兄と妹の絆 時羽 |
「ねーねー、パンキョー何取るー?」 「私は世界史と独会話講座取るよ」 「私は琉球博物史〜。あと西洋文学かな」 「そろそろ履修届の提出日でござるな」 「うん。だからかな?みんな入学ガイダンスの日以上にざわざわしてるのは」 「たぶんそうだね」 僕と沙羅が鳩鳴館大学に入学しておよそ2週間。 鳩鳴館大学ではこの時期に、今年度どの講義を取るかを決めることになっている。 1度決めたら取り消しは出来ないので、どの講義を取ったら自分の望む就職に有利かとか、どれが単位の取りやすい講義かなど、きちんと調べて履修届を提出しなくてはならない。 「お兄ちゃんはパンキョーはどれを取るの?」 パンキョーというのは一般教養のこと。 学科の授業とは関係の無い、言葉通り教養として取る講義だ。 「とりあえず涼権の基本物理学は取るつもりだよ」 涼権と田中先生はライプリヒを壊滅させてからはここで講師として働いてる。 田中先生は考古学の講師をしているので、2年次以降の専門授業でお世話になるだろう。 一方、涼権は理科系を教えているので、僕らが授業で出会うとしたらパンキョーの授業しかないのだ。 「なるほど、脅せば簡単に単位もらえるでござるからな♪」 ……そういう意味で取ろうって訳じゃないんだけど……そうなの? 「後は冬川先生の人間学講座かな」 「ほう!兄上も冬川殿の人間学講座を取るおつもりか?」 「沙羅もそうなの?」 「うむ、いかにも!」 沙羅は大きく頷いた。 「あの先生面白いし、なにより和気藹々とした授業ムードというのが気に入ったでござるよ」 「そうだよね。あそこまで明るい先生はあんまりいないもんね」 「そうそう。大学の先生って、つまんない人多いし」 沙羅、つまんないは言いすぎじゃない……? 今通り過ぎていった先生が睨んでいた気がする……知らない先生だから構わないけど。 「ん〜!終わったぁー」 本日最後の授業が終わりを告げた。教室内はにわかに騒がしくなる。 終わりの合図と共にとっとと教室を出て行く人もいれば、先生に質問をしに行く人もいて、携帯で他にクラスの友達に連絡をする人や、この後遊びに行こうと話し合っている人たちなんかもいる。 「そんじゃあな、倉成!」 「またね、沙羅」 「うん、また明日」 「バイバイ」 僕らも仲良くなったクラスメイトといつも通りの挨拶を交わし、教室を後にした。 教室のある4階から1階のホールに下りた僕らは偶然にも田中先生と出くわした。 「あら、ホクトに沙羅。今帰り?」 「はい。田中先生もですか?」 「ううん。授業はもう終わったんだけど、雑用が残ってるのよ」 「そうなんですか」 「ええ」 田中先生はヤレヤレと大げさに肩をすくめた。 「それじゃあね」 「はい」 「さようなら」 さっさと雑用を済ませたいんだろう。 田中先生は足早にこの場を去っていった。 「おい、ホクト、沙羅!」 田中先生と別れてから数分後、学部の掲示板を眺めていた僕らに、今度は涼権が声を掛けて来た。 「やあ、涼権……じゃなかった、桑古木先生」 僕がそう言うと涼権は戸惑いの表情を浮かべてこう言った。 「なんか、お前にそう言われると変な感じがするな……。別に講義中じゃなかったら涼権でいいぞ?」 「そう?涼権がそれでいいって言うなら、そうするけど」 ただ授業中にうっかり『涼権』って言わないように気をつけないとな……。 「ところで桑古木?私達に何か用があったんじゃないの?」 「おお、そうだった。お前ら、優のやつ見なかったか?」 「お?ひょっとしてデートのお誘いでもするのでござるか?」 沙羅がそうからかうが、涼権はそれを軽くあしらった。 「残念だが違うよ。ココとの約束もあるし、抜け駆けは禁止だ」 そういや今涼権と田中先生、そしてココは三角関係なんだよな。 といっても、お父さんとお母さん、空のような険悪な三角関係ではなく、割と仲むつまじいそれになっているんだけど。 抜け駆け禁止というのは、多分ココと田中先生の間で結ばれた約束なんだろう。 「田中先生?なら数分前にあったけど」 「確か、『雑用がある』って言ってたよ」 「そうか。じゃあ研究室か……サンキューな」 「この借りはルサックの季節限定デラックスジャンボイチゴパフェ(¥1260税込)で返してもらうでござるよ」 「それは割に合わないっつーの!」 涼権は苦笑いを浮かべてから、『じゃあな』と一言だけ残しすぐに行ってしまった。 鳩鳴館大学の最寄駅・芦鹿島電鉄芦鹿島線『藍ヶ丘』 ここから僕たちの家がある織田急線『新御桜ヶ丘』に行くには基本的には『嵯峨野大海』駅で乗り換えなくてはならない。 でもたまに直通してくれる電車もあって、今日は運良くそれに乗ることが出来たのだった。 車内は高校生でいっぱいだった。 それもそのはず、この時間は高校生の下校時間とぶつかるからだ。 「かわいいよね〜」 唐突に沙羅がそう言った。 「え?何が?」 