還』のメカニズムを説明した。過去の再現による時間軸の錯覚。
――ふうん…。
「あとは、一体誰が君を呼んだのかが解かれば完璧だね」
――…………。
『彼女』はぼくを変な眼で視た。
――ねえ、あなたはどうしてそんな事を知ってるの?
…はて困った。
どう説明すればいいのか。
1から10まで説明するのは、あまりに難しい。
「う〜ん、簡単に言うと、ぼくは召還された四次元存在の器にされた事があるんだよ」
――…それはなかなか凄い体験ね。
「うん、自分でもそう思う」
『彼女』はぼくから眼を逸らした。
――召還のメカニズムについて教えてくれた事には感謝するわ。でも… もう私には構わないで。
「どうして?」
――決まってるでしょう? 私は独りが好きなの。いままで、ずっと独りだったんだから…。
ぼくは、『彼女』の顔が悲しみで歪んだのに気付いた。
誰にも気付かれず、『彼女』はずっとこの三次元世界をさまよっていたのだろうか。それは、どれだけ孤独なんだろう。
そして、『彼女』は誰がなんのために自分を呼び出したのかさえ、知らない。
「嫌だよ」
だから、ぼくはそれを拒否した。
「だって君、寂しそうにしてるから」
――………!!!
『彼女』はその青い髪とは対照的な、炎のような瞳でぼくを睨み付ける。
――あなたに… 何が解かるのよ……!
「少しくらいなら解かるよ。君は何故自分がここにいるか解からない。だから、恐い」
――…………。
『彼女』はうつむく。そして、言った。
――ええ、そうよ…! ある時私は突然この世界に召還された!! 右も左も解からないこの三次元世界に!!
この叫びは、ぼくにしか聞こえていない。だから、ぼくが聞かなきゃならない。
――お節介なあなたが偉そうに召還のメカニズムを教えてくれたけど… でも、結局誰が何のために私を呼んだのかは謎のままよ!!
『彼女』の眼から涙が流れた。
――それとも何!? あなたがその謎も解いてくれるっていうの!!?
「…………」
――何とか言いなさいよ!!
「…解かったよ」
――……え?
ここまで来たら、もう後には退けない。
「ぼくがその謎を解く。君のためにね」
――ちょ、ちょっと、本気で言ってるの…?
「勿論、本気だよ」
――…ナンセンスね。そんな事、出来るはずないじゃない……。
「やってみなきゃ解からないよ。ぼくの知り合いには、第三視点に詳しい人もいるしね」
――…………。
ぼくは、『彼女』の眼が変わったのに気付いた。
――本当に、そんな事が出来るの……?
「少なくとも、ぼくは出来ると信じてるよ」
――あなたは、どうしてそこまで……。
「君が言った通り、ぼくはお節介だから。きっと、父親譲りだね」
ぼくは軽く笑った。
――…バカみたい……。
「…それも、父親譲りなんだよね……」
今度は苦笑した。
――信じても、いいのね…?
「うん。どれだけ時間が掛かるかは解からないけど… ぼくは必ず謎を解く。約束するよ」
――…あなたの名前は?
「え? 倉成ホクト、だけど……?」
――ホクト。約束破ったら、承知しないからね……。
『彼女』が、初めてぼくに笑顔を見せた。



「ナ、ナポレオン!!?」
ぼくは叫び声を上げた。
『彼女』を視る事が出来ない周りの人から見れば、間違いなく危ない奴である。
だが、ぼくはそれどころではなかった。
「そ、それってどういう事なの!?」
――どういう事、と言われてもね……。
ぼくは何か謎を解くヒントを手に入れるため、『彼女』に召還された時の状況を訊いていた。
そしたら、いきなりナポレオンである。
――とにかく私が召還された時、そこでナポレオン・ボナパルトが死んでいたのよ。
ナポレオン・ボナパルト。フランス第一帝政の皇帝 。
義務教育を受けた事のある人間だったら、誰だって知っている名前だ。
「それは、本当にナポレオンだったの?」
――ええ、間違いないわ。
「そ、そう…」
早くもお手上げ状態だった。何故なら、ぼくはナポレオンについてほとんど何も知らないのである。
学校の授業で習った事があるかもしれないが、そんなものテストが終わればすぐ忘れてしまう。
「え〜と、ナポレオンと言えばたしか… 『我輩の辞書に不可能という文字は無い』……」
――はぁ……。
『彼女』が深く溜息をついた。
――ナポレオン・ボナパルト。1769年8月15日にコルシカ人貴族の子として生まれる。フランスで教育を受けパリ士官学校に入学し、16歳で少尉に任官。
「…ほう」
――1789年のフランス革命ではコルシカ独立運動に参加。そして、革命を妨げようとしたイギリス軍を見事討ち破って少将に。
「…ふ〜ん」
――だが、ボナパルト家はコルシカ島の完全独立を目指す指導者パオリと衝突し、1793年にフランスに亡命。
「…それはそれは」
――その後、国民公会軍の砲兵隊の指揮官に任命されたナポレオンは、1793年12月に反革命派の手中にあったツーロン港でイギリス・スペイン艦隊を撃破。
「…なるほど」
――さらに1795年、パリ市内ヴァンデミエールの反乱軍を鎮圧し有名になったナポレオンは国内軍最高司令官に。
「…ふむ」
――1798年にはエジプトに遠征。ナポレオンの軍隊は当時のエジプトを支配していたマムルーク族の大軍を撃破してカイロに入城したけど、アブキール湾に停泊していたフランス艦隊をネルソン率いるイギリス艦隊に発見され、砲撃によって全滅。
「…うんうん」
――それから約1年後の1799年、ナポレオンはブリュメール18日クーデターを断行し第一統領となる。
「…ほほう」
――そして、マレンゴの勝利とヴァチカンとの和解により反対派を抑え、1804年フランス皇帝に即位。
「…にゃるほど」
――1805年、ネルソン率いる艦隊にフランス艦隊が破れたため、ナポレオンが計画していたイギリス上陸作戦は挫折。ちなみに、ネルソンはこのトラファルガー海戦で死亡。
「…ふんふん」
――しかしこの後、ナポレオンは数多くの対外戦争に勝利。まさに絶頂期ね。
「…ふむぅ」
――だけど、1812年のロシア遠征は失敗。それにより、フランスの支配下にあった国々は一斉に反抗。
「…ほ〜う」
――1813年ライプチヒの戦いの敗北で没落は決定的となり、ナポレオンは捕らえられ1814年エルバ島に流される。
「…ライプリヒ?」
――ライプチヒ、よ。
「あ、そう」
――……?
「何でもないよ。気にしないで」
――ならいいけど…。じゃあ、続けるわよ。ナポレオンは1815年3月に島を脱出して性懲りも無く再び帝位に。
「…ふ〜む」
――6月16日のリニーの戦いでフランス軍はプロイセン軍を撃破するも、2日後のワーテルローの戦いでは敗北。
「…ははん」
――これにて『百日天下』は終了。ナポレオンは大西洋の孤島セントヘレナ島に流され、1821年、癌で死亡。
「…うむむ」
――どう? 少しはナポレオンについて理解は深まった?
「…………」
ごめんなさい。全然解かりませんでした。
「…まぁ、何とかしてみるよ」
――……何かもの凄く不安になってきたんだけど。
本当に、前途多難である。
――まったく…… ん?
『彼女』が顔をしかめた。
「どうしたの?」
――何か変なものが視えたんだけど… これは炎、かしら?
ぼくはその一言で全てを理解した。
この場から離れるため、僕は思い切り跳んだ。
「ふぅーーーーーーー!!」

ゴォォオオオオオオ!!

