田中総合研究所第7研究室。
 ぷるるるるるぅぅぅ……
 鳴り響く電話を取る優春。
「はい、もしもし、田中総合研究所第7研究室」
『あ、優か?武だけど』
「あら、倉成。どうしたの?」
『すまんが、今日仕事を休みたいんだが……』
「休むって、何で?」
『実は……風邪を引いちまったんだよ』

1番の特効薬
                              作 鏡丸太

 倉成邸リビング。
 壁にもたれながら、電話で優春と話す武。
 眉間にしわを寄せており、真剣な顔付きであった。
「だからな、ゴホッゴホッ……」
 空いた手で口元を塞ぎながらワザとらしく咳き込む。
 だがあの策士の優春である、少しでも隙を見せれば簡単に嘘を暴かれてしまう。
 相手の出方を窺いながら、聞こえないように息を呑む。
『……そうね。いいわよ』
 あっさりと承諾されたのでつい、まじ!と声を上げそうになるのを堪え感謝をする。
「す、すまんな、優」
『あ〜後、した後はちゃんと汗を流して服着せなさいね』
「えっ……」
 武は優春の言葉に思いっ切り冷や汗を掻く。
『今、夏で夜蒸し暑くても裸で寝させちゃ駄目よ』
「あ、ああ……(裏声)」
(ばれてる?もしかしてなくて、ばれてる……)
 正に昨夜は、優春の言った通りであった。
 平常心を保とうとするが、図星を突かれまくって声が裏返ってしまう。
『しっかり休んで、風邪治しなさいよ』
「優は、知ってるのか?キュレイでも風邪引くって」
『まあ、引く時は引くもんなのよ。私も引いた事あるし。ガチャ!』
「引く時は引くって……切れてるよ。にしても優でも風邪は引くんだな……って何で、つぐみが風邪引いたってばれたんだ?」
 疑問に思いつつも切れた電話を戻し、ホクトと沙羅の言っていた事を思い出す。


―――回想始まり―――
「実は、風邪の完全な治療法、特効薬はまだ見つかっていないんだ」
「その訳は、風邪ウィルスは年々進化してるからでござるよ」
 今朝、制服に着替え登校の支度が終わったホクトと沙羅に、何故キュレイが風邪を引くのか教えてもらう。
 一同は、武とつぐみが一緒に寝ている寝室に集まっており、つぐみはベットで静かに眠っている。
 事は、朝、武が起きるとつぐみがまだ寝ており起こそうとするが、彼女の顔に触れたとき熱を感じ取る。
 それに異常を感じ、すぐさま登校の支度を整えていたホクト・沙羅を呼び、それから風邪を引いたと判明する。
「一旦、風邪ウィルスを倒してもすぐ新しい風邪ウィルスが出てくるんだ」
「それに、いくらキュレイでも身体が弱まれば、新陳代謝も弱まってしまうでござる。弱まった状態で新しい風邪ウィルスが入ってきても、駆逐できずに風邪を引いてしまうというわけでござるよ」
 武は2人の説明にただなるほどと頷くしかなかった。
 だが実際の所、半分以上はちんぷんかんぷんでいた。
「一応普通の風邪だから、安静に寝て栄養のある物を食べれば治るから。じゃあ、お父さん、お母さんの事よろしくね」
「パパ、ママの事お願いね♪」
「ああ、解ったよ」
 つぐみの事を武に任せて、部屋から出て行く2人。
 沙羅はドアの処で一旦立ち止まると、にやけた顔で武の方に振り向く。
「パ〜パ〜、2人きりだからって変な事しちゃ、駄・目でござるよ、にんにん♪」
「さ、沙羅!?」
 バタン!
 武は、沙羅の毎度お馴染みの熱い行為を催促させる言葉に呆気に取られその場で固まってしまう。
 そんな間に沙羅はすぐにドアを閉めいなくなる。
「……」
 ベットには、風邪を引いて寝ているつぐみがいる。
 先程の沙羅の発言で、いつも以上につぐみを意識してしまう。
 熱でほんのりと赤く染まった彼女の寝顔に思わず生唾を飲み込んでしまい、それを拭い去るように顔をぶんぶんと左右に振り理性を保つ。
「看病するから、優に休むと連絡するか…」
 武はつぐみを起こさない様に、そっと部屋を出る。
―――回想終わり―――


