朝。
「ん〜……」
武は背伸びをしながら、屋敷の庭を歩いていた。
(今日、か……)
フルートが言っていた、時の停滞。
何が起こるのかは分からなかったが、避ける術はなかった。三次元の住人は、『時』という圧倒的な力に逆らう事は出来ないのだから。
そんな事を考えながら歩いていると、
「……ん?」
庭の隅にある物置で、中の物を整理している正司を見つけた。
「正司さん、何してるんだ?」
「あぁ、武様。不用な物を処分しようかと思いまして……」
「…ふ〜ん……」
武も、物置の中に入ってゆく。
そうして、中の物をいろいろ見ていると、
「……?」
あるものを見つけた。
それは、1枚の絵。
「…正司さん、これは……」
「はい? ああ、その絵ですか。それが、あの魔法使いの絵ですよ」
「――! これが……」
その絵に書かれている少年は、武の見覚えのある人物だった。
間違いなく、刻恵の部屋で見つけた写真に写っていた… あの少年だった。
(じゃあ、あのトムって奴が、刻恵の友人――魔法使いの少年なのか)
武の心がざわめく。
この絵は、まるで磁石のように武を惹き付ける。
今、武が物置に来たのも、この絵に呼ばれたからなのかも知れない。
ならあの時、武が刻恵の部屋でトムの写真を見つけたのも… 写真に呼ばれたからなのだろう。
まるで、何か見えない『力』に引っ張られているようだった。
(何なんだよ、この引力は――)

「『運命』、かしらね」

武の背後から、声。
振り向くと、そこにはフルートが立っていた。
「その少年は『始まり』だもの」
「始まり?」
「ええ、全ての物語のね。無論、この島で展開される物語も同様よ」
「…何の話をしてるんだ?」
「知らなくていいわ。どうせ、あなたが知っても意味のない事だから。今あなたがやるべき事は、この物語をさっさと終わらせる事よ」
フルートは踵を返し、武に背を向ける。
「精々頑張りなさい。私達――『傍観者』を、少しでも楽しませるためにね」



昼過ぎ。
「ったく、青髪の奴… 何だってんだ?」
武が島の中を歩いていると、
「……お?」
時計台の周りに、数人の人影が見えた。
武はその中の1人に歩み寄り、
「すいません、何かあったんですか?」
と、尋ねた。
「……ん? いや、大した事じゃないよ。ただ、ちょっとあの時計が狂っちゃってね。ま、古いものだから仕方ないんだけど」
「…狂った? 直せるんですか?」
「勿論。普通の時計と同じくね」
「へぇ……」
武は時計台を見上げる。
外からでは分からなかったが、確かにアナログ時計の時間を修正するのと同じような手順で、作業が行われているようだった。
「…………」
時計は時間と連結している。なら、時計のように時間が狂う事もあるのだろうか。
ふと、武はそんな事を思った。



「…結局、ここに来てしまったな」
武は目の前の司紀杜神社を見ながら、そう呟いた。
昨日来た時に感じたあの不気味さは、夜の闇が消えてもまったく変わっていない。
そして――

プルルルルルル……

――武のPDAが、着信を告げた。
武は通話のボタンを押すと、
「よう、刻恵ファントム。何の用だ?」
と、相手に向かって言い放った。
『ほう…? よく、相手が私だと分かったね』
「お前は気配が違うからな。電話越しでも分かるんだよ」
『非科学的だ』
「お前が言うな」
PDAの向こうで、笑い声が響いた。
「…お前ってさ、いつも楽しそうだよな」
『羨ましいかい?』
「いや、これっぽっちも」
『…今、生まれて初めてツッコミというものをしたいと思ったよ』
「そりゃ光栄だ。あの白風刻恵をツッコミに駆り立てたのは、この世で俺1人だろう」
懐かしい風が、吹く。
「…なぁ、刻恵。1つ訊いていいか?」
『…何だい?』
「どうして、姿を消したんだ?」
風は武を通り抜け、神社を包む。
『…どういう意味かな?』
「お前が、ただ殺されるはずはない。殺されたんだとしたら、それはお前自身が殺される事――『死』を望んだからだ」
『…………』
「どこかで生きているとしても… 20年前のあの日、俺の前から姿を消した事には変わらない。……何故だ? 何故、姿を消した?」
武は、一瞬だけ刻恵の気配が揺らいだのを感じた。
『…私は、この世界には必要ないんだよ。だから、この世界から消えた』
「……何?」
『核兵器がこの世に必要ないのと同じ事さ。限度を超えた力は、世界に災いしかもたらさない。そして… 私の能力は、その限度を超えている』
「…お前はそんな事を気にするような性格じゃないだろう。むしろ、その災いとやらを笑いながら見ているような奴――」
『確かに私の能力によってこの世界にどんな災いが起ころうと、まったく構わない。だが――』
「……だが?」

『――君に、災いをもたらす訳にはいかなかった。私は君が好きだからね』

刻恵はそう言うと、黙り込んだ。
「お前……」
『…………』
「そうはっきり言われると、さすがに恥ずかしいんだが」
『…私としては、誕生日プレゼントとして贈ったそのPDAを、君が未だに使ってる事の方が恥ずかしいんだが……』
「いいだろ、別に」
『まぁ、悪いとは言わない』
風が森の中を抜け、鳴く。
その音に乗った気配を、武は感じた。
「――! ……お前、もしかして近くにいるのか?」
『…会いたいかい?』
「ん……」
武は神社を見上げ、
「いや… いい」
そう言った。
『そうか。……今の君にとって、私は過去でしかないんだろうね』
「そうだ」
『フン… 面白くない』
「往生際が悪いぞ」
『分かってるよ。じゃあ、そろそろ切らせてもらおう』
「ああ」
『さよなら、武』
電話が切れる。
武は無言で、PDAをポケットに入れた。
そして、神社に背を向け歩き出す。
「…何か、疲れたな……」
風は、いつの間にか止んでいた。



夜。
武は部屋のベッドに寝転がりながら、時計の針を眺めていた。
時刻は既に12時を廻ろうとしている。
「…結局、何も起きないじゃないか……」
武はフルートの言葉の意味を確かめるために、17日になるまで寝ずに過ごそうとしているのだ。
しかし、未だに何も起こっていない。
「青髪… 謀ったなぁ!!」
1人でそんな事を叫んでみたりしたが、
「…………」
すぐ虚しくなり、武は静かになった。
「ったく……」
武はベッドの中に潜り込み、眠ろうとする。
だが、その前に武は何気なく時計に眼を向けた。
そして――

「……?」

――不自然な事に気付いた。
今、時計の針が示しているのは、24時の寸前。
だがそれは、さっき時計を見た時とまったく同じだった。
「何……?」
武は時計を凝視する。
長針・短針・秒針… 全ての針が、24時になる寸前で止まっていた。
「…故障か?」
武はPDAを取り出し、その時間を確認する。
しかし、
「な……!?」
PDAの表示時間も『23:59』で止まっていた。
いや、正確には止まっているのではない。時間は進み続けている。
だが、決して24時――17日には辿り着かない。矢が無限の中間点に阻まれ、決してターゲットまで辿り着かない事と同じように。
「…何が、起こってるんだ……?」
それは… 一瞬で長い夜の、始まりだった。




あとがきだと思われるもの・6
ふぅ〜、ようやくここまで来ました。
さて、次話からはクライマックス。
武達はどうなるのか!? そして、刻恵殺し(?)の犯人は!!?
ではまた。
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