『地球所で最も低俗かつ愚劣なる生物、それは人間である』
 かつて、とある宗教学者が言った言葉である。その言葉の示す通り、人間は争いに争い
を重ねそれによって発展してきた。争いを発展の動力源にする罪深き種族。それが人間。
 遙か昔から今に至るまでそれは変わらず、そして、おそらくはこれからも・・・・・・変わる
ことはないだろう。


Alive on the globe
                             魔神 霊一郎


第一章 嵐の先触れ




2035年4月

『間もなく、9時38分発JAL188便ロンドン行きの、搭乗手続きを開始いたします。
ご搭乗のお客様は…』
 構内に発着アナウンスが流れる。それと同時にロビーにいた人々のうち何人かが、動き
出した。その中に、彼がいた。
「さて、行くか」
 一言つぶやき、荷物を持って発着ゲートへ向かう。その時…
「桑古木!」
 彼の背中にかかる女性の声。彼はこの声を知っていた。17年間苦と楽を、そして生と
死すら共にした女性。彼の、世界で最も信頼する相棒。
 彼はその場で振り向き、彼女の名を呼んだ。
「優…」
「桑古木、どういう…ことよ。いったい何処へ行くつもりなの」
 相当急いできたのだろう。彼女の髪は乱れ、息も整っていなかった。
「手紙は残しただろ?」
「ええ、見たわ」
「だったら…」
「あれじゃわかんないからここに来たのよ! 何よ! 自分を見つけに行くって!」
「そのまんまさ。俺は17年前から武とココを助けるために、それだけのために生きてき
た。それだけを考えてきた。勘違いすんなよ。別にお前のせいだとか、そんなこと言うつ
もりはないからな。」
 急に暗い顔になった彼女をなだめるように、彼は笑う。
「けど、それが終わった今となっちゃ、これからどうしていいかわからない。これからを
生きるために、俺はこの国を出ようと思う。今のまま、お前や空と一緒にいても生きてい
けるだろう。だがそれは、過去にしがみついてるだけだ。前に進んでない。生き人形と何
も変わらない」
「桑古木…」
「過去にしがみつくのではなく、過去を見据えて、未来に向かって生きるためにも、俺は
行かなきゃならない。そう、思った。だから…」
「わかった」
 その言葉を遮り、彼女は彼を見据える。
「桑古木がそこまで言うんなら、私は止めない。けど、いい。絶対に自分を見つけなさい
よ。これからを生きる目的を見つけなさいよ。人形じゃなく、人間として生きられるよう
になりなさいよ。そして、絶対に私達の元に帰ってくること。みんなが待ってるわ、あな
たをね」
「わかった。必ずな」
 それは約束。必ず果たさなければならない約束。だがそれは、彼を縛るものではなく、
彼を解き放つもの
「それじゃあ、行くぜ。みんなにはよろしく言っといてくれ」
 それだけ言い残して、背を向ける。そのまま、搭乗口の方へと歩み去っていった。
「また、会いましょう。桑古木」





2042年12月

「あー、さむ。やっぱ冬の張り込みは辛いよなあ。早く帰って暖まりてえ」
 あの事件より7年。俺たちは新しい生活を送っていた。俺たちはキュレイのキャリアで
あるため、年齢をごまかすなど処理を頻繁に行わなくてはならず、一般企業に就職などは
困難だった。そのため俺は自由業を選んだ。すなわち私立探偵だ。開業以来6年、経営も
軌道に乗り生活も安定している。俺としては嬉しい限りだ。ただ休みが不定期なため、た
まにつぐみの機嫌がナナメになることがある。それが玉に瑕だ。
「くっそー、早く出て来いよー」
現在俺は依頼人の旦那の、浮気調査の真っ最中だ。この旦那、警戒心が全く無いのか、
ホテルには浮気相手と腕組んで入っていきやがった。普通は一人ずつ、時間差でいくもん
だが。尤も、こっちとしては、仕事がやりやすくてありがたいんだが。
 そんなことを考えていると、ターゲットが出てくる。ご丁寧に今回も二人一緒だ。
「よっしゃ。写真、写真っと」
 俺はすかさずシャッターを切る。20枚ほど撮って、その場を離れた。
「よし。これを後は現像して、依頼人に渡せばOKだ。今回も依頼達成だな」
 俺は達成感と、満足感を胸に家路ついた。




