登校風景
                              大根メロン




道は、真っ直ぐ続いている訳ではない。
それは勿論、このぼく――倉成ホクトの登校路にも当てはまる。
そう、それは人生と同じだ。
真っ直ぐではなく、道はいくつも枝分かれし、その途中にはいくつもの試練が獲物を待つ猛獣のように待ち構えている。
1歩を踏み出すごとに、その猛獣達と近付いていく。
あまりにも愚かだ。獲物が自分から喰われに行ってどうするのだ。
しかし、ぼくは――否、ぼく達は進まなければならない。
人間とは挑戦する生物だと思う。そうであって欲しい。
なら、その猛獣に挑戦する事は人間である事の証明の1つだ。
そして、その猛獣を討ち斃した時、人間は始めて『成長』というものを得る事が出来る。そう、ぼくは信じている。
いわば、これは修行の道だ。
古代の英雄達や神々は自ら冥府へと旅立ち、新たなる力を得て帰還する。それと似ている。
ならば、この登校路の先に待つモノもまた冥府か。
だがぼくは恐れない。この先に待つモノが猛獣だろうが冥府だろうが川瀬さんだろうが、力の限りを尽くして突破しなくてはならない。
さぁ、1歩を踏み出せ。
武器を取れ。恐れるな。全て蹴散らせ。

走れ。
走れ走れ。
走れ走れ走れ。

足を止めるな。
体力の限界――そんなモノ、犬に喰わせろ。
足の痛み――知った事か。足が折れたら手で走れ。
自分に言葉をぶつけながら走る。
減速するな。飛行機が下手に減速すれば、それは墜落――死に繋がる。
それと同じ事だ。減速は死。徹底的に死。
走れ、倉成ホクト。死にたくなければ走るんだ。
風になれ。
イメージだ。風のイメージ。
吹き抜けろ。
人。自転車。自動車。野良猫。その間をすり抜けろ。
ぶつかるな。決してぶつかるな。少しのタイムロスも許されない。
目の前の、怖い人が乗っていそうな高級車。絶対に、何があってもぶつかるな。

ゴンッ

ぶつかった。
足を廻せ。逃げろ。
どうせやる事は変わらない。死にたくなければ、死ぬ気で走れ。
怖そうな人が追いかけてくる。
無視しろ。走る事だけに集中するんだ。
目の前に赤信号。関係ない。
跳び出す。
大音量でクラクションが響き渡る。聞こえない、聞こえない。
怖そうな人は、さすがにここまでは追ってこなかった。
よかった――いや、油断するな。
進路には上り坂。ここはつらい。
上る。
必死で足を動かし、スピードを落とさずに上る。
息が荒くなる。胸が苦しい。
甘ったれるな。息が荒くなる? 胸が苦しい? そんな事はどうでもいい。
下を見るな。前を見ろ。
そんなに息が苦しいなら、息を止めてでも走れ。
気合いを入れろ、倉成ホクト。自分に鞭を入れろ。
忘れるな、減速は死だ。
歯を食いしばれ。筋肉の力を最大限に引き出せ。
突如、足元の角度が変わる。
よし、上り坂終了。
しかし、ここからが勝負だ。加速しろ。
もうすでに、足の感覚がない。
それでいい。痛みも疲れも感じなくなれば、何にも惑わされず走る事が出来る。
車と並ぶ。
その車と同じ速度で走るんだ。
…さすがに無理か。
いや、諦めるな。人間とは挑戦する生物だ、と言ったのは自分だ。レッツ・チャレンジ。
すぐに、置いて行かれた。
…やっぱり無理か。
高望みするな。車と同じ速度なんて、どう考えても無理だ。
今は、自分の力を出し切ればよい。
いや、やっぱりよくない。いくら自分の力を出し切っても、結果が伴わなければ意味がない。少なくとも、この場合は。
曲がり角が迫る。
人間ドリフトで、一気に曲がった。
そのまま、減速せずに再ダッシュ。
目の前に在った光景が、一瞬後にはぼくの横を通り抜け、後ろに消える。
それはまるで、走馬灯のようだ。
登校路という名の走馬灯。その中を、駆け抜けて行く。
突然、目の前に野良猫が現れる。
「ギニャァーッ!?」
猫踏んじゃった。
…まぁいい、気にしない。
そして、前には新たな障害。

