神は全知にして全能である。我ら人間はその神の写し身である。然るに、人間は神に
ほど遠い。なぜか? それは我らを統べるが神ではなく、その僭称者だからである。


Alive on the globe
                             魔神 霊一郎


第三章 生命の決意


「おかえりなさい、皆さん」
 研究所に戻った俺たちを出迎えたのは空だった。空に連絡を取った覚えはないんだが
…。
「どうしたんだ、空。こんな時間に」
「いえ、先程の爆発が気になって。また何か…」
 そこで言いよどむが、俺はその寸前、一瞬だけ優に向けた視線を見てだいたいのとこ
ろを察した。
「また何か、優がやらかしたと思ったのか」
「ええ、まあ…」
「優、お前普段何やってんだ?」
「何もしてないわよ! 空もそんな大げさに言わなくてもいいでしょ!」
「ですが…」
 爆発イコール優。そんな認識が成立するからには、よほど凄いことをしていそうだが
、深く追求するのはやめておいた。話をややこしくしたくないからな。決して、俺の命
の危険があるからじゃないぞ。
「ま、何にせよ空がいてくれるのはありがたい。ひょっとしたら手伝ってもらうかもし
れない」
「先程の爆発のことですか」
「ああ」
「やはりあれは、田中先生が…」
「いい加減そこから離れなさい」
「残念ながら、優は関係ない」
「倉成、残念ながらって何よ!?」
 相手にするとややこしいので、優は無視する。
「実は…」
「ちょっと聞きなさいよ!」
 優が怒鳴り散らすのを後目に、俺は空に今までの出来事を説明し始めた。




「猊下、ベシェール大尉が殉教いたしました」
「そうか、彼の者をもってしても作戦は失敗したか」
「倉成武に一方的に追いつめられ、肉体を棄てられました」
「くく、見事だ。全くもって見事だ。パーフェクトキュレイよ。それでこそ、神の肉体
としてふさわしい」
「次は誰を差し向けますか」
 枢機卿は笑いを収めると、厳かに告げる。
「何もするな。奴らは馬鹿ではない。放っておけば、必ずここに来る。その時迎え撃て
ばよいのだ。わざわざ、出向いてやる必要などない。ベシェールが成し遂げればよかっ
たが、彼が出来なかったものを他の誰が出来るというのかね」
 報告した男は、何も言わず一礼して引き下がる。部屋には枢機卿だけが残された。
「早く来い。私には汝等が必要だ。神への扉を開く、鍵がな」




「そんなことが…。でも皆さん、御無事で何よりです」
「とりあえず今回は、な」
 そう、今回は無事だったが次もそうだとは限らない。ましてや連中が宗教がらみかも
しれないとあれば、なおさらだ。
「優、さっきのことだが…」
「さっき?」
「公園で俺が訊きたいことがあると言っただろ」
「ああ、そういえばそうだったわね。で、聞きたい事って?」
「ライプリヒは、宗教関係ともつながりがあるのか。それも正規の団体じゃなく、異端
とか、過激派とか、そういうのだ」
 優が沈思する。だが、それも一瞬だった。
「はっきりとは解らない。少なくとも表立っての関係はないはずよ。ただ…」
「ただ?」
 俺は目線で続きを促す。
「ただ、一度だけ宗教関係者らしき男が、ドイツの本社に訪れた事があるって聞いたこ
とがあるわ」
「その時はどうなった?」
「さあ、特に何もなかったと思うけど…」
「調べられるか? その男の経歴」
「わかった、やってみる」
「空も手伝ってやってくれ。後、沙羅。お前もだ。ひょっとするとお前のテクニックも
必要になるかもしれない」
「わかったでござる。拙者のフィンガーテクを見せる時でござるな」
「ああ、期待してるぜ」
「それじゃあ、早速…」
 すぐに取りかかろうとする優達。だが俺はそれを制止した。
「ちょっと待て。まずは一息入れよう。どうせ、すぐに調べが付くような情報でもない
しな」
「私も武に賛成ね。焦ってもいいことはないし、少し気を抜くのもいいと思うわ」
 全員が夕食を取っていないこともあり、とりあえず軽く食事ということに落ち着いた

