【 頭文字(イニシャル)E 】
                              かぱちゃぱ


  最近、土曜、日曜となると倉成家のあるマンションに派手な
 エンジン音が響き渡る。
  新しい車を買った優秋が走り屋気分で休日ともなれば、必ず
 倉成家の誰かをドライブに連れまわしに現れるのだ。

「 おっじゃまっしま〜す♪ 」
  合鍵を持たせたが最後、暇な時には遠慮も会釈も何もなく、
 当然の如くに押しかけてくる優秋。
  そして今日も生贄を求めて倉成家を彷徨うが、ホクトも沙羅
 も、つぐみもいなかった。
  しばらくうろうろした後、TVの音が漏れているのに気がつく。

  ヒョコっ、と顔をドアから覗かせると、そこには武が居た。  
「あれ?今日は倉成しかいないの?」
  突然の声に武が振り向く。
「ん? なんだ秋香菜かよ―――って、お前、いつの間に入っ
てきてたんだ?」
 
  武の声をあえて無視し、品定めするようにジロジロ見る優秋。 
「 う〜ん・・・ま、この際、倉成でもいいか。ねえ、ちょっと私に付
き合ってよ〜。」
  手に持った車のキーをチャラチャラ鳴らしながら、優が武に
 誘いをかける。
「――――? なんで俺がお前に付き合わなきゃならないんだ
よ。デートならホクトを誘ってやってくれ。」
  居間でくつろぎながらテレビを見ていた武は、けんもほろろ
 に即断で断る。
「・・・・・・・・・いないわよ? ついでにマヨも。」
  何故か疑わしげな視線を武に向ける。

  そう言えばさっき、ドタドタと泡多々しい足音が聞こえた記憶
 が武にはあったような気がした・・・・・・・・
『優が来る前にお母さんの買い物に付いて行くとか、お父さんも
早く逃げてとか何とか言ってたっけ?』

「さては倉成! 2人を逃がしたわね?酷いじゃないのよっ!」
  ワザとらしくの傷ついた表情で武を責める優秋。
「なんでそうなるじゃいっ! 2人で逃げたんだろ!」
  ニュアンスが似てるが、現実は全然違う。
  まあ、この際、真相なんか優秋にはどうでもよかった。
「何よ、TVなんかのんびり見て〜。どうせ暇なら逃げた子供達の
責任とってよ!」
「うわ〜!? すっげ〜横暴。大体、俺は暇なんかじゃねえよ。」
  クイっ、と顎を使ってTVの画面を指す武。
「・・・・・・・? 何よ、この詰まんなそうな番組? ドキュメント?」
  画面に映る景色はニュースの様だが、どちらかと言えば無理
 に面白くなく作った教材みたいだった。

「俺がハイバネーションで眠ってた17年間をざっとダイジェストで
編集したニュースものだよ。」
  優春が、目覚めた後の社会生活でも支障が無いようにと用意
 してくれたモノだ。
  こうやって色々と世話を焼いてくれる目的には、もちろん武を
 心配してだが、逢いに来る口実も多分に含まれる。
  何はともあれ、必ず下心もある所が優春らしいと言えばらしい。
 
「―――――! ああ、なるほどね〜。」

「たかが17年、されど17年だぜ。つぐみやらお前・・・じゃなくって
春香菜の方の優が全然変わってないから、さほどの実感無かっ
たけどよ。こうして見るとちょっとした浦島太郎気分さ。(苦笑)」
「そりゃそうよね〜。ホクトもマヨも親のアンタともう歳がかわんな
いし。」

  そう。目の前の青年は若いのだが、実は優秋のBFと可愛が
 っている2年後輩の実の父親で、更に友人の夫なのだ。
  おまけに母親の恋人?・・・・・・・・・・・・
  付け加えれば、実は、父親を知らない優秋は、武に甘えてい
 るのかもしれない。
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・タメ口聞かれているが。