「あの〜今のは、倉成さんですか?」
 今さっき掛かってきた電話を、優春に尋ねる空。
「ええ、なんかつぐみが風邪引いたらしいわよ」
「で、武は看病の為にお休みという事か」
 桑古木は書類を整理しながら電話の内容を推測する。
 少ない情報から武の行動を予測できたのは、17年間武の真似を訓練してきただけの事はある。
「ご名答」
「はぁ……俺も休みたいよ……」
 桑古木は大きくため息を吐く。
 実際その通りで、まともな休みなど年に数回程度でこの程度で休めた武を羨む。
「私だって、風邪引いて休みたいわよ。そんでもって、看病して欲しいわ…」
「私も、風邪を引かれた方の看病でお休みしたいです…」
『はぁ……』
 優春と空は、大きくため息を吐きながら桑古木をチラリと見る。
「その時は、私が看病しますから!」
 桑古木の反対側の席に座る少女が、作業中のノートPCから嬉しそうな顔を出してくる。
 アイシャ・ウォーランド。
 灰色の瞳に銀髪の髪を三つ編みに束ねた、深い青色のスーツを着こなした17歳のアメリカ人少女。
 この少女が田中総合研究所で仕事をしているのは、2年前とある事件で桑古木に助けられそれによって彼に惹かれ、周囲の反対を押し切り今年の5月からここで働く事となった。
 アイシャに関する説明はまだあるが、それはまた別の機会という事で。
 アイシャに対して桑古木は分った分ったと呟き、手を振り早く仕事に戻れとジェスチャーする。
 彼女はぷーと頬を膨らませながら仕事を再開する。
 ふと、2人の視線に気づいた桑古木は手を休め、何だよ?と尋ねる。
「何でもないわよっ!」
「何でもありませんっ!」
 2人は怒った様に桑古木からそっぽを向き、その本人は訳が分からず2人を見る。
「本当に何なんだよ?」
 そんなやり取りを覗き見した後、作業を停止してアイシャは自分が桑古木を看病する妄想を膨らませていた。
 にまぁ〜。
 それは何ともだらしない顔であった。


「う、う〜ん……」
「おっ、目、覚めたか?」
 ゆっくりと目を覚ますつぐみを、優しく覗き込む武。
「武……私……どうしたの?」
「風邪だよ」
「風邪?」
 キュレイの完全種であるつぐみにとって、今まで風邪を引いた事が無かったのでてっきり武の冗談かと思った。
 しかし、身体がだるく頭が朦朧とし額に手を当ててみると熱があり、それでようやく風邪を引いた事を理解する。
「風邪、引いたんだ……」
「優曰く、引く時は引くもんらしい」
「はぁ……そういえば武、仕事は?」
「お前の看病しないといけないからな。優に頼んで、休ませてもらったよ」
「そう……私のせいで、ごめんね……」
「ば〜か、何誤ってんだよ」
 武は少し罰の悪そうな顔をするつぐみの頭を優しく撫でてやる。
 つぐみが悪い訳ではなく、優春もそれが分かっているからこそ武の休みを認めたのでった。
「そんなに悪く思うなら、ゆっくり休んで早く治せよ」
「うん……」
 武の言葉につぐみは笑みを浮かべる。
「傍に、いてね……」
「ああ……」
 ……
「す〜……」
 しばらく経つとつぐみは、目を閉じ規則正しく寝息を立てる。
 寝顔を見て安心した武は、ふと時計を見ると正午を過ぎていた。
 つぐみが次に目を覚ましたらきっとお腹を空かせていると思い、そっと部屋を出て1階のキッチンに赴き御粥を作る事にした。


―――38.6度……完璧に風邪ね―――
―――全く、ちゃんと汗を拭かないからだぞ―――
―――ごめんなさい……―――
 つぐみはベットの中で、両親に謝る。
―――ちゃんと寝てなさい―――
―――学校には連絡しておくから―――
―――は〜い―――
 渋りながらもベットの中で眠りつく。
 …………
―――お父さん……お母さん……―――
 ふと目を覚ますと、部屋に両親がいない事に気づき不安になる。
―――何処に、いるの……?―――
 ベットから抜け出し、熱でふらつきながらも両親を探す。
―――お父さん…お母さん…―――


「はっ!?」
 つぐみは唐突に目を覚ます。
「今のは、夢……?」
 身体を起こし部屋を見渡してみると武の姿がない事に気づき、今しがた見た夢を思い出し不安に駆られる。
「武……」
 夢と同じ様にベットから抜け出し熱でふらつきながらも部屋を出て武を探す。
 だが、今の彼女の体調は風邪によって著しく低下しており、とてもじゃないが歩き回れる身体ではなかった。
「はぁ、はぁ……」
 ばたっ。
 案の定、進もうにも身体が思うように動かず2、3歩程歩いた所で廊下に倒れてしまう。


