昼前。
暇潰しに島の図書館を訪れた優春が見たモノは、大量の新聞と向かい合っている武の姿だった。
「…私、疲れてるのかしら。図書館とはまったく縁のなさそうな倉成が、ここにいるように見えるんだけど……」
「おい、そこの田中優美清春香菜。いきなり失礼な事を言うな」
「…ああ、やっぱり倉成なのね。これはもしかして、世界滅亡の前兆?」
「図書館では静かにしろ。……ハッキリ言うと、黙れ」
「って言うか、何してるのよ」
優春は武の隣に座り、武が見ている新聞記事を覗き込んだ。
「――! これって、20年前の……」
「ああ、刻恵殺しを報じた記事だ。何か、手がかりがないかと思ってな」
「手がかり、って… 犯人の手がかり?」
「そう」
優春が深く、溜息をついた。
「…つまり、あなたは白風刻恵殺しの犯人捜しをしてる訳ね」
「青髪は無駄だとか言ってたけどな」
「彼女が無駄って言ったんだから、本当に無駄なんだと思うわよ? それに、殺人の時効は15年。もう20年も経ってるんだから、どうしようもないわ」
「かも知れない。でも、気になる点があるんだ」
「…気になる点?」
武は少しの間をおいた後、言った。

「本当に… 刻恵は死んだのか?」

「……は?」
優春が間抜けな声を出す。
武の言葉の意味が、理解出来なかった。
「『白風刻恵を殺せるのは白風刻恵だけ』。当時、よく言われてた言葉だよ」
「…どういう意味?」
「そのままの意味さ。刻恵を殺せる者は刻恵だけ。逆に言えば、刻恵以外の者に刻恵は殺せない、って事だ」
「…どうして?」
「あいつはそういう奴なんだよ。何故だか知らないが、天が味方してる。アメリカから帰国する時に、あいつが乗ってた飛行機が墜落したんだが… 刻恵はほとんど無傷で生還したんだ。他の乗客が1人残らず死んだにも関わらずな。……ほら、これがその事故の記事」
その記事には、確かに武が言った通りの事が書かれていた。
「こんな事もあった。あいつは天才故にいろいろ人から怨まれる事もあって、何度か銃を向けられた事がある。でもその度に、相手の銃が弾詰まりジャムを起こしたり、弾丸が不発だったりした。無論、刻恵は無傷だ」
「…そんな事あるはずが……」
「あったのさ。なんせ、俺がこの眼で見たんだからな」
武が別の新聞に眼を向ける。
「そんな刻恵が死んだなんて言われても、当時は誰も信じなかった。今でも、信じてない奴は世界中にいる」
「倉成は… どう思ってるの?」
「半信半疑だな。それを確かめるのも、この犯人捜しの目的なんだ」
「へぇ… それで、調査の成果は?」
「…ゼロだ」
「やっぱりね」
優春は、新聞の1つを手に取る。
「…死亡推定時間は7月17日の11時から13時ごろ、死体から摘出された弾丸は9mmパラベラム弾、か。何の手がかりにもなりそうにないわね。……ねぇ、銀行強盗事件の方は調べてるの?」
「当然。だが、めぼしい手がかりはなかった」
「現場検証は?」
「無駄だった」
「でしょうね。20年も経ってるんだもの。何か残ってる方がおかしいわ」
優春が新聞を置く。
「…ねぇ、倉成。随分と真剣に調べてるけど… あなた、まだ白風刻恵の事が好きなの?」

ブッ!!!

武が吹き出した。
「な、何でお前がそんな事を知ってるんだよ!?」
「図書館では静かにしなさい」
「俺の質問に答えたら、静かになってやるよ」
「フルートが教えてくれたの」
「…あの性悪四次元存在めぇええ!!」
武が叫ぶ。
館内の人々の視線が集中するが、本人はそれどころではない。
「じゃ、次は私の質問に答えなさい」
心なしかいつもより鋭い視線の優春が、武に尋ねる。
「……好きって言えば好きだが… それは過去むかしの『好き』であって、現在いまの『好き』じゃない」
「…ふぅん。ま、いいけどね」
優春が席を立つ。
「行くのか?」
「ええ。犯人捜し、頑張りなさい」
そう武に言い残すと、優春は図書館から去って行った。



