あのあとすぐに家を出た俺たちは、まっすぐに優の研究所に向かった。
 挨拶もそこそこに、俺たちは本題を切り出した。この状況下において、優の意見は限りな
く貴重だった。

Alive on the globe
                             魔神 霊一郎


第二章 神への道、滅びの序曲




「成る程ね。だいたいの所は解ったわ」
 全てを聞き終えた優が口を開く。
「それにしても、倉成がパーフェクトキュレイ、ね。俄には信じがたいわね」
「俺もそう思うんだがな・・・。とにかく、俺が聞きたいのは二つだ。連中は何者か。そし
て、俺は本当にパーフェクトなのかどうか、の二点だ」
 優はうつむいて少し考えこんでいたが、暫くすると顔を上げてこちらを見やる。
「ライプリヒ製薬の中でも、人体実験等を行っていた部署はすでに壊滅状態よ。各国当
局の監視が付いてるし、国によってはテロと同視しているところもある。それらの目を
ごまかすのは、まず不可能。その上・・・」
「あなたも監視している以上、動きが有ればすぐに判る。ということね」
「そのとおりよ」
 つぐみの言葉にうなずく優。
「であるから、ライプリヒの連中とは違うでしょうね。それは、間違いないわ」
「けど、優。ライプリヒの名前を出した以上、全くの無関係とは俺には思えない」
「ええ、そうね。ところで、倉成。ライプリヒがキュレイを研究していた理由って何か
知ってる?」
「そんなもの名誉欲だろう。どんな病気や怪我も治す薬から不老不死まで。キュレイを
利用すれば何でもござれだからな」
 俺は当然のように答える。
「そう、その通りよ。けど、ライプリヒの中にはそれ以上を求めた連中がいるの」
「それ以上。不老不死を越えるものがあるってのか」
「進化」
「進化ァ!?」
「そうよ。キュレイ種はサピエンスの亜種、いわば横道にそれたもう一つの人類。けど
、そう考えない連中も居たの。キュレイこそは人類の進化した姿だ。また一歩神に近づ
いた。そう考える連中がね」
「いかれてるわね」
 一言で切り捨てるつぐみ。無理もない。俺だってそう思う。
「キュレイは確かに不老不死だが、生殖能力がないわけじゃあない。現につぐみは双子
を産んだ。つまりは人間どんどん増えるって事だ。ぞっとしないな。人間全員がキュレ
イになったら、共食いで滅亡するのは目に見えてる」
「ライプリヒの上層部もそう考えた。だから彼らは追放されたのよ。ライプリヒからね
。その後は彼らの情報は聞かないわ。多分地下に潜ったんでしょうね。」
「じゃあ、そいつらが」
「あの連中の正体はそいつらか」
 重なる俺とつぐみの声。
「断定は出来ないけど、可能性はあるわ。連中がもし進化とかほざいてるんだったら、
キュレイ種は絶対に必要よ。なんとしてでも捕らえようとするでしょうね。そこで問題
になるのが、倉成はパーフェクトキュレイかどうか」
「パーフェクトかそうじゃないかが、進化とやらに関係するのか? キュレイならどっ
ちでも同じような気がするが」
「キュレイウィルスはね、パーフェクトからしか感染しないのよ。私や桑古木からは感
染しないの」
 はっきり言って驚いた。つぐみも目を見開いて、驚きを表している。
「一般のキュレイ、ここではコモンキュレイと呼ぶわね。それらのキュレイウィルスは
不活性。すなわち宿主のコードを書き換えた後には殆ど休眠状態に入るのよ」
「優、どういう事なの」
「キュレイウィルスは、元々感染力が強いウィルスではないの。私達のように、強制的
に打ち込んだのならともかく、自然感染では感染率0.1%未満と言うことが判明して
いるわ。このウィルスのもたらす効果の大きさから来る、自然の修正力ってところかし
ら。だからもし連中が進化をもたらしたければ、パーフェクトキュレイを狙うしかない
のよ」
 キュレイウィルスにそんな特性があったとは。だが、
「なぜ、沙羅なんだ? 沙羅はパーフェクトじゃない。けど連中は沙羅を狙った。どう
いうことだ」
「人質、でしょうね」
 またイヤな単語だ。
「パーフェクトキュレイの恐ろしさを、知ってるからでしょうね。正面から行ったんじ
ゃ手加減出来ない。かといってやりすぎもダメ。となると、残る方法は一つ」
「なるほど」
 沙羅とホクトを人質にする、か。俺たちにとってこれほど効果的な作戦はないよな。
それにしても、
「優、お前、連中がそのライプリヒ進化愛好会だって確信してるな」
「またひどい名前を付けられたもんね」
「便宜上だよ。それよりどうなんだ」
「どうしてそう思うの?」
「パーフェクトキュレイの恐ろしさを知ってるから。お前はさっきこう言った。けど、
キュレイ自体が公になっていないんだ。にもかかわらず、そんなことを知ってるのは関
係者ぐらいのものだ。つまり」
「私達か、ライプリヒって訳ね。倉成、今日は冴えてるわね」
「あのな。俺が何年探偵やってると思ってんだ。ったく。まあいいや、それで」
「ええ、間違いないなく愛好会の方々でしょうね」
 やっかいだな。ライプリヒのように、表の顔があるんならまだやりやすいんだが、完
全な地下組織となるとな。それにしても・・・
「連中の目的がいまいち見えてこないな」
「何言ってるのよ、武。優が言ってたじゃない。進化だって」
「俺でさえ、その進化の果てにあるのが破滅だって解ったんだ。連中が気付かないはず
がない。何か別の目的があるんじゃないのか」
 俺の言葉に考え込む、つぐみと優。どうも、解らないことだらけだな。




