SIN
                              作 鏡丸太

前編

 2032年2月3日、田中優美清春香菜専用研究室。

 パソコンの作業を忙しなく行う優春と空。
 連日の徹夜作業で、目の下にくまが浮かび、髪はボサボサ、肌が荒れ、彼女達本来の美貌はそこには無かった。
 空は肉体――研究用の処分予定だった試作型を改良したレプリスの身体を手に入れた事によって、人間と同じ様に休みが必要になっていた。
「少しでもいい、ライプリヒが直接関わっているデータが1つでも見つかれば……」
 優春は悔しそうに呟きながらも手を休めない。
 第3視点計画は順調に進んでいる。
 だがもう1つの計画は停滞している。
 LeMUに就職してから同じくライプリヒに就職した桑古木、そして再開した空と共に、今まで7年かけてライプリヒを潰す為の情報収集をしてきた。
 内部告発の為に秘密裏に行っている非人道的行為の情報を集めているが、そのどれもが告発するには完全な情報にはならず手詰まりでいた。
 何か1つでもいい、確実にライプリヒが関与している情報を手に入れれば、それによって今まで集めた情報は確証される。
 だが現実問題としてそれが手に入らない。
 
「優、空、いるか? ……っておい、2人とも何やってんだよ?」
 白衣を着た桑古木が部屋に入ると、疲れながらも作業を続けている2人の姿を見つけ慌てて作業を中断させる。
 
「すみません、心配を掛けてしまいまして」
「ごめん、少し作業に没頭しちゃって」
「2人が倒れたら元も子もないだろ。ほら、これ飲んで少し休め」
 カップに注いだホットココアを2人に手渡す。 
「は〜、ありがとね桑古木」
「ありがとうございます。所で桑古木さんは何の御用ですか?」
「ああ、明日からアメリカの方の研究所に出張。とりあえず報告という事でな」
 足元に置いたサイズの大きいバックを指差す。
「そう、でも気を付けてね。八神さんから教えてもらったけど、最近上層部に私達3人怪しまれているから」
「そうですね……さあ、田中さん。もう少し頑張りましょう!」
 ホットココアを飲み干すと、2人はまたパソコンの前に座り作業を始める。

 だが数分後に2人は机に寄り掛かる様に眠ってしまう。
 桑古木は眠ったのを確認すると、そっと毛布を掛けてやる。
 実はホットココアに特別製の睡眠薬を入れてあって、それを飲んだ事によって2人は寝てしまった。
 だがそれは一向に休もうとしない2人の事を案じた上での行為であった。
「じゃあ、行って来るぜ」
 音を立てない様にそっとドアを閉める。

 桑古木は廊下を歩きながら不意に自問自答する。
(俺は、何の為にこんな事をするんだ?)
 それは分かりきった事。
(ココと武を助ける為だろ)
 だが別の疑問が生まれる。
(本当にそれだけか?)
 だが答えが出ないまま、桑古木は翌日アメリカへ飛び立った。



「うむ、流石はアメリカ! アメリカ人でいっぱいだ!」
 空港から出た後、研究所への案内人の姿を探すのに周りを見回すが、中々見つからない。
 ふと、近くのコンビニに停めてある車の前にいる人影が、桑古木に向かって両手を大きく振っているのが見える。
 もしやと思い駆け寄ると呼び声が聞こえてくる。
「おぉぉぉぉ〜いっ、涼権っ! こっちだ〜!」
 どうやら当たりで、はあっはあっと息を吐きながら呼び声の人物の前に着く。
 桑古木を待っていたのは、よく知っている青のYシャツの上に白衣を着た30代の男性。
「待たせたな、誠」
 石原誠。
 心理学に関して現在トップクラスに入るほどの研究者であり、また医学に関しても精通している人物。
 そして第3視点計画の協力者の1人。
「ほら、さっさと行くぞ」
 誠は桑古木が車に乗り込むと、研究所に向けて車を走らせる。


