「い、痛っ―――」
「大丈夫か? 優・・・」
  予想しなかった痛みに顔をしかめる優を武が気遣う。
「う、うん。でも・・・・私・・」
  確かにこういう体験が一度もなかったとは言え、女児出産を経験して
 いる自分だからと思っていたのに・・・不安な顔を隠せない優春。
「・・・ああ、判ってるよ。でも痛いんだろ?」
  身体を重ねたままの武は動きを止め、優しく優春の髪をすき、頬を撫でる。
「うん・・・でも、平気だから。 それに・・・」
「? なんだい?」
「嬉しいから。 やっと想いが叶って・・・そう思うとこの痛みも・・」
  優春は涙を浮かべながらも、幸せそうな笑顔を目の前の愛する人に向けた。 


〜好き!すき!!田中先生〜
【その3の中編「ブルークリスマス」】
                              かぱちゃぱ


   ――――2034年12月24日午前10時37分 鳩鳴館女子仮設待合所――――
  桑古木涼権は鳩鳴館女子付属中等部に転入しているココの誘いで学校主催ク
 リスマスパーティーに来ていた。
  只でさえ歴史と格式、そして美女、美少女の宝庫とされる鳩鳴館女子に部外
 者が入れるのはこの時をおいて他には無い。
  一張羅のジャケットに洒落たロングコート。そしてそのポケットには生徒一人
 に一枚しか渡されないプラチナチケットがあった。

「ん? 何だ、着信が着てたのか。――― ?緊急回線?」
  携帯の表示を見て眉をひそめる桑古木。余程の事が無い限り使われない
 チャンネルでの呼び出しに何事かと思い401研究所へリダイヤルすると―――
  トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルッ ピピッ
――『駄目だ〜〜、出来る訳が無い』『期限が!締め切りが!』『落ち着け、間に
合う!自分を信じろ』『ドリンク追加〜〜〜』『俺にも頼む〜』――
「――――? な、何だ?」
  聞こえてくるのはカリカリというペンで書き殴る音、キーボードを叩く音。
  その入稿期限ギリギリの同○作家の仕事場の様な切羽詰った雰囲気に一瞬、番
 号を掛け間違えたかと思った桑古木。
『―――― 桑古木か?』
「牧・・・だよな? 一体どういう有り様だよ、そっちは」
――『俺には出来ない〜!!』『ははは〜♪これを人だと思うな!只の数字の羅
 列だと思え♪』『う? て、てめ〜峰村!こいつに何を飲ませやがった!』―― 
  電話口から聞こえて来る喧騒は、とても巨大企業ライプリヒを手中に収めた
 田中優美清春香奈教授が率いる、悪魔の頭脳集団とは思えない。
『いま、今年度の――「活動内容」を事後処理中―― なんだが、な』
「ああ、それは知ってるぜ。で? 」
  フフフフ・・・と、何やらやるせない枯れた笑いで続ける牧。
『田中先生が――― 来ないんだよ。』
「な・・・なんだよそりゃ」
  何となく今の有り様が納得できる桑古木。研究所員の大半が科学と言う悪魔に
 魂を売った連中ばかり。優春がいなければ不測の事態にはこういう事になるのは
 当然か・・・ とはいえな〜んか楽しそうな気がしないでもない桑古木だった。

