その昔、1900年代半ば。ユーラシア大陸を横断する夢の豪華
 高速列車が存在していた。

 その列車の名は 『シベリア超特急』


【 書を捨て、シベリア超特急に行こう 】
                              かぱちゃぱ


  そして、2034年。武とつぐみは駅前の映画館に来ていた。
  ここはいわゆるバーチャル形式のシアターではなく、昔ながら
 のフィルム上映を楽しむレトロ感が売りのスポットだった。



  さて、事の発端は昨日の夜、倉成家の夕食後の団欒・・・・・・

「じゃ〜〜ん♪ パパとママにぃ、拙者からのプレゼント!」
  そう言って沙羅は天使の笑みを浮かべて映画のチケットを母
 親に差し出した。
「これ・・・私たちに?(潤んだ目)」
  娘からのプレゼントにちょっと感動しているつぐみ。

  しかし、何となく引っかかるモノを感じた武は、ちょうど隣りで
 食後のお茶を煎れている息子にコソっと聞いてみた。
「なあ、ホクト。正直に言え。・・・あのチケットの出所は何処だ?」
  ホクトはギクっとした後、コッソリと告白した。
「じ・・・実は・・・・優なんだ。バイト先でたくさんチケットをもらったか
らあげるって。」
  優秋絡みという事で、何か嫌な予感を禁じえず、顔を見合わせ
 る武とホクトだった。
「これは・・・・なんかあるかな?(汗)」
「さあ・・・・・でも、なんかそんな気するよね。(汗)」


          §        §


  そして上映開始から数分経たず武の予想は的中したのだった。


「武・・・・・ちょっと武!?」
  つぐみが隣りに座っている武を肘で小突く。
「―――――っん? あ・・・寝ちまってたか?」
  うとうとしていた武は思わず声をあげてしまい、辺りを見渡す
 が、彼を咎めるものはいない。

  というか、武とつぐみ以外にこの映画館には人がいなかった
 のだ・・・・・・

  そして、客の入りがこの映画の全てを物語っていた。

  太平洋戦争前夜のユーラシア大陸を駆け巡るシベリア超特急
 を舞台に、殺人事件を颯爽と解決する大日本陸軍大将の山下奉
 文の活躍を描いたアクションありの推理活劇大作の筈なのだが・
・・・・・・・・
  ――――――とにかく退屈な映画なのだ。

  始まってすぐの冒頭から意味の無い人物紹介のであろうフィ
 ルムの長回しが延々と数十分続き、武は既にそこで飽きて来て
 しまった。

「ふぁ〜〜〜っ。 で? そろそろ盛り上がって来たかい?」
「・・・・・・・・・まだよ。」
  伸びをしながらそう聞くと、つぐみはそっけなく答えた。
「じゃあ、なんか面白そうな場面とかってなかったんか?」
「・・・・・・ビデオ撮影分をフィルムに合成した時の消し忘れ・・・だ
と思うけど、ビデオ表示の『再生』の文字が見えたわ。」
  そっけなく、しかしつぐみにしては珍しくボケをかまして来たの
 で、武は少し驚いた。
「おいおい〜。これって40年近く前の映画のリマスター版だぜ?い
くら何でもそりゃないだろが〜〜(大笑)」
  つぐみは大受けの武を一瞥し、
「・・・・・・・・・本当よ。」
  と、表情を変えずに静かにそう言った。

「――――――マジかよ?」
  笑いを止め、しばし渋い顔でスクリーンを凝視する武。



  武の記憶が確かなら、映画館内の古いポスターには、
     製作、監督、出演、脚色、編集、作詞 『マイク水野』
  と、書かれていた筈だ。

  マイク水野こと水野晴郎と言えば、名の知れた映画評論家であ
 り、某映画番組のコメンテイターも長く勤めた人物である・・・・・

  おまけにパンフには、この『シベリア超特急』は舞台版も含め、7
 作品作られてた長寿作品と書いてあったのだ。
  そして、今上映中なのは第一作目。
  だが、これがまた、凄まじいヘタレ振りで、面白くなく、見所もない。
  世界で唯一の「MIKE COLOR」、「スーパーシネマ方式」とかいう
 特殊形式に対応ってのも何のことだかサッパリ分らない。
  却ってこれはもう、よく創ったもんだと感心するしかなかった。

