愛の料理勝負ーココVSなっきゅー
                              時羽


 窓から暖かく優しい春の陽光が差し込んできます。
 なんとも清清しい朝です。今日はいつもとは違った、何かいいことが起こりそうな予感がします。
 それならば部屋の中でぐずついていないで早く起きるに限ります。私は寝具から普段着に着替え身だしなみを整えると、皆さんがいらっしゃるリビングへと足を向けました。
 私は2017年の事故以来、ここ春香菜さんのお家に住まわせて頂いております。涼権さんもその時から一緒に住んでいて、2034年の事件以降はココちゃんも一緒です。
 なので朝食はこれに秋香菜さんも含めた5人で摂るのが今現在での日常です。
 尤も、私はアンドロイドゆえ食事を摂ることは無いのですが、皆さんと同じテーブルでお話をするためにご一緒させて頂いています。
「おはようございます」
 私はリビングに入るなり、そう声を掛けました。
 テ−ブルには予想通り、春香菜さん、秋香菜さん、涼権さん、ココちゃんが着いていました。
 が、しかし!テーブルとは別に、テレビの前に置かれているソファーには予想外の人物が座っていたのです!
「こ、小町さん!?」
 そう、私の宿敵であり天敵である、旧姓小町つぐみさんです。
 小町さんは読んでいた新聞を閉じると
「おはよう、空」
 と律儀に返してくれました。意外といい人です、小町さん……って!そんなのんきな事をいっている場合ではありません。
 私は小町さんの隣に座り、尋ねました。
「なんで小町さんがここにいるんですか!?」
「ああ、もう!こんな傍にいるんだから、そんな大声出さなくても聞こえてるわよ」
 小町さんはうんざりしたようにそう言うと、人差し指を口に当てました。『静かに』ということでしょう。
 私は声を落としてもう一度尋ねました。
「……なぜ小町さんがここに?」
「あー……。話せば長くなるから……まぁ、待っていれば直に分かるわよ」
 勿体つけたような小町さんの物言いに私はムッとしました。
 しかし小町さんの表情を窺っていると、どうやら私への嫌がらせで教えないというわけでは無さそうです。
「……あの、一体何が……」
 小町さんは言いたくないようですが、気になる私は今度は質問を替えて訊きました。
 すると私の気持ちが通じたのか小町さんは深くため息をつくと、内緒話をする時のような小声で話しをしてくれました。
「空……あなた、今の空気読めてる?」
「???」
「あの4人て、朝はいつもあんな感じなの?」
 小町さんは遠慮がちに、横目で春香菜さんたちを見ました。
「ええ。いつもあの席順です。あ、いつもなら私がココちゃんの隣にいますけど」
 私はそう答えました。
 しかしそれは小町さんが訊きたかった答えではなかったようです。
 小町さんは額を手で押さえながら再びこう訊いてきました。
「順番じゃなくて……あなたたちはいつも、こうみんな黙ったまま食事しているわけ?」
「あ……」
 確かに変です。いつもならココちゃんや秋香菜さんが絶えず話をしていて、春香菜さんと涼権さんもそれに加わっています。
 ところが今日は誰も何も語らず、皆さん黙々と食べ物を口に詰め込んでいます。
「ようやく気付いたのね……」
 その口調は明らかに私を馬鹿にしていましたが、今回は気付かなかった私の手落ちなので仕方ありません。おとなしく引き下がりましょう。
「それで、何があったんですか?」
「空、優が涼権のことを好きだって話、知っている?」
「ええ。春香菜さん自身からそのような事を……」
 お正月以来、涼権さんはココちゃんと付き合っていらっしゃいます。
 その事について、当初は春香菜さんも認めていらっしゃいました。
 ですがついこの間、実は春香菜さんも涼権さんのことが好きだったという話を本人からお聞きしたのでした。
