朝。
「ふあ〜ぁ〜……」
朝食を終えた武は、欠伸をしながら屋敷の庭をウロウロしていた。
別にこれといって目的がある訳ではなかったが、部屋の中でじっとしているのも武の性には合わなかったのである。
(にしても、あの妹……)
武は、刻恵の妹の事を考えていた。
雰囲気や性格は刻恵とは似ても似つかなかったが、容姿は瓜二つだった。
まるで、刻恵が生き返ったのかと思ったほどに。
(となると、やっぱりあいつは……)
あれこれ考えていると、
「ん?」
庭の手入れをしている、正司の姿が見えた。
武は正司に近付き、
「正司さん、正司さん」
話しかけた。
「おや、武様。どうかいたしましたか?」
「ちょっと訊きたい事があるんだ」
「…訊きたい事といいますと、永美様の事でしょうか」
「ええ」
正司は、武の考えている事がすぐに分かったようだった。おそらく、武の分かりやすい性格が原因だろう。
「単刀直入に言うけど… あの妹は、刻恵のクローンなのか?」
「そうです」
答えは、武の後ろから聞こえてきた。
武は後ろを振り返る。
そこには、例の妹が立っていた。
「永美… だったよな」
「はい」
永美は感情を削ぎ落としたような無表情で、武を見る。
「姉さん――会った事もない姉さんですが――彼女が死んだ時、父さんと母さんは深く悲しみ、残されていた髪の毛からクローニングを行ったようですね」
「そして誕生したのが、お前って事か。今、何歳なんだ?」
「17です。姉さんが死んだ時の年齢と同じですね」
「…どうりで似てる訳だ」
その武の様子を見ながら、永美が小さな声で言った。
「…似てはいませんよ。あらゆる方面でその才能を発揮し、天才と呼ばれた姉さんと… 凡人でしかない私。少しも似てはいません」
永美はそう言い残すと、その場から去って行った。
「…なんか、悪い事を言った気がするな」
「…武様も知っての通り、刻恵様は15歳でアメリカのMITを卒業した、天才でした」
「んで、『日本の女子高生の制服が着てみたい』とかいうふざけた理由で、卒業後に日本の高校に通った。何と言うか、とにかく変わった奴だったよな」
武は少し、空を見上げた。
「…刻恵の存在は、永美のコンプレックスになってるのか?」
「ええ……」
「俺から見れば、あいつはただの変な奴だったんだけどな……」

『武… 私のようなひねくれ者の天才と、君のような朗らかなバカ。どちらの方がいいと思う?』
『は? ……そんなの、どっちもどっちじゃないのか? 刻恵』
『私は、朗らかなバカの方がいいね』
『何でだ?』
『私は君が羨ましいからさ、武』
『…はぁ……?』

「武様?」
「…あ、いや… 何でもない」
武は頭を振ると、
「…クローンであるが故のコンプレックス、か。しかも、相手はあの刻恵。キツいだろうな」
と、言った。
「しかし、昔の永美様と比べれば、見違えるほど元気になられましたよ」
「……え?」
「…永美様は小さい頃、クローンである自分は刻恵様と同じ運命を辿るのではないか、と恐れていました」
「同じ運命……?」
「17歳の7月17日に死んでしまう、という運命ですよ」
17歳の7月17日。それは、5日後だった。
「…まぁ、クローンというものがどういうものなのか分かっていない小さい頃なら、そう思っても不思議ではないな」
「ええ。そのため永美様は、未来に希望を持つ事が出来なかったのです。……7年前の、あの日までは」
「…あの日?」
武は、正司の表情がわずかに変化した事を感じ取った。
「7年前――永美様が10歳の時の事です。刻恵様のアメリカでのご友人が、お屋敷にいらっしゃったのです」
「あいつの、アメリカでの友人……」
「お名前は忘れてしまいましたが… 少年でした」
「…少年? それっておかしくないか?」
刻恵が死んだ2014年以前に彼女の友人だった人間が、7年前――2027年に少年だというのは、明らかに不自然だった。
「私もそう思ったのですが… 永美様はその少年様と会われてから、死の運命を恐れる事がなくなりました。そのため、私も少年様に感謝こそしましたが、疑うような事はしませんでした」
「…そっか。その少年のおかげで、永美は死の運命――いや、妄想だな。その妄想からは救われたって事か」
「はい」
その少年は永美に何をしたのだろう。
武は考えたが、見当もつかなかった。
「それから数日後、永美様は少年様の絵を書かれたのですが……」
「……絵?」
「永美様はその絵の事を、『魔法使いの絵』と呼んでおられました」



