「あー、今日は冷えるな」
「全くだ。こんな時に門番たあ、ついてねえ」
「けどまあ、あとちょっとで交代だしな。それまでの辛抱だ」
 オオオオオオ
「ん、何か言ったか」
「あ、いや。なにも」
 オオオオオオオオ!
「おい」
「ああ、今度は俺にも聞こえた」
「下から聞こえてくるぜ」
 二人は屋敷に続く唯一の道に目を凝らす。音は間違いなく、そちらから聞こえてきてい
た。
 二人して身構えた、その時。
 一台のランドクルーザーが猛スピードで、屋敷に向かって突撃してきた。

Alive on the globe
                             魔神 霊一郎


最終章 人として



「このまま突っ込むわよ! みんな掴まって!」
「警備員を轢くなよ! 俺は人殺しの娘なんか持ちたくないからな!」
「了解!」
 本当に解ったのか怪しいものだが、秋香菜は全速力で屋敷に向かってまっすぐ車を走ら
せる。
 見る見る門が近付く。秋香菜は更にアクセルを踏み込み、そのまま門に突入した。衝撃
と共に門が破られる。そのまま敷地内に入ったところで、見事なドリフトで車を止めた。
「ざっとこんなものよ」
「ああ、見事な腕だ。それじゃあ、後は作戦通りにいこう。それと、渡した銃の弾は非殺
傷弾だから遠慮なく撃ってくれ」
 俺はあえて非殺傷弾を用意した。自分たちの生活を守るためとはいえ、敵を皆殺しなん
て事はしたくないし、させたくない。
 目的のために手段を選ばない。それでは、連中と何ら変わることがない。
「オーケー」
「沙羅、ホクト。気をつけるのよ」
「行こう、お兄ちゃん」
「行くよ、優」
「さあ、派手にいきましょ」
 めいめいに答える。俺たちは屋敷に突撃した。




「猊下」
「連中が来たか。殺してはならんぞ。といっても、パーフェクトであれば死とは無縁か。
いけ、何としても捕らえるのだ」
 闇に声を掛ける。姿は見えない。だが、確かにそこには誰かがいた。その気配が、音も
なく消える。
「間もなくだ。間もなく、望みが叶う。そうすれば、もう…」




「いたぞ、こっちだ!」
「みつかったわ」
「好都合だ。こっちに敵が集中すればするほど、ホクトたちが手薄になる」
「じゃあ、派手にやってもいいってことね」
「好きなだけ暴れろ。日頃のストレスを解消すればいいさ」
「オーケー」
 会話が終わる。ここからは、明日を賭けた戦争だ。
 迫り来る警備員達。俺達はそちらに銃口を向け、ためらうことなく引き金をひいた。
 大量の非殺傷弾が、三つの銃口からほとばしる。
 倒れ伏す警備員達。だが、死ぬことはない。尤も、痛みだけはどうすることも出来ない
が。
 これ以上向かってこないことを確認して、俺たちは射撃を止める。今の内に、空になっ
たマガジンを入れ替えた。
「見取り図によれば、目的の場所にはセキュリティを解除しなければいけないようになっ
てる。俺たちの仕事は、沙羅がセキュリティを解除するまで向こうに人手を回させないこ
とだ」
「でも武、三人じゃ限界があるわよ」
「わかってる、その為にホクトと秋香菜がいる。あいつ等なら多少のことは大丈夫だろ。
自分たちの子供を信用しようぜ。つぐみ」
「そうね、あの子達なら大丈夫ね。きっと」
まるっきり場違いな雰囲気が流れかけたが、それは一瞬で破られた。複数の足音が向か
ってくるのが、聞こえたからだ。
「こっちだ、急げ!」
「次の団体様がお着きのようだな」
「そうね」
 銃を構え直し、声のする方に向きやる。
「派手にやればやるほど、敵は増援を差し向けるだろうからな」
「ホクトたちの援護になるって訳ね」
「大サービスしてあげましょ。弾の嵐をね」
 再び、通路に銃声が響き渡った。




