真・女神転生SEVENTEENU
                              大根メロン



第十一話 ―風聖―




「――まさか、ウリエルを斃してここまで来るとは。少々驚きましたよ」
ジュデッカへとやって来た武達を、ひとりの天使が出迎える。
「まぁ… それもまた、神の御意志なのでしょうね」
風の熾天使――ラファエル。
「――同じ天使がやられたってのに、随分と冷めてるんだな」
武が呆れたような眼を、ラファエルに向ける。
ラファエルはハハッ、と笑い、
「別に冷めている訳ではありませんよ。簡単に言えば… 天使はチェスの駒なんです。ウリエルも、私もね」
「…………」
「神というキングを護り、敵をるためなら――どれだけ減ろうと、問題ないんですよ」
「チェスにしては戦術が悪いぞ。駒を1つずつぶつけてどうする」
「――駒は駒でも、私達は神によって創られた駒です」
ぞくり、とするような笑みを、ラファエルが浮かべる。
「そしてその駒を神が操っている限り、敗北はありえない」
ラファエルは芝居がかった動きで、天を仰ぐ。
「駒は私だけで十分です。それだけで、神はありとあらゆる盤上を征服できる――」
「…お前、いつか天から堕ちるぞ」
武が、突然そう呟いた。
「…………」
ラファエルは無理矢理張り付けたような笑顔で、
「…なかなか面白い冗談ジョークですね。だが私はあの愚者のように、神に逆らおうとは思わない」
「ルシファーが天から堕ちたのは、唯一神に反逆したからじゃない。反逆の目的が、傲慢なモノだったからだ」
「…………」
「そして、今のお前の言葉。傲慢そのものだったぞ」
周囲に、風が渦巻き始める。
真空の刃が、僅かに武を切り裂いた。
「…そうですね。私も自重しなくては。ありがとうございます、貴方のおかげで眼が醒めましたよ」
「そりゃよかった。今後に生かしてくれ」
「ええ、勿論」
少しずつ――風が、強くなってゆく。
「――そろそろ下らないお喋りは止めにしろ、ラファエルとやら」
ヴァルキリィが、1歩前に出る。
「それとも、お前は話し合いで平和的解決でも望んでいるのか?」
「野蛮ですね。そんなに殺し合いがしたいんですか?」
「ああ、したいさ。私は戦場を翔ける神だからな」
ラファエルの澄ました顔の下から、怒りが滲み出して行く。
「…『戦場を翔ける神』? 『戦場を翔ける悪魔』の間違いでしょう」
「――…ああ、忘れていた。お前達はそうやって、神々の神格とそれに対する人々の信仰を奪ってゆくんだった」
「『神』とは、我等がアドナイのみです。悪魔の分際で神を名乗る――それこそ、傲慢ですね」
「…やれやれ」
ヴァルキリィが、ふぅと息を吐く。
「まったく話が噛み合わないな。これでは、『話し合いで平和的解決』も無理だ」
「そうですか… 残念です」
ラファエルが、手で顔を覆う。
だが、悲しんでいるようには見えなかった。
武達は――それぞれ、戦闘態勢をとる。
「――貴方達の病は非常に重い。しかし、安心してください。この癒しの天使ラファエルが、1人残らず治療ころしてあげますから」



