真・女神転生SEVENTEENU
                              大根メロン



第七話 ―離別―




「ここが… ジュデッカ」
武は、街並みを見詰める。
とにかく寒かった。だが、気温が低い訳ではない。
この街の中心に座する城――万魔殿パンデモニウム。そこから溢れ出す威圧感が、まるで骨まで凍るような錯覚を与えるのだ。
「…よくこんな街に住んでられるな……」
「慣れているのでしょうね」
ガブリエルが、万魔殿パンデモニウムの方を向く。
「私は、これから『旧友』に会いに万魔殿パンデモニウムへと行きます」
「――へ?」
武がその言葉の意味に気付くには、少しの時間が必要だった。
「――っ!!? お、おい、じゃあその『旧友』ってのは……」
「…気付いていなかったのは、武さんだけですよ」
「……マジで?」
武は仲魔達を見る。相当、呆れ顔だった。
「――では、縁があったらまた会いましょう」
「あ、ああ… またな」
ガブリエルの背中が、少しずつ離れて行き、そして見えなくなった。
「…じゃ、俺達もつぐみを捜すか」



ジュデッカの中。
「じゃあ、ここでお別れですね」
テトラは少し寂しそうに、つぐみに言った。
「ええ、助かったわ。ありがとう」
「そ、そんな! 助かったのはむしろ僕の方ですよ」
テトラが、つぐみに頭を下げる。
「それで、つぐみさんはこれからどうするんですか?」
「そうね、まずは目的の人捜しをするわ」
「そうですか… 頑張ってくださいね。じゃあ、また会いましょう!」
「ええ」
テトラは手を振りながら、つぐみから離れて行く。
その姿が見えなくなると、
「さて、武を捜さなきゃ……」
つぐみは、群衆の中へと向かって行った。






万魔殿パンデモニウム――城内。
その王座に、ひとりの男が座っていた。
その者は… 堕天使と虐げられし神々を統べる、魔界の王――魔王ルシファー。
「――来た」
突然、ルシファーがそう言い放つ。
「……『来た』? 何がだ?」
王座の隣に立っていた男――イブリースが聞き返すが、
「僕が来たんですよ、イブリース」
それに答えたのは、ルシファーではなかった。
「……っ!!?」
驚愕するイブリース。
突然現れた少年――テトラは無造作に王座に近付くと、
「久し振りです。イブリース、ルシファー。元気にしてましたか?」
いつもと同じ笑顔で、そう言った。
イブリースが、その場に跪く。
「…やれやれ。また厄介な時に現れたものだよ」
ルシファーは、僅かに眉をひそめる。
「本当は会うつもりはなかったんですけど… 状況が変わったので」
「状況が変わった? 気が変わっただけではないのかね?」
「…はは、相変わらず手厳しいですね」
テトラは苦笑しながら、頬を掻く。
「口を慎め、ルシファー!」
イブリースがルシファーに荒っぽい声を投げかけるが、
「いいんですよ、イブリース。ルシファーは昔からこうですしね」
テトラはクスクス笑いながら、イブリースを制した。
「ところで、何と呼べばよい? 小町つぐみには『テトラ』と名乗っていたようだが… どうせ、『聖四文字テトラグラマトン』からとったのだろう? 捻りのない偽名だ」
「そうですか? 『ルイ・サイファー』よりは捻ってると思いますけど」
「…………」
ルシファーはしばらく黙っていたが、
「……で、結局どう呼べばよいのかね? 君の『本当の名』か?」
「はは、さすがに『本当の名』はちょっと困りますね。今は、前に使っていた名――御中主ミナカヌシを、また名乗っています」
天御中主大神アメノミナカヌシノオオカミ… 日本の原初の神、か」
「ええ。いいでしょう?」
テトラはひょいひょいと、王座の周りを歩き廻る。
「では、御中主。一体、何をしにここへ来たのだ?」
「――…ルシファー、どうするつもりです?」
テトラの声が、急に鋭くなった。
「…どうするつもり、とは?」
「天使達は、すぐにでもここに攻めてきますよ。そして… 僕も、彼等の計画に便乗させてもらうつもりです」
「つまり、君も世界を<リセット>しようとしている訳か」
「ええ。天使達の目論見とは少し違う形で、ですけどね」
「…………」
ルシファーは、貫くような視線をテトラに向ける。
「無駄だよ、御中主。そんな事をさせはしない」
「ふふ、そう言うと思いましたよ」
ルシファーとイブリースを見るテトラの眼差しが、柔らかくなった。
「じゃあ、僕はそろそろ行きます。やっぱり、会ってよかった」
テトラの姿が、薄れてゆく。
「――愛してますよ… 僕の悪魔テンシ達」
まるで、初めから存在しなかったかのように――何の痕跡も残さず、テトラは消え去った。