「しっかし・・俺が寝てる間に阪神は一度も優勝してないんだな。」
「あははっ♪ そりゃまあ、あそこのお祭りは20年に一度だもん。」
   ・・・・・・・・・・オイオイ。(汗)

  ま、確かに認識がふた昔も違えばいろいろと不便もあるだろう。
「17年ね〜。・・・・あ!? ねぇねぇっ。」
  何かを思いついた優秋。
「ん? 今度はなんじゃい?」
「あのさ、倉成の知ってる一番速い車って、何?」
「そうだな。俺の知る中で一番速かったのはハチロクだったな。」
  自分以外にとっては既に思い出になってしまった時に思いを
 馳せる武。
  その懐かしさを浮かべた顔はちょっと得意げだった。

「・・・・・ハチロク? ってAE86? トレノだかレビン? うわ〜〜
〜!? やっぱ倉成ってオジンだわ。 ハチロクだって♪」
  やはり隔世の世代の違いがあったようだ。ツボに入ったらしく
 優秋がせせら笑う。
「言ったなコラ!バカにすんなよ? 俺の知ってるハチロクは今
だって誰にも負けないぜ。」
「ふ〜ん?へ〜〜え? そうなの〜♪」
  ムキになって言い返すが、優秋はあからさまにバカにした視
 線でニヤニヤ笑っている。
「ま、マシンパワーにおんぶのお前なんかは、下りで軽くブッちぎ
りだな。 」
「ちょ、ちょっと! いい加減な事いわないでよ!いくら下りでも20
年も前の車でそんな訳無いでしょうが〜!!」
  自称走り屋のプライドが傷つけられ、今度は優秋がカチンと
 来たようだ。

 そして世代間のどうにも全く噛み合わない話を言い争って・・・・・
 考えてみれば、そりゃあ無駄だと気がつくのに約10分。

「あ〜〜。――――そういや、 お前の車ってなんだ?」
「あれ、知らなかったの?FD3Sよ。マツダのRX−7。」
  しれっと答えた優秋に武が大げさなリアクションでこけた。
「な!? なんだと! 18歳の生娘の分際でRX-7かよ!?この
ブルジョアが〜〜〜!!」
「ちょ、ちょっと!!私が生娘・・もといバージン・・と、とにかくそれ
は関係ないでしょうが〜〜〜!!この助平!!」
  キレた武に対して、顔を真っ赤にした優秋がちょうど何故か近
 くにあった碁盤の上の碁石入れを投げ付けた。

  そしてしばらく関係ない事で言い争って・・・・・・
  脱線してたのに気がつくのに約15分。

  息を切らせつつも本題の論争を再開する。
「はあ・・はあ・・・・・んで? 馬力はどれくらい出るんだ?」
  頭の上に碁石を数個乗っけた武が同じく碁石が頭に乗った優
 秋に聞く。
「ふぅ・・ふぅ・・そ、そうね。ターボ付きだから、トータル350は出る
と思うわよ。」
  それを聞いた武はフンっ、と鼻で笑って見せた。
「―――!? ふっふっふっ・・・やっぱりな。要は馬力自慢か。」
「な、何よ? そのイヤ〜な笑いは。足回りだってちゃんと組んで
るわよ。」
  またもやカチンと来た優秋に武は更に追い討ちをかける。
「お前は一端の走り屋を気取ってるようだけど、全然駄目だって
事さ。やっぱり今のお前は下りでハチロクに負けるな。」
  何か今日はキャラが違って見える武。
「――――!? 20年近く前の車に・・・私が?フ・・・フフ、言って
くれるわねぇ。」
  優秋も武に負けないくらいのノリだ。
  
