「くそっ!」
いても立ってもいられず、武は部屋を飛び出した。
武は屋敷を廻り、時計を調べて行く。
だがどの時計も、24時になる寸前だった。
そして、武が7個目の時計を調べ終えた時、
「倉成さん!?」
廊下の向こうから、永美が走って来るのが見えた。
「永美!? お前、どうして……?」
「時計が… いえ、時間が狂っているのに気付いて、他の時計を調べるために部屋を飛び出して来たんです。倉成さんもそうでしょう?」
「ああ、そうだが… それで、そっちはどうだったんだ?」
「私が調べた時計も、全て同じ有様でした」
「…本当に時間が停滞してるのか……」
信じられない事だったが、フルートの言葉は真実だった。
武達は、この時の狭間に閉じ込められたのだ。
「だが、どうしてこんな事になったんだ?」
武が呟く。
その言葉を聞いた永美の表情が一瞬だけ曇った事に、武は気付かなかった。
「とにかく、永美は正司さんを起こしてくれ。俺は優達を連れてくる」
「田中さん達を?」
「ああ、あいつ等はこういう怪奇現象の専門家だからな」



屋敷のリヴィングルームに武・永美・正司と、武が連れて来た優春・フルートが集まる。
「優、今度は何をしでかしたんだ?」
「私は何もしてないわよ」
優春は武の言葉を即座に否定すると、
「それで、フルート。一体、これはどうなってるのよ?」
慌てた様子もなくまったくいつも通りの、フルートに尋ねた。
「そこのバカ男には前に話したけど… これは時が停滞してるのよ。時の流れが無限の中間点に阻まれ、17日には辿り着けなくなってるの」
「無限の中間点? ……ゼノンのパラドックスみたいに?」
「そういう事」
「何でそんな事になってるの?」
「……さぁね。17日が来ると困る人でもいるんじゃないかしら?」
フルートは、白々しくそう言った。
「…まぁとにかく、街の方に行ってみたらどうだ? この状況のせいで、パニックとかが起きてたら大変だし……」
「そうですね。私もそう思います」
武の言葉に、正司が同意する。
「…そうね。じゃあ、みんなで街に行ってみましょう」



商店街は、まだ夜の静けさに包まれていた。
「まだ、特にパニックとかは起きてないみたい……」
優春は周りを見廻し、そう呟く。
「しかし、田中様。それも時間の問題ではありませんか? 早く何とかしなくては、いずれパニックも起こるでしょう」
「そうね… でも、何とかするには原因を突き止めないと」
「原因… やはり、司紀杜神社が関係しているのでしょうか」
正司は、神社の方向を見る。
それにつられて、その場にいる全員がその方向を見た。
「…優、とりあえず行ってみよう」
「……ええ」
歩き出した武に、全員が続いた。



昨日や一昨日と同じように、司紀杜神社は森の中に在った。
だが、漂う不気味な雰囲気は、昨日までとは比べ物にならない。
「んで、来たはいいが… これからどうするんだ?」
「知らないわよ。自分が行こう、って言い出したんじゃない」
「…う〜ん……」
武は司紀杜神社を見詰める。
「…………」
ずっと見詰めていると、その闇に吸い込まれそうな感覚を覚えた。
(この現象… この神社が何か関係してるのか……?)
永美から聞いた、タイムスリップした女の子の話。
優春は、あれは実話だと言っていた。
(なら、本当に時を捻じ曲げる『力』が?)
武は隣に立っている優春を見る。
優春は、眼を閉じたまま何かを考えていた。
「…なぁ、優。やっぱり、この神社が――」
武がそう言いかけた時、
「まったく… 頭の廻転が悪いわね」
フルートの声が、境内に響き渡った。
「…青髪? お前、もしかして何か分かったのか!?」
「最初から分かってたわよ。手出しはしないつもりだったんだけどね… でも、あなた達があまりにも不甲斐ないから」
「悪かったな」
フルートに、全員の視線が集まる。
「簡単な話じゃない。この中にいるでしょう? 17日が来る事を望まない者が、たった1人だけ」
その1人を、フルートが視た。


「ねぇ、白風永美」


「――!!!?」
皆の視線が、フルートから永美へと移動する。
永美は顔を青くしながら、僅かに震えていた。
「何を… 言ってるんですか」
「あなたは昔、こう思っていたんでしょう? 17歳の7月17日に自分は死ぬ、とね」