 今までの緊迫した空気が嘘のような、穏やかな空気が流れる。
 その時、電話が鳴った。




「はあ、はあ、はあ」
 こぢんまりとした部屋である。壁一面を書棚が覆い、一目で学者、もしくはそれに類
する職業に就く者の部屋と解る。
 その部屋の窓際に置かれたデスクの椅子に腰掛けた男から、荒い息は発せられていた

「博士」
 その側にたたずむ−おそらくは助手だろう−男が気遣わしげな声を出す。
「だい、じょうぶ、だ。死にゃあしないさ」
 まだ息は荒かったが、男の顔には生気があるのを見て安心したように息を吐く。
「博士、それで首尾は」
「うまくいったと思う。が、確認しないと解らないな」
「では、国際電話を」
「ああ、だがその前に…休ませてくれ。落ち着いたら確認する」
「解りました」
「九条、もういいぞ。今日はもう終わりの筈だ」
「はい。では、また明日。予定通りに」
「ああ」
「それではこれで。失礼いたします、桑古木博士」
 九条が出ていき、部屋には桑古木一人が残された。荒かった息は、もう殆ど落ち着い
ている。すぐにでも電話を掛けたいところだが、体力の消耗は思ったより激しく、指一
本動かせないでいた。
 体が動かせないのなら代わりに、とばかりに彼は頭を働かせた。
(ココは、無事だろうか。武達ならきっと上手くやってくれてるはずだ。あんたを信じ
るぜ。何しろ、あんたは俺の尊敬する唯一の男なんだからな)
 日本を出てあちこちを渡り歩き、三年前ここイギリスに腰を落ち着けた。今では、ち
ょっとは名の知れた医者として、評判もある。その彼が一年ほど前、ライプリヒの残党
がまた何かをたくらんでるいるとの情報を、或る筋から手に入れた。
 それから、彼はそのたくらみが何かを探り続けたが、ライプリヒのガードは堅く情報
収集もままならない。半年かかって、ようやく手に入れた情報は、連中がココや武を狙
っているということと、決行の日取りだけだった。
(あれ以上、時間を掛けるわけにはいかなかった。行動まで半年しかなかったからな。
けど、直接武達に知らせても、連中は計画を中止にはしない。別の方法でやるだけだ。
ならどうするか、計画を実行させて失敗に追い込み、奴らを壊滅させればいい。その為
には…)
 彼にとってこれは賭けだった。まさしく。失敗すれば、ただの愚行でしかない。それ
でもやるしかなかったのだ。たった半年の準備期間で、BW召喚という奇跡を。
(俺はやり遂げた。少しはあんたに近づけたかい、武)
「けど、結果は蓋を開けてみるまで分からない、か。さて、本日最後の仕事だな」
 呟きながら、彼は電話を取った。




 突然の電話に、全員の顔に緊張が走る。俺とて例外ではなかった。
 ゆっくりと立ち上がり、電話へ向かう。しばし電話を見つめた後、受話器を取った。
「もしもし、田中研究所…」
「その声は、武か!」
「桑古木!」
 受話器から聞こえてきたのは、決して忘れることのない声だった。
「武! ココは、ココは無事か!」
 せかすように問いかける。
「ああ、無事だ。お前のおかげでな」
 このタイミングでこの電話。考えられることは一つしかない。俺は確認の意味を込め
てそう言った。
「そうか。どうやらメッセージは受け取ってもらえたようだな」
「ああ、やっぱりお前なんだな? あの声は」
「届いてくれてよかったよ。ダメだったらどうしようかと思ってた」
「けど、あれどうやったんだ。何か新兵器でも開発したのか?」
 問いかけながらも、俺は薄々気付いていた。桑古木が何をやったのかを。そして、そ
の予想は間違っていなかった。
「喚んだのさ。BWをな」
 ブリックヴィンケル。一次元上より下次元世界全てを見渡す存在。この世界とは別世
界の住人である彼らを呼ぶには相当の準備がいる。何よりも、召還されたBWは肉体を
持たないために、この世界の住人を依り代にしなければ存在出来ない。そして、依り代
にされた人間が無事であるという保証は、何処にもない。
「俺も無謀だと思ったが、やるしかなかったからな。けど、無茶した甲斐はあった。コ
コが救えたんだからな」
「桑古木…」
「武、ここからが本題だ。よく聞いてくれ」




