SIN
                              作 鏡丸太

後編


「何だよこれ?」
「この状況を知りたいのはこっちの方よ!? 石原!」
「桑古木さんはどうしたんですか!?」
 次々と爆発し炎上する研究所の前に、優春と空は誠に説明を求める。
「桑古木に眠らされて目が覚めたら2日も経ってて急いで空港に行ったらアメリカ行きは翌日で着いたら着いたであんたは連絡が来るまで待てと言って今まで待ってたらいきなり研究所が爆発して火事になってまだ桑古木が中に残っててもうこっちが1か10まで事細かく事情を説明してもらいたいわよ!」
「た、田中さん。そんなに取り乱さないで下さい」
 誠に溜りに溜った言葉を息継ぎなしでぶつけると、空に支えてもらい深呼吸して息を整える。
「すまん優、オレにもサッパリ分からん」
「あんたねぇ……」

「あっ、田中さん、石原さん。あちらに人影が」
 空が指差す方向――倉庫から、煙を大量に吸った事で意識を失ってしまったアイシャを抱きかかえてゴルドフが出てきた。
 3人が急いで近づくと、倉庫の入り口から凄まじい風が吹き、入り口付近の炎がかき消される。
 炎の消えた入り口から現れた青髪の少女――蒼霞の斬撃によって生じた風圧で炎は消された。
 ゴルドフとアイシャの姿を見つけると、蒼霞は虚空を上段に構えながら飛び掛ってきた。
 
「何、あの子!?」
 突然の事に優春は、頭の中が真っ白になる。
 だが迫り来る斬撃をかわすには左右どちらかに跳ばなければならないが、蒼霞は誠達がどちらに跳ぶか簡単に予測できる。
(右、ですね)
 誠は皆に小声で右に跳べと告げると、蒼霞の瞳を凝視する。
(俺達は……左に跳ぶ!!)
 誠がそう『思い込む』と、蒼霞の瞳には誠達が左に跳ぶ仕草が映る。
 そして左に虚空が振り下ろされる。
 凄まじい衝撃が地面を砕き、土煙が舞い上がり周りが見えなくなる。
(避けられたのですか!?)


 誠が見せた力。
 思い込みを、『妄想を現実化』させる力。
 かつて身につけ、独自の方法で再び蘇らせた力――『キュレイシンドローム』。
 だが、その力は以前とは違い、ほんの少しの力だけ。
 相手に幻を見せたり、小さな存在を『妄想』の様に『現実化』させる事位。
 その力で蒼霞に左側に跳ぶ事を『見せた』。


 蒼霞は内心慌てながらも表情を崩さず辺りを見回すと、右に跳んだ誠達の姿を捉える。
「まあいいでしょう、どうせ貴方達は全員死ぬのですから」
 先程の回避は偶然と判断し、蒼霞は虚空に力を込め誠達の懐に跳び込む。
 だがそれは優春と空が2人がかりで動きを止めた。
「この力は、人間の限界を超えています」
「あんた、何者なの!?」
「すぐに死んでしまう方々に名乗っても意味はありません」
 2人の問いに微笑みながら答えると、更に力を込め2人を吹き飛ばす。
 そしてゴルドフに斬りかかろうとした瞬間、目の前に現れた人影に斬撃を受け止められる。

 栗色のざんばら髪、全身黒ずくめの服、背中にYの字に似た紋章が描かれている漆黒のロングジャケット。
 金色の右目と緑色の左目を持つ17歳位の少年。
 その少年が漆黒の鞘で、虚空の斬撃を受け止めた。
 少年は不敵な笑みを溢すと、虚空を受け止めた状態から力押しで蒼霞を吹き飛ばす。
 誠は蒼霞が吹き飛ばされたのを唖然と見ていると、少年はゴルドフに事の状況を聞く。
「少し遅れたか。今の状況は?」
 ゴルドフは咳き込みながらも事の詳細を話し始める。
「……そして、涼権が、まだ、中に……」
「おい!? ……命に別状は無いな……ってお前ら、待たんか!」 
 話し終えるとゴルドフは意識を失い、誠が安否を確かめ大丈夫だと言おうとしたら、既に優春と空はゴルドフ達が出てきた入り口に入って行った。
「石原、そして助けてくれた少年、後は頼んだわよ」
「桑古木さんを見つけたらすぐに戻ってきますから」