「よしっ!できた」
 武は御粥の味見をし、その味に満足する。
 火傷しない様にタオルで包んでキッチンからつぐみの寝ている2階の部屋に持っていこうとする。
 階段を上がり2階に行くと、部屋の前につぐみが倒れていて驚く。
「つ、つぐみ!?」
 御粥を足元に置いて、すぐにつぐみの傍に駆け寄り抱き起こす。
 何故、部屋から出て廊下に倒れているかという疑問が頭の中を過ぎったが、それよりも彼女の身体の心配が浮かんだ。
「つぐみ、つぐみ!」
 つぐみは朦朧とした顔で武の顔を見ると、安堵の顔を浮かべそのまま気を失ってしまう。
「武……」
「おい、つぐみ!つぐみ!?」
―――つぐみ!つぐみ!?―――
―――しっかりして!―――
「お父さん……お母さん……」
「えっ?」
 つぐみを抱き上げ、ベットに寝かせようとしたら不意に彼女が溢した言葉に反応する。
「つぐみ……」
 少し戸惑いながらもつぐみに布団を掛けてやると、側に座り込み優しく寝顔を見つめる。


「う、う〜ん……」
 つぐみは意識が薄れた状態で目を覚まし、ベットに寝たまま天井を見る。
(そういえば、部屋から出てその後意識が…)
 その時、意識がハッキリとなり武の事を思い出し、勢いよく上半身を起こし武の姿を探す。
「つぐみ、目覚めたか?」
「武……」
 武はつぐみの寝ているベットのすぐ脇に座っていた。
 先程、つぐみを再びベットに寝せてから起きるまでずっと側にいたのだった。
「ったく、そんな身体で動くなよな。本当に……心配したんだからな」
 武に心配を掛けてしまい、つぐみは気を落としてしまう。 
「ごめん……でも」
「でも?」
「でも……すごく心細かった……武がいなくて、部屋に私1人しかいなくて……」
 つぐみは、自分の身体を抱きしめながら話し続ける。
 自分が見た夢を、感じた不安を……
「夢を、見たの……ううん……子供の頃、風邪を引いて寝込んだ時の事を、夢で思い出したの……」
「子供の頃……」
「うん……お父さんとお母さんが私を診てくれて、寝なさいと言われて寝たわ……それから、不意に目が覚めるとお父さんとお母さんはいなくて、1人ぼっちで……」
「それで、起きてみたら俺がいなくて探しに部屋から出る……でも、風邪で倒れちまう……」
「うん……」
 武の言葉につぐみは小さく頷く。
「はぁぁ〜お前は本当に馬鹿だな〜」
 武は頭の後ろを掻きながらため息を吐く。
 それは本当に馬鹿馬鹿しい事であった。
「馬鹿って、何よ!?」
 つぐみは目に涙を溜めながら、そんな武を睨む。
 本当に彼女は、武がいなくなってしまったと思ったのだ。
 だからこそ、その言葉に少し苛立ってしまう。
 だが武はつぐみのそんな視線も気にせず、優しくつぐみを抱き締める。
「言ったろ……ずっと一緒だって……」
「武……」
 武の優しさに、つぐみは目に溜めていた涙を流してしまう。
「馬鹿……俺が泣かしたみたいじゃないか」
「でも、実際そうでしょ……」
 つぐみは涙を流しながらも嬉しそうに微笑む。
「全く、本当につぐみは泣き虫だな……」
「武の、所為なんだからね……」
 武はそっと、両手でつぐみの顔を自分の顔の前に持ってくる。
 つぐみは武の行為にあるがままに身を委ねる。
 それはいつも自分が、悲しみを感じたときに必ずしてくれる行為だから。
「じゃあ、責任を持って……涙、止めてやるよ……」
 2人はそっと目を閉じ、お互いの唇を重ね合う……
「ん……」
「んん……」
 そして武の方から唇を離し、つぐみの涙を指で拭う。
「止まったな……」
「馬鹿……」
「ははははは……」
「ふふふふふ……」
 お互いの顔を見て、声高らかに笑い合う。
「そうだ!」
 武は何かを思い出し、部屋を出る。
 数分後、どたばたと足音をだしながら部屋に戻ってくる。
「どうしたの?」
「つぐみ、腹、減ったろ……」
 武の手には、美味しそうな御粥が持たれていた。
 実際につぐみは朝から何も食べておらず、更に御粥から漂う美味しそうな匂いが食欲をそそる。
「倉成武特製御粥だ」
 武はスプーンで御粥をすくい、つぐみの前に持ってくる。
「ほら、あ〜ん♪」
「た、武!そ、それ位、1人で食べられるわよ!」
 つぐみは顔を真っ赤にしながら首を左右に振る。
 先程の件もあり、これ以上武に恥ずかしい姿を見られたくない気持ちがあった。
「ったく、病人は病人らしく、看病されろよな……もしかして、俺の作った御粥は食べたくないって言うのかよ……」
 そんなつぐみの態度に、武はしゅんと肩を落とす。
「も〜う……解ったわよ……だから武……」
 つぐみは武が気を落としてしまった事に気を悪くしてしまい、渋りながらも武に食べさせてもらう事にした。
「そうか!?じゃあ、ほら。あ〜ん」
 武は再びスプーンで御粥をすくい、つぐみの前に持ってくる。
 さっきまでの落ち込みようは何なんだ?と言わせるほどの身の変わりようである。
 ある意味、確信犯であった。
「あ〜ん……」
 つぐみは風邪とは別の熱で顔を赤くしながら、武に御粥を食べさせてもらう。
 もぐもぐ…
「味は、どうだ……?」
「あっ……」
 つぐみは御粥の味を味わっていると、不意に夢の、子供の頃の続きを思い出す。