  バンっ!! とテーブルに掌を叩きつけ、
「そこまで言ったからには、証明出来るんでしょうね〜。私のFDよ
り速いハチロクを!」
「いいぜ。俺の昔の知り合いがまだ現役だからな。そいつがお前
に本当の走りを見せてくれるさ。」
  ガタっ、と同時に立ち上がる。
  売り言葉に買い言葉。とにかく無駄にテンションが高い二人。
「なら勝負よ!場所と日時は選ばせて上げるわ。」
「よ〜し、場所は群馬県の秋名の峠。土曜の夜に下りで勝負だ。」
  何の得も無い事なのに、壮絶に火花を散らし闘争心を燃え上
 がらせている二人。

  お互い恋愛感情なんぞこれっぽっちも無い武と優秋なのだが、
 実際の年齢が近い為もあり相性とノリの良さは抜群のシンパシー
 を持っていた。

   その代わり、やたらと事を大きくするコンビなのだった。



           §        §



 そしてその夜。
 優秋は母親の部屋の前で止まり、コンコンっとノックをする。
「おかあさん〜。入るわよ〜〜。」
  ガチャっとノブを回し中に入ると、優春は風呂上りらしく、ベッド
 に腰掛け、乾かしたばかりの長い髪をとかしていた。
  好んで愛用している大きめのパジャマの胸元をボタン3つ分
 開き、若くハリのある肌と、娘よりいく分か大きな形の良いムネ
 を強調している。
「優? こんな時間に何よ?もう私寝るところなんだけど――」
  ちょっと迷惑そうな顔の母親を無視し、そのまま部屋に乱入す
 る優秋。
「まあまあ。実はいい話があるのよ〜〜〜。 何しろ倉成関係。」
 
    ―――― ピタッ!―――

 ”倉成” の言葉に優春のブラッシングの手が止まる。

「―――― 聞かせなさい!」
  バッ、と凄い勢いで娘の所に移動する。
  この人間場慣れした瞬発力はキュレイだけじゃあないなと感
 心する娘。
「でもね〜。タダって訳にはいかないわね〜。(ニヤリ)」
「・・・・・・そう来たか。で、何が望み?」
  35歳の女性にしては少し似つかわない、どこか子供っぽさが
 のある部屋に並ぶ、同じ顔の二人の美女。
  いま、この親娘の壮絶な交渉合戦が開始したのだった。



           §        §


  そして、バトル当日の秋名峠。午後10時少し前。
「・・・・・・なんでお前がいるんだ?」
  何故か指定の場所には優秋だけでなく、優春まで居たのだ。
  しかも、やたらと気合の入った服装で。
  もちろん下に着ているのは勝負下着だ。
「こういう面白い事は私も誘ってくれないと〜。ね、倉成?」
  別の意味で準備万端といったウインクを武に送る優春。
「は・・・あはははは・・・・・  図ったな、優美清秋香菜。(汗)」
  じろっと恨みがましい視線を向けるが、優秋はこの前のお返し
 とばかりにフフンと鼻で笑ってみせた。


  そんなこんなしていると、FR特有のエンジン音が聞こえて来た。
「あれが・・・そうなの?」
「ああ・・・来たぜ。秋名最速の走り屋とハチロクがな。」
  実は優秋もここまで武が夢中になるハチロクが気になって来て
 いたのだ。
  そしてもちろん優春も―――――

  そしてやって来た『藤原とうふ店』と書かれた白黒のパンダトレノ
 は3人が見ている中、優秋のFDに並んで止まった。



「あれが・・・倉成の昔からの知り合い?随分若いわね?」
  優春がそう思うのも無理は無い。ハチロクから出て来たのは精々
 優秋と同じくらいの少年だったからだ。
「あ、ホントだ?倉成の話だとてっきり昔の知り合いが来るもんだと
思ってたのに・・・・・」
  優秋もビックリしたが、何故か武も驚いているようだった。

「おい、拓海!? なんでお前がここに。 文太さんはどうした!」
  武は焦った。
  確かにハチロクは武の知る秋名最速のマシンだったが、それは
 拓海の父親、藤原文太あっての事なのだ。
  このままでは勝ち目が無い。武の額に冷たい汗が浮かんでくる。
「俺・・・親父が行けって言うから来たんですけど。」
  拓海と呼ばれた少年はそう武に答える。

