Beginning of the year
                              時羽
ピンポーン!
俺はつぐみ、ホクト、沙羅がちゃんといるのを確認して田中家のチャイムを鳴らした。

今日は2036年の元旦。俺がLeMUから脱出し、4人で暮らすようになってから2度目の正月である。
俺たちがここにいるのは、今年も去年と同じく全員で優の家に集まって新年を祝う事になったからだ。
といっても、俺とココを救うために17年間同居していた涼権と空は今も居候しており、両親を失ったココも優が引き取るという形で同居している。
当然優の娘であるユウもここに住んでいるわけなのだからわざわざ足を運ぶ必要があるのは俺たちだけなのだが。

ガチャ!
「おっ、よく来たな〜待ってたんだぜ〜武!」
やけに陽気なテンションで涼権が迎えに出てきた。
「よう、明けましておめ…」
「いや〜めでたい、めでたい。めでたい正月だ、あっはっはっは!」
「で…とう?」
ところが俺が新年の挨拶をしてるというのに涼権のやつは大笑いをしながら家の中に戻って行ってしまった。
「ねえ…涼権、お酒臭くなかった?」
隣にいたつぐみが顔をしかめながらそう言った。
そういえば、少し顔が赤らんでいたし、心なしかろれつが回っていなかった気もする。
そんな事を考えていると、慌てた様子で優が出てきた。
「あ、来たのね、武、つぐみ、ホクト、沙羅。」
優は正月らしく着物を着ていた。赤の下地に白や黄色の花柄がついたその着物はブロンドに染めた優の髪にみごとにマッチしていた。優は髪を手櫛で整えながら
「とりあえず上がってよ。寒かったでしょ?」
といって、俺たちを迎え入れた。

「ところで涼権に何かあったのか?酔っていたみたいだったが。」
玄関に入りスリッパに履き替えたところで優にそう尋ねてみた。
「ああ…うん。…実はね?」
優はそこで一呼吸置いてから続けた。
「実は、ココが涼権のプロポーズを受けたのよ…。」

『えええーーー!?!?』

俺たち4人はほぼ同時にそう叫んだ。
「ココって…確かBWのことがすきだったんじゃなかったんですか!?」
ホクトが心底驚いたようにそう言った。こいつも俺と一緒にIBFでココとBWとのやりとりを見ていたんだからそうリアクションするのも当然だろう。
それに優は少し困ったような顔をして自分なりの解釈を述べた。
「やっぱり、なんだかんだいったってBWは別の世界の人間でしょ?けど、変わった能力を持っているとはいえココはこの世界の人間。世界の違う人間同士の恋はやっぱり難しいんじゃないかしら?それに涼権はココの遊びにそれはもう真剣になって取り組んでいたから、ココの興味が涼権に移ってもおかしい事じゃないと私は思うわ。」
「…という割には優、お前もなんか釈然としないって顔していないか?」
「うん。まあ……。」
口ごもった優の顔には戸惑いと、それ以外の感情が入り混じったような複雑な表情が浮かんでいた。
「まあ、おめでたいことなんだからいいんじゃない?さてと、こんなとこで立ち話もなんだし、早く上がった、上がった!」
しかし優は何かを振り切るようにぱっと顔をあげ、明るい口調でそう言った。

優に続いてリビングに足を踏み入れると…。
ガシッ!!
「うおっ!?」
何かが俺の右腕にまきついてきた!
「な…なんだ、空か…。」
「はい。あけましておめでとうございます、倉成さん!」
腕に抱きついたまま猫なで声で空がそう言った直後、おれはビキィッ!という音とともに背後の空気が絶対零度に限りなく近づいていくのを感じた。
「……空?なんのつもり…?」
そしてドスの効いたつぐみの声が聞こえた。今の俺には後ろを振り向くなんて芸当、とてもできたものではない。
もっとも、部屋の中から俺たちのほうを見ているユウの顔から血の気が引いているところをみると、つぐみの形相は俺が想像したものと大差は無いだろうと推測できた。
だが、空は臆す様子もなくつぐみの顔を直視しこう言い返した。
「私、小町さんに一つお伝えしなければならない事があります。」
「……なに?」
「私は今日から倉成さんを私の伴侶にする決意をしました。なので小町さん、あなたは邪魔です。消えてください。」
「そ、空…?」
俺はあまりの空の変わりように絶句した。沙羅やユウもその恐ろしさに「ひっ!」と叫び声を上げたほどだ。しかし、つぐみは全く動揺する気配を見せなかった。
「ふ〜ん……私とやる気だと、そういうな訳?」
「ええ。そういうことになりますね。」
「…いい度胸じゃない。覚悟は良いわね?」
「その言葉、そっくりそのままお返しします。」
「……外に出なさい。」
二人は計り知れない威圧感をまとわりつかせ、玄関のドアから静かに外へと退場していった。

