「それで、青髪が言った事は本当なのか?」
「…はい……」
武が尋ねると、永美は弱々しく頷いた。
「全て… 私のせいなんです」
「…………」
居心地の悪い沈黙が、神社に満ちてゆく。
「…永美、何か解決法に心当たりは?」
「いえ、何も。まさか、本当にこんな事になるなんて、思ってもいませんでしたから……」
俯いた永美の口から、乾いた笑い声が漏れる。
その
瞳
め
は、完全に光を失っていた。
「…姉さんならこんな現象くらい、簡単に解決出来るのでしょうね。でも――」
永美の眼から、涙が溢れた。
「――私は… 私は、姉さんじゃない。何も出来ない……っ!」
涙は頬を伝い、地に落ちる。
そしてそのまま、地の中へと消えていった。
「私は――」
「…あんまり、難しく考え過ぎるなよ」
突然、武の手が永美の頭に乗った。
「……!?」
「どうにかなるさ。ここには、俺達がいる。『3人寄れば文殊の知恵』っていうだろ。文殊っていうのはな、
文殊菩薩
もんじゅぼさつ
っていう知恵を司る仏サマの事で――」
「…知ってます。それくらい一般常識です」
「む、そうか。まぁとにかく、3人だけでも文殊菩薩と同じくらいの知恵が出せるんだ。なら、この場にいる全員で考えれば… 文殊菩薩をも上廻る知恵で、きっと解決法も見つかるに違いない」
永美が、顔を上げた。
「…どうして、そんなに余裕があるんですか?」
「こういう事には慣れてるからな」
「…………」
「今まで、こういう事は何回かあった。だけど、俺達はそれを乗り越える事が出来たんだ。だから、今回も大丈夫だ」
武が、陽気に笑う。
「…はぁ……」
「何だよ、その溜息は」
「貴方を見ていたら、悩んでいるのがバカらしくなってきました……」
永美が、一同を見る。
「…皆さん、解決法を考えましょう」
数分後――
「…やはり、あの時計台がキィポイントだと思います」
「少年様の言葉から考えれば… それは間違いないでしょうね」
「ええ。しかし問題は、時計台をどうすればいいのか、です」
正司の言葉に答えた永美は、時計台の方角を眺めた。
「う〜ん、時計台をぶっ壊すっていうのは、さすがに無謀な気がするし……」
優春も必死に頭を廻しているが、決定的なアイディアは浮かんで来ない。
「時計台が24時を刻まないから、この島も24時を刻まないのよね。なら――」
「なら、時計台の時計を進めちゃえばいいんじゃないか?」
「――え?」
何気なく、武が言った一言。
「『17日にならない』っていうのが、少年の言葉なんだろ? なら、狂った時刻を修正する時みたいに、針を進めて24時にしてやれば… って、そんな単純な方法じゃダメか。……ん? どうした、皆?」
何故か、皆の視線が武に集中していた。
「…確かに、単純な方法だけど――」
「試してみる価値はありそうですね」
優春と永美が、頷く。
優春は一同を見渡すと、大きな声で言った。
「倉成、フルート! 別荘に戻るわよ!! 永美と正司さんは、屋敷に待機していて!!」
『刻恵様のお部屋は、当時のままでございます』
『…おい、優。気をつけて歩けよ。何か罠が仕掛けてあるかも知れないぞ』
『罠って… そんなものある訳が――』
『春……』
『そこの板、踏んだら危ないわよ』
『――って、ええ!!?』
『あ……』
『っおお!!?』
『きゃああぁぁあああ!!?』
『優!!』
『おい、生きてるか!?』
『……え、ええ… 何とか…ね……』
『ま、まさか本当に罠があるなんて……』
『あいつはそういう奴だったんだよ。確か、俺の時はバルカン砲だったな』
『優、そんなに警戒しなくても大丈夫だ。入口以外に罠はないぞ。……多分』
『ほ、本当でしょうね!? このタンスとか、開けたら爆発したりしない!?』
『爆発なんて… する訳ないだろ。……多分』
『ねぇ、倉成… やっぱり、何もないんじゃない?』
『…うーん、そうかもなぁ……』
『……ん?』
『何だこりゃ?』
『トム……?』
『…はい、倉成――』
『なっ、刻恵……っ!?』
『…ああ、少なくとも死んでるお前よりは健康だ。間違いない』
『た、武様… まさか』
