ツクリモノの世界外伝 
                              大根メロン



―ツイン・ハート―』




昔々。
ある所に、ひねくれ者の天才と朗らかなバカがいました。






――2013年 武、県立星丘高等学校1年生――

(……何だ?)
武は、妙な違和感を感じていた。
何やら、随分と教室が騒がしいのだ。
「おい、これは一体何の騒ぎだ?」
とりあえず、武は前の席の友人に尋ねてみる。
「…武、お前聞いてないのか?」
「何を?」
「今日、このクラスに転校生が来るんだよ。しかも、それが――」
その友人は瞳を輝かせながら、
「あの白風刻恵らしいんだ!」
「…白風刻恵?」
武は、頭の中でその名を検索してみる。
その結果。
「……誰?」
出たのは、その一言だった。
「…………」
固まる友人。
しかも、その友人だけでなく、教室中の生徒が武の一言により硬直していた。
「…お前、白風刻恵を知らないのか?」
「全っ然知らん。有名人なのか?」
「…ああ。15歳でマサチューセッツ工科大学を、首席で卒業したっていう大天才だよ」
「ふぅん。大天才ねぇ……」
武は興味なさそうに、
「ま、簡単に言えばインテリ女って事だろ? 俺が1番嫌いなタイプだな」
「ほう、どうして?」
「理屈っぽい人間は嫌いだ。それだけの事だよ」
「では、どんなタイプが好みなんだい?」
「俺の好みはだな、こう優しくて包容力があってなおかつ美人で――」
その時、武は気付いた。
(俺は… 誰と話してるんだ?)
友人も教室中の生徒も、さっきと同じように硬直している。
ただ違うのは、視線が武ではなく、武の後ろに向いているという事だ。
武は、ゆっくりと振り返る。
「…………」
今度は、武も硬直した。
「ふふ……」
背後に立っていたのは、長髪の女の子。
その瞬間、武は本能で理解していた。
その女の子は、人であって人ではない。人の形をしているだけの、何かとてつもない存在だと。
女の子は、天使のような笑顔を武に向ける。
だが天使というものは、異端の者に対してはとても残虐なのだ。
「理屈っぽいインテリ女の白風刻恵だ。よろしく」
刻恵は、右手を前に差し出す。
「よ、よろしく……」
武も右手を出し、握手をする。
刻恵の右手には、画鋲が仕込まれていた。



「じゃあ、白風さんの席は倉成君の隣ね」
担任のその言葉に、武は心の中で絶叫した。
無論、絶望の絶叫である。
「これも運命という奴かな」
席に座った刻恵が、武に言う。
「…運命なんて信じないぞぉ……」
「君が運命を信じようが信じまいが、私と君がお隣さんになったのは変えようのない事実だ。まぁ、仲良くしようじゃないか」
「先生! 俺は席替えを希望します!!」
「残念ながら、HRはもう終わっているよ。先生はとっくに行ってしまった」
「くそう、神は俺を見放したのか!?」
武は机に突っ伏す。
「君……」
刻恵は武を見ながら、
「バカとか言われないかい?」
「な、何故それを!!?」
「見れば分かるよ」
刻恵が笑う。
明らかに、武をバカにした笑いだった。
「…フン。ま、バカの方が理屈っぽいインテリ天才モドキよりはマシだ」
「……ほう?」
「そういう奴は、知識はあっても知恵がないんだ。そうに決まってる。……それに、バカの方がひらめきってヤツがあるんだ。多分」
刻恵の笑い声の音が、少し低くなった。
「…なら、勝負するかい?」
「……は?」
「知恵比べさ。君と私… どっちがマシなのか、確かめようじゃないか」
武は眼をパチクリさせた。
「それとも、逃げるかい? まぁ、私はそれでもまったく構わないが――」
「じょ、上等だ! 受けてやる!!」
「なら決まりだ。勝負は… そうだな、早い方がいい。明日にしよう。ルールはどうする?」
「そっちが勝手に決めればいい。……公平ならな」
「それはそれは。なかなかの自信だ。……なら、明日の7時に星丘海岸で待っていてくれ」
刻恵はそう言うと、武を眼中から外した。
「おい、武……」
前の席から、小さな声で友人が話しかけてくる。
「…何だよ?」
「まずいんじゃないか? 完全に彼女のプライドを傷つけた」
友人は心底怯えた声で、武に言った。
「お前… 殺されるぞ」