「全くあいつらは……」
 ゴルドフとアイシャを優しく地面に寝かせると、誠は少年を凝視する。
「俺はそこで寝てる男の味方だ。だからあんたはそこの2人の面倒を頼む」
「あ、ああ」
 誠は少年の言う通りに地面に寝ている2人の側に立つ。
 蒼霞とまともにやり合う程の力を持たない誠は、突然現れた少年に後を任せ事の成り行きを見る。

「さて、自己紹介といきますか。俺はレイアス、ダークロード=レイアス」
 蒼霞はゆっくりと立ち上がりレイアスを見る。
「私の名は蒼霞です。ダークロード=レイアス……なるほど、あなたがあの……」


 ダークロード=レイアス。
 その名は裏世界にいる者全てが、知っている唯一恐れる絶対の存在。


 だが蒼霞は恐れずに対等に向き合う。
 そして、鞘の下部を掴み引き抜くともう一本の小太刀を抜刀。
 2本対となる小太刀『虚空』を構える。
「そう言う事」
 互いに名乗りあうとレイアスは一瞬の内に蒼霞の懐に潜り込み、抜刀せず鞘で斬りかかるが左の虚空で受け止められる。
「流石にやるな」
「何故、『影限(かげきり)』を抜かないのです?」
 影限を抜刀しないレイアスに疑問をぶつける蒼霞。
 蒼霞の問いに無邪気に答えるレイアス。
「女の子に切りかかるのは嫌だからね〜」
「ならば否応なく抜かせてみせましょう」

 次の瞬間、誠は自分の目を疑ってしまう。
 レイアスと蒼霞の姿が見えなくなったからだ。
 いや完全に見えないのではなく、かろうじて2人の姿が動いているのが見えた。
 それは2人が消えたわけではなく、2人が常人の目で捉えられないほどの速さで動いているからだ。

「なかなかの腕前だな」
(小太刀2刀術……なるほど『あの剣』か……それにこの身体能力、生きた人間を元のした生体自動人形か……)
 
 高速の世界で弾け合う鞘に収められた影限と2本の虚空。
 漆黒の鞘と2本の小太刀が弾け合う度に凄まじい衝撃が生まれ、誠はそれをまともに受け吹き飛ばされそうになってしまう。

 レイアスの繰り出す連続突きを蒼霞は紙一重でかわすと、右の虚空を下から振り上げるが影限で横に払われる。
 が、そこから持ち手を替え2本の虚空で連撃を放つ。
 1発、2発、3発……計17発の斬撃を繰り出すが、レイアスはその全てを影限の鞘で防ぐ。
 互いに何度も斬撃を放っては防ぐという2人の戦い。
(押されている?)
 2人の実力は互角に見えたが、蒼霞よりもレイアスの方が押していた。

「たりゃぁ!」
「くっ!」
 レイアスの重い一撃を虚空で防ぐが、あまりの衝撃に蒼霞は地面に叩きつけられる。
 大きな衝撃音と共に誠は、地面に膝を付く蒼霞と余裕の顔で見下ろすレイアスの姿を見ることが出来た。
「降参したかい?」

「仕方が、ありません……」
 このままでは勝てないと踏んだ蒼霞は、目を閉じると自身の限界を解き放とうとした。
 が、その行為は気の抜けた着信音で中断した。 
 立ち上がりポケットからPDAを取り出すと、レイアスは構えを解き手を出そうとしない。
「何故、攻めて来ないのですか?」
「流石に不意打ちはな。電話、いいのか?」
 レイアスは蒼霞の手の中で気の抜けた音楽を流すPDAを指差す。
「そうですか?」
 キョトンとした顔をしながら蒼霞は電話に出る。
「はい、蒼霞です」



