田中先生シリーズ
遠い日・風はあおあお(秋を抱く春〜より)
                              かぱちゃぱ


  倉成家からほど近い住宅街に田中邸はあった。別に豪邸と言
 う訳ではなく、母子ふたりで住むには広すぎる程度の家だった。
  中からは優秋が夕食に自慢の腕を振るったであろう良い匂い
 がしている。
「さて、我ながらいい仕事したわ♪ 」
  テーブルの上に上がっているのは十分に煮込んで味の深みに
 甘味を乗せたオニオンスープ。
  そして100グラム千五百円の国産牛ロースの1キログラムス
 テーキだった。
  ガーリックの風味を効かせ表面の焦げ目は鮮やかなれど、中は
 ジューシーなレアと見事に肉の焼き具合と、単純な料理なれど高
 度な技術を必要とされた一品である。
「ま、たまにはこんな贅沢もいいわよね〜。」
  時々、母親の優春が仕事場に泊り込む時、優秋はこうして一人
 だけご馳走を食べるのをささやかな楽しみとしていた。

  上機嫌でカチャカチャとナイフとファークで肉を食べやすい様
 に切り分ける優秋。
「フ〜ン♪ フ〜ン♪ おおっ! この切り口から滲み出る肉汁と
絡み合うガーリックバターのなんと芳醇な事か♪」
仕上がり具合に満足しつつ、さあ、口に運ぼうとしたその時、

 ――― ガチャッ! キ〜〜〜、 バタンッッ!―――
「ただいま〜。」 
  と、優春が帰ってきた。
「え、え? なんで帰ってくるの?」
  いきなり帰宅して来た母親に至福の瞬間を邪魔された優秋。
「う〜〜。仕方ないな〜〜。 お母さんと半分こになるのね。」
  未練ながらもナイフとフォークを置き、玄関に出迎えに行く。

「ちょっとお母さん!? 今日帰らないって言ってた・・・え?」
「・・・・・ただいま、優。」
  玄関で母親と顔を合わせた瞬間に呆然とし、その場に固まる
 優秋。
「・・・そんなに驚く事ないでしょ?見慣れてる顔なんだから」
  そう、確かにそこには見慣れた顔があった。それも寸分違わ
 ぬ自分の姿。
  [髪の長さ]が自分と同じ、苦笑いを浮かべる母親がそこに居た
 のだ。



  とりあえず、お腹が減ったと母親が夕飯をご所望なので、先ほ
 どのステーキとオニオンスープを半分こにして一緒に食べた。
  向かい合わせに座る母親がまるで鏡合わせの自分の様にして食
 事を口に運ぶのはなかなかシュールなモノだと優秋は思った。
  スタイルは確かに優春の方が女性的な柔らかさを備えているが、
 もともと優春も優秋も童顔系なので、顔に関しては二人の相違点
 がまるで見つけられない。
「・・・・ご馳走様。」
「・・・・お粗末さまでした。」
  食器を下げ、お茶を煎れ、母親に渡す優秋。
「ん、ありがと、優」
  自分もテーブルに座り、お茶を一口すする。そして溜息ひとつ
「ふう〜〜。で? 今度のそのなりは一体何の冗談?」
  ちなみに先日、優春は猫ミミをしていた事があったとか。
「ふう〜〜。別に好きでこうなった訳じゃないのよ。」
「同じセリフを前にも聞いたな〜。」
  ジト眼で自分を見る目の前の少女と同じくらいに短くなった明
 るい色の髪を指で弄びつつ、遠い目をして愛娘と同じ呼吸で溜息
 をつく優春。
「実は、ウチの研修室に元カリスマ美容師やってたコがいてね、」
「―――― はあ? 元カリ?」
  イキナリ突っ込みようの無い告白をする優春。そしてコケそう
 になりながら唖然とするその娘。
「私は大抵、美容室には行かないでそのコにセットしてもらってる
のよ。予約いれなくてもすぐやって貰えるし、それに――――」
「ちょおっと待って。・・どういう基準で研究員を雇ってるのか聞
いていい?」
  娘の質問に優春は、サっと悲しそうな表情をし、ふるふると首
 を振りつつ、
「優・・・・そこにツッコミを入れてはダメよ?」
「そ・・・・そうですか?(汗)」
  優春の鋭い眼光に冷や汗が優秋の額を伝う。
  優秋は触れてはいけない所に触れる所だった・・・ 母の愛に
 感謝。
「まあ、冗談はさておき、私の髪がこうなったのは涼のバカが・・」
  嘘だ!今のはマジだった。優秋はそう思ったがこれ以上脱線して
 もしょうがないので仕方なく黙って話を聞く事にした。



