今回のSSは、月姫と空の境界とEver17のクロスオーバーです






  「月と空との子守唄」編 
                              かぱちゃぱ


  降り続く雨の中、何所をどう彷徨ったのか、つぐみは廃ビ
 ルの下で蹲っていた。
  艶やかな髪も、陽光から肌を避ける為の黒く丈の長いワ
 ンピースも冷たく濡れて、身体に張り付いていたが拭おうと
 もしない。
  この憔悴しきった少女が縋る物は胸元にいるハムスター
 のチャミの温もりだけだった。

「――――― 武。    ホクト・・・   沙羅・・・ 」

  数日だけ過ごした最愛の人の名。そして生き別れになっ
 た幼い自分の子供の名を呟くその声は、悲しげでそして、
 切ない響きだった。

  『死』はこの美しい少女から余りにも遠い存在だった。
  傷つき、その身が砕かれようとも容易には朽ち果てる事
 の出来ない―――呪われた身体。

「大丈夫よ、私は。少し、疲れただけ。今はただ休んでるだ
けだから・・・・・・。」
  そう自分に、いや、恐らくもうこの世にはいない武にそう
 言っているのだろう。 
  つぐみは生きる事を武に。そして再び逢いに行く事を双
 子の子供達に約束したのだ。
  そして、それだけが今のつぐみを支えていた。


  そのつぐみを遠巻きに見る人物が一人。


「来客・・・・いや、迷い込んだのか? 珍しいな。」
  不思議な事に雨の中、傘もささないのにその女性は少し
 も濡れてはいなかった。
  動きやすく纏めたショートカットの髪、ピシッとしたシャツに
 ベスト、そしてスラックスを着込み不釣合いなくらい大きなカ
 バンを持った相当なクラスの20代の美人である。
「しかも・・・いや、実に興味深いモノを転がり込んで来たな。こ
れはぜひ挨拶せねばなるまいね。」
  笑みを口元に浮かべ、胸元のポケットから眼鏡を取り出し、
 架けるとその女性は廃ビルの下のつぐみの方に向かって行
 った。


「何か、御用かしら?」
「――――――!?」
  先程とは別人のような穏やかな口調と物腰でつぐみに話し
 掛ける女性。
  しかしつぐみは警戒して睨みつけるだけで声を返そうとはし
 ない。
「ここ、私の事務所なのよ。」
「そう。悪かったわ。今、消えるから――――」
  スッと軽い身のこなしで立ち上がるつぐみ。
「あ、ちょっと待って。・・・・何か訳在りの様ね。」
  素っ気無くそう言って立ち去ろうとするつぐみを、心配げな
 表情で引き止める女性。
「あなたみたいな女の子がそんなに思い詰めた顔をしてたら、
どうしても放っとけないわ?」
「・・・・・・・・・。」

  しかしつぐみは全くこの女性を信用しようとしない。
  むしろ柔らかな物腰に胡散臭ささえ感じでいた。
「ちょっと事務所にあがらない? 熱いお茶でも用意するから。」
  つぐみは優しげな声を自分に向ける女性を睨みつけ
「貴女・・・何が目的なの?まさかライプリヒの――――  」
  噛み付くような勢いで言い放つ。
  その迫力に女性はふ〜っと、溜息を着き、眼鏡に手を掛ける。

「君は・・・・”小町つぐみ”だね?」
  女性は眼鏡を外を外すと、それまでとは別人のような口調で
 知るはずの無いつぐみの名前を言った。
「―――― やっぱり・・・・そうだったの。」
  悲しそうな、そして殺気の滲んだ形相で女性を見据えるつぐみ。
  その憎しみの篭った目は、優しい振りをして自分を騙そうとし
 た事への失望も混じっていた。
「やれやれ、まるで手負いの母狼みたいだな、君は。」
「―――――― 殺してやる。」
  湧き上がる殺意を抑えきれず、ゆらりと立ち上がると、つぐみ
 は拳をゴキゴキと鳴らし、強く握り締めた。

  つぐみがその気になれば大の男でも、一瞬で殺されてしまう
 だろう。
  細胞レベルで作り変えられたキュレイキャリアのつぐみは、
 膂力もさる事ながら反射速度が常人とは桁違いなのだ。
  そして暗視レーダー同様な赤外線視力。
  身体が疲れを知らない事も相まって、もしこの場に数十人の
 追っ手が居たとしても捕まえる事など出来る筈が無い。