一瞬前までぼくがいた場所が、火の海に変わった。
「見つけたのです、ホクトさん! さぁ、覚悟してください!!」
…川瀬さん、『覚悟してください!!』って何?
「ふぅーーーーーーー!!」
川瀬さんが無色透明なガスを吹いた。
無色透明、という事は催眠ガスか超高濃度活性酸素である。
…催眠ガスだよね?
「躱さなきゃ死にますよ!」
ぼくは命の危機を回避するため、全速力で走り出した。
後ろでは木々がボロボロになり、次々と倒れてゆく。
「ちょ、ちょっと!? ぼくを殺す気!!?」
「気にしないでください! ぶっちゃけノリなのです!!」
倉成ホクト16歳。ノリで殺されかけてます。
――……あれは一体何?
いつのまにか、『彼女』がぼくの近くまで来ていた。
「ぼくにもよく解からないけど… 人間じゃないのは確かだと思う」
かなり酷い事を言ってる気がするが、これがぼくの本心である。
「アルルちゃんキック!!」
音速の蹴りがぼくを襲う。
蹴りそのものはなんとか躱したが、蹴りから放たれたソニックブームがぼく頬に切り傷を作った。
…って言うか、前より強くなってません?
――あの女の眼、正気じゃないわよ!?
「川瀬さんの眼はいつもあんな感じだよ!!」
カウンターでボディブローを叩き込む。浮き上がった川瀬さんの身体が地面に落ちる前に、さらに空中で跳び蹴りを打ち込んだ。
「ぐふぅ!!?」
そのまま吹き飛んだ川瀬さんとの間合いを一気に詰め、もう1発ボディブローを放った。
「ぐうぅ……」
川瀬さんが、呻き声と共に気を失った。
…サピエンスキュレイ種であるぼくがこれだけやっても気絶しただけである。
――だ、大丈夫?
「…なんとかね……」
これでぼくと川瀬さんの戦績は1勝1敗。出来る事ならこれ以上、『敗け』はもちろん『勝ち』や『引き分け』も増えて欲しくない。
「じゃあ、ぼくは川瀬さんが復活する前にこの場を離れるよ」
――そう……。
「じゃあね!」
――ホクト、約束ちゃんと護りなさいよ!
「うん!!」
ぼくはそう答え、ある場所に向けて歩き出した。



田中研究所。
目の前の巨大な研究施設を眺めながら、ぼくは1つの疑問を感じた。
(ここって、何の研究をしてるんだろう?)
かつてこの疑問を田中先生にぶつけて見たところ、
「次世代型研究よ」
と、まったく回答になっていない答えが返ってきた。
だが研究所、と言うからには何かを研究しているはずだ。
「普通に考えれば第三視点だけど…」
勿論、それもあるだろう。だけどこんな悪の秘密施設みたいなものを使っているのだ。それだけではないはず。
「ま、まさか!?」
いろいろ危険な考えが頭に浮かぶ。それと一緒に、田中先生が高笑いする姿を想像した。
「…………」
ぼくは考える事を止め、研究所の中へと足を踏み入れた。
受付で空港並みのチェックを受ける。それをクリアし、ようやく先に進む。
ちなみに、今日ぼくがここに来たのは当然『彼女』の召還について田中先生に聞いて貰おうとしての事だが、先生の居城であるここなら川瀬さんも追ってこないだろう、という考えもある。
1階を進んで行く。1階はチェックさえ受ければ誰でも自由に入れるエリアだ。
2階は一般人立ち入り禁止。
3階は田中先生とその側近である空と桑古木、そして研究所に存在するチームのリーダー達しか入る事は出来ない。
4階。田中先生しか入れない、謎のエリアである。
受付で聞いた話では、田中先生は1階でなにやら仕事をしているらしい。
助かった。いくらぼくが先生の知り合いでも、2階から上に入るのはいろいろ面倒なのだ。4階には絶対入れないだろうし。
ふとその時、ぼくの眼にあるモノが映った。

『拷問室』

「…………」
『何で研究所に拷問室があるんだ?』とか、『普通の人も出入りする1階にこんな部屋があっていいのか?』とか、様々なツッコミの声が心に響く。
「失礼しま〜す……」
でも入ってみた。1階だし、鍵もかかってなかった。問題ないはずだ。
中はもう外とは別世界だった。鉄の処女やら三角木馬やら、あまり言葉にしたくないモノがズラリと並んでいる。
壁に赤い文字(血文字でない事を願う)で、『春香菜さん、もう許してください〜』と書いてあった。
…怖ッ!!
さっさと出よう。瞬時にそう思った。
「せっかく川瀬さんを倒して作った時間、無駄にしちゃいけないよね…」
「川瀬亞留流か。彼女も君と同様、なかなか興味深いよ。ふふふふふふ…♪」



…ああ(涙)。



どうしてこの人に会ってしまったのだろう。しかもこんな場所で。
ぼくはゆっくりと後ろを振り向く。
そこには、白衣、眼鏡、薄笑いと嫌な三拍子が揃った女の人がいた。
黒沢逝狩。田中研究所医療チームのリーダー。
個人的には、一番医療に関わっちゃいけない人間だと思う。
「あ、あの… 逝狩、さん? どうして、さりげなく出口を塞いでるんですか?」
「大丈夫だよ。麻酔は無いが、痛いのは最初だけさ。ふふふふふふ…♪」
…会話のキャッチボールが出来てない。
それより、麻酔が無いのに痛いのは最初だけって事は、すぐ痛みすら感じなくなるという事だろうか。
「…………」
や、殺られる!!?
「さぁ、解剖だよ」
ぼくはとっさに頭を下げた。頭上を凄まじいスピードでメスが通過する。

ズバァァアアアンッ!!!

後ろにあった鉄の処女が、一瞬で真っ二つになった。
今の一撃は確実にぼくの首を狙っていた。もう解剖ですらない気がする。
ぼくは逝狩さんとの間合いを一気に詰めた。当たり前だが、むざむざ殺られる訳にはいかないのだ。
必殺のボディブローを放つ。
だが、

パァァン!