「ここだよ、お兄ちゃん」
 十分ほど走ってたどり着いた場所に、それはあった。
 セキュリティールーム。
 僕たちの目的地だ。
「っと、こうして、これで。よし、開いた」
 軽い電子音と共に、ドアがスライドする。
 滑り込むように中に入り、再びドアをロックする。
「よし、ボクと優とで見張るから、沙羅はその間にセキュリティを」
「うん、解った」
 沙羅が自分の端末と、セキュリティコンピューターとを接続する。それを横目に見なが
ら、優と二人ドアの近くに立つ。
 そのまま二人、沙羅の邪魔にならないよう黙っていたが、何となく息苦しい。優も同じ
なのだろう、少し落ち着きが無くなってきた。沙羅の邪魔にならない程度の声で、優に話
しかける。
「緊張してる?」
「少しね。私達に全てが懸かってるっていっても、過言じゃないじゃない。緊張するなっ
ていう方が無理よ」
「確かにそうかもね。けど、ダメで元々ぐらいの気持ちの方がいいんじゃない。こういう
のは、気の持ちようで随分変わってくるものだよ」
「そうかもしれないけど…」
 再び訪れる静寂。突然何かを思いだしたのか、優が吹き出した。驚いて、優に向きやる。
「どうしたの、いきなり」
「ううん、何でも。ただ、あの時もそうだったけど、こういう時ってホクトはしっかりし
てるよね。普段は情けないのにさ」
 あの時がLemuの時を指しているのは明白だ。けど、情けないはないと思う。仮にも自分
の夫に向かって。
「いざって時役に立つんだから、いいじゃないか。普段がどうでも」
「すねないでよ。これでも褒めてるんだからね」
「とてもそうは聞こえなかったよ」
「本当よ。大体、男なんてのはいざって時に役にたちゃいいのよ。普段は役立たずで十分」
「そういうもんなの?」
「そうよ! だからさっきのは褒め言葉。ホクトと、そして私へのね」
 よく意味が解らない。なぜ、優への褒め言葉になるのだろう。
「だって、そうじゃない。そう言う男を捕まえた、私の先物買いの才能は見事なものでし
ょ」
「素直に喜んでいいのかどうか、微妙なところだね」
「喜びなさいよ。いい旦那様だって言ってもらってるのよ」
「それもそうだね」
 ここでも場違いな雰囲気が流れかけた。いや、明らかにそれが空間を満たしていた。
 二人の顔が近付き、その距離がゼロになろうかという、その時。
「オホン」
 突然の咳払いに二人の動きが止まる。誰のものかは言うまでもない。この場には三人し
かいないのだから。
「お兄ちゃんってそういうとこパパにそっくりだよねー。TPOに構わず自分たちの世界
を創るあたりが」
 一言も言い返せない。言い返せないので、ごまかすことにした。
「沙羅、セキュリティは解除出来たの」
「それなんだけど…」
 さっきとはうってかわってまじめな顔をして説明を始める沙羅。コンピューターの専門
的なことはよく解らないが、要約すればセキュリティ解除にはパスワードが必要で、それ
は音声パスワードらしい。その為、どんなに頑張っても声紋照合を突破することは出来な
いとのこと。
「誰の声で登録されてるかそれすらも解らない。それじゃあ解除のしようがないよ」
「確かに、そうね」
「誰の声か解れば何とかなるの?」
「その人の声が手に入ればね。録音でも生でも。そうすれば解除出来ると思う」 
「じゃあ、まずは登録されているのが誰の声かを知るのが先決だね」
 どうするか。その時一つの考えが浮かぶ、というよりあることを思い出したと言うべき
か。
「声紋登録なら、このシステムが完成した時がその登録の時だよね?」
「うん、普通は」
「こんな地下組織ならそうそう人員の入れ替えがある訳じゃない。となれば、声紋は最初
から変わってない可能性が高い。もし、完成時を知ることが出来れば…」
「桑古木にその時を視てもらい、それが誰かを知ることが出来る」
 優がボクの言葉の後を続ける。
「そうすれば、後はその人を見つけだし、何らかの方法で声を手に入れればセキュリティ
は解除可能」
「さらに、対象人物は屋敷内にいることがほぼ確実。見つけだすことはそれほど困難では
ない。完璧ね、ホクト」
「そうと決まれば、まず、空に連絡して桑古木に繋いでもらおう」