『―――― と言う訳なんだ。すまんが先生を探して直にでもお連れしてくれ。こ
の手の類はお前の専門だろ?』
「・・・・(なるほどね。優が・・・武と・・か。)」
  実の所、桑古木には優春の居場所がある程度予想が付いていた。
  彼女がこの街で武とデートをする以上、自分の足跡を辿らせない為、使用カー
 ドのID等を監視する管理システムに○レベルのプロテクトを掛けて介入した筈だ。
  そして、監視システムに発見されるよりも人に発見される危険が高いとなると
 いち早く何処かに篭るのが一番安全になる。となると今、優と武が居る場所は
 かなり限定できる。
  (そうすると、あそこだな。ライプリヒ出資の会員制高級リゾートホテル)
『どうした?桑古木』
「・・・牧。今日一日は優を放っといてやってくれないか?」
『おい! それはどう言う事だ!?』  
  桑古木の意図が判らない牧が語気を強める。
「田中先生も今は恋する一人の女だって事さ。で、今日はクリスマスイブ。これ以
上は野暮ってもんだろ?」
『し・・・しかしな。』
  困惑する牧。確かに桑古木の言いたい事も充分に理解出るし、尊敬する田中先
 生のプライベートを守って差し上げたいと言う気持ちもあるのだが、状況が・・・
「今日一日分、いや、その半分をお前達だけで『事後処理』してくれ、な?」
『・・・それは俺達に死ねと言っている事と同じなんだぞ?』
「そうなっちまうな。」
『・・・万に一つも無い可能性に賭けろと言うんだな? 』
「そ・・そうなっちまうな。(万に一つも無いんか?)」
  暫くの沈黙の後、牧は決断した。
『―――― わかった。』
「牧・・・恩に切るぜ(おい、ホントにいいの?)」
  喋る言葉とは裏腹に、桑古木の額に汗が流れる。
『なに、俺達は今まで田中先生に守られて来たんだからな。じゃなければ今頃
どうなっていたか・・・・ ま、お前も例の小さい彼女と楽しんで来いよ。』
「余計な世話だ。ま、生きてたら一杯おごるよ。」
 ピッ―― 通話電源が切れる。 
「フ〜。さて、どうなるか、な。(武、優を頼むよ。俺は武を信じてるからね。)」
  
  2度目のLeMU事故、そしてBW発動で全てが終わっても、優春の武に対する想い
 は叶わなかった。
  これは、あえてBWが3人の問題を優春、武、そしてつぐみ本人達に託したので
 はないだろうか?そう桑古木は感じていた。(そうなのか?)
  そして、いつか優が行動(暴走?)に移すんだろうとも・・・・、
 (まさかそれに第402研究室の連中まで巻き込まれるとは思わなかったけどな〜)

  そしてこの日、田中優美清春香奈、そして第402研究室にとって長い一日が
 始まった――――― 。 



  優春が指定してきた待ち合わせ場所は、鳩鳴館女子校と同じ街にある会員制
 の超が2つは付く高級リゾートホテルだった。
「ここ・・だよな? 」
  その豪華さに気後れしながらも中に入っていく。礼儀正しいホテルマンの案内
 で待合室に行くと見知った顔がそこに居た。水色のドレス風ワンピースにピンク
 の上着を羽織った優春はとても美しく、明らかに周りの注目を集めていた。
「あ・・倉成。 ・・・来てくれたんだ。」
   優春は美人だ。それも十人が十人振り返るであろうレベルの。
 大人っぽい顔立ちのつぐみとは違い、少女っぽい優春がはにかんだ様子は思わ
 ず抱きしめたくなるくらい可愛かった。
  まあ、つぐみがはにかんでも男なら同じ事を思うだろうけど。
「当たり前だろ。まあ、この豪華さには足を踏み入れるのに勇気が要ったけどな」
  意外なほど嬉しそうな優春に武は軽く冗談で返す。それにクスっと笑う優春。
「じゃあ着いて来てね。フフッ、あんまり驚かないでよ〜。」
「はいはい。では行きましょうか、優お嬢様♪」
  ふざけながら腕を差し出すと優はそっと寄り添って腕を絡め、そのまま待合室
 を後にした。  

  二人の乗ったエレベーターが数字の記されていない階で止まった。
  ウイィーーーン、とドアが開くなり武は言葉を失った。それに対し、得意げな
 様子の優春が対照的だ。
「フフフ〜♪ どうだ、驚いたか倉成♪」
「おい・・・フロア全部貸しきりかよ? バーに室内プールもあるじゃないか」
  予想以上に驚いてくれた武を愉快そうに眺める優。
「ここにある物は全て私達二人だけの貸切りなんだから。凄いでしょ♪」
  見回してみると、豪華な料理も用意されていた。
「いやまいった。暫く会わない内に優も偉くなったもんだ、うん」
  と、相変わらずの調子な武。現在の優春の権力の一端を目の当たりにしながら
 も17年前とまるで同じに自分と接してくれる武に、何か抑えきれない想いが湧い
 て来るのを優春は感じていた。 
「・・・ねえ、お酒、飲まない? 」

