走れ、報道クラブ! 作 大根メロン |
『あ〜、本日ハ晴天ナリ、本日ハ晴天ナリ』 突然、聞き慣れた声が教室のスピーカーから聞こえて来た。 『報道クラブ部員の倉成ホクトさんと倉成沙羅さん、緊急事態なのです。大至急、報道クラブの部室に来てくださいなのです』 そして、放送が切れる。 「…お兄ちゃん、いつから拙者達は報道クラブ部員になったのでござるか?」 「……さぁ?」 とりあえず、ぼくと沙羅は星丘高校の地下119mに存在する報道クラブの部室に来ていた。逃げる事も出来たが、そうすると後が怖い。 「…来たのですね」 川瀬さんのシリアスっぽい声が響く。 部室には円卓があり、椅子が12個並んでいる。そしてそこに、川瀬さんを含めた10人の部員が座っていた。 とりあえず、ぼくと沙羅は空いていた2つの椅子に腰を下ろした。 …なんか、どんどん状況に流されてるような気がする。 「では部長代理。我々、報道クラブ幹部クラスを招集したのは何故かな?」 部員の1人が、川瀬さんに言う。 …って、幹部クラス!? いつからぼくと沙羅は報道クラブの幹部に!!? 沙羅もぼくと同じく驚いてる様子だ。だが、この部室の雰囲気の中ではツッコミも入れ辛い。 「…数日前、1隻の船が秘密裏にアメリカ大陸から沖縄へと向かっていました」 川瀬さんの声が部室に響く。 「その船の名は『レムリア』。大型豪華客船に擬装したアメリカの最新鋭軍艦なのです。それが… 航行中に田中研究所によって奪取されました」 ……は? 今、なんと? 「…それは真か、部長代理よ」 「はい。田中研究所に送り込んだスパイから得た、確かな情報なのです」 …何をやってるんですか、田中研究所――いや、田中先生。 「レムリアにはファーストホーク・ミサイルやOSL(衛星軌道レーザー)のみならず、新型弾道ミサイルまで搭載してるのです。それが田中研究所の手に渡ったとなると、我々報道クラブにとっては大きな問題なのですよ」 「そうですねぇ、これ以上敵の戦力増強を許す訳にはいきません」 幹部の1人が、眼鏡を押さえながら言う。 「って、ちょっと待って」 ぼくは思わず声を出した。 「どうしたのですか、ホクトさん?」 「そのレムリアはアメリカの艦なんでしょ? それを奪ったとなると、国際問題とかになる気が……」 さすがの田中研究所も、そうなると少しまずいんじゃないだろうか? 「兵器をタップリ積んだ艦を秘密裏に沖縄に向かわせていた訳ですから、アメリカも表沙汰にはしたくないのですよ」 …なるほど、ディープだ。 「さらには、この間のICBM発射未遂事件。あれをネタに田中研究所が圧力をかけているのです」 うわぁ……。 「納得出来ましたか?」 ぼくは無言で頷いた。 「それでどうするんだい、部長代理。当然、見過ごすつもりはないんだろう?」 「無論なのです」 「…考えを訊こう」 幹部達の視線が川瀬さんに集まる。 「現在、レムリアは星丘海岸から340kmほど離れた海上に停泊中なのです。そこで……」 部室から、あらゆる音が消えた。 「レムリアを襲撃し、これを奪取するのです。田中研究所がそうしたように」 …何となく、ぼくはそう言うだろうと思っていた。川瀬さんの性格からして。 再び部室に音が満ちる。 それは、ザワザワとした喧騒。 「…可能なのか?」 「星丘高校報道クラブに不可能はないのです。それに、ちょうどいい機会じゃないですか」 川瀬さんが不敵な笑みを浮かべる。 …嫌な笑みだ。本当に、嫌な笑みだ。 「星丘市の連中は諜報班壊滅以来、この報道クラブの存在を忘れ切っているのです。ならもう1度、あの連中の平和ボケした脳みそに刻み込んでやろうじゃありませんか。この、星丘高校報道クラブの名を」 幹部達の顔が、変わる。 「本当にいい機会なのですよ。修行の旅に出た妖眼さん、界陽さん、迅徒さんの捜索も順調なのです。