翌日。
武は刻恵は、星丘海岸に立っていた。
「よく逃げずに来たね」
「当然だ」
「じゃあ、まずはこの2本から1本選んでくれ」
刻恵の手の上には、2本のボールペン。
武は適当に、1本を取った。
刻恵は残ったボールペンを、自分の胸ポケットに付ける。
武も、自分の胸ポケットにボールペンを付けた。
「さて、ルール説明だ。ルールは簡単。同時にスタートし、ここから11.9km離れた星丘公園に先に辿り着いた方が勝ちだ。交通機関の利用等、何をしてもかまわない。……無論、相手の妨害もね」
「なるほどな。……それで、このボールペンは何だ?」
刻恵は暗い笑みを浮かべ、
「爆弾」
と、言い放った。
「――なっ!!!?」
「星丘公園の中央ベンチに、爆弾の解除リモコンが用意してある。だが、そのリモコンで解除出来る爆弾は1つだけ。そして、1つが解除されるともう1つは爆発するようになっている。つまり――」
「…敗者は爆死って事か」
「その通り。……ちなみに、その爆弾は君の体温等を感知している。身体から離そうとしても爆発するから要注意だ」
「…………」
「さて、何か質問は?」
武は首を振った。
「ないさ。さっさと始めよう」
「ほう…? 余裕があるじゃないか。てっきり、爆弾って聞いた時点で怖気付くと思っていたが」
「予想が外れて残念だったな。ま、折角の誕生日に爆死はしたくないが」
「へぇ、誕生日かい。なら、誕生日が命日にならないように頑張ってくれ」
「努力はする」
「…じゃあ、始めようか」



武は、街の中を走っていた。
「…やっぱり、バスだよなぁ」
星丘公園に行くための交通機関で1番確実なのは、バスだった。
タクシーは掴まらないかも知れないし、電車は一応線路が星丘公園近くまでまっすぐに延びているが、公園付近に駅はない。
武はバス停で、バスに乗り込んだ。



刻恵は街の中を歩きながら、ポケットから携帯電話を取り出した。
少し前に、通行人からスッた物だった。
「さて、派手にやろうじゃないか」
刻恵には、武の行動が手に取るように読めていた。当然、バスを使う事も。
刻恵は、携帯電話にヴォイスチェンジャーを取り付ける。
そして、ある場所に電話をかけた。



星丘市のバス運行を管理する、『星丘交通』。

プルルルルルル……

その営業所に、1通の電話が入った。
「はい、こちら星丘交通――」
『いきなりで悪いが、バスに爆弾を仕掛けさせてもらった。街を走っている17台全てにだ』
「――ッ!? 何だって!!?」
『窓の外を見てくれ』
「……?」
営業所員は言われた通り、窓の外を見る。
そこには、黒いバッグがあった。
『3・2・1… ドン』

バァンッ!!!!

「――うわっ!!!?」
突如、閃光と共にバッグが爆発する。
辺りを、白煙が包み込んだ。
『これで、私が本気だという事が分かってくれたと思う』
「…な、何が望みなんだ!?」
『まずはバスに仕掛けられている爆弾の話をしよう。今、遠隔操作でバスに仕掛けた全ての爆弾を起動させた。あれには速度計が取り付けてあるから、バスが時速40km以下まで減速すると爆発する』
「――ッ!!!?」
『だから、全てのバスを停車なしで運行させろ』
「し、信号はどうするんだッ!?」
『星丘市には、まったく信号がないルートがいくつかあるだろう。そこを通らせるんだ』
「わ、分かった… それで、何が目的なんだ!?」
『それは後で伝える』
その言葉と同時に、通話が切れた。