  しかし、場慣れしているのか、今正に自分を殺そうとしている
 少女を前にしながらも、怯えた様子の無い女性。
「言っておくが、私は君を捕まえようって気は更々ないよ。」
「・・・・・・・ 信用できないわね。」
  少なくとも自分の名前を知っている以上、この女性は真っ当
 な人間では無い事は間違いないとつぐみは確信していた。

「確かに・・・とある筋から君の手配書が出回っている。君は裏の
世界ではちょっとした有名人さ。」
「――――― くっ。」

  自分の予想以上にライプリヒ製薬の包囲が迫ってきている
 事を知り、焦りから唇を噛むつぐみ。
  女性はそんなつぐみをチラリ、と薄笑みを浮かべて見やる。
「・・・・が、別に私の所に依頼が来た訳じゃないからね。 私はむ
しろ君に協力したいと思ってるんだよ。」

「貴女・・・・なんなの?」
  さっきまでとは別の感覚で、女性を警戒するつぐみ。
「言ったろう。君を”このまま放っとかない”と、ね?」
  その視線をかわすように胸ポケットから取り出したタバコを咥
 え、火を点ける女性。

「なに、君をどうこうしようと言う訳じゃない。純粋に君と言う人間
に興味が出ただけだ。」
「私に・・・何かをさせようと言うの?」
  戸惑い気味に睨むつぐみ。
  女性はタバコを加えたまま、ニっと笑い返す。
「私は人形作りが生業でね。まあ、副業はあるが、最近は肝心な
インスピレーションが尽き掛けていてね。そこにちょうど君が私の
所に来たと。」
「―――――人形?  別に私は貴女の役には立てないわよ。」
「気の済むまで、私の元に逗留してくれればそれでいいのさ。寝る
所、食事、そして身の安全を保障しよう。悪い条件じゃあるまい?」
「・・・・・・良すぎるわね。で、あなたに何の得があるっていうの?」
  怪訝な表情で女の顔を覗き見るつぐみ。
  少なくとも嘘は言っていない様だが、それはそれで理解出来な
 い事だ。
「フフフ。職業上の性って奴だ。興味の対象は肉親を売ってでも傍
に置いておきたいのよ。ま、副業の方を手伝ってくれれば言う事な
いんだがね。」
「副業――――― ?」

  やはりこの女性は真っ当な人間ではないと確信するつぐみ。
  一瞬、金持ちの道楽者か好事家かとも思ったが、そうでもない
 らしい。
  が、少なくとも自分をライプリヒに売り渡そうという訳ではないと
 いう点だけは信じられるとつぐみは思った。

「魔女の館に迷い込んだら、黙って帰してはもらえないって事ね。」
  ほう? と、つぐみの皮肉交じりの冗談にちょっと驚いた様に目
 を見開く女性。
  そして女性は可笑しそうに笑う。
「ククククっ。いや、失礼。君を気に入ったよ。で、返事を聞かせて
もらえないか?」

  自分を匿うと言う事はライプリヒ製薬を敵にまわす事になりか
 ねない。
  それでも構わないという彼女の意図が何処にあるにせよ、敵
 の敵として付き合う分には利があるとつぐみは踏んだ。
  それなら・・・と、つぐみは腹を決め、少し、身体の力を抜く。
 
「・・・・・まだ信用はしない。でも、お互いに利用しあう分なら。」
「いい答えだ。ますます気に入った。私は蒼崎橙子。この工房『伽
藍の洞』のオーナーだよ。」
「・・・・・・・伽藍の・・・洞 」
  つぐみはその奇妙な名前のアトリエがあるビルを見上げる。
「ようこそ、小町つぐみ。魔女の館へ。」
  くゆるタバコの紫煙が二人の間を流れていく。





           §        §




  月の綺麗な夜。
  とある施設の中から子供のすすり泣く声が聞こえた。

  いつも一緒だった双子の妹が居なくなってしまったのがとても悲
 しかった。
  何処へ行ってしまったのか誰も教えてくれなかった。
  もう逢えないのではないかと思うと涙が止まらなかった。    