再び、あの四天王が復活する日も近いでしょう」 幹部達から歓声が上がった。 「そこにレムリアが揃えば我等に敵はなし、か?」 「残念ながら、そうとはいえないのです。あのクソ憎たらしい女が率いる田中研究所は、なかなか手強いですから」 「でも、市の連中に僕達の権威を示すには十分だよね!」 「ええ、そういう事なのです」 川瀬さんが笑って答える。 …ぼくと沙羅は、完全に話から置いて行かれてるなぁ……。 「それで、どれほどの部隊で襲撃を仕掛けるのだ? 良ければ、私の実働班エクスキューターズを動かすが……」 「なら、私の所のアサシン部隊も動かしましょう。それなら――」 「いえ、お気持ちは嬉しいのですが… あまり大規模な部隊を動かすと、敵に勘付かれるかも知れないのですよ。なので、小規模でやりたいと思うのです。という訳で……」 川瀬さんは笑顔で、ぼくと沙羅に言い放った。 「ホクトさん、沙羅さん。お願いするのです」 「……は?」 ぼくと沙羅は、同時に間抜けな声を出した。 ぼくは停泊中のレムリアへと向かうクルーザーの中から、海を眺めていた。 このクルーザーには、ぼく以外に沙羅と川瀬さんが乗っている。 クルーザーの操縦をしているのは川瀬さんだ。……凄まじく不安である。 ぼくと沙羅がレムリアの奪取メンバーに選抜された時、多くの幹部達が反対した。ぼくと沙羅も反対した。 しかし川瀬さんは、 「ホクトさんと沙羅さんは、あの有名なキュレイの申し子さんの子供さんなのですよ」 の一言で、幹部達を沈黙させてしまったのだ。 「…お兄ちゃん」 いつの間にか、沙羅がぼくの後ろに立っていた。 「もう、開き直った方がいいでござるよ」 「…うん、分かってる」 『こういう事にはもう慣れてるしね』の一言は、心の中にしまって置く。 そしてぼくは、ずっと思っていた事を向こうの川瀬さんに告げた。 「ねぇ、こんなクルーザーでレムリアに近付いて大丈夫なの? 攻撃されるんじゃ……」 「心配ないのです。まだレムリアの攻撃範囲には入ってません――」 ビーーーー! 「――って、あら?」 突如、船内に警報が鳴り響く。さらには、壁の赤いランプが点滅し始めた。 …何か、凄くまずそうなんですけど? 「やばっ……!」 川瀬さんが、まるで疾風のような速さでぼくと沙羅の身体を抱え、海に向かって跳ぶ。 凄まじい跳躍力。ぐんぐんクルーザーが離れてゆく。 そして、ぼく達が着水した瞬間。 ドゴォォオオオオ!!!! 空から降って来た光の線が、クルーザーを貫いた。 衝撃が津波となり、ぼく達を押し流してゆく。あまりの事に気絶しかけたが、なんとか持ち堪えた。 川瀬さんに引っ張られ、ぼく達は海から頭を出す。鉄クズとなったクルーザーが、激しく燃えていた。 「ア、アルル… 今のは、何?」 沙羅が川瀬さんに恐る恐る尋ねる。 「…多分、OSLなのです」 衛星軌道レーザー。確かに、そんな感じだった。 「…攻撃範囲がデータより広いのです。レムリアの装備がいろいろといじられてるみたいですね… おそらくは、田中研究所工学チームあたりの仕業なのです」 川瀬さんが呟く。 …それより、クルーザーが消えてしまった。どうやってレムリアへ向かえば? 「…仕方ないのですね……」 川瀬さんが、ぼくと沙羅をガッチリと抱える。 「…ええっと、川瀬さん?」 …何だか、嫌な予感が……。 「行きますよ!!」 その言葉と共に、川瀬さんがバタ足を始めた。 『クルーザーがなくなったから、泳いで行く』。そういう事なのだろう。 それは別にいい。川瀬さんならどんな長距離でも楽に泳げるだろうし、ぼくと沙羅はくっ付いてればいいだけだ。 問題は、そのスピード。 …速い。速すぎる。クルーザーより速い。 息継ぎが出来ない。さらに、このスピードのせいで水圧も凄まじい。 (し、死ぬ……) 意識が、少しずつ薄れてゆく。 …う、海なんて嫌いだ……。 「とぉ!!」 