「ふふふふふふ…♪」
「そ、そんなバカな……!?」
逝狩さんは、それを素手で受け止めていた。
後ろに跳び、逝狩さんから距離を取る。
「…解剖の続きを始めるよ。ふふふふふふ…♪」
逝狩さんの口が、三日月のような形になった。
…万事休すか。
ぼくが諦めかけていたその時、
「逝狩ィィイイ!!」
誰かが、この拷問室に飛び込んできた。
その誰かは、今まさにぼくを解剖(本人談)しようとしていた逝狩さんを殴り飛ばし、ぼくを救った。
「ホクトッ! 大丈夫か!? まだ生きてるか!!?」
「か、桑古木……?」
そう、それは『ロ○コン』、『クワコギ』など様々な異名を持つ男、桑古木涼権だった。
「…やれやれ。何の迷いも無く女性である私を殴るとはね。君が倉成武を超えるのは一生無理そうだよ……」
逝狩さんがゆっくりと立ち上がる。桑古木に殴られた頬には大きな痣が出来ているし、見たところ顎も砕けているようだ。
「それは大丈夫だ。女がどうとかいう以前に、俺はお前を人間だと思ってない」
それにはぼくも同意する。
「ふふふふふふ…♪」
「ホクト、こいつは俺にまかせて早く逃げろ!!」
「そ、そんな!? 相手は逝狩さんだよ!!?」
「でもあいつはキュレイ種じゃない。戦力的には俺のほうが有利だ」
「桑古木……」
「大丈夫だ…! 俺は死なない!!」
か、桑古木が輝いてる!!?
ぼくはその姿に感動し、拷問室から出ようとした。
だがその時、ある事に気付いてしまった。
「ふふふふふふ…♪」
桑古木に殴られた時出来たはずの痣が、逝狩さんの頬から消えていた。
それどころか、砕けたはずの顎まで元に戻っている。
そして、どうやら桑古木もそれに気付いたらしい。
「お、お前… まさか、キュレイ種なのか……?」
その問いに対し、逝狩さんはいつもの薄笑いのまま、答えた。
「…確かに私は不老不死さ。だが、キュレイ種ではないんだよ」
…キュレイ種じゃないのに不老不死?
「お、おい… それはどういう……」
「君が知る必要はないよ、桑古木。私の秘密は、私と春香菜が知っていればそれでいい……」
逝狩さんの手に、突然1mくらいの長いメスが出現した。おそらく、折り畳んで白衣の中に隠していたのだろう。
「桑古木、君を解剖するよ。ふふふふふふ…♪」
「ち、ちょっと待て…!」
逝狩さんは目にもとまらぬ速さで桑古木との間合いを詰め、メスを振った。
「ぎ、ぎゃぁぁああああああ!!?」
その断末魔と、何か肉が斬られたような音が聞こえた瞬間、ぼくは拷問室から飛び出した。
…何か、今日は大変だなぁ……。



ドアをノックし、部屋の中に入る。
そこでは、田中先生と空が何やら作業をしていた。プリンターが次々と紙を吐き出している。
「あ、ホクトさん、こんにちは」
「こんにちは、空。何だか少し久し振りだね」
「ふふ、そうですね」
田中先生がぼくの方を向いた。
「あら、ホクト。随分遅かったじゃない。受付通ってからもうかなり時間経ってるわよ?」
「…逝狩さんと遭遇してしまったんです」
「…よく生きてここまで来れたわね」
「ええ。でも、尊い命が1つ失われました」
桑古木の断末魔がフラッシュバックする。ぼくはそれを無理矢理頭から追い出した。
「何だか解からないけど、大変だったみたいね」
「もう本当に。ところで、これは何をしてるんですか?」
「あ、これは桑古木の保険金… いえ、何でもないわ。忘れて」
…もしかして、あれは計画的犯行だったのか?
「ところでホクト、今日は何の用?」
「あ、実はですね…」
ぼくは『彼女』の事を田中先生と空に話した。
『彼女』が苦しんでいる事。ぼくは、それを何とかしたい事。
「…な〜んか、面倒な事を安請け合いしたみたいね……」
「大変ですねぇ、ホクトさん」
「それで、美人で優しい田中先生から何かためになるアドヴァイスを頂ければ、と」
「…ホクトさん、頭大丈夫ですか?」
…空、ぼくも必死なんだよ。
だけど田中先生は、このアホみたいな媚でいささか機嫌をよくしたらしい。
「よろしい!! ホクト、美人で優しいこの田中優美清春香菜が協力してあげるわ!!!」
空が何か可哀想なものを見るような目付きで、田中先生を見た。
「やれやれ… やっぱり倉成さんに似合うのは、知的で美しいこの私しかいませんね……」

ドゴォ!!

空の頭が床にめり込む。犯人は言うまでもないだろう。
「ねぇホクト、私ちょっと思ったんだけど…」
空を沈めた犯人は、まるで何事もなかったかのように語り始めた。
「その『彼女』とやらが見たのは、本当にナポレオン・ボナパルトだったのかしら?」
「どういう事です?」
「あの『第三視点発現計画』の時、ブリックヴィンケルは桑古木を倉成、ユウを私だと錯覚してたでしょう?」
「――!!? という事は……」
「そう。その『彼女』も、誰かをナポレオンだと錯覚していた可能性があるわ」
…それはそうだ。どうして気付かなかったんだろう。
「今、私から言えるのはこれくらいね」
「あ、ありがとうございます!!」
やっぱり何だかんだ言っても田中先生は凄いのだ。人の家にトレーラーで突っ込むような人だけど。
「あ、ホクト、ちょっと待っててね… 空、さっさと起きなさい」
「あぅ……」
田中先生は床に埋まっていた空を、無理矢理立ち上がらせた。
「な、何ですか? 先生」
「ホクトから『彼女』の容姿を訊いて、完璧な似顔絵を作成しなさい」
「そんな事をしてどうす――」
そこまで言った時、空の表情が微妙に変わった。
「まさか田中先生……」
「そのまさかよ」
「そ、そんな事が出来るんですか!?」
「さぁ? でも、やってみなきゃ解からないわ」
「田中先生……」
ぼくには2人が何を言ってるのか全然解からない。
「空、どうしたの?」
とりあえず空に訊いてみる。
「ホクトさん、田中先生はですね――」
「ダメよ、空。お楽しみは最後にとっておかなきゃ」
「あ、それもそうですね」
………?
さっぱり訳が解からなかった。
「じゃ、私はこれから4階にこもるわ。やらなきゃいけない事がたくさん出来たし。空、似顔絵作成お願いね」
「はい、解かりました」
「じゃあね、ホクト」
そう言って田中先生は部屋を出て行った。
「さて、始めましょうか」
空がどこからか何本かの色鉛筆を取り出す。
「う、うん… でも、これが何になるの?」
「ふふ、そのうち解かりますよ」
さらに、スケッチブックを取り出した。
「さてホクトさん、その『彼女』さん御顔で、一番特徴的なのはどこですか?」
「顔じゃないけど… 海の青みたいな色の髪が一番特徴的だね」
「マリンブルーヘアーですか。なるほど…」
こんな調子で数時間かけ、『彼女』の完璧な、本物と瓜二つの似顔絵を空は完成させた。
…結局、何に使うのかは教えてもらえなかったけど。



翌日。星丘高校。
「むむむむむ……」
ぼくは机に向かい、昨日作ったナポレオン年表を見ながら唸り声を上げていた。
「さ、沙羅さん… 今日のホクトさん、一体どうしたのですか……?」
「お兄ちゃん、昨日家に帰って来てからずっとあんな感じなんだよ… パパとママも心配してた」
「…なるほど。ついにホクトさんは人の道を踏み外してしまったのですね」
「ええ!? 何でそうなるの!!?」
「解からないのですか、沙羅さん。今のホクトさんの眼は人の眼ではありません。あれは化生の眼なのです」
「そんな…! お兄ちゃん……」
なにやら沙羅と川瀬さんが訳の解からない事を言っているが、今のぼくにそれを気にしている余裕はない。
昨日の田中研究所訪問で手がかりを掴んだのは確かだが、そこからまったく進まないのだ。
今ぼくに出来る事は、この年表と睨み合い、新たな手がかりを探す事だけだった。
「むむむむむ……!」
さらに唸る。
「くっ… もの凄い瘴気なのです……!」
「ド、ドアや花瓶が勝手に揺れ始めたでござる!?」
…なにやら教室中が騒がしいが、無論ぼくにそれを気にしている余裕はまったくない。
だがその時。

