俊秀兄妹活劇譚

製作者 美綾

 

 

「倉成。突然でなんだが、宝捜しに行こう」

「……はぁ?」

 演劇部きってのトラブルメーカー、三島淳平がそう語り掛けてきたのは、とある日

の放課後のことだった。

 ぼく達はいつも通り、体育館で全員が集合するまでまったりしてたんだけど、最

後にやってきた三島は、リュックやらツルハシやらを背負って入ってきたのだ。

 三島の体格はかなり良い部類に入り、その姿はまるで幾多の修羅場を乗り越えた登

山家のように見えなくも無い。

「……宝捜し?」

「ああ、宝捜しだ」

 断定口調で言われても……。

「ああ、成程です。三島先輩が言いたいのは、街に繰り出して、道行く女の子を奪取

して強奪して略奪しようということですね。つまり、宝っていうのは、女性を表わす

隠語なわけです」

 七草ちゃんの解説が入った。

「三島先輩にして見れば、その行為は実に日常的で平凡でありがちなものです。です

が、倉成先輩を巻き込むのは止めてください。汚れるのは三島先輩だけで充分です」

「くおぉらぁ!! いくつか突っ込みどころがあったが、とりあえず言っとくぞ! 男

はどんな純粋そうに見えても、みんな黒豹なんだぞ!」

「三島先輩! そういう分かる人にしか分からない時事系のネタは止めてください!

 しかもそれ、三十年以上も前のネタじゃないですか!!」

「……」

 ……何で、七草ちゃんは分かるんだろう……?

「んなことはどうでもいい! とりあえずおれは少数精鋭に絞ると決めている!

 体力担当はおれと倉成! 知力担当は沙羅ちゃんと川崎だ!」

「へ?」

「……勝手に決められましても」

 二人はそれぞれ、心の内をそのまま声に出した。

「ああぁぁ!! 何で私が入ってないんですか!? それって侮辱で侮蔑で軽侮で

よ!!」

「……」

 『つまり行きたいんじゃない……』

 ぼくは、心の声を吐き出す代わりに大きく溜め息をついた。

「……行くのは構わないけど、危険なことはしないようにね」

「……」

 栗山部長の言葉に、ぼくは再び溜め息をついた。

 

 

「……で、三島……結局、宝って何なのさ……?」

 ぼく達は何故だか、うやむやの内に裏山を散策していた。メンバーは、発案者の三

島淳平(みしまじゅんぺい)、ぼくと沙羅、一年生の二人、笹山七草(ささやまなぐさ)

ちゃんと川崎大悟(かわさきだいご)の計五人。

 ぼくと三島の二人が、登山用のかなりごついリュックを背負っていて、他の三人が

それに追随するという形だ。

 七草ちゃんの参加について三島は、『不慮の増員は全員の死を招く』だの、『無芸者

に用はねえ』だの、色々と意味不明の発言をしてくれたけど、陽が暮れるまでには帰

るつもりだったので、行きたい人が行けばいいんじゃないと、宥めておいた。

 ……それより、やる気がぜんっぜん無いぼくがこの場にいる方が問題だと思うんだ

けど……。

「おう。実はうちの古文書研究会が発見した文献によるとだな。五百年以上前の海賊

のお宝がこの裏山にあるって話なんだ」

「……日本に海賊が居たの……?」

「倭寇を知らんのか? 意外と無知だな」

「……」

 倭寇って、中国、九州地方じゃなかったっけ……?