「知っているなら話は早いわ。……優ね?昨夜、ついにその事を涼権とココに打ち明けたらしいのよ」
「え!?じゃあ……」
 私はテーブルの4人に目を向けました。
 よく観察してみると春香菜さんとココちゃんは食べる事だけに専念し、秋香菜さんと涼権さんはそんな2人の様子を窺っているように見受けられました。
「そう、今は修羅場っていう事」
「そうだったんですか……」
 なるほど、納得です……って!ちょっと待ってください!
「それで何で小町さんがここに?」
 春香菜さんの件で危うく忘れそうになってしまいましたが、それが小町さんがここにいる理由とどう繋がるのか、まだ聞いてませんでした。
「今日、涼権を賭けて2人が勝負するんですって。私たちみたいに力押しでじゃなくて、割と平和的且つ現実的な勝負でね。それで、その手伝いに呼ばれたのよ」
「はぁ、お手伝いですか。……小町さんだけ?」
「ううん。武とホクトと沙羅も来るけど」
「く、倉成さんが来るんですか!?」
 私も倉成さんも最近は仕事が忙しいのでなかなかお会いする事が出来ません。それに加え小町さんが邪魔ばっかりするので、2人きりで愛を語らう事など出来た試しがありません。
 ですが、今日はいつもとは違うような気がします。
 今日こそは、倉成さんと……。
 そんな近い未来に思いを馳せていると、隣の小町さんにぎゅっと肩を掴まれました。
「イタッ!何するんですか、小町さん!」
「空、1つだけ守って欲しいことがあるの……」
 小町さんは私の目をじぃっと見つめてそう言いました。
 そこにはいつもの怒鳴っている時の表情には無い、威圧感の様なものが感じられました。
 私は黙って小町さんに続きを促します。次に小町さんの口から出た言葉は、私を驚愕させるものでした。
「今日だけ……今日だけでいいから、武にべたつくのは勘弁して」
 あの小町さんが私に拝み手をして、そう言ったのです。
 いつもならば『武に近づいたら再起不能にするわよ』と言わんばかりの形相で睨みつけてくるあの小町さんが、です。
 ……朝起き掛けに感じた通り、今日はいつもとは何かが違うようです。
「えっと……それは何故でしょう?」
 私は感情の波を落ち着かせてからその理由を小町さんに尋ねました。
 私の質問に対し、小町さんは逆にこんな問いを返してきました。
「……例えば空?あなたが私と武の事で揉め合っている時に、優と涼権が傍でいちゃついていたら……あなたはどうする?」
 つまり、私と小町さんが争っている所で春香菜さんと涼権さんがラブラブしているというシチュエーションですね…………。
「……イライラすると思います」
「それだけ?……八つ当たりとかしてしまわない?」
「…………あり得るかもしれません」
 八つ当たりなんてはしたないかもしれませんが、ついやってしまうかもしれません。
 私は素直にそう答えました。
「そういう事なのよ。つまり、この場で私やあなたが武といちゃいちゃするという行為は、優やココの神経を逆撫でしてしまうかもしれないの。今の2人を見て分かると思うけど、とても真剣な顔をしているでしょ?……そんな2人の邪魔を、あなたはしたいわけ?」
「いえっ!全く!!」
 私は即答しました。それに小町さんは大きく頷きます。
「私も同感なの。だから、今日は私たちは大人しく黙って2人の勝負の行方を見守ってあげることにしましょう?……私も今日は武に甘えたりとかしないから、空もそうして欲しいの」
「…………」
 今度は返答に窮します。
 小町さんが言いたいことは良く分かります。しかし、せっかく倉成さんに会えるチャンスなのにそれを無駄にするのは凄く惜しい気がします。
 ですが春香菜さんとココちゃんの邪魔をするのは憚られる、という気持ちも確かに私の中に存在しています。
 私はどうすればいいのでしょうか?
「……やっぱり、悩む?」
「……はい」
 愛と友情、どちらも大切なものです。そう簡単にどちらかを選ぶなんて決められません。