「ただいまー」
「おかえりなさい、武」
 我が家に帰り着き、愛妻つぐみの出迎えを受ける。俺にとって至福の瞬間のひとつだ。
少し前までは愛息と愛娘も出迎えてくれたんだが、今はあの二人はいない。ホクトは秋香
菜と結婚し、新居を構えた。沙羅も大学卒業後、職場に近い場所に部屋を借りて移り住ん
でいる。その為、今この家にいるのは俺とつぐみ、そしてチャミの計二人と一匹だ。少し
寂しくなったと思わないでもないが、これが自然な姿なんだろう。
「おかえりなさい、武。仕事はどうだった」
「ああ、無事終わった。後は、依頼人に結果を報告するだけだ」
「そう、よかったわね。ところで、晩御飯は」
「もちろん食うさ」
「それじゃあ、少し待ってて。さっき沙羅から電話があって、今日こっちに来るって。後
三十分くらいで着くからって」
「沙羅が?」
「ええ、それでホクトにも電話したのよ。来られないかって。そうしたら来るって言うか
ら。多分一時間位でしょうね。」
「そうか、じゃあ俺は依頼の報告書をまとめとくよ」
「わかったわ」




「遅いわね、あの子」
「そう、だな」
 沙羅が来る予定時刻を、すでに十五分オーバーしている。沙羅は時間には厳しい性格だ
から、遅れる時は前もって連絡を入れるのだが・・・・・・
「少し見てくるよ。多分大丈夫だと思うが、念のためだ」
「そうね、お願い」
 立ち上がった俺にコートを渡すつぐみ。その表情にはありありと不安が浮かんでいる。
「大丈夫だ、なにもないさ。ちょっと電車が遅れてるとか、そのぐらいのことだろう」
「だと、いいんだけど」
「じゃあ、ちょっと行って来る」




「パパとママに会うのも久しぶりだなー。元気かな、二人とも」
 仕事も一段落し、少し手の空いた私は両親の元へ向かうことにした。二人の元には、す
でに連絡を入れてある。ママのことだから、きっと大げさな歓迎の用意して待ってるに違
いない。
 そう思いながら、駅から実家への道を歩く。足取りも心なしか軽い。それも当然だろう。
私達はパパをのぞいて、人生の半分以上を家族の温もりを知らずに育った。それだけに、
人一倍家族に対する執着が強い。私だって一人暮らししているけど、それは職場の関係上
であって、私が望んだことではない。もしこの近辺に職場があるのなら、私は家を出なか
っただろう。それはおそらくお兄ちゃんも一緒で、新婚なので新居を構えはしたが、その
立地も実家からわずか一時間足らず。すぐにこれる距離だ。
 結局の所、私達にとって家族とは無ければ生きてはいけないほど重要な位置を占めてい
るのだろう。
「あ、公園…」
 いつの間にか、こんな所まで来ていたようだ。ここまで来れば後少し。十分位だろう。
「よし、もう少し」
 再び、歩き出そうとしたその時。
「!!!!!」
 私の目の前に見知らぬ人が立ちはだかった。明らかに尋常ではない。もう、薄暗いとい
うのに大きなミラーシェードのサングラス。どう見ても顔を隠すためのものだ。
 私は警戒しながら、逃げ道を探す。だが・・・
(囲まれた)
 何とか突破出来ないだろうか。そう考えていると、先頭の男が口を開く。
「倉成沙羅だな」
 私の名前を知っている!? その瞬間、いやな名前が頭をよぎった。
「まさか、ライプリヒ」
「近いが、正解ではない。倉成沙羅、我々と共に来てもらおうか」
「イヤ…って言ったら?」
「強制的においで願うことになる」
 やばい、この状況は非常にやばい。何とかして逃げないと。けど、どうやって。思案す
るが、考えが浮かばない。その間にも、連中は私に近寄ってくる。捕まる、そう思った瞬
間。
「最近のナンパってのは、ずいぶん物騒になったんだな」




