赤い絆
                              大根メロン

前編




――大正の世。
その時代に、ふたりのヴァンパイアがいた。
長生者エルダーの少女――小街月海。
そして、つぐみの伴侶にしてゲット――倉橋武。
これは、2人の物語の1つである。






月下。
「ぐ…っ、ああぁぁ、あああ!!!?」
『彼女』はその手に力を込め、掴んだ退魔師の頭を握り潰す。
血肉が飛び散り、生命を失った肉体が、ぼとりと地に落ちた。
「さぁ… 次に滅ぼされたい者は誰だい?」
『彼女』が、嗤う。
その赤い瞳に、恐怖に支配された退魔師達の姿が映る。
退魔師達が対するは、『彼女』――血色の満月。そして、血色の満月が従える、ひとりのゲットとふたりの使い魔ファミリア
「クソ、この化生バケモノ共め……!」
34人いたはずの退魔師は、すでに3人にまで減っていた。31人は、彼女達の足元で物言わぬ死体と成り果てている。
「バケモノ? 何を今更。君達は、僕達がバケモノと知って闘いを挑んだんだろ?」
使い魔ファミリアのひとりが、退魔師達に掌を向けた。

ドゴォォッ!!!!

閃光。
それと共に、一気に退魔師達の身体を炎が蹂躙する。
断末魔の悲鳴を上げる時間さえ、ない。
3人の退魔師の身体は、一瞬にして燃えカスと化した。
「フン、他愛無い」
3人を始末したその使い魔ファミリアは、自らの主へと眼を向ける。
血色の満月はその視線にいつもの笑みで応えると、
「邪魔者共も片付けた事だし、行こうか」
静かに、言い放った。
「私のゲット――小街月海の元へ」






武は、暗い闇の中で眼を醒ました。
「…………」
そのまま2度寝に突入しようかと悩んでいたが、しばらくすると覚悟を決めて起き上がった。
ここは、街から少し離れた場所にある洞窟の中。そして、武の寝床である。
彼は睡眠時間――即ち日中の間は、ここにいなければならない。
何故なら、武は日の光と相容れぬ存在――ヴァンパイアなのだから。



「……ふぃ〜」
武は洞窟から出ると、大きく欠伸をした。
昼寝て夜起きる。その温血者ウォームだった頃とは完全に逆転した生活も、慣れれば大した事はない。
近くにつぐみの姿はなかった。昼歩く者デイ・ウォーカーである彼女は、昼も夜も関係なく一日中活動している事が多い。おそらく、今も街かどこかにいるのだろう。
「…俺も散歩に行くか」
武は棒状の布包みを持つと、街に向かって歩き出した。



「おにーさん、不死者アン=デッドだよね?」
武が街に入った、途端。
そんな声が、耳に届いた。
その声の主は、金色に近い髪と白い肌を持つ少女。
昼間、街の中で遊んでいるであろう町娘達とそう変わらないように見えた。その身に纏う妖気を除けば。
「いきなり凄い質問をするんだな。子供がこんな時間に何やってるんだ?」
その質問に意味がない事は、武自身にも分かっていた。
「何してる訳でもないけど… あえて言うなら散歩かな」
「そっか、それなら俺と同じだ」
「へー、おにーさんも散歩――って、私の質問に答えてよ」
少女がプリプリ怒る。少しも怖くなかった。
「人の身分を尋ねるんなら、まず自分の身分を明かすべきなんじゃないのか?」
「あ。そっか、そーだよね。私は『かりん』。分かってると思うけど、化生――妖狐の一族だよ。……で、おにーさんは? ただの動く屍リヴィング・デッドじゃなさそうだけど」
武は小さく笑いながら、答えてやった。
「ヴァンパイアだよ。名前は武」
「へー、ヴァンパイアかぁ。この国ここらへんじゃ結構珍しいね。でも長生者エルダーじゃないよね?」
「ああ、新生者ニューボーンだよ。転化してまだ1年くらいだ」
かりんは何か面白いものを見つけたような笑顔で、
「ほほぅ、なら化生としては私の方が年上なんだねぇ?」
「…まぁ、そういう事になるな」
武は、何か嫌な予感を感じた。
「よっし、なら人生の先輩から命令ッ! 私の散歩に付き合いなさいッ!!」
「…………」
武は無言で、その場から去ろうとした。
だが。

シュタッ!