「ああ、そうだ。登録者は数人いるが、その男が今お前たちから一番近い位置にいる。そ
の男を狙うのが一番効率がいいだろう。…ああ、しっかりな」
 そう言って電話を切る。溜め息一つついて、椅子の背もたれをきしませた。
「上手くいきそうですか? 博士」
「ああ、あいつ等ならやるだろ。俺の尊敬する男の子供だぜ」
 疑うことなく断言する。その尊敬する男に似たようなことを言われているとは知らずに。
「私としても成功していただきたいものです。でないと、博士の仕事が滞りますからね」
「あー、だりい。レポートの採点なんてどうでもいいじゃねえか。優の奴よくこんな事続
けられたな。怠いことこの上ないぜ」
「ポイントはあらかじめ決まっているのだから、その辺りに沿っているかどうかを採点す
ればよいだけです。さして難しいことでもありません」 
「簡単にいってくれるな。確かにあらかじめ解ってるんだからやりようもある…」
 ふと何かが引っかかる。そう、最初から知っていれば、色々対策もたてることが出来る。
 相手は、こっちが知らないことまで知っていた。ということは、こっちが知っているこ
とは、ほぼ知っているとみていい。となると、当然俺とホクトがBWの依り代たることも
知っているはずだ。
「なら、どうする。俺が敵なら、この状況でどう動く」
 そう、知っているのなら対策も立てやすい。ならば、俺たちがこう来ることも読めたは
ずだ。にもかかわらず、今のところ順調に進んでいる。妨害らしいものはない。
 公園での襲撃は妨害ではない。目的達成のための行動。ココを捕らえるために起こした
ものだ。俺が武に声をとばさなければ、ココはおそらく捕まった。
 だが連中は俺がそう出来ることを知っていながら、それを放って置いた。
「俺は連中に気付かれないように事を運んだと思っていたが、もし連中が知りながら放置
していたとすれば…」
 全ての情報を知りながら放置する。そうすれば、俺たちは連中の知っている情報の範囲
内で作戦を立てる。つまり相手側には筒抜けも同然。そこから推測されるのは、ココの件
は失敗でも成功でも構わなかった。
 成功なら目的達成。失敗でも次の手は容易に予測が可能。つまり…。
「全て、罠…。武たちをおびき寄せるための」
 となれば、セキュリティシステム解除も連中の策。解除することによって何かが起こる。
セキュリティ解除以外の何かが。
 俺は意識を飛ばし、それを視る。BWの力で、十分後の世界を。そして。
「やばい、俺としたことが。電話は、間に合わないか。直接話すしかないな」




「よし、声の合成が終わった。後はこれを入力するだけ」
「じゃあ、頼むよ。沙羅」
「うん」
 沙羅が端末のボタンに手を伸ばす。だが、それが押されることはなかった。
「待て、ホクト。解除はするな!」
「桑古木!」
「それは罠だ。解除すればその瞬間、屋敷は吹き飛ぶ」
「な!?」
 一瞬言葉を失うが、すぐに取り直し問いかける。
「どういうことだよ!」
「全部罠だったんだよ!」
「罠って」
「今から話す。いいか…」
 絶句。そこまで用意周到だとはさすがに思わなかった。けど、それだと。
「爆発なんか起きたら、みんな死んじゃうんじゃ?」
 当然の疑問だ。けど、桑古木はそれを一蹴した。
「必要なのはパーフェクトキュレイだけだ。つまりその場では、武とつぐみだけ。お前た
ちは必要ない。そしてパーフェクトキュレイは爆発ぐらいでは死なない。よって、遠慮す
る必要はない。そう言うことだ」
 成る程、理にかなう。けど、それならどうすればいいんだろうか? それを聞こうと再
び心を集中するが、桑古木が更に話しかけてきた。
「いいか、ここからが重要だ。今、空間軸でそちらをのぞきながら話してる。お前たちの
目指す場所は地下だ。そこに対象の狂信者の親玉がいる。だが、そこに行くためには別の
パスがいる。まず地図を見ろ」
 PDAに入力されてる、建物の見取り図を出す。
「まず、武と合流しろ。その後、部屋を出て…」




