※空ファン・沙羅ファンの方はご注意下さい






想い 
                              電灯


−喪失−



2042年3月8日


倉成家玄関

土曜日の昼下がり。
プルルルルル…プルルルガチャ
「はい、倉成ですが。」
「あ…倉成さん…お久しぶりです…」
「おお!…空か!最近どうだ、元気してるか?」
「ええ、仕事の方は順調ですよ。」
「仕事の方『は』?何か、悪いことでもあったのか?」
「え?いや、そういうわけではないんです、言い方が悪かったですね…申し訳ありません…」
「謝らなくていいよ。そうかそうか、元気か。それはよかったな。」
「はい、ありがとうございます。」
「それはそうと、いったいどうしたんだ、いきなり電話なんて。」
「あ、その、それは…」
「ん?どうしたんだ、空?」
「あの、えっと、く、倉成さん…あの、その、今度の…今度の日曜日、ちょっと、その、お会いできないでしょうか…?」
 突然の申し出だった。
「はい??」
「いや、あの、だめならいいんです!!無理にとは言いませんから!そうですよね、倉成さんにはつぐみさんがいますから、日曜日も忙しいですよね、申し訳ありありません、急にお誘いしてしまって…」
「そ、空?別に、だめとは言ってないんだが…」
「えっ?…じゃあ、いいんですか!?」
「ああ、別にかまわんのだが…」
「本当に、本当に、いいんですか!!?」
「特に用事もないからな。」
「それでは、あの、その、日曜日の午前11時、石川公園で待ってます!倉成さん、本当に、本当にありがとうございます!」
「ああ、11時、石川公園だな。了解、了解。」
「はい!!」
「後は、何かあるか?」
「いえ、それだけです、倉成さん、待ってます!」
ガチャッ、ツーツーツー
「空…いったい、どうしたんだ?」

