私は恐れている。
 何を? 失う事を。
 いつから? 手に入れた時から。
 そう、私は恐れている。今も、昔も。




花吹雪

魔神霊一郎




 ハハハハハハ…。
 都内の公園。私達は今、お花見の真っ最中だった。
 聞こえてくるのは歓声。子供達の、友人の、そして、最愛の夫の楽しそうな声。命の洗
濯という言葉があるけれども、それはこういう事を言うのだろう。何もかもを忘れて過ご
す一時。ただ、楽しむためだけに。
 けど、そんな中でも私は心の底から楽しむ事が出来なかった。別に楽しくない訳じゃあ
ない。私は結構、自己中心的な女。自分の好まない事はとことん拒否するタイプ。だから
やりたくもないお花見などはしない。私がここにいる。それ自体、私がこのお花見を楽し
みにしていた証拠。
 それでも、心の底から楽しめない。



「暗いなあ、つぐみ。もっと楽しめ」
 いきなり、後ろから抱きしめられた。誰かは振り向かずともわかる。
「ちょっ、武!」
「なんだ?」
「やめて、こんなところで」
「やだ」
「やだっ、って。あなたねえ」
 最近わかったのだが、武はお酒が入ると少しやる事が子供っぽくなる。ココのレベルま
では行かないが、それでもいきなりこうした事をやってくるぐらいには、子供帰りしてし
まう。
「みんな見てるわよ」
「構わないさ」
「もう」
 ふりほどくのを諦め、まわされた武の手に自分の手を重ね、体を軽く預ける。
「で、何でそんな暗い顔をしてたんだ。もしかして楽しくないのか」
「違うわ。あ、でも或る意味そうかも」
「は?」
 訳がわからない、といった顔をする武。
「今この瞬間、みんなと過ごす時間。もちろん楽しいわよ。この時間だけじゃなく、何気
ない日常もね。けど、だからこそ心から楽しむ事が出来ない」
「…怖くて、か?」
「…っ!」
 私は驚いて振り返る。何故わかったのだろう。
「そうなんだろ」
「…ええ、そうよ。確かに今は楽しいわ。あの子達がいて、何よりあなたがいる。けど、
これはいつまで続くの? もしかしたら明日終わるかもしれない。いえ、今すぐに潰える
可能性だってある! 私は、いや。何かを失うのは、もういやなの。それを考えると、怖
い。眠れなくなるくらいに」
 途端に強い力で引っ張られる。あっと思った時は、武の腕の中だった。私を抱きしめた
武の優しい声が、耳をくすぐる。
「恐がりだな、つぐみは」
「しょうが、ないじゃない…」
 うつむき、弱々しく呟く。
「たしかに、この日々は何時か終わるよな。ホクトたちは普通の人間と変わらないし、優
達もパーフェクトじゃあない以上、何時かは死ぬ。そうすれば今のこの日常は終わるな」
「そうよ、私はそれがたまらなく怖い」
 それこそ、私が恐れる事。今も、昔も。
「けど俺はお前の側にいる。これからも、ずっと。お前が望む限り」
 はっとして武の顔を見上げる。そこには、武の真剣な瞳。
「それじゃ、不満か?」
「不満なんてあるわけないじゃない!」
 千切れんばかりに、激しく横に首を振る。
「不満なんてあるわけない。でも、でも…」
「悪い、少し意地が悪かったな。けどな、もう少し前向きに考えないか。確かに俺たちは
自分の子供達を見送る。確かにそれ自体は悲しい事だが、ホクトたちと過ごした時間まで
が悲しい思い出になる訳じゃない。昔から言うだろう、限りあるからこそ尊く美しいって 。
あいつらが逝っちまったら、そりゃあ悲しいさ。その時は泣けばいい。でもその後は、
あいつらと過ごした日々が胸に残る。その思い出は、俺たちの胸を暖かくこそすれ、冷た
くなんかしない」
「武…」
「だからつぐみ、くよくよするのは止せ。この日常はが終わるのは避けられないんだ。だ
ったら、良い思い出となるように楽しんで、笑いながら生きよう。やがて来る哀しみを乗
り越えるために、そして…」
 武は一段と強く私を抱きしめる。
「そして、その先へ歩いていく糧とするために。その為に俺は笑う。なにより、お前が哀
しみを乗り越えられるように。だからつぐみも笑ってくれ。俺が、乗り越えられるように 。
そして生きていこう。二人で」
 そう、そうだったの。武も怖かったのね。それでもあなたは私の事を考えて、そんな素
振りも見せずに笑っててくれたのね。私は未だにあなたに甘えっぱなしね。
「武、ありがとう。ええ、私も笑うわ。あなたを見習って」
 本当は嬉しくて泣きたいぐらいだけれども、泣かない。笑うと、そう決めたばかりだか
ら。
「武、愛してる」
 舞い上がる桜吹雪のカーテンの中、すべての思いをこの一言にのせて、私はそっと武
に口づけた。



 私は恐れていた。
 何を? 失う事を。
 いつから? 手に入れた時から。
 そう、私は恐れていた。今までは。
 これからは、恐れない。


Fin


後書き

 久しぶりの作品となります、花吹雪。如何でしたでしょうか。魔神霊一郎です。今回は
春と言う事で、花見を舞台に武とつぐみのまったりほのぼのとしたストーリーと相成りま
した。
 前作で武があれでしたので、今回は名誉挽回の機会を設けました。晴れて汚名返上と
なればよいのですが…。
 それではこの辺りで失礼いたします。最後に、お読み下さった読者様と拙作をお受け取
り下さった明さんに、感謝を。

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