かりんは凄まじいスピードで、武の退路を塞ぐ。
「何のつもりかなぁ、武くん? 人生の先輩に逆らうつもりかね? ん?」
「…俺は人じゃないから、『人』生の先輩もいない」
「ヘリクツ言わなーい」
「…他の女性と歩いてる所をうちの伴侶に目撃されたら、問答無用で灰にされる気がするんだ」
「私の知った事じゃなーい」
「…………」
結局、武はかりんの散歩に付き合う事になった。



「私、ある人の使い魔ファミリアをやってるんだ。その人もヴァンパイアなんだよ」
「お前の主か。それは大変そうだな」
「…それって、どーゆー意味?」
「言葉通りの意味だ」
武はガス灯の光に眼を眩ませながら、かりんと街の中を歩いていた。
「…………」
武は、少しずつある事に気付き始めていた。
「なぁ、かりん」
「ん? なーに?」
「お前、ただの妖狐じゃないな?」
「――!」
かりんは一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐにそれは笑顔へと変わった。
「勘がいいんだね。ちょっと驚いちゃったよ。おにーさん、実は結構凄いヴァンパイア?」
「闇の母が優秀なんでね」
「ふむふむ、なるほど。じゃあ、おにーさんには特別に教えてあげよう!」
かりんは偉そうに胸を張りながら、
「実は私… 九尾ノ妖狐ナインテイルズなんだ。こう見えても、1000年以上生きてるんだよ」
「は――!?」
その答えは、武が想定していたあらゆる答えを超越していた。思わず、眼が点になる。
九尾ノ妖狐ナインテイルズ――尾の数がそのまま力を示す妖狐において、9つの尾を持つ最高位の妖狐。
「へへん、驚いた?」
「ああ、かなり驚いた――って言うか、嘘だろ?」
「何ぃ、信じてないの?」
かりんはふくれっ面で抗議する。
「そんな… 信じられる訳――」
その時、武は見た。
ガス灯によって生じた、かりんの影。
その狐のシルエットには… 9つの尾があった。
「――……っ!」
「分かった?」
武は頷く。認めるしかなかった。
「ふふん、ようやく信じてくれたみたいだね。こう見えても、私かなり強いんだよ? まぁ、妖狐の長たるナインテイルズ・ロード――玉藻前たまものまえに比べれば、まだまだヒヨッコだけどさ」
「…お、おい、ちょっと待てよ」
武はある事実に気付いた。常識では、考えられない事実。
「お前… 使い魔ファミリアなんだよな?」
「ん? そうだけど?」
「バカな…ッ、九尾ノ妖狐ナインテイルズ使い魔ファミリアとして使役するヴァンパイアなんて存在するはずが……!」
「常識に捕われたらダメダメだよ。上様は、もの凄く強いんだから。それこそ、私なんかとは比べ物にならないほどにね」
「……っ」
武は言葉が出ない。
(…それほどの力を持つヴァンパイアっていったら……)
武の頭に過ぎる、1つの可能性。それは、あまりにも恐ろしい可能性だった。
「…なぁ、かりん。聞かせてくれ」
「ん?」
武自身は、聞く事を望んでいない。
だが、口は勝手にかりんに対してその問いを放っていた。

「その上様っていうのは… 何者だ?」



武とかりんの間を、夜風が吹き抜ける。
かりんの口が、ゆっくりと動きだした。
「…上様に名前はないよ。上様自身も必要としていないから。でも、上様を知る者は皆こう呼ぶよ」
そして、かりんはその名を口にした。
武の伴侶を吸血種ブラッドサッカーへと転化させた、そのヴァンパイア・ロードの名を。

