思い出のリボン
                              孝一


「そういえば沙羅ちゃん、いつもそのリボンしてるわね。何か特別な思い出でもあるの?」
田中先生が思い出したように私に尋ねてきた。
「うん、私もずっと気になってたんだ」
なっきゅ先輩もその問いに興味があるようだ。
さすが親子、というよりは私のことを知っている人ならば誰もが気になることだと思う。
私はいつもこのリボンを付けているのだから・・・

今日私はなっきゅ先輩の家に遊びにきた。お兄ちゃんは学校の模試でここにはいない。
あのレミュウの事故から1年と数ヶ月・・・
相変わらずライプリヒの名前は良くニュースで耳にするが、
レミュウの事件を覚えている人はほとんどいないだろう。
ライプリヒには捜査のメスが入りその影響力はほとんど無力化された。
影の功労者は私の目の前にいる田中先生だが、それを知っている人は私たち以外、
ほとんどいない。

私はその田中先生となっきゅ先輩の3人で今まで他愛のない話をしていたのだけど、
突然田中先生が私のリボンについて聞いてきたのだ。
「聞きたい、ですか?」
私は一瞬、なっきゅ先輩たちにこの話をするのをやめようかと、ためらった。
このリボンは、私とお兄ちゃん、2人をつなぐ大切な絆の1つだから。
そして、2人だけの思い出だから。
「もちろん。聞くに決まってるじゃない」
「私も是非聞きたいわね」
しかし、2人とも私のリボンのことが気になるようだ。
「御二人のご希望とあらばお聞かせするでござるよ」
私はこのリボンといっしょにあるお兄ちゃんとの思い出を話し始めることにした。
共に戦った仲間たちに・・・


 
私は小さい頃からずっと、お兄ちゃんと一緒にある施設で育てられた。
始めはごく平凡な保育施設のような所で過ごしていたが、やがて、ライプリヒの研究所に
連れて行かれた。
ライプリヒで過ごした寂しく、哀しい日々は忘れようとしても、決して忘れることは
出来ないだろう・・・

私がこのリボンをもらったのはライプリヒに行く前、まだ小さな保育施設にいる時だった。
小さい頃ママと一緒に暮らしていた記憶は全くと言っていいほどもっていない。
私が、物心がついた時にはお兄ちゃんと保育施設で過ごしていた。
そこには私たちのほかにも何人かの子供がいたように思う。
しかし今となっては、はっきりと思い出せないけど。

そこの暮らしは貧しいものだったが、いつでも子供達の笑い声が響いたような気がする。
そこは気が良く、子供達に親しまれていたおばさんが1人で子供達の世話をしていた。
私たちも可愛がってもらったと思うんだけどその人のこともあまり覚えていない。
そこでは施設にきた日が誕生日ということになっていて、その日は皆でお祝いした。
特別なプレゼントはなかったけど、夕食のとき、おばさん手作りの大きなオムレツに
トマトケチャップで『お誕生日おめでとう』って書いてくれた。
皆、おばさんのオムレツが大好きだった。

私とお兄ちゃんは誕生日が同じだったから2人で1個のオムレツだった。
他の子より多少大きかったけど、2人で食べる分には少し小さかった。
だけどお兄ちゃんと2人でオムレツを食べることが出来るのが嬉しかった。
そのことを今もうっすらと覚えている。

ライプリヒに行く前の最後の誕生日にも同じようにオムレツを作ってくれたけど
その年は、特別に私へのプレゼントが用意してあった。
いつものように、お兄ちゃんと一緒にオムレツを食べた後、お兄ちゃんが
「沙羅、誕生日おめでとう。これ、プレゼント」
と言って何かの包を私にくれた。お兄ちゃんは少し照れていた。
中を見るとそこには大きな2つの淡黄色のリボンが入っていた。
お兄ちゃんが私に誕生日プレゼントを用意しておいてくれたのだ。
「ありがとうお兄ちゃん。ねぇ、これ付けてみていい?」
「うん、沙羅は初めてだと思うからおばさんにつけてもらったら?」
「分かった。じゃ、付けてもらって来るね」
そう言うやいなや、私はそのリボンを持っておばさんのところに走っていった。
それをつけてもらうために。