 そこへ、つぐみが買い物から帰ってきた。
「あら、武?そんなところに立って…どうしたの?」
「ん、ちょっと、空からの電話だ。なんでも、日曜日に会いたいとかなんとか言ってたが…」
「ふぅん…空が、日曜日に、ねぇ…それで、行ってあげるの?」
「まあな。空には最近会ってないし、さっきの電話、ちょっと気になるんだ。」
「そう…」
「つぐみ?」
「ちょっと、妬けるだけよ。日曜日に亭主を取られるんだから。」
 つぐみはそう言っておどけて見せた。
「そう言うな、俺が愛してるのはおまえだけだよ、つぐみ…」
 武はつぐみを抱き寄せ、唇を重ねる。玄関に荷物が落ちた。
「もう、武のばか……んっ……」
 現在、玄関の外…
「うっわぁー、熱いねぇ、パパとママ。ほら、お兄ちゃんも見る?」
 鍵穴(本当に見れるのかは、知らないが)から覗く沙羅。
「沙羅…まずいよ、そんなことしちゃ…」
 沙羅をとがめるホクト。
「もう、お兄ちゃんたら堅いんだから…」
「堅いんじゃなくて、それが常識だよ、沙羅。」
「はぁー、お兄ちゃんがそこまで言うなら、諦めるしかないか…」
「ふぅ…でも、どうやって入ろうか。何かいい案はあるかい、沙羅。」
「ふっふっふー、よくぞ聞いてくれたでござるな!実は、こんなこともあろうかとこっちに専用の縄ハシゴがあるのでござるぅ♪」
 沙羅は得意げにホクトを案内した。
「うわぁ…なんで、こんなものがこんなところに…」
 家の裏側、沙羅の部屋の窓から縄ハシゴがたれていた。
「忍者たるもの、普段から抜け道を用意する必要があるのでござるよ、ニンニン。」
 ともかく、玄関がラブオーラで包まれている以上、ここしか家に入る方法はなさそうだ。
「じゃあ、僕が先に上るよ。いいかい?」
「どうぞでござるよ。」
 ホクトは上り始めた。
「うわ、結構揺れるね…」
「大丈夫?お兄ちゃん?」
「何とか…うわっ!」
「さっきの風、強かったね…」
 ホクトは苦戦しながらも何とか窓までたどり着いた。
「沙羅?鍵はどうやって開けるんだい?」
「窓ガラスに手を触れればいいよ。指紋照合できるから。」
「し、指紋照合??沙羅、君はいったい何を…」
「いいからいいから、その辺は中で説明するよ。」
「う、うん…」
 ホクトはゆっくり窓ガラスに触れた。すると、40年以上前のレトロなシリンダー錠が自動で回って開いた。
(ハイテク?ローテク?どっちなんだ…)
「早く、中に入って!私落ちちゃうよ!」
 見ると、沙羅はすでに真後ろまで上ってきていた。
「う、うん、わかった!」
 ホクトは沙羅の部屋に入った。そのすぐ後から沙羅が飛び込んでくる。
「うわっ、危ない!」
 ホクトはとっさに沙羅を抱き止めた。
「きゃっ、あ、お兄ちゃん…ありがとう…」
 そう言うと、沙羅はホクトにぎゅっと抱きついた。
「さ、沙羅、そんなにくっつかないで…」
「もう、お兄ちゃんたら♪心にもないことばっかり…」
「さ、沙羅…」
 ホクトは強引に沙羅を引きはがした。
「あん、お兄ちゃん…」
「沙羅、僕には優がいるんだよ…」
「むーっ、そんなこと言わないでよぉ…」
「だめだよ、沙羅。」
「お兄ちゃんがそこまで言うなら…でも、私諦めないから!いつかきっと、お兄ちゃんを振り向かせてみせる!」
「もう、沙羅は…でも、ありがとう。あのまま待ってたらいつ家に入れるかわからなかったからね。じゃあ、僕は自分の部屋に行くよ。」
「待ってよ、お兄ちゃん!別に、ここにいたっていいでしょ?」
「だーめ。もう、僕たちもいい大人なんだよ。いつまでもそんなだと、結婚できないよ?」
「私、お兄ちゃんがいれば一生結婚なんてしなくてもいい!」
「また、そんなことを言う…」
 沙羅はいまだに彼氏の一人も作らず、相変わらずホクトに入れ込んでいる。年頃の娘がそれでは、ホクトが心配するのも無理はなかった。
 沙羅は少し強めにホクトを睨む。
「お兄ちゃん、私は本気なんだよ?お兄ちゃんしか、考えられない…」
 かつて、LeMUで沙羅はホクトを諦めたはずだった。しかし、年が経つに連れ、沙羅は自分の立場にだんだん不安を抱くようになっていった。ホクトは優秋と順調に交際を続けているのに、自分は言い寄ってくる男を片っ端から断っていたからである。ホクトを諦めさせてくれるほどの男はいまだ沙羅の前には現れない。
 そうして、いつまでも叶わぬ恋を続けてきた沙羅は、もう人生のパートナーを見つけるべき年齢に達していた。そして今、ずっとくすぶっていたホクトへの、妹としてではなく、女としての愛情がにわかに燃えだして来てしまったのだ。
「…沙羅…自分で何を言ってるか分かってる?」
 まだホクトは冗談半分で聞き流していた。
「……でも、でも…お兄ちゃん以外の男の人なんて……」
 沙羅の目には涙がたまっていた。ホクトは気づかない。
「沙羅、さっきも言ったけど、僕には優が――」
「そんなこと知ってるよ!…でも、どうしてお兄ちゃんを好きになっちゃいけないの?なっきゅ先輩がお兄ちゃんと付き合ってるからって、どうして私が諦めなきゃならないの?…結婚することができなくても、付き合うことができなくても、お兄ちゃんの側にいるだけで私は満足だから、だから、そんな風に冷たくしないで…」
「…沙羅…?」
 ホクトは沙羅の叫びにただただ呆然とするばかりだった。
「お兄ちゃん…」
「…ごめん、沙羅……」
「…お兄ちゃんっ…」
「僕は、部屋に戻るよ…」
「……お兄ちゃんっ!…」
 残された沙羅はとても悲しげに見えた。しかし、それはあってはならない悲しさであった。ホクトは、これでいいんだ、と自分に言い聞かせて沙羅の部屋を出た。