「他に・・・・何か、言ってなかったか!?」
「武さん。俺はただ親父に秋名の下りでRX−7に勝って来いって言わ
れただけだから・・・他に何も言われてないですよ・・・」
  慌てて詰め寄る武と対照的なまでに落ち着いた・・・と言うかボー
 っとした口調で拓海と言う名の少年はそう言った。

「何なのよ――― ? ちょっと、倉成?」
「―――――わるい。 もうちょっと待ってくれい。」
  優秋が口を挟もうとした途端、それまで呆然としていた武がそれを
 制した。
  文太が拓海をよこしたからには、それなりの訳がある筈だと踏んだ
 のだ。

「----- なあ? お前が運転して・・・・・勝てるのか? RX−7に。」
「・・・まあ、やってみないと分んないけど、今は豆腐載せてないんでラク
かな〜って。」
「豆腐?・・・・今はお前も運んでるのか?文太さんの代わりに・・・」
  驚く武をよそに相変わらず、茫洋とした感じで頷く拓海。
「ええ・・・5年前から運んでるのは俺だけですよ。」


「・・・・・・何の話?(汗)」
「フフっ・・・ハチロクで豆腐の配達、か。どうやら面白くなってきたわね。」
  会話について行けない優秋の横の優春に何故か火が付いたようだ。
『(こ、このヒトって一体・・・・・・・・・?)』
  というか、母親にも着いていけない気がして来た優美清秋香菜。  


「-----5年前から・・・。 フッ、ようやく飲み込めたぜ、拓海。(ニヤッ)」
  何が理解出来たのか、おまけに何故か涙ぐむ武。
  ポン、と拓海の肩に手を置き、
「この勝負、お前にまかせた。 本当によく来てくれたな。恩に着るぜ。」
  武的には話しがついたようだった。



「――――― 待たせたな。さあ、始めようぜ!」
「まったく、待ちくたびれたわよ〜。ほら、さっさと勝負つけ――? あ
れ?・・・・お母さん?」
  武に文句を言いつつ、娘が車に乗り込もうとするのを優春が遮る。
「若いわね・・・随分。 キミ・・・名前は?」
「・・・・・・藤原 拓海。」
  優春は捉えどころの無い拓海を品定めするように一瞥する。
「・・・その名前、覚えておくわ。私は田中 優美清春香菜よ。」
  そして優春は勝負の名乗りをあげた。
  ここでようやく母親が自分を差し置いてバトルする気なのに優秋は
 気付く。
「ちょ、ちょっと〜。お母さん?どう言う事よ。」
「予定変更よ。FDは私が運転するわ。あのハチロク、只者じゃない。」
  唖然とする娘を尻目に、優春は既にバトルをやる気だ。

  予定では優秋がハチロクを余裕でブッちぎってバトルは終了。
  そしてバトルとは関係無く、優春と武を連れて予め予約していた麓
 の旅館に置いてって二人はお楽しみ♪
  優秋は報酬を受け取りトンズラを決め込むという計画だったのだ。
 
「あ、もちろん、この後は倉成と旅館に直行ってのは変わりは無いし、
お駄賃も払うわよ。でもユウは私のFCで帰ってね〜。(ニヤリ)」
「お・・・お母さん?私にここから歩いて麓の旅館まで行けと?(唖然)」
  流石の優秋も優春にはかなわなかった。



  既にやる気満々の優春はFDに乗り込みエンジンをかけた。
「優。本当に・・・お前がやるのか?」
  予想してなかった優春の参戦に、武は心配して駆け寄る。
「そうよ。一応、ユウと2回ほど往復してコースは頭に入れたわ。」
「でもな〜〜・・・・・・・・・。」
  元々、優秋との売り言葉に買い言葉で始まったバトルなのだ。
  悩む武を見て思ったとおりの事の成り行きに心でニヤリとする優春。
「も〜、しょうがないわね。じゃあ、倉成がナビやってくれない?」
「ん?ああ、そうだな。ぜひ、そうさせてくれい。」
  そう言ってナビシートに乗り込む武。
  シメシメとほくそ笑む優春の心中も知らずに・・・・・