『―――― 何を泣いているの? 何がそんなに悲しいの?』
  ベッドに蹲って泣いている少年に誰かが語りかけてきた。
「・・・・・・?」
  泣き腫らした目で薄明かりの中、浮かび上がる人影を見た。
『―――― どうして私を呼んだの?』
  いつの間にか自分の部屋に居たその女性。黒く艶やかな長い髪
 にスラリとした長身、顔は見えなかったけどその人影に、良く似た
 誰かを思い出し、また涙が溢れてきた。
「お・・おかあさん?・・・・ううっ・・・ヒック、ヒック――――」
『―――― キミ、どうやら呼ぶ相手を間違ったようね。私はキミの
お母さんじゃないの。』
  女性はスッとその場から去ろうとした。
  その時――――――
「まって! おかあさん!行かないでよ!・・・・お願いだから・・行か
ないで―――」
『――――――!?』
  少年は名前も知らないその女性にすがり付いた。
  女性は少し驚いた様子でいたが、無く泣きじゃくる小さな少年を
 その華奢な身体でそっと抱きしめてあげた。
  少年はただその温もりに身を寄せていたかった。今の自分の寂
 しさを黙って受け止めてくれたのがとても嬉しかった。
『――― 私をお母さん・・・・・って呼んだのはキミが初めてよ。 』
  何が気に入ったのか、その整った口元に僅かな笑みを浮かべた
 女性。
  膝をつき、目線をホクトの位置まで降ろす。目の前の少年の顔を
 覗き込むその女性は壮絶なまでに美しかった。透き通る紅い双瞳
 が少年の目をじっと見つめる。
『キミの眼は特別なのよ。知ってる?』
「―――――?」
  意味が分らないのか、少年はキョトンとする。
『クスっ。 名前、聞かせてくれる?』
「・・・ホクト 」  
  素直なホクトの様子に和らいだ表情を見せる女性。
『――― 私はアルトルージュ。アルトルージュ=ブリュンスタッド。』



        
           §        §




  夜半過ぎ―――――
  とある小さな街。大通りから外れたひと気の無い路地裏。
  そこに車が2台と大きなカバンを足元に置き、眼鏡を架けた
 若い女性、そして体格の良いスーツ姿の男が2人、何かを話し
 ていた。
「・・・・・貴方たちが、”彼女”を探してるって人ね?」
「はい。”お嬢さま”は、あの車の中ですか?」

  その男たちは車の中で眠る髪の長い少女を『家出したとある
 大企業の”お嬢さま”』という振れ込みで探していたのだ。

「ええ、なかなかクスリが効かったから大変だったわ。量を多くし
すぎたけど大丈夫かしら?」
「でしょうね。”お嬢さま”は少々特殊な体質でいらっしゃいるから
我々が少々強引な手段を使ってでも保護しようとした訳でして。」  
  女性が心配そうに言うと、男は二ッ、と口元に笑みを浮かべる。
「・・・・・・それは大変だったでしょう。」  
「それはもう。しかし貴女の協力のお陰で解決しました。感謝しま
すよ。 ―――― おい!」
  男が合図すると、もう一人の男が女性の車の方に歩いて行く。
  そして 後部座席で静かに眠る少女を確認する。
「ああ、間違いない。”お嬢さま”だ。」
「そうか!では、こちらの車にお連れしてくれ。くれぐれも目を覚ま
さないように、丁重にな。」
「わかった。」
  と、男が返事をし、頷く。

  ドアを開け、眠る少女の身体に触れようとしたその時、

「――――― 気安く触らないで欲しいわね。」

  不意に少女の目が開き、男を憎しみの篭った光で睨みつける。
「な!?―――――― ッッッ!!!!!!」
  そして驚いた男が声を出す前に、男の太い首を、その白く細い
 指で鷲づかみにした。

    ガシッ! メキメキメキメキ―――――

「っっっ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
  呼吸が止まり、顔を真っ赤にしながら振り解こうとするが、男は
 声も出せない。
  この華奢な少女の圧倒的な膂力と握力に対抗できず、狭い車
 内で小さくもがくだけだった。



「では、これはお礼です――――――」
  男は眼鏡の女性にライプリヒ製薬と印刷された高額の小切手を
 手渡す。
「随分、気前がいいのね。」
「はい。何しろ貴女が探してくださった”お嬢さま”は我々にとって掛
け替え替えの無い方ですから。」
  また、その男は二ッ、と含みのある笑いをする。
「まだ、何か私に用があるかしら?」
「いえ、もう結構ですよ。それでは我々もお暇しますか。」
  恭しく女性に礼をすると、男は携帯電話を取り出し、他の仲間に
 連絡をする。
  そして、その呼び出し音は意外な所から鳴った。

  ――――――ピロロ♪ ピロロロ ピロロロ――――――

「――――――!? 何・・・?」
  呆けた様な表情のスーツの男。
  その音は、女の足元の大きなカバンから聞こえて来たのだ。
  男は女を睨みつけるが、今度は女の方が二コっと笑いかける。
「チッ―――― 」
  舌打ちをした男は他の仲間にも連絡をかけたが、全ての着信音
 が目の前の女のカバンから聞こえてきたのだ。
(・・・・・どういう事だ? )
  男はここに来てようやく、自分達が嵌められた事に気がついた。
  しかし、その目的がわからなかった。