 あまりにバカバカしくなってきたので、誰かに確かめる気にもなれなかった。

「……それで……一獲千金をして何、始めようって言うの? 部の予算に回してくれ

るとか?」

「倉成よ……俺を見損なうな……金で動くような男だとでも思っていたのか」

「思いっきり」

 一応、お約束なので即答してあげた。

「だっはは。ここで明言しておく。もし金目のものを見つけたとしても、君達に全て

譲って差し上げよう。金により人のドス黒い本性を剥き出しにし、醜い争いを繰り広

げるのを観察するのもまた一興だからな」

「……」

 あまりお金に固執するメンバーに見えないんだけど……。

「だがしかし、俺が目的とするブツを見つけた時は、その権利を優先的に頂く」

「……ブツ?」

 当然ながらいい予感はしなかった。

「ああ。昔の言葉は良く分からんが、現代語に訳すと、『男女問わず異性への魅力を増

大する薬』の作り方を書き残したものがあるらしい」

「……つまり媚薬?」

「俗物的な表現をすればな」

「……」

 ああ、もうどこから突っ込んでいいのやら……。

「……もしかしてあれですか?」

 川崎の呟きに、顔を上げ、前方を見遣った。

 小高い丘の中腹に、不自然な黒い空間を知覚する。いわゆる洞窟という奴だ。裏山

にそんなものがあるというのは、話には聞いていたけど、見るのは初めてだ。

「おお、これぞ俺が捜し求めていた秘境! くうぅ! 長年追い求めてきた甲斐があ

ったというものだ」

「……安い秘境ですね」

 さらりと、川崎の突っ込みが入った。

「では行くぞ! 中では隊長である俺の命令には絶対服従してもらう」

「『俺と付き合え』なんて命令は御免ですけどね」

「心配するな、笹山。お前には絶対言わん。ああ……しかし沙羅ちゃんになら――」

「その場合はクーデター起こして、隊長の座を奪い取るから大丈夫だよ」

「……」

 掛け合い漫才も済んだ所で――。

「……結構暗いな……」

「……まあ、洞窟だし……」

 ぼく達は内部の散策を開始した。

 三島とぼくが先頭で並び、二列目が沙羅と七草ちゃん。しんがりが川崎だ。

 ぼくと沙羅は赤外線視力を持っているけど、熱源がなければ何も見ることが出来な

い。男性陣が持っている懐中電灯に頼るしかないのだ。全員が持てればいいんだけど、

数の都合で仕方が無い。ごつごつした岩肌に足を取られないよう、慎重に歩を進める。

「そう言えばここ、出るらしいですよ」

「……蝙蝠とか?」

「違います」

 きっぱりと言い切られてしまった……。

「何でも鎧武者の亡霊が徘徊してるらしいです。戦国武将が着ているような唐紅を基

調とした鎧で、兜の奥から眼光鋭く見据えられ、右手には刃毀れした長太刀を――」

「……ちょうど、あんな感じ?」

 前方をライトで照らす。

「そうそう、そんな感じです……って、お約束過ぎて、悲しいです……」

 ぼく達の目の前には噂の鎧武者が立ち尽くしていた。数は三体。それぞれの兜の奥

からは明らかに意志を持った瞳を知覚できる。そのわずかに露出した肌と思しき場所

から熱は感じられず、恒温動物であるとはとても思えない。

 彼らは衣擦れならぬ、鎧擦れの音を立てつつ、じりじりとこちらに歩み寄ってきた。

「……段々倭寇から外れていってる気がするなぁ……」

 小さく溜め息をつくと、懐中電灯を沙羅に渡した。幸い、後ろの方は塞がれていな

い。ちょっと殴り合ってみて、勝ち目が無さそうだったら、逃げればいいだろう。

「ふっふふ……」

 不意に、三島が含み笑いをあげた。奇怪な現象に頭がおかしくなったんだろうか?