き〜んこ〜ん、か〜んこ〜ん……

チャイムがなった。
「ふぅ…」
仕方ない。ぼくは集中を解き、年表をしまって次の授業の準備を始める。確か世界史だったはずだ。
沙羅と川瀬さんがぼくを奇妙な目で見ているが、とりあえず気にしない事にする。
「は〜い、席について〜」
教室に先生が入って来た。
…って言うか、あなたは誰?
どう見ても、世界史の深鍋先生には見えない。
性別がまず違う。深鍋先生は男だったはずだ。
目の前の先生は眼鏡をかけ、長い髪を後ろでまとめた女性の先生だ。
教室がざわめく。特に男子。
…何だろう。あの先生、誰かにもの凄く似ている。
「え〜、世界史の深鍋先生は昨夜大きなメスを持った女に襲われ、全治8ヶ月の重傷を負い入院されましたので、私が代わりに授業を行います。名前は……」
そしてその先生は、黒板に大きく名前を書いた。

『タナカヤサビキヨシュンコウサイ』

…先生、凄く読み難いんですけど?
「『タナカ』が名字で『ヤサビキヨシュンコウサイ』が名前よ。ちゃんと覚えてね」
無理です。
「ね、ねぇお兄ちゃん、あの人ってどう見ても――」
「…沙羅、まずは相手の出方を見るんだ」
「う、うん…」
戦場での不用意な行動は死に直結する。別にここは戦場ではないけど。
「じゃあ、何か私に質問がある人いる?」
…まだぼくは動いちゃいけない。
「タナカ先生って、彼氏いるんですかー?」
男子生徒の1人が、そんな事を言った。
…さっきも言ったが、戦場での不用意な行動は死に直結する。
「フフフ…」
タナカ先生はその顔に笑顔を貼り付けたまま、チョークを投げた。
チョークは弾丸のようなスピードで男子生徒の顔を掠め、後ろの壁に着弾。破壊音が響いた。
…やはりNGワードだったか。
「…次は無いわよ?」
「イ、イエッサー!!」
「って言うか!!」
その男子生徒が軍人のように敬礼をしたのとほぼ同時に、川瀬さんが叫んだ。
「あなたはどう見ても田中優美清は――」
川瀬さんの額に、チョークが着弾した。
うわぁ、生徒虐待。
「あぅ!!?」
川瀬さんは額から血を噴き出しながら気絶。そしてタナカ先生は、彼女を窓から放り投げた。
「ふう、ゴミ処理完了」
…ちなみに、ここは4階である。
「か、川瀬がやられた!?」
「しかも一撃だったよ!!?」
「そんな事が人に可能なのか!?」
「ま、まさかタナカ先生が伝説の『白衣の女』!!!?」
再び教室がざわめく。
「は〜い、静かに。他に質問がある人は?」
…そろそろ、ぼくの出番だろう。
「はい、タナカ先生」
「何? ホクト君」
覚悟を決めた。
「何で、そんなに名前が長いんですか? そして、何故カタカナなんですか?」
凄まじいプレッシャーをタナカ先生が放つ。だが、負ける訳にはいかない。
「…それはね、私は日本人だけど生まれは外国なの。だから、長くてカタカナなのよ」
…物凄く適当な言い訳である。
「そうですか。ぼくはてっきり、名字が『タナカ』なんて平凡なものだから、お父さんが名前を奇抜なものにしたのかな、と思ってました」
「…そう」
プレッシャーが増した。
「…もう1つ質問があります」
「お、お兄ちゃん!」
…止めないでくれ、沙羅。
「何かしら?」
「タナカ先生はぼくの知り合いの35歳独身女性とよく似ていますが、親戚か何かなんですか? 名字も同じですし」

バキッ!!

教卓が砕けた。
「…いいえ。親戚でも、親子でも、双子の姉妹でも、もう1人の私でもないわ」
「そうですか。でもどう思います? 35歳で独身って」
「…………」
タナカ先生が怒りを押さえ込んでいるような、形容しがたい笑みを浮かべた。
「…哀れね」
「やっぱりそう思いますか」
やっぱりそう思ってましたか…。
「1人の男にこだわりすぎるなんて、愚かな事よね」
…誰もそんな事は言ってませんが。
「あらごめんなさい、目から汗が」
「…………」
何か、可哀想になってきたなぁ。
「ホクト君、後で体育館裏… じゃなくて、職員室に来なさい」
タナカ先生は仮面のような笑顔で、そう言った。
「さて、そろそろ授業を始めましょうか。教科書の136ページを開いて。今日は第二次世界大戦前後のドイツの歴史について学習するわよ」
…前回までは十字軍の歴史について学習していた気がするのですが。
「さてホクト君、ドイツ革命は何年かしら?」
ぼくは教科書を見て、答えた。
「1918年です」
「そうね。この革命により、皇帝ヴィルヘルム2世が退位し――」
タナカ先生が板書してゆく。一応、ノートに写した。
「さてホクト君」
「…何です?」
「アドルフ・ヒトラー率いるナチス党が議会に参加したのは何年?」
再び教科書を見る。
「1928年です」
「そう。1928年当時はたったの12議席だったんだけど、1930年9月の選挙ではなんと107議席、そして1932年7月には、第1党になって――」
先生の板書をノートに写す。
「さてホクト君」
「…今度は何ですか?」
「ヒトラーが首相に任命されたのは何年かしら?」
「え〜と… 1934年」
「それは総統に就任した年よ。首相に任命されたのは1933年。紛らわしいから間違えないようにね」
…って言うか、何でぼくばかり?
「さてホクト君」
ほら来た。
「ドイツ軍がソヴィエトに侵攻した、バルバロッサ作戦は何年?」
「…1941年です」
「そうね。この作戦でドイツ軍はソ連の奥深くまで侵攻したんだけど――」
…これは生徒イジメ?
「さてホクト君」
「何ですか…」
「ドイツ軍に占領されていたフランスを連合軍の手に奪還し、西方から反撃するための作戦であるノルマンディ上陸作戦は何年かしら?」
「1944年です…」
「その通り。これがドイツ無条件降伏へと繋がり、1945年4月30日アドルフ・ヒトラーは自殺」
…疲れた……。
「これ今度のテストに出るからちゃんと覚えておいてね。ホクト君、君は特に」