  一方、やる事が無くなった優秋。
「ああ〜、どうしよ・・・・  ―――――! そうだ♪」
  歩いて山を下るのもシンドイと、ある一計を案じハチロクに乗り込
 んだ拓海の元に駆け寄る。
「・・・・・・・・・・・・・?」
「ねぇねぇ、キミ。バトルついでに私を麓まで乗っけてってくれない?」
  普通に考えれば、実に迷惑なお願いである。
  まあ、これがヒッチハイクなら優秋ほどの美少女がお願いすれば
 間違いなくOKなのだろうが。
「・・・・・別にいいですよ。あ、シートベルトは忘れないでください。」
  断られるかと思いきや、あっさり承諾する拓海。
「ありがと〜♪ いや〜、お陰で助かったわ、キミ。私は田中優美清秋
香菜よ。」
「・・・・・・・・・どうも。藤原 拓海です。」
  乗り込みながら挨拶する優秋に、拓海はどうも、とそっけなく返す。
  彼はどうやら、同じ顔で姉妹にしか見えない優秋と優春の関係とか
 には興味はないらしい。
  実際、かったるいから早く帰って寝たいと思っているのだった。

『(ふ〜ん?別にメーター類は普通よね。シートもベルトもノーマルだし
ね〜。・・・・まあ、エンジンはやたらいい音してるけどこれもノーマルよ
ね。)』

  どうにもこのハチロクが秋名最速だとは信じられない優秋。

『(ま、肝心の目的は果たせたんだから後はゆっくりお母さんの実力と
やらを見物させてもらおうかな〜〜〜っと♪)』

  と、優秋は観光気分でリラックスする。
  この後、恐ろしい事になるとは・・・露ほども思わずに・・・・・


    ブオオオオォンッ! ブオォンッ ブオンッ!!
  エンジンを回し、FDの心臓を温める優春。
  ふと、横を見ると武が考え事をしている。
「も〜、なによ〜。そんなに私の事が心配なの?」
「いや、拓海の横に座ってるあっちの優が心配でさ。」
  武の言うとおり、いつの間にかハチロクの助手席に優秋が座って
 いるのが見えた。
「・・・・もしかして、あの拓海って子、あんな大人しそうな顔してて手が
早いとか?」
  もしそうなら、まかり間違って優秋に手を出した日には拓海が危な
 いわね―――― と、想像してると、武は首を振って否定した。
「違うって。そっちの心配じゃねえよ。もし本当に拓海が父親と同じ走
りでハチロクを転がせるとしたら・・・・・・・」
「―――――? と、したら・・・・何よ?」
  武はやけに真剣な顔を優春に向けてこう言った。
「・・・・・・・・・・・・・・俺は隣りに乗りたくないぜ。・・・絶対に。」


           §        §


    ・・・・・・3・・・・・・2・・・・・1・・・・・・GO!!
  
  武の合図と共に同時にダッシュするハチロクとFD。
  案の定、馬力の差は歴然で、アッと言う間にスタート直後のストレ
 ートから優春のFDに離されていくハチロク。


「へえ〜〜〜。やるな、優・・・・・。」
  言うだけあって、優春のスタートダッシュのタイミングは完璧だった。
  流れる様なシフトチェンジの手捌きもアクセルの踏み切りの良さも
 武を感心させた。
「フフっ♪ どう、惚れ直した?」
「・・・・おいおい。(赤面)」
  まあ確かに小気味いいレスポンスでハイパワーのFDを走らせる優
 春に見とれたのは確かだった。
  そして後ろのハチロクをかなり離した所で最初のコーナーにさしか
 かる。
   キキィー―――――――ッッ
  見事なブレ―キングで難なくコーナリングをこなす。
「どう?このバトルが終わったら私と――――― 」
  調子に乗って終わった後の話を武に持ちかけると、バックミラーを
 覗いていた武が興奮気味に言う。
「――――っ!?  優・・・油断しない方がいいぜ。」
  