 その部屋を一言で言い表すなら、暗い。そう、部屋は暗かった。といっても、別に照
明がないわけではない。部屋の明かりは煌々と輝いており、そう言って意味での暗さを
感じることはなかった。
 その部屋に集まった人々の心の闇が、空間を浸食することによる暗さだった。
「さて、それでは始めよう。博士」
 上座に掛けた男に促され、一人の老人が立ち上がる。顔はしわだらけ、唇は薄く、眼
窩はくぼんでいる。だが何より異彩なのは、その眼のぎらつきだ。一言で言えば、狂人
のそれだった。
「我々の目的が達せられる時が近付いてきました。我々はついにパーフェクトキュレイ
を誕生させることに成功しました」
 室内からざわめきが起きる。そのざわめきは驚き半分、興奮半分といったところか。
「どういう方法で行えば、そうなるのかね」
 若干、興奮気味に上座の男が問いかける。
「はい。パーフェクトキュレイを人工的に誕生させるためには、ただ感染させるだけで
は不可能です。二つの条件が必要なのです」
「それは何かね」
「スピードと、敵です」
 全員が、解らないと言った顔をする。
「キュレイウィルスは約五年でコード書き換えを完了します。ですが、これでコードが
100%書き換わる確率はおよそ、2%。しかし、これを約十五年掛けてコードを書き
換えさせると確率は90%を超えます」
「15年・・・・。しかし、どうやって三倍の期間を掛けさせるのかね? あらかじめ遺伝
子に手を加えるのかね」
「そんな必要はありません。ただ眠ってもらいます。ただし、十五年間」
「ハイバネーション・・・・」
「その通りです。冷凍睡眠下にある人間は、極限まで生命活動を低下させます。本来で
あればこの状態においてはキュレイによるコード書き換えも進行不可能な状態に陥りま
す。なぜならば人体の代謝まで休止状態に陥るために、キュレイの活動力も休眠するか
らです。そこで重要なのがもう一つのファクターである、敵です」
 いったん言葉を切った博士に対し、上座の男がせかすように問いかける。。
「その、敵とは?」
「TB(ティーフ・ブラウ)です」
 その場にいた全員が息をのんだ。TB。かつて、人類を滅亡させるために現れたとま
でいわれた、人類史上最悪の致死性ウィルス。博士の言葉は、パーフェクトキュレイを
誕生させるには、それを使わなければならないと言うことを意味していた。
「TBをキュレイウィルスと同時に打ち込むことにより、両者を争わせます。古来より
ありとあらゆる生命体、生物は競争を繰り返すことにより発展し、そしてまた自らの存
亡の危機にあって始めて、驚異的な進歩を遂げます。つまりは敵の存在によって自らの
存在が脅かされる時、何らかの変化が顕れるのです。これはウィルスといえども例外で
はありません。TBという敵の脅威にさらされたキュレイウィルスは、自身が生き延び
るために更に強力に進化する必要に迫られ、活動力を僅かではありますが増加させ、コ
ードを変換させ続けます。その期間がおよそ十五年。そして、このより強力に進化した
キュレイウィルスによってパーフェクトへの道が開かれるのです」
 一言もなかった。沈黙だけが部屋を支配していた。それを破ったのもやはり、上座の
男だった。
「それで、パーフェクトキュレイは誕生するのかね?」
「本人が耐えられれば」
「どういうことかね」
「TBがキュレイを駆逐すれば、当然その人間は死にます。そしてTBが勝つか、キュ
レイが勝つかはその人間の運と生命力次第です」
 まさに生きるか死ぬかの一か八かの賭け。だが、そんなものに全てを賭けようという
人間はそうはいない。この場にいる人間は違った。
「成る程。死したものには、新たなる段階に進む資格が無いというわけだ」
「生き残ったものだけが、さらなる世界を見ることが出来るというわけだ」
 全員が笑う。心底楽しそうに。狂気がその場を支配していた。これほどまでに狂った
集団がかつていただろうか。
「ですが、ウィルス自体はパーフェクトキュレイ種から採取しなければなりません。で
すので・・・・」
「うむ、早急にパーフェクトキュレイを捕らえる必要がある。大尉!」
「お呼びで」
 大尉と呼ばれた男は、何の気配もなく部屋の中に現れた。
「方法は任せる。何としてでも・・・」
「お任せを。枢機卿猊下」