  その日の昼下がりの某大学構内 第401研究室。
  ゲストとして呼ばれた某大学での講演会を明日に控え、研究員の
 大杉に髪をカットしてもらう事にした優春。
「じゃあ園田クン。いつもの宜しくね?」
「はいはい。お任せください先生♪ バッチリ決めてみせますから」
  ちなみに散髪用の道具一式は園田が常備している。流石は元カリ
 美容師。
  煩雑な研究室の一角にある給水所。そこを散髪スペースとして優
 春が座ると園田が手馴れた手付きで優春の身体にシートを巻き、髪
 に保湿スプレーを吹き付ける。 
「カットはこの辺からでいいですか?」
「今日はそろえるだけでいいから。実はもう少し伸ばしてみようかと
思ってね」
  ハサミをカチャカチャと鳴らし、辺りをつけていく園田。
「なるほど〜。イメチェンですか、先生? あ、もしかして〜〜(ニ
ヤニヤ)」
「あ、わかる? 彼って髪が長い方が好きなのかな〜〜っなんてね」
  そんな風に取り留めの無い話をし、いざハサミを入れようとした
 その時、悲劇が起こった――――。
  不意に給水所のドアが開き、コーヒーカップを持った桑古木が現れ
「おっと、ゴメンよ〜〜。」
  園田にぶつかってしまった・・・・
    チャキンッッ!  ー―――― パサッ ―――――
  無情にも肩まであったセミロングの髪は、右後側が一部分10セン
 チ近く切れ落ちてしまっていた。
「――――――― あ・あ・あ・あ〜〜〜〜!!!!?せ・・先生?」
「ピキっ――――――――――――――――! (表情が凍る音)」
    ガタンッ!
  園田が事の次第に慌てていると、優春はゆっくり立ち上がり、今
 まで座っていた椅子を担ぎ上げると、
「・・・・・涼、 こっち向いてくれる?」
「あ? ちょっと待ってくれよ。今お湯を沸かしてんだ・・・え? 」
  桑古木の目に映ったのは振り下ろされた椅子らしきものだった。
   バキッッ!! と鈍い音と同時に「ぐえっ!!?」との悲鳴も聞
  こえた。
  そのまま、バキッ! バキッ! ゴキッ! ガスッ!ゴスッ!!
   と、打撃音が音程を変えながら給水室に響いていった・・・・・


「・・・・と言う事があったのよ」
『うわあ〜〜〜〜〜!?』
  絶妙なレア具合の肉料理の後で・・・もとい、仮にもLeMU事件で生
 死を共にした、なんちゃって倉成・・・もとい桑古木の身に降りかか
 った惨劇を聞きたくも無いのに聞かされ、顔面蒼白となり顔を顰める
 優秋。
  ちなみにこの後、変死体の桑古木(キュレイキャリア)は10分後、
 何事も無かったかのように起き上がり、名誉変死体になったそうな。
   (なんだそりゃ?)
「あ〜〜〜。で、それで、明日の公演はどこの大学なの?」
  とりあえず、和やかにして血生臭い空気を換えようと思い、尋ねる
 と優春は携帯のメモリで予定表を確認し始めた。
「え〜とね、あ・・・・ 」
「何? どうしたの?」
  言い難そうにゆっくりと顔を上げ、
「午後1時から・・・鳩鳴館女子・・・だって。」
「・・・自分の母校で今の話、するの?」
「・・・優? あなた、もしかして お母さんの事をテロリストか何か
だと思ってない?(眉間にシワ)」
  LeMU爆破にIBF壊滅、それらの事実の揉み消しに加え、関わった人
 間の抹消に倉成たちの身分偽造・・・・・  じゃあ、私のお母さん
 は何なんだ?と、思ったりもしたが口には出さない実に母親思いの娘
 だった。
  