「――<ガルダイン>」
武達が、一斉に四散する。
そこを、真空の嵐が通り抜けた。
魔法から逃れた武達は、四方八方に散って行く。
「…なるほど、別れましたか。私ひとりをこの街の中で相手するなら、その方がよいのかも知れませんね」
ラファエルか、足を踏み出す。
「しかし、ひとりずつ見付け出して始末すればよい事だ」
「――我等が見付け出されるまで、ただ待っていると思うか?」
「――!!?」
ラファエルの背後から跳び込んだケルベロスが、その左腕を喰い千切る。
「チッ、この駄犬イヌが… <ディアラマ>ァ!」
回復魔法により、ラファエルの左腕が再生してゆく。
ケルベロスはまるで汚いモノのように、咥えていた腕を吐き棄てた。
「私は、治癒を司る者です。この程度では痛くも痒くもありませんよ……!」
「…そのようだな。ならば次は首だ」
ラファエルが、ニヤリとした。
「フフフ… 威勢がいいですね。さっきも、首を狙っていたクセに」
「…………」
確かに、ケルベロスはラファエルの首を狙っていた。だがラファエルは、それを腕で防いだのだ。
「……フン。それにしても、貴様は飛ばないのか?」
「ええ、ウリエルのように墓穴を掘りたくはありませんから」
空を飛ぶのに墓穴を掘るというのも変な話ですが、とラファエルは笑いながら言う。
「まぁ、何でもいい」
ケルベロスが、一気に攻める。
「何度も同じ手が通用すると思いますか!」
首に噛み付こうとしたケルベロスの口に、ラファエルは右腕を突っ込む。
そのまま右腕を自ら引き千切り、ケルベロスを蹴り飛ばした。
そして、再生した左腕を振り上げる。
掌の中で――風の元素が、集束してゆく。
「死になさい……!」
しかし。
「――甘いよ、ラファエル」
ラファエルの左腕が、斬り飛ばされた。
「……は?」
ラファエルの背後には、サリエル。
サリエルの大鎌が、ラファエルの左腕を斬断したのだ。
そして――
「――これで終わりね」
つぐみが、踏み込んだ。
護法徳手により霊気に包まれたつぐみの拳が、ラファエルに向けて放たれる。
だが――
「ふ、ざけるなぁ……ッ!!!」
2枚の翼が大きく広がり――ラファエルを、包み込んだ。
つぐみの拳撃が打ち込まれる。
しかしそれは、ラファエルの翼を吹き飛ばしただけだった。
「く――っ!!?」
「浅はかですね……!」
ラファエルが、後方に跳ぶ。
「――<マキシテンペスト>ォオオッッ!!!!」
ラファエルの口の両端が深く裂け、顎が外れる。
まるで獲物を丸呑みにする蛇のように、大きく口が開かれた。
圧縮された暴風が、その口から放たれる。
つぐみ達は声を上げる暇さえなく、それに呑み込まれた。