「それじゃあ、そこで待ってて。結果はすぐにでるわ」
「ああ」
 そう言って、優はラボの中に消えた。あの後、俺はコード変換率の測定を優に頼んで
やってもらう事にした。そして今、それに必要な細胞と血液の採取が終わったところだ。
 俺はつぐみと二人、待合室のソファに掛けて待つ。
「ねえ」
「なんだ」
「もし、本当にパーフェクトだったらどうするの」
「どうしようもないだろ、そんなの」
「でも!?」
 声を荒げるつぐみの口に、そっと人差し指を添える。
「パーフェクトであろうが、そうでなかろうが、俺は何も変わらない。心配することは
ないさ。俺はむしろ嬉しいくらいなんだぜ。ようやくつぐみと同じになれて。本物の不
老不死を手に入れられて。つぐみと正真正銘の永遠を歩くことが出来て」
「武・・・・」
「正直言うとな、俺は怖かった。パーフェクトじゃない以上、俺はいつか死ぬ。お前を
おいて」
 死ぬ、そう言った時つぐみは息をのむのが、はっきりと分かった。
「ホクトも沙羅もいない、遙かな未来に俺が死んだらお前は一人になる。そうなるのが、
何より怖かった。けど、これでようやくそんな心配ともおさらば出来る。俺は嬉しいぜ」
「ばか。まだ結果もでてないのに」
「そうだな。でも、俺は間違いなくそうだと思う」
 会話はそこでとぎれる。それから五分も経った頃、ラボから優がでてきた。
「どうだったの」
 問いつめるように、つぐみが尋ねる。やはりつぐみも気になるのだろう。ひょっとす