「ここみたいだな」
 ホクトが桑古木から聞いた所によると、地下へのパスはカードタイプで限られた人数の
み与えられており、その内の一人がこの部屋にいるらしい。
「じゃあ、行くか」
 勢いよくドアを開ける。目の前に広がるのは部屋と言うより、倉庫のようだ。その証拠
に調度品のたぐいは何も置かれず、只むき出しの壁と床があるだけだ。
 その中央に一人の男が立っていた。身体的にはあのベシェールとあまり変わりがない。
ただ、雰囲気は全く違った。目の前の男からは、只の人殺しの匂いしかしない。ベシェー
ルのように、戦士の雰囲気は微塵もなかった。
「てめえが倉成武か?」
「ああ」
「トラップは解除したみたいだな。嬉しいぜ、ベシェールを負かした奴とやり合ってみた
からな」
 狂信者の目。ただし、信念や教義に狂った眼ではなく、自分に狂った眼だ。
男は、自分の胸ポケットから一枚のカードを取り出す。
「これがパスカードだ。入り口は俺の後ろ。先に進みたきゃ、俺を倒す以外に方法はねえ」
「わかった」
 たった一言。それだけで俺は一歩を踏み出す。
 一瞬の睨み合い。次の瞬間、俺は動いた。




 消えた。私の目にはそのようにしか映らなかった。瞬き一つほどの時間。武はもう間合
いをつめていた。慌てたように男が腕を薙ぐ。武はその流れに逆らわず体を捌き、相手に
背を見せる。
「ふっ!」
 その瞬間跳ね上がり、男の延髄に後ろ回しをたたき込んだ。そのまま空中で体をひねり、
続けてこめかみに膝を打ち込む。
 流れるような攻撃。芸術と呼んでも差し支えないかもしれない。空中で相手の肩を蹴り、
バランスを取りながら着地する。
「ぐう」
 呻きながらも、男は武を捕らえようと前へ踏み出す。が、それよりも速く武は地を蹴り、
後ろへ飛んで間合いを取った。
「やっぱタフだな。ベシェールといいお前といい、そんな奴ばっかか、おまえらは?」
 男は答えない。隙をうかがっているのだろう、武からひとときも目を離さない。
「ボス戦も控えてる身だし、あまり時間はかけたくない。次で終わりにさせてもらうぜ」
「やってみな。出来るんならな」
「ああ、そうするさ。だが、ひとつ聞いておきたい。お前は何のために此処にいる。神に
なりたいのか、それとも」
「神なんてどうでもいいんだよ。ただ、此処の連中が一番暴れさせてくれそうだったから
な」
「そう…か。やっぱりお前は、只の人殺しだよ」
 武は目を閉じ、嘆息するように呟く。そして、目を開いた瞬間。
「がっ!」
ヒュッと風を切るような音が聞こえた瞬間、男が呻く。その隙をついて、再び武が男に
肉迫した。
「はっ!」
 掛け声と共に、武が真上に跳ぶ。そのまま上下を入れ替え逆立ちの体勢で高度を下げ、
相手の後ろに着地する寸前膝を曲げ男の首に掛ける。
 首が極まった。そう思った瞬間、武は相手の手首を取り一気に体重を掛ける。頸部に掛
かっていた重みが、手首を引かれることにより更に勢いを増し、背骨が折れるのではない
かというぐらいに折れ曲がる。
 あと少しで折れるというその瞬間、武は手を離した。そうすることにより、武が支えて
いた自重が全て男に掛かり後ろに倒れ込むように、足が浮いた。
 そのタイミングで、武は地面に手を付き腕立て伏せの要領で、体を男ごと前に引き寄せ
る。そうして男の体がほぼ垂直になった瞬間、首を極めていた足を離した。
 ゴッ!
 岩を砕くような鈍い音。コンクリートの地面に脳天から人が落ちるのを見るのは、さす
がに初めてだった。
 ドサッ
 男が崩れ落ちる。そのまま、ぴくりとも動かない。まさか。
「ころ…したの?」
 自分でも青ざめているのが解る。目の前で人が死ぬのを見るのは始めてではないが、自
分の夫がやったとなれば話は別だ。例えこんな状況でも。
 だが、武は私を安心させるように、優しい声でそれを否定した。
「いや、ちゃんと死なないように高さを計算して落としたからな。死んではいない。けど、
脳震盪を起こしてるだろうから意識は暫く戻らんだろう。それに背骨と頸椎も痛めてるだ
ろうからな」
「そう…」
 さて、と呟きながら男の胸ポケットに手を突っ込む武。
「よし、あった」
 武の手には、パスカードが握られていた。
「そんじゃいくか。親玉の顔を見に」
「ええ」
 けどその前に、ひとつ聞きたいことがあったので、今の内に聞いておくことにした。
「ねえ、武」
「あん」
 武は歩みを止めて、こちらを振り返る。
「さっき一瞬、あの男の動きが止まった時あったでしょ。あれ、何かしたの」
「指弾」
「指弾?」
「ああ、この…」
 そう言って、ポケットからいくつかの小さな石のような物を取り出す。
「このBB弾をはじいたんだ。親指で。それだけ」
「そう…」
 何でもありね、この人。
「よっしゃ。じゃあ、改めて。行くか!」




