恋の岬で想うこと
                              時羽


2036年4月1日火曜日――天気は快晴。
 暖かくやさしい風と柔らかな日差しは、まさに春まっさかりという気分にさせてくれる。
 こんな日はみんなで花見にでも行きたいもんだ。
 だが、今の俺にそれは無理な話だった。
 今、俺は……。

「涼権!ほら、移動したわよ。早く追うわよ」
 つぐみが俺の腕をぐいっと引っぱった。
「はあ……なんで俺が……」
 俺は渋々つぐみに従う。
「なんで俺がつぐみとこんなところにいるんだよ……」
 そうぼやきながら……。

 ここは駒ヶ原諸島にある『緑ヶ島』。
 総面積約55平方キロメートル、総人口約4000人という小さな島だ。
 俺がここに来たのはこれで2度目。
 偶然にも前に来たのは今から17年前の今日だった。
 その時は優と一緒に34年の事件のためにこの島に来ていた。
 だが今日は違う。
 俺は俺の意思とは無関係にこの島に連れて来られた。
 倉成つぐみという名の暴君に引きずられて……。

 今朝のことだ。
 いつものように田中家は朝を迎えた。
 主の優、その娘ユウ、そして居候である俺と空とココ。
 その5人で朝食を摂るのが田中家の日常の1コマだ。
 そしてご多分漏れず今朝も同じような1日が始まったように見えた。
 だがよく観察してみると空がやけにそわそわしていた。
 武とつぐみが田中家に訪ねてきたのは俺がその事に気づいた直後だった。

「倉成さん、来てくださったのですね!」
 2人がリビングに入ってくるや否や、空は椅子を壊す位の勢いで蹴り飛ばし武に抱きついた。
 いつもならばここでつぐみが2人を引き離し空とバトルを開始する……のだが、今日に限ってはそれは無かった。
 つぐみは憮然とした態度をとってはいたが、黙って2人を見ていた。
「あ、ああ……。まあ、約束、だしな……」
 武は空とつぐみを交互に見ながら、少し気まずそうにそう答えた。
「一体何があったのよ、あなたたち……?」
 いつもと違う様子の3人を見て、優がそんな疑問を投げかけた。
 それに空がこう答えた。
「今日は倉成さんとデートなんです♪」
 その言葉につぐみの眉間にシワが寄った。
 それでもやはりつぐみは何も言わない。
 じっと耐えるように黙り込んでいる。
「なあ、武?」
 俺は武に話し掛けた。
「どういうわけだ、これは?」
「う、うむ……実はな……」
 戸惑った表情のまま武は再び空とつぐみを交互に見た。
 だが2人とも何も言わない。
 武はそれを見て、仕方ないといったような顔で言った。
「今日1日だけ、空が俺とデートするのをつぐみが認めたらしいんだ」
 その言葉に……
「えええ〜〜〜っ!?!?」
 と優とココは叫び声を上げた。
「ほ、本当なのつぐみ!?」
「ええ……本当よ」
 後悔の混じった寂しげな声でつぐみは答えた。
「そういえば、お母さんとココが料理勝負した日につぐみさんが空にそんなこといってたよね?」
 ふと思い出したようにユウがそう呟く。
 言われてみればあの日、2人でこそこそと何かを話してたっけな。
「俺は優とココの方が気になっていたから詳しくは覚えてなかったけど……なんか空が喜んでいたような気がしたんだよな」
「そう。その時つい勢いで言っちゃったのよ」
 はぁ……という切なさ交じりのため息と共にそう言うつぐみ。
「さあ行きましょう、倉成さん!」
 空はそんなつぐみを気にも留めず、武の腕を引っ張りリビングを出て行った。
 そして空たちが田中家を後にするのを見届けてから、つぐみは優とココに向き直りこんな事を言った。
「ねえ、優、ココちょっと頼みたいことがあるんだけれど」
「ん?何よ……急に畏まって」
「うん。実は今日1日、涼権を貸してくれないかなって」
「え、涼権を?」
「涼ちゃんを?」
 つぐみはそれに頷いて続けた。
「空が武に変なことしないか、見張ってなきゃならないんだけど……私1人じゃ、ちょっと心配で。……空が何か変な行動をしたとき、1対1なら勝つ自身はあるんだけど、武を人質に取られたら私1人じゃ……」
 普段俺らには見せないようなしおらしい表情で言ったつぐみの言葉に俺らは……
「確かになぁ……」
「空、武の事となると人格変わるからねぇ……」
「たけぴょんを人質に取られたら、さすがのつぐみんもお手上げだよね」
 と素直に頷くしかなかった。
「そういう訳なんだけど、頼めるかな?」
「そうねぇ……まあ、1日だけって言うなら私は構わないけど」
「ココも別にいいよ?つぐみん大変そうだし……」
「ただし!そんなことは無いと思うけど、もし涼権を横取りしようだなんていうんだったら……分かっているわよねぇ?」
「そんなことしないから大丈夫よ。私は武一筋だもの」
「うん。それならオッケーよ」
「じゃあ涼権、借りてくわね」
 …………んんっ??
「ちょっと待てよお前ら……っていうかつぐみ!何で俺になんの断りも無くそんなことを決めてんだよ!?」
「うん?何か文句があるのかしら……」
 ギロリ!
「……涼権?」
 ニッコリ♪
 くっ!!
 微笑みながら睨みつけるとは、なんて卑怯な……!
「どうしたの、涼権?」
 ニッコリ♪
「言いたいことがあるなら言ってもいいのよ?」 
 ギロリ!
「…………」
 勿論、何も言える訳が無かった……。