と、俺以上に。
「結果だけを言うわ。倉成、あなたは・・・・・・パーフェクトキュレイよ」
 驚きはなかった。つぐみに言ったとおり、予想していたことだからだ。
「どうしてそうなったかは、今のところ解らない。これから調べてみないと・・・・」
「いや、調べなくてもいい」
「どうして!?」
「過程や原因はどうでもいいんだよ。要は俺がパーフェクトキュレイであるって事実さ
え解れば、それでいい。そんなことより問題は、もう一人の方だ」
「世界で三人。つまり、倉成とつぐみとあと一人、か」
「そう、そしてその一人は」
「私達の誰か、よね。多分」
「それ以外考えられない」
 つぐみの言うとおり、俺とつぐみ以外の誰かということになる。考え込む。残るは誰
か。まず除外されるのは秋香菜。彼女は純粋なホモサピエンスだ。次にホクトと沙羅。
感染前の俺の遺伝子を持つ二人は、キュレイサピエンス。従ってこれも除外。となると
残るは、
「優、桑古木、そしてココの三人の内誰か、ということになるな」
「いえ、桑古木は違うわ。ついでにいえば私もね」
「どうしてわかるの?」
「私達は、変換率を測定済みなの。あの事件から五年後、コードの書き換えが終了した
時期にね。結果はお互い90%前後の変換率だったわ」
「なら残るは・・・・」
「ココ、なの」
 囁くようなつぐみの声。そう、もうそれしか考えられない。三人目のパーフェクトキ
ュレイは、八神ココ。間違いない。だが、そうすると・・・・。
「おい、連中、今度はココを狙うんじゃ・・・・!」
「大変だわ!? ココじゃとてもじゃないけど、逃げられない」
 俺たちは、あわてて研究所を飛び出した。




「お疲れさまでしたー」
 大勢の声が響く。およそ三十人ほどの集団。それぞれが、一人の女性に挨拶し、去っ
ていく。
「みんなお疲れさまー! またねー!」
去っていく人々の背中に、声を掛ける。全員の姿が見えなくなって彼女、八神ココは
歩き出した。
 今日の集まりは、とある出版社の記念パーティーだった。巷で人気の童話作家である
ココは、この出版社で何冊かの童話を出版しているため、招待されたのだ。
 彼女の天真爛漫さ、まわりに明るさを振りまく性格などは、童話作家に向いているか
もしれない。Lemuより脱出してすでに八年。キュレイのため、肉体的にはともかく精神
的には年相応に成長、
「ぷっぷくぷー。ぷっぷくぷー。ぴよぴよぴよぴー」
・・・・・・していなかった。
 もっとも、こうでなければココじゃない。と、宣う熱き漢も存在するので、これはこ
れで立派な彼女の魅力の一つなのだろう。
 ご機嫌なまま、ココ語をさえずりながら家路を歩くココ。その歩みがふと止まる。
 じっと虚空を見つめたまま微動だにしない。まるでそこに何かがあるように、じっと
一点を見つめたまま、口を開く。
「うん、そうなんだ。わかった、ありがとう。がんばってみるね」
 それはまるで会話だった。いや、会話なのだろう。彼女には、彼女だけにはそこにい
る存在が見えているのだろう。
「お話の途中かい? お嬢さん」
「ううん。もう終わったよ」
 いきなり現れたにもかかわらず、何ら驚きを表さず答えるココ。それが虚勢でないこ
とを見て取ったのか、男の声に賞賛が混じる。
「たいしたもんだ。いきなりだってのに、そこまで平然としてるのはな」
 身長二メートルのあの大男だった。
「ひょっとして、気付いていたのか?」
「ちがうよ。解っただけ」
「どういうことだ。まあいい。とにかく、八神ココ、お前さんに用がある。来てもらお
うか」
 一歩前に踏み出す。だがココは、
「それって、デートのお誘いってやつ? もてる女は辛いぜー。でもダメだよー。そう
いうのは順序があるんだから。まずは友達からねー」
 こんな時でもマイペースを崩さなかった。
 さすがに面食らったのか、男の足が止まる。この男が百戦錬磨である事は間違いない
が、それでもこういうタイプは、まずいなかったろう。
 男は何かを迷っていたが、再びココに近付いていく。
「え、ひょっとして無理矢理ってやつ。だめだよ、それって犯罪だよー」
 今度も気の抜けるような返事だが、男の足は止まらない。無視することにしたようだ。
 さすがにココも少しずつ後ずさる。が、徐々に二人の距離は縮まっていった。
 そして、一発の銃声が響いた。