「笑止! この程度で俺の熱くたぎる野望を打ち砕けると思っていたのか!? 所詮、

五百年以上は昔の低俗な海賊風情よ!」

「……」

 いや、海賊がこんな仰々しい鎧付けてたら、溺れた時、すぐ死んじゃうから……。

「ふんぬ!」

 途端――三島の肉体が盛り上がった。唯でさえ、体格のいい三島だが、一瞬にして

米国プロレスラー並みの隆々としたものへと変貌する。

「は……?」

「うおぉりゃぁ!!」

 刹那――その体付きに似合わぬ俊敏さで、鎧武者の懐に飛び込むと、拳を腹部へと

叩き込んだ。

 ボコッ! 金属が凹む音を残して、地を滑った。それは他の一体を巻き込むと、

二体まとめて地を舐めさせる。

 三島はすぐさま体を反転させると、残った一体の兜に連撃を加える。武者は刀を無

造作に振り下ろしてくるのだが、見切っているのか、ギリギリの所で当たらない。

「どらっせえぇいぃ!!」

 奇々怪々な掛け声と共に、力の篭った拳がまともに入った。再び、金属の凹む音が

響き、地面に叩き付けられる。

 もちろんこの程度でやられる武者達ではなかったのだが、この一方的な戦いに終止

符が打たれるのに、ものの五分と掛からなかった。

「……」

 えっと……。

「ふう……他愛の無い奴等だぜ」

「……」

 どう出迎えよう……?

「おう。どうした? 猫が豆鉄砲食らったみたいな顔して」

「……鳩」

 突っ込みを入れるくらいの余裕はあるらしい。

「あ、終わりました?」

「……少し手間取りましたね」

「いや、流石に素手で鉄板はちょっと痛いな」

「……」

 ちょっと?

「うっし、倉成。じゃあ、さくさく先、進むぞ」

「……」

 呆然と立ち尽くすぼくを引き摺るようにして、一行は更に奥へと進んでいった。

 

 

「……三島って強かったんだ」

 何とか正気に戻り、そう口にしたのは、時間にしておよそ五分後のことだった。

「知らなかったんですか? 『演劇部の炸裂弾』と言えば、微妙に有名ですよ」

「名前も微妙な気が……」

 一応、突っ込みは入れておく。

「まあ、真の男と言うものは、ペラペラと自分の長所を口にせぬものだ」

「……倉成先輩とタイマンして、権威が失墜するのを恐れていただけです」

「こら、大悟! ばらすんじゃねえ!」

 いつものやりとりが続いていた。

「……まあそれはそれとして、そんだけ強いんだったら、格闘技とかやっても良かっ

たんじゃない?」

 正直、演劇部で眠らせておくには惜しい素材な気がする。

「やってたぞ。中三までボクシング」

「へえ……だったら何で……あ、ひょっとしてどこか怪我したとか?」

 だとしたら、少し悪いことを聞いたかもしれない。

「うんにゃ。全身すこぶる快調だぞ」

「……だったら何で?」

 鉄板を殴り付けて大事に至らない知り合いに心当たりはあるが、その誰もが世界を

制せそうな器だ。

「……倉成よ……世界はな……お前が思っているよりずっと広いんだぞ……」

「はぁ……」

 いきなり遠い目をした。

「そう……あれは中三の冬のことだった……」

「……」

 いや、モノローグ調で語られても……。

「ボクシングの特待生として内定が決まっていた俺は、受験勉強に苦しむ奴等を尻目

に、意気揚々と町へと繰り出し、女の子達に声を掛けていたんだ……」

「中学生の頃からそんなことしてたの……?」

「ピークは中二の夏くらいだな。その頃に比べれば、今は控えめだぞ」

「……」

 もう深く考えるのは止めよう……。

「夜も更けて俺の活動も活性期に入った頃のことだ……路地裏に美形の女性を発見し、

まるで吸い寄せられるかのように、彼女の元へと向かったその時だった!!」

「!!」

 不意に大声を出され、少しびくついてしまった。

「唐突に振り向いたその女性は、右ストレートを繰り出してきたのだ!!