 燃え盛る所長室でPDAで電話をする人影。
 黒ズボンからだらしなく外に出してある白いYシャツ、首元を緩めた黒ネクタイ、前を閉じてない黒い上着。
 漆黒のスーツに身を包んだ金色の瞳と髪を持つ15歳位の無邪気な少年。
「蒼霞、何をしてたんだい?」
『ダークロード=レイアスと刃を交えていました』
「そうかい♪ そうそう、そこの契約はもう終わりだよ。依頼人を殺したし、この研究所も崩れ落ちるからね。すぐに帰ってくるんだ」
 少年が椅子の方に目を向けると、血塗れの所長が倒れていた。
 その前には、赤いフリルのワンピース、肩より下に少し伸びているセミロングの赤髪、両手に身に着けている黒い手袋。
 青い瞳にメガネを掛けたおっとりとした20歳位の女性が立っていた。
 この赤髪の女性こそ、研究所に爆薬を仕掛けた張本人。
 そして少年がそれを指示したのであった。


 少年は、かつて自分をモルモットとして扱ったライプリヒ製薬アメリカコロラド州研究所に恨みを抱いていた。
 そして今回の研究所の破壊を企てた。
 自らの部下である蒼霞と赤髪の女性――フレアを使い……
 蒼霞に内部情報を集めさせ、フレアが情報を元に爆薬を仕掛ける。
 そして今、少年の計画は完璧に遂行された。


『ですが、ヒュドゥンは?』
「ああ、彼なら無視していいよ。どうせその場限りの仲間だしね。ああ、それとダークロードに伝言を頼むよ」
 そう言い伝言を頼むと、少年は通話を切りPDAをポケットに入れる。
「さて、僕らもそろそろ帰ろうか、フレア」
「はい、シオン様」
 フレアは主人である少年――シオンにお辞儀をすると、主人の後を追い部屋から出て行く。



「そうですか、分かりました。はい、はい、はい」
 蒼霞はPDAを切りポケットに入れると、2本の虚空を腰の鞘に収め、伝言を伝える。
「『いつか君と話がしてみたい。同じ存在同士で』、これが『マスター』からあなたへの伝言です。それでは」
 そう言うとその場から立ち去る。
 その場に残ったレイアスは、蒼霞の伝言に険しい顔をしながらも誠の元に戻る。


「よう、無事だな」
「あの少女は?」
 誠はレイアスに蒼霞の行方を聞き、その答えに安堵する。
 それと同時に蒼霞が何者か気になり尋ねる。
「あの少女は何者だ?」
「生体自動人形……まあ今風に言えばレプリスだよ。それも戦闘用にいや、殺人用にカスタマイズされた特別製だな」


 レプリス。

 正式名称『甲種人型生命体』と呼ばれている人の形をした人でない者。
 その存在意義は『マスター』と呼ばれる人間の命令に忠実に従い、役目を果たす事。
 今現在、学会の人間・レプリス研究の人間・その関係者達しか実物を見ておらず、その多くはまだ一般社会に姿を見せていない。
 基本的に人間に危害を加えない様にプログラムされているが、レイアスの説明の通り蒼霞はレプリスの枠を超えた存在。
 その身体能力は通常のレプリスを超え、キュレイ・ウィルスキャリアに匹敵する。
 
 
「おいおい、そんなレプリスなんてありかよ……」
 誠も学会や研究所・医療機関等で見たことがあったので、人間に危害を加えるレプリスの存在に驚く。
「おそらく、渡良瀬型でも結城型でもなく、全く別の奴が作ったのだな」
 レイアスの説明に、おおよその事は解った。
 だが、それでもレイアスに対して警戒を怠らない。
「だから、俺は味方だっつうの、石原誠!」
「なんでオレの名前を?」
「あんた有名人だろ」
 誠の疑問を当たり前の答えで返すレイアス。
 ぽんと手を叩き1人なるほどと納得してる誠を無視して、レイアスは膝を突いて地面に寝ているアイシャを抱き上げる。
「この子が……いつの間にか取り込んでいたんだな」
 優しく頬を撫で額に手を添え、目を閉じ意識を集中すると添えた手が優しく輝く。
 数秒経つと手を離し、再び地面に寝かせる。
(もう、大丈夫だな)
 レイアスはアイシャに膨大な知識を与えた物を取り除いた。
 その手には、ほんの2,3p程度の石の欠片が。
「さて、もう一仕事といきますか」
「お前、何者なんだ?」
 誠は先程から感じている疑問をぶつける。
 先程の蒼霞との戦闘での驚異的な身体能力。
 それはまるで……
「キュレイ、なのか?」
「いいや違うな。あんたらの味方と言っても説明するのが面倒だからな。じゃあな」
 そう言うとレイアスは、燃え盛る研究所に入っていく。