           §        §

 
  優秋の目の前でFDがどんどん差を開いて行く。
  やはりどうあがいても350馬力のFDに、いい所150馬力のハチロク
 が直線で着いて行ける筈が無いのだ。
「・・・・なんか呆気なく決着がついちゃったわ。」
  ボソッと拓海に聞こえないように呟く優秋。
「・・・・・・・・・・・・・(ボー―ッ)」
  拓海はかなり離されたにも関わらず、焦った素振りも見せていない。
「(最初から諦めちゃったのかな? まあ、FDとハチロクじゃね〜。)」
  お母さんもこの少年に可哀想な事しちゃったわね〜と思いつつ、何
 気なく窓の景色を眺める優秋。

  しばらくそのままで居た優秋は、フと、恐ろしい事に気が付く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・なに? このスピード?」
  ハチロクはどんどん最初のコーナーに差し掛かるのに、拓海は全く
 減速してないのだ。
「ね・・ねぇちょっと、拓海? コーナー。もうすぐコーナーよね?・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・(ボ――ッ)」
  引きつった表情で隣りを見ると、運転中の少年は相変わらずだった。
  そしてそのままのスピードで突っ込んで行く。

   ガアアァアアアア――――――――――――ッ! 
「た・・拓海ぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ! ブレーキ!!!!」
  爆弾生娘の異名を持つ優秋の常識でも考え付かないような殺人的
 なスピードでハチロクは遂にコーナーへ突入して行った。
「きゃあああああああああ!!! お母さぁああああんっっ!!!!」
  錯乱した頭の優秋は、余りのブレーキの遅さにブレーキが壊れたの
 かと直感した。
   ギャアアアァアアアアアアアアアアアア――――――ッッ!!
  優秋の脳内イメージとは裏腹に、拓海のハチロクはスピードに乗った
 まま見事にドリフトをかましつつ、最初のコーナーを流しっぱなしで抜け
 て行く。
  それは崖下ガードレールとの間は僅か5cmという狂気の世界だった。  


           §        §


  コーナーを抜けた所でFDとハチロクの距離が縮まっていた。
「そんな・・・あれだけ離したのに・・・コーナーで取り戻した?(呆然)」
  予想外の拓海の巻き返しに驚く優春。
「だから言ったろ。・・・・・油断するなってな。(ニヤリ)」
  そう言う武も驚きを隠せないでいた。
「くっ―――! まだ・・・勝負はこれからよ。」
  アクセル全開で直線をFDは走りぬけ、また距離を離していく。


           §        §


「あ、あははは・・・ い・・生きてる?・・・・まだ生きてる!?」
  優秋が生の実感をかみ締める間も無くハチロクは更にスピードを
 上げていく。
「・・・・・・・・・・・・・ん。」
  恐怖の感覚が麻痺しているのか。拓海は表情も変えずにアクセル
 ベタ踏みで次のコーナーへハチロクを突っ込ませる。
    カアアアアアアアァアアアアッッ――――――――!!
  4A−Gのエンジン音と、キンコンキンコン♪と100`を超えた時に
 聞こえる警告音がまるで葬送曲二重奏の様にに優秋の耳には聞こ
 えて来た。
「キ・・キンコン・・・・って。 ねぇ、キンコン言ってるわよ?(涙)」
「・・・・・・・・・・・。(ボー―。)」
  答えない拓海は見事な手捌きでシフトチェンジさせコーナーに入っ
 ていった。
  車体が滑りながら吸い寄せられる様にガードレールへ。
「きゃああ〜〜〜〜〜〜〜!?ガードレール!ガードレールが!?」
  助手席に迫る谷底が斜めに流れながら優秋の目には嫌でも入って
 くる。
  その生命線ギリギリのラインを見事なドリフトで車体が横を向きなが
 らそのまま滑っていく拓海のハチロク。