 ギギギギギギギギギ
 きしみと共にドアが開く。地下に降りたそこは、回廊だった。長い回廊。百メートルや
二百メートルではきかない。それを超えた場所には大扉。何とも時代がかった造りだ。こ
の地下そのものが。
「行こう」
 中に足を踏み入れる。王宮の謁見の間のような感じだ。その奥、丁度玉座に当たる場所
に一人の男が立っていた。おそらくあれが今回の首謀者、ロイフェール枢機卿だろう。こ
ちらを見ながら満面に笑みを浮かべる。詐欺師の笑みを。
「よくぞ来た。鍵たる物よ」
「来たくて来た訳じゃあない。そっちが無理矢理招待しただけだ」
「諸君等のおかげで私の計画はついに達成される。感謝するよ」
「感謝されるいわれはない」
「成る程、人類の進化のためなら身を捧げるのが当たり前と、そう言うのだね。すばらし
い。まさに鑑だね、諸君は」
「見え透いた芝居は止めろ。呆け老人のまねは結構だ。なり損ないの元枢機卿猊下」
 その言葉を聞いた途端、奴の顔から笑顔が消えた。
「なり損ない、だと」
「気に入らないなら、落ち零れでもいいぞ。負け犬ってのも似合うな」
「私を、負け犬だと、落ち零れだと、なり損ないだと! ふざけるな下賤が! 私は枢機
卿だ。緋の衣を纏うことを許された、選ばれし者だぞ!」
「元枢機卿だ。今のお前に緋の衣はないし、崇める信者もいない。所詮その程度だから、
教皇になれなかったんだよ」
 奴の顔色が変わる。最初は青く、次に赤く。信号機のようだ。
「無礼者め! 思い知らせてくれる!」
 やられ役の悪党そのものの台詞をはいて、右手を掲げる。それを合図に五人の人間がロ
イフェールの周辺に現れた。こちらもボス戦にはおなじみの、ボディーガードという名の
やられ役だろう
「地が出たな。まあ、所詮そんなものだろうな」
「神罰をくれてやれ!」
 大声でわめく。もはや狂信者というより山猿だ。
「神罰なんてものに頼っても、俺たちは倒せないさ」
「ぎゃっ!」
「があっ!」
 無造作に指弾を放つ。一番先頭にいた二人にそれぞれ命中し、二人は足を押さえて倒れ
込んだ。
 残りの三人は、俺を避け後ろのつぐみたちに向かって駆け出す。そちらの方が与し易い
と思ったのだろう。だが、
「なめないでよね」
「私もパーフェクトなのよ、忘れてるのかもしれないけど」
「実はボクも強かったりするんだけど」
 優、つぐみ、ホクトの三人にそれぞれ蹴散らされる結果になった。当然といえば当然だ
が。
「やっぱり悪党のボディーガードってのは、やられ役のようだな」
 地べたをなめた五人を見て呟く。
「さて、あんたを守る盾はなくなった。どうする、今度はあんた自身が来るか?」
「何故だ。何故邪魔をするのだ。何故認めぬのだ。私は正しいのだ。私は正義なのだ。私
は優れているのだ! それなのに! ゴアッ!」
 喉のど真ん中にむけて、指弾をはじく。相手の息が一瞬詰まり、言葉がとぎれた。
「正しいだあ。笑わせんな。お前が正しいんなら、俺たちが立ちふさがることなんざねえ。
お前が正義なら、もっと賛同する奴はいる。お前が優れてるんなら、今頃お前は教皇だ。
第一、自分が正義なんて思いこみをもった奴が正義だったためしは、一度もないことは歴
史が証明してるだろうが!」
 自分でも感情が高ぶってるのが判る。が、俺は止められなかった。許せなかった。自分
を正義だと思いこむ奴を。自分の責任を転嫁する奴を。
「お前は人類の進化のためにグノーシスを求めたんじゃない。お前は、自分を認めない他
の司祭たちや教皇に対するあてつけに不老を求めたんだ。お前を否定する連中を、更に否
定するために! 人類のためじゃなく、単なるエゴのためにな! そうだろ、お偉い枢機
卿様」
「違う! 私は神になりたかった。神になって、力が欲しかった。守りたかった」
 意外な台詞に、しばし動きが止まる。守りたかった、だと。
「妻を、守りたかった」
 さっきまでとはうって変わった、落ち着いた声。まるで別人。おそらくこちらが、この
男の本性だろう。聖職者としての、本当の顔なのだ。
「何故あれは死ななければならなかった。私はカトリックだ。あの時までは敬虔な信者だ