川瀬さんがぼくと沙羅を抱えたまま、イルカのように海面からジャンプした。 そして、レムリアの甲板に着地する。 「ふぅ… 無事、潜入成功なのです」 …無事じゃありません。もう死にそうです。 沙羅もぼくと同じように、もう限界っぽかった。 ぼくは川瀬さんを説得し、どうにか数分間この場での休憩時間を得た。 少し落ち着いた頃、改めてこの艦を観察してみる。 …なるほど、確かに外からは客船にしか見えない。タイタニックとか、そんな感じだ。 「さて、そろそろ行くのですよ」 ぼくと沙羅は立ち上がり、川瀬さんの後に続く。 川瀬さんが適当なドアを蹴破る。そこから、ぼく達は艦内に入った。 外見とは違い、中はいかにも軍艦らしかった。無機質な壁が続く。 途中の電子ロックは、沙羅が工具とデコーダーで簡単に破ってしまった。 「…変なのですね」 川瀬さんが呟く。 ぼくもそう思っていた。何故かこの艦には誰もいない。たくさんの特殊部隊兵みたいなのが、この艦を護っているかと思っていたのに。 その時。 「アルル、お兄ちゃん… 足音みたいなのが聞こえるよ?」 ぼく達は立ち止まった。 …確かに聞こえる。そしてその足音は、こちらに近付いて来ているようだ。 川瀬さんが身構える。 そして、1つの人影がぼく達の前に現れた。 「あのクルーザーから脱出していたのかい? さすがだね。ふふふふふふ…♪」 廻れ右。そして、ダッシュ。 ぼくは走ってる途中、川瀬さんの足を払う。 「あぅ!!?」 バランスを崩して転んだ川瀬さんの上を、メスの斬撃が通り抜けて行く。 ぼくは川瀬さんの腕を掴むと、彼女を引き摺りながら走り始めた。 「ど、どうして逝狩さんがここにいるのですかぁぁあああ!!!?」 ぼく達は甲板まで戻って来ていた。そこに、川瀬さんの絶叫が響く。 確かに、医療チームのリーダーである逝狩さんがここにいるのはおかしい。 しかし。 このレムリアを奪取するには、レムリアを護るすべての者を倒さなければならない。当然、それが逝狩さんであってもだ。 …厳しい。川瀬さんは、 「ザコなら、千人単位でも全滅させる事がアルルには可能なのです」 と言っていたが、それがザコでなければ話は別だろう。 その時。 「久し振り、アルルちゃん。相変わらず麗しいね」 ぼく等の後ろから、声が響いた。 振り返ると、1人のスーツを着込んだ男がそこに立っている。 …何でこの人、背景(バック)があんなにキラキラしてるんだろう? その手のバラは何? 「…『浅宮真護(あさみやまもる)』……」 川瀬さんがあの人の名前らしき言葉を呟く。 「川瀬さん、あの人の事を知ってるの?」 「あいつは田中研究所社交チームのリーダーなのです。頭はおかしいですが、腕は確かなのですよ」 そう言って、川瀬さんは男の方を見る。 「あなたに1つ訊きたい事があるのです」 「何だい? PDAの番号とアドレスだったら、すぐに教えてあげるよ」 「そんなものはどうでもいいのです。私が訊きたいのは、どうして逝狩さんやあなたがここにいるのか、という事なのですよ」 「ふふ、簡単さ。春香菜は君がここに来る事を読んでいたんだよ。だから、君を捕らえるために田中研究所の精鋭をこの艦に集めたのさ」 な……!!? 「…やはりそうだったのですか」 「まぁ、僕は麗しい乙女を捕らえるなんていう、野蛮な事はしないけどね。……さて、次は僕が質問をする番だよ」 浅宮が、沙羅を見る。 「アルルちゃんに敗けず劣らず美しい君はどなたかな? 名前は? 趣味は? 結婚を前提に僕とお付き合いする気はないかい?」 「へ……?」 沙羅が1歩、後ろに引いた。 「…あなた、1年前にアルルと初めて会った時と同じ事を言うのですね」 「あぁ、御免よアルルちゃん。でも、僕は全ての乙女を愛しているんだ。君1人だけに愛を向ける事は出来ないんだよ」 「向けなくてもいいのです。…って言うか、向けないでください」 「そんな冷たい事を言わないでよ。