そして、その翌日、
神の悪い霊がサウルの上に働いたので、
彼は家の中で預言者のように振る舞うのであった。
一方、ダビデは以前の日々のように、
その手で音楽を奏でていた。
サウルの手には槍があった。
するとサウルは槍を投げつけて、
「わたしはダビデを壁にでも突き刺してやる!」と言ったが、
ダビデは2度も彼の前から身をかわした。
――旧約聖書『第1サムエル記 18章:10、11節』
「ふぃ〜… やっと着いたか……」
7月11日の正午過ぎ、倉成武は船からその島へと降り立った。
数日に1度の定期船でしか来る事の出来ない、人口数百人の孤島。
武は1つ伸びをすると、目的地に向かって歩き始める。
「しっかし、あれから20年経ってるのに… この島はほとんど変わってないな」
商店街を通り抜け、少し山を登った所に、その洋館はあった。
「…やっぱり、ここも変わってないか」
その洋館は、武の高校時代の同級生――『
白風刻恵
しらかぜときえ
』が住んでいた洋館だった。
「お久し振りでございます、武様」
白風家の洋館を訪れた武を、1人の初老の男が出迎えた。
彼の名は『
古室正司
こむろまさし
』。この家に仕える執事である。
「久し振り、正司さん。……って言っても、俺はあなたほど久し振りじゃないけどな。17年も寝てたから」
「ふふ… 確かに聞いていた通り、武様は変わっておられませんね」
「ああ、良くも悪くもあの頃のままだ。……じゃあ悪いけど、17日までお世話になるよ」
「かしこまりました」
武は靴を脱ぐ。
「…そう言えば、刻恵が笑いながら言ってたな。『洋館なのに、靴を脱いで上がるのはおかしな話だ』って。ここは日本なんだから仕方ないんじゃないのか、って俺は言ったけど」
「あの方らしい言葉でしたね」
正司の案内で、武は館内を進んで行く。
「しかし、相変わらず広い屋敷だな……」
武は実家を思い出しながら、呟いた。
「そうですね… 旦那様と奥様がお亡くなりになられてからは、さらに広いお屋敷となってしまいました」
武はその正司の言葉に、眼を丸くする。
「…亡くなった? あの2人が」
「ええ。数年前、交通事故で」
「…そっか……」
武は無言で、正司の後に続く。
刻恵が死に、その両親さえ死んだとなると、この家に住んでいた者は1人残らず死んだ事になる。
「……ん? じゃあ、今この家には誰が住んでいるんだ?」
誰も住んでいないはずはない。執事がいる以上、その主人がいるはずだ。
「…刻恵様の妹御が住んでおられます」
「……妹? 刻恵に妹がいたのか?」
「ご存知ないのも無理はありません。お生まれになったのは、武様がLeMUへと行かれた少し前の事ですから」
そうやって話しているうちに、2人は1つの部屋の前に辿り着いた。
「では、このお部屋をご自由にお使いください」
「本当に悪いなぁ……」
「いえいえ。では、私はこれで」
正司が去って行った後、武は部屋の中に入る。
武は適当に荷物を置くと、部屋の電話を使い、家に無事到着の連絡を入れた。
「…ああ、予定通り17日の船で帰るつもりだ。それじゃ」
そして、連絡を終えると、
「…久し振りだからな。島を回ってみるか」
窓の外を見ながら、そう言った。
「…変わってないな」
島を歩きながら、武はそう呟いた。
植木の場所、店の配置、人々の表情。そして… 時計台。
まるで時が止まっていたかのように、20年前とほとんど変わっていなかった。
その時。
「……ん?」
武の眼に、見慣れた白衣が映った。
「……幻覚だ。幻覚に違いない」
武は眼を閉じる。
「……はぁッ!」
そして、気合いと共に眼を開いた。
「…………」
しかし、やはりそこには、
「あれ、倉成じゃない!? こんな所で何してるの!?」
白衣の女――田中優美清春香菜が立っていた。
「…それはこっちのセリフだ」
とりあえず、武は優春の後を歩いていた。
どうやら優春は、この島の別荘に来ていたらしい。
「ほら、ここよ」
「なるほど、たしかに別荘だな」
そこには、いかにも別荘らしい建物が建っていた。
そして、
「…不愉快な生物がいるわね」
別荘のベランダから、武に突き刺さる冷たい視線。
「…青髪!?」
「…いい加減、そう呼ぶのやめてくれる? ナンセンスね」
武は優春に視線を移す。
「何であいつが?」
「1人ってのも味気なかったから、誰か連れて来ようと思ったんだけど… 彼女しか予定が空いてなかったのよ」
「…しかし、よりにもよって……」
「ま、とにかく上がって」
「それで、倉成はどうしてこの島に?」
お互いソファーに座り、武と優春は話し始めた。
フルートは、まだベランダで外を視ている。
「この島に住んでた、高校時代の同級生――白風刻恵っていうんだけどな」
「白風刻恵… 白風刻恵!!? それって、15歳で
マサチューセッツ工科大学
MIT
を卒業したっていう、あの天才――白風刻恵なの!!?」
「ああ、その白風刻恵だよ。あいつがMITを卒業した後、帰国して通ってた高校が俺が通ってた高校だったんだ」
優春は呆然としながら、武の話を聞いている。