刻恵は通話を切ると、携帯電話を投げ捨てる。
「さて、これでバスはノンストップ。……当然、公園前のバス停で停車する事もないし… それ以前に、しばらくはバスの中に閉じ込められるだろうね」
刻恵は空を見上げる。
そして、この街のどこかにいるはずの武に向け言った。
「さぁ、死の舞踏ダンス・マカブルだ。舞台に上がった以上、踊りを止める事は許されない」



「……?」
武は、ようやく異変に気付いた。
さっきからこのバスは、まったくバス停で停車していない。
それどころか、おかしなルートを走っていた。
(何だ……!?)
星丘公園に行かなければ爆死する武にとって、これは緊急事態だった。
その時。

プルルルルルル……

武のポケットから、着信音が響いた。
(…PDA? いつの間にこんな物がポケットの中に……?)
とりあえず、武はその電話に出る。
『やぁ。快適なバスの旅を楽しんでるかい?』
聞こえてきたのは、刻恵の声だった。
「俺のポケットにこのPDAを入れたのは… お前か」
『ご名答。バースデイ・プレゼントだと思って受け取ってくれ』
「…それで、何の用だ。まさか、さっきからバスが止まらないのはお前の仕業か?」
『その通り。バスに爆弾を仕掛けさせてもらった。速度が時速40km以下になると爆発する』
「――何ッ!!!?」
『ふふ、あまり大きな声を出さない方がいい』
PDAの向こうから聞こえて来る刻恵の声は、余裕に満ちている。
「…ハッタリだ。俺をバスに閉じ込めるためのウソだな」
『そう思うのは勝手だが、そのバスには君以外の乗客もいるだろう? 君が無茶な事をして爆弾が爆発したら… 大惨事だ』
「く……っ!!?」
『まぁ、爆弾があるというのはウソじゃないさ。君の胸元に、1個あるからね』
「――!!」
『すぐその爆弾を爆発させるから、他の乗客を巻き込まないように気を付ける事だ。それじゃ』
「――!? ま、待てっ!!」
通話が切れる。
「…………」
武はPDAをポケットに入れると、しばらく座ったまま考え込む。
そして。
「…やっぱり、これしかないか」
おもむろに立ち上がると、バスの運転席の方に歩き始めた。



「…フン、面白くない」
刻恵はPDAの通話を切ると、つまらなそうに言い放った。
これで、武の動きは完全に封じられた。あとは、自分の爆弾を解除し武を爆死させれば、刻恵の勝利だ。
「…………」
刻恵にとっては、つまらない事この上ない闘いだった。相手が不甲斐なさ過ぎるのだ。
もっとも、つまらなくなかった闘いなど、刻恵の人生には1度もなかったが。
「…早く終わらせよう」
早く終わらせるには、星丘公園に早く着けばいい。
刻恵は信号待ちをしていたライダーを殴り飛ばすと、無理矢理そのバイクを奪う。
そして、一気に走り出した。



星丘公園まで約5kmの地点を、刻恵はバイクで疾走していた。
(……何だ?)
何かが、おかしかった。
刻恵の心は乱れ、警告を発している。
だが、それが何を意味しているのか、刻恵には分からなかった。
しかし。
その一瞬後、刻恵はその意味を知る事になる。
「――!!?」
大きな影が、刻恵の背後に現れる。
「な……っ!!!?」
それは、1台のバスだった。