           §        §


「・・・・・間違いないわ。FDがコーナーワークで負けてる!?(汗)」
  見事なまでのブレ―キングで差を詰める少年に戦慄する優春。 
  振り切ったと思ったらまたハチロクは、背後霊の如くFDの後ろに張
 り付くのだ。
「やるね〜、拓海の奴・・・・ ありゃあ文太さんの走りそのまんまだぜ。」
  追い上げる拓海のハンドル捌きに武は感嘆する。
「ちょっと倉成!あのハチロクなんなの?見かけは確かにハチロクだけ
ど、中身は全くの別物なんでしょ?!」
「いや・・・ 確かに足回りとかチューニングはしてるけど。ほれ、エンジ
ンは間違いなく4A-Gの吹ける音だろ?」
  武の言うとおり、後方から聞こえるスキール音はFR特有のモノ。
  その事実が更に優春を焦らせる。
「じゃあ・・・何?私がスペックで劣るハチロクにコーナーで負けてるって
言うの!? そんなの走り屋として最大の屈辱よ!!」
「・・・・・・・・そりゃそうなんだが。お前いつの間に走り屋になった?」
  武のツッコミにも答えられないほど、焦る優春。
  コーナーが続き、間の直線も短い為に、思うように距離を稼ぐ事が
 出来ないのだ。

「しかし 速いな、拓海の奴。何故かこのFDがえらい鈍く感じるぜ。(汗)」
「っ!? う〜〜〜〜〜〜〜!!!!(涙)」
  武の思わずボソッと、口から出た言葉にショックを受ける優春。
  もちろんこの言葉は優春に向けて言った訳では無い。
  むしろ優春の運転技術は一級品だと武は感じているのだ。
  ただ・・・拓海の操るハチロクが異常だった。
「なんなのよ〜〜っ!! このFD、セカンダリータービン止まってんじゃ
ないでしょうね!!!!」
  遂にキレた優春。
  まあ、このキレっぷりが優春らしいと言えばらしいな、と武は思う。
  そして何個めかのコーナーで、優春の操るFDは完全にピッタリと後
 ろに食いつかれた。


           §        §


    ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――ッ!
  そして連続するヘアピンで、とうとうハチロクはFDに張り付いた。
    キンコン♪ キンコン♪ キンコン♪
「うう〜〜〜? こんな所で? キンコン?キンコンって・・・・?(涙)」
  相変わらず優秋の耳には地獄のメロディーが聞こえて来る。
「だ・・大丈夫よ・・・・死にはしないわ。・・・・・だってホクトが言ってたも
ん。私と付き合ってる未来があるって。 ・・・って、それってもしかして
別の世界の私とか〜〜〜〜?」
  コーナーに差し掛かる度に斜め方向に流れて行く風景が更に優秋
 の頭を混乱させた。

  薄れゆく意識の中、優秋は拓海の横顔を盗み見る。
  するとそこには・・・・・・・  

  錯乱寸前の優秋とは裏腹に、流行歌を口ずさみながらステアリン
 グを握るドライバーの姿があった。
  狂気の沙汰で流れる背景にミスマッチなほど――――

  それはリラックスと言うよりはむしろ、かったるそうにしか見えない
 拓海であった・・・・・・!!