「そうよね……あなたにとっても武は特別な人なのよね」
「……はい」
 倉成さんは私に初めて愛というものを教えてくれた特別な人です。
「……正直言うと、少しは負い目を感じているのよ。あなたに」
「……はい?」
 どういう意味でしょうか??
「ホクトに聞いた話なんだけど、別の時間軸では武があなたと結ばれている未来もあるそうなの」
 別の時間軸ということは、ホクトさんがBWさんの視点をお借りしてご覧になった世界の事なのでしょう。
「ま、そっちの世界の私は逆に苦しんでいる訳だからおあいこといえばそうなんだけど……」
 小町さんは一旦そこで区切って、窓の外に目を向けます。
 外に何があるというわけではありませんでした。
 どうやら明後日の方向に目をやっているようです。
「少しくらいならあなたにいい夢見させてあげてもいいかなって、最近思うのよ」
「……それって、つまり……」
 私は小町さんの言葉を待ちました。
 小町さんは少し仏頂面になって、私を見返します。
 暫しの沈黙…………
 その後で、小町さんはこう言ったのです。
「今度、1日だけ、武とデートさせてあげてもいいかなって……」
「本当ですかぁっ!?!?」
 思わず小町さんの方に身を乗り出してしまいました。
 小町さんはぐいと私を押しのけて、咳払いを1つしました。
「言っとくけど、1日だけだからね!それに変な真似したら黙っていないから」
「あ、やはりそうですか……」
「当然でしょ!……何?まさか奪う気だったわけ?」
「ええ、当然です」
「…………」
「…………」
「やっぱりこの話は無かった事に……」
「わぁーっ!?小町さん、冗談ですよ!そんなこと、私がするわけ無いじゃないですか!」
「さあ?いつものあなたならそうだけど、武が絡むとあなた性格変わるし」
 さすがは我が宿敵。私の事をよく理解していらっしゃいます。
 今後はパターンを変える等して惑わす努力もしなくては……。
「とにかく、今日は我慢する事!いいわね?」
「……わかりました、お約束致しましょう」
 これ以上小町さんの機嫌を損ねるのは得策ではありません。
 私がそう答えると、小町さんは満足そうに頷きました。
 ですが、すぐに曇った表情になって今度はこう呟きました。
「でも……この勝負、優が勝つ可能性ってあるのかしら?」
「え……?」
「だって、涼権ってココ一筋だったんでしょ?優に勝ち目はあるのかなって、ちょっと心配なのよ」
「ああ、そういうことですか。そのことなら心配ご無用です」
「?」
 小町さんの疑問の眼差しを受け、私はその理由を話すことにしました。
「去年の秋の事なんですが、涼権さんからある相談を受けたのです」
「相談?何の?」
「春香菜さんとココちゃんのことについてです」
「…………」
「涼権さんも悩んでいらしたようです。その頃のココちゃんはまだBWさんに夢中で涼権さんには振り向いていませんでしたから、自分はココちゃんにとってお邪魔なのではないかと。そして春香菜さんとの関係についても、ずっとこのまま居候であり続ける訳にはいかないだろうと」
「ふむふむ……」
「それで、一体どうすればいいかと訊かれたわけですが……」
「何て言ったの?」
 その問いに私は首を横に振りました。
「何も言っていません。それは涼権さんが決める事ですから」
「そう……そうね」
「大丈夫です。涼権さんは見かけは少し軽そうですけど、根はしっかりしていらっしゃいます。おそらく春香菜さんのこともきちんと考えていらっしゃるでしょう。ですから春香菜さんが勝つ可能性は、決してゼロパーセントでは無いと思います」
「……そう。それなら……」
 小町さんは一安心したようです。
 しかしその様子から察するに、小町さんは春香菜さんに肩入れをしているように思われます。
 春香菜さんと何かあったのでしょうか?
 そう思った、その時です。