  翌日、優秋が鳩鳴館女子大のキャンパスを歩いていると見知った顔
 の男が声をかけて来た。
  それは昨日の話では死んだと思われていた桑古木だった。(おいおい)
「やっと見つけた! 何やってんだアンタは?公演のミーティングの時間
をバッくれるなんて、俺への嫌がらせかよ?」
「あれ?桑古木じゃない。生きてたんだ〜。ふふっ、私とお母さんを間違
えてるわよ?」
  当然ながら彼は優春と優秋を見間違えたらしい。まあ、流石に今の二
 人を見極めるのは彼には無理な事だろう。
「あ?―――― お前、秋香菜の方か?!なんだよ同じ顔して紛らわしい
な〜。おまけに性格まで同じなんだから、お前も男に縁がないんだろ?」
「・・・・あんた、私にケンカ売ってんの?」
  ムカッと来たが、自分に当り散らす所を見ると、優春に相当酷い目に
 あってるんだな〜と、想像できてしまう自分が悲しい優秋。
  
   多分、自分も『やる』だろうから。

「あんたさ、ずっと倉成のフリしてた方が何かと良かったんじゃない?」
「う〜ん。それが出来りゃぁどんなにか・・・ま、それはさて置きどうし
ようかね〜。(汗)」
  しきりに時計を気にしながら辺りを見渡す桑古木。優秋も何事か気に
 なって、
「お母さん、どうかしたの?」
「ああ、さっき懐かしいから少し散歩してくると言い出したっきり・・」
  どうやら学生気分で校内をふらついているらしい。
「しょうがないわね〜。いいわ、私も手伝ってあげる」
「悪いな〜。じゃあ、優が見つかったら至急、控え室に戻るように伝えと
いてくれよ。俺はあっちの方を探して来るからさ――― 」
  そう言って牧は東校舎の方へ消えていった。
「・・・桑古木はあっちか。じゃあ、私は裏庭を見てこよっかな。」
  と、なんとなく優秋は全てのベクトルが負の方向を向いているであ
 ろう桑古木とは反対の方向に歩いていった。(おいおい)


「へ〜、懐かしいわね〜。そう言えばこの木陰、まだ小さかった優を連れ
て来て遊んであげたっけ。あの頃はまだ若かったわ♪」
  と、中庭に植えられた噴水脇の木下で、子連れ美少女の高校生活及び
 大学生活の思い出に浸る優春。
「みんな、優を可愛がってくれたわ。いい思い出よね〜」
  そう、優春は高1の頃 優秋出産後の復学と同時に赤ん坊を連れて登
 校してきたのだ。普通なら問題視されるものだが、ここは外界とは別世界
 、言わば学生の治外法権である鳩鳴館女子である。
  残された自分の時間で、少しでもこの子に愛情を注ぎたいと言う毅然と
 した優春の態度と物怖じしない優秋の愛らしさ。そしてその場のノリで学
 校側のコメントは、
     『その心意気や善し!!!』
と子連れ登校にあっさりGOサインが出た。
  どんな理由が有れ、良妻賢母の育成を旨とする学校の方針に合致する
 との意見が全校生徒及び職員の判断だった。要するにお祭り好きの校風
 だったと・・・