―――目、覚めたか?―――
―――つぐみ、もう心配掛けないで……―――
―――お父さん……お母さん……―――
 つぐみは目を覚ますと、目の前に心配そうな顔をしながら覗き込んでいる両親の姿を見る。
―――私……ごめんなさい……―――
―――お前が無事ならいいんだ―――
―――お母さんとお父さん、御粥を作ってたのよ―――
 つぐみの母は、つぐみに御粥を見せる。
―――ほら、あ〜ん―――
 母はスプーンで御粥をすくい、つぐみに食べさせようとする。
―――恥ずかしいよ―――
 顔を赤らめながら、首を横に振る。
―――母さんの作った御粥は、すごく美味しいのにな〜―――
 父はワザとらしい仕草をし、それを見てつぐみは渋々ながらも食べさせてもらう事にした。
―――うう……―――
―――はい、あ〜ん―――
―――あ〜ん―――
 もぐもぐ……
―――どう、美味しい?―――
―――……うん♪すっごく美味しい!―――


 つぐみは思い出した。
 両親が自分を愛してくれていた事を。
 そして武が両親と同じくらいに、いや、それ以上に愛してくれている事を改めて感じ取る……
 その事を考えると、つぐみはまた涙を流してしまう。
「お、おい!?つぐみ!?も、もしかして、口に合わなかったか!?ま、不味かったのか!?」
 突然の事に武は慌ててしまう。
「違うの……ただ……」
「ただ……?」
 つぐみは涙を流しながらも、とても嬉しそうに微笑む。
「すごく、美味しかったから……」


 その後、瞬く間につぐみは御粥を平らげてしまう。
「じゃあ、食後の風邪薬を飲みますか?」
「えっ?」
 武が突き出した風邪薬を見て、つぐみは驚く。
「どうしたつぐみ?」
「た、武……も、もう寝ていれば大丈夫だと思うから、く、薬を飲まなくても……」
 つぐみは少し焦りながら、風邪薬を飲むのを遠慮する。
「飲んだほうが……もしかしてつぐみ……」
 武はつぐみの顔を見ようとするが、明後日の方向を見る。
 その姿は余りにも怪しすぎた。
「薬、飲めないんだろう?」
「ま、まさかっ……」
 つぐみは、思いっきり図星を突かれたような態度を取る。
「じゃあ、飲むよな?」
 武は再び、つぐみの前に風邪薬を突き出す。
「ほら、武。もう少し寝ていれば、キュレイが治してくれるから……」
「仕方が無い。最後の手段だ」
 頑固な態度に、武は呆れながら風邪薬と水を口に含む。
「えっ?」
 武はつぐみの寝ているベットの上に乗り掛かり、両手でつぐみの両腕を掴み身動き出来ない様にする。
「た、武っ!?」
 突然の武の行動に、心の準備が出来ずによからぬ事を考えてしまう。
 よからぬ事とは……まあ、そのままの意味である。
 そのままの状態で、武はつぐみにキスをする。
「んっ〜、んん〜!!!」
 そして、口に含んだ風邪薬と水を口移しでつぐみに飲ませる。
 口移しで薬を飲ませる……それが武が行った最後の手段であった。
 ごくっごくっ!
 つぐみは訳が分からずそれらを飲み込む。
「ぷは〜」
 つぐみが風邪薬を飲んだら、武はおもむろに唇を離す。
「んん〜…馬鹿……」
「馬鹿とは何だ、馬鹿とは!?」
 つぐみは顔を赤らめながら武を見る。
 流石に、口移しには驚いてしまう。
「そんな事したら、風邪、うつるよ……」
 その言葉に武も顔を赤らめながら、ベットの上に乗ったままつぐみを抱き締める。
「それで、つぐみが治るなら俺は構わんぞ……」
「本当に……馬鹿、なんだから……」
 つぐみは武に抱き締められながら呟く。
「御粥を食べて、薬も飲んだし、ゆっくり寝ろよ」
 武はベットから降りて、団扇を持つ。
「ちゃんと、傍にいてやるからな……」
「うん……」
 ゆっくりと目を閉じ、眠りに落ちるつぐみ。
 武は濡れタオルを額の乗せてやり、暑がらない様に団扇で扇いでやる。
 それは、夏の日のゆったりとした昼下がり……