 ピンポーン!
「おーい!開けとくれーい!」

 倉成さんの声です!
 私はソファーから飛び上がり玄関に――
「待ちなさい!」
 行こうとして、小町さんに腕を掴まれました。
「まさか、さっきの話をもう忘れたなんて言わないわよねぇ?」
 ……忘れていた訳ではないのですが、条件反射というやつです。
 倉成さんの声を聞くと、どうしても体が動いてしまいます。
 ですが約束は約束。今回は我慢です。
「お邪魔するぞ」
 ドアを開けに行った秋香菜さんに続いて、両手に袋を持った武さんとホクトさんと沙羅ちゃんが入ってきました。
「ご苦労様」
「お疲れ様です、倉成さん」
「おう、おはよう空」
 倉成さんはそう言いながら袋を降ろしました。私はその中身を覗いてみます。
 お米、パン、蕎麦、うどん、パスタ、牛肉、豚肉、鶏肉、などなど。
「食材……ですよね?」
 私は当然のことを訊いてしまいました。
「ああ、これから料理勝負するんだろ?」
「……料理勝負だったんですか」
 なるほど、確かに平和的で現実的な勝負です。
「という事は、ホクトさんと沙羅ちゃんの袋の中身も?」
「ああ、あいつらのには魚と野菜と果物が入ってるぞ」
「へぇ〜」
「後はキッチンスタジアムが来るのを待つばかりでござるな」
「?」
 キッチンスタジアムが来るとはどういう意味なのでしょうか?
 私は沙羅ちゃんに尋ねました。
「うむ。田中家のキッチンは、2人で勝負するにはちと狭いでござるよ」
「確かに……」
「そこで!」
 沙羅ちゃんは庭を指差しました。
「あの庭にキッチンスタジアムを作ってしまおうというわけでござる!」
「そんな!いくらなんでも無茶ですよ!」
 確かに田中家の庭は何故か無駄に広いです。ですが、そう簡単にキッチンを造るなんて出来るわけがありません。
「『不可能を可能にする』。それが飯田財閥でござるよ、空殿」
「飯田、財閥?」
 飯田財閥といえば日本でもさることながら、世界的にも有名な大財閥です。
 34年に私たちで起こしたあの事件の援助をしてくださったので、私にも認識があります。
「この料理勝負も飯田財閥の提供でお送りするのでござるよ」
「……どういうことでしょうか?」
 私がそうお尋ねした時、急に外が騒がしくなり始めました。
「そろそろ来たようね……」
 いつの間にか隣に来ていた秋香菜さんが、腰に手を当てながら窓を見つめました。
「ふふふ……鳩鳴館女子高校実況アナウンサー部の血が騒ぐわ……」
「ユウ、ハッキング同好会以外にそんなのやってたんだ……っていうか、それって放送部とどう違うの?」
「実況アナウンサー部……別名放送部よ」
「逆だろ、それ」
 さすがは倉成さんの息子さん、ナイスツッコミです。
 そうこうしている内に外の音がだんだんと大きくなっていきます。
 やがて、窓ガラスを挟んで私の目の前に、赤色で巨大な物体が降りてきました。
 ……どうやらヘリコプターのようです。
 ヘリコプターはそのまま庭に止まりました。
 こんなただの庭に下りてしまうのは違法だと思うのですが……まあ、口に出すのは止めておきましょう。お話が続きませんから。
 完全に動力を止めたヘリコプターから、男の方と女の方が出ていらっしゃいました。
 朝食の後片付けをなさっている涼権さんとココちゃんを除いたみなさんで庭に出て迎えます。

「やあ!久しぶりだね、春香菜ちゃん、空ちゃん」
 とても37歳とは思えないほどの張りのある声で、ヘリコプターから降りてきた男性――飯田億彦さん――は声を掛けてきました。
「相変わらず元気そうでなによりです」
「ま、いつも爽やか好青年を心掛けているからね」
「ふふっ。もう好青年なんて年齢じゃないのに……」
 億彦さんの隣で、彼の伴侶である遙さんは苦笑しながらそう言います。
「ひどいなぁ、遙。僕はまだまだ若いじゃないか〜」
「億彦が青年なら、私はまだ少女だね?」
「当然だよ。遙は幾つになっても純白の少女さ!」
「もうっ!億彦ったら……」

「…………」
「うわ〜」
「アツアツね〜……」
「…………」
 これがいわゆるバカップルというやつでしょうか?
 恥ずかしすぎてこっちが見ていられません……。

「あ〜、億彦君?」
 春香菜さんはわざとらしく咳払いをしてから2人をこっちの世界に呼び戻しました。
「そろそろ準備してくれるかしら?」
「ああそうだね。よーし!皆の者、かかれぃ!」
 億彦さんがそう叫ぶと、さらにヘリコプターの中から体格のいい男の人が数人出てきました。
 彼らは次々と機材を出して組み立てていきます。
 そしてものの5分足らずで、田中家の庭にはキッチンスタジアムが完成しました。
「……本当に作ってしまいましたね……」
 私は誰にということも無く、そう言ってしまいました。
 出来たばかりのキッチンスタジアムで騒いでいる秋香菜さんや沙羅ちゃんの声も、今の私にはなんだか遠くの世界の出来事の様に聞こえています。
 ああ……今日は本当に、いつもとは違うんですね……。
 今日は本当に驚きの連続だらけです……。
 私は初めて実体を手に入れたときのような眩暈を、今再び感じました。