「まさか・・・・ お前?―――――――」
  さっきまでの礼儀正しさは消え、殺気だった形相で男は凄んで見
 せるが、女性は涼しい顔で眼鏡を外し、
「そうだよ。君の思ってる通りさ。」
  こちらもさっきまでの温和な雰囲気が消え、冷徹な目で男に微笑
 んで見せた。
「貴様――――!!、裏切ったな?」
「裏切る? 私が? 誰をだい? 」
  責める口調の男に、女性は、そんな事いわれるのは心外とばか
 りの口調で返す。
「私は契約を絶対に守る人間だよ。信用にかかわるからね。」
「なら、これはどういうつもりだ!――――――」
「あの”お嬢さま”は私の所の先客なんだ。君たちは運が悪かったね。」

  ハッ、として仲間の男が向かった女の車の方を見ると、
「―――――― !!?  バ・・・・バケモノ! 」
  再び絶句する男。その眼前には自分の倍以上はあろうかと言う
 体格の男の首を片手で鷲づかみにし、持ち上げたままこっちを睨む
 美しい少女が居た。

  ――――― ゴキンッ!!!!―――――

  首の骨が砕けた嫌な音がした。少女が手を離す。
  ドサッ! と地面に男の体が崩れ落ちる。

  ―――――”シュルシュルシュル”〜〜〜〜〜〜――――

  すると、その男の死体は、そんな音を立てて女のカバンに吸い込
 まれていった。
「な? なんなんだ? 一体お前は―――――!!!???」
  敵にまわったキュレイキャリアの脅威だけでなく、常軌を逸した出
 来事に、もはや完全に男は恐れおののいた。
「何って・・・別に説明する必要もないだろ?君らと彼女の立場が入れ
替わったってだけじゃないか?」
「―――――!? 俺を・・・どうする気だ?」
  タバコに火を着け、怯えきっている男を楽しげに見る女性。
  紫煙が揺らめき、更に非現実感を際立たせていく。
「もちろん有意義に”使わせて”もらうのさ。それこそ髪の毛一本無駄
にはしない。」
「――――― なっ?!」
  ゾゾっ、と男の背中に凄い勢いで怖気が走る。
「そうだな・・・君の魂なんぞはいらんから、犬か猫に入れてやろうか?
きっと趣味の良い好事家が可愛がってくれるぞ。(ニヤリ)」
  得体の知れない恐怖に男の体が総毛立つ。
  男は懐から拳銃を取り出し、銃口を女性に向けた。
  しかし、女性は全く動じる様子は無い。それどころか、口元にはサ
 ディスティックな余裕の笑みさえ浮かんでいる。
「ま・・・魔女め ―――――!!」
「フ・・・・・ 大当たりだよ。今は、魔女も世知辛い世の中でね。」
  女性はくわえたタバコを指で摘んで灰を地面に落とす。
  そして女性が自分の手で男を手にかけようとしたその時、

「――― まだ喰い足りないんだ。 こいつも貰って良いか?」

  気配も無く、男の背後から突然聞こえた凛とした声。
「―――――っ!!? な?」
  ビクッと怯えた男が振り向いた直ぐ後ろには小柄な少年がいた。
  この場に不似合い・・・いや、ミスマッチした紬の着物の上に紅い
 皮ジャンを羽織い、手には短刀を握った中性的な美貌の少年・・・
 いや、実は少女かもしれないその人物。

  名前は”両儀 式”。

  トランクに収まっている、男の仲間数人を始末した本人だ。
「ん? ああ、構わんよ。 好きなように捌いてくれ。」
「―――― 遠慮なく頂くぜ。 」
  橙子からOKが出ると式は怯える男に向き直る。
  その青く光る眼が獲物を捕らえる。
  キンッ! と短刀が金属音を鳴らす。
「ひっっ―――――――!」
  必死の形相で男は反射的に銃口を式に向ける。
  しかしそれよりも先に常軌を逸した身のこなしの素早さで、式が
 短刀を一閃!

   ボトッ!! 

  いや、したかと思った瞬間、最初に拳銃を持った男の右腕
 が地面に落ちる。
  不思議な事にその見事な断面からは全く血が出てこない。
  そして人を斬ったというのに式の短刀にも血糊や脂が着いていな
 いなかった。
「―――――――っっっっ!!!!!!!」
  踵を返し、慌てて逃げようとする男に向けて追いすがる式が流れ
 る様な動作で短刀を更に獲物の身体に滑らせる。

   ボトッ! ボトボトッ!! 