  何よりの問題は、主役の山下大将演じるマイク水野こと、水野晴
 郎が見る者の頭をウニにするほどの大根だという事実だろう。

「・・・・・・・しっかし何でこんなのが? まったく訳わからん。ある意味
存在これ自体がコメディなのかも・・・・やるな、マイク水野。(呆然)」
「何をブツブツ言ってるの?もう・・・・せっかく沙羅がチケットを私たち
にってくれたのよ。(ギロリ)」
  つぐみは沙羅がせっかくセッティングしてくれたからと、真剣に見
 ているようだ。
  真面目というか、いじましいと言うか・・・・・・・
「つぐみ・・・・・・」
「―――――た、武?(赤面)」
  そっと、隣りに座る少女の手に自分の手を重ねる武。
「俺たちの娘の為に、頑張ろうぜ。」
「・・・・・・くすっ。もう・・・・・・馬鹿。 」
  こうなれば覚悟を決めてつぐみと共に最後まで見ようと決意した
 武だった。

  そして・・・・・・予想以上につまらなかった。

  ちなみにこの日は1作目と2作目の2本立て。
  1の終了後に続き放映された『シベリア超特急2』は、前作を越え
 た詰まらなさ.。
  何しろタイトルのシベリア超特急が出てこないのだから話にならない。
  舞台は中国の駅の傍のモダンなホテル。そこで起こる殺人事件
 を今度も水野晴郎演じる山下大将が解き明かす展開なのだが何か
 が間違っているのだ。もしくは全部がおかしい。

  結局は武はおろか、つぐみさえも眠りの中に引き込んだのだった。  

  上映が終わり、映画館から出た武とつぐみ。

「・・・・・・どうしよう。ねぇ、武。」
  映画の内容がどうあれ、せっかく娘がプレゼントしてくれた映画で
 寝てしまったのを悔やんでいるらしい。
「どうしようって? まあ、俺も寝ちまったしさ。んな顔すんなよ。」
「だって・・・・・沙羅が・・・・・・」
  なんか見てて痛々しいほど落ち込んでいるつぐみ。
「あの映画2本立てだったらしょうがないよ。大体が俺たちの他に客
がいなかったんだから、こりゃもう不可抗力だって、な?」
「そんな言い訳をあの子に言うの?私は嫌よ。」
  つぐみはベソを掻いた子供のような顔で武を睨みつける。
  苦笑いを浮かべ、宥める様に、不器用な少女の華奢な肩に手を
 置く武。
「ま、俺に任せとけって。全部丸く治めてみせるから。」
「・・・・・・・本当?」
  その言葉にようやく安心したのか、妙に疲れた二人は寄り添うよ
 うに帰路についた。
  

          §        §


「おかえりなさい〜。ねぇ、どうだったの?面白かった?」
  二人が帰宅し、玄関をくぐると同時に沙羅は駆け寄ってきて、映
 画の感想を求めて来た。
「あ・・・あのね、――――? 武? 」
  口ごもるつぐみを制し、武が割って入ってこう言った。
「ああ、凄く面白かったぜ。あれは一度見ないと損だな。」
「―――――?! ちょ、ちょっと武?」
  つぐみは小声で異議を訴えるが、武はそれ無視した。

「そんなに面白い映画なんだ〜。じゃあ、早速なっきゅ先輩に報告す
るでござる♪」
「・・・・・・え? 優がどうかしたの?」
  突然、沙羅の口から飛び出した優秋の名前に驚くつぐみ。
「実は、あのチケットなっきゅ先輩からもらったの。それで、もし見て来
て面白かったら教えてって言われてたんだ。」
  そう言うと、自室に戻っていく沙羅。
  それを見送った後、武の方を向き直り、恨みがましい目をつぐみは  
 向けた。
「・・・・・・・・知ってたのね?(ギロリ)」
「さあ、何のことかな〜?それよりほら、小腹が空いたから何か・・・ラ
ーメンでも作るよ。つぐみも食べるだろ?」
  あくまでとぼける武に、溜息をつくつぐみだった。 