 以上のような経緯があって今俺はこの島にいる。
 そしてつぐみに引っぱり回され、空と武のデートの監視をさせられているのだ。
「はあ……」
 俺は今日何度目か分からないため息をついた。
「……いつまでため息吐き続けるつもりよ……」
 うんざりしたようにつぐみが文句を言うが、当然俺はそれを黙殺する。
 文句の1つ2つ言わなきゃやってられんだろう。
 っていうか付いて来てやってんだから、文句の少しくらい見逃せよって感じだ。
 それに空と武だって至って普通のデートしてるみたいだし……わざわざ俺が来る必要無かったんじゃないか?
 一体こんなところで何をやってんだろうな、俺。
 シーズンオフで他に観光客がいないからいいものの、もし他人に見られようものなら何を言われるものかわかったもんじゃないし……。
 絶対怪しい人じゃないか、俺ら……。
「は……」
「あの2人、今度は展望公園に向かうつもりね」
 俺のため息を掻き消す様につぐみはそう言った。
「展望公園?」
「ええ。この桜並木の下で休憩取るかと思ったんだけど、2人とも桜は見ながらだけど真っ直ぐ進んでいるわ」
「展望公園か。……そういやあの公園にある灯台には伝説があったんだよなあ」
 展望公園と聞き、17年前ここに来たときに優が言ってたことを思い出し、ついそう呟いてしまった。
 すると俺の独り言につぐみが反応した。
「……伝説?どんなの?」
「聞きたいか?」
「うん」
「ふ〜ん……そっか、聞きたいのか〜……」
「な、何よ、聞いたら悪いの?」
「そういう訳じゃないけどさ。ただ、お前に話す気にはちょっとならないんだよな〜」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……わ、わかってるわよ。今日来てくれて、涼権には感謝してるから……」
 ふ、俺の勝ちだな。
「分かってくれてるならいいんだ。で、伝説だっけ?」
「う、うん……」
 本当に悪かった、というつぐみの顔を見てから俺はその伝説を語った。 
「『恋の岬で想いを告げて 愛の入り江で想いを遂げる』」
「え?」
「この島の古い言い伝えだ。恋の岬というのがこの展望公園のある岬のことで、愛の入り江と言うのはここから西にある姫ヶ浜のことを指す。要するに展望公園で告白して、姫ヶ浜で実行するとその恋が実るという内容の伝説だな」
「そ、それじゃあ空はそれをするためにこの島に?」
「う〜ん、多分な。夏ならまだしも、この時期にデートでこの島に来るとしたら、それ目当てと考えるのが妥当だろうな」
 と、急に目の前がぐらりと揺れた。
 突然のことにすぐには何が起きたかわからなかった。
 だが……
「な、何でそんな重要なこと早く言わないわけ!?」
 ただつぐみが俺の首根っこ掴んで振っているだけだったことに気づいた。
「だぁ〜〜〜!気持ち悪いからやめい!」
 俺はすぐさまつぐみを引き離した。
 引き離されたつぐみは今度は展望公園の方を睨みつけ、大声で独り言のようなセリフを発した。
「く、こんな所でのんびりと何かしてられないわ!今すぐ空をつかまえなくちゃ!」
 そして展望公園へ走り出そうとするつぐみだったが、俺はそれを力ずくで引きとめた。
「な、ちょっ、じゃ、邪魔しないでよ!!」
 相当気が立っているのか、うまくろれつが回っていない。
「落ち着けよつぐみ。あくまで今のは『伝説』だ。実際にそうしたところで、必ずその恋が実るなんてはずないだろ?」
 俺は少し腕に掛ける力を強めてそう言い聞かせた。
「……!」
 はっ、とつぐみが息を呑むのが聞こえた。
 どうやら少し落ち着いたらしい。
 俺が手の力を緩めると、つぐみは自然と体を離した。
 それからつぐみは自分の手を胸に当てゆっくりと深呼吸をした。