「さて、と」
 受話器を置いた俺はみんなの方を向きやる。誰一人として目を逸らさず、こちらを見
ていた。ココをのぞいて。
「こんなときでも、ココはマイペースなんだな」
 苦笑がもれる。
「そうね、でもそれが彼女の魅力なんでしょうね」
 その通りだな。そう思いながら、表情を引き締める。
「よし、さっきの電話についてだ。まず、さっきの電話は桑古木からだ。ココの安否を
聞いてきた。」
「ココの? どうして桑古木がココの事、解るのよ? あいつこの近くにいるの?」
「いや、ロンドンだ」
「裏っ側じゃない。そんなところにいて、なんで」
「優の疑問も、尤もだ。だが俺たちはそんなことが出来る奴を知ってるはずだ。何しろ
、俺が助かったのはそいつのおかげだからな」
「ブリック…ヴィンケル」
 ホクトの呟きに、俺はうなずく。
「そうだ、あいつはそれを喚んだ。お前と同じようにな、優」
「そんな無理よ! あの時だって十七年かかったのよ。今回もそれだけとはいわないけ
ど、かなりの準備期間がいるはずよ」
「半年」
「え…」
「あいつは半年で喚んだ、らしい」
「そんな、無茶苦茶よ。半年だなんて」
「不可能じゃないと思うぞ。優の場合は場所が限定されたし、ライプリヒの眼をごまか
しながら、という困難な条件が重なったからだ。なにより、BWから十七年後と指定さ
れた。けど、今回の桑古木は純粋に喚べばよかったんだからな。
「その為にあいつ、殆ど生活の場所を部屋と仕事場に限定し、人付き合いも最低限の協
力者達に限ったらしいからな。それだけ活動が狭まれば、過去を再現するのも容易にな
る。
「BW召喚に必要な条件は、平たくいっちまえば錯覚だ。いかに上手く騙すかにある。
その他の条件はあまり関係ない。となれば…」
「短時間でも可能、という訳ね」
「そうだ。そう言う経験をしたからかもしれないが、BWの能力が歴史を改変する事が
出来るという一点のみに、俺たちはとらわれている。だが、実際BWの視点は三次元世
界全て。すなわち時間軸だけでなく、空間軸にも及ぶ。今回桑古木はこちらを利用して
ココの居場所を視たらしい。この力は歴史改変より簡単に行使出来るそうだ。
「で、だ。ここからが肝心なんだが、桑古木の話によると、もう一日、BWを召喚出来
る日があるそうだ。それが、明後日。といってもほぼ明日に近い。日付が変わる寸前だ
からな」
 ここで、俺はみんなを見回す。
「その日を過ぎればBWを当てにすることは出来ない。今日のようなことは起こりよう
がなくなる。だが、逆に言えばその日は当てに出来る。この日がチャンスだ。この日ま
でに敵の正体と居場所を突き止め、こちらから乗り込んで計画をつぶす」
「どうやって場所を特定するの? はっきり言って、いくらライプリヒ関係といっても
地下組織まで把握してる訳じゃないわ。それに、BWが喚べると決まってる訳じゃない
。可能性はあっても、実際喚べるかどうかは」
「前者に関しては俺に心当たりがある。ただ、特定するには若干情報が足りない。それ
を特定する足がかりを得るために、お前たちはさっきも言ったように例の宗教関係者の
経歴を洗ってくれ。ただし、三時間しか猶予はない」
「そんな! 無茶だよ、パパ!」
「無茶は承知の上なんだ、沙羅。それでもやってもらえなければ、多分間に合わない。
頼む、沙羅」
「パパ…。解った。やってみる」
「すまないな」
 無茶を言っているのが自分でもわかるからこそ、辛い。
「後者に関しては、あいつならやるさ。十七年も一緒に戦ってきたんだろ。少しは信じ
てやれよ」
「そう、ね。桑古木なら、やってくれるわよね」
「ああ。やってくれるさ」
 俺と優はうなずきを交わす。
「後は沙羅たちの結果待ちだ。全てはそれからだな」
 結果は、きっかり三時間後に出た。