君が嫉妬してしまう気持ちも分かるけど」 「…よほど死にたいようなのですね」 「心中かい? 君をそこまで駆り立ててしまうなんて、僕は罪な男だね……」 …か、会話がまったく出来てない……。 「あぁ、それと……」 浅宮がぼくの方を向き、眩しいほどの笑顔を浮かべる。 そして。 「男は死ねェッ!」 持っていたバラを、ぼくに投げ付けてきた。 「うわっ!!?」 ぼくはとっさにそれを避ける。 バラが、壁に突き刺さった。 「い、いきなり何!!!?」 「喋るな! 男の声など聞きたくもない!!」 無数のバラの花びらが、ぼくを包み込む。 「『薔薇吹雪』――!」 花びらが激しい気流を巻き起こし、ぼくの身体を吹き飛ばした。 「うっ……!!?」 「死ねェエ!!」 浅宮が迫る。 …って言うか……。 「お前だって男だろ!!!!」 浅宮の動きが、止まる。 顔が真っ青になり、手足が震えだした。 「ぼ、僕が男? た、確かに… 僕自身がミステイク!!?」 浅宮が意味不明な事を叫ぶ。 その時。 「隙あり!」 川瀬さんが、跳んだ。 「ホクトさんのお母さんから受けた秘密特訓の成果… 見せてやるのです!!」 お、お母さんの秘密特訓!? いつの間にそんな恐ろしい事を!!? 「アルルちゃんキック!!!」 久々の必殺技。 ドゴォオオンッ!!!! 「ノォォオオオ!!!?」 凄まじい衝撃が、浅宮の身体を貫く。 骨が砕ける音と共に、鮮血が散る。手すりを突き破り、浅宮は海へと落ちた。 ぼくは身を乗り出し、海を見る。 …形容しがたい物体が、海面を漂っていた。 「ふっ… 今のアルルの蹴りを受けるのは、音速で飛んで来たボーリング球を受けるのと同じ事なのです」 …間違いなく即死だ……。 「さて、1人片付けました。この調子でドンドンいきますよ!!!」 この調子でいく、という事はこのテンションとノリを維持する、という事だろうか。……身がもたない。 ぼくと沙羅は、大きな溜息をついた。 再び艦内に戻る。 「問題は逝狩さんなのですよ」 川瀬さんが、小さく呟く。 「どういう仕組みなのかは知りませんが、あの人は不老不死なのです。その上、あの凶悪さ。斃しようがないのですよ」 …あの人、一応ぼくの命の恩人なんだけど。 「とにかく、解剖(バラ)される前に殺(バラ)すしかないのです」 「…物騒だね、お兄ちゃん」 「相手はあの逝狩さんだからね」 まともな方法で斃せるとは思えない。なら、奇策でいくしかない。 …どうしてぼくがこんな事を考えなきゃならないんだろう? 「ん……?」 ふと、違和感のようなものを感じた。 空気というか、雰囲気が変質していく。 どうやら、沙羅と川瀬さんは気付いていないらしい。 この変化は、ぼくにだけ見えて――いや、視えている。 「バン・ウン・タラク・キリク・アク、東方降三世夜叉明王・南方軍荼利夜叉明王・西方大威徳夜叉明王・北方金剛夜叉明王・中央二大日大聖不動明王。怨敵調伏、ソワカ――!!!!」 「沙羅、川瀬さん! 危ない!!」 「え……?」 「は?」 瞬間。 力の激流が、ぼく達に向けて放たれる。 壁が砕け、床が吹き飛ぶ。凄まじい衝撃だった。 ダメだ、避けられない!!? そして、それがぼく達に命中しかけた、その時。 「させないのです!」 川瀬さんが、ぼくと沙羅の前に立ち塞がる。 そして、左手を突き出し、その衝撃を受け止めた。 ドォオオォオオ…ンッ!!! 空間が弾け飛ぶ。 ぼくと沙羅の盾となった川瀬さんも、激しく吹き飛ばされた。 「か、川瀬さん!!」 「アルル!!」 いくら川瀬さんでも、あれをまともに受けたら……! 「いたたた……」 …どうやら、無事らしい。 衝撃を受け止めた左腕は、袖が吹き飛んでいる以外には傷一つなかった。 …さすが、としか言いようがない。 「あれを受けても無傷とは… 春香菜が言っていた通りの人外ですね」 「何者なのです!?」 