「――血色の満月、と」



「…おにーさん、どうしたの? 心が乱れてるよ」
かりんは静かに、言葉を綴る。
「……『武』。そっか、そうなんだ。おにーさんが、あの倉橋武だったんだね」
「――!」
「上様から聞いてるよ。つぐみちゃんのお婿さんなんでしょ?」
かりんは笑顔で武を見る。だがその笑顔は先程までとは違い、果てしなく重い。
「…血色の満月の使い魔ファミリアが、こんな所になんの用だ?」
「分かってるんでしょ? つぐみちゃんを連れ戻しに来たの。つぐみちゃんは、上様のゲットなんだから」
「…………」
武は無言で、布包みの紐に手をかける。
「あ、別につぐみちゃんとおにーさんの仲を引き裂こう、って訳じゃないよ? おにーさんも一緒に来なよ。かりんは歓迎するよ」
「つぐみが望むなら、それも構わない。だが、あいつはお前達の元に戻る事を望んではいない。つぐみは… 血色の満月を憎んでる」
凍るような空気を、武の皮膚が感じる。それは、夜の冷気のせいだけではないだろう。
「…それで、おにーさんはどうするの?」
「お前は、無理矢理にでもつぐみを連れ帰るつもりなんだろ? なら――」
武が、跳んだ。
「徹底的に、邪魔をさせてもらう!」
紐を引き、包みを解く。
表れた日本刀――陽光を握ると同時に、抜刀する。
そして。
「悪く思うなっ!」
陽光の切っ先を、かりんの首に突き刺した。
血が、噴き出す。
刀身が、滑るようにかりんの首を斬る。
さらに、武はかりんの首から刀を抜き、
「は――!」
かりんの左肩から右脇にかけてを、大きく斬り裂いた。
「あ――」
かりんは小さく声を上げると、ゆっくりその場に倒れ込んだ。
動く様子は、ない。
武の刀――陽光は、倉橋家に伝わる神器。下級の化生なら、触れるだけで消滅するような業物だ。
その刃を受けたのなら、いくら相手がかの九尾ノ妖狐ナインテイルズであっても――
「いったいなぁ……」
かりんが、立ち上がった。
「なっ、お前――!!?」
「死んだとでも思った? 金毛白面九尾ノ妖狐を、これくらいで滅ぼせるはずないでしょ」
「……っ!!」
かりんに刻まれた刀傷が、一瞬で治癒する。
「ふふ、次は私の番だね」
かりんが、笑った。
途端に、空気が鉛のように重くなる。
かりんが1歩を踏み出すごとに、武の背筋に寒気が走る。
(まいったな… こいつ、強過ぎる)
逃げるという選択肢もあったが、現実的ではないように思えた。みすみす武を逃がすような相手ではない。
「じゃあ… いくよ」
かりんの足が、地から放れた。
瞬時に間合いが詰められ、かりんの腕が武の心臓を狙い――

「やめなさい」

その声が、かりんの手を止めた。
「…つぐみ!?」
「つぐみちゃん?」
武とかりんの視線が、一点に集中する。
そこには、武の伴侶――つぐみの姿があった。
「…300年振りくらいかな? つぐみちゃん」
「退きなさい、かりん。武に手を出すなら、私が相手になるわ」
「うーん… それは困るかなぁ。つぐみちゃんと闘ったら、私はつぐみちゃんを滅ぼしちゃうよ。連れ帰れなくなっちゃう」
「なら」
「分かった、ここは退くよ」
かりんが、武から離れる。
「じゃあね。おにーさん、つぐみちゃん。また、会いに来るからね」
かりんの姿は、夜の闇に溶けるように、消えていった。