「おいおいおいおい、楽しいなぁ、涼権ぉ♪」  
 ヒュドゥンはかくれんぼの鬼の様に、無邪気に桑古木の姿を探す。
 一方桑古木は、煙に包まれた倉庫内にあるコンテナで身を隠していた。
 ヒュドゥンが7度目の爆音に気を取られた隙に、何とか逃げ隠れたのだった。
 息は荒く、左肩からは血が流れ、更に右腹部に撃たれた銃創からも血が流れ出る。

(あの2人は、無事か?)
 外に出たゴルドフとアイシャの身を案じる。
 蒼霞の追跡に不安があるが、無事仲間と合流できたと考え直す。
 
 痛みを堪えながら白衣の袖を破き包帯代わりに腹部に巻くと。 
「次で、決めるしか、ない!」

「出て来いよぉ」
 足音が近づくと、桑古木はコンテナの上から跳びかかり、側頭部に右回し蹴りを放つ。
 まともにくらったヒュドゥンはその場に倒れこみ、桑古木は首元を掴むと引きずりながら壁に叩きつける。
「がはっ」
 そのダメージでヒュドゥンの両手から離れた2丁の内1丁のデザートイーグルを拾う。
 ゆっくりとヒュドゥンの額に銃口を押し当てるが、身体全体に悪寒が走り手がかたかたと震えてしまう。
 命を奪う事に恐怖してしまう……
(くっ……)
 震える桑古木の姿を見るとヒュドゥンは可笑しくなり大声で笑う。
「は〜はっはっはっ! おいおいおいおい、まさか撃てないのかよぉ?」
 桑古木の脳裏にある場面が甦る。


 赤い世界、赤い水溜り、赤い服を着た桑古木、そして……赤い水溜りに倒れている数人の男性。
 手には赤い拳銃が握られ、手の平に付着している赤い液体。
 手に付いた液体をよく見るとそれは…………血。


「はっ!?」
 意識を取り戻した瞬間、銃を奪われると蹴り飛ばされうつ伏せに倒れてしまう。
「おいおいおいおい、何ぼけ〜っとしてるんだよぉ?」
 ヒュドゥンは桑古木の背を足で踏み押さえ、躊躇無く左腕に銃弾を3発撃ち込み、鉄板を仕込んだ靴で左手を踏み潰す。
 桑古木自身、最初何が起きたか分からず、遅れて痛みが伝わり左腕が撃たれ事、左手の骨が砕けた事を理解した。
「…………あっ、ぐうぁぁぁぁぁぁぁ〜!!!!」
「おいおいおいおい、これは殺し合いなんだぜぇ? 殺るか、殺られるかだぁ!」
 足に力を込め、更に左手を踏み潰す。
「そういやデータでちらっと見たが、田中優に茜ヶ崎空、お前の知り合いらしいなぁ? 中々のいい女じゃないか。お前を殺したら楽しませてもらうかぁ? っておいおいおいおい、その前にあのアイシャってガキを嬲り殺すかぁ?」
 卑劣な言葉に桑古木の中で何かが切れた。
「……けるな……」
「ん? 何か言ったかぁ?」
「ふざけるな!」
 桑古木は怒りをあらわに、ヒュドゥンに押さえられたまま一気に立ち上がる。
 それによって体勢を崩したヒュドゥンの脇腹に回し蹴りを叩き込み吹き飛ばす。

―――田中優に茜ヶ崎空、この2人が我社の秘密を探っていたのか―――
 この時、桑古木の目にはヒュドゥンではなく記憶の中にある数人の男性の姿が映っていた。
―――中々のいい女じゃないか。君を殺したら楽しませてもらうか?―――
「俺の、俺の大切な仲間を傷付けるなぁ!!!」
 