ぼくは疲れ果てた身体を引き摺りながら、公園の中を歩いていた。
謎の女教師(笑)、タナカ先生による質問攻めもその疲れの一因ではあるが、何よりの原因は4階から落とされた川瀬さんの復活、そして暴走だった。
「あの女ァ…! 今度こそ殺してやるのです!!!」
とか叫びながら、川瀬さんが校内で暴れまわったため学校は半壊。そのため、生徒達は緊急下校する事になった。あの学校ではよくある事だ。
血まみれのまま、炎や紫色の怪しい毒ガスを吹いて暴れる川瀬さんの姿は、まさに修羅だった。
――ホクト? どうしたのよ、その青少年に似合わない疲れ果てた表情は。
突然、『彼女』が現れた。
「うん… ちょっと人生に疲れて……」
――そう。ま、青春時代にはよくある事よ。
…よくある事なんだろうか?
――それより、謎解きは進んでる?
「あ、うん。少しずつだけど進んでる」
――あら、意外ね。まだ1日しか経ってないのに。
「昨日言った、『第三視点に詳しい人』のおかげだよ」
人生に疲れたのもその人のおかげだけど。
――それで、何が解かったの?
「それは…」
ぼくは『彼女』に、昨日田中先生から聞いた話を伝えた。
――つまり、私は何処かの誰かをナポレオンだと錯覚したのね?
「うん、その錯覚も召還の条件の1つだしね。そして、その何処かの誰かが君の召還に深く関わっているんだと思う」
――なるほどね……。
『彼女』の顔に笑顔が浮かんだ。
――凄いじゃない、たった1日でそこまで突き止めるなんて。
「いや、別にぼくは何もしてないんだけど…」
ぼくは田中先生から聞いた話を伝えただけであって、ぼく自身が何かを突き止めた訳ではない。
――それでも、よ。
「…そういうものなの?」
――そういうものなの。ありがとね、ホクト。
『彼女』の声が弾む。何だかとても機嫌が良さそうだ。
――ねぇ、ホクト。
「ん? 何?」
――これから、一緒に何処かへ行かない?
「へ?」
――私、この公園に来てから1度も外に出てないの。
「1度も外に出てないって… どれくらいこの公園にいたのさ?」
――そうね… 多分、17年くらいかしら。私はその間、ずっとあのベンチに座ってたの。
「じゅ、17年!!?」
17年。ぼくには想像も出来ないくらい、長い年月。
「どうして、ずっとここに居たの…?」
――どこへ行っても、私に気付いてくれる人なんていなかったから。だから、この公園の桜や紅葉が1番綺麗に視えるあのベンチで、ただ時の流れに身を任せていたの。
「…………」
『彼女』が一瞬、悲しそうな顔をした。だがそれもすぐ笑顔に変わる。
――でも今はホクトがいるから、あのベンチから離れるのも悪くないかも、と思ったのよ。
何だか解からないけど、少し嬉しかった。
「そういう事なら、行かせてもらうよ」
――ふふ、決まりね!
『彼女』が公園の出口に向かって飛び出す。
「あ!? ちょ、ちょっと待ってよ!!」



ぼくと『彼女』は商店街を歩いていた。
――こんな所に商店街が出来ていたのね…。
「前は無かったの?」
ぼくは少し小声で話す。さすがに、人の多いここで周りからは視えない『彼女』とおおっぴらに話すのは問題がある。
だが、そこらへんの事情は『彼女』も察してくれているらしい。ありがたい事だった。
――ええ、昔は長い道路があるだけだったわ。
「ふ〜ん… ん?」
その時、前方から猛スピードで何かが近づいて来た。
「ホクたーーーーーん♪」
その全速力でこっちに向かい疾走して来るものの正体は、ココだった。
「おお、ホクたん。こんな所で会うとは、なかなか奇跡的ですなぁ」
「…ここは市内で1番人が集まる所だから、会っても別に不思議ではないんだけどね。って言うか、ココ、学校はどうしたの?」
うちの学校は緊急下校となったが、普通はまだ授業中のはずだ。
「自主早退♪」
「……おい」
ツッコミを入れた。
ちなみに『彼女』はココの電波トークにより、完全に沈黙している。
「冗談だよぉ。今日は、創立記念日でお休みなの」
「ああ、なるほど。それで、こんな真昼間から商店街をうろうろしてるんだね」
「その通りなのです!!!」
ココは胸を張って言い放つ。別にそんな威張るような事ではないと思うんだけど。
「ところでホクたん…」
ココが『彼女』を視詰めた。
「この人は、だぁれ?」
――……ッ!!!?
『彼女』はぼくと初めて逢った時のように、眼を視張った。
――この子も、第三の眼を……?
「あ、そうか、言ってなかったっけ。彼女は八神ココ。ぼくなんかよりずっと精密な、第三の眼の持ち主だよ」
――そう、なの……。
少しの間、ココと『彼女』は視詰め合っていた。
そして、突然ココはぼくの方を向き、
「ねぇ、ホクたん。ホクたんはこの人とデートしてるの?」
と、言った。
――なっ!!?
「えぇ!?」
『彼女』は何故か、顔を真っ赤にして慌てふためいた。
――デ、デート!? そ、そういう訳じゃないんだけど、とりあえず一緒に散歩と言うかっ……!!!
「世間一般では、そういうのをラヴデートと言うんですよ」
――えぇええ!!?
…ココ、無邪気な笑顔でとんでもないウソを言わないでよ。
「わ〜い、わ〜い♪ ホクたんが浮気、ホクたんが浮気ぃ♪」
「コ、ココ!!? 公衆の面前でそういう事言わないでよ!! 優の耳に入ったら、ぼく殺されるよ!!!?」
この前のビラ事件のような事は、もう2度と御免である。
――…『浮気』? 『優』?
『彼女』は何故かその言葉に反応し、怪訝そうな表情でぼくとココを視た。
「知らないの? ホクたんには、恋人さんがいるんだよ?」
――えぇええぇええ!!!?
『彼女』が大声で叫んだ。もっとも、どんなに大きな声でもぼくとココにしか聞こえないけど。
――ちょ、ちょっとそれ本当なの!?
「え? う、うん。まぁ……」
ぼくは『彼女』の気迫に押され、数歩後退りした。
――そんな… ナ、ナンセンスよ……。
何故か『彼女』はショックを受けたらしい。ぼくに恋人がいるのはそんなに意外な事だったんだろうか。
「ホクたん、たけぴょんと同じ道を歩んでるねぇ♪」
ココの言葉の意味はよく解からなかったが、それがあまりいい事ではない、という事はなんとなく理解した。
「ほら、お姉ちゃんも元気出して」
――お、お姉ちゃん? 私はあなたのお姉ちゃんじゃないんだけど…。
「いいんだよぉ。お姉ちゃんがいない人はお姉ちゃんっぽい人の事を、お姉ちゃんって呼んでいいんだよ。ロゼッタストーンにそう書いてあるもん」
「か、書いてあるの?」
ぼくは『彼女』に訊いた。
――…書いてある訳ないでしょう……。
…そりゃそうだ。
「ところでホクたん…」
「ん? 何?」
「なっきゅから聞いたんだけど、ナポレオンさんの事調べてるって本当?」
「あ、うん。本当だよ」
ぼくは鞄の中から例のナポレオン年表を取り出し、ココに渡した。
「ちょっとした事情で、そんなものまで作って調べてるんだけど、これがなかなか…」
「ねぇ、ホクたん。これ違うよ?」
「…へ?」
ココは年表をぼくに見せる。それは今日の授業で書いた、第二次世界大戦前後のドイツ年表だった。
どうやら、ぼくは年表を間違えてココに渡してしまったらしい。
「あ、それじゃないや……」
そんなぼくの様子を見て、ココが言った。

「きっと、似てたから間違えちゃったんだね」

何かが、ぼくの頭の中を走った。
「――!」
似ていたから間違えた。それはそうだ。だってそれが、召還の条件なんだから。
――ホクト、どうしたのよ?
『彼女』がぼくの顔を覗き込む。
「…君の召還について、大きな手がかりを掴んだかも知れない」
――……え!? ど、どういうこと!?
「今はまだ何とも言えないけど… とにかく、家に帰って調べてみるよ」
――そ、そう…。
「それじゃココ、また今度ね!」
そう言ってぼくは年表を鞄にしまい、家に向かって走り出した。
「ホクたん、頑張ってね〜♪」
そんな声が、ぼくの背中に届いた。



「ただいま!」
「おかえり、ホクト…って、そんなに急いでどうしたのよ?」
「何か、全力疾走してきたみたいだな」
みたいも何も、全力疾走してきたのである。
そのままぼくはスピードを落とさず、お母さんとお父さんの間を通り抜け、自分の部屋に飛び込んだ。
「な、何だったの…?」
「…俺にもよく解からんが、今のホクトの眼は間違いなく漢の眼だった」
「そ、そう…?」
部屋の外の声を完全に無視し、ぼくは机の上にナポレオン年表と第二次世界大戦前後のドイツ年表を広げた。