川瀬さんが叫ぶ。 そしてその先には、ぼく達と同じくらいの歳にしか見えない女の子の姿。 「あたしの名は天峰咲夜。田中研究所退魔チームのリーダーです」 咲夜……? 「…ってまさか、お父さんが言ってたあの天峰咲夜!!?」 「おや? あなた達は武さんの子供さん達じゃないですか。こんな所で何をしているんです?」 …自分でも分かりません。 「…なるほど、あなたが最近新設された退魔チームとやらのリーダーなのですか」 川瀬さんが、咲夜を睨む。 「ふぅーーーーーーー!!」 ゴォォオオオオオオ!! 川瀬さんの吹いた炎が、咲夜に襲い掛かる。 「オン・マリシエイ・ソワカ」 だがその炎は、咲夜を避けるように通り抜けて行った。 「立つ事を禁ず」 咲夜の言葉が響く。 それと同時に、ぼくと沙羅はその場に倒れ込んだ。 …あ、足にまったく力が入らない!? でも、川瀬さんはその場に立ち続けている。何故? 「…あたしの咒が効きませんか」 「アルルも一応、退魔の末裔なのです。その程度の咒で咒縛する事なんて出来ないのですよ」 …あぁ、そう言えばそうだった。 「ところで咲夜さん」 「…何です?」 川瀬さんの声色が変わる。不気味だ。 咲夜もかなり警戒している。 「実は、こんな物を持っているのですが……」 川瀬さんが、懐から何かを取り出す。 それは、写真。 その写真には、1人の子供が写っている。 …どこかで見たような……? 「あれ…? もしかして、パパ?」 ――!!? た、確かに… お父さんがあと10歳ちょっと若かったら、あんな感じだろう。 つまり、お父さんの子供時代の写真だ。 …どうして川瀬さんがそんな物を? 「倉成本家まで行って、長い交渉の末に譲り受けた物なのです。優美清春香菜どころか、ホクトさんのお母さんさえ持っていないレア物なのですよ」 …おいおい。 「あなたがアルル達の邪魔をしないと約束できるなら、特別に差し上げてもいいのですが……」 川瀬さんが妙な笑いを浮かべながら、咲夜を見る。 「ふっ……」 咲夜が不敵な笑みを浮かべた。 そして。 「そ、そんな物でこのあたしを、ば、買収出来ると、おお、思ってるんですか!!?」 …動揺してる。めちゃくちゃ動揺してるよ。 「そうですか……」 川瀬さんはわざとらしく溜息をつく。 「『あなただけに』と、思ってたのですけどねぇ……」 「あ、あたしだけ?」 …何か、悪徳商法みたいだなぁ……。 「じゃあ、これはもう用なしなのです……」 そう言って、川瀬さんは写真を破こうとする。 「あぁッー!!? わ、分かりました! この天峰咲夜、喜んで買収されます!!!」 「そうですか。じゃ、取引成立なのですね」 川瀬さんがとびきりの笑顔を浮かべ、その写真を渡した。 しかし、ぼくは聞き逃さなかった。 川瀬さんが一言、 「チョロイもんなのです……」 と、言っていた事を。 ぼく達は再び、艦内を進んでいた。 「…ねぇアルル、さっきの写真の事だけど……」 「あぁ、あれなのですか? いっぱいありますから、欲しければ差し上げるのですよ」 「本当!? やったぁ!!」 …つまり、『あなただけに』というのは嘘だった訳だ。 その時。 1つの人影が、ぼく達の前に立ちはだかった。 「ふははははッ! ここはこの桑古木涼権様が――」 「アルルちゃんキック!!!」 「――ぐぶぁ!!!?」 桑古木、一撃で再起不能。 川瀬さんはさらにもう一発桑古木を蹴り、通路の向こうに吹き飛ばした。 …哀れ、桑古木。 「ふぅ… ザコばっかりで退屈なのですよ」 「か、川瀬さん!!? そういう事を言うと、ザコじゃない人が来ちゃうよ!!!」 「……あぅ!!?」 そういうのはお約束だ。 そして、この場合は……。 ヒュンッ! 風を切り、数本の注射器が飛来する。 ぼく達はなんとかそれを躱す。外れた注射器は、通路の向こうへと飛んで行った。 …あれ? 確かそこには桑古木が……。 