 倉成家玄関

「ぅん……はぁ…」
 上気したつぐみの顔。
「つぐみ…」
 それをいとおしそうに見つめる武。と、そこへ
「お父さん、お母さん、どこにいるの〜?」
 ホクトの声が聞こえてきた。無論ホクトは玄関に二人ともいるのを知っているが、声をかけないといつまでたっても夕食が食べられないことを知っているので、いつもとおなじように極めて自然に呼びかけた。
「ホ、ホクト!ああ、ここにいるぞ。」
「ホクト…邪魔、しないでよ…(ぼそっ)」
「つぐみ?何か言ったか?」
「いいのよ…気にしないで、武。」
「うむ、それならいいんだが。」
 ホクトが近づいてきた。
「お父さん、お母さん、買い物から帰ってきたんだね。荷物運ぼうか?」
「ああ、頼む。」
「ありがとう、ホクト。」
 ホクトは落ちていた袋を拾うと、奥へ運んで行った。
「武、じゃあ、私は夕ご飯を作るから。ちょっと待ってて?」
「おう。今日もうまい飯を食わせてくれよ。」
「ふふっ、わかってる、武…」

 そして、夕食の時間。倉成一家はいつも通りに床の間に集まり、いつも通りに夕食を取った。ただ一人、沙羅を除いて。
「なぁ、つぐみ、沙羅はいったいどうしたんだ?知ってるか?」
「いいえ、私は特に何も聞いていないわ。ねぇ、ホクト。何か知ってる?」
 知ってるも何も、ホクトこそが原因だった。
「うん…知ってるよ…」
「ちょっと教えてくれるか?」
「え…その、ちょっと待ってほしいんだ。今は、そっとしておいた方がいいと思う。」
「そう…でも、このままじゃ事態は好転しないわよ。それでも、そっとしておいた方がいいと思うの?」
「うん、沙羅には今時間が必要なんだ。現実を受け入れるだけの時間が…」
「現実?」
 武は訊いた。
「そう、現実。それは、沙羅にとってとても辛い現実なんだと思う。でも、沙羅は頭のいい子だから、わかってるはずなんだ。ただ、それを受け入れることは今までの心の支えを取り払うことに、たぶん、等しいんじゃないかな。僕は沙羅じゃないからわからないけど、きっと、そうだと思うよ。今まで、一緒に過ごしてきて、そう感じるんだ。」
 ホクトは、彼自身も辛そうに声を出した。
「そうか…わかった。ホクトの言うことを信じよう。な、つぐみ?」
「ええ、今はそれが一番いいみたいね。」
 武とつぐみはうなずきあった。
「ありがとう、わかってくれて。」
 ホクトはそう言うと、ほっと息をついた。
「さぁて、それじゃあ俺は風呂に入ろうかな。」
「私は洗い物をすませないと…」
 沙羅のことは心配だったが、ホクトの説得もあり、武もつぐみもいつも通りの生活に戻ることができた。