「どう、お兄ちゃんおばさんはとても似合うって言ってくれたけど」
リボンをつけてもらった私は、顔を赤くしながらお兄ちゃんに聞いた。
「良く似合ってる、とっても可愛いよ。沙羅」
お兄ちゃんにも誉められて、私はとても嬉しかった。
「本当?ありがとうお兄ちゃん。私、このリボン大切にするね」
「そういってくれると僕もうれしいよ」
お兄ちゃんは自分のことのように喜んでくれた。
私も大好きなお兄ちゃんからリボンをもらってはしゃいでいた。
だけど私はお兄ちゃんにあげるプレゼントなんて持ってなかった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんは私にリボンくれたけど私、お兄ちゃんにあげるものなんてもってないよ」
私は泣きそうな顔で、ションボリと言った。そうしたら
「別に何もいらないよ。沙羅が笑ってくれるだけで十分プレゼントだよ」
って言いながら、優しく私の頭を撫でてくれた。お兄ちゃんの優しさが伝わってきた。
私はお兄ちゃんに頭を撫でてもらうのが好きだった。
「本当?」
泣きそうな顔から一変、私の顔は明るくなった。
「うん、やっぱり沙羅は笑ってた方が可愛いよ」
お兄ちゃんも嬉しそうだった。
「うん、お兄ちゃん。じゃ、私からのプレゼントはずっとお兄ちゃんのそばで笑ってあげる」
そういって私は小指を出した。
「ありがとう、沙羅。約束だよ」
お兄ちゃんの小指が私の小指に絡んできた。
そうして私はお兄ちゃんと指きりをした。
私はどんなことがあっても毎日このリボンを付けようと、この時決心した。

それから私は1人でリボンを結べるようになろうとおばさんにリボンの縛り方を教えてもらった。
結び方は意外と簡単で私にもすぐに覚えられた。それから私は毎日リボンをした。
そして、お兄ちゃんにむけてたくさん笑った。お兄ちゃんも笑い返してくれた。
お兄ちゃんと離れ離れになるまでいっぱい、いっぱい笑いあった・・・。

                     ※

「沙羅ちゃんのリボンにそんなドラマがあったとはねぇ」
田中先生がしみじみと言った。
「はい、だからずっとこのリボンをつけてるんです。お兄ちゃんと約束したから」
私は、昔の事を思い出しながら、そっと答えた。
「ホクトはまだその約束覚えてるの?」
「きっと、覚えてると思いますよ」
「そうなの?」
なっきゅ先輩が不思議そうに尋ねてきた。
「ええ、朝起きた時とか、まだリボンつけてないとお兄ちゃん一瞬寂しそうな顔するから・・・」
そこで会話が少し途切れコオロギの鳴き声が響いてきた。わずかな静寂。
やがて、なっきゅ先輩がポツリと、言葉を漏らした。
「そっかぁ。やっぱり沙羅とホクトって小さい頃から仲がよかったんだ」
「あら?優、もしかして沙羅ちゃんに焼いてるの?」
さすがは田中先生。すかさず厳しいところをついてくる。
「な、なに言ってるのよお母さん。そんなことあるわけないじゃない。ただ・・・」
「ただ、何でござるかなっきゅ殿?」
私も田中先生に続いてなっきゅ先輩をからかってみた。
「もう、2人とも知らない」
なっきゅ先輩をからかって私と田中先生は笑っていた。
最初赤くなっていたなっきゅ先輩だったがいつのまにか私たちと一緒に笑っていた。
・・・今私はとても幸せだと思う。パパやママ、お兄ちゃんに会えて、
そしてこんなにも素敵な仲間と一緒に笑えるから。

「それじゃ私、そろそろ失礼しますね」
壁にかかっている時計を見ながら私は言った。時刻は4時を少し過ぎたくらい。
「あら、もっとゆっくりしていっていいのよ」
「そうよ、沙羅。遠慮しなくていいのに」
なっきゅ先輩と田中先生が声をかけてきた。
いつもなら、もう少しなっきゅ先輩の家にいるのだが、今日は特別。
「いや、そろそろ行かないとお兄ちゃんとの待ち合わせに送れちゃいますから。
それじゃさようなら、なっきゅ先輩、田中先生」
「そうなの?じゃあねぇ〜沙羅ちゃん」
「またね、沙羅。ホクトによろしくね」
二人に手を振りながら、私は田中宅を後にした。