『…永美様は小さい頃、クローンである自分は刻恵様と同じ運命を辿るのではないか、と恐れていました』
『同じ運命……?』
『17歳の7月17日に死んでしまう、という運命ですよ』

「だから、あなたは17日が来る事を望まなかった。それがこの事態を引き起こしたのよ」
「…………」
永美は黙ったまま何も語らない。
「…あの少年は、あなたを不老不死にしたんでしょう?」
永美の身体が、ビクリと震えた。
「あの少年って… 例の魔法使いの少年か」
武はあの写真と絵を思い浮かべる。
「ええ、そう。少年は死の妄想に怯える永美の額に触れた後、あの時計台を指差しながらこう言ったの」

『君が17歳の時… 矢が決してターゲットに命中しないのと同じように、あの時計台が7月17日を刻む事は決してない。だから、君は死なない。時も進まなくなるから、歳も取らない』

「その言葉が現実となり、あの時計台を生活の基準とするこの島は… 今日、この現象に巻き込まれた」
「…死ななくて、歳も取らないって事は……」
武が、ポツリと呟く。
「そう、まさに不老不死ね」

『…あの少年は、私を不老不死にしてくれたんです』

「…じゃあ、この現象はその少年の言葉が原因なの?」
優春が、静かに言う。
「ええ、そうね」
「ちょ、ちょっと待てよ」
武が、顔をしかめながらフルートに尋ねる。
「何で、少年の言葉――不老不死が、現実になったんだ? まさか、少年は本当に魔法使いだった、とか言うんじゃないだろうな」
「その少年には、他者を不老不死にする『力』があったからよ。少年は、その『力』の事を… 『CUREキュア』と呼んでいたらしいわね」
「……『力』? おいおい、やっぱり魔法使いじゃないか」
武は呆れた様子でフルートを見る。
だが、
「…別に不思議な事ではないでしょう? あのジュリアや柊文華を不老不死にしたのは、彼なんだから。『キュア』のフランス語読みは… 『キュレイ』、よ」
「――!!?」
フルートのその一言に、武は眼を見開いた。
「……で、でもあれはキュレイウイルスが――」
「不老不死の形態はウイルスだけではないの。生物が進化によって多様性を増してゆくように、不老不死も進化し、その形態を変えてゆくのよ。キュレイシンドロームがキュレイウイルスへと成った時のように… あるいは、輪廻を繰り返す魂のように、ね」
「い、いやしかし……」
「はぁ、頭がかたいわね… なら、こんな話を聞かせてあげるわ」
フルートは1つ溜息をついた後、優春を見た。
「春、あなたも知っているわよね。ある大学の若き教授が、ライプリヒ製薬から資料と資金の提供を受けて行った、『実験』を」
「――! え、ええ… 知ってるけど……」
フルートが再び武を見る。
「その実験の内容は面倒だから説明しないけど… 実験の結果、その教授と1人の大学生が2019年の4月1日から4月6日を何度か繰り返す――つまり、時間をループするという事態に陥ったわ」
「な……っ!?」
「まぁ、その教授と大学生はどうにかループから脱出したみたいだけどね。ライプリヒ製薬も、何故かちゃっかり実験結果のデータを入手したらしいわ。……その事件に比べれば、この状況もそう不思議ではないでしょう?」
「…………」
武はフルートから優春に視線を移し、
「優… 今の青髪の話、本当に起こった事なのか?」
と、尋ねる。
「…ええ。今の話に出て来た教授は、私の知り合いだもの」
「…本当マジかよ」
武は、信じられないといった表情だった。
「さて、他に質問は?」
フルートが一同にそう言った時、
「…どうして……」
永美が、ゆっくりと口を開いた。
「どうして、あなたはそこまで知っているのですか? あの少年の、言葉まで……」
「…………」
フルートは冷めた眼で永美を視た後、歌うように言った。

「…『聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能者にして主なる神。昔いまし、今いまし、やがてきたるべき者』…… 私は、過去・現在・未来の全てに存在――いえ、遍在しているわ。知らない事なんて、無いに等しいのよ」




あとがきだと思われるもの・7
ふぅ… ようやくここまで来ました。
サスペンスの難しさを何度も私に教えてくれたこのSSも、残すは2話。
さて、次話はついに刻恵殺し(?)の謎が解けるでしょう。
ではまた。
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