「――…逃げましたか」
風が起こした土煙が消えると、そこには誰の姿もなかった。
「しかし、手応えはありました。あれなら、しばらくは闘えないはず」
ラファエルの身体が、再生してゆく。
「――貴方も、そう思うでしょう?」
ラファエルが振り返る。
そこには、ヴァルキリィが立っていた。
「……ふぅ。やはり、まともに主殿を護れるのは私だけだな」
「…その召喚師さんは、どうしたんです?」
「とうに先に向かった。ケルベロス達も、回復したらすぐに追う。いちいち貴様如きを相手にしていられるほど、主殿は暇ではないのだ」
「…………」
ラファエルの眼が細められ、ヴァルキリィを睨む。
「…なら、貴方は私の足止めですか? ――役者不足にも、ほどがある」
「『足止め』? 笑わせるな」
ヴァルキリィは心からの嘲りを、ラファエルに向けた。
「――貴様は、ここで死ぬ。私が殺すからだ」
「……何?」
ラファエルが、怒りで震え始める。
「殺す、だと? 下等な悪魔が… この私を?」
ハハハ、とラファエルが笑い声を漏らす。
それは、狂気の笑いだった。
「――ハハハ、ハハハハ… ハハ、貴様は100度殺してやる! アハハハ、ハハハハハハッ!!!」
凄まじい風が、ラファエルを中心に渦を巻く。
そして――
熾天使セラフラファエルの名において――舞え、風の元素ォオ!!」
それを、ヴァルキリィに向けた。
「――<マハガルダイン>ッッ!!!!」
「……!」
ヴァルキリィが、上に跳ぶ。
地面が風によって、丸ごと抉り取られた。
「…無茶苦茶な威力だな……」
「――何処を見ているんですッ!!」
ヴァルキリィの上方から、ラファエルの声。
「……!!? クッ――」
「我は風に命ずる! 何者にも劣らぬその速さにより、我が敵に死を運びたまえッ!!!!」
一瞬だけ、世界から風が消えた。
何故なら、全ての風が――ラファエルの手中にあったのだから。
「――<ストームナイトメア>ァァアアッッ!!!!」
その風をまともに受けたヴァルキリィは気流に巻き込まれ、絶望的なスピードで地面に落下する。
風が地盤を貫き… 粉々に吹き飛ばした。
「――…死にましたか」
ラファエルは無感情に呟き、背を向ける。
――それが、命取りとなった。
「――<ヒートウェイブ>」
ラファエルの背が、大きく斬り付けられる。
「な……っ!!!?」
バランスを崩したラファエルは、そのまま地へと墜ちた。
「――無様だな、翼人」
それを、冷ややかな眼で――ヴァルキリィが見つめる。
「き、貴様、どうして……!?」
「簡単な事だ。私は、風よりもはやい。そうでなくては、全ての戦場を巡る事など出来ないからな」
ヴァルキリィはそう言って笑うと、ラファエルに剣を向けた。
「ところで、お前達は… この街で、どれだけ殺した?」
「…ハハ、つまらない質問をしますね。そんな事、覚えているはずないでしょう。まぁ、覚えられないほど殺したのは間違いないでしょうね」
「覚えられないほど、か」
「それが何です? まさか、私達を責めるつもりですか? そんなモノは、ただの偽善です」
ラファエルが、嘲笑を浮かべる。
だが。
「責める? まさか、そんな事をするつもりはない。むしろ感謝している」
「――は?」
「おかげで――皆、復讐ころしたがってるからな」
「……ッッ!!!?」
ラファエルの背筋に、冷たいモノが走る。
眼には見えずとも、この街で死した者達が少しずつ集まって来ている事が、嫌でも感じられた。
「死者を収集する私にとって、ここは非常によい場所だ。戦士の魂は少ないが、まぁ贅沢は言わない事にしよう」
死者達の魂が、ヴァルキリィの剣に宿って行く。その度に、剣は不気味な光を放った。
「そろそろ気付いていると思うが… 貴様の敗因は、死者の巣窟であるここで私と闘った事だ」
「…………」
ラファエルは、何も答えない。
天に向けられたヴァルキリィの剣は、まるで光の柱。
「斬死しろ――<ガリアンソード>」
ラファエルの頭上に、剣が振り下ろされた。



いつの間にか、雨が降り出していた。
雨の中、武とつぐみ、そしてヴァルキリィを除く仲魔達は、万魔殿パンデモニウムに向け駆ける。
「――ラファエルの気配が消えた。ヴァルキリィが勝ったようだな」
ケルベロスが、誰に対してでもなく言う。
「…少しは、やるじゃない」
つぐみは少し不満そうに、呟いた。
「…………」
だが武は何も言わず、走り続ける。
「…ねぇ、武はどうしたの?」
つぐみが小声で、サリエルに尋ねた。
サリエルは少し唸ると、
「順番的には、次の相手は『彼女』のはずだからね… マスターには辛いだろうさ」
「『彼女』?」
「ま、辛いのは向こうも同じかも知れないけど――」
「……?」
つぐみは話がよく分からず、眉をひそめる。
――その時。
「…………」
武が、足を止めた。
眼前には、巨大な万魔殿パンデモニウムの門。
「…やっぱり、お前か」
その門の前に、ひとりの天使がいる。
雨でずぶ濡れの彼女は、門にもたれかかり静かに佇んでいた。
「…ついに私の前に現れましたね、咎人よ」
彼女が、閉じていた眼を開く。
「咎人、か。悪魔を操る上に生命の理まで狂わせた俺は、お前達から見れば間違いなく咎人だろうな」
武は、儚げに――笑った。

「――なぁ、ガブリエル」




あとがきだと伝わるもの・11
こんちゃ、大根メロンです。
どうでもいいですが、今、『だいこんめろん』と打ったら『堕遺恨メロン』と出ました。何か凄そうです(は?)
さて、今回の話。
…うぅむ、何故かヴァルキリィの見せ場を作ってしまった。パートナーデヴィルのケルベロスより目立っちゃってる(汗)
頑張れケルベロス、パートナーデヴィルの威厳を見せろ。サリエルは… まぁ、どうでもいいや(オイ)
次回は、VSガブリエル。色々、大変そうな話です。
ではまた。


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