「で、まじでやるのか? データを盗むのを」
 前を見て運転しながら誠は、今回の出張の真意を問いただす。
「ばれてた?」
「現状の進行具合を見れば、お前がやろうとしてる事位導き出せるさ」
「流石は心理学者」
 桑古木は慌てる様子も無く、あっさりと誠の考えを肯定。
 今の状況を打破するには、ライプリヒの裏のデータを探し出す事。
 これから向かうのは、外部から完全に隔離された研究所。
 だからこそ、そこにあると思われるデータ。
 それこそが今回、アメリカへ出張に来た真の目的であった。
 だがある意味、桑古木にとって死地に向かうようなものであった。
「とりあえず、ほれ。AクラスのIDカード、それに護身用に持っとけ」
 誠は片手で運転しながら白衣から、IDカードと隠し持てる拳銃――グロック19と小型ナイフを桑古木に投げ渡す。
 事前に桑古木の動きを読んでいて、前以って知り合いのとある財閥の会長に用意して貰った。
「サンキュー」


 車が止まった目の前には、大きく聳え立つライプリヒ製薬アメリカコロラド州研究所。
 そして研究所の周りを取り囲む分厚い鋼鉄の壁。
 誠は、バックを持ち車から降りた桑古木を呼び止め言う。
「無理、するな」
 その言葉に桑古木は明るく振舞いながら言う。
「全く、まこぴーは心配性なやっちゃなぁ……大丈夫だって」
 そして決意の眼差しを見せる。
「大丈夫だ……」
 
 誠は車の中で研究所に入っていく桑古木を見送ると、やれやれと額に手を当てて既にいない桑古木につっこむ。
「まこぴーはよせ、まこぴーは」
 おそらく『彼女』に聞いたのだろう。
 


 若い研究員に連れられて桑古木は所長室に入る。
 少し小奇麗な部屋の中心に1人の男性が座っていてその人物が所長、その後ろの右に少女が左に男が立っていた。
 おそらく護衛の者だと思ったが、2人からはまるで自分の存在を象徴するか如く殺気を撒き散らしていた。
 その気配に思わず背筋に寒気を感じる。
(何なんだよ、この2人は……?)
 腰まで伸びたロングの蒼髪、髪と同じ蒼の質素なロングワンピース、腰に巻きつけた革ベルトに下げている日本刀。
 まるで生きている気配すら感じ取れない紅い瞳を持つ人形の様な17歳位の少女。
 黒髪をオールバックで整え、黒いスーツに灰色のロングコート、その身体から発する火薬の匂い。
 無精髭に右頬の火傷の跡がある咥えタバコをした30代後半の男性。
「よく来たね、今日の所は所内を見学したまえ」
 2人に気を取られていて、いきなり声を掛けられたので慌てながら、はいと答える。
 部屋を出る前にもう1度振り返ると、2人は桑古木を見ていた。
 咄嗟に前に振り返り部屋を出る。
「失礼します」

 生きている心地がしなかった……部屋を出た瞬間真っ先に出た感想であった。
 おそらくライプリヒに雇われた傭兵だと思うが、余りにもぞっとする気配の持ち主達。
(これは、慎重に行かないとな)
 気分を取り直し用意された部屋に荷物を置き、ネームプレートがついた白衣を着込み、AクラスIDを持ち研究所を見学の名目で探索する。

 探索はCクラスの部屋を外して、Aクラス以上しか入れない部屋を探すが中々見つけることが出来ない。
 段々と奥に進むと森に囲まれた公園らしき場所に出てきて、その先にAクラスと書かれたプレートを見つける。
 ドアの前に立つと早速コントロールパネルにIDカードを差し込む。

 が、しかし、
『システムエラー。IDその物が違います』
「な、何ですと〜!?」 
 疑問に思いながらもコントロールパネルを良く見ると、側面部にS・Bのロゴが描かれていた。
 誠が用意したIDカードは、ライプリヒ製のIDカード。
 ここにあるセキュリティーはS・B製。
 つまり、規格が合わない。
「ははははは、道理で開かない訳か〜はあ〜……」


 流石に腹が空いたので、一旦自室に戻り昼食を作る。
 武になりきる訓練ゆえか、料理の腕もかなり上がり、基本的に食生活はもっぱら自炊にしていた。
 自室で食べるのもつまらないと思い、昼食を弁当に変更し先ほど見つけた公園に行く。

「おや? 先客か?」
 ベンチの所に行くと誰かが座っていた。
 灰色の瞳に銀髪の髪を三つ編みに束ねた15歳位の少女。
 彼女が着ているのは病院などで患者が着る青白い患者服。
(この子、多分……)
 ふと思い、少女の隣に腰掛ける。
「いや〜なんか緑があると心が落ち着かないか?」
「……そう、ですか……?」
 少女は桑古木の方に顔を向けず、前を見たまま感情のない声で答える。
「こう〜自然に触れ合いながら食べる弁当はまた別格になると思わないか?ふふふ、今日は気合を入れて豪勢にしてみたんだ!」
「……そう、ですか……?」
 少女は先ほどと変わらない態度で答え、桑古木は負けじと更に続ける。
「見てみろ、この素晴らしいタコさんウインナー。ぱく。う〜ん、美味い! よ〜し次はこの厚焼き玉子だ! これは美味しいぞ〜砂糖と塩のバランスが取れているからな。ぱく。ん〜玉子がとろけて美味し〜」