「さて…と、それじゃあおせちをいただきましょうか?」
「…いいのか?あの二人をあのままにしておいて。」
優の場の雰囲気を一切無視したかのようなあまりにのんきな言い方に、俺は呆れながら尋ねた。
「大丈夫よ。戦闘力はつぐみの方が間違いなく上だもの。そうねぇ、つぐみが負ける可能性は……約1.7%ってところかしら。誤差の範囲が……±0.7%位だから、それを加味したとしてもほぼ確実につぐみが勝つから安心して。」
「…仮につぐみが勝ったとする。その場合、空は平気なのか?」
「空はメンテナンスすれば元通りよ。」
優は事も無げにあっさりとそう答えた。
「……そんなものなのか?」
「そんなものよ。」
俺は本当にいいのか?というセリフを飲み込み、釈然としない心持ちのまま席についたのだった。

『ごちそうさま〜。』
「どうだった、武?私の作ったおせちは?」
「ああ、うまかったよ。ごちそうさん。」
本当のところは食事中終始聞こえてくる外からの打撃音やら破壊音やらが気になり味なんてほとんどわからなかったのだが、そのことは言わないほうが良さそうだ。
それにしても…あいつらのバトルはいったいいつになったら終わるんだ??二人が外に出て行ってから時計の長針が既に一周半を回っているのだが。

「それじゃあ何かゲームでもしようよ。」
食器を片付け終えたユウがそう言いながら台所から戻ってきた。
「いいですね、何のゲームします?」
「やっぱり正月らしいものがいいんじゃないか?」
「それなら、カルタなんてどう?お正月らしいんじゃない?」
「カルタかぁ〜。いいですね、それ。」
「ココもさんせ〜!」
「でしょ?」
「ふふっ、ユウならそういうと思って用意しておいたわよ?」
そう言った優の手にはいつのまにかカルタの入った箱があった。
「お母さん、ナイス!」
言うが早いか田中親子はさっそくカルタを並べていったのだった。

程なくして48枚の絵札が畳の上に並んだ。
「じゃあ、私が読み手をやるわね。」
こほんと軽い咳払いをし、読み札に目を向ける優。
「いくわよ…『インゼルヌル ようこそ楽園の 入り口へ』」
「これだっ!!」
掛け声とともに涼権の手が1枚の絵札の上に止まる。優が絵札を見て答える。
「はい、涼権正解!1枚獲得。」
「ちょ、ちょっと待った!」
俺は優を見た。
「これ…カルタじゃないのか?」
「は?どこをどう見てもカルタじゃない。」
「はあ?だって今の……」
「さっき言ったでしょ?」
「???」
「ふふふ。これはわたしのお手製の『えばせぶカルタ』なの!だから『用意しておいたって』っていったでしょ?」
用意って、お手製って意味なのですか?ハルカナサン?
「ほら、次行くわよ!」
ええい、なんだかよくわからんがとにかくやるしかなさそうだ。
「『ねえ武 あなたは一体 どこにいるの?』」
「これだ!」
俺はいち早く『ね』の札に手を置いた。それを手に取る。クヴァレの中で俺の首に手をかけ涙を流しているつぐみの姿がそこにあった。
「って何でおまえが知ってんだぁぁぁぁぁ!!!!」
BWか!?BWのヤロウがバラしたのか!?!?
「ああ、それ、空のメモリーにあったやつ。」
空かよっ!!俺は空…がいなかったので虚空につっこみを入れた。
「そういや見てたんだよな、あいつ。で、その後でRSD使って俺に襲いかかってきて、偽空が出てきて…てあれ?なんか違うよな…?」
「お父さん…まずいよ、それ。空エンドになっちゃうよ…」
「う、うむ。そうだったな息子よ…。」
「ねえ、パパ?お兄ちゃん?一体何の話してるの?」
「沙羅…それ以上は聞いちゃダメだ。」
「??」
「いや…詮索しすぎるといろいろとまずいことになるからさ…」
「はぁ…?まあ、お兄ちゃんがそういうなら聞かないでおくでござるよ。」
仲間はずれにしてすまない、娘よ…。すこしがっかりした面持ちになった沙羅に俺は心の中でそう詫びた。