「よっしゃ、追い付いたぁ!」
バスを運転しながら、武は喜びの叫びを上げた。
前方には、バイクに乗った刻恵が走っている。

『バスから降りる事が出来ないのなら、とりあえずこのバスで公園近くまで行ってみよう』

それが、武の導き出した答えだった。
運転席から退かした運転手や、他の乗客達はあまりの事態に言葉を失っている。
その時。

プルルルルルル……

PDAが、鳴った。
「無免許運転中の電話はすこぶる危険だぞ」
『お互い様だ』
聞こえて来る、刻恵の声。
その声には、以前のような余裕はなかった。
『…なかなか運転が上手じゃないか』
「昔、お袋から仕込まれた」
『お母さん…から? 何者だい、君のお母さんは』
「さぁ? 俺もよく知らん。……一説には、数々の遺跡や秘境で修羅場を超えてきた、伝説のトレジャーハンターだとか」
『…………』
「他にも、百戦錬磨にして一騎当千の傭兵だった、なんて話も聞いた事がある」
『……まぁ、君のお母さんの話はどうでもいい』
「…そうだな」
『――じゃあ、ゲームを続けようか』
PDAの向こうの声は、余裕を失っているかわりに、どこか楽しそうだった。



刻恵は通話を切ると、バイクをさらに加速させる。
「…少しは、面白い事になりそうだ」
刻恵は、こういう展開を期待していた。
闘う以上、少しは歯応えがなければ面白くない。
「だが… 私の勝利は揺るがない。死ぬのは君だ」
この展開を期待していたという事はつまり、この展開を予測していたという事だ。
そして当然、予測していれば対策も用意出来る。
「……ッ!」
刻恵は、路地裏へと入って行く。
――ショートカット。
小廻りのきくバイクだからこそ、出来る芸当だった。
路地を抜けると、目の前には大きな高級レストラン。
刻恵は何の迷いもなく、窓ガラスを突き破り、そのレストランに飛び込んだ。
食事をしていた客達の驚愕の視線が刻恵に集まるが、刻恵はまったくそれを気にせず、店内を突っ切る。
包丁を持ったコックが厨房から跳び出し、刻恵の進路を塞いだが、刻恵は構わずバイクでそのコックに体当たりした。
弾け飛んだ包丁を、刻恵は右手の人差し指と中指で白刃取りする。
そうやって障害物を退けると、裏口のドアを破り大通りに出た。
しかし。
「――!!!?」
刻恵の横を、バスが走り抜けた。
「何ッ!?」
バスは、線路の上を走っていた。
その線路は、星丘公園まで一直線に延びている。間違いなく、最短ルートだった。
「…くそっ、ここまで滅茶苦茶な事をするとは……!」
線路が最短ルートである事は刻恵も分かっていたが、まさか本当に武が線路を通るとは思っていなかった。
刻恵も線路の上に移動し、バスの後ろに張り付くように走る。
「…………」
刻恵はPDAを取り出すと、武のPDAへと電話をかけた。
「…正気を疑ってもいいかい?」
『その後ろにピッタリとくっ付いて来る、お前もどうかと思うが』
突然、武が沈黙した。
『…やっぱり、バスに爆弾が仕掛けられてるってのは、ハッタリだな?』
「――!!!?」
『何かの弾みで爆発するかも知れないバスに、お前はピッタリとくっ付いて走ってる。もし爆発したら、確実に巻き込まれる距離だ。……でも、お前はその心配をしていない。つまり、このバスが爆発する事はないって事だ』
「く……っ!!?」
武の言う通りだった。
らしくないミス。
刻恵は、少しずつ焦りを感じ始めていた。
何故か、調子が狂っていた。
(…あの男を相手にしているから?)
刻恵の頭に、そんな思考が走った。
刻恵は頭を振り、その思考を追い払う。
その時。
『それと、線路を渡る時は――』
突然、バスが左に進路を変えた。
『電車に注意しろよ!!!』
「――っ!!!?」
バスが退いた先に見えたのは、こちらに向かって走って来る電車。
バスの右側のミラーが電車とぶつかり、吹き飛ばされる。
刻恵も進路を変更し、電車を避けようとした。
しかし。
「――くっ!!?」
避け切れず、刻恵はバイクごと電車に弾き飛ばされた。