                     ※

お兄ちゃんとの待ち合わせの時間より少し送れてしまったが、笑顔で待っていてくれた。
お兄ちゃんの通う学校となっきゅ先輩の家は同じ電車で行くことができるので、
今日は私たちの家から一番近い駅(それでも家まで約15分ぐらい)で待ち合わせていた。
「ごめんお兄ちゃん、少し遅れちゃった」
そう言いながら、私はお兄ちゃんに駆け寄った。
「いいよ、このくらい。それじゃ帰ろうか」
お兄ちゃんは笑って許してくれた。やっぱりお兄ちゃんは優しいと思う。
「お兄ちゃん、今日の模試、どうだったの?」
「うん、大体出来たよ、それより、優たちは元気だった?」
「なっきゅ先輩も田中先生もいつもどおり、元気だったよ」
家に向かって歩きながら、私たちは今日の出来事について話をしていた。
私はお兄ちゃんが本当にあのときの『約束』を覚えているか尋ねてみることにした。
「ねえ、お兄ちゃん、私にリボンくれた時のこと覚えてる?」
「・・・うん、覚えてるけど。それがどうかした?」
「じゃあ、そのときにした約束も?」
「もちろんだよ、沙羅。・・・だけどどうしていきなりそんなこと聞くの?」
「うん、今日なっきゅ先輩たちにそのこと話してきたから」
「・・・そう、だったんだ」

私はそっとお兄ちゃんの顔をのぞいて見た。お兄ちゃんは寂しそうな顔で、
どこか遠くのほう眺めている様だった。きっと昔の事を思い出しているんだろう。
「お兄ちゃん・・・」
私はそっとお兄ちゃんを呼んだ。
「ん、なに沙羅?」
お兄ちゃんは寂しそうな顔から一変、いつもの優しい顔で私のことをみていた。
「ありがとう、お兄ちゃん。私にあのリボンくれて」
「いきなりどうしたの、沙羅?」
「ん、なんか急に言いたくなったの、ありがとうって」
きっと昔のことを思い出したからだろう。
「どういたしまして、沙羅」
少し寂しげに優しく微笑んでお兄ちゃんは言った。お兄ちゃんも私ときっと同じだったのだろう。
「だけど、私たち、いつまでも一緒にはいられないよね。」
「え?」
「だって、いつか遠くないうちにお兄ちゃんは・・・」
私は言葉を詰まらせた。きっとお兄ちゃんはなっきゅ先輩と一緒に暮らすと思う。
そうなると、毎日、お兄ちゃんとは会えないかもしれない。
「そう、だね・・・」
お兄ちゃんはうつむいて答えた。
お兄ちゃんは私の言いたいことが分かっている。そして私の想いも・・・
だからそれ以上何も言わないのだろう。

私は、お兄ちゃんとなっきゅ先輩には幸せになってもらいたいと思っている。
いつまでも私だけのお兄ちゃんではない。私だけの、ではいけない・・・
「だけど、お兄ちゃん、お兄ちゃんはずっと私の大好きなお兄ちゃんだからね。」
私は、瞳に涙をためながらも無理やり笑顔を作って言った。
「もちろんだよ、僕も沙羅のことずっと好きだよ。」
「うん、お兄ちゃん約束だよ。」
私は少しうつむいた後、そっとお兄ちゃんの小指に私の小指を絡めた。
お兄ちゃんの小指は、私のより大きかった。

その後も、私はお兄ちゃんから手を離さず、ずっと手をつないでいた。
お兄ちゃんのぬくもりが、私に優しく伝わってきた。
私は笑いながらもう1度お兄ちゃんの顔をのぞいて見た。
いつものお兄ちゃんの優しい顔だったけど、
少し赤く見えたのは夕焼けに染まっていたからだろうか・・・
家に帰るまで私は手を離さなかった。今日はいつも以上にお兄ちゃんに甘えたかった。

私はずっと、お兄ちゃんがなっきゅ先輩と結婚すると、お兄ちゃんはどこか、
私の手の届かない所に行ってしまうように感じていた。
だけど、お兄ちゃんはずっと私のお兄ちゃんだ。私たちの絆は永遠に失われない。
だって、お兄ちゃんは私との約束破るほど度胸ないから・・・ニンニン。



あとがき
はじめはして、孝一です。
初めての投稿ですがいかがだったでしょうか?
いろいろとおかしな部分があると思いますが、自分の力を全て使って書いたつもりなので
そこらへんは多めに見てください(^^;)
この話ですが、沙羅っていつもリボンしてるな。だから、きっと大切な物だろう。
とかってに想って書きました。ホクトと離れ離れになってしまった幼いとき、
貯水池で泳ぎの特訓をしていたとき、いつでも沙羅はあのリボンをしてましたから(笑)
設定等もかなり無謀な個所が多々ありますが(汗;)
そこらへんも多めに見てください(オイ)
もしよろしければ感想・批判ばしばし書いてください。私は未熟のなかの未熟です。
皆様のご指摘で、これから少しでも良いものを作っていければと思っています。
それでは、これからも頑張っていきたい(本当に頑張れるかは・・・)
と思うので応援していただければ幸いです。


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