フランス革命は1789年。ドイツ革命は1918年。
その差は129年。

ナポレオンのクーデターは1799年。ナチス党が議会に参加したのは1928年。
その差は129年。

ナポレオンが皇帝に即位したのは1804年。ヒトラーが首相に任命されたのは1933年。
その差は129年。

ナポレオンのロシア遠征は1812年。ヒトラーがソヴィエトに侵攻したのは1941年。
その差は129年。
ロシアの冬将軍により苦しめられるあたりもそっくりである。

ナポレオンが帝位を失う事になったワーテルローの戦いは1815年。ドイツの無条件降伏へと繋がったノルマンディ上陸作戦は1944年。
その差は129年。
しかもこの2つは、かなり近い場所で行われているようだ。

…間違いない。歴史が再現されている。
『彼女』の召還は、これが原因だったのだ。
「ん? でも待てよ…?」
『彼女』は自分が召還された時そこでナポレオンが死んでいた、と言った。
それはつまり、ヒトラーが死んだ時に『彼女』が召還された、という事だろう。
だが、セントヘレナ島でナポレオンが死んだのは1821年。ヒトラーが自殺したのは1945年。
その差は124年。ここだけは歴史の再現ではないのだ。
なら、ヒトラーの死の瞬間に『彼女』が召還されるはずはない。
「ああ! 一体どうなってるんだよ!?」
ぼくは頭を抱える。肝心な所だけが、はっきりしていないのだ。
途切れた環は、まだ繋がっていない。



翌日。
今日は休日だが、ぼくは頭を働かせる以外にする事がなかったので、気分転換を兼ねて市内を散歩する事にした。
川瀬さんと遭遇、という危険性があるけど、家にいても仕方がないのだ。
「あら、ホクトじゃない」
突然、声をかけられた。最悪の可能性が頭をよぎったが、声も口調も川瀬さんのものではない。
「優……」
その声の主はぼくの恋人、優――田中優美清秋香菜だった。
「何やってるのよ、こんな所で」
「ちょっと散歩をね。そう言う優は何してるのさ?」
「私も散歩よ。お母さんは家に帰って来ないし、ヒマでヒマでしょうがないったら」
「ふ〜ん……」
そういえば、4階にこもるって言ってたっけ。
…学校に来てたような気もするけど。
ぼくがそんな事を考えていると、優がぼくを変な眼で見ていた。
「な、何?」
「…その様子じゃ、例の『彼女』の召還の謎はまだ解けてないみたいね」
「え!? ど、どうしてそれを知ってるの!?」
「お母さんが電話で教えてくれたのよ。この散歩も、気分転換のためなんでしょ?」 
「う……!」
優は意地の悪い笑みを浮かべ、
「図星ね?」
と言った。
なんだか気に入らなかったので、出来る限りの反論を行う事にする。
「確かに全ての謎が解けた訳じゃないけど、もうかなりいいとこまで来てるんだよ。あと一押しって感じだね」
「え? そうなの?」
「うん、実はね――」
ぼくは優に、ヒトラーに関する歴史がナポレオンに関する歴史の再現である事を話した。
そして、何故『彼女』はヒトラーの死の瞬間に召還されたのか。それが最後の壁になっている事も伝えた。
「という事なんだけど…」
「…………」
優は無言で考え込んでいたが、すぐ何かに気付いたらしい。
そして、ぼくに告げた。
「…ホクト、アドルフ・ヒトラーにはね――」



その優の言葉は、最後の壁を粉々に打ち砕いた。
「ゆ、優… それ、本当なの?」
「本当かどうかは知らないけど、そんな話を本で読んだ事があるわ。もし、これが事実だったとしたら…」
「ヒトラーの死の瞬間に『彼女』が召還された理由も、説明する事ができる…」
これで、すべての謎は氷解した。
「ありがとう、優。助かったよ!」
「いえいえ、どういたしまして。それで、すぐこの事を『彼女』に教えに行くの?」
「うん、早いに越した事はないだろうから」
「そう…」
優は何故か、1つ溜息をつく。
「…? どうしたの?」
「まったく、カエルの子はカエルよね…」
「え?」
「…気にしないでいいわよ。さ、早く行ってらっしゃい」
「う、うん… 優、ホントにありがとう!」
そう言ってぼくは優に背を向け、星丘公園に向け駆け出した。
「…つぐみの苦労が、ちょっとだけ解かった気がするわ……」
その呟きは、ぼくに届かなかった。



星丘公園。
――ちょ、ちょっとどうしたのよ、そんなに息切れして…。
ぼくは全力疾走で、『彼女』の座っているベンチまで走ってきた。
「…君の召還の謎が、全て解けたんだ……」
――え?
ぼくは何とか息を整え、『彼女』の眼を視る。
――ど、どういう事!?
「どういう事って… そのままの意味だよ」
『彼女』は愕然としたような表情を浮かべ、ぼくに言った。
――…訊かせて。
「もちろんそのつもりだよ。そのためにここまで走ってきたんだからね」
ぼくは例の年表を鞄から取り出し、『彼女』に見せる。
「ほら、この印が付いてる所を見て。全部年代差が129年なんだよ」
――という事は……。
「うん、歴史が再現されてる。それで君は錯覚を起こし、この三次元世界に召還されたんだよ」
ぼくは年表を鞄にしまった。
「前にぼくが四次元存在の器になった時は7日間の再現だったんだけど、これは何十年もの長い年月が再現されてる。だから君はより強い錯覚を起こし、四次元世界に帰れなくなったんじゃないかな」
――…………。
『彼女』は少し考え込み、
――…でもそれだと、何故私がヒトラーが死んだ瞬間に召還されたのかが説明できないわ。
と、言った。
「うん、ぼくも1番それに悩んだんだ」
ぼくは笑みを浮かべる。それに悩んでいたのは、もう過去の話だ。
「『ヒトラー逃亡説』って知ってる?」
――え? ええ… その名の通り、ヒトラーは自殺したのではなくどこかに逃亡した、っていう説よね?
「うん。優が教えてくれたんだけど…」
優の名前を出したら、何故か『彼女』は顔をしかめた。
「な、何?」
――…何でもないわ。続けて。
「う、うん…」
ぼくは話を続ける。
「そのヒトラー逃亡説の1つに、ヒトラーがアルゼンチンに逃げた、というのがあるんだ」
――それで?
「そしてそれによると、ヒトラーは1950年にアルゼンチンで死んだらしい。死因は多分、当時は治療法がなかったパーキンソン病だと思う」
――…ちょっと待って、1950年?
『彼女』も、それに気付いたらしい。