「…死んではいないよな?」
武は後方の刻恵の姿を確認する。
地面に伏した彼女は、少しだが動いていた。
しかし、死んではいないとはいえ、あれならかなりのケガをしたはずだ。まずは、病院に送られるだろう。
そうなれば、武は余裕で星丘公園まで行く事が出来る。
「よし……」
武はアクセルを踏み、バスを加速させた。



適当な踏切から道路に戻り、ついに武は星丘公園まで辿り着いた。
公園入口でバスを停車させ、降りる。やはり爆弾はハッタリだったようだ。
「中央ベンチだったっけな」
武は中央ベンチへと向かう。
そして。
「…あれか」
ベンチの上に乗ってる、リモコンを見つけた。
「――!? これは……!!?」
そのリモコンには、ある異常があった。
武がリモコンを見ながら困惑していると、
「ちょっと、君」
青い制服の2人組が、武に声をかけた。
(――オ、オマワリッ!!?)
そう、警官だった。
あれだけ派手にやったのだ。警察に通報されるのは当然だろう。
「少し訊きたい事があるんだが――」
リモコンは手元にあるが、『今、それを使う事は出来ない』。
だが、今から警察署に行ったら爆死するかも知れない。
警官の1人が、武に手を伸ばす。
(ど、どうする……!!?)
しかし、武の心配は杞憂となった。
「――っ!!?」
突然、包丁が飛んで来た。
そして、その包丁は武に手を伸ばしてた警官の手に突き刺さる。
「ぐが……ッ!?」
さらに、エンジン音と共に1台の半壊バイクが警官達の背後に現れた。
そのバイクは前輪を地に付けたまま後輪を浮かせ、
「――ぐぁっ!!!?」
その後輪で2人の警官を殴り飛ばし、気絶させた。
「やれやれ。君のおかげで、親切な人から譲り受けたバイクがボロボロになってしまったよ」
「…あの包丁は何だ?」
「さっき、包丁を持った通り魔のような男に襲われてね。その男から奪った」
刻恵はバイクから降り、武の前に立つ。
バイクと同じく刻恵もボロボロだったが、その顔には静かな笑みが浮かんでいた。



「病院に行かなくてもいいのか? かなり派手に転んだろ。骨も何本か折れたんじゃないか?」
「心配無用。私自身の骨から作った人工骨――簡単に言えば、スペアの骨だが――それを、折れた骨の替わりに入れておいた。……麻酔がなかったのは、少々大変だったが」
刻恵の腕には、真新しい縫い痕があった。
「……そうか。それで、これは何だ?」
武が、手の中のリモコンを刻恵に見せる。
そのリモコンには、赤と黒の2つのボタンがあった。
「この2つのボタンの内、1つは解除ボタンだろう。だが、もう1つは何だ? ……まさか――」
「そのまさかだよ。起爆ボタンさ」
「――ッ!」
「そのリモコンを自分のボールペンに向け、ボタンを押すんだ。それが見事解除ボタンだったら、君は助かり私は爆死。だがもし起爆ボタンだったら… 君が爆死し、私は助かる」
「…解除リモコンじゃなかったのかよ」
「解除リモコンさ。起爆リモコンでもあるけどね」
その2つのボタンが、刻恵がこの土壇場にあらかじめ仕掛けておいた… トラップ
「オイオイ… それは、さすがにずるいんじゃないか?」
「私にルール設定を任せた、君が悪いんだよ」
「…お前は、どっちが解除ボタンか知ってるんだよな?」
「当然」
「せめて、ヒントをくれ」
「ヒントかい? そうだな……」
刻恵は少し考えた後、
「スペードは『死』を意味する、とでも言っておこう」
「スペード……?」
トランプの4種類のマークには、それぞれ意味がある。
ハートは『愛』、 ダイヤは『財産』、クラブは『知識』、スペードは『死』を表している。
そして… スペードの色は、黒。
(なら、黒が起爆ボタンで――)
武の頭に、1つの答えが浮かんだ。
(赤が、解除ボタンか?)
その時。
「今、赤のボタンじゃないかと思っただろう?」
突然、刻恵がそう言い放った。
「――!!? ど、どうして……」
「赤い色を頭の中にイメージすると、人は無意識の内に緊張し、僅かに顔が強張る。まぁ、極々小さな変化だけどね」
「な……っ」
「…塩分の臭いがする。発汗しているね。……どうやら、私の言葉に動揺しているようだ」
刻恵の余裕が、武に圧力をかける。
(…落ち着け。あのヒントは、俺を惑わすためのものだ。だとしたら、ヒントを信用する事は出来ない。……最悪の場合、両方が起爆ボタンって事も――)
「安心してくれ。両方が起爆ボタン、という事はない」
「――!!? ……今度は、どうして俺の考えてる事が分かったんだ?」
「おや、やっぱりそんな事を考えていたか。当てずっぽうで言ってみたんだが」
「…………」
武は、思い切り頭を振った。
(…まぁ、どっちが解除ボタンだろうが起爆ボタンだろうが関係ない。最初っから、手は1つしかないんだ)
武は顔を上げると、刻恵を見る。
「…どうするか、決まったかな?」
「ああ……」
そう言うと、武は両手を上げた。
降参ギブアップだ」
「――え?」