僕は沙羅に聞き返した。 「制服のこと。澄空高校の制服、かわいいって有名なんだよ」 「ふ〜ん、そうなんだ」 僕は怪しまれない程度に澄空高生を見てみた。 う〜ん……確かにかわいいかな。 まあ鳩鳴館女子高校の制服だっていいと思うけど。 そう思ったものの、僕はそれを口にするのは止めておいた。 沙羅が「うれしい!」とか言って抱きついてきたら困るから。 新御桜ヶ丘から家までは約15分の道のりだ。 途中までは駅前の商店街を通るがそこを抜けると閑静な住宅街となる。 そんな人通りの少ない住宅街に入ると、それまで色々と喋っていた沙羅が急に口を閉じた。 いつもならまだまだ喋り続けるところなんだけど……。 「どうしたの?」 僕は気になって声を掛けた。 沙羅は一瞬僕の方を見たが、すぐに目線を前に戻した。 しばらくの間、お互いに口を閉ざしたまま同じ歩調で歩く。 「私は妹……」 不意に沙羅がそう言った。 「え?」 「私はお兄ちゃんの妹。だから……恋、出来ない」 「……沙羅?」 突然どうしたんだろう? 沙羅はぼそぼそと呟くように言葉を紡いでいく。 「桑古木と田中先生とココちゃんは三角関係。パパとママと空も三角関係。でも……」 「…………」 「お兄ちゃんと私となっきゅ先輩は、三角関係にはなれない。……私とお兄ちゃんは、兄妹……だから」 「沙羅……」 僕は沙羅の肩に手を置いた。 沙羅は僕の方に顔を向けた。 泣いてはいなかった……でもその瞳は潤んでいた。 「当たり前のことなんだけどね。わかっていたことなんだけど……私だけ仲間はずれみたいで」 沙羅はぐすっ!っと鼻をすすった。 「兄妹なんだから、恋人同士になれないなんてこと、わかってるんだけど……」 少しずつ言葉がつまりつまりになっていく……。 「でも、でも……お兄ちゃんの事……好き、なんだよぉ〜〜〜!」 沙羅はそう叫ぶと、僕の胸元に顔を押し付け声を上げて泣き出した。 火の付いたように、沙羅はしばらく泣き続けた。 僕はただ抱きしめてあげるしか出来なかった。 「はい」 「ん……」 住宅街にある小さな公園に僕達はやってきた。 自販機でコーラを2本買って、1本を沙羅に手渡した。 空いているベンチに腰を下ろし、2人同時にタブを開ける。 ぷしゅっっ!! 炭酸が心地よい音を立てた。 「少し落ち着いた?」 僕はコーラを数口飲んでから沙羅に声を掛けた。 「うん……」 沙羅は頷いた。 その表情は少し気まずさを帯びながらも、すっきりと晴れ渡った空のようにも見えた。 そして僕のその予想は見事的中したようだった。 「言いたいこと言って、すっきりしたよ」 沙羅はいつものような張りのある声でそう言った。 「ごめんね、突然泣き出したりして」 「いや、大丈夫だよ」 「……優しいよね。その優しさに惚れちゃうんだよ……」 沙羅の頬がほんのり赤みを帯びる。 「沙羅……でも僕らは……」 「わかってるよ!」 沙羅は勢いよく立ち上がった。 「なんていうかさ。私の周りって格好いい人、多いんだよね。パパにお兄ちゃんに、なんだかんだ言って桑古木もいざというときは格好いいし。いい男が多すぎて、拙者目が肥えすぎてしまったでござるよ」 さっき田中先生がしたように沙羅はヤレヤレと肩をすくめた。 「いつかは兄上を越えるような格好いい殿方を見つけるでござるから、兄上は何の心配もせずなっきゅ殿と幸せになるでござるよ。……なんて、心配かけたのは私なんだよね?ごめんごめん」 「沙羅……」 「私はもう大丈夫だから」 沙羅は大きく頷いてそう言った。 いつもの明るい声で……。 その次の日曜日、僕はユウとショッピングに出かけた。 「ねえ、ホクト。マヨと何かあった?」 何軒か見て回った後、突然ユウがそう聞いてきた。 「?」 「いや、この前マヨに会ったらね?『なっきゅ先輩は幸せ者でござるな〜』とか言ってたのよ」 「ああ、なるほど」 あの帰り道でのことを僕は思い出した。 ユウにそう軽愚痴が言えるってことは、沙羅はもう完全に立ち直れたんだろう。 よかった……僕はそう思った。 沙羅が元気になってくれて。 僕ら3人の仲が険悪にならなくて。 これまでの幸せが、今しばらく続いてくれて。 |
あとがき ほのぼの後日談第5弾。 今回は前回出てこなかったホクトと沙羅に焦点を当ててみました。 実の妹が攻略キャラ……素直に後日談とするとこうなってしまうのは仕方ないのかな〜と思いつつ書き上げました。 彼女にもいい人が現れてくれるといいんですが。 今回は恒例の……というほど、まだ作品数を書いてはいませんが……N7のキャラは出ていません。 いつも出ると言うのもアレなので今回はお休みです。 代わりと言ってはなんですがあの人とか、KIDの別作品を盛り込んで見ました。 知らない設定は見過ごしてください。 では。 |
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