「んで、今度の17日が彼女の命日なんだよ。だから何だって訳でもないが… そんな日くらい、この島で過ごそうかと思ってな」
「ふ〜ん… って、17日? だったら、17日の船で来ればよかったんじゃないの?」
今日――7月11日の次に定期船が来るのは、7月17日。17日にこの島で過ごしたいのなら、17日の船で来ればいいはずだった。
「いや、17日の船は17時――午後5時に来るだろ? それだと、少し遅い気がしたんだ」
「ああ、なるほどね。それで、17日まであなたはどうするの?」
「白風の屋敷で世話になる」
「…それってもしかして、向こうの大きな洋館の事?」
「あぁ、その通りだ」
そう言った後、武は時計に眼を向けた。
「おっと、もうこんな時間か。優、俺はそろそろ行くわ」
「あ、うん。じゃあ、暇な時にでも遊びに来なさい」
「そうするよ」
武が別荘から出て行った。
「…まさか、倉成があの白風刻恵の知り合いだったなんて… って、あれ?」
フルートが、いつの間にかベランダから消えていた。
夕方。
武は時計台の前に立っていた。その時計台は島の中心にあり、島民の生活の基準となっている。
夕日によってオレンジ色に染まった文字盤の上で、針が確実に時を刻んでいた。
「懐かしい? その時計台」
突然、武の背後から声がかけられた。
「青髪……」
「2014年7月17日、11時34分。あなたの恋人だった白風刻恵は17歳――高校2年の夏休みに、この時計台の前で何者かに射殺されたのよね」
武は無言で、フルートを見る。
「殺害に使用された弾丸の
旋条痕
ライフリング・マーク
が、その前日に起こった銀行強盗で使用された弾丸のものと一致した事から、同一犯と考えられた。殺害理由は、強盗犯が白風刻恵に顔を見られたからだと推測されたんだったわよね。……そして、その犯人は未だに捕まっていない」
「…よく知ってるな。さすがは四次元存在だ」
「私にとっては、どうでもいい事だけどね……」
フルートも、時計台の前に立つ。
「…ねぇ、何故私はこの島に来たと思う?」
「優に付き合ったんだろ?」
「私はそれほど暇じゃないわ」
フルートが笑う。
「この島で面白い事が起こるからよ」
「面白い事?」
「そう… あなた、17日――白風刻恵の命日を迎える事は出来ないわよ」
「……何?」
「16日に時は停滞し、決して17日には辿り着かないの」
「どういう事だよ?」
武には、フルートが言っている事が理解出来ない。
だがフルートはそれには答えず、笑みを浮かべている。
「まぁ、さっきも言ったけど、私は白風刻恵の命日には興味ないわ。ただ、次に定期船が来るのは17日。これがどういう事か、分かる?」
今度は、武にも分かった。
「17日にならなければ定期船は来ない。でも、この島は17日を迎える事が出来ない。さらには、明日から16日にかけて海が荒れるから船を出したり呼んだりする事も出来ない。私達は… この島に閉じ込められたみたいね」
フルートは時計台に背を向け、歩き出した。
「お、おい!!」
「屋敷に戻りなさい」
フルートが振り向き、武を視る。
「白風刻恵の妹が待ってるわよ」
屋敷に戻った武は、部屋でフルートの言葉の意味を考えていた。
『16日に時は停滞し、決して17日には辿り着かないの』
「…そんな事ある訳がない……」
武はそう声に出してみたが、どこか自信がなかった。
『時』というものがどれほどあやふやなのかは、武も知っているのだから。
「あっー!! 結局何が言いたかったんだ、青髪は!!?」
その時。
コンコンッ
部屋のドアがノックされ、正司の声が聞こえた。
「武様、夕食の用意が出来ました」
武は食堂で、正司が作った夕食を食べていた。
「美味い… 相変わらず、正司さんの料理は美味い……」
「ふふ、ありがとうございます」
テーブルにはもう1つ、料理が用意されている。
おそらく、刻恵の妹とやらの分なのだろう。武はそう思った。
「しかし、俺のワガママでここに泊めてもらってるのに、こんな美味いメシまで食えるとは… 俺はなんて幸せなんだ……!」
「はは、そんな大袈裟な……」
「いやいや、大袈裟だなんてとんでもない……」
武と正司がそんな事を話していると、
キィ……
食堂の、ドアが開いた。
入ってきたのは、1人の少女。
「――!!?」
武は絶句する。
「…初めまして」
その少女はあまりにも、
「貴方が倉成さんですね? 古室さんから話は聞いています。私が白風刻恵の妹の――」
刻恵に、似すぎていた。
「――『
白風永美
しらかぜえみ
』です」
あとがきだと思われるもの・1
こんにちは、大根メロンです。
またしても、連載SSを書き始めてしまいました。
『正気かッ!!?』とか『気が狂ったかッ!!?』とかいう声が聞こえてきそうですが、私は大丈夫です。多分。
さて、このSSはinfinityシリーズの原点――ミステリアスでサスペンスっぽい話を書こうと思っています。
…Remember11が発売されるまでには完結させたいなぁ(オイオイ)
ではまた。
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