 その夜、武の部屋。
「なぁ、つぐみ。俺が空と会うの、本当に許すのか?」
「…どういうこと?」
「正直言って、止めて欲しかったな。」
「空に会いたくない…ってこと?」
「まあ、なんて言うのかな、ちょっと恐いんだ。今日の電話、いつもと変わらないのに…イヤな予感がする…」
 つぐみが首をかしげた。
「……?」
「うまく言えないんだけどな。」
「いいのよ、無理して言わなくて。」
 そう言うと、つぐみは自分の頭を武の胸にちょこんと乗せた。武がつぐみの頭を撫でる。
「……」
「……」
「いいにおいだ…」
 風呂上がりのつぐみは、シャンプーのほのかな香りとつぐみ自身の香りが混ざってとても官能的だった。
「………」
 つぐみは黙って武に撫でられている。
「昔の、ジャコウの香りも良かったけど、こっちの方も魅力的だな。」
「…また、食べたいの?」
「ああ、当然だ。」
「ふふっ…いいよ、武……」




2042年3月9日日曜日午前11時


石川公園

「空、待ったか?」
 武は駆け寄りながら訪ねた。
「いいえ、大丈夫ですよ、倉成さん。」
「よかった…それで、早速だけど今日は何の用なんだ?」
「その、ええと…」
 空はもじもじして、視線が定まらなくなった。
「あの…一日だけでいいんです、私と、その…」
「一日、なんだ?」
「…その、ちょっと付いてきて欲しいところがいくつかあるのですが、一緒にお願いできますか?」
「一緒に行くだけでいいのか?」
「はい、それだけで十分ですから…お願いします…」
「そうか、それだけならお安いご用だ。」
「ありがとうございます!私、断られるんじゃないかと…」
「空も心配性だなぁ。」
「空『も』?あの、それはいったい…」
「今日の朝さ、つぐみが、『武、ちゃんと戻ってきてね…』なんて言うもんだからな。つぐみは心配性だな、って言ってきたんだ。それで、さっき空が心配してたときにも少し同じ感じがしたから、ついつい『空も』ってなっちゃったんだ。気に障ったら悪かった。」
「いいんです、別に…気にしないで下さい。」
「そうか、ならいいんだが。で、今日はまずどこに行くんだ?」
 武は、昨日の不安をできるだけ表に出さないようにしていた。それが空への精一杯の思いやりだった。



 同日同時刻田中家

 ピンポーン
「はーい、今出ますよ〜」
 優美清秋香菜が玄関に駆けてきた。そのままサンダルを履いてドアを開ける。
「こんにちは、優。」
「あっ、ホクトじゃない!どうしたの、急に訪ねてくるなんて。」
 優秋はホクトの手を取って彼を家の中へ入れた。
「今日は、ちょっと相談したいことがあって来たんだ。時間、空いてるかな?」
「うん、大丈夫だよ。でも、相談かぁ…デートのお誘いに来たのかと期待して損しちゃった。」
 優秋はそう言ってホクトに笑いかけた。
「まあ、デートはまた今度に、ね?」
「うん!」
 そんな会話をしながらリビングルームに着いた。そこにあるソファに並んで座る。
「それで、相談って何?私に手伝えることならどんどん言ってよね。」
「うん、それじゃあ早速本題にはいるけど、相談っていうのは沙羅のことなんだ。」
「マヨ?いつも元気いっぱいの小悪魔がどうしちゃったの?」
「優…」
「あっ、ごめんなさい…ふざけすぎちゃったね…」
「いや、いいんだよ。僕はそういう明るいところを好きになったんだから。」
「えっ、えと、何言ってるのホクト!ほ、ほら、相談に来たんでしょ、マヨのことで。早く話して!」
「うん、分かった。」
 ホクトは、昨日起こったことをかいつまんで優秋に話した。
「ふーん…マヨが…今になって…」
 優秋はそう言ってホクトを見た。
「うん、このままじゃ沙羅にとっても僕たちにとっても良くないと思う。沙羅はどうやったって僕の妹だし、お父さんの娘なんだ。現実は変えられない。」
「うん…そうだと思う………でも、マヨは、ずっと、ずっと長い間武さんやホクトを待ってたんだよ…?」
 その言葉を聞くと、ホクトの顔は苦しげにゆがんだ。
「それは、分かってるんだよ…優。確かに、沙羅はずっと家族の愛に飢えてた。でも、その愛情は家族のものであって、男と女の愛情ではいけないんだ。僕はついさっき言ったよね、沙羅は僕の妹で、お父さんの娘だって。僕は、兄として沙羅に愛情を注ぐのは構わない。それは、僕が優に対して持っている感情とは別のものだから。」
「…うん、そうだね。私、マヨのことしか考えてなかったよね…」
「いいんだ、優。気にしないで。優も、ずっと沙羅と同じように苦しんでいたんだから。」
「うん…ありがとう、ホクト…」
 ホクトは黙って優の肩を抱いた。



