※本作は『県立浅川高校双樹祭』並びに『無限の時を越え行く者達』の流れを汲んでいます。

 ですが、ゲームをクリアした上で、下記の設定さえ把握していただければ、問題なく読め

る造りになっていると思います。

 尚、本作には、上記の二作のような重い(?)展開はありません。完全に作者の趣味のみ

によって制作されています。御了承下さい。

 

 設定

・ホクト、沙羅の両名は事件集結後、倉成姓となり四人で暮らすことになる。

・二人は近所の県立浅川高校に編入している。

・二人は演劇部に入部している。

・つぐみは『県立浅川高校双樹祭』で高校に潜り込み、演劇部員に顔だけは見られている。

・時間軸的には『県立浅川高校双樹祭』の一週間後くらい。

 

オリジナルキャラクター

笹山七草(ささやまなぐさ):浅川高校演劇部一年。女子。テンションが常に高い。

             ホクトが好き?

栗山聖(くりやまひじり):浅川高校演劇部部長。男子。三年。物腰穏やか。

            統率力そこそこ。信頼は厚い。

三島淳平(みしまじゅんぺい):浅川高校演劇部二年。男子。ホクトの悪友。体力あり。

              女好き? 失敗してもあまり懲りないタイプ。

川崎大悟(かわさきだいご):浅川高校演劇部一年。男子。ホクトの悪友? 冷静沈着。

             さらりと鋭い突っ込みをする。三島とはほぼコンビ。

 

 長々と失礼しました〜。では本編をどうぞ。

 

俊秀兄妹凡庸譚

制作者 美綾

 

 

「それでは! これより、倉成兄妹、一学期最終決戦を開始いたします! 皆さん、心の準

備は宜しいでしょうか!?」

「三島、前振り、なげ〜ぞ」

 何故かこの場を仕切っている三島に、どこからともなく茶々が入った。

「……え〜……それでは両名、カウントを開始して下さい!」

「お兄ちゃん、勝負!」

「……」

 ぼくと沙羅は二つの机をお互いに向かい合わせて座っている。

 そしてその上には、山の様に――という表現は大袈裟にしても、かなりの量の封筒が積ま

れている。それらはピンク色やら、水色やら色とりどりで、事務用の茶封筒は、ほとんど無

い。

 ぼくと沙羅はそれらの封筒の裏側や中身を確認して、目的のものを選り分けていく。

「私は二通かな」

「……ぼくは無し……」

「おおっっと!? 本日の勝負は妹である倉成沙羅ちゃんに軍配が上がった模様です!!