武と刻恵の距離は、およそ数m。
「どうしようもない。考えてもさっぽり分からん」
「…………」
「このリモコン、お前に渡すよ」
武はそう言うと、刻恵に近付いてゆく。
「…大人しく爆死するのかい?」
「あぁ、そういう事になるかな」
「…面白くないね」
刻恵の眼に、失望の色がありありと表れる。
「――もういい。つまらない期待をした私がバカだった。お望み通り、爆死させてあげるよ」
「…この爆弾、威力はどれくらいなんだ?」
また1歩、武は刻恵に近付く。
「君の上半身を粉々にするくらいの威力は――」
その時、刻恵は気付いた。
「……!」
今の武と刻恵の距離は、およそ1m未満。
「く――っ!!」
刻恵は武から離れようとするが、
「逃がさんっ!」
武は刻恵の腕を掴み、それを阻止した。
「この距離だ。この距離で俺の爆弾が爆発したら、確実にお前も巻き込まれる」
「…そうやって私を脅して、どちらが解除ボタンが聞き出そうという訳かい? 浅はかだよ。君が解除に成功したら、私は死ぬんだ。そんな事を教えるはずが――」
「そんなつもりはないさ。……本当は分かってるんだろ? 俺が何を考えてるのか」
武は余裕の笑顔で、刻恵を見る。
「お前は… 『絶対に死なない』んだよな?」
「――!」
「昨日、お前の事を色々と調べさせてもらった。相手の事を知らずに闘いは出来ないからな。……そしたら、面白い事が分かった」
「…………」
「お前はアメリカでマフィアがらみのゴタゴタに巻き込まれた時、7人から銃を向けられたんだよな? だが、7挺の銃全てが弾詰まりジャムや不発で、お前は傷1つ負わなかった。さらに、帰国の時の飛行機事故。乗員乗客170人中、169人死亡――お前だけは、ほぼ無傷で生還した」
「それが、何だというんだい?」
「信じられないが、どうやらお前は不思議な力で護られているらしい。偶然の連鎖が絶対の盾となって、お前を護っているんだ」
「……っ」
武の言う通り、刻恵は偶然の力に護られ、死ぬ事はない。それが、あの少年が刻恵に授けた… 『不死』だった。
「なら、今この瞬間だって、お前が死ぬ事はないはずだ。偶然が、お前を護る」
「…だから?」
「俺がどちらのボタンを押そうと、爆弾は不発だよ。爆発したら、お前は死んじまうからな。『偶然、爆弾が不発でお前は助かる』って訳だ。そして… 爆弾が爆発しないのなら、俺も死ぬ事はない」
武は自分のボールペンにリモコンを向け… ボタンを押した。
「…………」
爆弾はどちらも爆発せず、沈黙していた。
「…ま、引き分けって所だな」



