田中先生シリーズ 
アローン・アゲイン
                              かぱちゃぱ


  ある筋から聞いた話。何者かが小町つぐみを探していると――――


    ―――― 某大学構内 第401研究室 ――――
「―――― 失礼します」
  研究員の岩井がドアを開けると、優はいつもの作業用デスクに座ってお
 り、その横には桑古木が控えていた。
「ご苦労さま、岩井クン。早速だけれど報告を聞かせてくれる?」
「はい、件の人物は 帆場 英司 24歳。両親、親戚共に既に無く背後関係
も含め怪しいと事はこれと言って・・・・ひとつの事を除けばですが。」
  楽しそうに口元をにニィ、と笑みを浮かべる岩井の目を静かに見つめ、黙っ
 て報告を聞く優。
「・・・・『例の絵』を描いた帆場 英司なる人物は間違いなく小町つぐみを探
しています。どうしたつてを使ったものか、ここまで辿り着いたようで。」
 『小町つぐみ』に関してのデータはIBF消滅作戦の折、相当に強引な手段で、
 それこそ関連施設、関係者諸共、文字どうり闇に葬ったのだ。今更ほじくり
 返そうとするならどういう理由が有るにせよ放っておく事は出来ない。
「――――!? マジかよ? そいつ、つぐみとどういう関係なんだ?」
  優よりも先に桑古木がつい驚きの言葉をもらす。
「涼〜!(呆れ顔)  ゴホンっ・・・・・・で、間違いないのね?」
「はい。・・・・如何いたします? 田中先生。」
  今度は岩井が優の言葉を待つ番だった。そして優は何の迷いも無く岩井に
 命令(オーダー)を下す。
「私が君に注文する事は最初から決まっている筈よ。『偽造&裏工作』――― 」
「ククク・・・  了解いたしました。先生―――― 」
  その言葉を待ちかねたように恭しい礼を優に向ける岩井。  



  街の画廊で、とある新進気鋭の画家の個展が開かれていた。
  とは言っても、無名に等しい絵描きの個展に足を止める人はな
 く、係員も暇を持て余しているようだった。
  
  そんな中、一台の車が画廊の前で止まった。
  ガチャッと後部座席から出てきたのは、まだ学生の様な若い女性
 だった。名前は田中優美清春香菜。
「ありがとう、野村君。 」 
  その女性を降ろすとそのまま車はその場から走り去っていった。
  優は美人だった。肩まで伸ばした明るい色の髪、黒いタイトスカート、
 そして 今流行のアイドルなど霞んで見える容姿は、当然の様に道行く
 人の視線を集めている。
  しかし、そんな視線は気にも留める様子も無く、軽やかな歩調で画廊
 の中に入っていく。

  カチャッ! カランっ――――――
「いらっしゃいませ」
  ドアを開けると案内人らしき女性が挨拶をしてくる。
「―――こんにちは」
  優は笑顔で会釈して、そのまま壁にかけられた絵を見始める。
  飾られている絵はどれも鮮烈で印象が強いが、何処か透明感があり
 見る者を惹きつけていた。
  そして、一枚の肖像画の前で優は歩みを止めた。
  その絵は髪の長い綺麗な少女が優しげに微笑んでいる、見る者を何とも
 言えない優しい気持ちにさせる絵だった。
「・・・・・!? なるほど。これね。」
  優の表情に何かを思案する色が浮かぶ。
  その絵に描かれている少女は、彼女の良く知る人物だったから。
「さっきの涼じゃないけど、この『つぐみの絵』を描いた男とつぐみって一体
どんな関係なのかしらね?(悪戯顔)」

「いかがですか?」
  先ほどの案内人が暇を持て余したらしく、頼みもしないのに絵の説明を買
って出てきた。
「ええ、どれも魅力的ね。特にこの絵が気に入ったわ」
  そう言って優は、つぐみが描かれた絵を示した。しかし案内人は
「すみませんが、こちらの絵だけは誰にも売らない様にと言われてまして・・」
「そう・・・ よほど思い入れがあるのね。 この絵には」
  案内人の女性にしても、せっかく興味を持ってくれたお客を逃す訳にもい
 かないので、続けて
「ですが、他の絵でしたらどれでも構わないと言う事なので・・・」
「そう・・・・じゃあ、他の絵を買わせて頂く事にするわ」
  優の言葉にパッと満面の笑みを浮かべる案内人。
「あ、ありがとうございます! それではどの絵をご所望で?」
  優は手持ちのハンドバッグから一枚のカードを取り出す。それは日本でも
 数えるほどしか発行されていない無限の支払能力を証明する○○社のゴール
 ドカードだった。そして一言、
「この絵以外のものを全部もらうわ。あ、包まなくてもいいわよ、店ごと買わ
せて頂くから。(ニッコリ)」
「は・・・・・はあ?(驚き顔)」
  あっけにとられる案内人を余所に、優は既に次の事を考えていた。


