昼前。
「フルハウスです」
「ツ、ツーペア……」
暇を持て余していた武は、暇潰しに永美とポーカーで勝負していた。
そして、現在。
武――0勝51敗。
永美――51勝0敗。
「…俺、そろそろ泣きそうだ」
「そうですか」
永美の完璧なポーカーフェイスが、武を翻弄していた。
「それで、まだ続けますか?」
「…いや、これ以上やっても敗けの記録を更新するだけな気がする。しかし、だからといってこのまま諦めるのもな……」
その時、武の頭の上で電球が輝いた。
「……よし、あいつ等を巻き込もう」
「あいつ等?」
「偶然にも、この島に俺の知り合いが来てるんだ。そいつ等と一緒にやれば、俺だけが敗けるという事はないはず!」
「…随分と消極的な作戦ですね」
「そうと決まれば善は急げだ! 奴等の別荘に殴り込むぞ!!」
「ストレートフラッシュ、よ」
「…スリーカード……」
武が永美に51回目の敗北をしていた頃、優春はフルートに68回目の敗北をしていた。
「春… もうそろそろ止めなさい。あなたの手札も、私自身が完成させるであろう役も、全てが私には視えるのよ」
「…いいえ、私は勝つまで止めないわ!」
「はぁ… 1番厄介なタイプね」
数分後。
「フォーカード」
「…フラッシュ……」
相変わらず、優春は敗けていた。
「どうしてッ!? どうして私は勝てないのッ!!?」
「…さっき説明したでしょう」
その時。
「たのもーーッ!!!」
玄関の方で、大きな声。
「この声は… 倉成?」
優春が玄関に出てみると、
「おう、優。暇になったから遊びに来てやったぞ」
そこには、武と永美が立っていた。
「倉成… そっちの人は?」
「…初めまして。白風永美です」
「ああ、倉成が世話になってる白風家の人ね。このバカが迷惑かけてない?」
「いえ、今の所は」
「そう、ならいいわ。私は田中優美清春香菜」
永美が一瞬、顔をしかめた。
「…もう一度、お願いします」
「田中優美清春香菜」
「…ミドルネームがあるのですか?」
「…ファミリィネームとファーストネームだけよ」
「…そうですか。分かりました」
永美が頷く。もっとも、納得はしていない様子だったが。
「んで、俺が倉成武――」
「知ってるわ」
「知ってます」
「出たわね、年中バカ男」
武を、フルートの冷たい態度が迎える。
「フン、この年増が」
「自分の妻に言えない事を私に言うのは止めなさい」
2人を見ながら、永美が優春に尋ねた。
「…田中さん、あの方は?」
「フルートっていう、うちの居候。私が一緒に連れて来たの」
「あの髪の毛… 染めているのですか?」
「いえ、おそらくは地毛よ」
「…外国の方ですか?」
「外国というよりは別次元… いえ、なんでもないわ。今の言葉は忘れて」
「…………」
永美はいろいろ納得出来ない事に折り合いをつけ、ソファーに座った。
「それで、倉成。何しに来たの?」
「フッ… 聞いて驚くな! 何と、ポーカーだ!!」
武が頭上に、トランプを掲げる。
たが。
「…ポーカーはもう無理」
優春は、それを一蹴した。
「な、何故!!?」
「どうしても無理なの。別のゲームにしましょう。『ピロピロピンポンドーン』とか」
優春がテーブルの上にトランプを広げる。
だが武は、その様子を侮蔑のこもった眼で見た。
「…2034年にもなって、まだそんなダサい呼び名を使ってるのか。これは『スーパーめくりんちょ』だろ」
優春の手が、止まる。
「倉成… あなた、まだ脳ミソが凍ってるみたいね。電子レンジにでも頭突っ込んで解凍しなさい」
「結構だ。俺までお前みたいに、頭があったかくなったら大変だからな」
醜い争いを始めた武と優春を、
「あの……」
永美の言葉が遮った。
「…その『ピロピロピンポンドーン』とか『スーパーめくりんちょ』とかいうのは、一体何なのですか?」
「えぇ!!?」
武と優春が同時に叫ぶ。
2人はまるで、天地が逆転したかのように驚いていた。
「ほ、本当に知らないのか!!?」
「…ええ」
「う、嘘でしょう!!?」
「…嘘ではありません」
「そ、そんな……」
2人は永美にルールを説明する。