 それから数時間後、午後5時過ぎ……
 ピンポ〜ン。
「やっほ〜♪倉成、邪魔するわよ?」
「倉成さん、お邪魔しますね?」
「武、見舞いに来たぞ!」
 優春・空・桑古木の3人はインターホンを押したらすぐさま、武とつぐみがいる2階の部屋に素早く入り込んでくる。
(お前ら、勝手に上がってくんなよな……)
「何?」
 つぐみは何の騒ぎかと身体を起こす。
 既に3人は当たり前のように座り込んでいた。
「つぐみさん、風邪を引いたんですね」
 空はつぐみの傍に行き手を取る。
「見舞いに来たぜ」
「ありがとう、空、桑古木」
「ねぇ、つぐみ。ちょっと、腕出してくれない?」
「こう?」
 つぐみは言われた通りに腕を出すと、優春は白衣から注射器を出し採血する。
「お、おい、優?」
「ちょ、ちょっと、優?」
「キュレイ・キャリアが感染した、風邪ウィルスなんて珍しいからね♪あっ、ちょっと研究に使うだけだから大丈夫よ♪」
 そう言うと笑顔で心配無用という感じに手を振り、採取した血液を小瓶に容れ白衣に仕舞う。
 どの辺が大丈夫か、酷く不安になる。
「そういえばアイシャは?」
「アイシャさんでしたら残業です」
「何か、今日終わらせる仕事が終わらなかったみたいでな」
「どうせ、お約束の変な事を考えて仕事が止まっちゃったんでしょ?」


「へくしょん。ん〜風邪でしょうか?」
 アイシャはクシャミして作業を一旦止める。
 第7研究室で1人淋しく残業中。
 そして優春の予想通りに、アイシャは自分が桑古木を看病する妄想をしていてこうなってしまったのである。