  それは斬っていると言うよりは剣の先で線をなぞっている様な印象
 だった。
  次に左腕、肩口、脇腹と次々と簡単に削ぎ落とされていく。
  更に一閃したかと思うと、首、両足が切断され肉塊だけがその場に
 転がった。  
「ぁぁぁぁ ・・・・・・・・・・・・・・・ぁ  」
  ゴロンと転がる男の首が最後に見たのは地面に並ぶ自分のバラバ
 ラにされた身体だったモノだった。

  ―――――”シュルシュルシュル”〜〜〜〜〜〜――――

  そしてその肉塊も橙子のカバンに吸い込まれていった。

  人をその手で殺したと言うのに何処か無感動な式。
「・・・・・・・・ あいつも貰っていいか?」
  まだ喰い足りないといった感じの式が、少し離れた所で佇むつぐみ
 の方を見て言う。
  今度は冗談半分といった所か。
「駄目だ。彼女の所有権は、言わば私にあるんだからな。」
「フン? ――――― 何、言ってんだか。」
  大家は店子にとって親も同然と言うが、都合の良い方にかなり曲が
 っている橙子の解釈に、式はその形のいい眉を顰める。。
  コレクターの橙子曰く、『小町はレア物』だそうな。
  ・・・・・多分、つぐみが聞いたら凄く怒るだろう。

「―――残念だぜ。 小町とならきっと・・・・最高の殺し合いが出来る
のにな。」
  と、口元に笑みを浮かべる式。
  式にとっては”殺し合い”は、ココの”ヒヨコごっこ”と変わらない様だ。

  ちなみに以前、誘いをかけた時、つぐみは
『――――― 嫌よ。』
  と、迷惑そうに言って、取り合わなかった。
『ちっ――――。 ・・・・・ ん?』
『―――― !? チュウッ!!(汗) 』
  そして何となく目が合ったチャミも動物の本能か言葉が理解出来た
 のか式を避けるようにつぐみの胸元に潜って行った。
  しかし・・・・もし数年前のLeMU事故前だったなら。武と出会い、子供
 をもうけていなかったなら、つぐみは自分の”死”を見る事が出来る式
 との”殺し合い”の誘いを受けたのかもしれない。

  『死から遠い存在』のつぐみと、『誰よりも死が近い』式。
  意外とこの2人は相性が良いらしい。まあ、お互い無駄に干渉しあわ
 ない性格がただ有り難いだけかもしれないが。 

  キンッ! と、鯉口鳴らし、愛用の短刀を鞘に収める式。
「じゃあな――――― 。」
  つぐみに一瞥し、懐に短刀をしまうと、そのままこの場を去って行
 った。


  式と入れ替わりになる形で、こっちに歩いてくるつぐみ。
「ご苦労だったわね、小町。お陰で今日は材料がたっぷり獲れたよ。」
  本日の収穫が詰まったカバンを満足げに見て、長い髪の綺麗な
 少女”小町つぐみ”に声をかける女性、”蒼崎橙子”。
  こちらもつぐみに負けず、大人の雰囲気を漂わせた美人だが、眼
 鏡を架けた時と外した時の印象がまるで違った。
  本人に言わせればスイッチしてるだけだとか。

「―――― 橙子が私を匿っているのは、こういう事も考えての事だっ
た訳ね?」
「言ったろう?世知辛い世の中だってね。こういう美味しい話でもなけ
れば魔術師なんてやってけないさ。」
「美味しい話・・・・・ね。」
  ちょっと呆れた感じのつぐみ。
「こいつらは君を捕まえる為に編成された、言わば社には存在してい
ない事になっている部署の人間――――だからね。」
「何人いなくなった所でライプリヒ製薬は表ざたには出来ない・・・・・。」
  憐れな捨て駒とは言え、同情する気はつぐみには全く無かった。  
「そうよ。これだけ新鮮なモノになると足が付くから大金を積んでもな
かなか手に入らないさ。」
  そう言うと、さっき受け取った小切手をタバコの火で燃す橙子。
  大金と同じ価値の紙がメラメラと燃え落ちて微かな灰になった。

  その様子を見て、つぐみは意外そうな顔をする。  
「―――― 黙ってもらっておくのかと思ってたわ。」
「今日の収穫に比べれば、これははした金だよ。”作品の材料”として
みれば安すぎだ。まあ、連中の命代と考えれば高いがね。」
  カバンの中に収まった彼等への哀れみなど欠片も無い橙子が、
 シニカルな笑みを浮かべる。
  吐き出した煙が立ち上り消えていく。
  まるで、今ここで何も残さずに消えていった名前も知らない男のよ
 うに――――