「――数千年振りですね、ルシファー」
「…まったく、今日は客が多い日だ」
テトラに続き、王の間にガブリエルが現れる。
イブリースが、ルシファーを護るようにガブリエルとの間に立った。
「……イブリース。一応言っておきますが、敵意はありませんよ」
「承知している。だが、貴様が天使――我等にとって危険な存在である事に変わりはない」
「…………」
ガブリエルは、イブリースからルシファーに視線を移す。
「それで、客が多いとは? 誰か来たのですか?」
「ああ。しかし、君には関係ない」
「…そうですか。まぁ、そんな事より訊きたい事があるのですが――」
「天界への帰り方、かね?」
「いえ、それは後廻しにしました」
ガブリエルは1度眼を閉じると、
「貴方は… 天使と戦うつもりですか?」
誤魔化しを許さない声で、問いかけた。
「……ああ」
さも当然のように、ルシファーはそう答える。
「勝算があるとは思えませんが」
「それは君の主観だ」
「私にすら分かる事が、貴方に分からないはずはないでしょう。六副官が力を失っている今、貴方達の戦力は十分ではない。民が殺されますよ」
「ではどうしろと? 大人しく世界が滅び行く様子を見ていろ、とでも言うつもりかね」
「そんなつもりはありません。私には貴方が世界の命運など関係なく、ただ戦争を望んでいるように見えるのです。6000年前と、同じように」
「…………」
ルシファーは少しだけ沈黙すると、
「…私には私の役割がある。『善』の存在意義は『悪』であり、『悪』の存在意義は『善』だ。故に、私は『絶対悪』でなければならないのだよ。そのためなら、戦争だろうと何だろうと、いくらでもしてみせよう」
「……何が、言いたいのです?」
「それが分からないようでは、まだ半人前だ」
「…………」
ガブリエルが、ルシファーを睨む。
「御託を聞きたい訳ではありません。――結局、貴方は戦うつもりなのですね?」
「その答えは不変だ」
「…やはり、貴方にアブディエルのような聡明さを求めたのは間違いでしたか」
「嫉妬と傲慢により天から堕とされた私が、聡明なはずなかろうに」
ルシファーは、クッと笑う。
「…………」
ガブリエルは無言でルシファーに背を向けると、王の間から去って行った。
「ふぅ… やれやれ」
ルシファーは周囲を見廻す。
イブリースの姿が、どこにもなかった。



「――それで、何のつもりです?」
街中を歩いていたガブリエルは、突然そう言った。
すでに、異界化により人々の姿は消えている。
「悪いが、ここで消えてもらうぞ――ガブリエルジブリール
その異界を創り出した者は… イブリース。
「敵意はないと言ったはずですが」
「それ以前の問題だ。敵意があろうとなかろうと、天使風情が我等の前に立って、生きて帰れると思うか」
「…貴方のような者がいるから、いつまでも争い事がなくならないのですよ」
水の元素とその精霊が、騒ぎ始める。
「まぁ、いいでしょう。神の名の元に、貴方を滅ぼせばよい事です」
「『神の名の元に』? フン、笑止。アッラーの言葉を教え広めたバフォメットマホメットを殺した貴様に、そのような事を言う資格はない」
「黙りなさい、悪魔!」
水が轟音と共に、イブリースへと襲いかかった。
だが、
「――<マハラギオン>」

ゴ…ォォアアア!!!!