「助かった… サンキュ」
「気にしないで。それより、大丈夫?」
「ん? ああ、ケガはない」
「そう、よかった」
つぐみと武は、並んで街を歩いていた。
「にしても、とんでもない奴だったな……」
「…いずれ、こういう時が来るとは思ってたわ」
つぐみは、武を見詰める。
「…ねぇ、武――」
「自分ひとりであいつ等と戦う、とか言い出すなよ」
「――!」
つぐみは図星を突かれ、たじろぐ。
「で、でも! かりんと闘ったなら分かるでしょう!? 血色の満月も、彼女に従う化生達も… 規格外の連中なのよ!? あなたがまともに戦える相手じゃないわ!!」
「確かにそうだ。だけど、それはお前も同じだろ?」
「――っ!」
「かりんは強かった。なら、その主である血色の満月はもっと強いんだろう。俺はもちろん、お前でも勝てるとは思えない」
「…………」
「でも、戦わなきゃいけないんだ。どうせダメなら、最初っからふたりの方がいいだろ? それに、2人でやればもしかしたら何とかなるかも知れないしな。――いや、絶対何とかなる」
「……バカ」
つぐみがそっぽを向く。
分かりやすい反応だった。
「じゃ、決まりだな」



「敵は、ひとりのゲットとふたりの使い魔ファミリア
洞窟に戻って来た武は、つぐみから話を聞いていた。
戦わなければならない、敵について。
ゲットの名は、『アルフレッド・レザー・ナイトハイム』。1500年の時を経た、強力な長生者エルダーよ」
「1500年… 冗談みたいな数字だな」
「私もそう思うわ」
つぐみは1つ溜息をつくと、説明を続ける。
使い魔ファミリアの方は… まず、九尾ノ妖狐ナインテイルズのかりん。詳しい説明は不用ね?」
「ああ」
「あとひとりは、私もよく知らないんだけどね。『ヴァルニル』っていう、凄まじい火炎を操る化生よ。噂によると、北欧神話の炎の巨人ムスッペルらしいわ。……ホントかどうかは、分からないけど」
「……ふむ」
「そして… 彼等を統べる、血色の満月」
血色の満月という名は、かの吸血鬼の真なる名ではない。ただの、通り名だ。
だがそれでも、その名に込められた言霊は、武達に圧倒的な恐怖を与える。
「彼女について、分かる事はほとんどないわ。まず、誰のゲットでもない――つまり、真祖だという事。そして、3000年以上の時を経た長生者エルダーであるという事」
「簡単に言うと、メチャメチャ強いヴァンパイアって事だな」
「…ええ、簡単に言うとね」
「弱点とか知らないか?」
「知ってたら、とっくに私があいつを滅ぼしてるわよ」
「…そっか。そうだよなぁ……」
「…ま、どうにかなるわよ。そろそろ夜が明けるわ。寝た方がいいわよ。明日の夜のために、力を蓄えておきなさい」
見ると、洞窟の入口から光が入り込んでいた。
「ん… じゃあ、そうする」
武がその場に寝転がる。
布団ほど寝心地がいい訳ではないが、故郷の土があればヴァンパイアは心地よく眠る事が出来る。
「おやすみ、つぐみ」
「おやすみなさい、武」
すぐ、武は寝息を立て始める。
つぐみはしばらくそれを見守っていたが、
「…………」
ふと外を見、洞窟の外に向けて歩き出した。






昼。
「いらっしゃいませー」
街の中にある、1つの洋食店。
その店に、ひとりの男が訪れていた。
その男は、若い西洋人だった。とはいえ、文明開化のこの世に異人の1人や2人珍しい事ではない。
それに、ここは洋食店。故郷の料理を懐かしみ訪れたとしても、別段おかしい事ではなかった。
「ご注文はいかがなさいますか?」
和服の上にエプロンを着た若い女性の店員が、男に尋ねた。