「……」

 流石に反応が無くてどうしようかと考えていると、くぅぅ〜と音が聞こえる。
 その音は少女から聞こえてきて、少女の口の前に厚焼き玉子を差し出す。
「腹、減ってるんだろ?」
 小さく頷きながら少女が厚焼き玉子を見ていると、
「ほら」
 少女に厚焼き玉子を食べさせてやる。
「……おい、しい……」
「もっと食うか?」
「……うん」
 ほんの僅かだが少女は笑みを溢す。


 昼食を少女と食べた後、桑古木は再び少女に話しかける。
「名前、教えてくれないか?」
「なま、え……?」
「ああ、俺の名前は桑古木。桑古木涼権だ」
「りょう、ご……?」
「ああ、りょうごだ」
「りょうご……わたしは、アイ、シャ……」
「アイシャか、いい名前だな。……ん、どうした?」
 アイシャはいきなり立ち上がると、先ほど開けるのを諦めたAクラスのドアの前に立つ。
 素早くコントロールパネルを操作するとドアが開き、桑古木は余りの事に呆然としてしまう。
「ここに、入りたかったんでしょ……?」
「あ、ああ……」
 戸惑う桑古木に笑顔を見せるアイシャ。

「そこで何をしてるんだい?」
 突然の呼びかけに振り返ると、50代の白人男性が無表情で2人を見ていた。
「わたしが、あけました……」
「何故?」
「りょうごが、はいりたかった、から……」
「では何故、彼の為に?」
「たまご……おいしかった……」
「そうか……」
 男性はアイシャの答えに1人納得する。
 桑古木の背を越える大柄な体格、灰色の短髪を後ろに束め、口ひげとあごひげを短くたくわえた顔立ち。
 白衣を着ているからここの研究員と思われるが、桑古木は彼の雰囲気から神父の様な感じを受けた。
 ネームプレートに記載されている名前はゴルドフ・ステイドーク。
「そろそろ時間だ。部屋に戻ろう」
「……はい……」
 ゴルドフに手を引かれながらもアイシャは、何度も振り返っては桑古木の姿を見る。
「アイシャは昼過ぎにいつもここで休ませている」
 桑古木はゴルドフの言いたい事を読み取りアイシャに約束、彼女もそれに答えるように小さく頷く。
「アイシャ、明日も来るぞ。美味しい弁当持ってな!」
「……うん……」


 真夜中の零時を過ぎた頃、桑古木は自室で愛用のノートパソコンで研究所の内部構成を調べていた。
「外部だけじゃなくて内部もエリアごとに回線が閉じられてやがる」
 徹底された情報秘匿に苛立ちを立てていると、唐突にインターホンが鳴る。
「誰だよ、こんな時間に?」
「失礼するよ」
「あんたは、ゴルドフ!? なんであんたが!?」
 深夜に来た訪問者は、昼に公園で出会った男性――ゴルドフ。
 彼は昼間出会った時と同じ服装で桑古木の部屋に入ってくる。
「何故私の名を?」
「ネームプレート」
 驚いた言い方をしながらも驚いた素振りを見せないゴルドフのネームプレートに指差す。
「ああなるほど。ところで涼権、君と少し話がしたくてな」
「そっちも何でオレの名を?」
「昼間、アイシャが言ってただろう。それに君の事は所内で話を聞いたよ」
「なるほど」
 お互いに妙に納得し合い、桑古木は話を続ける。
「話ったって、何を話すんだ?」
「そうだな……例えば第3視点計画」
「なっ!?」
「少しは話をする気分になっただろう?」
(何故こいつが計画の事を!?)
 問いただす前に、ゴルドフは話を続ける。
「君達、桑古木涼権・田中優美清春香菜・茜ヶ崎空の3人はライプリヒを潰すために様々な情報を集めている。それと同時に第3視点計画という謎の計画を並行して進めている。だが、中々情報が手に入らず、上層部の監視が厳しくなってきている。だからこそ君は、ライプリヒの裏のデータを盗む為にここに来た。どうかな?」
 警戒しながらも頷き答える。
「正解だ……けどどうやって俺達の事を?」
「君達以外にも、ライプリヒに敵対している存在――組織はいるものだよ。私も君と同じく半年前からスパイとして潜入したのだよ、組織の命でね。さて本題に入ろう。単刀直入に言おう、君と取引がしたい」
「あんたは……で、取引?」
「ライプリヒの裏のデータを君に与える条件で、あることをやって欲しい」
「なんか虫が良すぎないか?」
 桑古木が言う通りその条件は、余りにも虫が良すぎる。
 更にまだ出会って1日にも満たさない人間にこのような話を出すのだろうか?
「では、詳しく話そう。ここではなんだから付いて来てくれないか?」
 するとゴルドフは部屋から出て行き、仕方なしに彼の後を付いて行く。
 