イブリースはそれに炎をぶつけ、相殺する。しかも炎の一部は水を突き抜け、ガブリエルの身を焼いた。
「ぐっ… さすがは、火から創られた出来そこないの天使ですね」
イブリースの眼に、怒りの炎が宿る。
「出来そこない、だと? 偉大なるアッラーの被造物に、出来そこなったものなどない。貴様、アッラーを侮辱する気か? それでも天の御使いか」
「侮辱しているのは――貴方でしょう! 神の命に背いた、愚かな天使!!」
「……馬鹿が」
「――<アクアダイン>!!」
ガブリエルが、水弾を放つ。
イブリースはそれを避けると、ガブリエルの背後を取る。
「く――っ!?」
「終わりだ」
しかし、
「――!?」
イブリースが、突然その場所から跳び退く。
一瞬後、そこには斬撃が一閃した。
「おい、無事か!?」
「武…さん?」
「おう、また会ったな」
「…縁が、あったみたいですね」
武はイブリースと向き合い、刀を構える。
「ガブリエル、無事?」
さらに、サリエルを始めとする武の仲魔達も、イブリースと相対した。
「……倉成武、か」
イブリースが、眼を細めた。
「ガブリエル、あいつは何だ?」
武は、静かに佇んでいるイブリースについて、尋ねる。
「彼はイブリース。ルシファーの腹心です。かつて神が土よりアダムを創造した時、神は天使達にアダムを拝するよう命じました。しかしイブリースはそれを拒否したため、神の罰を受け悪魔に身を堕としたのです」
ガブリエルは、恨むような視線をイブリースに向けた。
「当然だ。私が拝する者はアッラーのみ。いくらアッラーの命令といえども、人間を拝するなど――私には出来ん」
「…唯一神への忠誠故に、悪魔に成ったという事か……」
ケルベロスが武を庇うように、1歩前に出る。
「…どうする、主よ。あの男の魔力――唯事ではないぞ」
「ああ… 感じてる」
武の頬に、一筋の汗が流れた。
「――召喚師よ。私の狙いは、そこのガブリエルジブリールのみだ。その天使を差し出すならば、汝等には危害を加えぬと約束しよう。無論サリエルもだ。契約に基づいて行動しているなら、もはや天使云々は関係のない事だからな」
イブリースが、口を開く。
だが、武達は答えない。
「…意味のない提案だったか。まぁ、それが汝の生き方なのだろうな」
イブリースが、跳んだ。
「主殿には――指1本触れさせはせん!」
ヴァルキリィが武の前に立ち、壁となるが、

ドゴ…ンッ!!!!

「ぐ、あ――っ!!?」
魔法ですらない――魔力の塊を撃ち込まれただけで、ヴァルキリィはまるで人形のように吹き飛んだ。
さらにイブリースは腕の一振りで、サリエルとケルベロスを薙ぎ倒す。
「そして、死に方」
ガブリエルと武が反応するより早く、

パキィイン……!!

「な――っ!!?」
イブリースは、手刀で将門之刀を叩き折る。
そして――
「――許せ」
その手刀を、武の胸に突き刺した。
「あ……っ?」
鮮血が、噴き上がる。
「…何だよ、くそ……」
武の身体は力を失い、その場に崩れ落ちた。
流れ出した血が――赤い池を作ってゆく。
時が、凍った。
「――<サマリカーム>ッッ!!!!」
ガブリエルが、武に回復魔法を施す。
しかし、肉体の傷を癒す事は出来ても、失った生命を喚び戻す事は出来ない――……。
「貴様ァァァアアアアッ!!!!」
ケルベロスがイブリースに跳びかかり、
「――<キングストーム>!!!!」

ド――ガガガガガァァアアアアアアッ!!!!

眼にも留まらぬ魔法の連撃を、イブリースに叩き込んだ。
「――ッ!!!?」
イブリースは、ケルベロスによって異界の外へと弾き飛ばされる。
それにより異界化が解け、武達は通常の世界に戻された。
突然現れた武達に、街の人々が眼を向ける。
そして、その人々の中に――
「…どういう、事なの……」
つぐみが――いた。
つぐみはフラフラと、武の亡骸に歩み寄る。
「何で、武が……?」
仲魔達は、何も答えない。
つぐみが、武の亡骸に縋り付いた。
「……眼、開けてよ… やっと、やっと会えたのに……」
つぐみの眼から、涙が零れる。
「死なないって、約束したのに――……」
涙の雫が、武の亡骸の上に――落ちた。

「嫌ぁぁぁぁあああああああっ!!!!」




あとがきだと伝わるもの・7
こんにちは、大根メロンです。
さて、たけぴょん死亡。つぐみんとの再会は成らず。次回はどうなるんでしょうか。
ではまた。


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