「さて、この男の経歴だけど、見事の一言につきるわね。最後をのぞいて。」
「もったいぶった言い方だな」 
 間接的に続きを促す。
「名前はミカエル=ヨハネス=ロイフェール。ローマの神学校を卒業。トリエステ教区
助祭を皮切りに、ミラノ教区司祭。トリノ教区司教。ヴェネツィア教区大司教と順当に
出世してるわね。2039年、枢機卿に叙任。次期教皇最有力と言われながら、204
1年、涜神行為により破門。とあるわ」
「成る程、確かに見事だな。最後をのぞいては。涜神行為の内容は?」
「ロザリオのイエスを削ったんですって」
「そう、か」
 パズルの最後のピースがはまった。俺はポケットからベシェールが落とした、ロザリ
オを取り出す。
「こんな感じか」
 そのロザリオにもイエスの像がなかった。ただそのロザリオは、削ったわけではなく
て最初から付いていなかったようだが。
「ええ、そうね。多分だけど。それにしても、イエスのないロザリオってちゃちいアク
セサリーにしか見えないわね。こんなことして何の意味があるのかしら?」
「…グノーシスだ」
「は?」
「グノーシス派。聞いたことないか?」
 俺は皆に問いかける。答えたのはやはり優だった。
「キリスト教の一派よね。異端とされた。確か、魔王こそが本当の神で、今現在の神こ
そが人間を堕落させてる張本人。っていうかんじだったかしら」
 よどみなく答える。流石オカルトマニア。だが、
「不正解」
「は?」
「グノーシスは、別にキリスト教の一派というわけじゃない。キリスト教よりグノーシ
スの方が成立が速いという説もあるんだ。後半部分も近いが正解じゃあない。神は人間
を創り、それを統べるためにより神に誓いものを創った。だが、その神に近きものは思
い上がり、自らを神と思い振る舞い、結果、人間の発展を妨げた。
「といっても、ここで言う発展は文化などではなく、精神的なことだ。グノーシスに於
いては、人間は神の居る場所よりいくつもの層を降り、地上にたどり着く。その際、層
を通るたびに一つずつ不純なものを身にまとい、俗に染まっていくとされてる。
「グノーシスの言う発展とは、これらを捨て去り、再び神の元へ還ることを指すんだ」
「じゃあ、連中は」
「キュレイの不死性にその発展を、見出したんだろ。そして、自らもキュレイとなるこ
とで神に至ろうとした。そういうことだろう。」
 ロザリオを削ったのも、イエスが偽神の手先と思えばこそか。
「だが、こっちとしてはいい迷惑だ。それにつきあってやる必要はない。さっきも言っ
たように、計画はつぶすさ」
「武、連中の居場所は分かってるの?」
「見当は付く。以前、宗教がらみの仕事があってな。その際グノーシスの情報も若干だ
が入ってきた。その時は関係ないから放って置いたんだが、こんなところで役に立つと
はな」
 こう考えると、探偵業ってのも便利だな。
「だが、確定情報じゃないからな。これから、探りをいれるさ」
 俺はPDAを取り出し、電話をかける。深夜にもかかわらず、相手は数コールで出た

「Who?」(誰だ)
「Me. Confirm sound. smartly.」(俺だ。速く声紋確認しろ)
 かすかな電子音が受話器から流れてくる。やがて、先程とはうってかわった人なつこ
い声が俺に呼びかける。
「Good evening Mr.Kuranari. It was made such time what?」(やあ、倉成さん。こん
な時間にどうしました)
「Evening Sarge. I need some news, immediately now.」(今すぐ情報がいる)
 挨拶もそこそこに用件を告げる。電話の相手は普段から使っている、情報屋だ。それ
以外にも手広くやっていて、情報の正確さはピカ一だ。それだけに値も張るが。
「It is about Gnosticism which you informed me two years ago. I need in detail
about that.」(二年前お前がもってきたグノーシス関係の情報。あれの詳しいのが欲し
い)
「It will get for two days.」(二日あれば調べきれます)
「No! Express! For a day! It charge is paid at the first price asked. You get
me!」(だめだ、もっと急げ! 料金は言い値でかまわない。一日でやれ!)
「Oh. Ah・・・. I get you Mr.kuranari. Well, you are slave-driving.」(なんと…。
わかりました。やれやれ、人使いの荒い人だ)
「It is first time. And…」(それは初耳だ。あと…)