「おい、優! ココの居そうな場所とか見当つかねえのかよ!」
「つくわけないでしょ! 無茶言わないで!」
 研究所を飛び出してからかれこれ三十分近く。未だココは見つからない。ココの自宅
にも連絡を入れたが、誰もでなかった。つまりは、まだ外にいるって事だ。
「ねえ、やっぱり手分けして探した方がいいんじゃない」
「だめだ! 理由はさっき言ったろ!」
 研究所をでてすぐ優は手分けして探そうと言ったのだが、俺はそれに反対した。理由
はたった1つ。あの大男だ。あの男には、おそらくつぐみですら勝てない。俺でようや
く五分ってところだろう。手分けして探したところで、あの男にやられるのがオチだ。
「でも、このままじゃ!」
 その通りだ。この広い街で闇雲に探し回っても見つかるわけがない。俺が少し焦り始
めていた、そのとき。
「っ! なんだ!?」
 何か聞こえる。これは・・・人の声。ココ、じゃないな。男の声だ。あの大男の声かとも
思ったが、それも違う。だが、どこかで聞いたことのある声。これは、この声は。
「桑古木・・・・か」
「た・・・・し。北・・・・繁・・・・街の・・・・れ。いそ・・・・ココ・・・・ない」
 急に立ち止まった俺を見て、つぐみが声を荒げる。
「何やってるの、武。いそがないと!」
「聞こえないのか、つぐみ。この声が」
「声?」
 つぐみは怪訝な顔をする。他の皆も同様で、訝しげな表情でこちらを見ている。
 皆には聞こえていないのか? だが、あれは間違いなく桑古木の声だった。確か北の・・
・・・。
「優、北の繁華街はずれの公園だ! 急げ!」
 全力疾走で目的地へ向かう俺達。間に合うか。いや、間に合わせる!
 どれ位走ったか解らない。公園近くまで来た俺たちが見たのは、ココに迫るあの大男だ
った。
 やばい、間に合わない。公園に辿り着くより、あの男がココを捕らえる方が速い。
 そう思った俺は、無意識のうちにジャケットの中に右手を差し込んだ。そしてそこにあ
るものを一息に、引っ張り出す。
 優が、つぐみが、そして子供達が目を見張る。それらを後目に、俺はその物体、ハイパ
ワー・MkVの引き金を引いた。
 鳴り響く銃声。固まるつぐみ達。だが、俺は止まらず一気に公園まで駆け抜ける。そし
て、ココをかばうように男の前に立った。