「すっごいわね〜!組み立てキッチンなのに、家のより豪華じゃん!」
「いやはや全く、素晴らしい機能性でござるよ!」
 そこに出来上がったキッチンは最先端の機能を有したハイテクキッチンだった。
 その素晴らしさは我が家の料理長・倉成武をして
「ほ〜ぅ。こいつは凄いな……俺もこんな台所で料理してみたいよ」
 と言わしめる程の凄さであった。
 ……と言われてもイマイチ分からん、というツッコミはこの際無しでござる。
 とにかく使い勝手が良いキッチンということが分かればオーケーでござるよ。
「それにしても……あんた、こんな酔狂なイベントによくもまあこう金と時間をかけようと思ったな……」
 皿洗いを終えて来た桑古木殿は、このキッチンを見てから億彦殿にそうぼやいたのでござった。
 それに億彦殿はご自慢の爽やかスマイルでこう返したのでござる。
「ふっ……僕は遙には逆らえない性質でね」
 ん?……それってつまり、この料理勝負にGOサイン出したのは遙殿のほうで、億彦殿はそれに従ってきただけというわけでござるか??
「その気持ち、すっごく分かるぜ……」
 パパ……そこで友好的にシェイクハンドは……悲しすぎるよ……。
「おまえら、格好つけている場合かよ」
 ああ、桑古木の冷たい眼差しにもの凄く同調したい私がいる……。
 父上、親不孝な娘をどうか許してくだされ。

 ……ザッ!
 家から出てきた最後の足跡にみんなが反応した。
「……!」
「…………」
「あ……」
「ココ……」
「ココちゃん……」
 今回のイベントの主役、ココちゃんがようやく庭に姿を見せた。
「じゃあ、始めようよ」
 そう言ったココちゃんにいつもの天真爛漫な少女の面影は全く無かった。
 真剣そのものといったその表情から、この勝負への意気込みというのが充分なまでに伝わってくる。
「……覚悟はいい?」
 ぞくっ!
 田中先生の声に、背筋に悪寒が走る。
 声を聞いただけで悪寒が走った事なんて、ライプリヒに捕まっていた時以来だった。
「……なっきゅこそ……ね?」
 ぞくぞくっ!!
 うわっ、今度は鳥肌まで立ってきたよ〜!
 っていうか今のがココちゃんの声というのが、まず信じられない!
 まるでパパを奪い取らんとしている空を前にしたママの声にそっくりだった。
 ……これが本当の恐怖ってやつなのかな?

「パンパカパ〜ン!!いよいよ始まりました、涼権争奪戦〜2036年春の陣〜!」
 しかし、なっきゅ先輩は場の雰囲気など一切無視したかのように、声高々とそう宣言したのだった。
 う〜む。さすがはなっきゅ殿、ある意味頼もしいでござるな。
「春……それは恋の季節……今ここに1人の男の愛を奪うがべく、2人の女が戦いを繰り広げる!包丁を武器に!まな板を盾に!エプロンを鎧に!コック帽を兜に!知識という名の魔法と、食材という名のアイテムを駆使して!!」
 う、う〜む……鼻っから飛ばしているでござるな〜……。
 みんなこのテンションには付いて行けないでござるよ……。
「果たしてこの勝負の先にあるものは何なのかっ!?」
 ……桑古木と付き合う権利じゃないの?
「なおこの番組は、司会・田中優美清秋香菜、中継・茜ヶ崎空、ゲスト解説員・倉成つぐみ&飯田遙でお送りします!」
 いつに間にかなっきゅ先輩の前には『司会』と書かれたプレートが置かれていた。
 さらにその隣には『ゲスト解説員』のプレートが置いてある席が設置されており、ママと遙さんが座っている。
 そしてキッチンスタジアムの中を所在なさげにうろついている空の首にも『中継』のプラカードがぶら下がっていた。
 拙者の目を盗んでそのような事が出来る上忍がおるとは……拙者もまだまだでござるな。

「それでは、いよいよ勝負開始です!……アレ・キュイジーヌ!!」
 なっきゅ先輩の掛け声と共に、田中先生とココちゃんは一斉に調理を開始した。
 そういえばココちゃんの料理って見た事無いんだけど、大丈夫なのかな??
「さて、まずはゲスト解説員のお2人に勝敗の行方を予想してもらいましょう。倉成さん、どうでしょうか?」
「え?そ、そうね……19年間一緒に暮らしていた優の方が有利なんじゃないかしら?好みとか詳しく知っていると思うし」
「なるほど。料理勝負ですから、好き嫌いを知っているというのは大きなリードでしょうね」
 なっきゅ先輩はうんうんと頷いてから、同じ質問を遙さんにした。
「う〜ん、そうですね……」
 遙さんは少し考えるように唸ってから、こう答えた。
「……やっぱり、『愛』でしょう!」
 ぶっ!!!
 そのセリフに私は吹き出してしまった。
「涼権さんへの愛が強いほうが、この勝負の勝者ですよ」
 遙さんはそう断言したのだった。
「ほほーう、なるほど『愛』ですか〜。それは確かにそうですよね〜」
 なっきゅ先輩はのりのりで話を続けた。
 しかし……いい歳した大人が『愛』、でござるか……。
 いいけど……。
 別にいいんだけどね?
 ……遙殿は純粋なんでござろう。
 たぶん、きっと……。
「…………」
 そしてその隣で顔を真っ赤にしてうつむいている母上も、遙殿とは違った意味で純粋なんでござろうな……。
 真顔で『愛』と言える36歳と『愛』という言葉だけで照れてしまう43歳……。
 はてさて、どっちが変わっているのでござろうな……?