「倉成さん、これに乗りましょう!」
「ま、まだ乗るのか…」
 武と空は「ランドオブザみゅみゅーん」と言うテーマパークに遊びに来ている。あの待ち合わせの後、言葉巧みに武を誘導した空は武と実質上のデートをしていた。
「倉成さん、早く早く!」
「あ〜、ちょっとタイム…休憩しようぜ、空…」
 へとへとの武。その隣に座って微笑んでいる空。どこからどう見てもカップルである。
「ふふっ、倉成さん、ばてるのはまだ早いですよ。」
「しかしだな、空。さっきからずっと乗りっぱなしだぞ?」
「私は大丈夫ですよ?」
「はは…すごいな…」
「そうですか?」
「…なぁ、空?」
「なんでしょう、倉成さん?」
「今日って、これが目的だったのか?」
「えっ…ええ、そうですよ?」
「ふぅん…」
「倉成さん、変なことを聞くんですね。」
「ちょっと、な…」



「それで、どうしようか?優。」
 ホクトと優秋は沙羅をどうやって説得しようか、を話し合っていた。いつの間にか春香菜も加わっている。
「うーん…いい案が思い浮かばないや。お母さん、どうすればいいと思う?」
「そうね…私は、沙羅が自力で解決するのが一番いい方法だと思うわ。私たちが干渉しても沙羅の心にひっかかりが残る可能性が高いし、そうなったらもっと大変になる。何もできないけれど、それが一番じゃないかしら。」
「田中先生…でも、今の沙羅は誰かの助けを必要としていると思うんです。沙羅は、一人になると可哀想なくらい弱くて…」
 その訴えを聞いた優春は考え込んだ。
「…確かに、沙羅のことはあなたが一番よく分かっているはずよね。私がうかつに意見を出すより、あなたが決めた方が沙羅に取っていいと思うわ。」
「せっかく意見を出して頂いたのにごめんなさい。」
 ホクトは頭を下げた。
「ねぇ、ホクト…」
「なんだい、優。」
「結局、どうするの?」
「そうだね…できれば、僕と優で説得するのが一番いいと思うけど…どうやって沙羅を説得しようか…」
「うーん…そうだ!私とホクトがラブラブなところを見せれば諦めてくれるかも!」
 その意見に優春は問題を指摘した。
「火に油を注ぐことになるわよ…沙羅の性格を忘れたの?あれだけ負けん気が強い子の前でそんなことをしたら…」
「そっか…」
「…………」
「ねぇ、優?」
「なに?ホクト。」
「僕たちが、結婚すればいいかもしれない。」
「ええぇっ!!??な、なんでそうなるのよ??」
「確かにいいかもしれないわ…私もそれで諦めたんだし……」
 優春がホクトに賛成した。
「お母さん、『諦めた』って、何を?」
「あなたが知る必要はないわ、ユウ…」
「また前のお母さんに逆戻り?ひどいよ…どうして教えてくれないの?」
「そ、それは…だって……」
 優春は初めて優秋の前でもじもじした。
「お、お母さん??(このうろたえぶりは…なに?)」
「ユウ、お願いだから、そのことだけは訊かないで……」
「わ、わかった。」
「ありがとう、ユウ…」
「う、うん……」
「あのー、優?」
「えっ…ああ、ホクト。何?」
「さっきの提案の答え…教えてくれないかな?」
「ほへっ?…………あっ、えっと、その、ど、どうしよう、お母さん?」
「ホクト君ならユウをあげても安心できるわ、私は賛成よ。」
「本当ですか、田中先生!」
「ええ、いいわ。」
 そこへ優秋が割り込んできた。
「ちょっと待ってよ!私をおいて話を進めないでよね!」
「ユウ…あなたは、ホクト君じゃ不満なの?」
「そんなわけないでしょ!ホクトしか考えられないよ!」
「優…ありがとう…」
「えっ…ああっ!わ、私、何言ってるんだろ…もう…」
 優の顔は真っ赤になった。
「ふふっ…」
 優春はその姿を、もうほとんど自分と変わらなくなった我が娘を、微笑みながら見つめていた。