「随分物騒なもの持ってるな。この国じゃ違法なんじゃなかったか。それ」
「ばれなきゃ問題ない」
 さて、とりあえず間に合いはしたが問題はここからだ。どうするか・・・・。
 逃げてくれれば楽なんだが、そうもいかないだろうしな。
「倉成武。俺の名はべシェール。今回の目的は八神ココだが、俺達にとってはお前の方が
VIPだ。大人しく来るか、引きずられて運ばれるか、どちらでも好きな方を選ぶがいい」
「どっちもお断りだ」
「残念だ。だが予定はかわらんぜ。あんたは連れて行く」
 ココを下がらせ、ベシェールと睨み合う。とてつもないプレッシャーが辺りを覆う。そ
のまま、永遠とも思える時間が−実際には、ほんの数分だろう−が流れる。
 その緊張を破ったのは、追いついたつぐみの声だった。
「武…」
 瞬間、二人同時に動く。その巨体からは想像も出来ないスピードで、接近するベシェー
ル。俺はその左足めがけて、ローを放つ。ベシェールは足をあげそれをガード。同時に一
歩踏み込んで、俺の水月めがけて正拳を打ち込む。
 俺はそれを左にワンステップしてかわし、右足を軸に体を回転させハイキックを側頭に
たたき込んだ。が、
「ちっ」
 まともに決まったにもかかわらず、小揺るぎもしない。タフさもプロレスラー級らしい。
 突進ざまの一撃をスウェーでかわす。そのまま後ろに倒れ込み、片手で体を支え逆立ち
の要領で奴のあごを蹴り上げる。そのまま着地し、ブリッジの体勢から上半身を跳ね上げ
姿勢を戻す。
「ほんとタフだな、お前。普通なら悶絶してるぞ」
「それが取り柄でね。俺はそう簡単にゃあ、倒れねえぜ」
 まあ、そうだと思って頭やら顎やらを狙ってたんだが、どうも想像以上のタフさだ。側
頭と顎にくらっといて、ふらつきもしねえとは。だが、どんなタフな野郎でも脳や神経系
までは鍛えられない。そこを狙い続けるしかないだろうな。すぐ読まれるだろうから、短
期決戦だな。
 今度は俺から動いた。地を這うように一気に間合いを詰める。相手に密着する位に近づ
き、瞬時に跳ね上がって相手の横隔膜に全力の一撃を食らわせる。
「…っ!?」
 呼吸が詰まり、前屈みになった奴の顎をつま先で蹴り上げ、足を振り抜く。と、同時に
跳び上がりその頭頂にかかとを落とした。しびれるような感覚が俺のかかとに伝わってく
る。だが、
「これじゃあ、お前は倒れないよな!」
 まだ終わらない。そう判断し、俺は更に続ける。振り下ろしたかかとを支えにして、体
の向きを変え両腕を相手の肩におき逆立ちの状態になる。
 一瞬だけ力をため、そのまま一気にふりこの様に体を振って、相手の脊髄に両膝をたた
き込んだ。 
「が・・・!」
 ベシェールは小さくうめき、膝をつく。終わった、か?




 あの大男が膝をついた。それはそうだろう。あれで平然としていられるなら人間じゃな
い。
 私も女一人で逃避行を続けていた以上、何度か戦ったこともある。けど、それはキュレ
イの身体能力を利用しただけであって、決して格闘技や武術を身につけているわけではな
い。もし、あの男が私の前に立ちはだかっていたならば、私は為すすべもなく捕まってい
ただろう。あの男の強さはそれほどのものだ。それでも、私の目にはあの男が弱く見えて
しまう。武の強さが圧倒的すぎて。
 優に至っては、半分茫然自失だ。無理もない。優は、武が道場の跡取りだったことを知
らないのだから。ホクト、沙羅、秋香菜も同様に言葉をなくしていたが、気にしないこと
にする。そのうち説明すればいいだろう。
 私は武から目を逸らさずに考える。武の方はといえば、男から目を逸らさず未だ緊張を
解いていない。まだ、何か警戒しているのだろうか。