ドゴォォオオオオ…ンッ……!!!! 爆音が響く。 …まるで、注射器ではなく砲弾が飛んできたようだ。 桑古木は… な〜むぅ〜。 「…おやおや、麻酔はいらないのかい? ふふふふふふ…♪」 …来た。来てしまった。 「せ、先手必勝なのです! ふぅーーーーーーー!!」 ゴォォオオオオオオ!! 川瀬さんの吹いた爆炎が、逝狩さんを包む。 …決まったか!!? 「ふふふふふふ…♪」 ま、まったく効いてない!!? 「くぅっ…!」 川瀬さんが矢のようなスピードで間合いを詰め、 「アルルちゃんキック!!!」 渾身の一撃を放つ。 だが逝狩さんは、それを片手で受け止めていた。 「なっ!!?」 逝狩さんから、殺気が迸る。 川瀬さんはそれを感じ取り、間合いを取ろうとしたが、 「さぁ、解剖だよ」 「川瀬さん、逃げて!!!!」 「アルル!!!!」 逝狩さんのメスは、川瀬さんの身体を斬断した―― 「――!!!?」 ――ように見えた。 「手応えがない……?」 真っ二つになった川瀬さんの身体が、消える。 それは、まるで霞のように。 「…ガスで光を反射させ作った幻像か……」 逝狩さんが呟く。 「ホクトさん、沙羅さん!!」 川瀬さんがぼくと沙羅を抱え、ダッシュする。 そして、角を曲がると同時に、ボールのようなものを逝狩さんに投げ付けた。 「伏せてくださいなのです!!!!」 ぼくと沙羅の身体を、川瀬さんが床に押さえ込む。 そして、 ドォォオオ…ン!!!! 角の向こうから、爆発音と衝撃。 さっきのボールのようなものは… 爆弾!!? 「ふぅ……」 川瀬さんが立ち上がる。 ぼくと沙羅も、一緒に立ち上がった。 「アルル、今のは… 爆弾?」 「ええ、そうなのです」 やっぱり。 「いくら逝狩さんが不老不死でも… 粉々になってしまえば、ジ・エンドなのですよ」 ――ふふふふふふ…♪ ぼくがふと足元を見ると、レンズの割れた逝狩さんのメガネが落ちていた。爆風で飛ばされて来たのだろう。 …せめて、これを供養してあげよう。 ――ふふふふふふ…♪ 「でもこれで、最大の障害を突破したのです。あとはもう楽勝なのですよ。もうすぐ、このレムリア奪取作戦も終わるのです」 「…やっと終わるでござるか……」 ――ふふふふふふ…♪ 「…川瀬さん、そろそろ現実を見ない?」 「うぅ……」 川瀬さんの眼から、滝のような涙が流れた。 ぼく達は角を再び曲がり、爆発地点を見る。 そこには、人骨が立っていた。 全206個の骨の内、その半分ほどで構成された… 不恰好な人骨。 だがそれも、すぐに他の骨が構成され、標本のような完璧な人骨となった。 そしてパズルが組み合わさるように、内臓、筋肉、皮膚、さらには衣服までもが再生する。 ただ前と違うのは、メガネがぼくの手の中にある事。 逝狩さんの血のように赤い瞳が、ぼく達を捉えて離さない。 「…やってくれたね。ふふふふふふ…♪」 …まさか、ここまで不死身だとは……。 逝狩さんは一歩ずつ、ぼく達に近づいて来る。 そして。 「死ね」 …今、『死ね』って言った。いつもは『解剖』とか、遠廻しな表現をする逝狩さんが。 まずい、怒ってる。完全にキレちゃってるよ……。 無数のメスが飛ぶ。比喩ではなく、本当に飛んで来たのだ。 川瀬さんがぼくと沙羅を抱えて全力疾走するが、そのメス達は少しも距離を離さずにぼく達を追跡している。 「…遅いね」 さらに逝狩さんが、信じられないスピードでぼく達の前に廻り込む。 「安楽死、させてあげるよ」 ゆ、逝狩さん!? 日本の法律は、安楽死を認めてはいませんよ!!? メスが光る。そして、光速の一閃。 「冗談じゃないのです!!」 だが川瀬さんは、その斬撃に勝るとも劣らないスピードを発揮し、それを回避する。 お母さん… 一体、川瀬さんに何を? 逝狩さんが放った斬撃は空気を斬り裂き、ぼく達を追跡していたメスを吹き飛ばす。