 午後6時石川公園

「倉成さん…今日は、本当にありがとうございました。久しぶりに仕事を忘れて楽しめました。」
 空はそう言って丁寧にお辞儀した。
「いいって、俺も楽しかったしな。」
「倉成さん…」
「…?何だ、空?」
 武はイヤな瞬間がどんどん近づいてくるのを感じていた。
「その…倉成さんは、私が嫌いですか?」
「………空。何を考えてるんだ?」
「倉成さんは、私が嫌いなんですか?」
「……空…俺たちは『仲間』だ。それ以上でもそれ以下でもない。」
「倉成さん、私、倉成さんのことが好きなんです。」
 沈黙。武はこの時が来るのをずっとおそれていた。
「…空、俺にはつぐみがいるんだ。」
「分かってます、そんなこと分かってるんです。」
 空の目には涙。
「空…分かってるなら、そういうことは言わないもんだ。」
「そうじゃない!私が言いたいのは、小町さんと別れてほしいってことなんです!」
「空……もう、つぐみは小町性じゃない。倉成つぐみなんだ。」
「そうやって、倉成さんはいつも小町さんのことばかり…」
「当たり前だ。俺はつぐみを愛している。俺の生に終わりがあるのか分からないが…一生、共に生きていこうと思ってる。さっきの願いは叶えられないんだ。」
「倉成さん!!わたしは、ずっと、倉成さんを待ってました…小町さんも待っていたのは知ってます。でも、わたしはあなたを助けるために一生懸命働きました!あなたを助けるために、34年の時だって、みんなをだましてたんですよ!!わたし、辛かったです!!あなたがいなければ、私は絶対に計画には参加なんかしませんでした!!全て、あなたのためだったんです!!なのに、どうして、私を選んでくれないんですか、倉成さん、いや、武………」
「空、俺を武と呼ぶな。俺を武と呼ぶ女性は―――」
「小町さんなんて言わないでください!!武!私を選んで!!小町さんなんて、つぐみなんてほっといてぇ!!!」
「空!!!」
「―っ!!たけ……倉成、さん…」
「……今の言葉は聞かなかったことにする。だから、また今まで通り仲間でいよう、な?」
「いや…いやです……」
「わがままを言うな、空。」
「………」
 泣きながらいやいやをする空。
「もう一度言うが、俺はつぐみを愛してる。だから、空の気持ちには応えられないんだ。おまえなら分かってるだろ?辛いとは思うが、曖昧にしていては空のためにならないんだ。頼む、空。分かってくれ…」
「…………」
「…………」
「倉成さん…」
「なんだ、空?」
「…ごめんなさい、倉成さん…私、まだ割り切れません…………今日は楽しかったです、さようなら…」
 駆け出す空。
「お、おい!空!」
 武の呼びかけにも応えず、空はそのまま走り去ってしまった。