  それから数日後―――――――
  アトリエ兼事務所である『伽藍の洞』では机に向かって何やら唸っ
 ている橙子女史(眼鏡あり)がいた。
「う〜〜ん。困ったわね。いくら材料があっても仕事の依頼が来ないな
んて・・・・・・・」
  今更ながらカッコ付けて小切手を燃してしまった事を後悔する事に。
  これまでの付き合いから、橙子には金銭感覚が無いと分っていた
 筈のつぐみも、自業自得の結果に呆れているようだ。
  壁にもたれ掛かりながら腕を組んでいたつぐみが一言。
「・・・・・・・本当に世知辛い世の中よね。」





           §        §






  人の寄り付かない場所にある、施工中止されたままの廃ビル。
  そこに魔術師”蒼崎橙子”のアトリエ兼事務所である『伽藍の洞』
 があった。
  現在このビルには、所長の橙子、事務・雑務兼の浮浄瑠璃華、
 そして客人兼用心棒?の小町つぐみの3人が仕事場兼、住居とし
 て暮らしていた。

「いい天気ね・・・・ でも仕事は来ず、か。」
  と、ひとりごちる橙子。
  こんな所を事務所の経理も兼ねている瑠璃華が聞いたら、
『ならもっと経済観念をしっかりもってくださいな!!!』
  ―――と、くるのだが生憎、今は外出中だ。
  相変わらず、あまり人と関わろうとしない”つぐみ”は今日は一度
 も自室から出てこなかった。
「そうね。たまにはこんな日もいいわよね―――――」
  外を眺めて、そう思っている橙子に誰かが突然語りかけてきた。

「クスっ。 本当に今日はいい天気ですね。」

「―――――!!? 誰だ!?」
  めったに訪れる者のいない『伽藍の洞』。
  そこにいきなり穏やかな声と共に強烈な気配を感じた燈子は眼
 鏡を外し、臨戦態勢になった。
「お久しぶりです、蒼崎橙子。」
  声の方に振り替えると、そこには笑顔の少女がいつの間にか佇
 んでいた。
  長い黒髪に紅玉のような赤い瞳。透き通るような白い肌の可憐な
 少女―――― アルトルージュ=ブリュンスタッドが。
「フー――。 あまり驚かさないでもらいたいね。」
「あ、ごめんなさい。あんまり無防備だったので・・・つい。」
  気を抜きつつ、眉をしかめる橙子。
  それに対し、花がほころぶ様な笑顔で返すアルトルージュ。
  橙子は分っていた。少女はこういう性格なのだと。
  そして、超絶の能力を持つ不死の存在、死徒の姫君である事も。


  橙子がお茶を入れている間、少女は行儀よくソファーに座って待
 っていた。
「セイロンの葉だが・・・よかったかな?」
「―――― いい香りですね。 いただきます。」
  お茶が出されると、丁寧な動作で受け取りお礼を言う。
「で―――、 今日は何の用だい?」
  仮にも目の前の少女は死徒の姫君だ。
  何の目的も無く、封印指定を受けた実力とはいえ、一介の魔術師
 の所に自ら訪れる筈が無い―――――
  のだが、そうとも言えなのがこの少女、アルトルージュだった。

  ひとくち、コクンと、喉をお茶で潤した後、橙子の目を見詰め、
「実は・・・貴女にお願いがあるのです。」
「――― それは、仕事の依頼かな?」
  厳しい顔で少女を見詰める橙子。
  しかし、少女は微かに首を振る。
「いえ、そんな難しい事では。ただ貴女の所持品を一点、譲って頂き
たいのです。」
「私の―――――持ち物?」
  橙子は何故か難しい顔をする。
「はい。”魔眼殺し”を。 値はいくらでも、貴女の言い値で。」
  その美しい紅い眼が橙子の眼を捉える。
  少女はどうしても今、その品が必要なのだろう。
  真摯な思いが橙子に伝わってくる。

(―――まいったな。よりによってアレとは。)