「さて、それではここでスタジアムの方を見てみましょう。中継の茜ヶ崎さ〜ん?」
「は、はい!こちら、中継の茜ヶ崎です!」
 空は雑誌を丸めてマイク代わりにして中継を始めた。
「まず田中選手の様子を教えてください!」
「は、はいっ!えーと、田中選手は……お肉を使った料理がメインのようです。お鍋で作っているのは肉じゃが……あ、既にバンバンジーが出来上がっているようです。今は牛肉の塊を一口大に切っています」
 ほう。ママの予想通り、田中先生は桑古木の好みで攻めてきたようだ。
 栄養のことも考慮しているようで、バランスはきちんと取れている。
 さすがは田中先生、伊達に19年間一緒に居ないということか。
「では、八神選手の方はどうでしょうか?」
「はい!八神選手は……えーと、何と言うのでしょうか……」
 空は一旦そこで言葉を区切った。
 うまい表現が思いつかないのか『えーと』という言葉を繰り返している。
 それもそのはず。
 ココちゃんが作っているのは……。
「……カラフルなサラダ、ですね?」
 戸惑いながら言った空のその言葉が、その料理を一言で片付けることの出来る唯一の言葉だろう。
 肉、魚、野菜、果物……私たちが買ってきたほぼ全ての食材が一皿の大皿に盛られている。
 と言っても、食材がそのままのっけられているというわけじゃない。
 火を通すべきものはきちんと火を通している。
 肉や魚にはそれぞれに味を付けているようだ。
 ドレッシングのようなものも見える。
 だから料理をすることは出来ると言っていいと思う。
 でもその盛り付け方はすごく個性的だ。
 ココちゃんらしいといえばココちゃんらしい盛り付け方かもしれない。
 私はそう思った。

「さて!それではお待ちかね、試食の時間とさせていただきましょう!」
 調理時間119分をフルに使って、2人は見事料理を完成させた。
「今回の試食・審査をしていただくのは!桑古木涼権、倉成武、倉成つぐみ、倉成ホクト、倉成沙羅、飯田遙、飯田億彦、そして私―田中優美清春香菜の以上8名です!」
 キッチンと同様に作られたテーブルの上に、まずは田中先生の料理が並べられた。
 肉じゃが、バンバンジー、ビーフシチュー、そして菜の花ご飯。
 桑古木の好きな肉料理と春の野菜を使った料理だった。
 味の方ももちろん美味しい。
「う〜む、やるじゃないか!優」
 パパがそう褒めると
「当然よ!料理は得意だもの」
 田中先生は平然とそう言ってのけた。
「でも、ほんと美味しいわ。涼権もそう思うでしょ?」
「ああ。うまいよ、優」
 しかし桑古木がそう言うと……
「本当?それならよかったわ」
 ちょっと頬を赤らめて笑ったのだった。

「じゃあ、次は八神選手の料理です!」
 ドン!とテーブルには大皿が置かれた。
 ココちゃんの料理はこれ1品。
 しかし、その量は田中先生の4品に匹敵するぐらいあった。
 一言で言えば『カラフルサラダ』。
 1つ1つ説明したらきっと限りがないと思われる。
 全体的には色とりどりの野菜や果物がとても華やかで、可愛らしい印象を受ける。
 その下には何種類もの肉や魚……それとパスタが隠れている。
 内容は豪華、それは間違いない。
 問題は……味の方だ。
 私は適当に自分の皿に取り、それを口に入れた。

「あ……美味しい……」
 私はそう呟いた。
「ほんとだ……」
「美味いな、意外と……」
 他のみんなも同じように味に不安を抱いていたのか、驚いたようにそう言った。
「もーう、みんな何を心配してたのー!?」
 ココちゃんは少し怒ったようにみんなを見回してそう言ったのだった。