そしてそのまま、後ろの壁に命中した。 壁がズタズタに斬り裂かれる。だがそれだけでは終わらず、斬撃の衝撃が壁を伝い、床や天井も粉々にしてゆく。 …何だか、嫌な予感がした。最近分かった事だが、ぼくの嫌な予感は100%当たる。 ゴゴゴゴゴゴ…… ほら、やっぱり。 「ま、まずいのです……」 「嘘でしょ……?」 「おやおや。ふふふふふふ…♪」 ぼく以外の皆も、状況を察知したらしい。 度重なる艦内での戦闘。そして、逝狩さんが放ったあの一撃。艦のどこかに穴が開いても不思議ではない。 つまり… 水だ。まったく、とことん相性が悪い。 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!! 川瀬さんが上に跳ぶ。天井には、1本のパイプがある。 それに掴まるつもりなのかと思ったが、無理だ。川瀬さんはぼくと沙羅を両脇に抱えている。手は使えない。 がぶっ 川瀬さんは、パイプに噛み付いた。 …凄い。人間の1番強い力は噛む力だと聞いた事があるが、それでも3人分の体重を支えているのは凄い。 逝狩さんが、動けないぼく達を狙う。 だが。 ドゴァアアアァァアアッ!!!! 流入した大量の海水が流れて来る。逝狩さんはそれに巻き込まれ、流されて行った。 「さようなら、逝狩さん……」 …死んではいないだろうけど。 ぼく達はパイプを伝って移動し、近くのダクトに入る。 その中を通り、まだ浸水していないエリアに移動した。 「アルル、これからどうするの!?」 「この艦には確か、緊急用の潜水艇があったはずなのです! それを使って脱出しましょう!!」 ぼく達は走り出す。 川瀬さんが先行する。少しも迷わない様子を見ると、どうやらレムリア艦内のマップを完全に把握しているらしい。 しかし、この広い艦内のマップを完璧に記憶しているなんて… 川瀬さん、意外と頭いい? 「…ホクトさん、何か失礼な事を考えませんでしたか? この緊急時に」 「い、いや、そんな事はないよ?」 …鋭い……。 そうやってしばらく走っていると、通路に隔壁が下り始めているのが見えた。 「川瀬さん、あれ!!?」 「急げば間に合うのです!!」 全ての力を振り絞り、ダッシュする。 「えっ……!?」 その時、ぼくは転んだ。 ただ転んだ訳ではない。足を誰かに掴まれたのだ。 ぼくが後ろを振り返ると、そこには床を這う血塗れの男。 ――浅宮真護!!!? こいつ、生きてたの!!? 「ホクトさん!!?」 「お兄ちゃん!!?」 沙羅と川瀬さんが通路を逆走し、ぼくの所へと向かう。 「ちょ、ちょっと2人とも!!? 隔壁が下りちゃうよ!!!!」 「お兄ちゃんを見捨てられるはずないでしょ!!」 沙羅は落ちていた鉄材で、浅宮の頭を殴りつけた。 「へぐぁあ!!?」 …沙羅、逞しく育ったね…… お兄ちゃんは涙が出るほど嬉しいよ……。 「アルルちゃんジャンピングキック!!!!」 ドゴォオオンッ!!!! さらに、川瀬さんの跳び蹴りが炸裂する。 「ぐあぁぅうおおおお!!!?」 浅宮がぼくから離れ、通路の向こうへ飛んで行った。 ぼくは前の隔壁を見る。 ダメだ、もう間に合わない!!!! 「諦めるのはまだ早いのです!!」 川瀬さんがぼくと沙羅の身体を抱える。 「ピンポンダッシュで鍛えたアルルの脚力… なめちゃいけないのですよ!!!!」 …ツッコミたい点はあったが、今はその脚力が頼りだ。何も言うまい。 川瀬さんが、今まで以上のスピードで走る。足が地面を蹴るたびに、床が砕けてゆく。 ぼくと沙羅は風圧で吹き飛ばされそうになりながらも、どうにか川瀬さんの身体にしがみ付いていた。 隔壁が迫る。 川瀬さんはぼくと沙羅を床に滑らすように投げ、隔壁と床のわずかな隙間を抜けさせた。 …だけど、川瀬さんは!!? 「はぁ……!」 なんと川瀬さんは隔壁を持ち上げ、下りるのを止めたのだ。 そしてその下を、スライディングで抜ける。 