「ふむ、そうだな… まずは、この店にいる温血者ウォームを全員いただこうか」

「……え? あの、お客さ――」
その店員の言葉は、それ以上続く事はなかった。
何故なら、突如現れた2匹の狼が… 彼女の上半身を、ズタズタに喰い千切ったのだから。



「きゃぁぁああああっ!!!?」
街の一角から、甲高い悲鳴が上がる。
否。それは悲鳴というより、絶叫。絶叫というより、断末魔だった。
「――ッ!!!?」
街に来ていたつぐみも、その叫び声を耳にしていた。
「くっ、まさか……!」
つぐみが眠らずに街に来たのは、とある可能性を考えたからである。
血色の満月とアルフレッドはヴァンパイアだが、昼歩く者デイ・ウォーカーである。そして、九尾ノ妖狐ナインテイルズのかりんと炎の巨人ムスッペルのヴァルニルは、元々日光を弱点としない。
つまり… 彼等は、日中でも戦いをしかける事が出来る。
「でも、まさか本当にしかけてくるなんて……!」
つぐみは走る。
だがしかし、そこはすでに地獄絵図だった。
「うッ……!!?」
視界を埋め尽くす、無数の黒い狼と黒い蝙蝠。それが、人々を襲っていた。
母親の胸の中で泣きじゃくる子供。その母親には、首がなかった。
バラバラになった恋人の身体を集める男。しかし、どれだけ集めても人の形にすらならなかった。
「こ、んな……」
つぐみは思わず絶句する。彼女は400年の時の中で、これ以上に悲惨な光景を見てきた。
だがそれは、戦場に限った事。ついさっきまで平和だった街の中でこんな光景を見る事になるとは、思っていなかった。
「く――ッ!!!!」
狼と蝙蝠。それは、吸血鬼が使役・変身する獣だ。
つまり、敵はヴァンパイア。そして、このような虐殺を好んで行う者。
つぐみの知る限り、それはひとりしかいなかった。
「アルフレッド!! 出て来なさいっ!!!」
その叫びを聞いた獣達が、ぴたりと動きを止めた。
数秒後、数匹の獣が動き出し、1ヶ所に集まる。
集まった獣達はまるで液体のように溶け合い、人の形に姿を変える。
だが、その存在は… 人ではありえない。
「――久しいな、レイディ」
その者は、アルフレッド・レザー・ナイトハイム。血色の満月が従えし、エルダー・ヴァンパイアだった。



アルフレッドの青い瞳に、つぐみの姿が映る。
彼は生前、西洋の王族だった。優雅な挙動がそれを物語っている。
しかし、戦により一族は滅び、彼もまた命を落とした。
だが、1度閉じたはずの彼の眼は、再び開かれた。人間としてではなく、カインの末裔ヴァンパイアとして。
彼が命を落とす直前、不死なる者が戯れに闇の口づけを与えたのだ。
そして、彼はその不死なる者――血色の満月に仕えしゲットとなった。
一族と自身を葬った人類と、過酷な運命を与えたこの世界に、復讐するために。
「アルフレッド……!」
つぐみの刃のような眼光が、アルフレッドに突き刺さる。
だが、アルフレッドは変わらず涼しい顔で、笑みを浮かべた。
「どうして、こんな事を……っ!」
つぐみは、その問いの答えを知っていた。
アルフレッドは人間を憎んでいる。だから、殺す。それだけの事だ。
だがそれでも、問わずにはいられない。
「こんな事、とは――この食餌しょくじの事か、レイディ。何かおかしい事があるかな? ヴァンパイアは人を糧として生きるのだから、当然の事だろう?」
「ヴァンパイアが糧とするのは、人の血であって人の命ではないわ!」
「…やれやれ、困ったお嬢様だ」
アルフレッドが、大袈裟に肩をすくめる。
彼の仕草の1つ1つが、つぐみを苛立たせた。
「まぁいい。私は、君とこのような言い争いをするためにここへ来たのではないのだよ」
「…私を捕まえるため、でしょう?」
「その通り。私はかりんと違い、手加減というものを心得ている。君を滅ぼさず捕らえるなど、簡単な事だ」
「やれるものなら… やってみなさいっ!!!」
つぐみの足が地を蹴る。
つぐみの不利は明白。相手は1500年生きた長生者エルダーなのだ。400年程度しか生きていないつぐみとでは、地力が違い過ぎる。
ならば、一撃必殺。
反撃する暇さえ与えず、アルフレッドの心臓を貫けばいい。
瞬きより早く、つぐみはアルフレッドとの距離を縮める。
だが、つぐみの目的に気付かぬほど、アルフレッドも愚かではない。
「…行け――」
アルフレッドの身体が歪に変形・分離し、
「――『カイザー』」
1匹の、黒い巨狼を生み出した。
「ガァァアアアアッッ!!」
黒い巨狼――カイザーは咆哮を上げると、つぐみに向かって突進する。
だが、カイザーがつぐみの身体を喰い破るより早く、
「――来て、『白泉はくせん』っ!!」
つぐみによって喚び出された白い巨狼――白泉が、カイザーの喉元に喰らい付いた。
さらに、
「はぁ――!」
つぐみは白泉の背に飛び乗り、そこからさらに跳んだ。
「何――!?」
アルフレッドの顔に、驚愕の色が浮かぶ。
つぐみはアルフレッドの頭上を越え、その背後に着地した。
「クッ――!!?」
「遅い!」
そして、次の瞬間。
「終わりよ!!!」
つぐみの腕が、アルフレッドの胸を貫いた。