「ふぃ〜、疲れたぁ〜……」
武はそう言うと、その場に座り込んだ。
「……ん? どうした?」
「…引き分けじゃない。完全に私の敗けだ」
刻恵は溜息をつくと、呟くように言った。
「しかし、ルール上は――」
「とにかく、私の敗けだよ」
「…まぁ、お前がそう言うならそれでもいいが……」
武は頬を掻きながら、刻恵を見る。
「…ところで、どうするんだ? 俺達… 完全に犯罪者だぞ」
武と刻恵が今日1日で犯した罪の数は、かなり多い。
「心配ない。これくらいの事なら、私の人脈を使えば簡単に揉み消せる」
「あっそ……」
武が呆れてそう言うと、
「……ようやく見つけたよ」
刻恵が、笑顔で武を見た。
その笑顔は、武が始めて見る… 優しい笑顔。
「今まで、様々な人間が様々なジャンルで私に挑んできた。だが… 私に勝てた者は1人もいなかった」
その笑顔は、人が100人いたら100人全員が魅了されるような笑顔だった。
(う……!?)
そして、どうやら武はその100人の内の1人らしい。
「でも、ようやく見つけた。私の歯車を、狂わせる事が出来る者を」
「…………」
「…そういえば、まだちゃんと聞いてなかったね?」
「――な、何を?」
「名前だよ。君の名前」
「……あ」
言われてみれば、武はまだ名を名乗っていなかった。
「……武だ。倉成武」
「倉成武、か。……では改めて。白風刻恵だ。よろしく」
刻恵は初めて逢った時のように、右手を前に差し出す。
武も右手を差し出し、
「…あぁ、よろしく」
握手を交わした。
刻恵の手には、画鋲ではなく… 深い温もりがあった。






こうして、2人は出逢った。
2人は日々の生活の中で、その距離を縮めていった。
周りからはただの友達程度にしか見えない2人だったが、2人の間には強い想いがあった。
しかし、時は流れる。その先に絶望が待っているとしても。
そして――

「20年後だ。20年後、『もう1人の私』が私と同じ歳になる。そして、彼女が武と出逢った時… その時が、『あなた』の破滅の時だ」

2014年7月17日。
白風刻恵は、凶弾に斃れる。
武がそれを知ったのは、翌日の事であった。

「刻恵が… 死んだ?」

それから、20年後。
『運命』に導かれ、武は刻恵の『死』の謎に挑む事になる。

「…はっきり言う。俺は… あんたが、刻恵を撃った犯人だと思ってる」

刻恵を撃った銃声は、新たな物語の始まりを告げる号砲だったのかも知れない――……。
あとがきのように見えるもの
皆さん、こんにちは。大根メロンです。
さて、今回のSSは『ツクリモノの世界』の外伝――武と刻恵の話です。
…にしては、まったく色気のない話ですが(汗)
想像出来なかったんですよ。たけぴょんととっきーがラヴラヴしてる様子なんて。
という訳(?)で、こんな話となりました。
…どうでもいいですが、武は女性に爆殺されそうになる事が多いですよね。えぇ、文華とか。
まぁ、私のせいなんですけど(オイ)
…にしても、とっきーは今までの人生で何人ゲームの相手を殺したんだろう?(汗)
…では、次回予告。


2034年。
小街月海は、星丘市へと来ていた。
つぐみを夜の世界へと引きずり込んだ、『母』と決着をつけるために。

「おやおや、数百年振りじゃないか。愛しき我がゲット。ふふふふふふ…♪」

対峙するは、ヴァチカンが最も危険視するヴァンパイア・ロード――血色の満月。

「…あなたは私が狩るわ」

満月の夜。
運命の闘いが… 始まる。
『赤い夜(仮)』近日公開予定!


当然のように言わせてもらいますが、嘘です(いい加減にしやがれ)。
ではまた。


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