「何か倉成、別人みたいよね」
「えっ」
 突然話しかけられ、驚いて振り向く。そこには何時の間にここまで来たのか、優がい
た。「とても2017年の時のあいつからは、想像出来ないわね。ああやって英語喋っ
て、グノーシスについて解説するところなんか」
「そうね」
 私はうなずく。そう、武は変わった。私達を養うために。その為に彼はありとあらゆ
る努力をした。もとよりそれほど多くの選択肢があったわけではないけど、その中で最
善のものを選べるようにと。
 そんな武を私は妻として誇りに思うし、あの子達もきっとそうだろう。
 その気持ちが表情に出ていたのだろうか。優が意地の悪い顔をこちらへ向ける。
「なあに。にやにやして。またお惚気聞かせるつもり。勘弁してよね」
「なっ!? 違うわよ! 私は武がただ、私達のためにああやっていろいろなスキルを
身につけていったんだなって…」
「それをお惚気って言うのよ」
 反撃の糸口が見つからない。武が絡むといつも私の分が悪くなる。それでも何か言い
返そうとしたその時。
「お二人さん。漫才やるのはいいんだが、少し説明したいことがあるんだ。出来れば後
にしてくれないか」
 武の制止が入った。私はそちらを向きやる。
「電話は終わったの?」
「ああ。で、そのことについて少し話したいんだが、始めていいか」
「ええ」
 うなずく。隣を見ると、優もさっきとはうってかわって真剣な面もちだ。
「よし。じゃあ、さっきの電話についてだが、俺がいつも使ってる情報屋だ。さっきも
言ったように、昔の仕事で入ってきたグノーシス関係の情報の詳細を調べてもらうこと
にした。グノーシスの地下組織なんてそうそうあるものじゃない。多分、間違いなく目
的の情報は得られるだろう。その情報は明日、いや、もう今日だな。今日中に手に入る
。それを確認して、裏がとれたら後は行動あるのみだ。その為の道具も発注済みだ」
 武はそこでいったん言葉を切る。そして急に今までとはうってかわった、気の抜けた
顔。空が言うところの反則の顔になり、言葉を続ける。
「というわけで、情報が届くまでやっぱりすることがない。だから思い思い体を休めて
おいてくれ。それと今日は全員ここで夜を明かしてもらう。家に帰るのは少し危険だ。
みんなで集まってた方が安全だろう」
 その通りだろう。皆もそう思っているらしく、反対の声はあがらなかった。
 私達は、桑古木からの電話で中断した、食事を再開することにした。




 何となくこうなるような気はしてた。優のことだから。けど普通、職場にアルコール
を置いておく? それもあんなに沢山。
 仕事が終わった後、ここで酒盛りでもしてるのかしら。
「どうした、つぐみ。随分と暗い顔だな」
「武…」
 武の手にもグラスが握られている。満たされているのは、フォア・ローゼズ。歴とし
たバーボンだ。
 琥珀色の液体が注がれたグラスを片手に、緊張感のカケラもない顔で私に話しかける
。「そんな暗い顔してたら、美人が台無しだぞ」
「はあ、何でそんなに明るくなれるのかしらね。この状況で」
「こんな時だからだろ。それに、Lemuの時だってこんなもんだったじゃねえか」
 確かに、あの時も皆、意識的に明るく振る舞っていた。そういえば。
「今の私達って、Lemuの時に似てるわね」
 研究所の中に半ば閉じこめられたような感じ。実際に出られない訳じゃないけど、そ
れに近しいこの状況は、Lemuの時にそっくりだ。そう思ったのだが、武は首を横に振っ
た。「あの時と同じじゃないさ。あの時と違って、俺たちのやるべき事は決まってる。
それに今回は、沙羅もホクトも、秋香菜もいる。BWも最初から計算の内に入ってる。
そして何より」
 武はここが重要だと示すように、いったん言葉を切る。そして。
「今回は最初から、つぐみが協力してくれる。25年前とは違う。全てうまくいく。い
や、いかせる。そうしたら、また元通り静かに暮らせるさ」
 武が笑う。その笑顔は確かに反則だ。見ただけで、私の不安が全て吹き飛んだのだか
ら「終わったら、旅行にでも行くか。二人っきりで」
「いいわね。約束よ。それと、今度は待つのイヤだからね。もう一度、十七年なんての
はもうゴメン」
「ああ、判ってる」
 囁くような答えと共に、私の唇はふさがれた。