 あまりに速く、そして重いその一撃は左肩を直撃した……痛みと衝撃でその場に倒

れ込む俺……そんな俺に一瞥だけを残して、彼女はその場を去っていった……。

 幸い怪我そのものは大事に至らなかったが、精神的に損傷を受けた俺は特待生の話

をうやむやのうちに反故にしてしまい浅川高校に入学した訳だ……。

 唯、一度の敗戦と人は言うのかもしれない……しかし格闘技を齧った人間だから分

かる……あの女性は俺なんかとは格が違う……そんな御方がこの狭い日本、それも街

角でばったり出会ってしまうのだ……若干十五歳の俺には少しばかり過酷な出会いと

言うものでは無かろうか……」

「へぇ……」

 意外だった。正直、三島のことは単なる脳天気男だと思っていたのだ。まさか、こ

んな過去があったなんて……。

「……それで何で演劇部なの? もしかして役者に憧れてるとかあったの?」

「いや、女の子が多かったからな」

「……分かり易いんだね……」

 三島らしさに溜め息をついておいた。

「……にしても凄い女の人だね」

 まるでお母さんみたい。

「……」

 ……ん?

「……ね、ねえ三島……その女性の容姿って覚えてる……?」

「んあ? かなり美人だったぞ。歳で言うなら二十歳前くらい。黒い長髪で、ちょい

つり目だったかな? そうそう。倉成や沙羅ちゃんの目に似てるかな」

「……」

 何故だろう。ぼくは全身から冷たいものが噴き出すのを感じていた。

「しかしあれだな。ああいうのを阿修羅の化身と言うのかな。鬼のような形相で繰り

出したその拳は目に見えないほどの速さで、又、その一撃だけで肩を砕かれててもお

かしくない程の衝撃だったからな。

 いや、今にして思うと、奢っていた俺への試練だったんじゃないかとも思うぜ」

「……」

 前略、お母さん。

 どうやら、お母さんがぼくの友人の人生を大幅に変えてしまった模様です。

 いえ、お母さんはさほど悪くありません。彼にも問題がありましたし、お母さん

も大変な時期であったことは重々承知しております。

 しかし何と言うのでしょう。人生と言うものは、本当に縁です。もしお父さんがエ

レベーターにほんの一本乗り遅れなければ、ぼく達は生まれなかったわけです。これ

も又、彼の人生に仕組まれていた運命だったのでしょうか……。

 あれ……何故でしょう。瞳が潤んでまいりました。涙で便箋を汚してしまってはい

けないので、これにて筆をおかせて頂きます。

 草々――。

「倉成? どうした?」

「……世界ってさ……ぼく達が思ってるより、ずっと狭いのかもね……」

「はぁ?」

「……」

 いつか話せる日がきたらいいな……。

 

 

「……困りましたね〜……」

「……たしかに」

「……」

 一本道を突き進んでいたぼく達を待ち構えていたのは、一枚の壁であった。

 と言っても、行き止まりって訳じゃない。前方に立ち塞がるそれは、研磨されたか

のように平らで、四辺には長方形をした溝が確認できる。どうやら石扉らしい。但し、

取っ手に相当するものは見当たらず、引き開ける手段は思い浮かばない。

「俺がこの拳でぶち壊してやろうか?」

「……落盤の恐れがあるので、止めて下さい」

「ふっふふ〜。ここは拙者の出番でござるな〜。忍法壁抜けの術でするりと――」

「ええぇ!? 沙羅先輩、そんなこと出来るんですかぁ!?」

「……無理でござる」

「でしたら、古典的で使い古しでありきたりですけど、『開け〜、ゴマ』って言うのは

どうでしょう?」

「阿呆。室町の海賊にアラビアの合言葉が通じるかよ」

「倭寇から離れようよ……」

 止め処が無く、意見だけが流れ続けた。

「……はぁ。しょうがない、そろそろ帰ろうか」

 時計を見てみると、五時を少し過ぎたくらいだ。ここに来るまでに一時間ほどを要

してしまったので、この辺りが引き際なのかもしれない。

「だっほぅ!! お宝がこの壁の向こう側に眠ってるのに、すごすご帰れるか!!」

「……その自信はどこから来るのさ……」

 そう口にしてしまったものの、たしかにこのまま帰るのも気分が悪い。でも、これ

以上どうしようもなさそうだし、日を改めるっていうのも手なのかも……。

「……」

 スッ――。

 辺りを微妙な沈黙が支配したその時だった。

 石扉が音も無く右に滑走したのだ。扉の向こう側には今までと同じ、ごつごつとし

た岩肌で囲まれた空間が続いている。

 明らかに不自然だった。

「おぉ! 俺の純粋な想いが天に届いたか!」

「私の日頃の行いがいいからです」

「これぞ忍法壁滑り〜♪」

「……」

 何でこの人達はこんなに前向きなんだろう……?