「一撃必殺か。悪くはないが… 所詮は小娘ニューボーンの浅知恵だな」
「え……?」
確かに、つぐみの腕はアルフレッドの胸を貫いていた。
だが… 心臓を貫いた手応えは、ない。
「…心臓が、ないの?」
「その通り。この私に、弱点など存在しないのだよ」
アルフレッドが、腕を一振りする。
その腕はつぐみの胴に喰い込み、内臓を潰した。
「ぐ……っ!!?」
つぐみは苦痛に耐えながら、アルフレッドの身体から腕を抜き、間合いを取る。
「か、は……!」
つぐみの口から、血が溢れる。
潰された内臓が再生する事により吐血は収まったが、それと共にアルフレッドの身体に開いた穴も、消えてなくなった。
「ほら、逃げた方がいいのではないか?」
アルフレッドの言葉と共に、カイザーがつぐみに跳びかかった。
「くっ… 白泉!」
白泉が、カイザーとつぐみの間に立ち塞がる。
「白泉… なかなかの霊狼だ。ビーストにしては優秀ベストだな。だが、カイザーの相手としては少々役者不足だ」
カイザーは白泉を体当たりで倒し、その白い前足に噛み付く。
皮膚や肉が裂ける音と共に、カイザーは白泉の前足を喰い千切った。
「く……っ!」
「余所見などしている暇はないぞ、レイディ」
アルフレッドの手の中に1本の剣が出現する。その刃は、銀色の光を放っていた。
「――ッ!? 銀メッキの剣!!?」
銀――ヴァンパイアの再生や回復を無力化する、滅びの象徴。あるいは… 祝福の輝き。
「まずは手足の1,2本を再生不能にさせてもらおう。そうすれば、捕らえるのも容易になるのでな」
「冗談じゃ、ないわよ……!」
アルフレッドの姿が、消える。
「無論、冗談などではない。私は本気だ」
その声は、つぐみの背後から聞こえた。
「――っっ!!?」
つぐみは振り返る。
眼前で、つぐみの腕を削ぎ落とそうとする銀の剣が、振り下ろされた。
「――やらせない!」
つぐみは銀の剣の側面を殴り付け、剣筋をずらす。
祝福の刃は、つぐみから僅かに逸れた。
「く……!」
つぐみの拳に焼けるような痛みが走る。だが、腕を落とされるよりはいいだろう。
アルフレッドが、銀の剣を横に振るう。胴を薙ぎ、命を奪う一撃だ。
だがそれは、当たればの話。
つぐみは刃が迫るより速く、アルフレッドの懐に跳び込む。
そのまま、アルフレッドの身体に蹴りを叩き込んだ。
「ぐ――ッ!!?」
つぐみはその反動を利用し、一気にアルフレッドとの距離を取る。
「クッ、この小娘ニューボーンが……!」
「脳ミソまで腐り落ちた年寄りエルダーよりはマシよ」
「…まったく、この国の化生ミディアンは礼儀というものを知らぬな。……そう言えば、1200年程前にも君のような無礼者がいた」
「え……?」
「私が先程と同じようにこの国で食餌を摂っていたら、突然ひとりの化生ミディアン――この国では付喪神というんだったかな? その付喪神の少女が、私に襲いかかってきたのだよ」
「……!」
つぐみの脳裏に、ある付喪神の姿が浮かんだ。
「何事か喚いていたな。どうやら、私が食した人間の1人が彼女にとって大切な存在だったらしい。私の知った事ではなかったが」
「…その付喪神はどうなったの?」
「無論、少々痛めつけておいた。私に刃向かった勇気を称え、命までは奪らなかったがね」
「…………」
「まぁ、彼女のような弱く脆い化生ミディアンなど、私が滅ぼさずとも、いずれ誰かに滅ぼされただろうがな」
アルフレッドは嘲笑う。その付喪神の少女を。
「…アルフレッド……」
「ん? 何かな?」
「あんたは、殺すわ」
「ほう、それはそれは」
つぐみは考える。どうすれば、アルフレッドを滅ぼす事が出来るか。
彼の剣は、つぐみにとってさほど驚異ではない。
剣術も武器も、かつて戦った霧神の退魔師の方が上手だ。
問題は、アルフレッドの身体能力。
これはさすがに高い。かの霧神の退魔師をも上廻る。
しかし、彼はそれを生かし切れてはいない。どこか隙がある。闘いに慣れたつぐみなら、その隙を突けば勝機が見えるかも知れない。
だが、それ以上の問題は… アルフレッドには心臓がない、という事実。
勝機があっても、それでは勝つのは不可能。そして、勝たなければいずれ敗ける。
(いえ、違うわ… 心臓がないなんて事はありえない。何かカラクリがあるはず……)
つぐみは襲いかかって来る獣達を潰しながら、思考する。
(――獣? そういえば、アルフレッドは自分の肉体からあのカイザーとかいう狼を生み出したわよね。なら、他の獣達も同じく彼の肉体から生み出されたもの、という事になる)
狼や蝙蝠の使役にも様々な方法があり、ヴァンパイアによって違う。
つぐみのように異界から召喚する方法もあれば、アルフレッドのように自らの肉体から創造する方法もある。
(なら、この獣達は全てアルフレッド自身)
つぐみは、気付いた。
(獣達の中に… アルフレッドの心臓を持った奴がいる!)
つぐみは意識を展開する。
襲いかかって来ている獣は論外。殺されに来るような獣が、大事な心臓を持っているはずはない。
戦場において、将は前線にはいないのが基本。殺される訳にはいかないからだ。そして、この場合は心臓を持った獣がそれに当てはまる。
(ならば… 後ろ!)
つぐみは意識をさらに広げる。そして、見つけた。
殺気立つ獣の中、1匹だけ静かな狼がいた。
気配を消し、隠れているつもりだったのかも知れないが、その狼の存在は明らかに他から浮いている。
(あの狼をれば……!)
つぐみは獣の群れを蹴散らし、目的の狼に近付く。
そして、その狼に拳を打ち込もうと――
「見事だ。だが甘いな、レイディ」
つぐみの腕が狼を砕く直前、その腕に銀の剣が突き刺さった。