「ああ・・・死ぬ前にせめて一発、拓海をぶん殴ってやろうかしら・・・」  
  相変わらず物騒な事を考える優秋だった。(オイオイ)



           §        §

   
  それは信じられない光景だった。
    プア―――――――――――――――――――ッ!!
  FDが右曲がりのコーナ―に入ろうとした直前、優春の僅かな隙を
 突いてハチロクが猛烈なスピードでその鼻先をイン側から刺して来
 たのだ。
  このままだと曲がり切れずにハチロクが崖に突っ込むイメージが
 優春の頭に浮かぶ。
「―――――止めてぇッッ!!曲がりきれる訳無いでしょっっ!!!」
  一瞬、優春の血が凍る。ハチロクには自分の娘も乗っているのだ。
  その動揺がFDに伝わり、コントロールが乱れる。
「――――優!! 大丈夫だ。ハチロクは・・拓海は絶対に曲がる!」     
  コーナリングで並んだ状態の今、挙動が乱れれば、Wクラッシュの
 危険に繋がるのだ。
「倉成!? ―――――うん! 倉成の言葉、信じるわよ!」
  武の声に勇気付けられ、ハンドリングに集中する優春。
  
   ガリッ! ゴォ――――――――――――ッッ!
  そして、ハチロクはそのままインからスパーンっ!と、信じられない
 軌道でコーナーを曲がりきりFDを抜き去った。

「ぬ・・・抜かれた!? そ・・・・・・そんな―――――。(唖然)」
  優春が思わず安心と驚きから、べそをかいた様な声を漏らす。

  その勢いのままハチロクは、カーンッ!といい音を立てて走り去っ
 て行った。

「優・・・・・いい勝負だったぜ。ま、なんて〜かさ。惚れ直したよ。」
  照れた顔で優春を労う武。多分にリップサービスは含まれるもの
 のFDの走りに感動したのもまんざら嘘ではない。
「倉成にそう言ってもらえると・・・うん、嬉しいな。(はーと)」
  勝負には負けたものの充実感はあったし、何より武との連帯感が
 高まったのは確かだ。

『(今なら・・・・・・・(ニヤリ))』

「じゃあ、これからちょっとした乾杯しない?」
「お、いいね〜。少し走れば確かカウンターバー付きの旅館があった
筈だからそこでビールでもいこうぜ。」
  勢いを取り戻したFDは(笑)上機嫌なスキール音を響かせながら
 麓の(既に予約してある)旅館の駐車スペースに滑り込んだ。

  そして優春は、酔って運転できない事を理由に当初の目的を無事
 果たす事に―――――――




  さて、今回の計画を話し合った夜の田中親子の会話。
『いっつも思うんだけどさ。お母さん、ちょっと悪巧みが過ぎない?』
  の娘の言葉に対しての優春の答えは、
『いいのよ。一応、つぐみは倉成の奥さんなんだから。私はあくまでも
憎まれ役のヒールの立場でいるのがベストなの。分る?』
  との汐らしくもいじらしい物だったが、顔は実に楽しそうだった。




  ちなみに死ぬ思いをしてまで拓海に旅館前駐車場まで送ってもらっ
 た優秋は、優春がFDを止めた場所から少し離れた所に駐車してあっ
 た母親の白いFC−3Sの中で恐怖体験から立ち直れずに次の朝まで
 寝込んでいる羽目に・・・・

  次の朝、ゲッソリとした優秋は、旅館から仲良く出て来た嬉々満面の
 母親とえらく眠そうな武に、バッタリ鉢合わせしたとかしないとか。
「あは、あははは・・・・・  おはよ〜。(ゲンナリ)」
「あら、ユウ。 フフっ、おはよう♪(ニッコリ)」
「ふあ〜〜〜あ・・・・  オッス。(眠い目)」  








          【 あとがき 】
 
 頭文字Dにハマってしまい、ついやってしまいました。
 元ネタを知らないと全然分りませんね。(汗)
 書き終わってから文太さんを出すのを忘れていたのに気が付いて・・・
 まあ、出したらもっと訳分んないSSになったんだろうな〜。(オイオイ)
 
 最近いいな〜、て思ってるのが武と優秋のコンビ。
 もちろんカップルではなくて、友人としてのです。
 絶対に恋愛関係へ発展しない前提ですから、書いてて優春と違った
楽しさがあります。

 感想、お待ちしております。  では〜。


/ TOP  / BBS / 感想BBS








SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送