った。妻もそうだ。なのに何故だ!」
「だから、神に、か? 自分まで騙してどうする。守りたかった? 嘘だな。解ってるは
ずだ。キュレイは人からはずれただけだ。神じゃない。全て解ってる筈なんだ、お前は。
お前のしたかった事は単なる復讐だ。神と世界に対するな! 自分にまで嘘を吐いたのは、
妻を愛していたからじゃないのか? 解ってた筈だ、自分の妻が、そんなことを喜ばない
人間だということを!」
 胸ぐらをつかみあげる。再び怒りがこみ上げてきた。
「それが解るくらい、お前は妻を愛してたんだろうが。だったらどうしてこんな事をした
んだ! 守りたかったと過去形で言ったように、お前の妻はもういない。死者は還ってこ
ないんだ。復讐より他にすることがあるだろうが! TBで死んだ人間は数知れない。世
界中にお前と同じ境遇の人間はごまんといる。お前の枢機卿という地位なら、その人達を
支えてやることが出来ただろうが!」
 思いっきり殴りつける。型も何もなっていない、力任せの一撃。
 ロイフェールがもんどり打って倒れる。
「お前も支えてもらうことが出来たはずだ。お前は、それを拒んだ。そして、裏切った。
お前を信じていた信徒を、そして何より、お前の妻を」
「私が、裏切った。妻を…」
「守るってのはな、庇護を押しつけることじゃない。部屋に閉じこめることでもない。無
論、復讐することでもない。悲しませないことだ。お前は、奥さんの泣き顔に惚れたのか?
違うだろう。俺もそうだ、つぐみの泣くところ何か見たくない。だから、つぐみがいつも
笑ってられるように、笑ってられる場所を作るようにしてる。それが、守るって事だ。そ
して、奥さんもきっとそう思ってる。いつもお前が笑えるように、暖かい場所を提供して
くれたはずだ。そうだろ?」
「武…」
「いつも笑えるように…。そうなのか? それが、お前の望みなのか? フラン」
「フラン。それが奥さんの名前か?」
「そうだ、レモン=フランソワーズ=ロイフェール。私の妻の名前だ」
「お前はやり方を間違えたんだ。間違いは正せばいい。やり直せ。向こうで奥さんにあっ
た時、笑ってもらえるように」
 そこまで言ってきびすを返し、皆の元に戻る。
「帰ろう」
「いいの、ほっといて?」
 優が尋ねる。俺は首を縦に振った。
「構わない。あいつの憑き物は落ちたよ。もう、あいつが俺たちに手を出してくることは
ないさ」
 そのまま歩き出す。その後に続いて、皆が歩き出したその時。
 ズズズズズズズ…。
「なんだ?」
 大きな地響きだ。が、地震とは少し違うような。
「上に仕掛けた爆弾が作動したのだろう。速く逃げたまえ。」
「セキュリティを解除すれば爆発するんじゃなかったのか?」
「手動でも作動は可能だ。おそらく、グラーフが作動させたのだろう」
「グラーフ?」
「君が倒した、あの男だ」
「あいつか」
「傭兵上がりでね。粗野な男だ」
「そんなところだとは思ったが…」
 ズズン!
「おっと、のんきに喋ってる場合じゃないな。よし、行こう!」
大扉を抜け、回廊に躍り出る。
 先頭にホクトたち。次に、つぐみと優。最後が俺とロイフェールの順番だ。
「よし、見えた!」
 階段を駆け上がり、地下を抜ける。つぐみたちが抜け。俺が抜けようとしたその時、後
ろから突き飛ばされる。
 直後、落盤した。
 ガラガラガラ!
「ぐあああああ!」
 ロイフェールの声が響き渡る。下半身が、下敷きになっていた。
「ロイフェール!」
 すぐさま駆け寄り、瓦礫に手を掛ける。が、ビクともしなかった。
「さすがのパーフェクトでも、これは無理だろう。行きたまえ、手遅れになるぞ」
「置いていけるわけねえだろうが!」
「行くんだ! 君まで巻き添えになる! 奥さんを泣かせないことが守るということなの
だろう」
 まっすぐにこちらを見る。その目を見て、何も言えなくなった。只、一言。
「すまない」
 絞り出すようにそう呻き、駆け出した。
「フラン、そっちに行くよ。君は、笑ってくれるかい」
 その呟きは、誰にも聞こえなかった。