ドォオオンッ…… そして、隔壁が完全に下りた。 隔壁の向こうから、流入した海水が隔壁にぶつかる音が響く。 さらには、肉が潰れるような音。……浅宮、成仏してね。 「た、助かったでござる……」 沙羅が呟く、ぼくも同じ気持ちだ。 「まだ油断しちゃダメなのです。早くこの艦から脱出するのですよ」 潜水艇は3つの内、1つが消えていた。使ったのは咲夜か桑古木か、それとも艦内にいた他の誰かか。まぁ、別にどうでもいいけど。 ぼく達は潜水艇に乗り込む。川瀬さんがなにやら操作すると、艦のハッチが開き、鉄のアームが潜水艇をハッチから外へ移動させる。 そして。 バッシァアアンッ…… 潜水艇はアームから離れ、海へと着水した。 「ふぅ〜……」 ぼく達3人は、同時に溜息をつく。 どうやら、無事脱出したらしい。ここまで来て逝狩さんに襲われる、という最悪のシナリオもなさそうだ。 ぼくは窓から外を見る。 レムリアが、ゆっくりと沈んでいった。 「…伝説のレムリア大陸は、一夜で海へと沈みました。あのレムリアも、同じ運命を辿るのですね……」 …何か、川瀬さんが綺麗にまとめちゃってる……。 「さて、任務は完了したのです。陸へと帰るのですよ」 潜水艇がスピードを上げる。そんな中、ぼくはふと思った。 …任務って、レムリアの奪取じゃなかったっけ? 翌日、星丘高校。 教室で、ぼくは実感していた。 このいつも通りの平穏な生活が、どれほど素晴らしいかという事を。 メスや水が襲ってこない生活。素晴らしい。素晴らしすぎる。 どうして今まで理解出来なかったのだろう? この退屈にも似た生活こそが、もっとも安全なのだ。 「お兄ちゃん、平和だね……」 「そうだね……」 ぼくと沙羅は窓から空を眺める。 やっぱり、人生にスリルなど必要ないのだ。普通に暮らすのが1番である。 …と、思っていた時。 「ホクトさん、沙羅さん!!」 川瀬さんが、教室のドアを蹴破って現れる。 その時、確かにぼくには視えた。平穏さんが、手を振りながら去っていく姿が。 ぼくは必死で追いかける。だがその先にいたのは、平穏さんではなく川瀬さんだった。 「ロシアの次期主力航空機が田中研究所に奪われたのです! 奪取しに行くのですよ!!」 あぁ、どうしてぼくには安息というものがないのだろう? 川瀬さんに引き摺られながら、そんな事を考えていた。 …って言うか、もう止めて……(涙) |
あとがきではないかも知れないもの ニイハオ。大根メロンです。 やっぱりギャグはいいです。心が躍るようです(?) しかしこのSS、登場キャラの半分以上がオリキャラ。いいのか…?(汗) …まぁ、いいでしょう。 では、次回予告。 諜報班四天王、再集結。 考えられる限り最悪の事態が、星丘市に起こってしまった。 彼等は再び、星丘市を恐怖で染めようとする。 そして、それに武力で対抗しようとする、田中研究所。 1年前の悪夢が、再現されようとしていた。 だが。 1人の大バカ野郎――倉成武が、それを食い止めるべく立ち上がった。 成り行きで武に協力する事となったマグロまんの少女と共に、星丘市を駆け抜ける! しかしその時、優春は謎に満ちた存在――星丘高校報道クラブ部長と対峙していた……! 「…『ド』〜は毒殺の『ド』〜……」 「な、何なのよ、このプレッシャーは……?」 「…『レ』〜は轢殺の『レ』〜……」 「くっ……」 「…『ミ』〜は…… 皆殺しの『ミ』ですぅぅううう!!!!」 はたして、武とマグロまんの少女はこの戦いを止める事が出来るのか!? そして、追い詰められる優春の運命は――!!? 『セラフィック・カタストロフィ(仮)』近日公開予定! ……嘘です(オイ)。次回は前回予告した、『赤い糸(仮)』です。 ではまた。 |
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