 どれ位進んだのだろう?
 通路の行き止まりで不意にゴルドフは立ち止り、コントロールパネルにIDカードを差込むと壁がスライドしドアが出てきて2人は中に入る。
 中は普通の研究室と変わらないが、途中ガラスで区切られた所があり、その先に見えるのは酷く殺風景な白い部屋。
 そして部屋の中心にあるベットに寝ている少女。
「アイシャ……」
「そうだ……そして君に出した条件は、彼女を、アイシャをこの研究所から連れ出す事」
「話の意図がさっぱり解らん。何故、彼女なんだ?」
「まず彼女について話さないといけないな。まず、彼女はキュレイハーフだ。そしてIQ200を軽く超えている」
 桑古木はなんとなく気付いていたので当たり前のように話を聞くが、とある事に驚きを隠せない。
(IQ200だって!? にしても……)
「彼女は、産まれた時からこの研究室で育てられたきた。そして4歳の頃、相対性理論を理解した……それから彼女はありとあらゆる知識を吸収し、そこから様々な高度なプログラムを作り出した……」
(沙羅と、似てるな……)
 武とつぐみの間に生まれた双子の片割れ。
 計画の為に助けたくても助けられないジレンマ。
「だがライプリヒは、彼女を人として育てようとしなかった……」
 アイシャが見せた無表情。
 彼女はライプリヒの道具として育てられたのだろう。
 だが、昼間見た彼女の笑顔は本物だった。
「ここのセキュリティー、実は彼女がプログラムしたものだ。だから彼女がいればデータの入手や逃亡も大丈夫なはずだ」
「もしかしてここで使用しているS・B社のセキュリティも彼女が……」
「ああ、極一部しか知らないがライプリヒ製薬とS・B社は技術交換をしている」
 ゴルドフの説明は解ったが、幾つか気に掛かることが浮かぶ。
「何故、俺に頼む? そしてあんたは何故、彼女に入れ込む?」
「彼女がはじめて笑顔を見せたのが君だからさ。それに君は信用できるからな。もう1つは……彼女は、アイシャは……私の孫だからな……」
「まっ、孫!?」
「ああ、私の娘の子だ。娘はここで働いていてな。キュレイの研究の過程であの子を産むが、その時に……」
 ゴルドフの重い表情から、彼が信頼に値する者と判断する。
「もういい、解った。協力するよ」
 沙羅が12歳の時に優春と桑古木は、沙羅の監視担当になった事でなんとか非人道的な実験を押さえられたが、アイシャはゴルドフが来るまでどんな目に会っていたのだろう?
 助け出す事が出来ない沙羅と目の前で寝ているアイシャの姿が重なる。
 その思いが最後の一押しとなり条件を飲む。
 
 それから2人は、データの入手と逃亡の計画を練る。
 今現在研究中の薬物の完成が間近で、これが完成すれば殆んどの研究員は休みで研究所からいなくなる。
 その隙を見てアイシャを連れ出し、データの入手と研究所の記録を全て消し去り倉庫から脱出。
 脱出後、ゴルドフの組織の仲間が迎えに来るという手筈。
 これが2人が考えた計画。
 

 翌日から桑古木も研究に加わり、忙しない時間を過ごす。
 そんな中でも桑古木は弁当を持ってアイシャの待つ公園に赴く。

「……で、あの2人ときたらだ!」
「それ、おかしい……」
 他愛も無い会話。
 でもアイシャは少しずつ感情が表れてきた。
 今の彼女の笑顔は年相応に見え、桑古木はかつて自分に笑顔を見せた少女を思う。
(この子を救えないで、武とココを救えないよな。なあココ?)
「どう、したの……?」
「いや、何でもない」
 研究の傍らでアイシャと過ごす日々は続き、桑古木が来てから6日目に研究が終え予想通りに大半の研究員はいなくなる。
 