「終わったな」
「ええ、そうね」
 赤い炎に包まれて、屋敷が燃え落ちる。
 外に出た俺たちが見たのは、その光景だった。そして、美しく壮絶なその光景の次に見
たのは、ひどく醜悪なものだった。
「ひゃはははは、燃えろ。燃えちまえ。何もかも灰になりゃいいんだ。ひゃは、ひゃはは
はは」
 パンッ!
 一発の銃弾がその男の、グラーフの眉間を打ち抜く。非殺傷弾ではなく、実弾が。
 ドサ
 力無く、崩れ落ちる。その様さえ、醜かった。
「すまない、つぐみ。俺は、人殺しになった」
「いいわよ。あなたがやらなかったら、私がやったわ。絶対」
 お互い見つめ合う。その瞳にあるのは、信頼と愛情。
 つぐみはこちらに静かに歩み寄り、俺の背中に手を回す。
「これが罪なら、私も背負うわ。支え、支え合う事が出来る。そうなんでしょ」
 微笑みながら、こちらをのぞき込むように囁く。俺も微笑み返す。
「ああ、そうだな」
 そのまま暫く、二人たたずむ。そして、
「帰ろう」
「ええ」
 俺たちはその場を立ち去った。仲間と共に。




 家の中からは、にぎやかな声が聞こえてくる。あの盛り上がりようからすると、すぐに
連れ戻されそうだ。酔いを醒ますために庭に出たのだが。
 カラララララ
 ガラス戸の開く音がした。誰かが外に出たようだ。
「武」
つぐみか、意外だな
「優あたりが連れ戻しに来たのかと思ったんだが…」
「優ならホクト相手に、初孫の顔を速く見せろってくだ巻いてるわ」
「ホクトも災難だな」
 それっきり会話が途絶える。二人並んで、空を眺める。
「最近は星も少しずつ見えるようになったな。大気汚染も弱まってるって事かな」
「ええ、そうね。いい事よ」
「全くだ」
 再び沈黙。どうもつぐみの奴、何か言いたいことがあるみたいだが…。
「ねえ、武」
「ん」
 ようやく思い切ったのだろう。口を開く。
「キュレイってなんなのかしらね」
「生物」
 我ながらあほな答えだと思うが、これが最も近いだろう。
「そうなんだけど。そうじゃなくて、人間かどうかって事」
「解らん」
「威張って言うようなこと」
「解らんものは解らないんだからしょうがない。第一、その問いに対する答えなんて無数
だぞ」
「そうかしら」
「そうさ、外見的に見ればまんま人間。生物学的に見れば、亜種。能力的に見れば、超越
者ってとこか」
 そんなものだろうな。簡単に言えば。
「つぐみ、キュレイが何だろうがそんな事は関係ない。俺たちは此処にいる。ならば、日
々を精一杯生きていくだけさ」
 目を丸くするつぐみ。やがて、かすかに笑い始める。
「あなたって変わってないわね。Lemuの時から。超が付くほどの楽観主義者」
「褒め言葉だと思っとくよ」
 二人笑いあう。無性に楽しかった。
「つぐみ」
 笑いを収めて、話しかける。
「なに」
「さっきの話な、人間かどうかってやつ」
「ええ」
「哲学的に言えば人間だ」
「どうしてよ」