つぐみの腕が、銀の剣によって地面に磔にされる。
「――く、ぁぁああ……っ!!!?」
「この狼が心臓持ちだと見抜いた点は、よかった」
つぐみの腕に、凄まじい激痛が走る。
「では、何が悪かったのか… それは、この私を出し抜けると思った事だ。年寄りエルダーを甘く見てはいかんぞ?」
アルフレッドは、くつくつと笑う。
「何はともあれ、私の勝利だ。例えその磔の腕を引き千切って逃げても、即座にカイザーが君を捕らえる」
つぐみの後ろで、カイザーの唸り声が響いた。
「く……っ、まだよ… まだ、終わってないわ……! あの女の所になんて、絶対に戻らない……!!」
「……ふぅ。まったく、何故君は彼女を拒むのだ? 私や君… 血色の満月の血統は、あのヴァラキアの夜を支配した病んだノスフェラトゥ――串刺し公ツェペシュの血統とは違う。高貴な、優れた血統だ。なのに、何故?」
「血統なんて、どうでもいいわ……! 私は、血色の満月が嫌いなの… そして、それ以上に――」
ごりっ。
何かが大きな獣に噛まれたような、音がした。
「あなたが、嫌いなのよ……!」
アルフレッドの背後から、狼の絶叫。
「…………」
ゆっくりと、アルフレッドは振り返った。
「…そんな、馬鹿な……ッ!!?」
そこには、心臓持ちの狼がいた。
前足を再生させ復活した白泉の、口の中に。
白泉の牙が狼に突き刺さり、顎が閉じられてゆく。
そして、
「や、止めろぉおおっ!!!!」
狼が、噛み砕かれた。