『ああ、刻恵からみたいだな』
『――!!? そ、そんな… 刻恵様はあの日――20年前の、11時34分に殺……』
『一体、どうなってるんだ……!?』
『おい、ちゃんと答え――』
『ま、待て!!』
『…ったく、何なんだ……』
『…ま、1つ分かった事は――』
『――お前の言う通り、犯人捜しは無駄だったみたいだな』
「…どうやら、間違いないみたいね」
優春はカセットレコーダーの再生を止め、一同に言った。
「ああ、そうだな。……しかし、優。どうしてお前、そんなものを録音してたんだ?」
武が、不審な眼で優春を見る。
「――! そ、そんな事はどうでもいいじゃない。それで、『あいつ』はどうするのよ?」
「…心配ない。考えはある」
武は椅子から立ち上がる。
「よし、まずは時計台に行って時を動かそう。その後、『あいつ』と会って――」
「それは止めた方がいいわね」
武の言葉をフルートが遮った。
「『あいつ』と会ってから、時を動かした方がいいわよ」
「……? 何でだよ?」
「そうしなければ… あなたは死ぬわ」
武は一瞬だけ、驚いたような表情を見せた。
「…何か、前にも同じような事を言われたような気がするな」
「…信じるか信じないかは、あなたの勝手。でも――」
フルートは思い切り武を睨み付け、
「――あなたが死んだら、ホクトが悲しむわ。そんな事は… 許さないわよ」
静かな、それでいて強い声で、そう言った。
「……ああ、そうだな。分かった。お前の忠告に従うよ」
武は、ポケットからPDAを取り出す。
そして、ある人物に電話をかけた。
『はい、もしもし――』
「永美か? 俺だ、倉成だ」
『倉成さん? どうかしましたか?』
「ちょっと時計台に来てくれ。話が… あるんだ」
武は暗闇の中で、時計台を見上げていた。
月光は雲に遮られ、地に届いてはいない。
そうしてしばらく経った時、武の耳に自分を呼ぶ声が届いた。
「…来たな」
武は後ろに振り返る。
「…話とは何です? こんな所でしなければならないような事なのですか?」
「ああ、そうだ」
2人の間に、張り詰めた空気が流れる。
「…はっきり言う。俺は… あんたが、刻恵を撃った犯人だと思ってる」
武は、『撃ち殺した』とは言わなかった。
「…私が? ……何を言っているんです。そんな事、あるはずがないですよ」
しかし、武は確信していた。今、目の前にいる者が、刻恵を撃った犯人だと。
「…まぁ、いいでしょう。仮に、私が犯人だったとします。しかし、あの事件からもう20年の年月が流れているのですよ? 殺人の時効は15年… 既に時効が成立しています」
「…………」
しかし、その言葉を突き付けられても、武は動じない。
「…なぁ、『時効の停止』って知ってるか?」
「――!」
「…その様子だと知ってるみたいだな。確か、あんたは7年もドイツにいたんだよな?」
『……帰国? お前、外国にいたのか?』
『ええ、両親の仕事の都合で7年ほど。父さん・母さん・私・古室さんの4人で、ドイツに住んでいました』
「海外にいた7年間は、時効の年月から差し引かれる。20年から7年を引くと、13年。時効までは、あと2年残ってるんだよ」
「…………」
「…さて、何か言いたい事は?」
「…は、はは……」
突然、笑い声が響いた。
「はははははっ! さっきから聞いていれば、勝手な事を… そもそも何故、私が犯人なのです? 証拠でもあるのですか?」
「物的証拠はない。だが、あんたが犯人である事は間違いない」
武は空を見上げる。
まだ、月は見えなかった。
「…刻恵の死亡推定時間は、7月17日の11時から13時ごろだ」
『…死亡推定時間は7月17日の11時から13時ごろ、死体から摘出された弾丸は9mmパラベラム弾、か。何の手がかりにもなりそうにないわね。……ねぇ、銀行強盗事件の方は調べてるの?』
「司法解剖を行っても正確な犯行時刻が割り出せる訳じゃない。だから、11時から13時ごろ、なんていうアバウトな時間だ。でも… 1人だけ、正確な犯行時刻を知ってる者がいる」
「…誰です、それは?」
「
犯人
あんた