「Cogit ergo sumだ。我思う故に我あり。思考が人間の条件だとするならば、悩める子羊
たる俺たちは人間だよ。だがな、つぐみ。もう一度言うけど、俺たちが人間かどうかなん
て関係ない。少なくとも俺にとって、つぐみが人間かどうかは関係ないぞ。俺が惚れたの
はつぐみという存在にであって、つぐみという人間にではないからな。だからつぐみ、深
く考えるな。どうせ答えは出ない。だったら今を楽しめばいい。家族がいて、仲間がいる。
それじゃあ、不満か?」
「ううん、十分よ」
「なら、問題解決だ。確かに今度のことは色々考えたくなるようなものだったかもしれな
いが、あんまり悩むとはげるぞ」
「もう、どこまでもふざけた人ね。あなたって」
 その時、家の中から俺たちを呼ぶ声がした。
「倉成ー。なーにやってんのー。もう酔いは醒めたでしょうー」
「倉成さあーん。カラオケでデュエットしませんかー」
「おとーさーん! 助けてー! 優と沙羅がー!」
 若干やばそうな声も聞こえてきたが、おおむね楽しそうな声。それにつられるように、
二人笑いながら家の中にゆっくりと戻った。
 明日から再び、何の変哲もない日常が始まる。だが、それでいい。つぐみと共に暮らす
この日常を守りたくて、命をかけたのだから。
 夜空に浮かぶ月が見守る大地で、俺は生きていく。俺だけの月と共に、永遠に。




 
fin




後書き

 終わりましたね、なんとか。思ったより時間が掛かりました。が、完結出来たのでまあ
よしとしましょう。
 今回の物語、作者の構想とは若干違った点が三つあります。
 まず一つ。桑古木。彼はオープニングとエンディングにしか出てこない予定でした。と
ころが何故か、しっかりと本編で活躍しています。意外です。まあ、読者の声援の賜物で
しょうか。
 二つ目。茜ヶ崎空。出番ゼロでした。プロットの段階では。それが、端役とはいえ出演
することになりました。これは、100パーセントいただいた感想が理由です。
 最後。グラーフ。これもいませんでした。少し気分転換するために作ったんですが、予
想以上にダメダメキャラで終わりました。バトルがあるのに誰も死なない。それを目指し
たんですが、彼一人のためにその野望は破られてしまいました。残念です。
 とまあ、幾分想定したストーリーとはずれましたが、辿り着いたところはおおむね目的
通りなので、よしとします。枢機卿とのシーンを書きたくて作った物語なので、あのシー
ンを書き切れたという事で満足してます。
 では最後に、長々とお付き合い頂きました読者諸卿、並びに拙作を受け取ってくださっ
た明さんに、感謝を。

                                             魔神 霊一郎


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