だがその説明が終わった時、永美は説明が始まる前より困惑していた。
「…それは、『神経衰弱』では?」
「えぇ!? た、確かに倉成の神経は樹齢数千年の巨木のように太いけど……!!!」
「何ぃ!? す、衰弱するのは優の良心だけで充分なんだよ!!!」
あまりのショックに、意味不明な事を口走る2人。
「と、とにかくこれは『ピロピロピンポンドーン』よ!」
「『スーパーめくりんちょ』だ!」
「…『神経衰弱』でしょう?」
その時。
「…あなた達……」
事態を傍観していたフルートが、ついに… キレた。
「毎度毎度毎度毎度毎度毎度毎度… 同じ事で言い争うのは止めなさい、ナンセンスね!! そんなの、いつも通り『神経ピロりんちょ』にすればいいでしょう!!!」
「――!!? は、はい!!!」
結局、いつも通り『神経ピロりんちょ』となった。
「敗けた奴は罰ゲームってのはどうだ?」
「へぇ、いいじゃない」
「何でもいいわよ。どうせ、私は敗けないしね……」
「…私も構いません」
数分後。
「倉成選手、罰ゲーム決定〜♪」
「……うぅ」
武の涙が一滴、トランプの上に落ちた。
夕方。
「なかなか個性的なご友人でしたね」
「…誉め言葉として受け取っておこう」
永美が放った矢が、
的
ターゲット
に命中する。
「しかし、それ… まだ残ってたんだな。てっきり、刻恵が死んだ時に処分したのかと思ってた」
武が、永美の持つアーチェリーの
弓
リカーブボウ
を眺めた。
「安い物ではありませんから」
永美は矢を
弦
ストリング
につがえる。
「…倉成さん、姉さんのアーチェリーの腕前は、どれほどのものだったんですか?」
「知らないのか?」
「…ええ、知りたいと思いませんでしたから」
武は少し考えた後、
「詳しい成績は覚えてないが… 未来のオリンピック選手とかいわれてたな」
正直に答えた。
「…そうですか。やはり、私とはレヴェルが違うんですね」
永美は弓を構え、ストリングを引く。そして、
照準器
サイト
で狙いを定め、矢を放った。
矢は、先ほど放たれた矢の、少し右に命中した。
「…そう言えば、刻恵の奴がこんな話をしていたな――」
『放たれた矢がターゲットに当たる。これは当然の事のように思えるけど……』
『けど?』
『矢がターゲットに命中するには、矢が
射手
アーチャー
とターゲットの中間点を通らなければならないだろう?』
『…まぁ、そりゃそうだな』
『その中間点をA地点とすると、次に矢はA地点とターゲットの中間点――B地点を通らなくてはならない』
『…………』
『すると今度は、B地点とターゲットの中間点――C地点を通らなくてはならならなくなる』
『と、なると……』
『そう。次はD地点、その次はE地点というように… 矢は中間点を通る事を無限に繰り返すだけで、決してターゲットには命中しないんだよ』
『でも実際には、矢はターゲットに命中するだろ? いやでも、そうすると中間点が… んん? どういう事だ?』
『ふふ……』
「――とまぁ、こんな話を」
「『ゼノンのパラドックス』の1つですね… それは。あの少年も、同じ話を私に聞かせてくれました」
永美が再び放った矢は、何事もなくターゲットに命中した。
「ぜのん?」
「古代ギリシアの哲学者ですよ。エレア派哲学の中心人物だったそうです」
「…お前は物知り博士か?」
「これくらい一般常識です」
「…絶対に違うと思うぞ」
武はターゲットを見る。
(…矢がターゲットに命中しないなんて、有り得ないよな……)
しかし。
『16日に時は停滞し、決して17日には辿り着かないの』
「……!」
フルートの言葉を、武は思い出した。
『ターゲットに命中しない矢』と、『17日に辿り着かない時間』。
その2つは、あまりにも似ていた。
あとがきだと思われるもの・3
こんにちは、大根メロンです。
かなりヤバくなってきてます。サスペンスは難しいです。
これでようやく、1/3くらいだと思われますが… まだまだ先が長い(汗)
ではまた。
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