 桑古木は我を、身体の痛みさえも忘れ、ヒュドゥンに飛び掛り何発も殴り蹴る。
 ヒュドゥンは何度も殴り蹴られるが、その顔は悦に入っていた。
「おいおいおいおい、やるねぇ。小町つぐみとやり合った時と同じぐらい楽しいぜぇ♪」
(これだ、これだよぉ! 俺が求めているのはこれだぁ! 桑古木ぃ〜、お前は俺と同じ臭いがするぜぇ〜)
 不意に出たつぐみの名を聞いた桑古木は動きを止めると、その隙を突かれ膝蹴りで身体を浮かされ立ち上がったヒュドゥンの回し蹴りで壁に叩きつけられた。
 だがその衝撃で桑古木の混乱した意識は、元に戻り冷静さを取り戻す。
 そして先ほど混乱していた中で聞き取ったつぐみと戦った事を聞く。
「あんた、つぐみと戦ったのか?」
「ああ、中々のいい女で楽しめたが、結局は逃げられたがなぁ」
 ヒュドゥンは桑古木から逃れると、殴られた時に落とした銃を拾い構える。
 桑古木もまた、無事な右手で地面に落ちたままのもう1丁のデザートイーグルを拾う。
(つぐみとやり合うとはな……道理でキュレイキャリアの俺とやり合える訳だ)
 改めて目の前の男の戦闘力に戦慄する。
(けど、俺はまだこんな所で死ぬ訳にはいかないんだよ! だからこそお前を……)
 最初は単なる足止めに過ぎなかった。
 だが目の前にいる男――ヒュドゥンを野放しには出来ない。
 優春と空を守る為に……
 
 改めて気を持ち直し、真正面から突き進む。
 だがそれ故に撃ち出される銃弾を避けられない。
 だが避けられないなら、既に傷だらけで思うように動かない左腕を犠牲にして銃弾を防ぎ切る。
 左腕に更なる激痛が走るが、精神力で耐えヒュドゥンに近づいていく。
 その時、天井が崩れ始めてきて2人の間に、次々と瓦礫が落ち視界が悪くなる。
 
「おいおいおいおい、何処に行ったぁ!?」
 一瞬落ちてきた瓦礫で桑古木の姿を見失うヒュドゥン。
 周りを見回している間に、落ちてくる瓦礫の中で、より巨大な瓦礫が落ちてきた。

 その時、

 桑古木が、

 上から飛び掛ってくる。

「なっ!?」


 瓦礫が落ちてきた時、桑古木は天井から落ちてくる瓦礫を見ると勝機を見出すと、次々と落ちてくる瓦礫そして巨大な瓦礫に続けて飛び移り、ほんの少しの間身を隠していた。
 そしてヒュドゥンの注意が周りを向いた瞬間、巨大な瓦礫から跳びかかった。

 その奇襲法で距離を縮め懐に潜り込むと、銃を握り締めたままの右手でヒュドゥンの横面をぶん殴った。
「ぐあっ」
 そのまま身体を右回転し、後ろ蹴りを腹部に叩き込む。
 その勢いでコンテナに叩き付けられたヒュドゥンの両腕・両足に銃弾を撃ち込み動けないようにした。
「これで、終わりだ……」
 銃口を額に当てる。
「おいおいおいおい、撃てるのかぁ?」
 ヒュドゥンは挑発するが、桑古木は既に覚悟を決めていた。
 いや、既に決めていた事であった……
 大切な者達を守る為に、己の手を赤く染める事を……
 そしてゆっくりと引き金が引かれる。
(やっぱりお前は、『こっち』の人間だな……)

 その時、2人の頭上から崩れた天井の瓦礫が降り注ぎ、研究所は崩壊して完全に瓦礫の山となる。



「やれやれ、手間が掛かる奴だな」
 瓦礫の中をレイアスは苦笑しながら桑古木を肩に担いで現れる。
「全く、あいつは、勝手に人に頼みやがって」
 ぶつぶつと言いながら自分を呼んだ奴――B・Wの事を思い出す。
 以前B・Wに手助けしたやってくれと言われたが、レイアスは
 『力』で桑古木達の行動を『見て』考えが変わり、ゴルドフの援軍役を無理やり志願して、今回助けに出た。
 桑古木を地面に寝かすとその場から消え去る。
 一言、言い残して。
「気に入った、力を貸してやる」
 レイアスは『見ていた』。
 桑古木の、優春の、空の行動を。
 その行動に信念を感じ取りレイアスは決意する。
 力を貸す事を。