「そうそう♪お土産を持ってきたのよ」
「風邪にはこれが1番という情報が有ったので」
「まあ、見舞いのセオリーをな」
 がさごそ、がさごそと各々のバックから何かを取り出す。
「ほれ」
 まず最初に桑古木が出したのは、見舞い品の中でも最高級のマスクメロンであった。
 その輝き(値段シールに1万円)に思わず、武とつぐみは見惚れてしまう。
 そんな桑古木を見下す様に見ながら優春、それに続いて空が取り出す。
「これよっ!」
「これです」
『も、桃缶……?』
 武・つぐみ・桑古木の3人は優春と空が取り出した桃缶を見る。
「ネットで風邪に対して良いものが、桃缶だと言う情報が有ったので……私、知りませんでした。もっともっと、学ばなければならない事がたくさんあるんですね」
 空は何の疑いも無く、宝物を見つけた様な顔で桃缶を差し出す。
(空、それは多分デマだ)×2
「ふふふふふふ、倉成は知らないと思うけど、桃缶は全知全能の万能薬なのよ!!!」
 優春はさも当たり前のように、桃缶を差し出す。
(んなら、薬はいらないだろうが!)×2
 武と桑古木は同時に、心の中で2人のコメントに突っ込む。
「ってお前ら、それってお婆ちゃんの知恵…」
 バタンッ!
「つぐみさん!見舞いに来たわよ!」
「ただいま」
「ただいまでござる♪」
 武が桃缶の事を突っ込もうとした時、勢いよくドアが開き優秋が入って来てその後に帰って来たホクトと沙羅が入ってくる。
「あら、ユウじゃない」
「よお」
「秋香菜さん、こんにちは。ホクトさん、沙羅さん、お邪魔させていただいています」
「あれ!お母さんに空じゃない」
「こんにちは、田中先生、空さん、桑古木さん」
「こんにちはでござる」
 挨拶し合う6人。
「ユウも見舞いに来たの?」
「お母さん達もそうなんだ。私は、ホクトと沙羅に話を聞いてね」
 がさごそ、がさごそと優秋は鞄から何かを取り出す。
「んで何が、風邪に効くんだ……?」
 武は大方の予想は出来ていたが、呆れながら仕方無く尋ねる。
「よくぞ聞いてくれたわ!それは……これよ!」
 優秋が鞄から取り出したのは……
『ネギ……?』
「そうよ!昔から風邪を引いたら、ネギを首の巻けと言われているのよ!」
「やっぱりかって、それもお婆ちゃんの知恵袋……」
「だよね、お父さん……」
『はあ……』
 優秋は母親と同じくさも当然の様に、ネギを差し出す。
 優春と優秋の同じ思考に、本当に同じ人間だなと武はシミジミ思う……
 ホクト・つぐみ・桑古木はただ呆れるしかなかった…
「流石は私の娘ね♪」
「それは知らなかったです」
「素敵です、なっきゅ先輩!」
 そんな4人を他所に、盛り上がる優春・優秋・沙羅・空の4人と落ち込んでいる桑古木。
「更に、ネギをお尻の……」
「わーわーわー!」
「なっきゅ先輩、それ以上はNGでござるよ!」
 優秋の言おうとしている事を、ホクトと沙羅は慌てて大声で叫んで遮る。
 倉成邸に行く道で、ホクトと沙羅は優秋からネギを使ってどう治すか聞いていた。
 だがその内容が余りにも<BF>の掲載規約に反してしまう内容であった為、もしもその話が出そうになったら阻止すると話し合っていた。
「何よホクト、沙羅?」
「ユ、ユウ!それ以上言ったら管理人さんに怒られるよ!」
「管理人さんて誰?」
「そ、それも突っ込んだら駄目でござる!」
 3人のそんなやり取りを見て、話に加わる空と優春。
「秋香奈さん、ネギをお尻にどうするんですか?」
「興味深いわね」
「だから駄目だってば、空!」
「先生!興味を持たなくていいでござるから!」
「ったくな」
 ネギの話を聞こうとする優春と空を止めようと奮闘するホクトと沙羅。
 桑古木はやれやれと、優春と空の襟を掴むとずるずると部屋の隅のほうに引きずる。
「ちょ、ちょっと桑古木?」
「か、桑古木さん?」
「お前ならな、少しは大人しくできないのか?くどくどくどくど………」
 桑古木にくどくどと説教され、優春と空は肩をしゅんと落とす。
 ……
 そんなやり取りを見て、思わず笑みを溢す武とつぐみ。
「武。私、今すごく幸せだわ……」
「幸せか!?こんな状況で?」
 武は、未だにネギの話でドタバタしている優春達6人を指差す。
 何やらネギを奪い合う優秋対ホクト&沙羅、今だ桑古木に説教されて段々小さくなっていく優春と空。
「こんな些細な事で、みんなに心配してもらって……」
「つぐみ……」
「それに……武に看病されて……めいいっぱい愛されて……」
「お、おう……」
 目の前の騒ぎを他所に、武とつぐみは2人だけの世界を作りお互いを見つめ合い頬を赤く染める……


「あれれ?お兄ちゃん、ココ達の出番ここだけ?」
「そうだね」
「どうしよ……」
「仕方ないから、この後の事をみんなに見せようか?」
「それが良いね」
「それでは、翌日のお話をどうぞ」
「お話をど〜う〜ぞ〜!!!」


「言ったとおりでしょ」
 つぐみはほら見なさいという感じで、武の額に濡れタオルを乗せてやる。
「ずずず……ああ」
 翌日、武はつぐみの風邪が移り寝込んでしまった。
 その理由は言うまでも無かった。
「はあ〜お母さん、後は頼むね」
「じゃあ、行ってくるでござるよ」
 ホクトと沙羅は先日と同じ様に後のことを頼み、部屋から出て学校に登校する。
 そして沙羅は先日と同じ様に、ドアの処で一旦立ち止まりにやけた顔でつぐみの方に振り向く。
「マ〜マ〜、パパは風邪で疲れているから、ほ・ど・ほ・どにでござるよ〜♪」
 バタン!
「さ、沙羅!?」
 つぐみは恥ずかしながら呼び止めて怒ろうとしたが、すでに沙羅はドアを閉め学校に行ってしまった。
「え、え〜と……」
 沙羅の余計な一言でお互いに気まずくなり、静まり返ってしまった。
「は、はくしょん!」
 静寂を破ったのは武のクシャミだった。
 それで自分が固まっていた事に気付き、つぐみは素早く立ち上がる。
 そして、今の状況から抜け出せる事を思い出す。
「た、武。ゆ、優に休むって連絡しとくね」
「あ、ああ……た、頼む」
 お互いに気まずそうに言葉を交わす。
 つぐみは顔を赤らめながら、部屋を出て行く。