 これでトータルは沙羅ちゃんの八勝九敗二分!! いや〜、白熱した戦いが繰り広げられ

続けます。これで二学期以降も目が離せませんね〜、解説の松本さん」

「んな奴、いねーぞ」

 再び、茶々が入った。

「……ねえ……前から言ってるんだけど、こんな勝負やめない……?」

「んあ?」

 三島は、まるで青天の霹靂だとでも言わんばかりの声を上げた。

「……まあ、ぼく達へのラブレターの数を競うのは百歩譲っていいとして……」

 本音では、一万歩譲ってもやってはいけないことの気はしてるけど、とりあえず話を進め

る為に黙殺しておく。

「……ぼくは男子から、沙羅は女の子からの数を競うっていうのは……」

「仕方ないだろ。絶対数では勝負にならんのだから」

「……」

 まあたしかに、数だけを勝敗の材料としたのでは、ぼくの圧勝だ。これまでの九勝八敗二

分という成績は十七勝二敗へと変わる。

 ただそれはこの学校の女子生徒が多いというだけで……比率で考えれば、いい勝負なんだ

と思う。

 だけどそれじゃ面白味に欠けるからこんな勝負を考え出したらしい。こんなにも勝って嬉

しくない勝負は、あんまり無いよ……。

「しかし最近はお前の人気も右肩下がりだな」

「……あのね」

 『忘れてるかもしれないけど、ぼく、付き合っている人いるんだよ』

 そう口にしようとして思いとどまった。理由はもちろん、『意味が無いから』。

「いや〜、面白かった、面白かった」

「今日は沙羅の勝ちか〜。どんな娘が出してるのか知りたいけど、そこまではちょっとね〜」

 クラスメート達は、まるでクモの子を散らすように自分達の机へと帰っていく。

 HR前に行なわれるこのイベントが始まって以来、このクラスの遅刻者数は激減した。担

任の先生は御満悦だけど、差し引きで考えると、モラルは向上どころか後退してる気がする

んだけど……。

「お兄ちゃん。勝負は二学期に持ち越しだね」

「……」

 何で沙羅がこんなにも乗り気なのかは良く分からない。もしかすると天才なだけに、勝負

になっているという現状が楽しいのかもしれない。

「さぁ〜って、更新、更新、っと」

 そう言ってPDAを取り出すと、タッチパネルキーボードをものすごい速度でタイプする。

「お兄ちゃん、今日の文面はどうする?」

 沙羅が何をしているかと言えば、校内HPの、まあ雑記帳みたいなものの更新だ。

 いつの間にやらぼく達のために枠が設けられていて、毎朝更新するのが慣例になっている。

「……今日で一学期が終わりでちょうどいいからさ……ぼくに彼女いるってはっきり書き込

んでおいてくれない……?」

 そうすれば、二学期以降ぼくへの手紙は減り、勝負がつまらなくなって、その内自然消滅

するだろう。

「……別にいいけど……あんまり意味無いと思うよ」

「……何で?」

「だってみんな知ってるもん」

「……はい?」

 なにゆえ?

「……この前、ナナに知られちゃったでしょ?」

「……あ〜……」

 それだけで、全て把握できた。

 ナナ――ぼく達が所属する演劇部の後輩、笹山七草(ささやまなぐさ)ちゃんのことだ。

 別に噂をばらまくのが好きという訳では無いのだけれど、とにかく声が大きくて、良く喋

る。自分で言うのもなんだけど、校内でそれなりの有名人であるぼく達の情報が行き渡るの

に、さほど時間が掛からないことは想像に難くない。

「倉成せんぱーい、沙羅せんぱーい」

「……」

 噂をすれば……かな……。

「お二方! 本日の午後は、部室に集合です。終業式が終わったらすぐに帰ったり、いつも

みたいに体育館に来ない様にして下さいね♪」

 廊下から、無駄とも思えるほどの声量で、用件を伝えてくる。でもこれが無くなったら、

七草ちゃんじゃない気もするけどね。

「おいおい、笹山。何で二人だけに伝えるんだ? このクラスにはおれも居るんだぞ」

「だって、三島先輩、居ても居なくてもあんまり変わらないじゃないですか」

 三島の問いに、さらりと毒を吐いた。

「はっはは。笹山、それは違うぞ。真に重要なものというものはだな、無くなって初めてそ

の真価が分かる訳で――」

「それじゃ、HR始まるんで失礼しまーす」

 三島の言葉を聞き終えようともせず、七草ちゃんは走り去っていった。

「……」

 ……七草ちゃーん。廊下は走っちゃ駄目だよ〜。

 ぼくは敢えてその場で硬直している三島を無視すると、頬杖をついてHRが始まるのを

待つことにした。

 

 