「次、いってもいいかしら?」
「おお、すまん。いってくれ、優。」
「こほん…『もう嫌だ タツタサンドは 嫌なんだよう!』」
バン!!
三枚目はまたしても涼権が取った。そして涼権は不敵な笑みを俺に向けてきた。
「な、何だよ、涼権?」
「武。俺は17と数年、ずっとあんたを目指してやってきた。あんたみたいな男になるのが俺の目標だった。」
そこまで言うと涼権はスッと真顔になり、続けて言った。
「だが、今年からは違うぜ、武!」
そう言い放った涼権の瞳にはめらめらとした炎があがっていた。
「俺を越える…そういうことか?」
「そうだ。」
「ふ……面白い。ならば俺も全力を賭して戦わなければならないな。」
俺はすくっと立ち上がり涼権を見下ろした。負けじと涼権も立ち上がり、お互いの目を睨み付け合う。二人の間を火花が飛び交い、芸人魂に火をつけた。
「来い、涼権!」
「行くぜ、武!」

「さ、さすが武さんと涼権よね〜…」
「うん、二人ともやる気十分だね…」
「がんばれ涼ちゃん!」
「負けないでね、パパ!」
「うふふふ。燃えてきたわね!次行くわよ!」
優の言葉に俺たちはとかげのように畳に張り付き、象のように耳を広げ、鷹のような獰猛な目つきでポジションについた。
そして戦いのゴングは鳴らされた。
「『空の衣装 まさかおとうさん ……マニア?』」
「これだ!!」
「『チャーミングだからチャミ 文句あるの!?』」
「負けるかっ!」
「『ティーフブラウ みんなを救った つぐみの抗体』」
「てええいっ!!」

「はあ、はあ…」
「ふー、ふー…」
「ここまでで武が23枚、涼権が22枚。残るは2枚ね。」
「このまま武さんが逃げ切るのか!それとも涼権が逆転勝利となるのか!」
「負けねえぜ、武!」
「…俺もな、涼権!」
場がシンと静まり返る。残るは2枚。次の優の最初の一文字だけで勝負は決まる。俺はごくりと唾を飲み込んだ。
「『くら……』」
「はい!」
バシッと『く』のカードの上に細く白い手が置かれた。その手はもちろん俺の手ではない。かといって涼権の手にも見えなかった。
「はい!沙羅、正解よ。」
「わ〜い!初ゲットでござる〜!」
……言わずもがなであろうが何もこのカルタ勝負、俺と涼権の一騎打ち対決だったわけではない。最初からホクト、沙羅、ユウ、ココの4人も参加していたのだ。
「……………………」
だが、涼権のほうはそのことをすっかり忘れていたらしい。呆けたように沙羅を眺めていたかと思ったら「あぁぁ…」とうめき声を上げ、頭を抱え込んでしまった。
「これで涼権の勝ちはなくなったわね。」
ユウが小馬鹿にしたようにそう言うと、涼権は冷静さを取り戻してつぶやいた。
「確かに勝つことは出来ない…。だが、まだ終わりじゃない!俺は武に並んでみせる!」
「…意気込んでいるところ水をさすようで悪いけど、涼権?武の目の前にある札をあなたが武より先に取れると思う?」
優の言うとおり、最後の一枚は俺の目の前にあった。そしてそれは涼権のポジションからは一番遠い位置だった。優が句を読んだ瞬間に俺より早く取るなど到底できっこないというわけだ。
それでもなお、涼権はあきらめるそぶりを見せなかった。
「言ってくれるな、優!おれは絶対取ってみせる!俺は…負けない!」
熱い、熱いぞ涼権!その心意気に俺は深く感動した。俺の涼権に対する好感度は今、間違いなく1あがったぞ!
「わかったわ。それじゃあ最後……。『ー
「てやぁぁぁぁ……!!!」
突然の叫び声に優の声がかき消される。風を切るような音とともに目の前の絵札が消えてなくなった。
「うっ…」
どさっと音を立てて涼権が倒れた。その額には1枚の札が突き刺さっていた。