  しかし、燈子の返事は期待には沿えないものだった。
「それは・・・・・無理だよ。例え、君の頼みでもね。」  
「――――!? どうしてですか? では物々交換でもいいです、何
でもお望みの物を――――――」
  引かずに少女は更に魅力的な条件を付けて来る。
  死徒27祖の頂点に立つ姫君の宝物庫にはそれこそ、魔術師が
 数百年かけてもお目にかかれないシロモノがあるのだろう。 
「駄目なんだ。何を持ち出されても、取引には応じられない。」
  少女の必死の訴えにも橙子の答えは変わらなかった。
  悲しげに俯いて、上目ずかいに橙子を見る少女。
「理由を・・・・・お聞かせ願えますか。」
「確かに持っていたよ。魔眼殺しのレンズを一組。でも―――」
「――? でも?」
  問い詰めるような少女の眼差しに、流石の橙子も気が咎めてい
 るのか、一旦視線を避けるように下を向き、一呼吸を置く。

「今は手もとには無いんだ。少し前、不肖の妹が持ち出してしまって
依然と行方がしれないんだよ。」
  我が身が情けないとばかりに、橙子は吐き棄てる。
  橙子の妹。現存する4人の魔法使いのひとりとして、その筋では
 知らぬ者はいない人物。
  そして、姉である橙子との姉妹仲の悪さでも有名であった。

「・・・・・・・ 青子の行方はわからないのですか?」
  少女はもっともな事を言う。
「アレは私にとっても大事なものだったんだ。取り返せるものならとっ
くに取り返してる。」
  しかし、橙子の答えももっともなものだった。
「もし、金に困って誰かに売ったんだとしたら、手をまわして買い戻し
も出来るのだけど、そんな話はとんと聞かない――――」
「きっと、青子にとっても・・・・どうしても必要だったのでしょうね。」

(ま、必要だとしてもアイツに渡す気はさらさらなかったけどね。)

  と、橙子は心の中で思った。
  だからと言って、姉の所から無断でもって行って良い訳も無い。
「ごめんなさい。――――無理を言ってしまって。」
  気落ちしている癖に、無理に笑顔を浮かべる少女。
「まいったな。 いったい君は何に使うつもりだったんだい?」
  その痛々しさに、橙子はそう聞かずにはいられなかった。
「ある男の子に・・・・・あげるつもりだったんです。」
「ほう? その子は何かの能力者なのか?」
  橙子の魔術師としての何かがピンと来た様だ。
「はい。恐らく魔眼の一種だと私は睨んでいます。」
「――――何が見えるんだ?」

「・・・・あの子の言う事が本当なら、今、ここにいる世界とは違う世界、
そしてそこから辿る違う未来――――、そして過去すらも。」
  それを聞いて、橙子の探究心に火が付いた。
「――――! 凄いな。それが本当なら過去視や未来予知どころの
騒ぎじゃない! 私もその子に興味が―――」
  しかしまた橙子の魔術師としての勘がピンと来た。
  少女の紅い双眸が自分を射抜き、突き刺すような光を持って見
 詰めているのを感じていたのだ。

(なるほど、彼女はこういう輩からその子を守りたいんだな?)

  強烈な知的探求心が橙子を揺り動かす。
  しかし。ここはあえて溢れ出ようとした言葉と衝動を押しこんだ。

  ふ〜〜〜〜〜っ、と深い息を吐く。

「・・・・・・・・いや、止めておこう。」
  アルトルージュの心中を察し、湧き上がる好奇心を抑える橙子。
  それに、これほど少女が入れ込んでいるのだ。死徒の姫君である
 彼女を敵に回すのも得策ではない。
  何故かこの件は、深入りはしない方が吉だと踏んだ。
「――――― 橙子。ありがとう。」
  一転して穏やかな表情で、橙子の心遣いを感謝する少女。
  そんな少女を見て、どうしても気になる事が橙子にはあった。
「なあ、ひとつ聞いてもいいか。」
「―― ? はい、なんでしょう?」
「君は・・・どうしてその子供にそこまで肩入れするんだ?」
  何気なく聞いた質問に、少女は恥ずかしそうな素振りをした。
「あの子・・・初めてあった時、私の事を『お母さん』って呼んだんです。」
「ふ〜〜ん? なるほどね。確かにそれは――――」
  死徒の姫君とは言え、女の子という事か。何か来るモノがあったん
 だろう。

  何となく納得したものの、もう一つ気になったのは、その子供の母
 親がアルトルージュに似ていると言う事だ。
  目の前の少女は美しい長い黒髪と綺麗な顔立ち、黒い衣装を身に
 付けている。そして、纏う気配は人とは違う何かを感じさせる。
  それらの符号を合わせていくと、とある見知った人物が思い浮かぶ。

(小町・・・・つぐみ? いや、まさか。 それじゃあ話が出来すぎだな。)