「うっわ〜、凄い量ですね〜。これ、一日分ですか?」

「……流石にそれはないかな」

 放課後。ぼくと沙羅は部室にやってくると、頂いた手紙をダンボールに放り込んだ。

 その量、二人でおよそ三百通。これで大体十日分だ。

 ……ちなみに、毎日手紙をくれる強者が何人か居るので、実質の人数は、これよりかなり

少ない。

「これどうするんです? 秋まで取っておいて、ヤキイモの焚き付けにでもします?」

「……」

 真顔で、中々奇抜な提案をしてくれる。

「……どうしようか……沙羅はどうしたい?」

「私はどうでもいいよ。誰かと付き合う気とか無いし、いちいち応える気も無いし」

「ぬぬ……余裕の発言です。少し羨ましいです……」

 はぁ、と七草ちゃんは溜め息をついた。

「あれ……?」

 不意に、一つだけ違和感のある封筒を目にした。

「……こんなのあったっけ?」

 それは、漆黒の封筒だった。横長のもので、裏側には何も書かれていない。

 明らかに、愛だの恋だのを語るのは不自然なものだ。こんなものが紛れていれば、憶えて

いそうなものだけど……。

「……」

 ほとんど無意識のうちに、それを手に取ると、裏返してみる。

「え……?」

 混乱した。表書きに、修正液を用いて書かれていた名前は、ぼく達がよく知っているもの

だったのだ。

「……倉成……これ、なんて読むんですか? つきみ? つきうみ?」

「……」

 倉成月海――言うまでもない。ぼく達のお母さんの名前だ。

 

 

「へえ……そんな手紙が……」

 簡単な部会を終え、帰宅したぼく達は、事の次第をお母さんに伝えた。

 ちょうど三時になるかならないかだったので、ぼく達はテーブルチェアに腰掛け、お茶請

けと共にハーブティを頂いている。

「へえ……って。いいの、お母さん?」

「いいの……って……何が?」

 キョトンとした目で、お母さんは問い掛けてきた。

「お母さんの名を騙って誰か手紙を出してきたんだよ。明らかにぼく達宛てに」

「……それくらい、別にどうってことないんじゃない? 私の名前は保護者として学校に知

らせてある訳だし……あなた達、結構有名なんでしょ? そのくらいのことで動揺してたら、

世の中渡っていけないわよ」

「……」

 お母さんの言う『世の中』は、多分、ぼくの考えているものとは、かなりかけ離れている

んだと思う。

「む〜〜。やっぱり只の白紙でござる」

 沙羅は、封筒に入っていた一枚の紙片をちょっとあぶってみたり、赤外線を当ててみたり、

太陽光にかざしてみたりと、色々と試している。

 でも、どれも功を奏さない。本格的に、只の紙切れみたいだ。

「筆跡鑑定でもしてもらおうかな……」

「……そんなに気になるの?」

「気持ち良くは無いよ……」

「分かったわ……」

 そう言って、お母さんは立ち上がった。

「……分かったって……どうするの?」

「……とりあえず高校に行きましょう。まだ開いてるでしょ?」

「あ、うん……って、お母さん、どうやって入るつもり……まさかまた……」

 以前、生徒しか参加できない内輪のお祭り、『双樹祭』にお母さんと田中先生は制服を着

て潜り込んできたことがある。

 かなり大きな子供を持つ二人が、である。いくらキュレイで外見的にギリギリいけるとは

言っても、生理的には受け付けない。

 冷静に考えてみようよ。自分の母親や、恋人の母親が、妹と同じ制服を着るんだよ。

 有り得ないでしょ?

「……そんなことはしないわ……今日はちゃんと設定を考えてあるから」

「……設定?」

「ええ……私は浅川高校の卒業生……こんなこともあろうかと、優に頼んで在籍年を調整し

た生徒手帳を用意してあるから……堂々と入り込むわ」

「……」

 ……まあ、お母さんさえ良ければ別にいいんだけど……。

「それじゃあ、着替えてくるから、待っててね」

『は〜い』

 ぼくと沙羅は、見事に声を同調させていた。

 

 