          §        §


  早速、優秋に電話で報告する沙羅。武が楽しかったと言った所為で
 実はこの映画が凄く見たくなっていたのだ。
「と、言う訳でパパ絶賛のお奨めだそうでござるよ。」
『へ〜?あの映画がね〜。なんかカルトっぽいとは思ってたけど。倉成
絶賛・・・・・か』
  ここで武があの映画を『面白い』と言った所に、含みを感じた勘のいい
 優秋だったが、逆にその何かに興味がいったようだった。
「パパお奨めの映画だったら、なんかわたしも見たくなってきちゃった。」
『じゃあ、行ってみよっか。タダ券はまだ何枚かあるから、マヨと・・・ホク
トも一緒に。』
  かくして、ホクトも巻き込まれたのだった。


          §        §


  それから数日後―――――
「パパ、ママ、行って来ま〜す♪」
「じゃあ、行ってくるね。」
「おう、楽しんで来いよ〜〜。」
「・・・・・・いってらっしゃい。」
  夕方、駅前で優秋と待ち合わせの沙羅とホクトは両親に見送られ
 て出かけていった。
  この日は何とオールナイトで『シベリア超特急』が1から4が放映さ
 れるのだ。
「何と言うか・・・・企画する奴もアレだけど、見に行く方も相当にアレだ
よな。」
「ふ〜〜、もう・・・・知らないわよ。」
  と、実に楽しそうに言う武に、つぐみは文句を漏らす。


          §        §


  そして様々な思惑の中、無事『シベリア超特急1』を見終わった3人。
  ちなみに他に客はいなかった。

  10分の休憩時間にロビーで眠気覚ましの珈琲を飲みながら、頭は
 完全にトコロテン状態だった。
  二転三転と仕掛けたどんでん返しが完全に空回りしたクライマックスが
 見るものに再起不能なほどのトドメとなったようだ。  

「何なの・・・・・この映画?」
  まず、切り出しのは優秋。
「・・・・・・何なんでござろう?深いのか底が最初っからないのか。」
  武のお奨めという1点だけで、何とか必死に美点を見出そうとして、
 結果、あまりのあまりさに呆然となった沙羅。  
「ああ・・・・・帰りたい。」
  何となく分っていたのについ来てしまった我が身を恨むホクト。


  ふと優秋が視線を動かすと、壁に今日の上映プログラムが貼っ
 てあり、それを覗くと、次の上映品目にこう書かれていた。

        『シベリア超特急2(夢オチバージョン)』


「夢オチって・・・・・・・・何?」
  更に頭がウニになる優秋。
「サスペンス映画で夢オチ・・・・でござるか?」
  沙羅の頭もウニになりかけていた。
「ああ・・・・帰りたい。」
  文句を言いつつ全く帰る気配の無い2人を不思議に思うホクト。


  そうこうしている内に、次の上映時間が始まる予鈴が鳴った。
「ふっふっふっ・・・・こうなったら最後まで見てやる!」
  優秋はおもむろに立ち上がり、不気味な笑いを浮かべそう言
 い放った。
  物好きというか悪食というか・・・・・・・
「先輩!拙者も付き合うでござるよ。」
  ここでも女子校ノリが炸裂した沙羅と優秋がしっかと手に手を
 取り合う。
「ああ・・・・帰りたい。」
  映画にも女子校ノリにも着いていけず、我が身を嘆くホクト。


  結果、当然の事ながら面白くなかった『シベ特2(夢オチVer)』。
  しかも本当に夢オチ。


  そして、演目のシベ特を1から4。そして演劇版シベ特を含めた
 の1〜7の予告を完全制覇した3人は白む夜明けの空を見上げ
 ながら、この映画について聞かれたら絶対に

      『凄く面白かった』

  と、触れ回ろうと心に誓ったのだった。




       【 あとがき 】

 先日行ってきました、オールナイトでシベリア超特急を。(本当です)
 なんと言ったらいい映画なのか・・・・・
 ああ、また元ネタがアレなSSを書いてしまいました。
しかも元ネタを知っていたとしても・・・・・・・・
 これはもう、俗に言うところの不条理モノSSと言う事で〜。(マテ)

 映画って本当にいいもんですよね、それではまた〜。(オイオイ)



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