「そう、1950年。ナポレオンの死からぴったり129年後だよ。そして、君がこの世界に召還された年だ」

これが、『彼女』の召還の真実。
――そう、だったの…。
「でも、ヒトラー自身の意思でここまで歴史を再現するのは不可能だと思う。そしてそれがヒトラーの意思じゃないなら…」
――歴史をコントロール出来るほどの、もっと大きな存在の意思……。
「そういう事になるんじゃないかな。さすがに、それが何者かは解からないけどね」
そいつはきっと、神様みたいな奴なんだろう。
でも、そいつは一体何のために『彼女』を召還し、こんな辛い目に合わせたんだろうか。
しかし、『彼女』の口から意外な言葉が出た。
――ちょっとは、その神様みたいな誰かさんに感謝しないとね……。
「え、どうして!? そいつのせいで君は84年も苦しんだんだよ!?」
――だって、あなたに逢えたじゃない。
「え…?」
――今の幸せに比べれば、過去の苦しみなんて小さいものよ。
「…………」
それは、ぼくも解かってる。
だってぼくも、過去の苦しみと今の幸せを持っているから。
「でも… ぼくと逢えた事はそんなに幸せな事なの?」
『彼女』はその言葉を聞いた途端、呆れたような表情をし、1つ溜息をついた。
――…あなた、よく鈍感だとか言われない……?
「沙羅… 妹から四六時中言われるけど、どうして解かったの?」
――い、妹ぉ!!!? ナ、ナンセンスよ……。
一体、何がどうしたんだろう。
――ま、まあいいわ…。
『彼女』はぼくに笑顔を見せた。
――ありがとう、ホクト。私のために頑張ってくれて。
「ぼくだけじゃないよ。いろんな人が手伝ってくれたんだから」
――ふふ、そうね…。
『彼女』はそう言って、少し悲しそうな表情をした。
――出来る事なら、その人達とも話をしてみたかったわ……。
「…………」
器を持たない『彼女』に、それは出来ない。
「君は… これからどうするの?」
――ふふ、どうしようかしら… さすがに、もうここにいるのにも飽きたし……。
そう言って、『彼女』はぼくに背を向けた。
――また独りになるのも悪くないかもね。確かに独りは寂しいけど、悲しくはないから。
「え……?」
――だってそうでしょう? 私は恩人であるあなたと握手をすることさえ出来ない。それは私にとって、とても悲しくて辛い事なの。
「そんな…」
『彼女』はゆっくりと、公園の出口へと向かって行く。
――じゃあね、ホクト。何度も言うけどありがとう。悩み事が消えたおかげで、これからは気分よく暮らせそうよ。
そう言って『彼女』はこの公園、そしてぼくの目の前から消え…

ギュォォオオオ!!!

…なかった。否、消える事が出来なかった。
何故なら凄まじいスピードで1台のトラックが、『彼女』が向かおうとしてた公園の出口から突っ込んで来たためである。
――な、何!!?
「な、何!!?」
ぼくと『彼女』が同時に叫ぶ。
そのトラックはドリフトしながら、『彼女』の身体を通り抜けた。
――きゃああぁぁあああ!!!?
『彼女』が悲鳴を上げる。
無論、実体を持たない『彼女』が轢かれる事はないが、さすがにいきなりトラックが突っ込んでくれば誰だってそうなるだろう。
そしてそのトラックは派手にタイヤを鳴らし、ぼくの34cm手前くらいで急停止した。
――ホ、ホクト! 生きてる!?
「な、何とか…」
…寿命が17年くらい縮んだ気がする。
――…私、初めて自分に実体がない事を感謝したわ……。
実体があったら、間違いなくミンチになっていただろう。

バァン!

トラックの助手席側のドアが開き、2人の人間が転がり落ちた。
「田中先生に桑古木!!?」
2人は地面を転がりながら、苦悶の表情を浮かべ呻き声を上げている。あのトラックに乗っていればそうなるだろう。
…って言うか、桑古木生きてたの?

バァン!

今度はもう一方のドアが開く。
「ふぅ……」
やけにいい笑顔の空が、運転席から出て来た。
…何も言うまい。
「…あれ? ホクトさんじゃないですか」
ぼくが見えてなかったの!!?
「危なかったですね… もう少しで轢いてましたよ」
…………。
「だ、誰よ… 空に運転任せようなんて言ったのは……」
「お前だろ… 連日徹夜で疲れてるから、って……」
「ならあなたが運転すればよかったでしょう……」
「俺も疲れてたんだよ… でも、こんな事になるとは……」
田中先生と桑古木は、よろよろしながら立ち上がった。
「あら、ホクトじゃない」
「お? 何だ、捜す手間が省けたな」
しかし、さすがはキュレイ種。あっという間にいつもの調子まで回復したようだ。
「田中先生… 一体どうしたんですか?」
「あなたと『彼女』に用が有ってね。それで、『彼女』は今ここに居るの?」
「…さっき轢きましたよ」
「……まぁ、実体が無いなら大丈夫よね」
先生は苦笑いを浮かべた。
その『彼女』は、ココの時と同じく展開に付いて行けず沈黙している。
「空、桑古木。あれを早く降ろしなさい」
空と桑古木は返事と共に、トラックの荷台に積まれていた荷物を地面に降ろした。人が1人入るくらいの、大きなダンボール箱だ。
「何です? これは」
「ふふ、とっておきのプレゼントよ」
そう言って、田中先生はダンボール箱の蓋を開けた。
そこには、
「これは…?」
『彼女』そっくりの、人形が入っていた。
「似顔絵を参考に、空の身体の試作品を流用して作ったの。もしかしたらこれを器に出来るんじゃないか、と思ってね」
「な……!?」
――え……!!?
ぼくと『彼女』は驚きの声を上げた。
「そ、そんな事が出来るんですか!?」
「空も同じ事を言ったけど… 私は出来ると思ってるわ。空に命が宿ったのと同じように、ね」
「田中先生……」
ぼくは『彼女』の方に向き直る。
「だってさ。成功するかは解からないけど、やってみようよ」
――…どうして……。
『彼女』は俯いたまま、言った。
――どうして、あなた達は私のためにそこまで……。
顔を上げる。その顔は、涙で濡れていた。
「ふふ、意味の無い質問だね。そんなの当たり前じゃないか」
――…そう……。
『彼女』は涙を拭き、ぼくを視て微笑んだ。
――私、やってみるわ。
「うん、頑張って」
――ええ。
『彼女』は少しずつ人形に近づいて行く。
そしてその姿が、人形に吸い込まれるように消えた。
「…………」
僕達は緊張しながら、その人形を見詰める。
その時、人形の瞳に光が宿った。
「ん……」
そしてそれは、もう人形じゃない。
『彼女』は上半身を起こし、手を握ったり開いたりした。
そのまま立ち上がろうとして、
「ふぇ!!?」
転んだ。
「だ、大丈夫!?」
「え、ええ……」
何とか起き上がろうしているが、なかなかうまくいかないらしい。
「身体のバランス調整と、歩行訓練もしなきゃね」
田中先生が呟く。
「ま、うまくいってよかったわ」
『彼女』が田中先生を視て、言った。
「あ、ありがとう…」
「別にお礼なんていいわ。私はね、バットエンドが嫌いなの。だからやっただけよ」
田中先生がそっぽを向いた。照れ隠しなのがバレバレである。
「ふふ…」
ぼくはそんな田中先生の姿に少し笑いを漏らした。
そして、『彼女』に近づき、
「ほら」
手を伸ばした。
「え…?」
「さっき言ってた握手も兼ねて、ね?」
「う、うん…」
何故か『彼女』は顔を紅くし、ぼくの手を握った。
「よいしょっと……」
一気に引っ張り上げる。
ふらつきながらも、何とか『彼女』は立ち上がった。
「いい雰囲気ですね、ホクトさんと『彼女』さん」
「ホクトに自覚はないんでしょうけどね… ユウが見たら狂乱するわよ」
…いい雰囲気って、何の事だろう。
「さて、ホクト」
「何ですか? 田中先生」
「その子をいつまでも『彼女』って呼ぶ訳にもいかないでしょうから、あなたが名前を考えなさい」
数秒間硬直した。
「ええ!? ぼくが考えるんですか!?」
「そうよ。あなたもそれでいい?」
田中先生が『彼女』に訊く。
「ええ、かまわないわ」
何だかちょっと嬉しそうだ。
しかし、名前。どうしたものか。
「あんまり深く考えずに、パッと決めればいいのよ」
「う〜ん… あ!」
1つ思い付いた。
「じゃあ、『フルート』っいうのはどうかな?」
「フルート? 楽器のか?」
田中先生の拳が桑古木に突き刺さる。
「違うわよ… ホクトが言ったフルートは『Flut』。ドイツ語で潮とか波とか、そんな意味の女性名詞ね。あの綺麗な海色の髪から連想したんでしょう」
「その女性名詞ってのは何だ?」
「ドイツ語の名詞には性別があるの。Flutは女性なのよ」
田中先生はぼくを見て、
「ま、つぐみの子にしては、なかなかよかったんじゃない?」
と言った。
…先生、お母さんの耳に入ったらただじゃすみませんよ。
「フルート。私の名前、か……」
『彼女』――フルートは青空を見上げた。
「何か、夢みたいね… 私はこのたった数日でホクトと知り合い、身体と名前を手に入れた。ホント、信じられないわ」
そして、ぼくに言った。
「何度も何度も言うけど、ありがとう。あの日あなたと出逢わなかったら、私は永遠に独りだったかも知れない」
そう言ってフルートはぼくに近づこうとし――