「……では、今から審査に移りたいと思います」
 なっきゅ先輩は私たちに小さな紙を手渡した。
「涼権は300点、他のみんなは100点満点でそれぞれの料理に点数を付けるの。合計1000点満点で点数が高い方がこの勝負の勝者よ」
 思わず息を呑む私……。
 この結果でこの3人の行く末が決まってしまうのかと思うと緊張せずには居られない。
 田中先生の料理は至ってオーソドックスなものだったが、桑古木の事を意識して選んだのであろうことは話の内容からも窺えた。
 ココちゃんの料理はとっても個性的で、女の子らしい可愛さが存分に出ていた。
 味に関してはどちらも美味しくほぼ互角。
 さあ、どう点数を付けようか?
 私は迷う。
 迷って、迷って、迷って……。
 最終的に、こう付けた。


「えーと、それではまず、マヨのから……」
 私はマヨから預かった紙を開いた。
「…………」
 全員が固唾を飲んで私の言葉を待っている。
 私はその紙に書かれた文字を読んだ。
「田中先生……95点 ココちゃん……95点」

「……って、同じなわけ!?」
 お母さんは驚きの声でそう叫んだ。
「ちょっとぉ〜!それじゃあ意味ないよ〜ぅ」
 ココもそう抗議した。
 けど、他の人は何も言わなかった……私でさえも。
「次、飯田遙さん」
 紙を開く。
「田中さん……89点 八神さん……89点」
「…………」
 お母さんとココは半ば絶句していた。
 続いてホクトのを読み上げた。
「田中先生……95点 ココ……95点」
 さらに億彦さんのも読む。
「春香菜ちゃん……93点 ココちゃん……93点」
 つぐみさんのは……。
「優……88点 ココ……88点」
 そして、私。
「お母さん……100点 ココ……100点」
「あ、あなたたちねぇ〜!」
 痺れを切らしてお母さんが立ち上がった。
「それじゃあ勝負にならないでしょうが!」
 そう言って私たちを睨んだ。
 ココも同じく怒った顔で私たちを見回してくる。
 確かにその通りだと思う。
 これでは勝負にならない。
 でも、2人とも優劣つけ難い出来だったのは本当のことだ。
 さらに、この勝負の敗者は自分の恋を諦めなくてはならない。
 第三者の私たちが余計に勝敗をつけ難くなるのも仕方ないことだと思う。
 とりあえずお母さんたちは睨んだまま何も言わなくなった。
 先を言えということだろう。
 私は武さんから受け取った紙を開いた。
「……あ」
 そこにあったのはまるでここまでの流れを仕組んでいるかのような内容だった。

「優……99点 ココ……100点」

「俺は、ココの作ったやつ方がいいと思った」
 みんなが沈黙する中で武さんのその声が響く。
 ここまででお母さんが659点、ココが660点……。
 ついに均衡が破れたのだった。

「最後は涼権ね……」
 つぐみさんのその言葉が私たちに重くのしかかる。
 全員の視線が私を見つめる。

 私は……最後の紙を……開いた!

「優……300点 ココ……――」

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

「――0点」

 …………。
 ………………。
 ……………………。

「……はぁ!?」
 最初に叫び声をあげたの武さんだった。
「ちょ、ちょっと、ユウ!?今なんて……」
 つぐみさんは大きく目を開いて私を見返した。
「優……300点 ココ……0点。それが涼権の付けた点数よ……」
 私は確かめるように紙を読み上げた。
「…………」
 涼権は黙って聞いている。
 ということは間違いじゃないんだろう。
 でも、何でこんな点数をつけたのだろう?
 3人が身近な存在である私たちは当然のこと、遙さんや億彦さんもそんな疑問を抱いているようだ。
 2人とも涼権に視線を向け、言葉を待っているようだった。
「どう、いうことなの……?」
「涼ちゃん……?」
 お母さんとココが同時に疑問の言葉を発した。

「……本当なら」
 涼権はゆっくりと口を開いた。
「本当なら、2人とも300点をつけたかったんだ。でも、それじゃあ勝負にならねえだろ?」
 涼権はぐるりと私たちを見回して、言葉を続けた。
「300対299とかいう点のつけ方も考えたんだけどさ、それもなんか同点つけるのと同じ様な気がしてな。だから……」
 そこで少しの間を置いて涼権はこう言った。
「審査してくれた他のみんなにゃ悪かったかもしれないけど、勝敗の結果は俺が決めるべきじゃないかと思って……だからしっかり白黒が付くようにこういう点にしたんだ」