  
「危なかったわ、いきなり天井が降ってくるなんてね」
「はい、桑古木さんが無事だといいですね……」
 優春と空は、瓦礫の中で桑古木を探し続ける。
 研究所が崩壊した時、2人は咄嗟にコンテナの中に逃げ込み危機を脱した。
「大丈夫よ空。あいつは頑丈な事が取柄なんだから」
「そうですね」
 互いに笑いを堪えながら前に進むと、空は桑古木を見つける。
「あっ、田中さん! 桑古木さんが!」
「見つけたの?」
 2人は急いで桑古木の元に駆け寄ると、その傷に驚愕する。
「こ、これは……」
「空! 早く石原に」
「は、はい!」
 2人は互いの肩に桑古木を抱き上げ誠の元に急いだ。




「ここは……?」
 桑古木は目を覚ますと、周りが真っ白で何処だか混乱したが、自分が病院にいる事をすぐ理解する。
「おはよう、桑古木」
「おはようございます、桑古木さん」
「ああ、おはよう……」
 ベットから起き上がると、優春が鬼の様な形相で睨み、空は微笑んでいたが目は笑っていなかった。
「まあ、その、何だ。心配掛けてすまん」
 2人に謝る桑古木の頬に優春は、ぱち〜んと見事な平手を叩く。
「あんたね、謝るなら最初からこんな事しないでよね! 私達にどんだけ心配掛けたか分かってるの!?」
「桑古木さんの気持ちは嬉しいんですけど、私達は3人でやってきましたよね? だから桑古木さん1人で何もかも背負うとしないで下さい」
 2人は涙を堪えながら諭す。
「本当に、すまない」
 桑古木はただ謝る事しか出来ない。

 不意にドアが開くと誠とゴルドフが入ってくる。
「優、空、席外してくれないか?」
「まだこの馬鹿に言いたい事があるから後でいい?」
「た、田中さん」
「お願いできないかな?」
 優春はまだ言い足りないが、ゴルドフが深く頭を下げると流石に悪いと思い、空と一緒に病室を出て行く。

 2人が出て行くと、まず誠から話し始めた。
「全く、お前が見つかった時の傷がかなりやばかったから急いでここの病院を手配したが、キュレイである事がばれると問題が出てくるから何とか俺1人で手術したんだぞ」
「ははは」
「オレの事を信頼してくれる院長だったから良かったものの」
「サンキュー」
 桑古木は苦笑しつつも精一杯、誠意を込めて感謝する。
 事の始まりから最後まで力を貸してくれた事に。
「そういえばアイシャは?」
「大丈夫だ。上の階の病室でぐっすり寝てるよ」
 アイシャの無事に安堵の表情を浮かべると、ゴルドフが申し訳ない表情で頭を下げる。
「すまない。君にこんな危険な目に会わせて」
「いいって事よ。それにあんたのおかげでデータが手に入ったんだからな」
「そうか……」

「データの入ったディスクは、オレから事情を説明して優に渡すな。ややこしい事を省いてな」
 ディスクを見せると誠は病室から出て行き、ゴルドフは椅子に腰掛け窓を見ながら桑古木に話しかける。
「実はあの子を、アイシャを私の養子にしようと思う」
「いいのか? 実の祖父だって事を言わなくて?」
「ああ、その方があの子にとって良いかもしれないからな」
「そうか、あんたの決めた事ならそれでいいと思うよ」
 まるで憑き物が落ちた様な顔付きで話すゴルドフ。
「なあ、涼権。私達の組織に入らないか?」
「はあ?」
 突然の申し出に桑古木は素っ頓狂な声を出してしまう。
「君ほどの人間ならいけると思うがどうかね?」
「辞めとくよ」
 だが桑古木は迷わず申し出を断る。
「俺がいなくなったら、誰があの2人の面倒を見ないといけないんだ? あの2人、研究に夢中になると周りが見えなくなって食事も睡眠も全然取らなくて、更に掃除もやらなくて俺が面倒見ないと駄目なんだよ」
 優春と空の駄目な所をどんどん言うが、その顔は妙に嬉しそうな表情。
 そんな桑古木を見てゴルドフは笑いを堪えて、椅子から立ち上がると病室を出て行く。
「解った。では、私もそろそろ失礼する」