「……これで二度目ね……ここに来るのは……」

 お母さんは、校門前で立ち止まると、感慨深げに髪を掻き揚げた。

 身に着けているものは、光沢の無い紺色のスーツ。『大人の女性』を演出する為に田中先

生がプレゼントしてくれたもので、見ようによっては、若い女教師に見えなくも無い。

「……? ママ。何でそんなにしんみりしてるの?」

「……当たり前でしょう? ここはあなた達の通う学校なのに、色々あってちゃんと来たこ

とはほとんど無いから……悪かったかなって思ってるのよ……」

「……仕方ないよ……だって……ねえ……」

 理由について、今更触れる必要は無い。外見年齢がさほど変わらない『保護者』が顔を出

せば、話がややこしくなるだけだ。

「……ま、今日は知り合いのOGってことでいいよね」

「ええ……そうね……」

 お母さんは微笑むと、校舎の方へと足を向けた。ぼく達もすぐさまその後を追う。

「……流石にこの時間は人が少ないね……」

「……で、ママ。どこに行くの?」

「……とりあえずは部室ね……あれだけ目立つものをダンボールで初めて気付いたんだった

ら、直に放り込んだ可能性が高い……」

「たしかにそうだね。じゃ、いこうか」

 沙羅はお母さんの手を引いて歩き出す。

「……」

 傍目には、仲の良い姉妹か友人にしか見えない二人だ。よっぽどのことが無い限り、他人

に見られても問題はないだろう。

「ここだよ」

 部室の前で、沙羅は立ち止まった。

 合鍵は部員全員が一つずつ持っている。沙羅はポケットからそれを取り出すと、鍵穴に差

し込む。

「あれ……?」

「どうしたの?」

「鍵……開いてるよ……」

 ……おかしいな……部長が鍵を掛け忘れるとも思えないし、誰かいるのかな。

「……」

 無言のまま、沙羅は引き戸に手を掛けた。

 ガラッ。滑車の転がる音が響いた。

「ののわのわっ!!!?」

 不意に、室内から奇声が聞こえた。直後、その発信源は椅子から転げ落ち、派手に尻餅を

つく。

「……何やってるのさ、三島、川崎……」

 呆れ顔でそう、問い掛けた。

 今、椅子から転げ落ちたのは、ぼく達のクラスメートにして、演劇部仲間の三島淳平(み

しまじゅんぺい)。演劇部の肉体労働担当兼盛り上げ役の一人だ。

 もう一人――入口の側に立ち尽くしているのが、一つ年下の川崎大悟(かわさきだいご)。

線の細い小柄な少年だが、頭脳明晰で冷静沈着。『ボケの多いうちの部で、貴重な突っ込み

役』とは、沙羅の弁だ。

「……な、な、な。く、倉成……な……何もしてないぞ。お前に来たラブレターのうちで、

結構可愛い娘をピックアップして、お前の名前を使って美味しい展開に持っていこうなんて

ことは、ぜんっぜん考えてないからな」

「……」

 今時、こんなお約束な白状の仕方する人、居るんだ……。

「……それで……川崎は何してたわけ?」

「……三島先輩に強引に付き合わされて……見張り役です」

「そ、そうだ、大悟! お前、見張りだろ!? 何で教えなかったんだ!?」

「……面白くなりそうな方に転んだだけです」

「……」

 川崎はこういう奴だ。三島には悪いけど、信じた方が悪い。

「……ま、いいや。そのダンボールちょっと貸して」

「あ、ああ……」

「……」

 中を一通り見遣る。特に変なところは無いよな……。

「……ねえ……三島……」

「な、何だ?」

「これに見覚えない?」

 言って、例の黒封筒をちらつかせる。

「……? 何だ、それ?」

 特別な反応は見せない。

「……いや、何でもない。行こうか」

 沙羅とお母さんに、そう声を掛けた。長居は無用だ。また、彼らが帰った頃に来ればいい。

「……! ああ!! その御方はぁ!」

「……」

 しまった……気付かれた……。

「お姉様♪」

「……はぁ?」

 お母さんが小さく声を上げた。

「おいおい、倉成。お前も罪作りな奴だな。こんな可愛い妹に、美人の姉貴が居るなんて。

いや、従姉か? どちらにせよ美味しいな」

「……」

 『双樹祭』の一件で、お母さんの顔は演劇部の面々に知られてしまっている。一応、その

件は終結していたと思ってたんだけど、まさか脳内補完してたなんて……。

「あの……ホクト?」

「くうぅぅ。こんな美人が呼び捨て! 親戚縁者の特権だよなぁ!!」

 パシャン。ぼくはとりあえず、扉を閉めた。そして鍵を掛けてしまう。

 ……そう言えば、ここって中からは開けられなかった気もするけど……ま、いいか。

「……今の……何……?」

「……気にしないで。通りすがりの変な人だから」

「通りすがりって……」

 言いたいことは分かるけど、説明する気にもなれない。ぼくは二人の背を押して、この場

から離れることにした。

 