「じゃあ行くか」

「何、呆けてるんです。倉成先輩?」

「お兄ちゃん、置いてっちゃうよ〜」

「……」

 嗚呼……民主主義万歳……。

 

 

「……」

 扉を抜けてから、かなりの時間が経っていた。通路はここまで一本道だが、若干、

右に曲がっているため、先程の扉を見ることは出来ない。

「……もし閉まってたら、ぼく達帰れないよね……」

「……」

「……」

「……」

「心配するな! 男は倒れる時も前のめりなんだ!」

「意味分かんないよ……」

 はぁ、と溜め息をつこうと思ったその時だった。

 眼前の通路が右手と前方の二股に別れていたのだ。ぼく達は分岐点に固まると、ほ

ぼ同時に右側を照らした。

「また……扉」

 一辺が二メートル程の空間の奥にあったものはまた扉であった。唯、先程の様な石

扉ではない。面一杯を埋めるようにして立ち塞がっているそれは木製で、襖のように

両側に開くタイプのものだ。ちゃんと手を掛けるための窪みも付いている。

 専門家ではないのでハッキリとしたことは言えないが、腐敗していないところを見

ると、そう古いものでもないのであろう。少なくても、倭寇は関係ないはずだ。

「それじゃあ開けるか」

「……」

 危機感というものが無いのだろうか……? 見知らぬ老婆に毒リンゴをもらって眠

りに就くタイプなのかも……。

 思っている間に、三島は両手をそれぞれの凹みに差し入れ、豪快に引き開けた。

 ぼくは万一のことを考えて、女の子二人の手を取ると、三叉路の奥に待避した。

 ちなみに川崎は、きっちりと来た道の方に隠れている。

「こら! 大悟! 倉成! てめえら、俺はどうなっても良いって言うのか!?」

「……三島先輩は勇敢ですから、女性に危害が及ぶくらいなら、自ら盾になる方を選

びますよね?」

「お、おぉ……まあな」

 川崎の口車に丸め込まれてしまった。

 尤も考え様によっては、『三島が傷付いても悲しむ女性は居ない』と言う風にも取れ、

少し哀れに思えた。

「……?」

 違和を感じた。

 今、懐中電灯はてんでバラバラの方向を向いており、部屋の中を照らしてはいない。

しかし、ぼくはたしかに光を知覚した。赤よりも赤い不思議な光。沙羅に目配せする

と、小さく頷いた。勘違いではないらしい。

「く、倉成先輩……何か、読経みたいな声が聞こえるんですけど……」

「うん……」

 部屋の内部からは呟きにも似た、くぐもった声が流れてきていた。人の声だとは思

うのだが、内容までは把握できない。

「……三島。ぼくが中を見るから、一応、二人についててあげて。川崎、何かあった

時はアシスト宜しく」

「お、おぉ」

「……了解です」

 ぼくと川崎は三島と場所を入れ替えるようにして、入り口に歩を進めた。

 たしかに、何か居る。それもおそらく人間だ。赤外線視力では大まかな形しか把握

できないが、背中をこちらに向けているらしい。

 あぐらを掻いてるのか……?