「馬鹿な… 馬鹿な馬鹿な馬鹿なッッ!!!!」
無数の獣達が、赤い灰へと変わってゆく。
「グアァァアアァアアアアッ!!!!」
カイザーが跳びかかるが、つぐみに触れる事すら出来ず灰となる。
「馬鹿なぁぁああああ!!!?」
アルフレッドの身体が、崩れ始める。
手が崩れ、足が崩れた。
「認めん、認めんぞぉぉおおお!!!!」
「…………」
つぐみは無言で、銀の剣を手に取る。
そしてそれを、アルフレッドの額に突き刺した。
「が、がぁぁあああッッ!!!?」
「…死者は死者らしく、大人しく死になさい」
アルフレッドの身体が、色を失ってゆく。
「な、ぜ……こ…の私、が……」
その言葉を最後に、アルフレッドは灰の山と化した。



「ふぅ……」
つぐみは銀の毒に侵された部分を抉り取ると、その場に座り込む。
周りを見廻せば、そこは変わらず死体だらけだった。
「…………」
つぐみは犠牲者のために黙祷を捧げると、洞窟に戻ろうと立ち上がった。
その時。
「――ッ!!?」
アルフレッドの灰の山から、1匹の蝙蝠が飛び出す。
その蝙蝠は、そのまま空へと逃げ去った。
「アルフレッド… まだ生きていたのね……!」
つぐみは蝙蝠を追おうとしたが、止めた。
心臓を潰されたのだ。すぐに力尽きるだろう。
仮に生き延びたとしても、しばらくは戦闘不能だ。深追いしてまで狩る必要はない。
つぐみは街並みに背を向けると、歩き出した。



あとがきと呼ばれたもの・前編
どうも、こんにちは。大根メロンです。
今回のSSは、いつか書きたい、書かねばならぬと思っていた『赤い糸』の続編です。
…相変わらず、大正っぽくありませんねぇ(汗)
八~のココは完全に出番なし(オイ)
最後まで迷いましたが、羽鏡も出番なし。まぁ、ちょっとそれっぽい話は出てきましたが。
ヘタレ元次期当主より出番が少ないのは、霧神のエースとしてどうかと思うぞ羽鏡ちゃん!(オイオイ)
そしてついに、逝か――ゲフンゲフン、血色の満月と愉快な仲間たちが登場。
…それと、武がグースカ寝てる間につぐみが苦労するのは、いつの時代も同じ(笑)
にしても、久し振りのバトルは大変です。それこそ『赤い糸』以来ですからね。
では、後編に続きます。


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