「それじゃあ、さっき話したことをまとめましょう。」
 優春はそう言ってホクトと優秋を見た。
「そうですね、お願いします。」
「うん、お母さんお願い。」
「何言ってるの?ホクト、やりなさい。」
「えっ?」
「今まで他人行儀だったけれど、これからは遠慮はなし。ほら、ホクト、早くするのよ。」
「は、はい!…それじゃあ、確認するよ。まず、僕と優の婚約についてだけど、最初に言っておきたいのは、あくまで沙羅の件はきっかけにすぎないってこと。もともと僕はいつか優と一緒になりたいと思っていたんだ、沙羅を諦めさせるための婚約なんかじゃない。」
「当たり前よ、そんなこと。言うまでもないわ。」
「わかってる、ホクト。私、そんな風には思ってないよ。」
「うん、ありがとう、優……続けるよ。入籍後の住居は僕の家。部屋は二階に僕の部屋があるから当分はそこを使うんだよね。」
「そうだよ。ホクトと同じ部屋かぁ…(照)」
「ゴホンッ…あー、ユウ?のろけるのもいいけど、私の前ではやめなさい。」
「はぁーい…(お母さん、付き合った人がいないから妬いてるのかな?)」
「断じて違うわ。」
「えっ??」
「ユウ…あなたの考えてることくらい分かるわよ。たぶん、『お母さんは誰とも付き合ったことがないから妬いてるのかな』とか思ってるんでしょう?」
「えっと、いや、その…」
「図星ね?下らないことばっかり考えて…」
「(た、田中先生の前でよけいなこと言うのやめとこ…)」
「無駄よ、ホクト。」
「へっ??」
「あなた、賢い子だからユウの失敗を見て『田中先生の前で余計なことを言うのは止めとこう』みたいに考えているんじゃないの?」
 優春はいつになく鋭かった。
「…はぁ……」
「いい?あなた達何か勘違いしてるみたいだから言っておくけど、別に私は倉成のことを好きなわけじゃないの。ただ、倉成がつぐみのことを好いてるならその幸せを壊したくないなって、そう思ってるだけで、そういう嫉妬を倉成は好きじゃないわけで…だから私は武とつぐみが結婚したなら諦めようかなって思ったわけで…ああ、もう!何言わせるのよ、二人とも!」
「(お母さんが勝手に…)」
「(田中先生が勝手に…)」
「二人とも、心の中でハモるのはやめなさい。」
「「はぁーい…」」



 倉成家

「ただいま…」
 武はあの後空を追ったが、結局見つけられずに帰ってきたのだ。
「お帰りなさい。」
 つぐみがエプロン姿で武を迎える。
「ふぅ…今日は疲れたよ、本当に…」
 武はそう言って靴を脱いだ。
「何かあったの?本当に疲れてるみたいね…」
 武は、つぐみと一緒に廊下を歩いている。
「…空がな……まあ、詳しくは後で話すよ。軽く話せるような話じゃないんだ。」
「そう…分かった。また後でね。」
「ああ…」
 その後、つぐみは夕食作りを再開し、武がつぐみの手伝いをしていると、しばらくしてホクトが帰ってきた。
「お帰りなさい、ホクト。」
 つぐみが迎える。
「あ、お母さん。ただいま。」
「今日はどこに行ってたの?」
「ちょっと、優のところにね。」
 ホクトは靴を脱いで上がった。
「ふぅん…春香菜と秋香菜は元気にしてた?」
「うん、元気だったよ。」
「そう、それは良かったわ。」
 雑談を交わしながらつぐみとホクトは居間に入った。
「お母さん、夕ご飯はあとどれくらいでできる?」
「うーん、まだ30分以上かかると思うわ。」
「そっか。じゃあ僕は部屋にいるよ。」
「分かったわ。」
 ホクトは廊下を歩いている。
「あっ…沙羅…」
 ホクトは階段を下りきる寸前の沙羅を見つけた。
「お兄ちゃん…」
 沙羅は目をそらす。
「沙羅、その、昨日のことなんだけど…」
「昨日のこと?」
「そう、昨日は言い過ぎたよ。ごめん…」
「…なんの…こと…?」
 沙羅は目をそらしたまま唇を噛んだ。
「そんな…分かってるんでしょ?僕はこのままはっきりしないのは嫌だ。沙羅だって、このままでいいとは思ってないはずだ。違うかい、沙羅?」
「昨日のことは、気にしてない…気にしてないから…」
「さ、沙羅…?」
 ホクトの声がかすれた。
「今は、ほっといて、お兄ちゃん…」
 沙羅はそう言って再び部屋へ戻ってしまった。後に残ったのは立ち尽くすホクトと、ほのかな沙羅の香りだけであり、そこにはもう、かつての兄妹の姿を確かめることはできなかった。
「…沙羅、どうして………」