 ピンポ〜ン。
「はい、は〜い」
 風邪で意識が朦朧としながらも桑古木は、布団から出て玄関に赴きドアを開ける。
「やっほ〜桑古木、見舞いに来たわよ」
「桑古木さん、こんにちは」
「か、桑古木さん、看病に来ました!」
 手に大量の食材を持った優春・空・アイシャが、桑古木の見舞いにやって来た。
「見舞いに来てくれたのか、優、空、アイシャ?」
「そうよ」
「はい!」
「そうです、ふん、ふん、ふん!」
「サンキュー……とりあえず、上がってくれ」
 優春は少し不敵な笑みをしながら、空はとても嬉しそうな顔をしながら、そしてアイシャは気合を入れて鼻息なんか出てしまう。
 あまり深く突っ込まず桑古木は3人を家に入れる。
「……成功ね……」
「……はい……」
 桑古木とアイシャに聞こえない様に、優春と空は小声で話す。
 それは、先日つぐみから採取した風邪ウィルスを密かに桑古木にうつしていたのだった。
 その訳は桑古木の看病をする為という、他人から見れば呆れてしまう事であった。
「何をこそこそ話してるんですか?」
 2人の話に疑惑の眼差しを送るアイシャ。
 だが優春は素っ気無く、何でもないと話をはぐらかす。
 自室に戻ろうとする桑古木に空は尋ねる。 
「御粥を作るので、キッチンを借りて良いですか?」
「ああ、いいぜ。俺は寝てるから、出来たら起こしてくれ」
 その言葉に3人は素早くキッチンに入り、調理を始める。
 桑古木は御粥を楽しみにしながら、再び布団に入り眠る。
 17分後……
「いい加減に起きなさい」
「桑古木さん、御粥ができましたよ」
「ふあぁぁ〜ああ……」
「桑古木さん、起きましたね」
 桑古木は欠伸をしながら目を覚ますが、間の前に差し出された3人の御粥を見た瞬間眠気が吹き飛ぶ。
 優春の持つ御粥は、黒く変色しており更にまるで溶岩の様にぐつぐつと煮えていた。
 対して空の持つ御粥は、緑色で所々にネジやボルトが見え隠れしていた。
 そんな中でアイシャの御粥はまともに見えた。
 唯一、御粥の色が真っ赤であることを除けば。
「さあ桑古木、存分に味わいなさい!ちゃんと、桃缶も入ってるから」
「はい!私のにも入れましたから、どうぞ桑古木さん」
 2人はどうやら桃缶粥を作ったらしいが、とてもじゃないが食べたら悪化するのが目に見えていた。
「桃缶とはそんなに風邪に良いのですか?私のは知り合いの方に教えてもらいました健康粥です。滋養強壮に各種スパイス・唐辛子エトセトラ……これで汗を掻けばもう大丈夫だと聞きましたから!」
 アイシャの御粥はどうやら激辛粥らしいが、その内容が人間の限界を既に超えている。
 というかアイシャの知り合いはその激辛粥を食べて風邪を治しているらしいが、その人物がまともな神経の持ち主か疑わしかった。
「いや、きゅ、急に腹が!」
 3人の人外粥(桑古木命名)に身の危険を感じた桑古木は、腹痛を装うがそれは無駄だった。
「食べなきゃ駄目でしょ」
「ちゃんと栄養を取らないと駄目ですよ」
「そうです、そうです!」
 そう言うと優春は桑古木の右腕をお尻で押さえ、空も反対の左腕をお尻で押さえ、最後にアイシャは胸元に乗りかかりお尻で押さえる。
 もしこれが、普通の御粥であったら3人のお尻の感触で幸せを感じる事が出来ただろう。
 がしかし、人外粥を食べさせられる今の状況ではまるでその幸せの代償を払うかの如くいや、それ以上の代償を払う結末が見えていた。
「さあ!」
「どうぞ」
「いきます」
 それぞれスプーンでよそい、桑古木の口の前に持ってくる。
 だが、桑古木から見ればその行為は死の宣告に、彼女達の姿は死神にしか見えなかった……
「いや、寝てれば大丈夫だから…大丈夫だから…」
 3人はそんな事も気にせず、桑古木に無理やり人外粥を食べさせる。
 ぱくり……
「…………!!!!!!!」
 それは……声にならない叫びであった……
 