  絵画、そして画廊の店舗、土地などの買い取りは恐ろしいほどの速さで決
 まって行った。もちろんその裏には『第401研究室』の面々、そして裏工
 作のプロフェッショナルの岩井がいた。
  何をどうやったかは分らないが、夕刻前には全てが片付いて、後はアノ絵を
 描いた帆場 英司が来るのを待つだけだった。

  買い取った画廊に備えられていた商談用のサロンで、優は画家の到着を
 待ちながら紅茶を飲んでいた。
「田中様、紅茶のお代わりをお持ちしましょうか?」
「そうね、じゃあ 頂こうかしら。」
  そう言って、ポットに入った淹れたての紅茶を持って来たのは、そのまま
 優に雇われた先ほどの案内人だった。
  如何に落ち着いているとは言え若い女性、しかもまだ学生にも見える優が
 大金をポンと差出し、あまつさえ自分の雇用主になった事に関しての疑問を
 あまり感じてない図太さ辺りが優と気が合ったのかもしれない。

   ガチャッ! カランッ――― 
  そうして暫く時間を潰していると、入り口から誰かが入る音が聞こえた。
  画廊のドアには既に『Closed』のプレートが下げてあるので、今、来た
 人物は件の画家だろうと優は推測した。
「田中様、お待ちの方がいらっしゃいました」
  意外と堂に入った使用人風の立居振舞いで、案内人が知らせに来た。優は
 この女性にも興味を持ったが、今はそれどころではない。
「・・・・・ こちらにお通しして差し上げて。それと、商談中は―――」
「分っております。席を外しますので御用の時はなんなりとお呼びください」
  ――――― 冗談抜きでこの女性の素性が気になってきた優。そんな事を
 考えていると、入れ違いに若い男性がサロンに入ってきた。
「失礼します」
『ふ〜ん、この人が・・つぐみの浮気相手(?)・・・ね?』
  物静かな感じで、いかにも美術の先生が似合いそうだった。印象派さほど
 悪く は無いが優の趣味ではなかった。何故なら多分目の前の男では、あの
 LeMU事件を生き残る事は出来ないだろうから。
  優の男の基準は、これが必須条項なのだから世の殆どの男性は優の眼鏡に
 叶う訳がない―――――。 
「初めまして。帆場 英司です。」
「お会い出来て光栄ですわ。帆場さん。私は田中ゆきえです。」
  本名を名乗らず、母の名でもある通り名を使う優美清春香菜。
「っ!?――――― 。」
  帆場はフ、と何か思い付いた様に優の顔をじっと見詰めた。
  いぶかしんだ優が、
「―――? 何か、私の顔についてます?」
  と言うと、ハッ、と失礼な事をしていたのに気づき
「―――っ!? これは失礼しました。私の知人に何か・・雰囲気の様なもの
が似ていたもので、つい。」
「いえ、お気になさらずに。(なるほど、絵描きだけに見る目が鋭いわね)」
  物腰の柔らかい口調でそう言ったが、恐らく男は自分とつぐみに共通する
 何かを感じ取ったに違いない。
  とすると、既に優がつぐみと関わりがあるが故に自分を呼び出した事も気
 づいたかも知れないと――――――優は更に警戒を強めた。
「田中さんはお若い様ですが、誰かの名代でいらっしゃいますか?」
「クスっ。いいえ、あくまで私事。こう見えても貴方よりは年上なのよ、私」
  帆場に席を勧めながら悪戯っぽく笑ってみせる優。これは失礼、と
 帆場は優の向かいがわに腰を降ろした。