 

「……ふう……結局、あんま情報を得られなかったし」

 とりあえず、二階の端までやってきたところで一息ついた。そして、少し思考を巡らせる。

 単純に考えて、部内の犯行である可能性が一番高い。でも、こんな無意味なイタズラする

人に心当たりはなく……強いて言うなら三島なんだけど、さっきの反応からして可能性はほ

とんど無い。そんな器用な嘘をつける奴ではないのだ。

「ふふふ……」

 不意に、沙羅が含み笑いを上げた。

「私、ワカッチャタデース♪」

「……」

 何か、何処かで聞いたような……。

「お兄ちゃん!」

 ビシッ、っとぼくの事を指差した。

「犯人はお兄ちゃんね」

「……はぁ?」

 天才の考えることは、時に良く分からない。

「犯人は私達部員の可能性が高いのは自明だけど、その中であの名前を知ってるのはお兄ち

ゃんだけ……あとはうちの顧問の先生ぐらいだけど、あの干物寸前の古典教師にその度胸が

あるとは思えないから……やっぱりお兄ちゃんが最有力候補なのよ!」

「……」

 今、さらりと毒、吐いたよね……。

「……ねえ沙羅。その理屈だったら、沙羅も候補だよね? 何でぼくに決定なの?」

「だって、私やってないもん」

「……」

 こういうのを、『水掛け論』といいます。

「……兄妹漫才もいいけど……これからどうするの?」

「うん……とりあえず……」

「ああぁ!! 倉成先輩に沙羅先輩!!」

「……」

 あまり、この場面では聞きたくない声を聞いた。

「何でこんなところに居るんです? さっき帰りましたよね……って、あれ……?」

 七草ちゃんはぼく達の近くに立ち止まると、お母さんのこと凝視した。

「……さーって、沙羅。この人に職員室の場所教えないとね。七草ちゃん。悪いんだけど、

今度の部活でね」

 言って、その場を歩き去ろうとする。

「ふっふっふ〜。倉成せんぱ〜い……そんな誤魔化しが通じると思ってるんですか〜。それ

は甘ちゃんでぬるま湯で世間の厳しさですよ〜」

「……」

 ちょっと意味が分からなかった。

「……?」

「……どうしたの?」

「いえ……何だかこの女の人って、沙羅先輩に似てません……? 目元なんか類似で相似で

酷似ですよ……」

「……」

 ……これって……まずいよね……。

「似てて当然よ……だって沙羅は私の子供だもの……」

『……え?』

 ぼくと七草ちゃんの声が同調した。ちょ、ちょっと、お母さん!?

「あはは、面白い冗談です。でも沙羅先輩、十六歳ですよ。お姉さん、どう見ても二十歳か、

その前くらいですから……ちょっと生物学的に厳しいですね。犬や猫なら、一年で出産でき

ますけど」

「本当の話なんだけど……」

 頬に手を当て、困ったかのような仕草をする。

 ……あ……そういうことか……。

「……く、倉成先輩……」

「ん?」

 七草ちゃんはぼくの耳元で囁いた。

「ひょ……ひょっとしてこの人……少し危ない人ですか……?」

「え、あ、うん。ちょっと妄想癖があって、いっつも周囲に迷惑かけてばっかで、みんなも

てあましてるんだ……ぼく達で何とかするから……」

「りょ……了解です……」

 小声で耳打ちを繰り返すと、七草ちゃんは愛想笑いを浮かべたまま、歩き去っていった。

 摺り足、後ろ向きで。ぎこちなさが全開だ。

「……ほっ……」

 人間拡声器である七草ちゃんの口を封じたのはかなり大きい。

 ……と言うより、部活も無いのに、何でみんな居るんだろう……?