「寝たのか……ん?」
 ベンチで寝ているアイシャを見ていると不意に、誰かが近づいてくる。
「あんた、桑古木、涼権、だっけ?」
「ああ。そういうあんたは、誰なんだ?」
「ん? 俺か? 俺はヒュドン、ここの研究所に雇われた傭兵さ」
 近づいてきたのは、初日の所長室にいた男性――ヒュドゥン。
「人が殆んどいないな。もし何か事故が起きたら大変だな」
「そうだな……」
(こいつ、気付いてるのか?)
 まるでこれから何かが起きると知ったような口ぶり。
 桑古木は思わず声を出しそうになるのを何とか堪える。
「また会おうな……くっくっくっくっ」
「俺は御免だな」
 公園から出て行くヒュドゥンの後姿が見えなくなるまで睨んでいた。
 

 深夜、計画の実行開始。


 中央制御室でアイシャは神速の速さでキーボードを操作し、目的のデータを引き出しながら次々とデータの自爆プログラムを組み込む。
 計画の始まりと共に見回りの警備員を全て気絶させ、桑古木とゴルドフはアイシャを連れ出し中央制御室に連れてきて今に至る。
 しばらくするとキーを打つ音が無くなり、アイシャが振り返ると手には1枚のテラバイトディスクが。
「おわったよ……」
「サンキュー、アイシャ」
 桑古木はディスクを受け取ると、アイシャの頭を優しく撫でてやる。
 するとアイシャは顔を赤らめながら恥ずかしく頷く。
「さあ、2人とも。ここから出るぞ」
「ああ」 
「うん……」
 桑古木はアイシャの手を引きながらゴルドフの後を追う。


「もうすぐだ2人とも。外に私の仲間が来てる筈、その人物と合流すれば大丈夫だ」
 研究所の倉庫を走り抜ける3人。
 だがその足は一発の銃声で止まる。

「おいおいおいおい、何やらかしてくれるんだよぉ?」
「大人しく捕まれば、命までは取りません」
 後ろから聞こえてくるは、一度聞いた事のある男性の声と女性、いや少女の声。
 薄暗い非常灯の光で見えた2人の人物。
 雇われ傭兵の男性――ヒュドゥン。
 そしてもう1人は所長室で見た少女。
 2人が現れた瞬間、辺り一体を包み込む凄まじい殺気。

「おいおいおいおい、それじゃつまらないだろぅ? 蒼霞(そうか)」
 ヒュドゥンは隣の立つ少女――蒼霞に呟きながら、大口径オートマチック拳銃――デザートイーグル50AEを構え桑古木の足元に撃つ。
 桑古木は床に空いた銃痕を見た後、ゴルドフにディスクを預けアイシャに聞こえないように小声で話す。
「あんたはアイシャを連れて逃げろ。ここは、俺が食い止める」
「だが……、分かった。君の言う通りにしよう」
 ゴルドフは一旦渋るが、ヒュドゥンと蒼霞の殺気に否応なく体が震える。
 桑古木の意図をくむとアイシャの手を引き出口に向かう。
「合流したら助けに来る。だから死ぬな」
「元よりそのつもり」
 ゴルドフに引かれながらもアイシャは桑古木を見つめる。
「……りょうご……」
「大丈夫、大丈夫。すぐに、追いつく」
 桑古木が笑顔を見せると、アイシャは小さく頷きゴルドフに付いて行く。


「もしや私達2人を同時に相手するつもりですか? その行為は余りにも愚かですよ」
「おいおいおいおい、俺を楽しませてくれるよなぁ? ぺっ」
 蒼霞は腰に下げた飾り気のない鞘から日本刀、いやその長さから小太刀――『虚空(こくう)』を抜刀。
 ヒュドゥンはコートからもう1丁のデザートイーグルを取り出し、まるでゲームが始まるのを楽しみにしている子供の様な顔を浮かべ咥えタバコを吐き捨てる。
(これだけの殺気を感じれば、力の差ぐらい分かるさ。けど、別にあんたらに勝つつもりは無いさ)
 桑古木は冷や汗を掻きながらも2人の前に立ちはだかる。
 始めから勝つつもりは無く、単なる足止めの為に留まった。
 しかし正直、身体は小さく震えていた。
(しっかりしろよな、俺!)
 だが全てを無駄にさせない為に震えを拭い捨てる。
 