  こうして暫くは取り留めの無い会話を続けていたが、頃合を見計らっ
 て優は本題に切り出した。
「例の、あの髪の長い少女の絵はどうしても売っていただけないの?」
「はい。申し訳ありませんが・・・・」
  やはり、と言うか帆場は承諾しなかった。
「そう・・・残念だわ。 あの絵にはとても想い入れがあるようだけど、モ
デルの方は貴方の恋人・・・なのかしら?」
「いえ・・・そんな単純なものではありません。彼女は・・・私のたった一人
の最愛の人なのです」
『これは又、えらい熱の入れようね? 別れても未練・・・て奴?』
  明らかに一方ならない感情を秘めた独白だった。しかし、彼がどういう想い
 をつぐみに抱いていて、過去にどういう関係であろうともライプリヒとつぐみ
 の関係を知る人物ならば、彼にはそれ相応の処置が必要になる。
  そしてそれは優の声ひとつで今すぐにでも可能だった。
「よければ、その事を詳しく聞かせもらえる?」
「そ、それは?・・・・・・・ふぅ・・・分りました。」
  しばらく帆場は躊躇していたが、優の背景や意図を漠然と察し始めたらし
く、静かな口調で昔の話を語り始めた―――――



  その日の夕方も夜に傾きかけた頃、優に呼び出されたつぐみが画廊に現れた。
     ガチャッ! カランッ――― 
「(優ったら訳も言わずにいきなり来てくれなんて、一体なんの用なの?)」
 夕食の支度もそのままにして、少々不機嫌なつぐみは少し乱暴にドアを空ける。 
 照明が暗く設定されている店中に入ると、奥から若い男が迎えに出てきた。
「いらっしゃいませ、田中様からのご招待の方ですね?」
「!?・・・・・・・・ええ、そうだけど。 貴方は?」
  少し間を置いて、つぐみが口を開く。見た目、その表情はいつも道理であ
 った。そして男の方も、落ち着いた口調で挨拶をする。
「私、この画廊で個展を開かせて頂いてます帆場という者です。今回、オーナ
ーである田中様が貴女をお招きするとの事なので、案内を任されまして」
「・・・・・・そう。 じゃあ、お願いするわ。」
  やはり少し時間を置いて、つぐみは帆場の案内を承諾した。
「では、こちらから―――――」
  そして、帆場は個展の案内を始めた。つぐみは何かを考えつつも絵を興味
 深げに鑑賞しているようだった。
  いつの間にか帆場は事細やかに描いた時の心情などを目の前の少女へ熱っ
 ぽく語り、伝えていく。
  そのまま暫く歩くと、例の少女の絵の前に辿り着く。
  つぐみは自分が描かれたその絵を見ても、
「・・・・・・この絵は 誰を描いたものなの?」
  と、何も表情には出さず、淡々とした口調で説明をうながすつぐみ。
「これは、私が病気の時、家族が寝ないで看病してくれた時の事を描いた物な
んです。」
  なるほど、絵の構図の視点は確かに寝ている子供がちょうど見上げている
 ものだった。
「――――― 家族?」
「はい、彼女は私にとって母であり、姉でもある私のたった一人の家族です。
とは言っても一緒に暮らしたのは、ひと月にも満たないのですけど。」
「そう・・・・・・・・」
  そのまま二人は無言でその絵に見入っていた。もう何一つ言葉を交わそ
うともしなかった。―――――しかしそれで充分だった。  

「お待たせ〜、つぐみ。どうだった?個展は」
  何処から現れたのか、明るい口調の優が二人の所にやって来た。
「優・・・・・」
  つぐみが何かを言う前に、帆場は絵の前から離れ、
「では、私はこれで。小町さん、ごゆっくりどうぞ―――」
  一礼し、それだけを言うと、帆場は奥の方へ消えていった。つぐみも彼を
 振り返ろうとはしなかった。
  残された二人は只、その絵を暫く眺めていた。
  そして、どれくらい経ったか・・・不意につぐみが口を開いた。


「すぐにあの子だって分ったわ。・・・出合ったのは今から15年近く前にな
るかしら――― 
 ライプリヒの追っ手に見つかって、ホクトと沙羅とも生き別れた頃だったわ。
 ひと月事に住処を転々とするなら、少しは危ない橋を渡ってもその方がかえ
って安全だから、オンライン操作で他人名義のアパートを借りて、周りには学生
が一人暮らししてる様に見せて過ごし、又、別の街へ・・・・・を繰り返したの。
 そんな時だったわ。雨の中、身よりも住む場所も無いあの子が道端でうずくま
っているのを見付けたのは。
 立ち止まった私をあの子は、すがる様な目で見返してきたわ。
 このままだと、この子は死んでしまうと思った。けど、私と一緒に居ても危険
な事に代わりは無い・・・・
 そして、母子か姉弟を装う事でライプリヒの目を眩ます事が出来るとも考えた。
 それなら・・・と、あの子を今度の住処に連れて帰ったの。
 凄い熱で、危険な状態だったけど医者に見せる訳にも行かないから私が3日
3晩徹夜で看病したわ。
 ・・・・元気になったあの子は本当に私に懐いてくれた。私も後の別れが辛い
と分っていてもあの子を可愛がったわ。
 ――――――でも、3週間くらい経った頃 私はあの子の前から何も言わずに
姿を消した。
 拾っておいて、今度は黙って棄てるなんて恨まれても仕方ない事だけど、あの
まま私と居た方が危険だったから・・・・。
 もう・・遭う事なんて無いと思ってた・・・あの子ももう私の顔なんて覚えて
ないってそう思ってた・・・・
 ・・・・・あの・・私の姿が見えないだけで泣いていたあの子が・・・・」