「はぁ、はぁ、はぁ……勝ったわ。」
声のするほうを振り向いてみると、そこにはつぐみが立っていた。つぐみにはめずらしく息が途切れ途切れになっていて、額からは汗が流れている。一体何があったんだろう…?
「って、空と激闘してたんじゃん!」
つい、こっちで熱くなっていたので忘れてしまっていた。軽く咳払いをして気持ちを落ち着かせた後、俺はひとまずつぐみの前に立ちあがりつぐみの体を眺めた。特に目立った外傷はなさそうだ。
「大丈夫か、つぐみ?」
「ええ、平気よ、武。」
つぐみはやわらかな笑みとともにそう答えた。つぐみは大丈夫、ということは空のほうはやばいのだろうか?
「パパ、空のことなら心配ないよ?」
「うおっ!?」
さ、沙羅…人の心を勝手に読んだ様な発言は止めてくれ…。
「だってさっき気になっていたみたいだったから。」
「まあそうなんだが…。」
「大丈夫だって!私がちゃ―んとメンテナンスしておくから!」
沙羅は自信満々にそう言うと、ホクトに空を担がせ治療室へと姿を消した。
「ねぇ、涼ちゃんどうしよう?」
先ほどから気絶したままの涼権を揺り動かしながら、ココは困った顔で意見を求めた。
「まだ起きないの?しょうがないわねとりあえず部屋に運ぶ?」
「うん、そうしよう!」
「じゃあ、私も手伝うから早く運びましょ。」
「ありがと、あっきゅ!」
いまだ額にカルタをつけたまま、涼権はココとユウに運ばれていった。

「やっと静かになったわね。」
ゆっくり息を吐き出しながら優はそうつぶやいた。
「どうしたの、急に?優は騒がしいのが好きじゃなかったの?」
つぐみはからかうような口調で尋ねた。それに苦笑しながら優は口をひらく。
「やだな〜つぐみ、いつの話してるのよ。」
「さあ…。いつだったかしらね?」
「もう19年も前の話でしょ?それだけ経てば変わるって。」
「あら?1年半前の話じゃなかったかしら?」
「…………」
つぐみの返しを予想していなかったのか、優が反応するのに少し間があった。
「変わったわね、つぐみも。昔のあなただったらこんなばかげたこと言わなかったでしょ?」
「そうね、『くだらない』って一蹴したでしょうね。」
つぐみはちらりとだけ俺を見てから言葉を続けた。
「武に会わなかったら、きっと今でもそんな風にいられたかもね。」
「昔のほうが良かったの?」
「……昔は今ほどばかじゃなかったわ。」
「あはははは。そりゃそうね!」
「でしょ?ふふふっ。」
ひでえな。本人がいる前でそんなこと言うか?もっとも冗談だってことはわかってるから別にかまわないんだけどな。

「あっ、そうだ!」
急に思い出したようにつぐみが叫んだ。
「ちょっと、武こっち来て!」
「な、なんだ!?」
俺はつぐみに手招きされるまま、つぐみの隣に座った。
「優。ずいぶん遅くなっちゃったけど…」
つぐみは優の前に座りなおした。
「ん?…ああ、そうね。」
「そうか。そうだったな。」
俺も優もつぐみが何をしようとするのか理解した。
俺たち三人は向かい合わせに座った。
そして、言う。

『新年あけましておめでとうございます』


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