「こんちゃ〜す! なっきゅ先輩。お昼ねですか〜?」
  文字通り、見も心も学生気分に戻っていると、ひょっこり沙羅が現れ
 た。
「あら、沙羅じゃない。こんにちは。」
「へへ〜♪ やっぱりここがなっきゅ先輩の特等席なんですね〜。」
  やはり目の前の優が、先輩の方だと気付いていない沙羅。その沙羅が
 今、気になる事を言ったのを優春は聞き逃さなかった。
「特等席?」
「そうでござろう。先輩は天気が良いと大抵はここに居るから拙者は直
に居場所が分るんでござる、ニンニン」
「・・・・あの娘、覚えてたんだ。」
  小さい優秋のお気に入りの場所であり、特等席だったこの木陰。なん
 となくうれしくなる優春。今の彼女のそれは、優秋には絶対出来ないで
 あろう『母親』の顔だった。
「ん? どうかしたんですか? なっきゅ先輩〜 」
「クスッ、何でもないわ。 さて、これから一仕事と行きますか」
  先ほどまでの学生気分がいつの間にか優春の中から消えていた。立ち
 上がり芝生を払うと愛用の眼鏡を架け、『じゃあね』と中庭を後にした。
「何か・・・変だったな。 先輩・・・・・」
  どこか違和感を感じ、優の姿が見えなくなるまで見ていた沙羅。
  そんな釈然としない沙羅の背後からイキナリ誰かが声をかけて来た。
「マヨ! いま、ここに私が居なかった?」
  思わずビクッとする沙羅。そして振り返って更に驚いた。
「わっ!? え? え?ええええ? なっきゅ先輩? じゃあさっきの
は分身の術でござったか? さもなくばルパン!?」
  行き違いだったか〜、と溜息を付く。そして混乱している後輩をなだ
 める優秋。
     ――――、ていうかルパンって何?
「違う違う。今ここに居たのはね。私のお・母・さ・ん・よ。で、何処行
ったの?」
「な・・なんか仕事に行くとかどうとかなんとか・・・・(パチクリ) 」
「あ、そうなの? な〜んだ。」
  安心した優秋は不思議がる後輩を横目で見ながら、そのままさっきま
 で母親が陣獲っていた特等席である木の下に座り込んだ。
「へ〜、お母さんがここにね〜。 やっぱ親娘・・・かな?」

  
  さて、公演はと言うと、そこはそこ、流石は田中優美清春香菜と言う
 べきで、ともすれば『ムー民』にしか受けないようなトンデモ研究講義
 で好評を収めつつ、終了し成功を収めた。
  女は化けると言うが、眼鏡ひとつと雰囲気で優秋と間違われる事も無
 かったのも流石である。
  ちなみに閉演直後、『お姉様〜〜〜!(はぁと)』の大歓声があがっ
 たとか。
  そして気を良くした優春はこの後、打ち揚げでしこたま飲んだその足
 で17年前当時の雰囲気で武に迫る計画を実行に・・・・・・・

  ピンポ〜ン♪ 夜半過ぎの倉成家に誰か来た様だった。
「ん? はいはい〜っと。」
  パタパタと駆け足ぎみに武が玄関に行き、ドアを開けると、
「倉成〜〜♪  フフッ♪ どう?」
  イキナリ髪の短くなった優春が武に抱きついてきた。首に手をまわし、
 弾力に富んだ胸を惜しげも無く押し付ける。
  そして頬を摺り寄せ甘えてくるが、えらく酒臭かった。
「な、なんだ〜〜!? どうって、こら優〜秋、お前何のつもり――」
  やはり優秋が血迷ったと思った武がフ、と気が付くとホクトがじっと
 抱き合う二人を見ていた。
「・・・・・・(じーーーーっ)」
「ほら、倉成ったら〜♪ 何か言いなさいよう。ね、似合う?」
「ホ・・・ホクト? こ、これは何かの間違い・・おい、俺の話を――!」
  何も言わずにスタスタと行ってしまったホクト。
「あら? ホクト、誰か来てるの?」
  エプロンをしたつぐみが台所から顔を出し、ホクトに尋ねると、
「ううん。(ホントはまた田中先生が・・ね。お父さんも大変だな〜) 」
「ふ〜ん? そう」
  と、さりげなく父を援護する息子。それを聞き、そのまま台所仕事に
 戻るつぐみ。
  しかしひと目で優春だと見抜く辺り、クールな所はお母さんのつぐみ
 似なんであろうホクトだった。ちなみにマジギレすると怖い所も。



  【 あとがき 】
  学生の優春が校庭の木陰で赤ん坊の優秋をあやすシーンのイメージは
 いしだてさんの描かれたイラストの『秋を抱く春』から頂きました。
  ああいう『和み』系のイラストも好きなんですよ、私。ホントですよ?
 何か私って、えちぃイメージが固定している気がするんですが・・(笑)

[ BGM ] 姫神 『遠い日・風はあおあお』
 いしだてさんのイラストを見た後、この曲を聴いてて思いうかん
だのは、木陰の下で、優しい風に吹かれながら眠る優秋を見詰める
優春の場面。
 なんとなく、そんな優春と優秋の二人のイメージだと思うんで
すよ、この曲。 


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