  思いだすあの頃の事――――。
 自分の傍から片時も離れようとしない淋しがりやだった英司。
 絵が好きで、買ってあげたスケッチブックをあっという間に埋め尽くした。
 人一倍淋しがりの癖につぐみが少しでも淋しそうにしていると、気を紛らわせ
ようと一生懸命話し掛けてくれた。

  ポタッ、ポタッと俯いたつぐみの目から涙がこぼれ落ちていた。
「・・・・優、・・・あの子・・・あの子は・・・・」
「正直言うけど、彼をこのままにしておく事は出来ないの。」
「―――!」
  驚いて顔を上げるつぐみ。
「いい? 彼は昔、自分の前から消えたつぐみが、誰かに追われていた事を
漠然と気付いていたそうよ。子供は見ている所は見てるわね・・・」
「じゃあ、私があの子の前から消えた理由も・・・」
  コクン、と頷く優。
「彼はね、つぐみを恨んでなんかいないわ。」
「・・・・・・・・」
  無言で、優の言葉に耳を傾けるつぐみ。
「ほら、この絵を見ても分るじゃない。彼はつぐみの愛情を受けて立派に育っ
た。そして画家として大成したわ」
「優・・・・」
  優は泣き腫らすつぐみを包み込むように抱きしめる。その様はまるで一枚
 の乙女達を描いた絵画のようにも見えた。
「彼を誇りに思いなさい。貴女は間違ってなかった。私が保証するわ?」
  だが、続く言葉は非情だった。
「そしてその彼が、危険な事を承知でライプリヒの暗部を探り、ここまで辿り
ついたの。もう彼は大人よ?これから先はもうつぐみの範疇じゃないわ」
  お互いの表情は見えないが、つぐみは嗚咽を耐えるように言葉を紡ぐ。
「分ってるわ・・・あの子が自分で考えて選んだ結果なら・・・でも・・・」
  つぐみにも分っていた。しかし言わずにはいれなかった。消え入りそうな
 声で懇願するつぐみ。 
「・・・あの子を殺さないで・・・・ 」
「・・・・・・」
  そして優は答えなかった―――――
  
  その後、彼、帆場英司がつぐみと逢う事は2度と無かった。
  彼が伝たかった事は全部、伝わったから。
  そして、つぐみが今、幸せな事を知ったから。





「牧さん。先生宛に荷物が届いてますよ?」
「ん? ああ、又、例の絵画だろう。適当にその辺へ飾っといてくれ」
  野村が包みを開けると中からは異国の空の下、仲睦まじく遊ぶ親子か姉弟
 が描かれた絵画が出て来た。
「へ〜、これはまた高そうな・・いや、綺麗な絵ですね〜。何処の国な
んでしょうか?」
  そんな野村を牧はタバコを吹かしながらフッと苦笑いし、
「ノム! いつまでも何やってんだ? それよりも仕事、仕事。」




       【 あとがき 】
 
 最初はもっとコメディ色が強かったのですよ。引くだけ引いといて
つぐみを呼んだら何故か武やホクト、沙羅まで一緒に来てしまい、すった
もんだの上、当時と変わらないつぐみに帆場は混乱、せっかくお膳立て
した感動の再会を台無しにされて優春大暴れと言った感じで・・・
 それを猫柳さんの感想からのヒントで、【第401研究室】の暗部を
匂わせるよう書き直してみました。
 その結果、えらく救われない話になりますた・・・。(汗)
  
 え?そんな事無い? もしかして、何処が『暗部』か分りませんか?
 
  ではお聞きしますが、彼は本当に異国の空の下にいるのでしょうか?
 もしかしたら、何処かの病室か何かでつぐみと一緒に居る『夢』を見ながら
 絵を描いているのかもしれないのですよ?
  ・・・・・真相は書きません。ご想像にお任せします。
 
  あああ、やっぱり元に書き直そうかな〜。でも上書きしちゃったん
 だよな〜。(かなり後悔)


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