だよ。あんたは刻恵を撃った時、自分の腕時計か、時計台の時計で時刻を確認したんだ」
「…いい加減にしてください。一体、何を根拠にそんな事を言っているのですか?」
「14日に刻恵から電話がかかってきた時… あんた、自分が何て言ったか覚えてるか?」
『――!!? そ、そんな… 刻恵様はあの日――20年前の、11時34分に殺……』
「11時34分。確かにそう言ったよな。犯人しか知らないはずの犯行時刻を何故、あんたが知っていたのか。それは、あんたが犯人だからだ」
突然、雲の隙間から月が覗いた。
月光が降り注ぎ、武と対峙している者の姿を暗闇の中から照らし出してゆく――……。
「そうだろ、正司さん!」
「…知らなくてもいい事を知ってしまったようですね、武様」
それは… 白風家の執事――古室正司の姿だった。
「やれやれ、あの一言でそこまで気付かれてしまうとは……」
「俺も、まさか犯人の方からボロを出すとは思わなかったよ。おかげで、犯人捜しは無駄になった」
「ふふ……」
正司は懐から銃を取り出し、武へと向ける。オートマティックのハンドガンだった。
「…俺を撃つ気か? 刻恵と同じように?」
「当然です。武様も刻恵様も、でしゃばらなければこのような事にはならなかったでしょうに……」
「やっぱり、刻恵はあんたの顔を見たから……?」
「…ええ。強盗を終え、安心して覆面を脱いだ時… 偶然、それを刻恵様に見られてしまいまして」
「ダメダメだな」
「まったくです」
笑顔の仮面で狂気を隠しながら、正司は笑う。
「…しかし、武様を殺すだけではいけませんね。きっと、田中様やフルート様もこの事を知っているのでしょう? 心苦しいですが、御二人も始末しなければ。……それと勿論、永美様も」
「…………」
「17日には少し早いですが… やはり、永美様は刻恵様と同じ運命を辿ってしまわれるのですね。歴史は繰り返す、という事でしょう」
「…ふざけるな。悲劇を繰り返すだけのループなんざ… 俺達が断ち切ってやる」
「心意気は結構。しかし、まずはこの状況をどうにかしなくてはなりませんよ?」
銃口は、変わらず武に向けられている。
しかし。
「…俺は死なない。あんたに俺は殺せない。刻恵を殺せなかったようにな」
「……さすがですね。まだそんな事が言えますか… もういい、死ね」
ドオォ…ン!!
銃弾が銃身を通り、銃口から飛び出す。
銃弾は空気を切り裂き、武に向かい一直線に飛んで行く。
そして、それは武に命中した――
「――!!!?」
――かと、思われた。
「な、に……?」
武に命中する寸前で、銃弾が止まっていた。
いや、止まっているのではない。間違いなく動いている。
だが… 銃弾は武の前で、無限の中間点に阻まれていた。
矢がターゲットに命中しないように… その銃弾は、武には命中しない。
「…なるほどな。青髪が言ってたのは、こういう事か」
『
古室正司
あいつ
と会ってから、時を動かした方がいいわよ』
『……? 何でだよ?』
『そうしなければ… あなたは死ぬわ』
もし、武が時を動かして無限の中間点を消滅させていたら… 銃弾は、確実に武の命を奪っていただろう。
「…………」
武は身を躱す。
銃弾は、後ろの時計台に打ち込まれた。
「バカなっ!!?」
正司が銃を連射する。
だが、どの銃弾も武を傷付ける事はなかった。
「ク……ッ!?」
正司はさらに引金を引いたが、もう銃弾は放たれない。
「どうやら、弾切れみたいだな」
「…くそっ!!!」
正司は武に背を向け逃げ出す。
だが、武は正司を追わなかった。
武は時計台を上る。
そして、時計の時刻修正を始めた。
「よいしょっと……」
ハンドルを廻し、少しだけ針を進める。
針が24時を刻み… 時が、動き始めた。
「よし、後は――……」
あとがきだと思われるもの・8
つ、疲れた……(汗)
最大の見せ場だけあって、かなり苦労しましたよ。
さてさて、次話は最終話。ついに、『彼女』が登場するかも知れません。
ではまた。
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