 奴の気が衰えない、まだ何かたくらんでるのか。
 警戒を解かずに、ベシェールを見下ろす。動きはない、が、やはり油断は出来ない。そ
う思っていると、ベシェールの口から低い笑い声がもれた。
「まったく、化け物め。俺をここまで追いつめるなんて、ほんとに人間かてめえ」
「人間さ。ま、色々規格外であることは認めるけどな」
 会話がとぎれる。仕掛けてくるかと思ったが、何もしてこない。ここはストレートにい
ってみるか。
「まだ、やる気か?」
「・・・・いや、お前には勝てん。それが、よく解った」
 これで終わりか。俺は軽く息を吐き、僅かではあるが緊張を解いた。だが、そのあとの
言葉は俺の予想外のものだった。
「しかし! このまま終わるわけにはいかん! 倉成武、お前は危険だ。ここで、消えて
もらう! お前がいなくてもパーフェクトはまだ二人いる。計画には支障はない。だが、
お前を放置すれば、計画そのものが崩れる可能性がある。捕らえられないのなら、生かし
ておくわけにはいかん!」
 なんて極端な奴だ。最も悪役は昔から極端なのが相場か。俺を巻き込んでの自爆。って
ところか。というか、のんきに思いふけってる場合じゃねえ。
「皆、逃げろ!」
 後ろのつぐみたちに叫ぶ。皆が一斉に逃げ出すのを確認すると、自身も近くの遮蔽物目
指して走り出す。その背中に、聖句のようなものが聞こえてきた。
「Pseudodeus regenis orbis est. Corpusis relinquo et animae liberare. Radere ca-
usa ad veri deusi. Amen!!」
 それが終わると同時に、耳をつんざく轟音を伴いベシェールを中心に爆発が起こる。爆
風になぎ倒される木々。俺は遮蔽物の影で、耳を覆い地面に伏せて爆風をやり過ごす。皆
が逃げた方を見やるが、煙で何も見えない。あいつらなら大丈夫。そう言い聞かせて風が
落ち着くのを待った。
 やがて、少しずつ風も落ち着き、煙もはれてきた。俺はゆっくりと立ち上がり、辺りを
見回す。
 思ったよりひどくない。テロの現場に比べれば、幾倍もましだろう。
 俺は皆が逃げた方向へ向かって歩き出した。
 きんっ!
その時、俺の足が何かを蹴り飛ばした。その方向に目を向けると、金属の輝きが目に入
る。
「なんだ?」
 しゃがみ込んでそれを拾う。それはロザリオだった。確かにキリスト教徒なら持ってい
てもおかしくはないが…。何かが引っかかる。何だ。
 その時、俺は奴が最後に唱えた聖句を思い出した。
『此は偽りの神しろしめす大地なり。我、肉体を棄て魂を解き放たん。真なる神の御許へ
と赴かんが為。アーメン』 
 奴は確かにそう言った、ラテン語で。偽りの神。真なる神。魂を解き放つ。・・・・・・そう
か、やつらは。
「武!」
 ドン! と、突き飛ばすかのような勢いで、つぐみが抱きついてきた。他の皆もそのあ
とに続いて現れる。
「無事みたいね。倉成」
「ああ、お前たちは」
「無事よ。ホクトが軽くすりむいたくらい。優をかばってね」
「そうか」
 全員無事なのは何よりだ。つぐみを抱き締めながら、俺はそう思った。
「優、聞きたいことがあるんだが」
「その前に」
 俺の言葉を遮る優。
「ここを離れましょう。このままだと、目立ってしょうがないわ」
 優の言葉はもっともだ。俺たちは、優の研究所に戻った。

 
 
To Be Continue




中書き

 まずはお詫びを。大変遅くなりました。もし、待っていらっしゃった方がいらっしゃる
のなら、この場でお詫びします。
 さて、殆ど説明の第二章。丁度半分ですので、中書きを入れてみようと思いました。
 今回は、バトルと説明です。次回はバトルと説明です。
 本来この作品三部構成でした。ところが、そうすると真ん中が異常にに長くなるので、
急遽四部構成に分けたのです。
 実際、遅くなった理由はそこにあります。なぜならば、何処で切るかを決めるのに、ほ
ぼ一週間かかりました。言い訳にしかなりませんが、決してさぼっていたわけではないこ
とを理解していただけたら、嬉しく思います。その上で感想などをいただければ、なお幸
いです。
 では最後に、拙作を受け取ってくださった明さんに感謝を。

魔神 霊一郎


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