「ふぇ!!?」

――バランスを崩した。
「危ない!?」
とっさにぼくは彼女を支える。
そのため、フルートがぼくに抱き付くような形になった。
その時。
「あぁーーーーーー!!!?」
聞き覚えのある絶叫が、耳に飛び込んできた。
「…何か、いかにもお約束な展開ね」
「そうですね」
「そうだな」
先生達の言葉を受け、ぼくは声が聞こえてきた方向を見る。
そこには、3つの影。

間違いなく、勘違いし怒っている優。
何か魂が抜けちゃってる沙羅。
もの凄い笑顔でカメラのシャッターを連打している川瀬さん。

ぼくが彼女達を見た瞬間、優はぼくの方向に、川瀬さんはその反対方向に跳んだ。
優はぼくを断罪するため。川瀬さんはぼくから逃げるため。
…まずい。
「ホクト! 覚悟は出来てるわね!?」
「ちょ、ちょっと待ってぇ!! 誤解誤解誤解!!!」
「何が誤解なのよ!?」
「転びそうになったのを支えたらこうなったんだよ!!」
優はまったく聞く耳を持たず、ぼくに襲いかかろうとした。
だが、
「止めなさい、ユウ。ホクトが言ってる事は事実よ」
田中先生が優を止めた。
「お母さん!? 何でここに… いやそれより、ホクトが言ってる事は本当なの!!?」
「ええ」
「空は!?」
「私も見ました。ホクトさんが仰ってる事は事実です」
「そ、そう…」
何とか優の怒りは収まったらしい。助かった。
「…俺は無視か……」
無視である。
「じゃあホクト、私はあの小娘をボコボコにしてカメラを奪ってくるわ」
「え、いいんですか?」
「ええ。徹夜で溜まったストレスを発散するためにもね」
そう言って田中先生は川瀬さんを追って行った。
…川瀬さん、死なないように頑張ってね。
「で?」
優がぼくを睨む。
「あなた達はいつまでくっ付いてるのかしら?」
収まったはずの怒りオーラが、再び放たれ始めた。
「そ、そうだ… 大丈夫? 歩けるの?」
「な、何とか… ふぇ!?」
そう言ってフルートは再びバランスを崩し、さっきよりも強くぼくに抱き付いた。
…後から聞いた話だが、この時フルートはぼくには見えない角度から優に向け、ニヤリと笑ったらしい。

ブチィ!!

優から何かが切れた音がした。
耳ではなく、精神に聞こえてくる音だ。
「そこのあなた… 覚悟はいいわね?」
優は一瞬で、フルートを吹き飛ばす。
…動きがまったく見えなかった。
そしてそのまま、さっきまでのフルートのようにぼくに抱き付いた。
「ゆゆゆ、優!!?」
「何、嫌なの?」
「い、嫌じゃないけど!!!」
…心臓がバクバクいってます。
「じゃあいいじゃない。私達は『コ・イ・ビ・ト』同士なんだし」
…後から聞いた話だが、この時優はぼくには見えない角度からフルートに向け、ニヤリと笑ったらしい。

ブチィ!!

フルートから何かが切れた音がした。
耳ではなく、精神に聞こえてくる音だ。
フルートはゆっくりと立ち上がり、ぼく達に歩み寄って来る。
…歩けないんじゃなかったっけ?
「あなた…」
「何か文句でもあるの?」
…どうしてこんな状況に?
ぼくは助けを求めるため、周りを見回す。
だが。
(に、逃げられた…)
空と桑古木は、どこかに消えていた。
「ふふふふふふ…♪」
まるで2人は逝狩さんのような笑いを浮かべ、睨みあっている。
…このままじゃまずい。
ぼくの本能が、そう告げていた。
その時。
「お兄ちゃんの…!」
沙羅が、凄まじいスピードで走ってきた。
「バカァーーー!!」
…どうやら、さっきの事をまだ勘違いしているらしい。
合気道3段、空手3段、剣道2段、弓道2段、伊賀流忍術7段の全てを集束した一撃が、ぼくに放たれる。
「甘い!」
だがぼくはそれを躱した。いつも様々な人から攻撃され、それを躱し続けているぼくの戦闘反射だった。
その結果。
「きゃああ!!?」
沙羅の一撃は、優にヒット。
彼女は放物線を描きながら、向こうの茂みに消えた。
沙羅は自分の攻撃が優に命中した事にも気付かず、
「お兄ちゃんのドスケベ! 女たらし!! ムッツリ!!! エ<以下検閲削除>」
と叫びながら、走り去って行った。
「……はっ、優は!?」
ぼくは優を捜し始める。
そして、茂みの中で気絶していた彼女を見つけた。
「どうやら、命に別状は無さそうだね…」
ぼくは、優を起こそうとした。
「待って。せっかく気持ちよさそうに眠ってるんだから、このままにしておいてあげましょうよ」
フルートが、そんな事を言った。
…気持ちよさそうかなぁ?
「それに、今はあの走り去った子を捜す方を優先するべきじゃない?」
「…確かに……」
あんな事を叫びながら走り回られるとさすがに困る。
「じゃ、決まりね」
フルートは歩き出した。
「まずはあの商店街の辺りから捜してみましょうよ」
「そんな人が多い所には行かないと思うけど……」
だがフルートはぼくに微笑む。
「いいの。今の私には、こんな事も出来るしね」
「え?」
フルートはぼくの手を握る。
そしてそのままぼくの手を引き、公園の出口に向け走り出した。
「さあ、行くわよ!」
「わ! ま、待ってよ!」
ぼくもしっかりとその手を握り、駆け出した。





あとがき風なもの
あー疲れた。
第一声がそれか、って感じですが、本音です。
このSSを書くためだけに歴史の勉強をし、ドイツ語の勉強をしましたから。もう、大変大変。
当初よりも随分とラヴくて長い話になりましたが、どうだったでしょうか。
…え? 優秋が可哀想? 知りません。

さて次回は、現在第4話の途中まで書いている女神転生MIXSSになるでしょう。
これも、長くなりそうです。

それでは。


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