 一発の銃声を合図に。
 桑古木は次々と迫る繰る銃撃を横にかわすと、蒼霞が跳びあがり上空から虚空を振り下ろす。
 それもかわすと後ろにある鋼鉄のコンテナが紙切れの様にスパッと2つに斬れる。
「鉄を斬るなんてまじかよ!?」
「まじです」
 次々と繰り出される斬撃をギリギリでかわし、皮膚を掠める程度に抑える。
 そのスピードは常人の速さを超えており、キュレイによって書き換えられた身体能力でなかったら間違いなく致命傷。
 そして蒼霞の斬撃をかわしても、ヒュドゥンの更なる連続銃撃で徐々に追い詰められる。
 虚空の斬撃を跳びかわしコンテナの上に上ると、ヒュドゥンに向かって走り出す。
「おいおいおいおい、俺とさしでやるつもりかぁ?」
「くっ!」
 ヒュドゥンはカートリッジを入れ替えながら交互に銃弾を撃つが、桑古木は銃弾が掠めるのも耐え突き進む。
 次のコンテナに着地した瞬間、蒼霞の斬撃でコンテナが細切れになり地面に落とされてしまう。

「何の!」
 素早く立ち上がると誠から受け取った拳銃――グロックを白衣の裏から取り出し蒼霞に向けて撃つが、全て虚空によって弾かれる。
「まだまだ」
「無駄です……えっ!?」
 続けてナイフを出して投げそれも虚空で弾かれるが、その隙を突いて間合いを詰め足払いをかけ蒼霞を倒れさせた。
 そこからコンテナを盾に銃撃を防ぎながら、ヒュドゥンに近づき一気に飛び掛る。
「おいおいおいおい、やってくれるじゃないかぁ」
「こんな所でくたばる訳にはいかないんでね!」
 2丁のデザートイーグルを払い落とし、互いにもつれ合う。
「蒼霞! お前はガキとジジイを追え! こいつは俺の相手だ!」
「そうですか。分かりました、2人を追います」
 立ち上がった蒼霞は、虚空を晒し出したままゴルドフとアイシャを追いかけに出口へ向かう。

「ま、待て、くっ!」
「おいおいおいおい、言ったろぉ、お前は俺が相手をしてやるさぁ」
 桑古木は蒼霞に気を取られた瞬間、腹部に膝蹴りをくらい掴んだ手を離してしまう。
 ヒュドゥンは素早く2丁の銃を拾い上げると、桑古木もグロックを構え同時に引き金を引いた。
 
「ぐっ」
 だが一瞬遅くデザートイーグルの銃口が火を噴き、左肩と右腹部を撃たれてしまった。
 何とか銃を構え直すが、ヒュドゥンの銃撃でグロックは弾き飛ばされてしまう。
 その時、遠くから爆音が鳴り響き研究所全体が大きく揺れると、警報が鳴り響く。
 間髪入れずに連続で爆音が響き、ヒュドゥンは鳴り響く爆音を楽しく聞いていた。
「もう爆発したか。だがこのシュチュエーションは中々良いねぇ♪」
 恐ろしさを含んだ笑みを見て、傷口を押さえながら桑古木は問いかける。
「爆発って、まさか……お前が!?」
「ピンポーン♪、と言いたい所だが外れだ。今朝、赤い服を着た赤髪の女が研究所に爆薬を仕掛けていたんだよぉ。その後、調べてみたらありとあらゆる場所に仕掛けてあったよぉ。その数、119箇所」
「っ!!! なんでそのままに!?」
 ヒュドゥンは、何当たり前のことを聞いているんだ?と言わんばかりの顔で答える。
「ちょうど、爆発時間が今頃だったんでなぁ。おかげで、楽しめそうだよぉ」
 また爆発が起こり、燃え盛る炎をバックに狂った笑みを浮かべるヒュドゥンに、桑古木は戦慄した……



 後書き

 今回は前編・後編に分かれてのお話です。
 ここまで長くなるとは思いませんでした。
 詳しい話は、後半の後書きという事で。
 一応、バトルシーンがありますけど、桑古木の過去話がメインかな?
 では、後半どうぞ。


/ TOP / BBS








SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送