 ゴルドフは病室から出ると、すぐ近くに優春と空がいて思わず苦笑してしまう。
「私の話は終わりましたからどうぞ」
 そう言い終えると、2人は素早く病室に入るとまた桑古木にくどくどと説教し始めた。
 そんなやり取りを見た後、病院を出るととある人物に電話を掛ける。
「もしもし、司令? 私です」



 病院の屋上。
 フェンスに背を向けレイアスは目の前にいる人物を見る。
 シオン。
 彼は約束通り、レイアスに会いに来た。
 2人の周りだけは別世界の如く静まり返っていた。
「俺に何の用だ?」
「君と戦った少女――蒼霞に聞いただろう? 話をしたいって」
 シオンは人懐っこい顔をしながら答える。
「あの子か……それで話をしないのか?」
「そうだね、自己紹介をしてなかったね。僕の名はシオン」
 それから2人は一言も喋らないが、微かに周りの空気が振動していた。
「そういえば彼女、アイシャは『賢者の石』の欠片を取り込んでいたよね」
「ああ、そうだ……」


 賢者の石。

 万物の力と知識を秘めたとされている、錬金術の究極の到達点と言われている物。
 いや、もしかしたらそれは神の力の結晶かもしれない。
 
 アイシャは幼い頃、賢者の石の欠片を取り込んだ事によって膨大な知識を得たのである。
 だがそれによって、精神に異常を起こし精神年齢が幼いままになってしまった大きな原因となる。
 そしてレイアスは、取り込んでしまった石の欠片を取り除いた。
 それによりおそらく彼女は徐々に精神が成長していくであろう。
 

 再び訪れる静寂。
「にしてもこんな所で長話するのもなんだから、また今度、話をしよう」
「そうだな……」
「では、またの出会いを望んで」
 シオンは会釈すると屋上から下に跳び下りる。
 だがレイアスは、止めもせず驚きもせず消え去ったシオンの立っていた場所を見ていた。
 なぜなら彼は自分と同じ存在だから。


 不意にPDAから電話が掛かってきて電話に出る。
「はいはい、どなたですか?」
『司令? 私です、ゴルドフです』
「何の用だ?」
『桑古木涼権・田中優美清春香菜・茜ヶ崎空の3人が行ってる第3視点計画とライプリヒの内部告発に対しての協力体制の許可をお願いします』
「その事か……」
『やはり、無理ですか?』
 電話越しのゴルドフの声が少し沈む。
 レイアスの顔は少年の顔から、組織を統べる指導者の顔に変わる。
「レイアス・フォン・カインベルトが命じる。桑古木涼権・田中優美清春香菜・茜ヶ崎空の3人に対して我々<ユグドラシル>は全面協力を行う!」
『司令……はい! 了解しました!』
 PDAを閉じると普段の少年の顔に戻ると、空を見上げながら呟く。
「見せてくれよ、お前の、お前達の信念を……」



「いい、桑古木! そんな無茶するとこまで倉成と同じにならないでよね!」
「今度からは行動する前に、ちゃんと私達に相談して下さいよね!」
「いや、もう分かったから、分かったから」
 2人の説教にほとほと疲れて分かったと言うが、それでも2人は止めない。
 桑古木の言い方が逃げだと感じ取った2人は、同時にベットに身を乗り出し桑古木の顔前にぐぐっと顔を近づけ、人差し指を立てる。
 桑古木は冷や汗を掻きながら、思わず後ろに身体を逃がそうとしてしまう。
「あの〜、優さん? 空さん?」
「「いいえ、分かってない(いません)!」」
 見事にはもり、更に前に出る2人。
「桑古木(さん)!!!」
「だめ!!」
「「ぐえっ」」
 突然襟首を引っ張られ、2人は息が止まってしまう。
 2人の襟首を引っ張った人物は、
「ア、アイシャ!? って、引っ張るの止めろ!」
 アイシャは桑古木の言う通り、引っ張るのを止めると桑古木の腕に寄り添い、2人に抗議の目を向ける。
「りょうご、いじめちゃ、だめ」
「か、桑古木。この子、何なの!?」
「いや、研究所にいた子で、あの時助け出して……」
 優春はまた鬼神の様な顔付きで睨みつけ、事情を説明すると今度は空が冷ややかな顔で呟く。
「流石に犯罪ですよ」
「ちが〜うっ!」
「はんざい?」
 空の言葉にきょんと首を傾げるアイシャを尻目に、再び優春と空は桑古木に説教を始める。