カンカンッ♪

甲高い音と共に下りる、踏切のバー。そして、その踏切の前で停車する車達。
現代人は時間に余裕がないとか言われているが、踏切のバーが上がるのを待つ時間はあるらしい。アホか。
当然、今のぼくにそんな時間はない。
ぼくは車の上に飛び乗り、走り続ける。
そして、走って来る電車。
ぼくはバーをへし折ると、棒高跳びの要領で跳ぶ――否、飛ぶ。
身体の下を、危険なスピードで電車が通り過ぎて行く。
『今のぼくって、周りの人からはどういう風に見えてるんだろう?』と、思う。まぁ、アクション映画のワンシーンに見えない事もないかも知れない。
電車を飛び越え、見事踏切の向こう側に着地。だが無論、減速は出来ない。
コンクリートの無機質な地面を思い切り蹴り、走り出す。
思えば、どうしてこんな事になってしまったのか。
ぼくが寝坊した。あれは目覚まし時計が壊れていたせいだ。決して、ぼくが悪い訳ではない。
なら、何が悪かったのか。
もしかしたら、何も悪い事などなかったのかも知れない。しかし、それでも悲劇は起きるのだ。
何故だ。何故、そんな事になる。
それが真理なのか。そうなのか。
だとしたら、因果応報などというのはタチの悪い妄想でしかない。
まるで、悲劇というのは1つの生物のようだ。
獲物を求めて彷徨い、見つけた途端に襲いかかる。獲物は、何も悪くないのに。
やっぱり猛獣だ、と思った。
だが、ぼくはそんな可哀想な獲物になる気はない。そのために、こうして走っている。
悲劇という名の猛獣を徹底的に、蹂躙・駆逐・殲滅するために。
そう、これは死合なのだ。遠慮はいらない。徹底的に潰す。潰して潰して潰し尽くしてやる。
そのための最大の武器は、言うまでもなくぼくの足だ。
走れ。
余所見をするな。前だけを見ろ。
視覚以外の全ての感覚をカットし、走る事だけに全ての力を注げ。視覚も白黒映像でいい。
鬼となれ。走りの鬼に。
神だろうが仏だろうが、立ち塞がるモノは全て消し飛ばせ。
光を超え、時を止めろ。
前方に大きな建物が見えた。学校だ。
ラストスパート。
爆発的な力がぼくの足から放出される。本当に爆発したかも知れない。
学校とぼくの間の距離が、どんどん縮まって行く。
だが、物事というのはそう上手くいかない。ぼくの前に敵が立ちはだかる。間違いなく、奴がラスボスだ。
「ニャァアア!!」
野良猫だ。
放たれるプレッシャーにより、野良猫が巨大に見える。まさに猛獣だ。
どうやら、さっき踏んだ事を恨んでいるらしい。
どうする。どうすれば、最も無駄なくこれを突破する事が出来る?
考えろ。知略を巡らせ、論理を組み立て、答えを導き出すんだ。
「ニャァアアァアアアッ!!!!」
野良猫がぼくに跳びかかって来る。決壊したダムから溢れ出る水を思わせる、凄まじい突進だ。
だが、ぼくも敗けられない。
「ギニャァァアアアアーッツ!!!?」
猫踏んじゃった。今のぼくの速度から考えると、猫轢いちゃった、かも知れない。
最後の関門、突破。
ぼくは至高のスピードで、学校の玄関に跳び込む。その衝撃で扉のガラスが残らず吹き飛んだような気がしたが、おそらく錯覚だろう。
瞬間的に靴を履き替え、廊下を走り、階段を登る。
あと少しだ。あと少しで、全て終わる。
長かった。ここまで長かった。
試練もたくさんあった。だが、ぼくはこうして試練を乗り越え、ゴールに向かっている。
光が見えた。ゴールだ。
一直線に走る。やった、ぼくはやったんだ。
しかし。
突然、足から力が抜けた。
限界など、とっくに超えていた。ついに、ぼくの足は少しも動かなくなったのだ。
支えを失い、その場に倒れ込む。
信じられなかった。信じたくなかった。
ゴールは、もう目の前なのに。
這って進もうとしたが、腕にもほとんど力が残っていなかった。

何故。
何故何故。
何故何故何故。

涙が滲む。
ようやく理解した。ぼくは敗けたのだ。悲劇という名の猛獣との、死合に。
そして、死合に敗れれば死あるのみ。
猛獣の声が聞こえる。ぼくを嗤う声だ。
頑張っても、どれだけ頑張っても、ダメな時はある。そんな時、人は皆この嗤い声を聞くのかも知れない。
猛獣がぼくを飲み込もうと口を開く。それは、もはや猛獣ではなく魔物だった。
ぼくには、もう抵抗する気力さえなかった。

キ〜ン、コ〜ン、カ〜ン、コ〜ン……

あぁ、チャイムが鳴ってしまった。
もう、教室の前まで来ていたのに。
…今日は、遅刻だ。




あとがきですらないもの
こんにちは。大根メロンです。
…我ながら、意味不明なSSです(オイ)
1日で書き終わったSSって、これが始めてですよ。……いや、もはやSSかどうかも微妙だなぁ。
さて、次回予告。


某月某日。
アメリカのスミソニアン博物館から、1つの宝石が盗み出された。
その宝石の名は『ホープ』。呪われしブルー・ダイヤモンド。
博物館からホープの奪還を依頼された優春は、咲夜を連れアメリカへと飛ぶ。
だが、この事件には恐るべき陰謀が隠されていた――……!
『親愛なる青の輝き(仮)』近日公開予定!


…性懲りもなくウソです。シリアスはダメです(何)
ではまた。


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