 優秋との婚約のことを沙羅に告げるタイミングを失ってしまったホクトは、自分の部屋の中で何をするでもなくベッドに横になっていた。沙羅の言葉が脳裏によみがえる。
(『今は、ほっといて、お兄ちゃん…』だって?そんなことできるわけ無いじゃないか!)
 ホクトは、そう思う自分と、そう思っていながら何もしない自分に強い憤りを感じていた。
(優…僕はいったい、どうすればいいのか…わからなくなっちゃったよ…教えて、優……)
 ホクトは泣いていた。静かに、滴は落ちて行く。止めどなく、いつまでも。

「ねぇ、武。ホクト達を呼んできてくれない?」
 つぐみがエプロンをたたみながら言った。
「おう、分かった。」
 武は階段を上る。普段はひどく鈍感な武だが、いざというときはとても鋭い。すぐにおかしいと感じた。
「……ホクト、沙羅?」
「……………」
「……………」
「夕飯、できたぞ。」
「……………」
「……………」
「無理しなくていいが、できればちゃんと食べろよ。遅くなるようなら冷蔵庫に入れとくからな。」
「……うん……ありがとう、お父さん……」
「……パパ…ありがと……」
 奇しくも、声が重なる。
 武は、静かに階段を下りた。

「えっ…どういう、こと?」
 つぐみが軽く目を見開く。
「どういうも、こういうも、ホクトも沙羅も食べられんそうだ…思うに、昨日のことが関係してると思うんだが。」
「…と言うより、明らかに昨日のことが原因ね。でも…私たちには何があったのかわからないから、どうしようもないのだけれど…」
「そうなんだよな…」
 武とつぐみの前に用意されている4人分の料理は、まだ温かそうに湯気が立っていた。




あとがき

…スタミナ切れです……やっぱり、私に長編は向きません…たったこれだけの文章を書くのに2週間近くかかってしまいました。この続きは本来の短編スタイルでいきます。

 「叶わぬ恋」をテーマに書きましたが、EVER17には叶わぬ恋をする人がとても多いですね。桑古木に、優春に、空に、沙羅に……私なりにその終わり方を考えてみたのがこの『想い』です。あ、桑古木が抜けてました…桑古木と、その他の終わり方は続編に持ち越しということで…

 ところで、この話の中で2017年の時のある短いシーンを登場人物だけ変えて再現(まではいかないかもしれませんが)してあります。

 沙羅は目をそらす。
「沙羅、その、昨日のことなんだけど…」
「昨日のこと?」
「そう、昨日は言い過ぎたよ。ごめん…」
「…なんの…こと…?」
 沙羅は目をそらしたまま唇を噛んだ。
「そんな…分かってるんでしょ?僕はこのままはっきりしないのは嫌だ。沙羅だって、このままでいいとは思ってないはずだ。違うかい、沙羅?」
「昨日のことは、気にしてない…気にしてないから…」
「さ、沙羅…?」

のところです。あのシーン、ゲーム中では個人的に気に入っているのでついつい入れてしまいました。17年では武とつぐみだったのが、このSSではその息子と娘で再現したという訳です。

以上、言い訳中心(汗)の後書きでした
                                    TTLL09電灯


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