  二人はバーに腰掛け、思い思いに高そうな酒瓶を次々に空けていった。
「ひとつ・・・聞いていいかな?」
「なんだ?」
  カランっ、とグラスに入っている琥珀色の液体を揺らす優。少し間を置いて、
「私の娘の―――優美清秋香奈って、どう?」
  酒が回ってきたのか妙な質問をして来た優春。頬が少し紅く染まって色っぽく
 い優に見つめられ、ドキッとする武。
「ん? どうって言われてもな。お前とそっくりって言うのはまあ当然か」
「フフッ、そりゃ似てると言うよりも同じなんだもの。私とあの娘は」
「・・・いや、同じってのは違うだろ?」
「え?」
  その言葉にグラスを持つ手を止める優春。

優春と優秋は容姿、性格がまるで鏡合わせの様だった。
何故なら優秋は優春のクローンだから。その事はその事情も含め全て知っている
武は何をもって違うと言い切れるのか?

「優〜秋〜は俺の事を知らないんだよな。確かに17年前の優そのものに見えるけど
俺はあっちの優とは同じ時を過ごした事が無い所為か、あの娘を優って呼ぶのには
何か抵抗があるんだよ。お前はあの娘と自分は同じって言うけど―――」
「・・・・・・」
  武はグイっとグラスを空にし、無言で言葉を待つ優春の目を見ながら、
「俺にとっての優はお前、田中優美清春香奈って事。それだけさ。」
「(ありがとう・・・武。)」 
  優を優として理解してくれている武がいる。その事が、そしてその武の言葉が
 今まで背負っていた何かを開放してくれたようだった。
  ついでに入れてはいけないスイッチも・・・・

  酔いを醒ますため、風当たりのいい位置にあるソファーに身を預ける二人。
「・・・倉成。17年前の、IBFでTBに感染した時の事・・・覚えてる?」
  薄暗く照明を絞った部屋の中、そっと火照った身体を寄せる優。
「ん? ああ、何しろ俺にとってはつい最近の出来事だからな」
「あの時・・私達とならキュレイに感染しても本望だって・・・」  
  あの時の場面が武の頭に鮮明に浮かんでくる。
「覚えてるさ。お前達とならどうなっても構わないと、心からそう思ったよ」
「私も・・・私も貴方となら・・そう思った」
「―――? 優?」
「あの時の私は1年ほどで死ぬ筈だった。でも、もし貴方と永遠に生き続けられるな
らそれも幸せだって本気で思った・・・ そして貴方が傍に居てくれればこのまま
死んでもいいな・・・とも」
  (因果応報ってやつか?)そんな言葉が武の頭をよぎる。
  武を見詰める優の茶色い瞳。それが武を捕らえて放さなかった。 
「こわいな・・・」
  そんな優春を優しく見詰める武。捕まった―――と、直感した。これは逃げら
 れない・・・と。
「クスッ、そうよ。私を本気にさせたんだから・・・もう逃がさないんだから・・」
  怖い台詞のあと優は泣き笑いの表情で抱き付いて行き・・・    
  ―――そして優春は生まれて初めてのキスを武と交わした。―――


  その3の後編 オルタナティブに続く。


   【 あとがき 】
  BGM 鬼塚ちひろ「流星群」
  これが今回の優春のイメージですね。
  本来なら既に死んでいた筈の自分。そして本来なら自分としてこの世に
 存在している優秋と共に生きている矛盾。
  武がこの優美清春香奈と言う儚げな存在を、当たり前に受けとめてくれ
 た時、初めて優秋誕生以来、優春が抱えていた自問自答の存在意義の議題
 から楽になれた筈です。







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