「……お前さんが我を失うとはね。……それほどまでに、武のこと愛してんだな」
 つぐみが充分に落ち着いたのを確認してから、俺はそう声を掛けた。
「……ええ。もう2度と離れたくないから」
 つぐみはそう答えた。
 まるではらはらと散り行く桜の花びらのような儚げな声で……。
「もう1人ぼっちになるのは、嫌だから……」
 つぐみは浮かんできた涙を隠すように俯いて、そう答えた。
「空の気持ちも、わかるけど……でも」
「…………」
「やっぱり、武と離れるのは耐えられないのよ……」
 それは俺がはじめて聞いたつぐみの弱音だった。
 17年の事故、そして34年の事件……。
 俺の前では、つぐみはいつも強気で通し続けていた。
 そしてあの事件以降も、少なくとも俺たちの前ではそういう態度を取り続けていた。
 だから俺はずっとつぐみは強い人間だと思っていた。
 俺なんかがなろうと頑張っても決してなれない程の強い人だと。
 けど、それは俺の勝手な思い込みだったらしい。
 やっぱりつぐみも人の子だ。
 武がいなくなっても1人で生きていけるほど強くは無いんだ……。
 ……悪いな、空。
 俺はつぐみの方を応援してしまいそうだ。

「……さて、それじゃあ行くか!」
「……え?」
「空が暴走しないようにきちんと見ておかないとな?」
「…………」
 俺が唐突に切り出したせいかまだポカンとしているつぐみ。
 だが次第に状況を思い出してきたらしい、ゆっくりといつもの表情に戻っていく。
「そうね」
「ほら、さっさと追いかけるぞ!」
「ええ……!」
 つぐみは駆け出していった。
 展望公園に向かって真っ直ぐに。
 まるでそのまま武に飛び込んでいかんばかりに。 

「青春だね……」
 後ろから聞こえてきたその声に振り向く。
 そこには小さな一団が出来ていた。
 一団と言っても男1人女3人で総勢4人。
 歳は全員3、40代といったところだ。
 4人は展望公園に向かって駆けて行くつぐみを見ながら話し始めた。
「私らにもああいう時代があったよね……」
「やだ、ユウカったら年寄りくさい事言うわね〜」
「なによ〜。サキはこれからだっていうの?」
「当然でしょう?私はこれからも輝き続けるわ」
「中年にもなってな〜に言ってんだかね〜この人は」
「まあまあ。ユウカちゃんもサキちゃんもせっかく会えたんだから、口喧嘩なんてやめようよ」
「そうだぞユウカ、サキ。イズミさんも困ってるじゃないか」
「うるさいわね。私がいいっていうまで喋らないで!」
「ちょっとサキ!あんたホントいつまで経っても……!」

 な〜んか喧嘩始まっちゃったし……。
 ……おっと、早く行かないとあっちも喧嘩になるかもな。
 俺はもう展望公園に向けて駆け出した。
 花びらが入り混じり、ほのかに桃色に染まるそよ風。
 俺はその風を受けながら走っていった。
 俺が在るべき、その場所へ。




あとがき
 Remember11のSS書きたいんだけど、書きにくい……。
 おっと、のっけから文句ですみません。
 まあそんなわけ(?)で今回はEver17の涼権視点ストーリーを書かせてもらいました。
 1話目が武、2話目がつぐみ&優春&ホクト、3話目が空&沙羅&優秋&ココという視点で書いてみたのでこれで一応全員視点で書いた!という達成感があったりします。
 といってもこれで終わりにする気は全く無いんですけどね。
 2036年のほのぼの後日談はまだまだ続きます。
 それでは時羽でした。


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