「……ホクト……」

 いつの間にか、ぼくの背後にお母さんが立ち尽くしていた。

「……」

 そして、無言のまま両手の握り拳をぼくのコメカミに押し当てる。

「いた……いたたたた!!」

 グリグリグリと力を込めつつ、回転させる。いわゆるウメボシと言う奴だ。

「……誰が妄想癖なの……?」

「だ、だって、こういう風に持ってくつもりだったんじゃ……」

「それでも、もう少し表現方法があったわよね……?」

 後ろ向きのため、顔は見えないが、多分お母さんはかなり怒ってるんだと思う。

 ……でもまあ、お母さんに折檻受けた記憶って無いし、これもまた親子の想い出ってこと

で……って!! いたたたた!! お、お母さん、少しは手加減して!!

「……はぁはぁ……」

「……」

 お母さんが息を乱してるってことは……ひょっとして、ぼくの頭蓋骨、陥没してる……?

 痛む頭に手を当てる。滑らかなライン。どうやら、心配していた通りにはなっていないみ

たいだ。

「うっわ〜。羨ましいでござるなぁ。仲睦まじい恋人に見えるでござるよ」

「……」

 美少女と美女の側で頭を抱えて座り込む少年が一人。

 ……ぼくには、どう考えてもそんな状況には見えないんだけど……。

「……段々、この封筒のことがどうでも良くなってきたなぁ……」

 ……と言うより、とりあえず今日のところはみんなに会いたくない。こんなに気疲れする

とは思わなかった……。

「駄目だよ。だって、面白いもん」

「……」

 ……もしや、ぼくってかなり不幸?

 そう考えたところで、世の不幸を集約した『あの男』の存在を思い出し、少しだけ癒され

る気がした。

「ああぁぁ!! 倉成、てめぇ、よくもさっきは!!」

「……」

 ……やっぱ、結構不幸かも……。

「……やぁ三島、よく出てこれたね。ひょっとして窓から脱出した?」

「四階から出来るかぁ!! 部長にPDAで助け、求めたんだよ」

 なるほど。三島と川崎の後ろには栗山聖(くりやまひじり)部長が居た。

 大人びた印象を与える小柄な少年だ。指揮官としての指導力は若干欠けるかもしれないけ

ど、信頼は厚く、部活を纏める人材としては中々のものだ。

「……全く……部長会があって居残っていたからいいようなものの……三島君。僕が帰宅済

みだったらどうするつもりだったんだい?」

「そん時は、も一回登校して来てくれれば。部長の性格からして、他の部員に迷惑掛けるく

らいなら、来てくれたでしょ?」

「……はぁ……」

 深々と溜め息をついた。個性派揃いのこの部を纏めているのだ。将来はきっと、それなり

の上司になってくれると思う。

「……それで……そちらの女性は? ……たしか双樹祭の時の……」

「ええ……倉成つぐみと言います。この二人の親戚です……この高校の卒業生でもあります

が……」

 少し学習したのか、無難な返答をした。

「……そうですか。僕は演劇部部長の栗山聖。こっちの大きいのは三島で、小さいのが川崎

です」

「……一纏めは御免なんですけど」

 川崎の突っ込みは、風と共に消えた。

「……それで……今日はどのような御用向きですか?」

「……久し振りに母校に来てみたくなって、二人と一緒に回っていたの……今日なら人も少

ないでしょうし……」

「そうですか」

 あっさりと話題を流した。こちらがこの話を続けたくないと勘付いているのかは分からな

いが、ありがたい対応だ。

「なるほど! それではこの不肖三島淳平! 案内役を買わせて頂きます!! いえいえ。

つい最近編入されたお二方では分からない部分もあることでしょうし、袖触れ合うも多少の

縁。これを期に母校であるこの浅川高校を尚、一層愛して頂ければ、それに勝る喜びはない

訳でありまして――」

「……下心が見え見えです」

「……」

 静かな川崎の突っ込みに、言葉を詰まらせた。

 いいぞ、川崎!