  つぐみも子供と生き別れたらしいと言うのは、何とはなしに知ってい
 たが、本人が話したがらない為、詳しい事は橙子も知らなかった。

「―――――― どうしました?」
  突然黙ったままの橙子を少女が小首を傾げて覗き込む。
「ん? 別に―――。詰まらん事さ。」
  あまりに突飛な事を考えていたのを、苦笑いする橙子。
  その、切り替えた頭に、ひとつの考えた浮かんだ。
「なあ、魔眼殺しの代わりと言ってはなんだが、私がその子の眼に直
接ルーンを刻んでやろうか?」
「それで、封じる事が出来ますか?」
  橙子はざっと、子供の体質、能力、そして自分の魔力を頭の中で、
 大まかに術式してみる。
「そうだな・・・・ あまり強力な術で刻めないから・・・効能は数年が限
度だな。多分、2度は無理だろう。失明する危険があるからね。」
  その話を聞いて、少女の顔がパッと明るくなる。
「それで充分です。あの子のあの力は近い未来、必ず必要になるで
しょう。でもそれは今ではありません。」
  どうやら特が3つは付く上客との交渉は成立したようだ。
「わかった。その代わり、出張料金込みで・・・・・な?」
「クスっ。 心得てます。」


          §        §


  橙子がアルトルージュと何処かへ出掛けてから1時間くらい後、
  大きな買い物袋を持った長めのボブヘアの少女、瑠璃華が帰
 ってきた。
「結構買っちゃったな〜。所長ももっと便のいい所に事務所を置け
ばいいのに――――。」
  大荷物なので、通りやすい来客用の方にまわる。

  ♪ 長弓背負いし・・・・ 月の精・・・♪ ♪〜♪

「あれ? 歌・・・・・が聞こえる。 子守唄かな?」
  事務所の中から綺麗な歌声が聞こえて来た。
  多分、橙子がラジオかなんかを聞いていると推測する瑠璃華。

   ――――― ガチャッ!

  滅多に空く事の無い来客用のドアが開いた。
「ただいま帰りました〜。あら?所長?」
「橙子ならいないわよ。」
  橙子の代わりにつぐみが事務所にいた。
「あ、小町さん? 所長、いつ出掛けられたんですか?」
「知らないわ。私には関係ないもの。」
  相変わらずそっけない様子のつぐみ。
  明らかに自分を避けている態度が、瑠璃華は苦手だった。
「は〜〜。そんな事いわないでくださいよ〜。あ、そうそう。さっき
歌声が聞こえたんですけど、あれって小町さんが――――」

「・・・・・・うるさいわね。」
  キッ、とつぐみは瑠璃華を睨みつける。
  容赦のない口調に泣きそうになる瑠璃華。

(う〜〜。今日はこの人と二人で夕食か〜。)

  そんな事を考えながら事務所内をとぼとぼ歩く。
  そして、テーブルの上に荷物を置く時、カチャンと鳴ったコーヒー
 カップが2つあるのに瑠璃華は気が付いた。
「あれ? カップが―――。」
  つぐみも今、来たばかりの様だから一つは橙子のでももう一つは
 誰か別の人だろう。
「―――? お客様が来ていたんですね。それに何か良い匂いが。」
「―――――――― 本当ね。」
  珍しく、つぐみが瑠璃華に相づちをうつ。
  客人の残り香だろうか、嗅いだ事がない不思議な匂いだった。

  それに、つぐみはその香の中に懐かしいものを感じとっていた。
  かつて子供達に歌って聞かせた子守唄。
  暖かくて、失った何かを感じさせ、思い出させ、
  そして胸を締め付ける―――――

(・・・・・・なんだろう? 何か・・・・・何なの?)

  ツ―――っと、つぐみの頬を涙が一筋こぼれた。
「こ・・・小町さん? どうしました?」
「―――― わからない。わからないのよ。 どうしてなのか・・・・」
  それが、ついさっきまでそこに居た少女が持ってきた自分の子供
 の匂いとは最後まで気付けないつぐみだった。



       【 あとがき 】

 つぐみがつけたホクトと沙羅の名前って・・・まだオフィシャルでは
出てませんよね?(汗)
 さて今回はEver17×月姫×空の境界SSです。
 色々入っちゃってますね〜。もう餡子がはみ出るくらいに。
 もう何のSSだか・・・・・・(オイオイ)
 一応、Ever17寄りだとは思うのですが。
 アルクエイドのお姉さんのアルトルージュはmaoさんの描かれたイ
 ラストのイメージで書いてみましたが、いかがでしょうか?
 『死から遠い存在』のつぐみと、『誰よりも死が近い』式の共通点は
『不確かな生の実感』かな?
 
 感想をお待ちしております。


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