 そっか……。
 なんだかんだいって、涼権もちゃんと考えているんだ……。
 正直言うと武さんがココちゃんに1ポイント多く入れたとき、私はお母さんは負けてしまったと思った。
 だって涼権、これまでずっとココ一筋って感じだったから。
 だから涼権から受け取った紙を見た時、少し信じられなかった。
 そしてそれが本当だと判ったとき、私はとても嬉しかった。
 それはお母さんが勝ったから。
 でも、それと同時に少し悲しかった。
 それはココが負けたから。
 負け……それはすなわち、涼権との恋仲を引き裂かれる事を意味す――

「でも、なっきゅ?ココはまだ諦めないからね?諦めない限り、勝負はぞっこーだよ!?」
 ――るから……って、え??
「勝負続行って??」
 つぐみさんがそうココに訊いた。
「また勝負するって事だよ、つぐみん」
「この勝負で決まってしまうのではなかったのですか!?」
 今度は空がそう訊くと、ココはちっちっちと指を振った。
「ちがうよ〜う。ココかなっきゅのどっちかが『参りました〜』って言うまで勝負するんだよ。それまで涼ちゃんはココとなっきゅ2人の恋人さんなのです♪」

『はあ〜〜〜!?!?!?』
 私たち9人の声が見事にハモる。
「あれ?そのこと言ってなかったかしら?」
「き、聞いてないよっ!」
 私はお母さんに詰め寄った。
「どういうことなの!?」
「だから勝負で勝った負けたで決めるんじゃなくて、勝負が終わった時点で今後勝負することを諦めた方が負けってことよ。どちらも諦めなければ、また次の機会に勝負をしてまたそれで、ってね?ま、要するに根気勝負ってこと。」
「根気……勝負?」
「うん!ココもなっきゅも涼ちゃんもキュレイでしょ〜?だから時間はたっくさんあるんだよ!」
「そう。私もココも涼権のことが好き。……でもお互い気まずい関係にはなりたくないわけで。でも、勝負で勝った方がっていうんじゃ、多分負けたほうは心のどこかで納得いかないまま、という事になると思うのよ」
「とゆ〜わけで、どっちかが自分で『参りました〜』って言うまで勝負を続けよう、ってことにしたのです」


 ココがそう言うと、たけぴょんもつぐみんもホクたんもマヨちゃんもあっきゅも空さんもへなへな〜っと崩れ落ちてしまいました。
 はるかっちは『愛だね……』と呟いて、その後ろからおっくんが肩に腕をまわし『ああ……』と答えます。
「あ〜、優、ココ?」
 涼ちゃんの声にココとなっきゅは振り返りました。
「お前ら……本当にこれでいいのか?」
 涼ちゃんは少し落ち着かない様子でそう言いました。
「涼権はこういうの嫌?」
「いや、俺としてはこういう関係は嬉しいんだけどさ……。ただ、はっきりしなくていいのかなって、それで優やココを傷つけてないのかなって思ってな」
「私はこれでいいと思う。私たちの場合、こういうのもアリじゃない?」
「ココもなっきゅと同じだよ。ココ、涼ちゃんもなっきゅもどっちも好きだもん」
「そっか。……じゃあ、これからもよろしくな!」
「ええ」
「うん!」

 いつの間にかつぐみんと空さんが何かを言い争ってます。
 たぶん、たけぴょんとのことでしょう。
 たけぴょん、つぐみん、空さんは三角関係です。
 ココとなっきゅと涼ちゃんも三角関係になってしまいました。
 同じ三角関係ですがあの3人にはあの3人のやり方があります。
 そしてココたちにはココたちのやり方があるのです。
 この先どうなるか、ココのちょーのーりょくを使ってもわかりません。
 きっとお兄ちゃんにもこれからココたちがどうなるのかわからないでしょう。
  


 なぜなら未来は……


 ……無限の可能性を秘めているからです。




あとがき
 故障していたパソコンがようやく直りました。
 故障がなければRemember11発売前に送らせていただけたのですが。

 さて、この話ですが書き終わってからちょっとキャラクター出しすぎたかな〜と自分でも思いました。
 読みづらいかもしれませんが、そのときはご容赦ください。

 次回は涼権視点でこの続きか?
 それともR11のSSか?
 どっちにしようか迷っています。
 まあ、結局は気が向くほうを書きますけどね。
 それでは。


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