 学校帰りに公園を並んで歩くホクト・沙羅・優秋。
「そんな訳で、今度はお父さんが風邪を引いちゃったんだよ」
「そうなの……」
 少し考え込む優秋。
 その表情は真剣な顔付きである。
「なっきゅ先輩、どうかしたでござるか?」
 沙羅は何事かと優秋の顔を覗き込む。
「本当かしら……ネギをお尻に……」
「だから駄目だよユウ!」
 ネギを取り出す優秋に、ホクトは釘を刺す。
「でも試してみる価値はあるんじゃない?ねえ沙羅……」
「そうでござるな……」
 沙羅は先日、優秋を止めたが実に所その内容に深く興味を持っていた。
 だからこそ、優秋の合図に気付き頷く。
「ふ、2人とも何言ってるの?」
 気持ち悪い程の笑顔で、ホクトを見る優秋と沙羅。
 そんな2人の視線にホクトは、思わず後ろに引く。
「そ、それに誰も風邪を引いてないし……」
「なら引けば良いのよ!」
「そうでござる!」
 ホクトはいつの間にか優秋に、後ろから羽交い締めにされ身動きが取れなくなる。
 因みに柔らかな優秋の双丘が背中に当たっていた。
 それ感触に気を取られ、沙羅の行動に反応が遅れてしまう。
「ユ、ユウ?さ、沙羅?」
 沙羅の手にはいつの間にか氷水が注がれたバケツがあり、ホクトはバケツを見て背中に感じていた感触が無くなり血の気が引く。
「えいっ!」
 バシャッ!
 沙羅は躊躇無く氷水を掛け、ホクトはびしょ濡れになってしまう。
「は、はくしょん!」
「大変、風邪を引いてしまったわね」
「お兄ちゃん!先輩、早速あれを……」
「ええ……」
 びしょ濡れのホクトを抱えて公園の森の奥に入る優秋と沙羅。
 2人の表情はまるでこれから始まる宴を待ちきれない様な顔をしていて、それを見たホクトはこれから起こる事に恐怖を感じる。
「ちょ、ちょっと!?ま、待ってよ!」
 森に入るや否やホクトの制止も聞かず、恐ろしい笑顔でホクトの着けているベルトを外しズボンを脱がせようとする2人。
 そして、取り出されるネギ……
「ふ、2人ともやめ、やめ……ぎゃぁぁぁぁぁ〜!!!」
 薔薇から落ちていく1枚の花びら……
 それが全てを語っていた……


「優に連絡したけど、今日の仕事は休みになったらしいわよ」
「そっか、つぐみ、あんがとな」
「うん……そうだ武、今、御粥作ってくるから」
「ああ」
 そう言うとつぐみは部屋から出て1階のキッチンに赴く。
 17分後……
「お待たせ……」
 つぐみは御粥を持って部屋に入り、武の寝ているベットの傍に座る。
「うむ、待ってたぞ」
 武は今か今かと待ち望んだ顔をしながら御粥を見る。
 つぐみはスプーンで御粥をすくい、武の前に持ってくる。
「はい、あ〜ん♪」
「い、いいよ、つぐみ」
 武はつぐみに、食べさせてもらう事に恥ずかしがる。
「武、”病人は病人らしく、看病されろ”って言ってたじゃない?それとも、私の作った御粥は食べたくないって言うの……」
 先日に武がつぐみに言った事とほぼ同じ台詞を言いながら、つぐみは悪戯っぽく微笑んで武を困らせる。
「わ、分かったよつぐみ。はい、あ〜ん」
 武は納得して口を開け、つぐみに御粥を食べさせてもらう。
「あ〜ん♪」
 ぱく、もぐもぐ……
(ん?)
 武はふとつぐみの御粥を持つ両手の指を見ると、たくさんの絆創膏が貼ってあるのに気づく。
 それを見て御粥作りに悪戦苦闘するつぐみの姿が、容易に想像出来てしまう。
 そんな素振りを見せないつぐみを見ると、思わず口に含んだ御粥を噴出しそうになるのを堪える。
「味、どうかな……?」
 正直言って熱で味は分からなかったが、つぐみの想いはハッキリと伝わる……
 おもむろにつぐみに抱きつくと耳元で囁く。
「これが答え……」
「も、もう……ばか……」
 つぐみは顔を赤らめながらも、武に身を委ねる。
 そして……
「んっ……」
「武……んっ……」
 お互いの唇を重ねる……



 後書き
 
 どうもTTLL推進委員会会長鏡丸太です。ラブです!熱々です!(笑)
 風邪云々に関しては、半分は本当らしいです(風邪の完全な治療法が無い事)
 桃缶は、あるアンソロで万病には桃缶というのがあって、それでつい……
 あとネギは……個人メールで質問して下さい……マジで……
 ホクトと桑古木は、まあ愛されてる故にあんな目に会っていると……(自分の世界では、優春と空は桑古木が好き)
 あとオリジナルキャラのアイシャ・ウォーランドです。
 彼女も桑古木が好きということで、なにやら桑古木もてもてですな〜
 まあ、アイシャとの出会いの話なんかは別のSSで明かされるのでお楽しみに(一応アイシャはレギュラーです)
 実はこれ、とある携帯サイトに掲載したSSのパワーアップ版なんですよ(元は武が風邪を引いてつぐみが看病する)
 まあこれから、こんな感じでTTLLSSを書いていこうと思います。
 ではでは。

 「TTLL印」


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