昼過ぎ。
武は商店街を、相変わらず目的もなくウロウロしていた。
すると、
「暇そうね、倉成」
買い物袋を持った優春に出会った。
「いや、暇ではないぞ。俺には、この島をウロウロするという使命がある」
「…安い使命ね」
「フン、お前如きにこの使命の偉大さは分かるまい」
「あっそ」
胸を張る武を、優春は冷めた眼で見る。
「…あ、そうそう。倉成、天気予報見た?」
「天気予報?」
「今日から16日にかけて、海が荒れるみたい。……船も使えなくなるらしいわね。街中にそんな放送が流れてたわ」
「…………」
武が昨日、フルートから聞いた事と一致していた。

『私達は… この島に閉じ込められたみたいね』

フルートの言葉が、武の脳裏に蘇る。
「あと、フルートから伝言」
「青髪から?」
「『白風刻恵殺しの犯人捜しは止めなさい。どうせ無駄よ』だって」



屋敷に戻った武は、部屋のベッドに寝転がりながら考え事をしていた。
とはいっても、何を考えるべきなのかは武自身も分かっていない。しかしそれでも、頭の中には様々な思考が出ては消えてゆく。
刻恵殺し、時の停滞という言葉の意味、刻恵のクローンである永美、そして… 魔法使いの少年。
「…気になる……」
武はその全てが、何処かで繋がっているような気がしていた。
「にしても、青髪の奴……」
確かに、武は心の中では刻恵を殺した犯人を見つけてやりたい、と思っていた。
それをはっきり無駄だと言われるのは、あまり気分のいい事ではない。
「ふぅ……」
武はベッドから起き上がると、テレビをつける。
天気予報をやっていた。
「…やっぱり、雲行きはよくないみたいだな」



夕食後。
武は直接、少年の事を永美に尋ねてみた。
永美は武が少年を知っている事に驚いたような表情を見せたが、それも一瞬の事だった。
「あの少年の事…ですか?」
「ああ、なんとなく気になってな。本当になんとなくだから、理由を聞かれても困る」
武の言ってる事は滅茶苦茶だったが、永美は気にしていないようだ。
「…あの少年は、私を不老不死にしてくれたんです」
「――!!? 不老、不死……?」
不老不死。それは武にとって、軽視出来ない単語。
「無論、死に怯える私を元気付けるための嘘でしょう。もっとも、当時は魔法使いである彼が私を不老不死にしたのだと、本気で信じていましたが」
「…なるほどな。その嘘のおかげで、お前は死が怖くなくなった訳か」
「ええ、そういう事です」
武は何故か、寒気を感じた。
永美の話には、どこにもおかしな点はない。
しかし。
(…何なんだよ……?)
武は自身の細胞が、ザワザワと騒ぐのを感じていた。




あとがきだと思われるもの・2
どうも、大根メロンです。
さて、第二話です。相変わらず謎ばっかです。多分、16日くらいまでは謎のままだと思われます。
これ書いててふとおもったのですが、フルートの性格… 少しずつ悪くなってる気が(汗)
それとも、あれは武限定なのでしょうか。……ま、どうでもいいですね(オイ)
ではまた。
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