「ちっくしょう……何で俺ばっかいつも……大体、優の奴が悪いんだ……あいつが俺

を扱き使いやがるから、どいつもこいつも俺を……酒が足んねえぞ、おら!」

 ガラの悪い声を上げつつ、手に持つ何かを口元に寄せる。話の流れからして、酒を

あおっているのであろう。

 と言うか、何処かで聞いたことのある声のような……。

「……ひょっとしてカブラ――」

 ピシャッ――。

 沙羅が台詞を言い切る直前に扉を閉めてしまう。川崎が不振げにこちらを見遣るが、

気にした方が負けだ。

「え、え〜っと……倉成先輩……?」

「……ぼくは何も見ていない」

 七草ちゃんの言葉を断定口調で否定すると、ズカズカと三叉路の奥へと突き進

んでいった。

 

 

「……」

 先ほどの一件以降、ぼく達の間には微妙な沈黙が続いていた。厳密にはちらほらと

喋りかけてくるんだけど、ぼくの方がそれに答える余力が無いのだ。

 何でこんなところに桑古木が……? いくつか考えられる線はあるけど……。

「……突き当たりですね」

 川崎の声に視線を前に向ける。そこにあるのは、またも扉だった。今度のは、近未

来映画にでも出てきそうな、金属製だ。ちなみにヒンメルにあったような瀟洒な作り

ではなく、かなりごつい。取っ手も鍵穴も見受けられるが、どうすれば開けられるの

かは、見当もつかない。

「倭寇って奴は、中々近代的な技術を持ってやがったんだな」

「……」

 ネタか? ネタなのか?