「「いい(ですか)、桑古木(さん)!?」」
「だ〜か〜ら〜! ……ぬわっ」
 桑古木は余りにも力み過ぎて傷口が開いてしまいベットに倒れる。
 その様子に、優春は大声で誠を呼び叫び病室を出て行き、空とアイシャはあたふたと慌てる。
 そんな光景を苦笑して見ながら桑古木は自身の右手を見つめる。
 赤く汚れた手を……

 そんな桑古木を見ていた空とアイシャは、優しくそっと桑古木の右手を包み込む。
「りょうご、だいじょうぶ?」
「何だか、桑古木さん悲しんでる様に見えたので。えっと、すみません。変な事を言ってしまって」
 空は自分の言った言葉に戸惑いながらも手を離さない。
 2人の手から伝わってくる暖かさと優しさ。
 それを受け取った桑古木は、不意にアメリカに行く前に考えた事を思い出す。
 
(そういえばアメリカに行く前、何の為にこんな事をすんだと考えたよな。15年前はココを助ける為と自分に言い聞かせたが、7年前ライプリヒに就職して変わったんだったな……)
 ライプリヒに就職した事で、追われ続けているつぐみ、実験対象として監禁されたホクトと沙羅、それ以外にも特殊な能力を持った故に監禁・人体実験された人々の存在を否応なく突きつけられた。
 自分だけが運命を狂わされたと思い込んでいた桑古木にとってそれは重い現実だった……
 そして計画を進める中、桑古木はひとつの決意を固めていった。

 そして改めて思い出す。
(優と空を守る為に、武とココを救い出す為に。そして、本当の未来を迎える為に)
 
 自分自身に今一度、誓う……
(俺は、罪を背負う……) 
 

「ありがとう……」

(罪人として……)



 後書き

 どうも鏡丸太です。今回は桑古木が主役の物語です。
 自分の中では彼は、仲間に対して一歩引いた所にいる感じなんです。例えれば、罪を背負ったダークヒーローな感じなんですよ。

 出ましたN7の主人公、石原誠。しかも31歳でキュレイシンドロームが使える。能力的には、自分自身に関することを現実化(身体能力の向上、小物(小型の機械等)への干渉能力)できること、あと、幻覚見せたりかな?
 因みに奥さんがいますが、本文にヒントがあります(笑)
 
 そして、今回出てきた多数のオリジナルキャラ達。
 まず、ヒュドゥン。命のやり取りを楽しむ殺し屋。過去につぐみと戦って追い詰めかけた程の実力者。そして桑古木君のライバル的存在です。因みに他の作家方が親父キャラを出さないから自分で出しちゃおうと考えたり(自爆)
 次に蒼霞。彼女は小太刀2刀流を使うキャラ。彼女の正体は本文でも書いてあるようにレプリスです。どうのような剣術を使うかは……次の登場時辺りに判明予定(汗)
 フレアは蒼霞と共にシオンに仕えています。
 シオンは正体は……その内、フレアと一緒に実力と共にお披露目となりますかな?
 ゴルドフさん! 渋いおじさん!! ナイスミドル!! まあ、桑古木達に協力する組織の人と言う事で。「一番の特効薬」でアイシャに激辛粥を教えたのはこの人です。
 そして、極めつけのレイアス! 彼は鏡丸太の完全なオリジナル(実はまだ発表してないオリジナルSSのレギュラー。というか発表出来るか疑わしい……)で5年以上前に完成していたキャラなんです。E17用に設定を変えましたけど、鏡丸太の中では最強の戦士です。更に組織<ユグドラシル>のトップ。
 実力的に言えば、パーフェクト・キュレイを確実に殺せるほどの力の持ち主です。だから普段は、戦いには参戦しないで裏からサポートする形になります(例えれば、るろうに剣心の比古清十郎ですね。ほぼジョーカー的な強さ)
 一応全員(ゴルドフ以外。今回はヒュドゥンと蒼霞)、力を出し切ってません。
 というか、オリキャラ出し過ぎたかな…… 

 しかし、バトルは難しいです。バトルが書ける人に頭が下がります。

 ではでは!


/ TOP / BBS








SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送