「申し出は嬉しいけど……のんびりと回りたいから……」

 おっとりとした女性を演じたまま、そう口にする。『意味は無い』けど、波風を立てない

に越したことはない。

「ですよね……それでは。うちの三島が迷惑を掛けました」

「いえ……これからも二人を宜しくお願いします」

「ああ! 部長!! そんな御無体な!!」

 その巨体を二人に引き摺られて、三島はこの場を退場していった。

 ……これだけ露骨に嫌がられてるのに、何を期待してるんだろう……?

「……ねえ……ホクト、沙羅……」

「ん?」

「何?」

「……私、高校に通ったこと無いんだけど……こういうのが普通なの……?」

「……」

 ……違うと思う……。

 ぼくは大きく溜め息をついた。

 

 

「……はぁ……結局、わけがわかんないよ……」

 部室の椅子に腰掛け、机に放置されたダンボールを見遣る。

 ここに放置されていた黒封筒。もはやどうでもいいことの様にも思えるけど、このまま帰

宅って言うのも気持ち悪いし……。

「んあ? なんだぁ。倉成かぁ? もうすぐ校門閉まるぞぉ」

「あ、先生……」

 ガラリと扉を開けて入ってきたのは、うちの顧問の先生。身長は標準的な日本人並にはあ

るのだが、かなり線が細い――と言うより、肉がほとんど付いていない。おそらく小柄な女

性程度の体重しかないのだろう。

 名前は……忘れた。

「あ、生乾きミイラ――」

「わ、わ、わわ〜〜!!!」

 沙羅の呟きを、大声を上げて掻き消した。

「のぁ? どうしたぁ?」

「い、いえ……たまに奇声を上げたくなるんです……」

「そうかぁ〜?」

 ……あまり深く突っ込んでこないところが、この先生のいいところだ。

「そだぁ〜。お前、ちゃんとお母さんに手紙渡したかぁ〜?」

「……はぁ?」

 ……何か、安っぽい展開の予感が……。

「倉成月海さん宛てに手紙置いておいただろ〜? 黒い封筒のやつだぁ〜。転入してきたば

かりのお前達の進路とかを夏休み中に一回くらい話したいと担任から預かってなぁ〜」

「……」

 ああ……そうですか……。

「何で黒いんです……?」

「あいつ、オカルト好きだからなぁ〜」

「……」

 溜め息をつく気にもなれない。

「……中身……白紙だったんですけど……?」

「んぁ? あ〜。あいつ慌てもんだからなぁ。も一回もらってきてくれぇ〜」

「……はぁ……」

「……」

「……」

 こうして、ぼく達のどうしようもない封筒騒動は終結した。

 

                       了

 

 

 

 後書き

 この話、演劇部の面々に食われました(マテ)。

 しかも、オチ弱っ!! (いつものことか?)

 ふみゅ〜〜……沙羅萌え、つぐみ萌えの予定が〜〜。相変わらず、狙ったところにシュー

トが行かないです……。

 ……ちなみに敗因は分かっています。この文章量で登場人物八人は僕の技量では無理なん

です。コメディタッチでも上手くいかないと、今回で痛感しました。やっぱ、短編は三、四

人が限界だなぁ……。

 これをEver17SSとして投稿していいのか、かなり謎ですが、まあ、前作があるのでギリ

ギリOKってことで(勝手に納得)。

 演劇部物は、リトライ箱行きですね。次はもう少しラブコメ度を増やして三角形やら四角

形を無数に――(ダマレ)。

 これを書き上げた時点で、SS書くのは小休止します。と言っても一週間かそこらで復活

するとは思いますが、ちょっと今後の構想をいっぺん整理しようかと思いまして。下世代(ホ

クト、沙羅、優秋)の話を『無限の時を越え行く者達』でまあ、一応一区切りさせて、上世

代(武、つぐみ、優春、空)を『虚空と空虚の狭間で』で、前振った感じがするので、今後

どうしようかな〜、って感じです、今。

 リクエストとかあります?(ナヌ?) 腕を上げるためにも、読み切り短編でよろしけれ

ば、大抵のジャンルには挑戦したいと思っています。まあ、狙ったとこにシュートが行かな

いのは言いましたけど、努力は一応しますので。

 それでは〜。御感想とリクエスト、本気で待ってますw

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