 お父さん直伝の突っ込みが、頭を掠めた。

「……今度はどうします?」

 川崎が呆れたかの様な口調で問い掛けてきた。やはり、さっきの石扉の件には不

信感を抱いていたんだろう。

「天に祈れば想いは通じる!!」

「……人事を尽くして天命を待つの方が好きです」

 三島、川崎のコンビは不滅だ。

「……」

 カチッ。何かが外れる音がした。そしてその直後、ガガガと重厚な音を上げて、扉

が中心を境に割れてゆく。扉の向こう側からかなりの光が漏れ出してきて、ぼくは思

わず目を細めてしまった。

「……つまり、諦めろってことだね……」

 溜め息をつく気にもならまいまま気を取り直すと、部屋の内部を見遣る。そこに広

がるのは、せいぜい十畳程度の空間。手前を除く三面の壁には、無駄に大きいスク

リーンが埋め込まれており、その下に置かれているのは、ボタンやらスイッチやらが

無数に並ぶ装置だ。

 喩えるのであれば、巨大宇宙戦艦や近代戦の司令室といったところか。

「……よく来たわね」

 部屋の中心――重々しい雰囲気がする椅子に座った女性がそう語り掛けてきた。

 後ろを向いているため、ぼくの位置からは、栗色をした耳を隠すか隠すか隠さない

程度の短髪しか見えない。しかしこのあまりに聞き慣れた声。誰であるかを判別する

には十分な材料だった。

「……ユウ……ここはなんなのさ……?」

「秘密基地」

 ぼくの恋人――田中優美清秋香菜は椅子ごと振り返ると、さらりとそう答えた。

「ああ、成程。納得しました」

「……」

 沙羅の言葉に、どう反応したものかと、思考を巡らせる。

「そうか、それならお宝が無いのも仕方ないな」

「……」

 頭、痛い……。

「……ユウ……つまり整理すると、ユウはうちの古文書研究会に嘘の情報を与えて、

ぼく達をここに誘った、ってことでいいんだね?」

「うん。あそこって、私の同級生が所属してたから、ちょっと繋がりあるのよ」

「聞きたいのはそこじゃなくて……何で、そんな面倒なことしたかなんだけど……つ

いでに何であんなところに桑古木が居るの……?」

「桑古木? ああ。あれ、たまにあそこでヤケ酒飲んでるみたいだよ。『俺にも一人に

なりたい時があるんだぁ!!』って、この前叫んでたし」

「……」

 まあ、色々大変なんだろうなぁ……。

「……それで前者の質問は?」

「……ホクトのせい」

「……は?」

 脳内が真っ白に染まった。

「……だってホクトって、最近、部活が忙しいって、私に会ってくれないじゃない!!」

「え? え? 何の話? 週末には会ってるし、ちゃんと毎日電話してるじゃない。

だ、大体それとこれとどういう繋がりが――」

「ああ、諸悪の根元は倉成先輩でしたか」

「少しは反省するんだな」

「……とりあえず、お二人と同意見です」

「……」

 もしかすると、全てが仕込みなのではないかとも思ったが、そこまで手間の掛かる

冗談をする連中ではない。この手の面白さは好きなんだけど、どちらかと言うと、そ

の場の勢いを重視する主義なのだ。

 ……って、そんなことはどうでも良くて――。

「ホクト……ホクトは平気なの!?」

「……え、え〜っと……?」

 落ち着こう、ぼく。

「……毎日会うことが出来ない生活が嫌ではないかと聞いています」

「え、あ……うん。もちろん、ちょっとは寂しいよ」

「ちょっと!? そのちょっとの間に、何で、私がこんな秘密基地造んなきゃなんな

いのよ!?」

「え……えっと……?」

「……あまりに暇過ぎて、基地製造により、気を惹こうと思ったと言っています」

「……」

 何で川崎に通訳してもらってるんだろう……?

「待ってよ、ユウ。だったら、一言、言ってくれれば――」

「もう! 言わなくちゃ駄目なんて、そんな所は父親に似なくていいのよ!」

「え? お父さん」

 もう、頭がぐちゃぐちゃだった。

「ふっふっふ〜、なっきゅ先輩」

「……何?」

 沙羅の言葉に、ユウは視線をぼくから外し、顔を上げた。

「ひょっとしてお兄ちゃんはもうなっきゅ先輩に魅力を感じてないんじゃないでござ

ろうか〜?」

「な!?」

「成程です。それなら、全ての辻褄が合います」

「……」

 そんなに大層なものかな……?

「そ、そんなことはない……わよね……?」

「え、あ、うん。もちろんだよ」

 これ以上、話をややこしくしないためにも、断言しておく。

「お兄ちゃん! 過去に捕らわれてはいけないでござるよ!」

「いや、そんなつもりは全然――」

「ほら! ホクトもこう言ってるし!」

「未練がましい様は見苦しいですよ!」

 ああ……七草ちゃん……煽るの止めて……後で全部ぼくに来るんだから……。

「……倉成」

 不意に、三島はぼくの右肩に手を乗せた。彼は何故だか、全てを悟った聖者のよう

な目で、ぼくを見下ろしている。

「……男として、女性関係はきちんと清算しろよ」

「……」

 全校屈指とも言える無責任男の本領発揮だ。

「ホクトォ!!」

「わ、わ。ご、ごめんなさい!」

 本気で怒られる程、悪いことはしてないと思うんだけど、反射的に謝罪の言葉が口

をついた。

 ……と言うより、これ以外、ぼくにどうしろと……?

 

 ま、そんな訳で、ぼくの中で三島は、『演劇部きってのトラブルメーカー』から、『最

凶のトラブルメーカー』へと、見事な昇格を遂げた。

 

 

 

 後書き

 本作はコメディです(何の前振りだ?)。

 面白さを最優先に考えて、作品を構成しております(まあ、

それはいいだろう)。

 と言うわけで、設定に若干の矛盾があっても目を瞑ってや

って下さい(これか……)。

 

 一人漫才はさておいて……この作品を独立物として読むの

ならさほど問題ないと思うんですけど、以前の作品を踏ま

えて読むと……いくつかおかしい点があります。特に、誰が、

誰と会ったことがあるかと言う点です。

 『幽遊白書』の富樫義博さんが言う、設定は長期連載では

足枷になる、って本当です……この話数で早くも……(汗)。

 と言うわけで、本作は、Yの先端の一つであると、この場

で言い切ります(マテマテ

 これ以外の突っ込みは大歓迎ですので、お気軽にご連絡

下さい。掲示板でも、メールでも結構ですのでw。

 

 では〜。次回作は何にしようか、まったり考え中の美綾で

した〜。

 

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