「パパ!」
「大丈夫か、沙羅」
「うん、今のところは」
 俺は連中の方をぐるっと見回した。結構な数だ。
「目の前に四人、左手の茂みに三人、右側に同じく三人。そして最後に後ろの茂みに二人
・・・か。ずいぶん集めたな」
 再び正面を見据え、連中に問いかける。
「で、娘に何か用か。この後家族の団欒が控えててね。お引き取り願えれば嬉しいんだが」
「断る。と言ったら?」
「強制的にお帰りいただくことになる」
 俺は肩をすくめながら、先程の連中の言葉をまねる。その瞬間連中の気配が変わった。
「やる気、か。仕方ないな」
 先頭の男が、一気に間合いを詰め拳を繰り出す。俺は、右足を後ろに引き半身になりな
がらその拳に手を添える様につかみ、一気に引く。バランスを崩し前のめりになったとこ
ろに、すかさず膝蹴りを入れた。更にその場でしゃがみ、左からのナイフでの一撃をやり
過ごす。と同時に左足で相手の向こうずねを蹴り飛ばし、立ち上がり様にそのまま足の甲
を踏み抜く。
 自慢じゃないが、俺の靴は鉄板仕込みの重量20kgだ。おそらく骨が砕けたろう。
 沙羅を守る必要があるので、深追いは出来ない。離れたら最後、沙羅をねらってくるの
は目に見えている。
「どうした、終わりか」
 軽く挑発するが、のってこない。向こうもプロと言うことか・・・
「やるねえ、ここまでとは予想外だったぜ」
 野太い声から読みとれる色は、紛れもない賞賛を示していた。恐ろしく筋肉質な大男。
身長は軽く2m、体重もおそらく筋肉だけで100kgオーバーだろう。何より異質なの
は、その気配。
 普通の人生を歩んできたものには、決して出せないその気配が、他の連中との格の違い
を表している。まずい、沙羅を守りながら戦える相手じゃない。表面上平静を保ちながら、
内心は若干焦っていた。その心を知ってか知らずか、
「安心しな。これ以上やり合うつもりはねえよ」
「なに」
「今日の俺たちの目的は、そこのお嬢さんだ。お前じゃない。お前が現れた時点で作戦は
失敗だったんだ。こうして軽くやり合ったのは、お前の力を見たかったからだ」
「俺の」
 よく意味が分からない。俺の力を見て何になるんだ。
「そう。世界で三人しかいない、パーフェクトキュレイの力をな」
 何だと、パーフェクトキュレイ!?
「生憎だが、確かに俺はキャリアだがパーフェクトじゃない」
「ちゃんと変換率を測定したか? してないだろう。一度測ってみるといい。遺伝子のコ
ード変換率をな」
 それだけ言うと、男は背を向けた。
「ではまた会おう、倉成親娘」
 途端に気配が消える。どうやら、行ったようだ。完全に消えたことを確認して、沙羅に
話しかける。
「沙羅、大丈夫か」
「うん、パパは」
「ああ、平気だ」
「ねえパパ、さっきのって、やっぱり」
 俺は静かに首を横に振った。
「まだわからん。どっちにしろ、ほっとくわけにもいかないと思うが・・・・。それよりまず
は家に帰ろう。つぐみも心配してる。この時間なら、ホクトたちももう来てるだろう」
「お兄ちゃんもいるの?」
「ああ、せっかくだからってつぐみが呼んだんだ」
「そうなんだ。それじゃあ、早く帰るでござるよ」
 沙羅は昔と変わらぬ忍者言葉で、俺を促した。




「それで、二人とも怪我はなかったのね?」
「ああ、大丈夫だ」
 家に帰り着くなり例の出来事を、俺はつぐみとすでに到着していたホクトと秋香菜に告
げた。三人が三人共に驚いたが、最も驚いたのはやはりつぐみだった。
「やっぱり、まだライプリヒが・・・・」
「それは違うと思うよ。あの人たち、私がライプリヒかって聞いたら、近いが正解ではな
い、って言ったもの。ライプリヒなら今更正体を隠す必要なんて無いから」
「それもそうね。じゃあ、連中は何者なのかしら」
 確かに気になるが、俺はそれ以上に気になることがあった。あの大男の一言。世界で三
人しかいないパーフェクトキュレイの一人。あの男は、俺をパーフェクトキュレイと言っ
た。そのことが気にかかる。
「なあ、つぐみ。パーフェクトキュレイってのは、世界でお前だけなんだよな」
「ええ、そうよ。絶対にそうだとは言い切れないけど、確認されているのは、世界で私だ
け」
「だよな・・・・」
「どうしたの、いきなり」
「実は・・・」
 俺は例の大男とのやりとりを、つぐみに話した。
「そんな・・・!? あり得ないわ! 全てのコードが書き変わる確率なんて恐ろしく低いの
よ!? 一次感染でも一%未満の確率なのに、二次感染でなるなんて考えられない」
 はっきりと否定するつぐみ。それでも俺は、あの男の言葉が気にかかる。
「俺だけをさしてそう言ったんなら、俺もあまり気にしなかったろうな。けど、あいつは
世界で三人と言った。そう、三人だ。ってことは、後一人パーフェクトがいることを連中
は確信してるか、もしくは手中に収めてるかのどっちかだ」
「それは・・・」
 口ごもるつぐみ。しかし、どういう事であれ、
「このままにはしておけない・・・か。秋香菜、優は今の時間だと何してる?」
「お母さん? 今の時間なら、まだ研究所だと思うけど」
「わかった、連絡取ってくれ。緊急事態発生。今からそっちへ向かうってな」
 俺は全員の顔を見渡す。皆の表情に浮かぶのは、不安か緊張か、それともその両方だろ
うか。
「いずれにせよ、このままにはしておけない。ライプリヒとキュレイに関してはおそらく、
優が一番詳しいだろうからな。話を持ちかけるとしよう」
 俺の言葉に、それぞれがうなずく。
 こうして俺たちは、優の元へと向かった。


 
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