「…何故、さも当然のようにお前等がここにいるんだ?」
昼過ぎに武が屋敷に戻ると、何故か食堂で優春とフルートが昼食を食べていた。
「あ、倉成。さっき古室さんと商店街で会ってね。私達に昼食を御馳走してくれる、って話になったのよ」
「正司さんが?」
武が眼を向けると、
「ええ、食材も沢山ありますから」
傍に立っていた正司は頷いた。
「優、いつの間に正司さんと知り合いになったんだ?」
「一昨日。商店街でね」
「…そういえば」
一昨日に優春と商店街で会った事を、武は思い出した。
「あの時か?」
「そう、あの時よ」
「やっぱりな」
武は椅子に座り、用意されていた自分の分の昼食を食べ始める。
「…それで、あなたの方はどうだったのよ? 犯人捜し」
「いや、何も掴めなかった」
武が悔しそうにいうと、
「…言ったでしょう? 犯人捜し探偵ゴッコは無駄だって」
フルートが、武を一瞥もせずに言い放った。
「…くっ、だが俺は諦めないぞ。ここで諦めたら、刻恵に祟られる気がするしな…… ん、刻恵?」
武の食事が止まる。
その様子を見た優春が、武に尋ねた。
「…倉成? どうしたの?」
「そっか、忘れてた」
「…何を?」
武の顔に、笑顔が浮かんだ。
「刻恵の部屋だよ。刻恵が銀行強盗犯の顔を見たのなら、何か手がかりを部屋に残してるかも知れない!」



「刻恵様のお部屋は、当時のままでございます」
正司が部屋の鍵を開ける。
扉が開かれると、武・優春・フルートが部屋に入って行った。
「…おい、優。気をつけて歩けよ。何か罠が仕掛けてあるかも知れないぞ」
「罠って… そんなものある訳が――」
「春……」
フルートが、優春の足元を指差す。
「そこの板、踏んだら危ないわよ」
「――って、ええ!!?」

カチッ

「あ……」
見事に、優春は踏んだ。

ヒュンッ!!!

壁からギロチンが飛び出し、優春の首元に襲いかかる。
「っおお!!?」
優春はそれを白刃取りするが、

バタンッ!!

「――!!?」
今度は、床が抜けた。
下には、無数の細長く鋭いトゲが待ち構えている。
「きゃああぁぁあああ!!?」
「優!!」
武が白衣を掴む。
「おい、生きてるか!?」
「……え、ええ… 何とか…ね……」
トゲのわずか数cm上で、優春の身体は止まっていた。



「ま、まさか本当に罠があるなんて……」
「あいつはそういう奴だったんだよ。確か、俺の時はバルカン砲だったな」
武は、刻恵の部屋で手かがりの捜索を開始した。
優春は恐る恐る、引出しを開けたりしている。
「優、そんなに警戒しなくても大丈夫だ。入口以外に罠はないぞ。……多分」
「ほ、本当でしょうね!? このタンスとか、開けたら爆発したりしない!?」
「爆発なんて… する訳ないだろ。……多分」
そんな調子で部屋を捜索してゆくが、特に手がかりらしきものは見つからない。
「ねぇ、倉成… やっぱり、何もないんじゃない?」
「…うーん、そうかもなぁ……」
武はそう呟きながら、1つの手帳を取る。
「……ん?」
その手帳はほとんどが真っ白だったが、中に写真が挟んであった。
「何だこりゃ?」
それは、1人の少年の写真。
裏を見ると、その少年の名前らしきものが書かれていた。
「『Tomトム』……?」
その時。

プルルルルルル……

武のPDAから、着信音が響いた。
「…はい、倉成――」

『まったく、勝手に私の部屋に入るとは。相変わらずいい度胸じゃないか、武』

「――!!?」
PDAの向こうから聞こえてきたのは、懐かしい声。
だがしかし、それはもう聞こえるはずのない声だった。
「なっ、刻恵……っ!?」
『久し振りだね、元気かい?』
「…ああ、少なくとも死んでるお前よりは健康だ。間違いない」
『ふふ、それはよかった』
刻恵は楽しそうに、言葉を紡ぐ。
「た、武様… まさか」
「ああ、刻恵からみたいだな」
「――!!? そ、そんな… 刻恵様はあの日――20年前の、11時34分に殺……」
正司の言葉が詰まる。そして、顔から血の気が引いてゆく。
武も、正司と同じような状態だった。
得体の知れない何かが、部屋を包んでいた。
『驚いてるみたいだね。出来る事なら、君の驚いてる顔をこの眼で見てみたいよ。きっと、思わず吹き出すような面白い顔をしてるに違いない』
「一体、どうなってるんだ……!?」
『どう解釈するかは君の自由だ。私がどこかで生きていると考えるのもいいだろうし、幽霊だというのも面白い』
「おい、ちゃんと答え――」
『じゃあ、そろそろ切らせてもらおう。また電話するよ』
「ま、待て!!」
武は思い切り叫んだが、既に通話は切れていた。
「…ったく、何なんだ……」
武はPDAを、ポケットに入れる。
「…ま、1つ分かった事は――」
そして、武はフルートを見ながら言った。

「――お前の言う通り、犯人捜しは無駄だったみたいだな」




あとがきだと思われるもの・4
こんにちは、大根メロンです。
さて、第四話です。ようやく話が進み始めました。
…今回の話で、いろいろ気付いちゃう人がいそうだなぁ(汗)
次話は、『あの神社』が登場します。
ではまた。
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送