「お待たせしました。倉成さん」
 気配もなく、俺の目の前に腰を下ろしながら挨拶をする。情報屋のサージだ。
「相変わらず、気配のつかめない奴だ。早速本題に入ろうか」
「お望みのものはこちらに」
 そう言って、サージは一通の大型封筒を差し出してきた。
 その場で封を切りざっと目を通す。そこには、こちらの望む情報の全てがあった。
「相変わらず見事だな。ここまで完璧とは思わなかったぜ」
「馬鹿にしないでもらいたいですね。引き受けた以上、確実な情報を渡すのが我々情報
屋ってものです」
「成る程。で、もう一つのものは」
 すると、サージは何も言わず一つの鍵を差し出してきた。
「今日の午後三時。研究所に荷物が届きます。その荷物の鍵です。目的のものはその中
に」
「わかった。報酬はいつもの方式で請求してくれ」
「わかりました」
 そこまでで席を立つ。今から戻れば丁度三時だ。いい頃合いだな。
 そんなことを思いながら、俺は店を出た。




 研究所に戻ると、荷物はすでに到着していた。早速鍵を差し込み、それを開ける。
 中に入っているのは、様々なフォルムをした金属製の物体。火薬と呼ばれる粉末を反
応させ、その発生エネルギーでメカニズムを作動させることによって、鉛の弾丸を発射
させることの出来る物体。俗に言う銃器である。
「武、これ…」
「敵の本拠に乗り込むのに、丸腰って訳にはいかないだろ。だから、全員の分を取り寄
せた。各自、自分にあったのをもってくれ。一人二丁。メインアームとサイドアーム一
つずつだ」
 それぞれが自分の武器を選んでいく。全員に行き渡ったのを確認すると、行動予定を
説明することにした。
「襲撃は明け方だ。一番緊張がゆるむ時刻だからな。すでに場所は特定した。移動は車
で行う。運転は秋香菜、お前に頼む。苦麗無威爆走連合七代目の実力を発揮してくれ」
「オーケー。任せて、お義父さん」
「空とココは、ここに残ってバックアップを頼む。敵の本拠の見取り図があるから、そ
れに従って誘導してくれ。後、桑古木との通信も頼む」
「わかりました」
「うん」
「沙羅とホクトはコンピューターセキュリティの無効化を頼む。沙羅が作業中は、ホク
トがその護衛だ。いいな」
「わかったでござる」
「わかった」
「優、そしてつぐみ。お前たちは純粋な戦闘要員だ。俺と共に、物理的な障害を物理的
に排除する」
「了解」
「わかったわ」
 さて、この場にいる人間には全員役割を振った。あとは、桑古木だ。
「桑古木にも連絡しないとな」
「彼には何を」
「人を見てもらう」
「人」
 怪訝な顔をして聞き返すつぐみに、俺は説明する。
「いくら何でも、本拠にいる人間全てを把握するのは俺たちでは無理だ。だが、BWな
ら」
「四次元より俯瞰している以上、そんなことは造作もないという事ね」
「そうだ、これによって一カ所に敵が集中しそうなら、沙羅たちに敵が向かうようなら
、いち早く援護に向かえるし、それ以外の不測の事態になっても何らかの形で力になる
だろう」
「そうね、確かに」
 頷くつぐみ。俺は全員を見渡した。
「質問はないか」
 誰も、何も言わない。それなら。
「なければ、今ので計画は決定だ。後は、明け方の結構時刻を待つだけだ」
 ここまで来たら、もうやるしかない。それ以外に道はないのだから。
「最後に、みんなが生きてここに戻ってくることが、勝利の最低条件だ。誰一人欠けて
も、俺たちの負けだ。生きるための戦いで死ぬなんて本末転倒なことにならないよう、
全員生きてここに帰ってこよう」
 全員が頷く。決行まで、後僅かだ。






 
To Be Continue






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